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よしこちゃんの部屋
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ジャンル:遍路修行日記
Blog数:423件
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2016/10/08のBlog
[ 21:45 ] [ 遍路修行日記 ]
今回のお四国参りに、

メンバー・東野さんのお孫ちゃんが参加し、

上下幅75歳くらいの4世代が

揃う幅の広いお遍路となっています(^0^)!



おばあちゃんである東野さん曰く

「孫の“何か”のためにと思い、

母親(娘さん)に提案し、

孫が『行きたい』と行ったので連れてきました」

とのことです。おばあちゃんとお遍路って、

本当に贅沢で羨ましいなぁ・・・って思っています。



私の父方の祖母は、私が小~中学校の頃、

バス遍路を2周していました。

そのおばあちゃんは

私が高校1年生の時に亡くなりました。

私がお遍路に目覚めたのが今から10年前・・・

おばあちゃんが死んで随分経ってからの話です。



ほんと、今、おばあちゃんが生きていて、

一緒にお遍路行けたら何て幸せなんやろう。。。って、

そのお二人の風景を見ながら感じました。



ま、姿形はなくても、

私のおばあちゃんは私と今、

一緒にお参りに来てくれている・・・と、信じています。



・・・おばあちゃん以外にも、

同じ参加者の方々が、

女の子のためにあれこれ教えてあげています。

ほんと、次世代のお遍路を

リードする人材のづくりです(笑)。

そんなかんだで、

明日明後日までお四国参りは続きます~(^^)♪



【写真】今日の写真と、

私のおばあちゃん写真

(4人写真一番:左、2人写真:右)



[ 21:20 ] [ 遍路修行日記 ]
この三連休、お四国参りの講

「大阪楽心会」のお遍路をしに、

お四国に来ています。

大阪から一気に愛媛・宇和島市まで行き、

美味しいランチをマンキツ(^0^)♪



このお店、宇和島市倫理法人会・村上相談役のお店♪



村上さんは歩き遍路

(順打ち・逆打ち各1回)を結願されている、

お遍路の大先輩でもあられます。



今日は村上さんの奥様が出迎えていただき、

美味しいおみかんなど、お接待いただき。。。

素敵なスタートが切れました♪



「東洋軒 晴れ家 坂下津」
https://tabelog.com/ehime/A3804/A380401/38000492/



【写真】

美味しいお料理・お接待のおみかん&

村上相談役の歩き遍路体験記、奥様と♪


2016/10/03のBlog
フランスの映像作家・エミリベルトさんから、

下記のメッセージが「フェイスブック」に流れて来ました。



<エミリさんのフェイスブックページはこちらをクリック>



<下記はフェイスブックに記載されているメッセージです↓>
------------------
Le film 88, consacré au pèlerinage des 88 temples de Shikoku au Japon et produit grâce au financement participatif, est terminé.
クラウドファンディングをはじめ、皆様からの資金的援助のおかげで、四国八十八箇所を題材にした映画『88』は、ついに完成しました。

Je tiens à remercier chaleureusement toutes les personnes qui ont soutenu le projet. A présent, j'envoie le film aux festivals et je recherche un distributeur.
この映画のプロジェクトに協力、サポートしてくださったすべての方々に心からお礼を申し上げます。目下、さまざまな映画祭に応募したり、配給会社をあたっているところです。
Vous pouvez visionner deux extraits du film sur mon compte Vimeo.
インターネットの映像サイト「Vimeo」上に、この映画のサンプル映像2本をアップしていますので、よろしかったらご覧ください。

https://vimeo.com/emilieberteau
------------------




いろいろと長い道のりだったそうですが、

撮影より3年弱・・・

フランス・パリの映像作家・エミリベルトさんの

四国お遍路のドキュメンタリー映画『88』が

完成したとのことです。

完成DVDは各種サポートをして下さった方々には

順次送られるとのことです。



私の手元にも完成映画DVDがありますが、

ヨーロッパ人から見た日本並びに四国お遍路・・・

はたまたこの映画のキーワードになっている

【ご縁】について、

エミリさん自身の遍路体験を通して、

淡々と紐解いておられます。



私たち日本人には、

字幕なしのDVDが送られていますが、

そもそもこの映画制作の主旨は、日本人向けではなく、

「欧米の人たちを中心に四国遍路&

日本の精神文化の素晴らしさを発信したい」

ということですので、

フランス語・英語・スペイン語の字幕つき

DVDを制作されています。



私たち(日本人)にとっては、

至極当たり前なことが多く綴られておりますが、

四国遍路のことを全く知らない

(とりわけ外国の)方々にとっては、

新鮮&爽やか、そして異国の地の

【美】を堪能出来る映画だと感じました。



愛媛県宇和島市倫理法人会の毛利さんのご縁で、

エミリさんの映画サポーターの一人となり、

この映画の「進行管理」を担当を通して2ヶ月間丸々、

四国各地から高野山までエミリさんに同行しながら、

この映画製作に関わらせていただいた体験を、

このFBでも随時報告させていただいておりましたが、

この映画の完成を共に喜ぶと同時に、

私経由でこの映画のあらゆるサポートを

して下さったみなさま(四国四県倫理法人会の先輩方)に、

深く御礼申し上げます。



この映画が、世界の多くの方々の心に届き、

四国遍路(の実践や精神)がますます拡がり、

日本だけでなく世界中が美しく

平和になってゆくことを心から願っております。



ほんと、この映画のおかげで、

普段出会うことのない本当に多くの方々と出会い、

また再会し

(“四国八十八ヶ所霊場会・公認先達”になったのも、

エミリさんとのご縁で出会った、

引田大先達のおかげであります)、

私のお遍路人生・・・人生そのものが、

『88』のように、無限大(∞)に

拡がって行くきっかけをいただきました。

ありがとうございました。 

南無大師遍照金剛


2016/09/13のBlog
9月13日(火)10時~15時まで、

高松レクザムホール(大ホール)にて、

四国八十八ヶ所霊場会(http://www.88shikokuhenro.jp/

主催の先達大会が開催され、

全国各地より1000人を越える公認先達が集いました。

ほんと、お四国の先達のコミュニティは

めちゃくちゃ大きい&凄いです(>0<)☆



先達大会は毎年開催され、

基本的には霊場会の会長がおられる県で

開催されるとのことです。

私が先達になり2年目ですので、

2回目の参加となります。

今回の高松訪問のメインがこれになります。



今後もご縁が続く限り、

この“公認先達行”を通して、

我が人生遍路道を曲がりなりにも精進し、

極めて参りたいと改めて感じた時間となりました(ー人ー)☆




先達大会後は、

家庭倫理の会高松市の浮田会長と再度お会いし、

大阪に戻る高速バスの出発時間まで

ワイワイお話しさせていただきました(^0^)!

このような感じで、

「お四国」にいろんなご縁があり・・・

本当に有難いと感じております。


2016/08/11のBlog
[ 11:54 ] [ 遍路修行日記 ]
先日・5日夜から7日いっぱい、

自称「お四国先達修業」(?)に行っており、

おかげさまで無事帰宅し・・・

2日間(48時間)大阪にいなかっただけですが、

やたらめったら充実感があり内容盛り沢山で、

5日くらいお四国にいた気分でした(笑)。



2日間ご一緒させて頂きました、

お四国参りの講「三和会」には、

「中先達」の84歳のおじいさま・

加藤さんがおられました。



加藤さんは見た目ちっちゃくてキュートで(笑)、

遍路道沿いにひっそりあるお地蔵さんのような、

“後光”がさしている生き仏のような方でした。



更に45年生き私が84歳になった時に、

加藤さんのような【ヒカリの人生】を

生きていたいと直感的に感じました。



加藤さん(の魂)がおられる域は、

人間修業のほぼ全てを満行し、

後は自らの人生の「御礼参り」と後進の育成、

そして自分が死んだ後も続く、

この娑婆の安寧を静かに

祈念されておられるようでした。



この娑婆に思い残す【念】がない

「神恩報賽」の感謝しか無い・・・

まさに「即身成仏(生きている間に仏に成る)」

の境地だと感じました。

なかなか私たち凡人が行ける

領域ではありません(笑)。



死ぬ間際まで

「あれもこれもしたかった&欲しかった」

「あいつは嫌だ許せない」「不満だ不安だ!」と

怒り歎き悲しみ憂え、

この世に【念】を遺す人間の魂が

成仏(天国・極楽浄土)に

行ける訳ないでしょう!

人間はどんな人生であれ、

またどんな終焉を迎えようとも、

全てを受け入れるべく、

あらゆる【マイナスの念(感情)】は

遺してはならないと私は感じております。

無茶苦茶難しいですが(笑)。



そうならない為にも我々は、

日々起こる苦難を足掛かりに、

精進し続けなければないのでしょうか。



加藤さんは私たち後輩先達に、

さりげなく慈愛に満ちた眼差しで

暖かく見守って下さり、

引田大先達の“めちゃブリ”?で

突然「お寺での読経をリードして下さい」

と言われた時も、

私の真後ろに立ち、

私がお経の文字の間違いやテンポを

崩すことが無いように、

陰にサポートして下さるお心が、

さりげなくそして爽やかに伝わって来ました。



加藤さん曰く、

ご自身が遍路を始めたのは76歳の時で、

既に自分が先達として、

人様の先達となり人様のお四国参りを

サポートは出来ないけれど、

引田大先達の元にやって来る

私のような若い先達を引田さんと

一緒に育て独り立ちさせて、

真の先達を世の中に排出させたい

とのことでした。



引田大先達はかなりスパルタで父親的な感じですが

(実際娘さんと私は同じ歳ですしネ・笑)、

加藤さんは日頃は何もおっしゃらず

いつも淡々と朗らかに慈愛に満ちた

母親的な先輩先達です。



また更に自分が出来ることを淡々とされておられ、

手づくりの「お杖立」を過去53ヵ寺に

寄進されたとのことです。



ほんと、動けは動くほど、

いろんな出会いや気づきがあり、

いろんな感覚が研ぎ澄まされると同時に、

“余計なもの”はさらっと流して捨てて

意識が向かなくなりました。



「必要なものは愚直なまでに追い求め、得続ける。

不必要なものは潔ぎよく捨て続ける」



四国修業(お大師信仰)の本質・目的の一つ、

そして醍醐味はきっとこれなんやろうな~と、

いつも感じております(^人^)☆


2016/08/06のBlog
[ 23:01 ] [ 遍路修行日記 ]
一週間前・・・

私を「四国八十八ヶ所霊場会 公認先達」

に導いて下さった、

大先達の引田さんから

「僕のお四国の講【三和会】主催の

お四国参りに来ない^^?」と

ある種メチャ振り?なお誘いを受け、

ちょうど恩師・引田大先達に、

先達関連のことで教えて頂きたいことがありましたので、

5日夜の夜行バスに飛び乗り、

お四国に参りましたぁ~(^0^)♪



さすがお遍路先達キャリアの豊富な

引田大先達だけありまして、

私の疑問に対して的確にお答え頂き・・・

さらに、今まで何となーく、

人まねをしていたことが、

何故それをすべきなのか?

してはいけないのか?

みっちり理詰めで教えていただきました。



ほんと・・・持つべきものは

清く正しく美しく精進し続ける、

師匠であります。

感謝&感激っ(ー人ー)☆



愛媛県伊予西条市にある

「64番前神寺」にお参りした際、

たまたま前神寺の佐々木管長さま

(※前神寺は真言宗の一つの宗派・前神寺派を立てておりますので、

住職ではなく、管長となります)とお会いし、

(引田大先達経由にて)前神寺さんのご推薦で

公認先達になれたことの御礼を改めてさせていただき、

更に今年12月「昇補」にて「権中先達」に

ランクアップを希望しているということ

(現在前神寺さんに書類提出中です)、

そして今年3月20日、大阪楽心会にて、

大師堂前にある、燈明台の修繕奉納をさせて頂いた者です・・・と

アピールさせていただきました(笑)。

覚えていていただけたようで、

とてもうれしく思いました(ー人ー)☆



こんな感じで、趣味・・・いや、

ライフワークとして、

ちょっとずつこのお四国先達修行を続けることにより、

心身の精進を達成し、

よりよい人生の形成【自他の救済】に

邁進したいと思ってま~す(^人^)♪




【写真】今日のお四国・遍路道で出合った、

美しい人・風景・お花たち。

そして修繕奉納させて頂きました、

前神寺・大師堂の燈明台の前にて♪


2016/07/19のBlog
[ 19:55 ] [ 遍路修行日記 ]
7月16日(土)・17日(日)と、

お四国参りの講“大阪楽心会”主催

「歩く遍路」を開催させて頂きました。

四国八十八ヶ所霊場会「公認先達」を

拝命させていただいた一昨年より、

ご縁あって運営スタッフ側(もちろんボランティアです)として

参加させて頂いております。



今回は11名のみなさんと、16日

まずは愛媛県伊予西条市に行きました(^^)♪



今回は「歩く遍路」ですので、

標高約800メートルの場所にある山寺・横峰寺の麓の

「湯波休憩所」からお寺まで残り2.2キロ

(標高差480メートル!)を

およそ1時間半かけて歩かせていただきました。

ほんと、ダーダー汗をかいてデドックス効果MAX!??



なお、この横峰寺道は、国史跡に指定される

運びとなっているそうです↓

http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20160617/news20160617211.html



横峰寺お参り後、

更に600メートル(標高は20メートルくらい)

歩いたところにある、

横峰寺の奥ノ院「星が森」という、

石鎚山が綺麗に見える場所に

お参りをさせていただきました。



頂上は少し雲隠れしていましたが、

お山がきれいに見えました。



昨年たまたまインターネットで、

ここからの風景の写真をダウンロードし、

私が持っている全てのパソコンの

待ち受け画面をこの星が森からの風景写真にしており・・・

そんなご縁のある場所に行くことが出来て、

嬉しかったです(^人^)☆



【横峰寺で見つけたお言葉】

「道があるから歩く 道がなければ拓いて歩く」




翌日17日は四国八十八ヶ所とは関係が無いですが、

星が森で眺めていた、石鎚山の登拝にチャレンジしました~っ(>0<)!

(私は昨年も登ったのですが・・・2年連続の登拝。。。汗。

みなさんのたっての希望で、登りました)



足が未だ筋肉痛ですが、

とっても心身が爽快になりました(^人^)☆

[ 19:40 ] [ 遍路修行日記 ]
7月17日(日)。

大阪楽心会主催のお四国参りの

“番外編”としまして、

西日本最高峰「石鎚山」登拝をさせていただき、

おかげさまで全員無事で

終えることが出来ました(ー人ー)☆

(※標高1300メートル付近までは

ロープウェーで行けます)



個人的に、昨年七夕に既に石鎚山の頂上(弥山)までは

お参り済みなのですが、

更にそれより少し高い天狗岳

(標高1982メートル。弥山から天狗岳の往復約30分)の

登拝に今年こそチャレンジすべく、

弥山から私一人で雨上がりの濃霧の中、

ほぼ誰もチャレンジする人がいない中、

両サイド崖の間を歩き・・・

途中二度程「無理!行けない!」

「死ぬ!」と認識しつつも、歩み続け、

天狗岳に行くことが出来、

とにかく大満足でした~っ(^0^)☆



天狗岳では、

この石鎚山や奈良の大峯山を開創した“役行者”の如く、

しばし「天空の住人」になっていますと、

40代の登山家スタイルのおにいさんが来られたので、

天狗岳に行った証拠写真を撮って頂きました。



その後、もたもたしながらも、

弥山までの来た道を戻っておりますと、

写真を撮って下さったおにいさんが追い付いて来ましたので、

どのように下ればいいのか分かりにくい箇所を

おにいさんに質問しました。



すると、

「うーん。ここはこうこうすれば、下りれますよ。」と、

まずはおにいさん自身が見本を見せて下さり・・・

長年の経験から培われたということが

すぐに分かる知恵で冷静沈着、

かつ的確に教えていただき、

無事その危険個所をクリアー出来ました。


ほんと、めちゃくちゃ久しぶりに

「この人(男性)ステキ~・・・(*^^*)(ハートマーク)」

と見とれてしまいました。

また、私にも女子らしさが残っていたことに気づき、

ほっとした瞬間でもありました(笑)。



しばらくすると、

向こうから同じく登山家スタイル&

40代のおにいさんが2人やって来たのですが、

「こ・・・こわい~、死ぬ!」と感情丸出し状態で、

私に「これどうやって、渡るんですかぁ!?」って

悲壮感満載で聞いて来られましたので、

「これは、岩にはいつくばるのではなく、

岩の上に平均台のように立って、

タッタッタ~って一気に渡るんですよ。」と

淡々と教えて差し上げました。



すると「ぼ・・・僕は立てない!」って

ますますムンクの叫び状態になりながら、

はいつくばってゆっくりと

そこの岩場をクリアーされました。

ほんと、こんな根性(=即ち【肚】)ナシの・・・

(登山家の)格好だけイッチョ前な

「見せかけオトコ(人間)」は、

この娑婆に蔓延っております(呆)。



にしましても、

このような生死がかかっている大苦難「ここぞ」という時に、

【人間の本性】が包み隠さずあぶり出て来るということが、

天狗岳で出会ったこの3人の登山家の方々によって、

確固たる証明が成された・核心を得た次第です(ー人ー)。



そして私自身、どんなことがあっても、

平常心と「新しい自分」に向かってチャレンジし続ける

情熱を持って生きてゆきたいと改めて思いました。

(そのような人間になることが、

感情に流されない・見せかけの世界や妄想・幻想、

そして誰かの黒い思惑に騙されない

人格形成並びに魂の生成をするのだと考えます)



・・・さいごに、弥山から天狗岳との往復、

そして下界から石鎚山への往復の道のりは、

人が一旦死んであの世に行き、

そこに「でん」をついて、

生まれ変わって現世(娑婆)に

舞い戻って来るという感じがし、何とも不思議で、

そして爽やか&清らかな・・・

神恩報賽の気持ちを持って帰らせていただきました。

ありがとうございました。(^人^)☆

大阪に帰って来て、

ミョ~に鮮烈な冴え具合が継続しております・・・

ヤバイ(笑)♪

この冴えっぷりの原因は、

やっぱり石鎚山・天狗岳での出来事(気づき)です。



既に私上記のブログにあれこれと記載しておりますが、

石鎚山の最も高い場所は「天狗岳」です。

石鎚神社のお社がある「弥山」には、

17日の午後1時頃には数百人はおりましたが、

濃霧並びに時々強風が吹いていた為に、

天狗岳まで行こうとする人は殆どおられませんでした。

それだけ危険なのです。



全ての条件を満たし、そして神(蔵王権現様)から

選ばれた縁者でしか行けない聖域の中の聖域

のような感じがいたしました。



私は今回、登拝する前から「雨天&強風でない限り、

天狗岳にチャレンジする」と

肚を決めてから登って参りました。



ですので、「崖から落ちたら怖い」という感情は常にあっても、

ゆっくりでも足を前に進めて参りました。

途中で引き返すという考えは一切ありませんでした。



なぜそう思うのか?

それは、そこに行けば【私が全身全霊で求める何かがある】

という確信(根拠の無い自信)が在ったからに他なりません。



みんながいる弥山から天狗岳までは

500メートル程かと思いますが、

精神的にかなり長く感じました。



本当に怖い・足がすくむ時は、

「南無神変大菩薩」と何度も唱え、

石鎚山の開祖である役行者の

【御陰様の力】をお借りしました。



私という人間の力だけでは絶対に

天狗岳に到達出来ないと、途中で気づきました。



「人間とは何と無力な存在だ」ということを実感し、

日々の生活でどれだけこの絶大なる【御陰様の力】を

頂いているのか・・・?

その霧の奥にその真理が観得た気がし、

深い感銘を覚えました。



途中家族連れ4名とすれ違った以外、

誰にも会わず、天狗岳に到着しました。

そこで5分程、一人で天狗岳にいました。



そこは、この世であってこの世でないと

感じる不思議な空間でした。

みんながいる弥山は濃霧&風の為、

全然見えず、声・・・気配すら感じませんでした。



霧というか、雲がどんどんと矢継ぎ早にやって来て、

私に当たり、そして白い闇へと消えて行く・・・

人生というものは、この雲のようなものかと、

人生の現実をまざまざと見せつけられ、

一種の儚さを感じました。



儚き一瞬の夢の中で、私たちは今、もがき苦しみながら、

“雲のような幸福”を一つでも多く掴もうと

切磋琢磨しているのです。



私たち人間がどんな主観的感情で捉えたとしても、

人生の現実(客観的事実)これなんだと思いました。



だけど一方で、儚い・・・

未来永劫続かない命を今、

この手に持っているとからこそ、

一日一日、一秒一秒を大切に

生きなければならないと感じました。



その為には【絶対的感謝】つまり、

どんなことが起こっても有難いと感じる

感謝の念を持つこと)が大事なんだと思います。



なぜ人間は生まれ死ぬのか?

この人生で私は一体何を成すべきなのか?




私たち人間には分からない・・・

いや、分からないように出来ていて、

正にこの白い霧の中、

この崖を歩くような感じでいろんな恐怖や不安を

常に抱えながら切磋琢磨して

人生を歩むことを通して掴むもの一つ一つが、

その人その人の【人生の真理そのもの】であり、

そこに人生の根本的意味が存在するのだと感じました。



(補足:人は分からないから必死で努力するのです。

全て分かっていれば、手抜きしたり何もしないのです。

それだけ人間は傲慢で浅はかな存在なのです。

だから分かる必要がない。

目の前に来たこと・ご縁を必死でこなしているだけで、

自ずと道は拓けて来るのであり、

過去を悔い未来を憂えるのはなく、今、今、今!を

一点集中して生きるべきなのです)



その意味は人から与えられるものではなく、

自分自身で築き上げ、導き出してゆくもの

なんだということに気づきました。

なぜならそれは他の誰の人生でもない、

私自身のたった一つのかけがえのない人生【命】だからです。



また、その場所は静かで激しい、

恐怖であふれまた鮮烈な清らかが拡がる・・・

相反する要素が共存する不思議な空間でした。



きっと陰陽対立の娑婆世界を超越した、

この世とあの世が入り混じった場所・全てが

統一された絶対的宇宙を成す・・・

この世とあの世を繋ぐ出入り口であり、

また人間世界と宇宙(幽なる大自然の世界)と

繋ぐ道でもあると感じました。



人間の身体にはツボとかチャクラという場所

(気の出入り口)が存在しますが、

この地球も人間と同じ生き物であり、

地球が浮かぶ宇宙との

「特に強い気の行き来を行う“出入り口”」というものが

いくつかこの地球上に存在し、そ

の一つがここ・霊峰【石鎚山】なんだと感じました。



私自身、もっともっとこの娑婆での行を積み、

命を練磨し、そして魂が覚醒して来たならば、

わざわざ石鎚や大峯のような場所に行かなくても・・・

常に自らが求めれば、

この天狗岳にいるような感じで、

この世とあの世の間(双方の要素が存在する位置)に

自らの魂(心)を置き、全て(真理真実)が

ありのままに観得て来るのだと感じました。



ほんと、何の因果か、独身女子の私が

40歳手前でこのようなことがちょっとずつですが、

観得て参りました。



石鎚山も含め「修験道」って、

底なしの凄さ【宇宙】がありそうな感じです。。。

ヤバイ、ヤバイ (笑)♪


2016/06/19のBlog
[ 13:03 ] [ 遍路修行日記 ]
今回の四国旅で感じたことがありました。



私がこの四国遍路にご縁頂いたのが、

29歳の終わりで、29歳の夏頃に、

「30代以降の自分の為に、四国遍路行をする」と

決意いたしました。

自らの決意にて敢えて、『茨の道』を選んだ次第です。



その大きな決断、

そしてこの過去10年間の実践・修行が、

今の私を陰で支え続けてくれています。



私の人生において、

四国遍路等の霊峰・霊場での修行は

【人生の財産】になっています。

最初は茨の道だと思った道が、

実は幸福へのまっすぐの道だったのだと、

今になって分かりました。

ほんと、これら日本古来の修行の道は

【日本人の智慧の結晶】だと思います。



あの決断の日から丸10年が経とうとしています・・・

「10年ひと昔」。

来年の3月に40歳を迎えるにあたり、

「40歳以降の自分の為に」と何かをしたいと

じわー・・・と感じて来ました。



体力は20代に比べれば、

ゆるやかに落ちていることは感じています。

老いというものは人間の力ではどうしようも出来ません。



だけど「氣」は今が一番充実しています。

この「氣」というものは、

私がこの娑婆を去る瞬間が

最も充実していたいと思い、

そのために、各種修行をし続けたいと思っています。


また、「氣」を充実させることによって、

「ぶれない」そして「しなやか」な・・・

風が吹いてもポキッ!と折れず、

風を受けてぶらぶらなびく『竹』のような

人間になって来たように感じています。

決して不信でも過信でもない【自信】と

いうものを爽やかに今、感じています。





・・・10年前の私であれば、

出かけようとして雨が降って来たら、

「ああ、自分は何てツイてないんや」とか

「自分の日々の行いの何が悪いねんや」と

嘆いて悲しんだり、責めたり怒っていましたが、

今は、そこに自らの感情は挟まずに淡々と・・・

「あ。雨が降って来たな。

じゃー、傘を差して出かけよう。」と

家を出るという自分がそこにおります。

これは天の気だけではなく、

他人様とのやり取りでも同じです。



他人様の感情や意志、

また天気のような【天の気・意志】は

自分自身の力では変えることは出来ません。

だけど、自分の感情や意志、そして行動は、

自分の手によって柔軟に変えることが出来ます。



たとえば、相手の人間が、

こちら側は一切非がないにも関わらず、

自分にひどい言葉や行動をして来たとしても、

その罪を償うべきなのは相手であるので、

自分がいつまでも悲しんだり怒る必要はなく、

自分が直接相手に手(制裁)を下さなくても、

時間差はあっても、

相手は必ずその罪を清算しなければならず、

そのことに気づかず罪を作り続けている人間は、

誰かに潰されるか自滅し、

あの世に往ったら、

この娑婆よりもケタ違いの地獄を観るのです。

そんな絶対的法則も観得て参りました。





・・・とにもかくにも私は、自分の感情や意志に、

周りを合わせて貰おうとする「我儘な心」は捨てて、

あるとあらゆる自分自身以外の

他者(大自然)の流れに合わせる・・・

調和させる生き方をこれからもますます体得していくことが、

結局は自らの幸福にまっすぐ繋がるのだということが分かりました。



この私の肉体的年齢で、このことが分かって来たことが、

私の人生において最たる

【ギフト(幸福)】なのではと感じています。



十五にして学に志す

三十にして立つ

四十にして惑わず

五十にして天命を知る

六十にして耳順う

七十にして心の欲する所に従えども、のりをこえず




・・・という孔子の言葉がありますが、

なるほどなぁ・・・って感じています。



これからも、そんな生き方を淡々と

歩んで参りたいと思います(ー人ー)。



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