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ジャンル:遍路修行日記
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2011/10/16のBlog
[ 21:15 ] [ 遍路修行日記 ]
10月16日(日)。

歩きお遍路さん2日目

おかげさまで、

昨日のお天気とはうって変っていいお天気っ



早朝5時50分集合で、

鯖大師本坊内で護摩だきを見学させて頂きました。



それ自体も圧巻で、ほんと、幻想的且つ荘厳な

雰囲気でとても身が引き締まったいい時間でしたが、

宿坊からそこまで行く間の地下通路(トンネル)の中が圧巻で、

西国やお四国さんのいろんなホトケサマがあって、

独自の雰囲気がありました。

最新の土木&建築技術を使いながらも、

昔ならではの精神を継承している感じの

なんともいえない、絶妙なバランスのステキなお寺でした。。。



私が日和佐から、かなりムリして

この鯖大師まで来たのには、ある理由があります。



今から約5年前、私の父の義理の姉(叔母)のお通夜の時、

亡くなった叔母の横に、18年前亡くなった祖母が

生前バスで2周、お遍路さんしていた時にゲットしたと思われる

いろんなお遍路グッズが置いてありました。



どうやら、叔父(亡くなった叔母の旦那。一昨年になくなりました)が

枕元に置いたようでした。



そのお遍路グッズの中の一つに、この鯖大師さんの

紙のお守り(お財布に入れておくと、入っているお金が

ムダに出ていかなくなるというお守り)があり、

おっちゃんに・・・



「これ、私にちょうだい。」

と言って頂きました。私が何も言わなければ、

叔母と一緒に炎の中(天国)に行っていたお守りです。

(他にも、何点かいただきました)



私は丁度一周目のお遍路さんを回りたいと思っていた時期でしたので、

このお守りをもらって、以来ずっとお財布の中に入れています。



この甲斐あってか(???)ムダにお金が出て行かなくなり、

ボンビー企業家なりにも、食いっぱぐれることなく、

お金に困ることもなく、元気で過ごさせていただいております。



そのお礼参りとして、いつか鯖大師に行こう!って

思っていて、それで今回、タイミングが合ったので

ここに泊らせていただきました



ここに一泊すると、もれなくこのお守りがついてきました。

(売価は100円です)

このお守りとのご縁は、全て、

天国にいる、おばあちゃん・おばちゃん・おっちゃんのおかげ!!!

ということで、そのご恩返しに、そのお三方の血をひく身内へのお土産として

ごっそり購入させて頂きましたぁ~

(しかもそのお土産って、紙やからチョー軽いし!かさばらない!!

それにチョー安いし!!!

ボンビー☆歩きお遍路さんにとって最強のお土産ですわ~笑)



このお寺に一緒に泊っていたのは、

愛媛・八幡浜からの車お遍路のおじさまと、

岩手の南部・内陸地方の70歳くらいのおばさまお二人でした。



その岩手出身のおばさま方はいかにも

四国お遍路さんのようではなかったので、

どうしてここにいるのか朝食時に聞いていました。

すると、片一方のおばさま曰く・・・



「私の娘が23年前に亡くなり、ご縁あって供養して下さったのが

こちらの住職さんでした。亡くなって以来、はじめてここに来ることが

できたんです。」



・・・。



なんとも言えなくなってしまいました。

70歳くらいのおばさんで、23年前に子供が亡くなったということは、

きっと娘さん、まだ20代だったんでしょうね。。。



なんで岩手から、こんなに離れた場所で娘さんが供養されたのかなどなど

到底聞くことのできない、雰囲気でした。



いくら亡くなられてから20年以上も経っても、

自分の子どもに先立たれた母親からすれば、

永遠に癒えることのない大きな傷があるねんな・・・って

普段こんなこと、全然感じないのですが(なんせ、母親になったことも

結婚したこともないので。。。)、

ほんと、「親よりも早く死ねないな」って、めちゃくちゃおもいました。



そのおばさま方は、そさくさと朝食をとられ、

お二人でごっそり10000円くらい、お守りなど

購入され(そういえば護摩だきもたくさんされてはったな・・・)

汽車に飛び乗って、善通寺に行って、

岩手に帰って行かれるとのことでした。



偶然、お宿を共にしたおばさま方、おじさまの

ご多幸を祈念しつつ、回りたいと思います。


鯖大師を出て、しばらくすると海へ。。。

思わず、遍路道である国道55号線をそれて海岸へ。。。



こうやって、あらためて自分自身の後姿写真を眺めてみますと

34歳・大橋良子。若い・軽い中にも、“貫禄”が出て来ましたねぇ~・・・

(独身女子としてのカワイサは0%やなぁ・・・涙。

あ☆だから、サーファー&バイク野郎のニーちゃん達に

声かけられなかったんやぁ~!ナットク☆笑)



遍路道をそれ、海岸線をどんどん行きますと、

国道55号線に行くためには

右の断崖絶壁をはって行かないとアカン!と

釣り人に教えて頂き、恐怖と快楽苛まれながら

落ちないように、ゆっくり歩ませて頂きました。



きっと大昔の・・・お坊さんなど特殊な人だけの時の

四国遍路道は、こんな道がたくさんあったんでしょうね。

(しかも、崖まっかさまの人もおられたかと推測されます)



1300年の歴史の間に、ちょっとずつ、ちょっとずつ

人が道を作って、拡げてきてくださったんですよね。

これは、この国・世界にも言えることなんでしょうね。

古えの人たちのおかげで今があるのだと、

つくづく感じます。。。「恩に生きる」とは

こんなことを言うのかな・・・と思います。



カフェ「ふくなが」という看板をみつけ、

とってもよさげで入ってみることに・・・



そこのおばさまは、とってもお接待大好きなおばさまで、

お願いしたアイスコーヒー以外にも

寒天ゼリーや、お菓子、リンゴなどがどんどん出て来た上、

結局40分も、他愛のない会話で盛りがってました(笑)。



その後、またそさくさと歩いておりますと、

シルバーのヴィッツに乗ったおばあさんに

お声をかけて頂きました。



「これ、お接待です。。。」



と、500円も頂戴いたしました。。。

ほんと、感謝、感激です。。。



そしてその後、1時間も立ち話をしていました(笑)。

それぞれのおばさんたちの会話は

超プライベートなお二方の半生のお話なのでヒミツですが、

お遍路色の“糸”で結ばれた

四国の方々との何げない会話の中に、

生きていることへの感謝、そして生きていくことへの覚悟を

深化させていくことができます。



きっと、私の人生遍路もこんなステキな出会いがあって

磨かれ、輝いていくんでしょうね。



そして、そのステキな出会いはきっと己自身が

引き寄せていくんやと思います。



車止めてお話していたおばさまは、

愛犬と散歩しながら、よくドライブしているそうで、

お遍路さん見つけては、お接待されておられるそうです。

(以前は、しんどくて歩けないお遍路さんをお宿まで送迎されたそうです!)



そのおばさま曰く・・・



「私は若いときに2回、歩きお遍路さんしたから

みなさんのご苦労はよ~く分るのよ。今は仕事もしていないので

ヒマさえあれば、ドライブ&お接待しにこうして車を走らせているのですが、

男性の方とか、スピードが速かったり、急いでおられる方には

お声をかけられないの・・・」と

嘆いてはりました。



ああ、そうか。。。



人生って、マッハで動き回る時と、ゆっくり歩いたり

じっくり立ち止まったり・・・とその時々によって動きを変えないと

結局いいチャンスを逃すということか・・・っていうことが分りました☆



私も普段は、一秒でも早く目的地に行こうと

マッハで走りまくっていますが、

これを機会に、ゆっくりする・止まるところも意識的に

作っていきたいとおもいました



そして、今までは、四国お遍路さん、もう少しして、足が慣れてきたら

一日30キロは歩きたいと思っていましたが、

そんなんだと、こうやって30分も1時間も立ち話できないので、

20~25キロにしてもいいかな?って想いました。



が、想像以上にアスファルトの道は足の裏にこたえて、

なかなか長距離歩けないという現実がありました。



ほんと、ステキな出会い(感動との出会い)と、過去の記憶・事実の肯定、

全ての恩に対する報恩感謝の念への気づき、

そして『自分自身との過酷な戦い』など・・・様々な角度からの

心(たましい)の練磨が出来るのがこの、四国遍路道なんだと思います。


いろんなすてきで

感動的な風景・物・・・



それらに、心洗われ・・・



アタマはカラッポ(「空」くう、の状態)、

そして心はなんだかとっても軽く・・・

不必要なものがどんどん消えてって

必要なものだけが残っていく・・・



そんだかんだで、高知県に突入~っ



そして無事、今日のお宿であります

「民宿 いくみ」に到着しましたぁ~



明日もまだ、24番・最御崎寺には着かず、

民宿に泊まります。

いやはや。。。先はまだ長いですが、

いろんな気づき・出会いを糧に、がんばりますっ


2011/10/15のBlog
10月15日(土)朝7時55分。

ハービス大阪(梅田)発・高知県・室戸行き

高速バスにのって、約4時間、

前回の歩きお遍路旅が終った、JR日和佐駅前にある

道の駅にあるバス停に正午に到着っ!

んでもって、即行☆歩き出しましたぁ~



今泊っている、四国遍路番外の

鯖大師本坊にある宿坊の方に昨日・・・



「ここはお寺ですので、必ず夕方5時までに

おいでください」



と念押しされまくりましたので

ちょっと焦っていました。

しかも昨日・14日はこの地域は豪雨だったらしく

電車(汽車)も全て止まっていたそうで、

宿坊の方から電話がかかってきて

「明日は、本当に来られますでしょうか?」と

心配の電話がかかってきました・・・今日は、鯖大師到着

一キロ手前で、ちょっと降ってきた程度ですみましたが、

ずっと曇りで、雨がちょっと心配だったこともあり

かなりハイペースで歩いてて、

昼食も食べずに(朝食はバス乗る前、梅田でパンのセットを食べました)

持参の「茎わかめ」と水だけで歩き、間の休憩は5回、

各10~15分程度だけでした。



さすがにお腹がすいたので、

15時過ぎ、牟岐の町を通りましたので、

美味しいパンを一つだけ買って食べました。

(たくさん食べると、胃に血が回り、しんどくなるので・笑)

このあたりまでは、とってもいい山の風景でした。



空気もおいしいので(ちょっと植物の甘いかおりがします)

体中の細胞が活性化され、脳もクリアーになってきて、

感覚が冴えてきますっ



牟岐の町を過ぎると海が見えてきました。

日和佐の道の駅から、95%、国道55号線を通ってきましたが

ここからは殆ど海を眺めながらの歩き遍路になります。



ここは波が高いので、サーファーがたくさんおられました。

(最初は、集団のアザラシか?!と思いましたが・笑)



若い彼らは波に乗って、前向き&元気に自分の限界に挑戦!

そして私は、四国遍路の道に乗って、自分の限界に挑戦で~すっ



海が見える手前から、だんだんと足の裏が

痛くなりだして、快調だったのが

どんどんスローダウン・・・。



だけど、おかげさまで無事16時33分、

目的地の鯖大師本坊に到着!

今日は、4時間33分で、ナント☆19,4キロも歩きました



普段、運動しないせいか、宿坊に到着した瞬間に

急に疲れがどっと出てきて、カラダが一気に重くなりマシタ(涙)。

だけど、アタマをカラッポにしながら、ひたすらカラダを動かすって

なんともいえない快感があります☆



明日は、お宿がある位置の関係で

(その宿より10キロ以上はお宿がないので、どうしても

そこに泊らないといけないので)19,9キロしか歩けない・・・

っていうか、今日とほぼ同じやんっ!・・・ので、

詳しい旅の報告は、時間的&体力的にゆとりのある

明日するとしまして、

今日はもう、ほとほと疲れました・・・し、

明日は5時50分に護摩堂に集合して、護摩だきをされるとのことで

早起きせなあきませんので、今日はここまでで~っ


2011/07/26のBlog
[ 20:16 ] [ 遍路修行日記 ]
・・・やっと、

やっと、ネット環境にめぐり合えたぁ~

今(7月26日)泊っている「国民宿舎 うみがめ荘」です。

徳島県の最南端の町・日和佐(ひわさ)という町にあります。

ここは、23番・薬王寺がある町。

何年か前の朝の連続テレビ小説「ウェルかめ」のロケ地です。



後、有名なのは、

ウミガメの産卵が見れるという場所。

先日の台風の影響で、

ここしばらく、ウミガメが産卵に来ていない

傾向にあるそうですが、

この大浜海岸沿いにある旅館ですので、

もしもウミガメが来たら、館内放送で

知らせてくださるとのことですので、

今から楽しみにしています




それでは、今回の歩きお遍路さん、はじめました、

7月23日午後・小松島のマクドを出てからの

お遍路リポートを、一気に更新したいと思います



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



マクドを出て、ちょっと足が痛みつつも国道55号線を南下し、

18番・恩山寺まで後1キロくらいのところで

脇道に入っていきました。

その時、後ろから軽トラがやってきて

100メートルくらい前にあった自動販売機の前で止まり、

おじいさんが出てきて、ジュースを2個

買っておられました。
そのおじいさんが、すれ違いさまに・・・



「おじょーちゃん、お接待です、これ、どうぞ。」

とお声をかけてくださりました。

私は一瞬、「なんで?なんで?(*_*)☆」とロウバイしましたが

「あ、お遍路さんへのお接待や!」と気づき、

すかさず「すいません。ありがとうございます。」と言いました。



お接待される方だけありまして、

そのおじいさんのお顔は、ホトケサマのように

後光がさしていて、朗らかなお顔をされておられました。。。



私は、「すいません。ありがとうございます。」という

言葉しか出てきませんでしたので、

そればっかり言って去りました。



しばらくして、そのおじいさんの軽トラが

私を追い抜かしていって、一回クラクションを鳴らして

去っていきました。

車が見えなくなるまで、手をふっていました。



私はその瞬間・・・



号泣。。。。。。



な、なんと世の中には、このようなホトケサマのような

お方が存在するねんやろ・・・



で、なんであのおじいさんは、

見ず知らずの私に、

こんなこと(お接待)が出来るねんやろ。。。?



そんなこと、ずっと考えて歩いていました。



「お接待」とは、お遍路さんに物やお金など、

無料で差し上げる行い(“行”)のことを言います。

また、有料のものを安くお遍路さんにお売りしたり、

物をあげなくても、「がんばってね」と声をかけたり、

困っているお遍路さんを助けたり、

笑顔で挨拶したりするのも「お接待」と言います。



以前、お遍路道で出会った、藤田さんというおばさんが

こんなこと、おっしゃられていました。



「お接待したら、このあたり(胸のあたりを手のひらで押さえて)が

とーっても、あったかくなるの~!!!」



つまり、

「人のためにすることが、自分の幸福感につながる。」

ということなんです。



このたった一行のことを、ココロの底から理解し、

それをいつでもどこでも誰にでも出来るのは、

人間として、かなり修行を積まなければ出来ないと思います。



残念ながら、私はまだまだ、道、半ばです・・・(涙)。



もしもわたしが、先述のおじいさんの立場だったら、

前に歩いているお遍路さんを見つけた瞬間、

「なにか差し上げたい」と思っても、

脇にある自動販売機に目が行かず、そのまま素通りしてしまうか、

「私、急いでるねん、無理っ!」って

おもいっきりアクセルふかして、お遍路さんを抜かすか

どちらかです(ーー;)。



人間が感じる「幸福感」

(ああ、生きててよかった・幸せ!と思う心)とは、

自分だけ幸福になる言動よりも、

まず他人様が幸せになって、ビリヤードの『玉突き』のように

と同時に自分に幸せの振動が伝わる方が、

圧倒的に幸福感が増すように「出来ている」のではないか?

最近、そんなこと、思っています。



だから私は、お遍路道で、お接待して下さる

四国の方々を見るたびに、一人、反省し、

「私も、いつかは、自然にさらっとお接待できる人間になりたい」

と思う訳です。

ほんと、まだまだ、道、半ばです。。。(ーー;)。



<つづく>

[ 20:16 ] [ 遍路修行日記 ]
そんなかんだで、15時前に恩山寺に着きました。

一通りお参りした後、お寺のベンチに座って

休憩しながら先ほど頂いた、缶コーヒーを頂きました。



こんなにおいしくって、あまくって、

ちょっとすっぱい缶コーヒーは、はじめてです。。。



飲んでますと、お寺の奥に木漏れ日が美しい場所を見つけ、

ふらーっと行ってみますと、

そこは一面、お墓、お墓、お墓・・・。

しかも全部、明治時代、江戸時代・・・室町時代っぽい古いお墓。



一般的に「お墓」って、薄暗く、

お化けが出そうな雰囲気ですが、

ここなら夜一人で来れるわーという勢いの

清らかで美しい、居心地のよい場所でした。

こんな爽やかな雰囲気のお墓ははじめてです。



全部のお墓が私の方向(南向き)に向いていて、

数百・・・千くらいある小さな昔のお墓群は

大きな一つの和(風景)を描いていて、

みんな朗らかにニコニコしているようでした。



私も、こんなお墓だったら入りたいなと思える場所でした(笑)。

お墓とかお葬式とか・・・「死」って、遠くにあるもの・・・

遠くにあって欲しいもので、

恐れ、嫌うものというのが、人間としての常識的な考えですが、

白い服をまとい、お遍路さんしておりますと、

「死」というものは「生」と同じ「命」の中にあって、

(まさに、コインの裏表の関係)

「生」と「死」は、一つの音楽(メロディー)を奏でた

同一のものなんだという感じがします。



つまり、「生」の続きが「死」であり、

「死」の続きが「生」なんだと思います。

(生物が子を産み、親が死んでいくのはまさにその営みです)



だから、「生」を持ったものが「死」になるということは

季節が変っていくのと同じで、ごく自然な流れなので、

それに逆らったり、憂えたりすることなく、

『お迎え』が来たら、潔く、そして朗らかに

この世を去りたいなと思いました。



とは言っても、よしこちゃん。

平均寿命までまだ、ちょうど半世紀ございますので、

そのお墓群からは

「よしこちゃん、がんばってな~!

あの世から応援してまっせ~(徳島やのに、何故か大阪弁・笑)」

というお声が、わんさか聴こえてきた気分です(ニヤリ☆)



18番・恩山寺側の「民宿 ちば」さんに着いて

そさくさとお風呂・お洗濯をすまし、

17時半から夕食っ☆



冷静に考えてみれば、朝、徳島のホテルで

腹7分目(いっぱい食べるとお腹が重くなってしんどいので)のご飯を

食べた後は、茎こんぶ、すもも大福&ホットコーヒー少々、

マクドで「野菜生活(ジュース)」、最後に缶コーヒーしか

食していなかったことに気づき、

夕食はガッツリ食べようと思ったのですが、

天ぷら系は食べきれず、残してしまいました(ー人ー)が、

最近、一日二食、もしくは三食で腹6分目食べるという

ライフスタイルが、めっちゃ心身の調子がいいので、

食べたくない時は絶対に食べないようにしています。

(余談ですが、最近はカツ丼とかラーメンなど、

こってり系や、肉・油系の食べ物を

腹7分目以上食べると、その後しんどくなって、

2時間くらい寝てしまいます・・・汗。

だけど、ごはん・お魚系を9分目くらい食べても眠くなりません。

不思議や。。。???)



世の中には、食べて調子がよくなる人と

私のように食べない方が調子がいい人がいるようですね。



やっぱり私は、精進料理が好きな

修行僧タイプの人間でゴザイマス(お遍路さん、ピッタリ!・笑)。



だけど不思議なもので、私の体重って、

増えもしないけど、減りもしないんです。。。

(よしこちゃんの“7大ミステリー”・笑)

でも、食べない=お金がかからないので、

エンゲル係数は圧倒的に低くていいかもです(ニヤリ☆)


翌日・24日早朝、民宿を出て、

そさくさと歩き出しました。

歩いて早々、草のへんろ道で、

ニョロニョロのへびちゃんを目撃しつつ(滝汗)、

無事19番・立江寺に到着、

それからゆるやかな登りの幹線道路を歩いていきます。

途中、おいしい冷やしそうめんを満喫しながら

NHKの「のど自慢」をみながら、

「日本って、本当に平和やなぁ・・・」って

なんか、めっちゃうれしくなったり。。。



そもそも、こうやって、いろんなことそっちのけで、

四国お遍路さんが出来るって、

本当にありがたいことですよね。。。



お遍路さんに行けるためには・・・



①行く(=するための)時間がある

②行くお金がある

③行く気(気力)がある



この3つが同時にあることが重要です。

これは、一昨年亡くなった叔父から

教えて頂いた言葉です。



これって、物事を成し遂げるために、

必要なことですよね。



もっとも重要なのはやっぱり、③。

③がないと、全てがはじまりませんよね






おかげさまで、無事20番・鶴林寺ふもとの

民宿に到着。

なんと、その日の民宿のお客さまは私だけ(^^;)。

今って、閑散期のようです。

ちなみに昨晩泊ったところは、

私と車遍路のおばさまだけでした



7月25日朝、民宿を出て、20番・鶴林寺(かくりんじ)

に向かって歩き出しました。

徳島県(阿波の国)の中で、最も難関なのは

12番・焼山寺超えでしたが、

次にキツイのが、今日行った鶴林寺→太龍寺越えです。

民宿から鶴林寺までの登りは、そんなにきつくなかったのですが、

鶴林寺→太龍寺へ向かうキツイ下り坂で

足が爆笑しまくり(?)、

「お願いだから、早く上り坂でも来て欲しい」という状態デシタ。



一キロほどで、一気に下り、橋を渡ってまた

キツイ登りがあり、これで足が痛くなりました(涙)。

本当は、太龍寺越えが終わり、一時間くらい下った

民宿で泊る予定だったのですが、

その宿の方に「その民宿に今、お泊りでしたら、

一時くらいにはもう着いてしまいますので、

22番・平等寺さん側にある民宿まで行かれては?と

言われ、そのように変更したのですが、

いざ、歩いてみますと、

「チョット失敗やったかな?」と思う勢いで、

足がだるく、痛みました。。。




それでも、自分の意思でそのようにしたのですから、

まさに「必死のパッチ」で歩ききりました。

なんども・・・

「もう歩けない・・・大阪に帰りたい。」

そう思いました。

きっと人生も、「言い訳」というものを持って

「逃げ道」を作ることって、考えればいくらでも出来るし、

私の34年の人生で、それをたくさんしてきました。

だけど、そうして事態が好転したことは

一度もありませんでした。

むしろ悪化してばかりで、泥沼化していった時もありました。

きっと、そのような「心持ち」が

人生にとって「悪」だったんだと思います。

だから、『心の持ち方』次第で、人生は

悪くもなるし、よくもなるとも思いました。



歩き遍路は、自分自身の足で歩かないと前には進みません。

きっと、私の人生自体も、そうなんでしょう。

誰かに車に乗せてもらったり、一瞬はそんな裏技が使えても、

基本的には自分自身の足で一歩一歩行かなければなりません。

だって、私の人生なんやから。。。



だんだんと意識が朦朧として来た中、

それでもあきらめずに、一歩一歩登ってますと

峠が見えて、思わず笑みがこぼれ「やりきった!」という

満足感がありました。

峠を下り、村中を歩き、そして無事、

お寺が閉まる5時15分前に、平等寺に到着しました。



今日で、標高400メートル級の山2つと、

標高150メートルほどの峠と、合計3つの山の

アップダウンがあり、合計12キロほど歩きました。

途中、いろんなところ(山の中)で

先日四国地方を襲った、台風6号の爪あとが残っていました。

太龍寺の本堂に大きな杉が倒れていたので、

本堂には行けませんでした。

ほんと、自然災害って恐ろしいですよね。。。



<つづく>

[ 20:16 ] [ 遍路修行日記 ]
よしこちゃんの「金剛杖」には、

鈴がたくさんついています。

この鈴は、18年前に亡くなった

四国遍路をバスで2周回った父方の祖母が

くれたものなんだそうです。(母曰く)



私は、2歳くらいの頃より、放浪クセがあり

(今も四国を放浪してますが・笑)

母の目を盗んで、家を飛び出し、よく迷子になってたそうです。

ですので、私のズボンの後ろにはこの鈴を

つけていたそうです。

鈴の音が遠くなったら「あ、また迷子!?」と

分るという仕組みです(笑)。



この鈴4つくらいは、おばあちゃんが

いろんな場所(お寺など)から

買ってきてくれたものなんだそうです。



「迷子になりませんように、元気に育ちますように」



おばあちゃんのそんな願いが、この鈴に込められている訳です。

(ちなみにつけている赤いお守りは、

おばあちゃんがお遍路さんした時に、竹林寺で買ってきてくれた

お守りです)



このように、杖を地面につけるたびに、

鈴の音がなります。

おばあちゃんの激励の声にも聴こえますし、

生前「ああ、バスではなくって、私も歩きたかった」という『想い』が

私のDNAに入っていて、

時代を超えて、私をこの遍路道にかりたてるのかも知れませんね。

一人で、歩いていますが、

ぜんぜん寂しく感じないのは、こんな理由なんかも知れません。



金剛棒には「同行二人」と書かれています。

弘法大師と2人で歩いている、そんな意味ですが、

私の中では、二人のうち、一人は、

弘法大師をふくめ、現在過去未来でお世話になる

全ての人たちのような気がしています。



遍路道を歩き、朦朧としながらも何も考えず、

『空』の状態で、一歩一歩歩いていますと、

「ああ、いろんな人たち、ものたちの『恩(愛)』

の中に『生かされている』。。。

そんなことに、改めて気づかされ、深い感動を覚えます。



22番・平等寺の横にある民宿にお世話になり、

これまた美味しい夕食を満喫!

今日・26日は、23番・薬王寺まで歩きました。

20数キロありましたが、

感動の出会いがあり、がんばり切れましたぁ~



7月26日、また、歩き出しました。

昨日のふくらはぎの筋肉痛がまだ残り、

あまり何も考えず(考えられない???)

せっせと歩いていました。



国道55号線沿いを歩いていますと、

自転車に「日本一周しています!」と

書かれていたおにいさんに

後ろから声をかけられました。

お肌は小麦色に綺麗に焼けて、光っていました。

目もなんだか少年のようで、更に輝いていて、

実年齢は私くらいやねんけど、めっちゃ若く消える

スマップの香取君似のステキな男子でした。

(でも何故か金髪・笑)



そのおにいさんは、私に

「どこから来られたんですか?」と聞かれ、

「大阪です」とかあーだこーだお話してますと、

去り際に「もしよかったら、これ二本ありますのでどうぞっ」って

おいしいバナナを一本くださり、

しばらく私の前を、自転車押して歩いてはったのですが、

下りになったので、あっという間に消えていなくなりました。



そのおにいさんは、本当に少年のようで、純粋な方。

だけど、なにか『人生の“行”』を背負っているようにも思えました。

人って、老いも若きも、みーんな(私もです)、

いろんな悩みとか使命とか、生きがいとか、生き方を

抱いているんやなーって、彼の去る後姿を眺めると共に、

彼の人生の旅路が、平安でありますよう、

祈念していました



しばらくすると、待ちに待った海が

見えてきました。

お遍路道、はじめての海です!



海には、老若男女がワイワイ楽しく

海水浴をしていました。

みんなたのしそうですね。

私だけです、お遍路スタイルで、一人なの(笑)



大切な人たちと海水浴もよし、一人で、歩きお遍路もよし、

いろんな人生・時間の使い方があって、

全部OK~、人生万事OKさぁ~



<つづく>

2011/07/23のBlog
[ 13:27 ] [ 遍路修行日記 ]
毎度です~っ

今(7月23日正午すぎ)、徳島県小松島市の

国道55号線沿いにあるマクドでブログを更新中です

なんとか無事に生存しております(笑)。

この次、いつネット環境がある場所を通るか

分りませんので、今、ちょっと更新しておきます



今朝の徳島は、涼しくって、

エアコンなしで眠ることが出来ました。

朝6時にぱっと目が覚め、旅の準備やおシゴトをし、

7時からホテルの朝食を食べ、9時までおシゴト。



で、余計な荷物は全部、ホテルに預けて

(また徳島駅に戻ってきますので)

お遍路スタイルに変身~っ



せっせと歩き出しました。

瀬戸内寂聴さんのポスターがありました。



「生きることは 愛すること」



なんか、じーん・・・と来ました。。。



徳島市内は都会なので、

行きかう人には、「こんにちは」と

お声はしないようにしていますが

(お遍路さんに無関心な方が殆ど)

なんか視線を感じる時は、にこっとして会釈します。



やっぱり都会でも、「こんにちは!」

「暑いけどがんばってね!」と笑顔でお声がけして

頂ける方がおられ、ココロがあったかくなって、本当にいい気分になり

「がんばろー」って思います



徳島駅界隈を抜け、室戸岬へと続く、

片方向に2~3斜線もある、大きな国道55号線に出て、

ここからひたすら南下します。

10時を過ぎると、ぐんぐん気温が上がってきました。



とともに、なんだかめまいが。。。



こんな時に、唱えるのが「般若心経」っ

頭がからっぽ「空」になっていくので、

しんどさからちょっと遠くなっていくので、

現実の世界でも、なにか苦難が到来した時

(いきなり渋滞に巻き込まれた時などなど)は

無意識に般若心経を唱えております



だけど、やっぱり、しんどいもんはしんどいっ

ああ、タマシイまで抜けそう・・・

ふっと下を見ると、ハトちゃんが車にひかれ

ぺっちゃんこになって何日も経ったナキガラがあり・・・



「ああ・・・。このまま倒れたら、こんな感じで

ぺっちゃんこになって、干からびて、そして

徳島新聞あたりに『四国お遍路・よしこちゃん(34)、国道55号線でぺっしゃんこ』

なーんて、オモロスギル記事が出るねんやろーな・・・」って一人で妄想(笑)。



「こりゃー、アカンっ

私は生きて帰るねんや~~~!!!」って

たまたま木陰があったので、そこで休憩し、

水分と、ごっそり持参している茎わかめを

バリボリ食べ始めると、眩暈がおさまってきました



だんだん、歩くことも慣れてきて、

快調に歩いていたのですが、

ちょっとずつ、足の関節が痛み出したところ、

右の看板が、どーん☆と見えました・・・

そこには・・・



「すもも大福」



す、すもも大福って、産まれてはじめて聴いた。。。

この手の大福は、「いちご」がメジャーですが、

他にきいたこと、食べたことがあるのは「ぶどう」だけです。



すもも大福に惹かれ、思わず店内へ・・・



<つづく>


[ 12:56 ] [ 遍路修行日記 ]
店内に入ると、すもも以外に

キウイとみかん大福もあることが発覚っ



本当は、全部食べたかったのですが、

明らかに夏ばて状態で、あまり食べる気が

しませんでしたので、泣く泣くすももだけに。。。



このお店、大福以外にも、

いろんな和洋のお菓子を作っておられるようですが、

メインは「栗タルト」のようです。

会社名は、畑田本舗 です http://www.hatada.co.jp/



このお店では、店内でも食べれるスペースがあり、

ホットコーヒーが自由に飲めます♪

で、そこで早速すもも大福を満喫



な、なんと、めっちゃ完熟したすももが丸ごと入っており、

すももとお餅の間に、薄く、白いあんが入っていて、

これが何とも言えない、さっぱりとした

ほんの~り甘い感じで、ほっぺが思わず地面まで落ちた心境っ



もしも車遍路なら、ごっそり大阪に買って帰るのですが、

一グラムでも荷物を減らしたい、歩き遍路さんなので、

泣く泣く断念ですが、もしもネットで帰るのであれば、

是非ゲットしたいと思いますっ



すももで、ほっぺが地面に落ちている間に、

店員のおねえさんが、

「つめたいお茶をどうぞ~」って

右のお盆を持って来られ・・・



「私、たった210円の大福しか買ってないのに

こんなにいろんなもの、食べさせて頂いていいのでしょうか」状態に。。。



思わず出てきた、わらびもちに、

ほてったカラダにちょうどいい、冷たいお茶を飲みながら

店内を見回してみますと、

地方都市・徳島の不況の風もどこへやら・・・

次から次へとお客さんがやって来て、

しかも、私のような210円のお買い上げとかではなく、

2000円~5000円くらいのお客さまばかり・・・。

タルトを買う人もいれば、ケーキを買う人も、

どらやきを買う人もいれば、ゼリーを買う人もあり・・・。

買い物かごに和洋折衷、いろんなお菓子を

ちょっとずつ入れて、レジに持っていくお客さんが殆どでした。



私は、こんなお菓子屋さん、はじめて見て

とても感動しました。。。



あくまで、メインは「タルト」ですが、

いろんなお菓子を揃え、しかも全部、こだわりの味で美味しい。

店内もとても綺麗で、気軽に買い物が出来、

コーヒーやお茶菓子のサービスもあり、

そんなにめちゃくちゃ値段も高くない。。。



私はこの会社の経営者の方には、出会ったことないですが、

きっと、一本筋な人ながら、いろんなことに常にチャレンジされてはる

まさに「経営者の鏡」のようなお方なんだと

容易に推測できました。



で、畑田本舗さんのホームページで会社概要を調べてビックリ☆

私が今年4月に、倫理法人会のお役「法人レクチャラー」として

巡講しに行かせて頂いた、愛媛県新居浜市が本社やないですかっ



実は、来月1~2日と、愛媛県倫理法人会の式典に

大阪府代表で参加いたしますので、

そこで新浜倫理の方々に、この会社の情報を教えて頂こうと思います。

みなさまも、四国に行かれた際は、是非、畑田本舗さんの

お店に行かれてみてくださいね~



そんなかんだで、畑田本舗から4キロ先の

小松島市のマクドに着いた訳ですが。。。



いやはや。これからの時間が、一番暑いし・・・

なんか膝とふくらはぎ痛いし・・・

って、ちょっとユウウツになりつつも

やっぱり、歩き遍路は理屈ナシに

スカッと気分が爽快になるので、やめられません(←やっぱり重度の「お遍路病」 



今日のお宿は、18番・恩山寺手前の

民宿に泊りますので、ここから後、3キロ弱なので、

今日中に恩山寺を参拝させていただき、民宿でおシゴトもし、

明日・24日は19番・立江寺を参拝し、

山の上にある20番・鶴林寺ふもとの民宿で泊り、

25日は、20番・21番太龍寺(ここも山の上)を参拝し、山を下ったところの民宿に、

そして26日は、一気に30キロくらい歩いて、23番・薬王寺

(徳島県最後の札所)まで行って、今回の遍路旅は終る予定です。



歩き遍路の道は、1200キロ強あると言われています、

で、今まで累計100キロ、あるきました。

まだ12分の1以下なんか~って、幻滅しつつも、

「あと1000キロ以上も満喫できる~」って

大喜びしているよしこちゃんもおります(ニヤリ。)



2011/06/09のBlog
たった3日間やったけど、

とりあえず、歩きお遍路さんは、17番まで終りました。

今は、軽い腰の痛みと、足のマメ(右の薬指)の痛み、

そして足の筋肉痛が・・・。



何日か旅をして自宅に戻ってくると

「やっぱり家(八尾)がええわー」って

心底思うんですが、今回は違います。



「ああ、またすぐにお遍路道に戻りたい

よしこちゃん、ますます、『お遍路病』です(笑)。



お遍路旅に行く前、ふっと父方の祖母が

生前お遍路さんに回って作ったという掛軸を

壁に飾ってみました(左のもの。右のは西国33箇所です)。



この掛軸は、ご縁あって、私の手元にやってきました。



おばあちゃんは、私が高校一年の時に死ぬまで、母屋に住んでいて、

長男のおっちゃんファミリーと同居していました。



私の父は三男なので、近所に家を建てて

(土地は、おじいちゃん・おばあちゃんのものでした)

住んでいました。(現在進行中)



ってことで、おばあちゃんと同居していた

いとこのおねえちゃんたちと比べて

圧倒的に、おばあちゃんとの思い出や

コミュニケーションは希薄だったのですが、

今、こうしておばあちゃんの掛軸を、ぼーっと眺めながら



おばあちゃんが生前、どのような思いで

この掛軸を眺めていたのか?

どんな思いでお遍路さんに回っていた・・・生きていたのか?

そんなこと、考えておりますと、

死んで20年弱経っても、今なお、強い「つながり」を感じます。



そして、私をお遍路に導いてくれた

おばあちゃんに、心の底から、感謝するのでした。



今日、家の回りのゴミ拾いをしてますと、

向かいにある自動車整備工場のおにいさんが

声をかけてこられました。



「今日もゴミ拾い、ありがとう!

ところで、何日か前、よしこちゃんが杖ついて出て行ったのが見えたけど、

西国さん回ってるん?」と聞かれ、



「西国さんではく、お四国さん・88ヵ所の方ですよ。」と言いますと、

「えらいええことしてまんなー!

実は、ボクの父も、生前、西国さんやけど、回ってたわ!」と

おっしゃりました。



そのおにいさん、ちょっと前に、そのおとうさんを

亡くされたのでした。



こうやって、私がなぜお遍路さんしているか?

お遍路さんのよさ・すばらしさを直感的に肌で分かって下さる方が

こんなに身近に、また一人、おられることに

深く感謝、感謝でした



1200キロを歩くなんて、尋常でないことだと

今までは思っていました。

人間ができることでもないと思っていました。



だけど、ご縁あって、スタートラインに立ち、

やりはじめてみると

不思議と、もうゴールは見えています。



ほんと、スタートラインに立った瞬間、

私の「できない」「絶対無理」という否定的な脳の思考が

「できる」「絶対やれる」という大肯定的脳の思考に変わりました。



きっと、人間の脳って、意外とそんなにタンジュンに

ぱっ☆と180度切り替えが出来るもんだと体験しました。



そして、人間のその「脳(思考の仕方・物事の捉え方)」によって

全ての、その人の人生って決まっていくんだとも思いました。



つまり、人間の人生とは、「その人の思うようになる」ということです。

誰がどうこう考えて、誰がどうこうしたから、

自分も変わっていく、引きずられていくというものではないのです。




今、総理大臣を辞任する・しないとおっしゃってはる

菅さんは、ご自身が歩きお遍路された際、



「体感体得」

というお言葉を記されていました。




誰が言っていた、ではなく、

自分自身が、「体感体得」した世界に

私はお遍路旅のおかげで今、入ったような気がしています。



私の人生の主役は、えらい人でも金持ちでも、彼氏でも彼女でもない、

自分自身なのです。

だから私はこれからも、「大橋良子道」を極めて参ります。

誰が何と言おうとも・・・。

これは誰にも邪魔されない、邪魔させない世界です。

おかげさまで、私はもうぶれません。どっしり肚(はら)、くくっています。




また私は、四国遍路とは、「苦難の先取り」だとも捉えています。

愚かな人間なものですから、

次から次へとトラブル(苦難)がやってきます。

足がいたい、道に迷う・・・などなど。



何度か、そんな苦難を抱え、それを解決させますと

その苦難は二度と来なくなります。



お遍路旅で起こることと、大阪での実生活で起こることは

全て根っこは同じ苦難です。

それは何故か?



それは、同じ、『大橋良子という人間』だからです。



お遍路道で、しょっちゅう道に迷っている人間は、

人生でもしょっちゅう道に迷うのです。




だから、お遍路道で起こった苦難とちゃんと正面切って捉え、

「どうすれば二度と同じ苦難は来なくなるか?」しっかり検証し

思考形態や行動、習慣を変え、試行錯誤の末、

その苦難を乗り越えると、

実生活でも、同じ苦難はやって来なくなります。



この現象を私は先述の「苦難の先取り」と呼んでいます。



苦難とは、ある日突然やって来るというイメージがありますが、

私の場合、苦難とは、

「よし、じゃー今から、苦難を味わいに行くぞ!」と覚悟を持って

それに向かって飛び込んでいくという感じです。



そんだけ、覚悟を持って苦難に挑んでも、

時として、想定外の別の苦難が突如、襲ってくる時もあります。



が、普段から「苦難の先取り」をする練習を鍛錬しておりますと、

いきなり別の方向から、別の苦難が来ても、

意外とすんなり、かわしたり、対処できたり出来るようになります。

つまり、深刻化・悪化しないで、すぐ元通りの路線に戻って来るかんじです。



このような苦難が比較的すんなり解決するようになるとどうなるか?



心に余裕が出来、人の苦難や「罪」をなんとか解決・浄化したいと

思えるようになります。

その方法の一つが、私にとっては「ごみ拾い」であり

「ボランティア」であります。



不思議なもので、心の余裕があり、困っている誰かのために

せっせと曲がりなりにもやっておりますと、

向かいの整備工場のおにいさんのように、

私のことをいいように言って頂く方が増え、

逆に、私の足を引っ張る人がいなくなりました。



人間の殆どのストレス(=不足不満の心)の源は「人間関係」から

来ているといわれています。



私はこの「人間関係」のトラブルがないんです。

これが、今の私のもっともありがたいことなんです。



これからも、四国遍路で掴んだ

人生の上手な渡り歩き方に、更に磨きを上げるべく、

実生活、そして四国遍路道での行に励みたいと思います。



ほんと、何度も申しますが、

この四国遍路道に導いてくれた、おばあちゃんに「ありがとう」です。



私がこの世を去った時、おばあちゃんに、

天国で、100点満点をもらえるように

がんばりたいです 


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