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ジャンル:遍路修行日記
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2018/11/22のBlog
そして何より、

西国33と四国88との絶対的違いが、

四国88には「お遍路さん同士のコミニティ」と

「お接待(お遍路さんと地元の方とのコミニティー)」があり、

西国33はほぼ無いということです。



これが私の致命的な西国33には

二度とお参りに行かない理由です。

逆に四国88に人々がハマル理由は、

これや☆と私は観ています(^^)♪



見ず知らずの人々が

【お大師さん】というご縁に

導かれ出会うんです。



同じお遍路さんであるという、

一つの大きな家族の一員となり、

その共通の話題から、

いろんな学びや気づきが更に拡がり

深まっていきます。



また、地元の方々が「お接待です」と

いろいろな施しを私たちお遍路さんにして下さり、

そこからもまた違った感動や

感謝が水紋のように拡がっていきます。



西国33はひたすらお寺に

お参りすることだけで毎日が終わって行きます。



四国88はそれに加えて、

必ず宿泊を要しますので、

お遍路さんが多く泊まる「遍路宿」や

「宿坊」に泊まれば必ず夕食と朝食が

同じ時刻に宿泊する人全員食堂で食べますので、

自然とお遍路さん同士が会話をし、

仲良くなります。

そのご縁でフェイスブックで

今も繋がり(ご縁)のある方も多いです。



西国33巡礼の時、

天橋立にある民宿に一泊しましたが、

隣の部屋にいた関東方面から観光に来た家族が

周りの人への配慮が無く、とてもうるさくされていて、

結局宿の人が気をきかしてその家族だけ寝る場所を

どこか違う場所にしていましたが、

観光で来ている人と信仰・巡礼で来ている人では

宿での過ごし方にも違いが大きい傾向にあるので、

やはり同じ価値観や想い・次元やレベルの人が集う

場所の方がいい・・・と、

私はその天橋立の民宿で確信を得ました(^^;)。


-----------------------



つれづれなるままに、記させていただきましたが、

以上が私の個人的な感想となります。



「西国33」としては今後、お参りには行かないと思いますが、

個別のお寺の“観音さん”のパワーは

めちゃくちゃ凄い・素晴らしいので、

その観音さんにちょくちょく

お参りに行きたいなと思っています(^人^)☆



祖母からもらった掛け軸と、

自分の納経帳をこれからもずっと手元に置いて大切にし、

“観音さん”のおかげさまの力も、日々いただきながら、

これからも更に精進して参りたいなと思っています。



ありがとうございました(ー人ー)☆


2018/09/26のBlog
9月24日・25日とマイカーにて

“お四国”に行っておりました。



25日は事務局を担当しております

「四国3Sネットワーク」の例会設営&参加のため、

24日は愛媛県西条市にある四国88霊場

「64番・前神寺(真言宗 石鉄派 総本山)」に

行っておりました。



2年半前、前神寺の大師堂前にある灯明台を

“復修奉納”させて頂きましたので、

午前中はそのお掃除させて頂き、

午後は、前神寺主催の「戦没者慰霊法要会」と

「前神寺先達会」に参加させて頂きました。



私は4年前、遍路道で出会った引田大先達のご縁により、

前神寺の推薦を頂き、公認先達になりました。



前神寺は【石鎚修験道】の総本山で開基は役行者。

明治の廃仏毀釈までは、同・役行者が開創された

霊峰・石鎚山界隈を全ておさめておられました

(※現在は明治時代に新しく出来た石鎚神社が管理しています。

ちなみに前神寺の御紋は今も昔も“葵の御紋”です。

いかに明治政府がこのお寺を嫌っていたか分かります~^^;)。



私は以前より、同じく役行者が開創された

大峯修験道がとても好きなので、

このご縁はお大師さんプラス、

【役行者(蔵王権現様)】のお導きだと

勝手に認識しております(笑)♪



公認先達になった後、現在お世話役をしております、

お四国参りの講「大阪楽心会」で、

かつて四国88の全寺院に奉納された灯明台(ロウソク立て)の

老朽化が進んで来たので、未だ寺院で使われているものを、

毎年1基ずつ“修復奉納”されていて、

その未修繕のリストの中に前神寺の大師堂前に設置されていた

灯明台が入っておりましたので、

公認先達推薦のご縁の感謝と、

今後のご加護の祈念にと、修復奉納させて頂いた次第です。



半年~1年に一度程度、

前神寺に行く・もしくは近くを通るタイミングで

お掃除に行っております。



今回は掃除するだけではなく、

水が溜まりサビやすくなっている底面に

厚さ1センチのゴムを挟み、

サビを改善するための処置を施しました。



仏様に差し上げるロウソクの灯火は、

地獄に堕ちている先祖を救い出すためのともしびであるとも、

仏様の知恵をいただくという意味があるとも言われています。。。



一つ一つ、心を込めてお供えする灯火・・・

お遍路さんそれぞれの想いが叶いますよう、

ますますのご多幸を・・・と、

この灯明台に心を込めております(ー人ー)☆


9月24日午後1時からは、

毎年秋のお彼岸に開催されている

「戦没者慰霊法要会」に参加させて頂きました。



現・管長(※前神寺は、宗派の総本山ですので、

「住職」ではなく「管長」となります)のお父様で、

戦争世代であられる先代管長さんが始められた法要で、

先の大戦で亡くなられた方々の慰霊法要が出来ない

“お寺の空白地”が周辺域地にあられたそうで、

それでこの法要をお彼岸

(お盆はいろんな行事があり出来ないので)

され始めたとのことです。



参加されていた方々は、

地元の御詠歌をされている

おばさま・おばあさま方が多かったです。

法要の後、美しい鉦(しょう)と鈴の音色と共に、

御詠歌をご披露頂き、、、

それが何とも言えない程に感慨深く、

何故かウルウルと感動の嵐でした。。。☆



声明(しょうみょう)は日本の伝統的な

仏教聖歌(ぶっきょうせいか)で、

仏教とともにインドから中国へ伝えられ、

中国で新たに作られたものも加わり、

日本へと伝えられたとのことです。



御詠歌とは、在家の人々が

寺院・霊場めぐりにうたう歌で、

明治時代に現在のかたちとなったとのこと。

前神寺ではその主要な流派の一つ

高野山金剛流を継承されているとのことです。



般若心経等の数々のお経は、

元々外国語(サンスクリット語など)を漢字に直し、

更に日本語の意味をつけたりして、

読経しているだけでは意味がピンと

理解し辛いものですが、

この御詠歌というものは、

日本人が日本人のために作ったものですので、

仏の教えがとてもすっと入って来る

内容となっています。



巡拝道中にお遍路さんが気軽に

口ずさむことが出来るもの

ということで生まれたそうです。



四国遍路歴12年ですが、

始めてマトモにリアル御詠歌を拝聴させて頂き、、、

その素晴らしさ尊さがダイレクトに伝わって参りました。



深遠なる御仏の想いをシンプルな言葉と

美しい鉦(しょう)と鈴の音色に乗せて、

かつてこの世に生きていた人も今生きている人も

全ての心に響き渡る、その想い。。。

御仏の慈愛を五感で見える化し、

一本の糸で繋ぐ御詠歌の世界。。。ステキです(*^人^*)☆



15時からは「先達研修会」が開催されました。

前神寺から推薦頂いた、

四国88の公認先達が集う勉強&交流会です。

今回で7回目となりました。



公認先達になっても、

四国八十八ヶ所霊場会では、

公認先達を認定するのみで、

この手の公認先達としての資質向上や

先達同士の交流を促すための機会提供がない・

乏しいようですので、

前神寺が独自に任意組織を作り、

補っておられるとのことです。



まずは佐々木善康管長の法話があり、

先の御詠歌のことを始め、

本当にいろいろなことを教えていただきました。



最も印象に残ったお話は、

法事などの読経は35分程度で終わらせる・・・という、

現代人に合わせた方法を模索されているというもの。



「もしも死んだ人を地獄から救い出せるのであれば、

読経は何分でも何時間でもいたします」という

管長さんの気概。だけど、実際問題、そうは出来ないし、

お経を聴いている人(生きている人)の

集中力はもって40分程度。

現代人・生きている人がちょうどいい時間

【生きている人が徳を積むための時間】を僧侶として、

どう構築していけるのか?古き良きものを継承しつつ、

常に【新】を探り、模索しています・・・というお話でした。


後半では、当会発起人代表の引田大先達を始め、

先達のみなさまと情報&意見交換会♪

お四国以外の巡礼遍路の情報や、

四国88の現状など・・・

ここには書けないこともいっぱいお教え頂きました(笑)。



さすがに伊予西条まで毎回行けませんが、

今後も数回に一度は参加させて頂きたいなと思います。



本当に善きご縁【おかげさま】を頂いております。

ありがとうございます(ー人ー)☆



【写真】
・戦没者慰霊法要会&前神寺先達会
・前神寺 本堂&境内

[ 20:50 ] [ 遍路修行日記 ]
お四国参りをマイカーで行うことの楽しみは、

自分のペース・想いで

自由に動けるということです(^^)♪



私が暮らす大阪・本州と四国の間に淡路島があり、

そこでゆっくりすることも、

お遍路における醍醐味の一つです。



行きは、淡路島の北端にある淡路サービスエリアで、

美しい太陽を礼拝します。

これから始まる遍路行(四国での時間)が、

よいものになるように願かけを行い、

ご加護を祈ります。

「今回はどんなこと・もの・人に出会うんやろう?」と

希望に満ちあふれた時を過ごします。



帰りは、美しい夕日や夜景を観たりして

感謝の気持ちで行を終えます。

私の場合、行の始まりと終わりは

この淡路島にて“式”を取ります。



また、お気に入りの日帰り温泉施設

「松帆の湯 http://matsuho.com/hotspring/」で、

夕食や明石海峡大橋が見える露天風呂を満喫し、

行の汚れを取り、また明日からの生活の英気を養って、

一息ついてから娑婆・大阪に帰ります。



松帆の湯の駐車場で、

今回もぼけーっと明石海峡大橋を眺めていました。

「ああ、またあの娑婆に帰るのか~・・・」と

憂鬱になる瞬間があります(笑)。



こっち(淡路島)が彼岸<仏様・悟りの世界>、

あっち(本州)が此岸(しがん、人間の世界)。

明石海峡大橋はそれをつなぐ橋。

明石海峡は三途の川に観得ます。



今日も生まれ行く命、還り逝く命、、、

いろいろあるんやなーって眺めております。

生も死も一つの流れ、自然現象ですからね。



夜は美しく見える都会も、

太陽が上っている間はその明りによりありのままが観え、

汚れ穢れているのがよく分かります。

個人差・地域差はありますが、

過去から積み重なった人間の

各種想念がうずまいております。



人間は【無明の動物】で、

美しいネオンのみに心囚われて、真実を観ず、

それが光であり宝であると勘違いしており、

口では「幸せになりたい」と言いながら、

全くの正反対に堕ちている・不幸になっている人は

多いような気がしております。



きっと、何のために生きているのか?

分っておられないし、

分かろうともされていないのでしょうね。。。

(ー人ー)南無南無



私は美しいものが好きであります。

だから、私は純粋にこの此岸があまり好きではありません。

美しいものもありますが、

“みにくいもの”、観たくないものもたくさんあるからです。



だけど、ご縁あって私は今、この此岸におります。

きっと、お得意の使命感を持って、自ら立候補し、

何らかの使命役割を担って、

この橋を渡って来たんやと認識しております(笑)。



だからこの此岸人生をステキに謳歌しなければと、

この風景を眺める為に思うのです。



此岸の中に在っても、天は私に善き信仰(=道しるべ)と

善き師・仲間を与えて下さっています。

ですので、少々迷うことはあっても、

露頭に迷うことはありません。



私は、人間の口々に違って出てくる

【まやかしの真実】は信じません。

なぜなら、真実は一つだからです。



人によって言うことが違うものは、

真実ではなく、まやかし・虚実です。

人間の心にこびりつく恐怖心や罪穢れ、

各種悪想念が、真実を捏造していくのです。



それが積もり積もって、地域や国家、地球全体が穢され、

その自浄作用でいろんな難が起こって来るのです。

従って嫌がる・嘆く・恐怖に怯える・忌み嫌う前に

やるべきことがあります。



だけど、時にその真実が、

誰かの口を使って私に伝わって来る時があります。

それは信じます。

その時の人間の口には、神々しさ【ヒカリ】があり、

真実か虚実か瞬時で判別出来ます。

(真実にはヒカリがあり、虚実にはヒカリはありません)



役行者・修験道で言うべきところの【験力

(大自然・大宇宙の中心軸を成している絶対的一の存在=

真実と自らが一体化し、その絶対的存在と一体化した動きを取り、

時に森羅万象をも動かす・変化させる力)】の

底なしの凄さを最近、実感し始めております(ー人ー)☆



なかなか、この境地・次元のことを言語化し、

的確にに伝えるのは難しいですが、

もうぼちぼち、

これをやり始めなければなりません。。。(難)★



人生は、必要なもの(縁)は全て与えて下さっている・

不必要なものは絶対に与えられないと、確信を得ております。



不信でも過信でもない、自信。。。



私は常にその【唯一無二の真実】を手探りに、

曲がりなりにもこの此岸で生き抜き、

やがてまた彼岸に還って逝きたいなと思っています。



死ぬその瞬間を「縁起でもない」などと、

死ぬ寸前まで一切考えない人間は次元が真に低く、

時代遅れであります。



「自分はいつか必ず死ぬという真実」を

ド真剣に考える程、

今ここに生きていることを真剣に考えるのと同一の意味が在り、

自分が今持っている命というものが益々輝いて来るのです。



今後も、この地域・国家・世界・地球で起こることに対して、

憂することも絶望することもなく、

今まで通りに各種祈りを捧げながら、

自分に出来ることを精一杯行い(真実の探求&実践)、

そして今生の人生をステキに謳歌して参りたいと、

この美しい明石海峡大橋の風景に誓い、

この橋を渡って、この娑婆に帰って来ました(^人^)☆


2018/09/18のBlog
お遍路仲間の方より「花へんろ」という、

1980年代にやっていた早坂暁氏

(昨年末亡くなられました)作の

NHKテレビドラマを紹介して頂き、

先日BSプレミアムで放送されていた“総集編”を観、

更に先日新たに制作・放送された

「花へんろ特別編 『春子の人形』

~脚本家・早坂暁がうつくしむ人~」を観・・・

これまた感動、感動でした。。。(T0T)☆




【花へんろ特別編 『春子の人形』 ストーリー】

お遍路道に沿った商家の軒下に人形と一緒に

赤ん坊が置き去りにされていた。

この女の子は春子と名づけられ、少年・良介の

3歳違いの妹として育てられた。

やがて戦争が始まり、良介は海軍兵学校に入学。

兄にほのかな恋心を抱いていた春子は

兄に会うため広島の方へと向かうが、

翌8月6日、原子爆弾がさく裂する。

(早坂暁氏の実体験を元に制作されたものだそうです)



・・・という感じなんですが、何といいますか、

戦争の悲惨な描写では、人間とは

何と穢れた罪深き存在なんや!と嘆き悲しみ、

一種の絶望感を感じるのですが、その一方で、

良介と花子の純愛を通して、人間とは何と美しい、

愛に満ち満ちた【うつくしむ人】なんや!と、

その“振り幅”がハンパなく凄くて感動、感動でした。。。



過酷な境遇を一所懸命生きる・・・

弱い立場にあるけど勁き人達を“うつくしむ”

早坂暁氏の愛のドラマ・・・この年になって分かる、

奥深き世界だと感じております。



ドラマのネタバレ状態なのですが、

ドラマの最後に良介は母と一緒に、

春子を始めとする戦争で亡くなった人達の

供養のためにお遍路に出ます

(※戦後当時は歩き遍路しか方法はありません)。

「お遍路は死者に会える」春子にもう一度会いたいがために

良介はお遍路に出るのです。



5年程前、私の伯母が亡き伯父の供養の為に、

バスツアーで四国遍路に行ったそうです。

そのバスでは「88ヶ寺どこかのご本尊様が、

必ず供養したい・亡き人の顔をしている」

と言われてたそうです。



ですので伯母は一ヶ寺ずつ丹念にご本尊様を

観て行ったそうで、松山のあるお寺のご本尊さんのお顔が

伯父そっくりで「本当に会えたようで、嬉しかった!」と、

満面の笑みで私に報告してくれました。



ドラマの最後のシーンの砂浜で良介は

「春子はいつもここ(僕の胸・心の中)にいる)」

と分かったとのこと。。。

まさに春子との【同行二人】ですよね。。。



母は・・・

「逢いたいと思う人がいるということは素晴らしい。

その気持ちがあれば日本は大丈夫。

その気持ちが、人をたて直し、生きる力となり、心をよみがえらせる。」



この母の言葉が、現代の遍路道を歩む、

人生を歩む私たちにも相通ずるものがあり、

深い感銘を受けました。



現代でも四国遍路が多くの人達に愛されている理由が

とても良く分かりました。

時代は変わっても、生きる力・おかげさまの力を与え、

心を人生を新しく蘇らせるのが

四国遍路の根幹的役割なんだと思います。




帰らざる 人も歩けや 花へんろ




※この「花へんろ特別編 『春子の人形』」が

再放送されるそうです(^^)♪

是非ごらんください~



2018年10月6日(土)午後3時5分~ NHK総合テレビ

※広島県・新潟県・香川県は午後4時~

https://www.nhk.or.jp/dsp/hanahenrosp/



2018/06/17のBlog
なんやかんやで更新が遅れました(^^;汗)☆



せっかくいろんなものを観て参りましたので、

さらっとご報告させていただきます~



“何かにつまずいたら

一歩先を

見るとよい

いつまでも

そこにいると

その苦しみから

ぬけだせない”




・・・ステキなお言葉ですよねぇ(^人^)♪



苦しみ等の“マイナスの観念”の中にいると、

私たちはそこに立ち止まってしまい、

ずっとその観念から抜け出せない・・・



結局のところ、

他者ではなく自分自身が

増産してしまっている観念に囚われて、

自分自身の手によって不幸に堕ちている

という事実があろうかと思われます。



マイナスの観念に囚われている時も、

自分自身の【ありのまま】をちょっと離れたところから

冷静・客観的、そして大局的に覩、

ずっと先・・・までは観る必要はないかも知れませんが、

このお言葉のように、一歩先を観ようとする努力する方が、

解決の糸口や突破口を見つけれる可能性も高くなるし、

苦しい中ででも、そこに幸福や意義を

見出せる可能性が高まって来ると感じています。



人生って、この【有の世界】にいる限り、

あらゆる苦難や問題、課題が次々と起こって参りますが、

それは「新しい自分」への進化の兆し(種)ですので、

喜怒哀楽全てを【ありのまま】で覩、どんな時でも、

前向きに生きていきたいなぁと思っています(^^)♪



今、ここに生きているからこそ、感じられる喜怒哀楽。

【無の世界】に還ると、何も無いし、何も出来ないし、

そして何も感じられませんからね。。。



(ー人ー)南無大師遍照金剛☆




高野山・奥之院の中に、

大きく「河内大師」と書かれた石碑を見つけました。



よくよく見ますとその横に、

私が暮らす大阪府八尾市の

戦没者の大きな慰霊塔が建っており、

「八尾市戦死者 英霊塔」

と刻まれていました。



八尾にゆかりのある、大石順教尼さん

のお墓の後ろに建っていました。



八尾市・上之島にある「河内大師」

というお寺が建てたようです(詳細は分かりません)。



いち八尾市民として、

このような素晴らしいことをちゃんとして

下さっていることに、

深く・・・深く感動いたしました。



“ご供養”といものは、

過去の過ぎ去ったことですし、

目に観えないことです・・・が、

【池に映る自分の姿】のように、

自分たちを映す鏡であり、

自分についてまわる表裏一体&

自他一如のものであります。




私たちの八尾市の健全なる発展と

八尾市民の幸せを、

聖地・高野山から見護って下さっていることに、

ただただ感謝・・・

報恩感謝の念を感じております(ー人ー)☆



高野山の報告はこれで終わりです(^^)♪

高野山大師教会・授戒堂にて、

授戒体験をさせていただきました。

http://www.koyasan.or.jp/experience/



想像を遥かに超える、感動体験でした。。。

時間は30分程度なんですが、

ほぼ真っ暗な授戒堂の中の、

何とも言えない・・・

お大師さんが生きておられた

1200年前と何ら変わらないであろう、

幻想的で荘厳さハンパない儀式でした。



その儀式を言語化するのはほぼ不可能ですが、

敢えて表現するならば

「宇宙【無の】空間の再現」という感じでしょうか。。。

スペースシャトルの人が宇宙服を来て、

宇宙の無重力空間で浮遊されていますが、

この状態に近い心境だと感じました。



意識が現実からぐんと離れ、

自分が何者なのか?

地球を遠く離れた場所から観ている感じです。



自分が死んで宇宙の塵になったのか?

それともこれから地球に生まれて来るのか・・・?

とにもかくにも摩訶不思議な空間でした。



ステキに居眠りをされていた方もおられましたが(笑)、

私は初めての体験でしたので、

バッチリ目を開けて・・・

と言ってもほぼ真っ暗なので、

何も見えないのですが

感性を研ぎ澄まして、そこに座っておりました。



儀式が始まりしばらくすると悲しくないのに、

涙がポロポロ。。。

四国遍路の時も、

こんな不思議体験を数回経験したことがあります。



自分の涙のようで、

そうじゃない感じもして・・・

まるで天から降る慈雨って感じ。



そして、降りて来た言葉・・・

【 赦(ゆる) す 】。



ああ、信仰(=時代や人種を超越した、

真の幸福への道「あるべき姿」)の根本って、

「赦すこと」なんやーって、

直感的に観得た瞬間で、

真っ暗なお堂に鮮烈なヒカリが

降りて来た感じがしました。



赦すものは、やっぱり

【自分自身】なんだと思います。

自分自身の「ありのまま」を認める。

えぇところも、アカンところも

全部ひっくるめて赦す。

と同時進行で&輪をかけて

相手(自分以外の万象)も赦す。



そうすると自ずと全てが拓けて来る。

真の進化が叶って来る。

人生、起こること全てが必然であり、【善】である。

そこに善悪や高低をつけるのは、

人間の我儘・・・【罪】なんだと思います。



授戒体験が終わり、お堂を出ると、

とってもヒカリが眩しくて清々しい☆

思わず「おぎゃ~☆」と、

生まれたての赤ちゃんのような心境(笑)♪



こんな感じで、

人生の中で大切なことや必要なことを一つずつ、

大切に拾っていってるステキな毎日でございます。

お大師さん、ご縁頂きました三和会のみなさま、

ありがとうございました(^人^)☆


2018/06/12のBlog
今回高野山に行った日の午前中、

いつもお借りしている畑の

「一斉草刈り日」ということで、

私の母と一緒に畑仲間のおじさま方と

せっせと草刈りをしていました。



私が掃き掃除をしていると、

ちょっと離れた所で母と仲間のおじさまが

話していました。



おじさん「よしこちゃん、これから高野山へお参りに行くそうやね~」

母「そうなんですよ! 若いのに、四国とか、お参りばっかり行ってて、、、

 ほんまにも~、年寄りじゃーあるまいし、

 他にせなアカンことあるやろうっていつも思てますねん!(呆)」

おじさん「まぁ、よろしいですやん。

 えぇことしてはりますやん(なだめる感じ・笑)」

母「えぇことなんですけどね・・・(嘆&笑)。
 
 私も主人も(神社仏閣には)全然興味ないんですけど・・・

 ま、我が家では【隔世遺伝】やて言うてますねん。

 あの子の父親の母親(=私の祖母)が

 熱心にお参りに行ってましたから~」



・・・ってな訳で、大橋家では私のこと、

意味不明&摩訶不思議な宇宙人的存在として

扱われ続けております(^^;凹)。



私は昔から、縛りの緩~いステキな両親の下で、

しかも兄妹の真ん中で自由奔放

(いい意味で自分を持っていて、わるい意味で団体行動がニガテ^^;)

に過ごして来たので、誰が何と言おうとも、

反社会的行動ではない限り、

自分のお金・時間・気力(エネルギー)を使って

自己責任でやっているので、

やりたいこと・やるべきことはやるという

意思を貫いている次第です。



だけどやっぱり、身近にこの手の価値観を

理解・共有しあえる人がいないのが、

ちょっと悲しいなぁ~と思う時があります(^^;)。



そんな時、この【隔世遺伝】という言葉に

私はいつも救われています。



だから今でも

「おばあちゃんがもしも今も生きてくれていたら、

孫の私のこと、心から褒めてくれるやろうーなー・・・」

って思い、ちょっと切なくなります。。。



が、生きていようが死んでいようが、

喜んでくれていることには間違いがないという

確信を得ています。

これは理屈ではなく、真心からそう感じています。



私のおばあちゃん・・・

四国などにお参りに行く時に、

あっちこっちにあるお地蔵さんの赤い前掛けが

ボロボロになっていたら、取り替えていたそうで、

晩年裁縫がだんだん出来なくなって来たら、

裁縫が得意な母に前掛けを縫って欲しいと、

赤い布を母に持って来ていたそうです。



そんな優しい徳の高いおばあちゃんに、

こんな感じで今も、

私の人生を陰で応援して貰っていることに、

ただただ感謝・・・万感の想いがこみ上げて来ます。




だからおばあちゃんは私にとって

【筆頭ご先祖様】であり、

この手のお参りに行く時は、

おばあちゃんに貰った御守りを必ず持っていきます。



おばあちゃんがこの世を去って四半世紀が経ちますが、

いつも一緒・・・っていうか、

一心同体の【一の存在】・・・

まさに【同行二人】という確信を、私は既に得ております。



当然のことながら【今】の私自身の“現世利益”も

非常に重要なことなんですが、

全ては“因果応報”ですので、

この【今】というものと同時に【過去】にも

常に意識を向けたいと思っています。



家(家系)って、

生きていようが死んでいようが関係なしに、

【血という名の糸】で繋がった一つのチームですので、

今後もステキに先祖供養に励み、

私たち子孫全員の繁栄のための

「根(もと)」としたいと思っています(*^^*)♪




【写真】高野山「三鈷の松」前にて、

おばあちゃんの御守り、等

(最後の写真、左写真:一番左側、

右写真:右側の女性が私のおばあちゃん・大橋キクヱです)


2018/06/10のBlog
[ 18:04 ] [ 遍路修行日記 ]
四国88の師匠・引田大先達

(最初の写真・左から3人目の方)より

お誘いいただき、

この土日(23・24日)高野山に行って来ました。

引田大先達率いる四国88参りの講「三和会」へは

4回目の参加となります。



みなさん一泊二日で愛媛・東予地区から

京都の東寺にお参りした後、

高野山に来られ(午後高野山で合流)、

そして愛媛に向かって帰って行かれました。

めっちゃハードスケジュール・・・

おつかれさまでございます(^^;)。



おかげさまで今回も内容の濃い・・・

気づきや学び、感動深い行(時間)となりました。

詳細は後ほどアップさせていただきますが、

まずは高野山の美しい風景【氣】を

おすそ分けさせていただきます~(^人^)♪



所謂“行場”から帰った時は、

持って行ったもの(特にマイカー)を

綺麗に拭くなどして掃除をしてから元の場所に戻します。

私の命(身体)を運び、

護ってくれたマイカーに感謝の気持ちで綺麗にすると同時に、

行場には“良からぬもの”も浮遊しており、

それがくっついて来ている可能性があるので、

それを自宅に持ち込まないという2つの意味があります。



準備・徹底、そして後始末。

雨が降って来ようが、車を綺麗にします。

あくまで【氣】のもの・・・

ジコマンゾクでございます(笑)☆



三和会のみなさま、ありがとうございました(^人^)☆



【写真】高野山・霊宝館前にて三和会のみなさまと♪

その他、高野山の風景いろいろ・・・そしてマイカー。



高野山真言宗 総本山金剛峯寺(高野山)

公式ホームページ https://www.koyasan.or.jp/


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