「知的好奇心を満たす産業観光」 <日帰り、無料の社会科見学>

(写真は鹿島工業地帯の工場夜景・茨城県神栖市)—–>
2012年4月30日
「知的好奇心を満たす産業観光」
<日帰り、無料の社会科見学>
 
 真冬の深夜、船釣りのため加太に向かって阪神高速湾岸線を南下すると、やがて浜寺大橋付近の右手方向に堺泉北臨海コンビナートが見えてくる。工業地帯に立ち並ぶ工場の煙突からはオレンジ色の炎や白い煙が噴き出している。北風と真っ向から立ち向かい、夜間照明で闇夜に浮かび上がる巨大な建造物の姿は、何人をも圧倒する荘厳な仏教建築を感じさせる。

 夜の高速道路から工場プラントを眺めていると、一度はお気に入りの工場プラントの夜景を撮影したいと思う。例えば、無数の配管。一見、無秩序に絡み合っているだけのようでも雑誌の写真をよく見ると、整然と並んでいる。何かを製造するために設計されただけなのに、まるで芸術作品のオブジェを見ているような美しさがある。

 ところで、長引く景気の低迷で宿泊観光が減っているらしい。これまでの観光は、行き先は違っても、美しい風景や名所旧跡を巡り、宿に着くと先ず露天風呂、そして夕食はご当地の名物料理という、「見る、食べる、遊ぶ」が主流であった。このため、旅行慣れしてしまったのか、旅行そのものが特別の楽しみではなくなった。

 このため近頃は、「食べる、体験する、学ぶ」へと観光に求める要求も変わってきた。そこで今人気を集めているのが、日帰りで、しかも無料で楽しめる社会科見学。ものづくりの現場や産業遺産を訪ねることから産業観光と呼ばれ、大人の知的好奇心を満たしてくれる観光形態の一つとして注目されている。

 産業観光は、生産現場や旧工場の産業遺産など、ものづくりに関わるものを対象とし、産業自体が観光資源となるため、従来の観光の目玉を持たない自治体が注目している。また、旅行会社も新たな観光コースとして工場見学ツアーを企画して売り出している。

 ところで、ウイスキーボンボンのチョコの中にどうやってお酒を入れるのか。窯元工房で陶芸体験をしてみたい。つま楊枝の歴史と製造工程を知りたい。そんな疑問や好奇心が浮かんだら、社会科見学に参加してみませんか。経済産業省・近畿経済産業局は、「関西の見学可能な産業施設ガイド」で、食料品や酒類・飲料、伝統産業、環境・エネルギー、繊維・ファッションなど、7業種、約500施設を府県別に紹介している。

 日本各地の観光地を巡り、多くの名所旧跡を訪ねるもよし。秘湯と呼ばれる温泉を楽しむもよし。ご当地の郷土料理を味わうもよし。そして、日帰りで、しかも無料で楽しめる大人の社会科見学もさらによし。そこで、大人の知的好奇心を満たしてくれる産業観光について、次に紹介させていただきたい。

(写真はJFEスチールの製鉄所・千葉市千葉港)—–>
「<be-report> 観光資源化する工場見学」
2012年2月25日付け朝日新聞より引用

 久しぶりに工場見学に行ってみたら、参加者のほとんどが大人。工場見学は学校で行くものというイメージが覆されました。ものづくりの息づかいが感じられる現場は、知的好奇心を満たしてくれる最高の観光スポットでもありました。ライトアップされた工場の夜景に感動する「工場萌(も)え」のファンも多いそうで、自治体や旅行会社からは、工場自体を観光資源にする見直しが起きています。

◆きらめく夜景に萌え
 2月初旬の土曜日の夜。人影のない川崎市湾岸部の工業地帯に、1台のバスが到着。バスから降りた40人ほどの大人の集団は、次々カメラを工場に向けだした。といっても、別に怪しい集団ではない。はとバス(東京都大田区)が運航している定期観光ツアー、「話題の川崎工場夜景スポット」の参加者たちだ。

 京浜工業地帯の中核をなす川崎市。沿岸部の埋め立て地に工場が立ち並び、幾筋もの運河が流れる。24時間態勢で稼働する工場は、夜間でも白色やオレンジ色のライトが輝き、煙突からは白煙が上がる。夜空に浮かび上がる工場プラントの姿には荘厳ささえ感じる。船が運河の水面を乱すと、水面に映った工場の光も揺らめき幻想的だ。

 最近、こうした工場夜景の見学が人気を集めている。「工場萌え」と呼ばれ、写真集やDVDも発売されるほどだ。このはとバスのツアーは、2010年から毎週土曜日の夜に運行されている。5ヵ所ほどの地点を回って工場夜景を楽しみ、通常は立ち入り禁止の区域にも入れることから、満席が続く。ほとんどが大人の参加者だという。

 ツアーの案内をした川崎工場夜景ナビゲーターの若井伸枝さんは、「運河に映る工場の明かりや、煙突から噴き出す真っ赤な炎など、普通は見ることがない光を楽しめる」と話す。山形県や新潟県などから、わざわざ見学に来る人もいるという。工場夜景のような、ちょっとマニアックな社会科見学ばかりでなく、従来の工場見学も人気が高い。

 その一つ、資生堂の鎌倉工場(神奈川県鎌倉市)。同社が国内で販売する口紅の大部分を製造し、化粧水や乳液、クリームなど約3千品種の化粧品も作られている。約2時間の見学では製造ラインをガラス越しに見られ、口紅の品質チェックの疑似体験や化粧水を使った実験なども楽しめる。

 同工場は年間を通し、平日の午前と午後に、無料で見学者を受け入れている。1回の定員は約60人。日によっては2ヵ月先でも予約が埋まっている。年間約1万4千人の見学者の約4割を20代、30代が占めている。

 森田康睦(やすのり)工場長は、「工場見学は、商品に込める思いを直接、お客様に伝える良い機会。ブランド力の向上にもつながる」と話す。同県小田原市から友人と来た平野真理子さんは、「普段使っている商品が、どのように作られているのか、とても興味がある」とうれしそうだった。

 工場の製造ラインだけでなく、「巧の技」の見学も人気だ。スポーツ大手ミズノの関連会社、ミズノテクニクス(岐阜県養老町)の工場見学では、米大リーグ・マリナーズのイチロー選手ら一流プレーヤーのバットを手がけ、現代の名工にも認定されたバット職人久保田五十一(いそかず)さんの作業などが見られる。ガラス越しでの見学ではなく、作業を間近に見られる臨場感が売りの一つだ。現在は夏休み中の4日間だけの公開だが、人気が高く、募集開始後、すぐに定員に達するという。

(写真は夜の化学工場・神奈川県川崎市浮島町)—–>
◆「遊ぶ」から「学ぶ」へ
 「大人の社会科見学」の人気ぶりについて、横浜商科大の羽田耕治教授(観光学)は、「旅行が日常化した結果、旅行慣れしてしまい、観光に求める要求が変わってきた」と分析する。従来の観光は、「見る、食べる、遊ぶ」が目的だったが、最近は、「食べる、体験する、学ぶ」へと志向が変わってきた。また、景気の低迷で、宿泊観光が落ち込んでおり、日帰りで、無料で楽しめる社会科見学が人気となっているという。

 生産現場や産業遺産といった、ものづくりに関わる様々なものを対象とする観光は、産業観光と呼ばれる。大人の知的好奇心を満たす新しい観光スタイルとして注目されている。きれいな風景や名所旧跡がなくても、産業自体が観光資源となるため、従来の観光資源を持たない自治体が注目している。

 川崎市は市内の工場を巡る年10回ほどの見学ツアーや工場夜景を眺める屋形船の運航などを企画、観光客を集めている。商業観光課の坂下洋昭さんは、「従来は、東京と横浜の二大観光都市に挟まれ、観光資源の少ない川崎市は苦戦していた。工場集積地という利点をいかして、新たな観光客を呼び込みたい」と話す。

 名古屋商工会議所など、各地の商工会議所も産業観光の推進に積極的だ。旅行会社も工場見学ツアーを企画して売り出しているほか、ホテルが宿泊客に工場見学ツアーを提供したりする例もある。経済産業省の近畿経済産業局や中国経済産業局も、各地域で見学可能な産業施設をまとめ、インターネットで公表している。

 昨年2月には川崎市で、「全国工場夜景サミット」が開かれた。工場夜景観光を推進する川崎市と北九州市、北海道室蘭市、三重県四日市市のエリアを、「日本四大工場夜景」とする共同宣言が出された。4市が連携して工場夜景観光の推進を図る。

 日本観光振興協会が2010年に、産業観光を受け入れている全国の1194社にアンケートしたところ、年間の総来場者数は約7100万人という結果が出た。子どもの参加者も含んだ数字だが、大人の社会科見学が広がり、観光形態の一つとして定着したと評価されている。

 同協会の丁野朗常務理事は、「最近では、見学者が見やすいように、最初から設計された工場も登場している。今後、産業観光はさらに人気を集めると考えられる」と話している。(中村浩彦)