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2010/08/31のBlog
[ 13:20 ]
WCI2010プログラムの開始
8月24日13:45~14:45
昼食(JR我孫子駅構内立ち喰いそば体験)→弥生軒が、研修生のために立ち喰いそばを御馳走して下さいました。当日植崎操様が御同行くださり、ベジタリアン一名をのぞいて、唐揚げ蕎麦を食しました。日本の蕎麦が口に合うかどうかと当スタッフは心配したのですが、唐揚げの大きさに大喜び。好評のうちにあっという間に平らげました。弥生軒様ありがとうございます。
これを食する前に、下記の文章を配りました。我孫子の食文化の中でかつては、駅弁が、今は立ち喰い蕎麦が大きな食文化を担っていることを研修生に知ってほしかったからです。
W.C.Iの、我孫子駅構内の立ち喰いそば体験(弥生軒)に関する資料
NPO住み良いまちづくり研究所・茂 手 木 保
日本の食文化の一つで、今かなりはやっているものに「駅弁」というものがあります。これは、現在では日本全国の鉄道路線の主要駅や歴史、観光名所駅で、販売されている、お弁当です。その地域の特産品や産物を材料にして、作られたお弁当で、それぞれ特色を持ち好評です。
我孫子駅も日本の中心である、東京(上野)から関東以北を結ぶ鉄道として開通した、「常磐線」の主要駅として、かなりの重要性を示していました。1,900~1950年代の20世紀前半に於ける、長距離列車の牽引機関は、蒸気機関車(S.L)が主流であり、我孫子駅は、機関車のエネルギーである、水を手賀沼から引きこみ、また燃料の石炭の燃えかすを取り出す事などしたため、停車時間が長く取りました。その頃の我孫子駅では、本当の意味の“駅弁”を売っていました。列車が駅に着くと、ホームで売り子が、平たい箱を肩から提げて、お弁当や土瓶に入ったお茶などを売り声をあげて端から端へと売り歩いていました。本日体験する『弥生軒』もその一つでありました。『弥生軒』の一つの特徴は、放浪画家として、また緻密な貼り絵を得意とする画家として、20世紀中頃に活躍した、『山下清画伯』が放浪中に弥生軒で、下働きしていた事です。(私の記憶では、昭和18、19年頃)そして、彼の絵を弁当の包み紙として使われていました。
日本が高度成長期を迎え、世の中がどんどんスピード化され、また、自動化されて、交通機関もS.Lは消え、駅の停車時間は、短くなり、窓の開閉も出来なくなりました。其の為、電化されてしばらくは営業していましたが、段々ホームで弁当を売る事が難しくなり、やがてなくなりました。
一方、我孫子市は、東京のベッドタウンとして、どんどん人口が増え、我孫子駅の乗降客も増加しました。また、世の中のスピード化に伴い、朝晩の食事の時間も短くなってきました。 そこで、弥生軒では、手軽に、早く供給できるそば、うどんなどが食べられる店を駅のホームに設け、「駅そば」として乗降客の利用を図り、現在に至っています。 (以上)
18:15~19:00
食事会では、2通りの:料理を搬入しました。
1つはホストファミリーを受けてくださって、中峠台でお惣菜店“じゅん”を営んでおられる岩井誠二・福子様ご夫妻のメニュー。もう1つは、研修生の母国料理。研修生からは、前地水戸滞在中にメニューを送ってもらい、材料を購入して置きました。当日は、ボランティアとしてお手伝いくださった方々が、フィンランド・ケニア・メキシコ・カナダの料理を研修生の指示に従って下準備しました。野菜を洗ったり、肉を切ったりしましたが、細かな言葉は通じなくても、サイズはサンプルを示してもらえば何とか用意できます。意外に簡単に出来るメニューもあったので、家庭での一品料理に役立ちそうでした。
NPO住み良いまちづくり研究所代表の浜崎慶子は、環境保全の観点から竹のお箸をプレセントしました。当研究所では、地下茎で他の植物と違い驚異的とも いえる成長力と生命力を 持っている竹に着目し、これによるささやかな利用を試みて見ました。例えば1億の日本人がこのお箸を毎日使って一人が一つのゴミを 拾えば1億のゴミがなくなるように多くの人が持ち歩けば?そして、箸を持ち歩く事 はとりもなおさず環境に対する問題意識を持ち続ける事につながります。 いかがですか? 環境を思いやる優しさを携帯されませんか。最後に食事をする時 日本人は(頂きます)と手を合わせて挨拶をします。終わったら「御馳走様でした」と言います。日本のどこに行ってもそれは通用する儀式なので覚えておいて 頂ければ幸甚だと話しました。
8月24日13:45~14:45
昼食(JR我孫子駅構内立ち喰いそば体験)→弥生軒が、研修生のために立ち喰いそばを御馳走して下さいました。当日植崎操様が御同行くださり、ベジタリアン一名をのぞいて、唐揚げ蕎麦を食しました。日本の蕎麦が口に合うかどうかと当スタッフは心配したのですが、唐揚げの大きさに大喜び。好評のうちにあっという間に平らげました。弥生軒様ありがとうございます。
これを食する前に、下記の文章を配りました。我孫子の食文化の中でかつては、駅弁が、今は立ち喰い蕎麦が大きな食文化を担っていることを研修生に知ってほしかったからです。
W.C.Iの、我孫子駅構内の立ち喰いそば体験(弥生軒)に関する資料
NPO住み良いまちづくり研究所・茂 手 木 保
日本の食文化の一つで、今かなりはやっているものに「駅弁」というものがあります。これは、現在では日本全国の鉄道路線の主要駅や歴史、観光名所駅で、販売されている、お弁当です。その地域の特産品や産物を材料にして、作られたお弁当で、それぞれ特色を持ち好評です。
我孫子駅も日本の中心である、東京(上野)から関東以北を結ぶ鉄道として開通した、「常磐線」の主要駅として、かなりの重要性を示していました。1,900~1950年代の20世紀前半に於ける、長距離列車の牽引機関は、蒸気機関車(S.L)が主流であり、我孫子駅は、機関車のエネルギーである、水を手賀沼から引きこみ、また燃料の石炭の燃えかすを取り出す事などしたため、停車時間が長く取りました。その頃の我孫子駅では、本当の意味の“駅弁”を売っていました。列車が駅に着くと、ホームで売り子が、平たい箱を肩から提げて、お弁当や土瓶に入ったお茶などを売り声をあげて端から端へと売り歩いていました。本日体験する『弥生軒』もその一つでありました。『弥生軒』の一つの特徴は、放浪画家として、また緻密な貼り絵を得意とする画家として、20世紀中頃に活躍した、『山下清画伯』が放浪中に弥生軒で、下働きしていた事です。(私の記憶では、昭和18、19年頃)そして、彼の絵を弁当の包み紙として使われていました。
日本が高度成長期を迎え、世の中がどんどんスピード化され、また、自動化されて、交通機関もS.Lは消え、駅の停車時間は、短くなり、窓の開閉も出来なくなりました。其の為、電化されてしばらくは営業していましたが、段々ホームで弁当を売る事が難しくなり、やがてなくなりました。
一方、我孫子市は、東京のベッドタウンとして、どんどん人口が増え、我孫子駅の乗降客も増加しました。また、世の中のスピード化に伴い、朝晩の食事の時間も短くなってきました。 そこで、弥生軒では、手軽に、早く供給できるそば、うどんなどが食べられる店を駅のホームに設け、「駅そば」として乗降客の利用を図り、現在に至っています。 (以上)
18:15~19:00
食事会では、2通りの:料理を搬入しました。
1つはホストファミリーを受けてくださって、中峠台でお惣菜店“じゅん”を営んでおられる岩井誠二・福子様ご夫妻のメニュー。もう1つは、研修生の母国料理。研修生からは、前地水戸滞在中にメニューを送ってもらい、材料を購入して置きました。当日は、ボランティアとしてお手伝いくださった方々が、フィンランド・ケニア・メキシコ・カナダの料理を研修生の指示に従って下準備しました。野菜を洗ったり、肉を切ったりしましたが、細かな言葉は通じなくても、サイズはサンプルを示してもらえば何とか用意できます。意外に簡単に出来るメニューもあったので、家庭での一品料理に役立ちそうでした。
NPO住み良いまちづくり研究所代表の浜崎慶子は、環境保全の観点から竹のお箸をプレセントしました。当研究所では、地下茎で他の植物と違い驚異的とも いえる成長力と生命力を 持っている竹に着目し、これによるささやかな利用を試みて見ました。例えば1億の日本人がこのお箸を毎日使って一人が一つのゴミを 拾えば1億のゴミがなくなるように多くの人が持ち歩けば?そして、箸を持ち歩く事 はとりもなおさず環境に対する問題意識を持ち続ける事につながります。 いかがですか? 環境を思いやる優しさを携帯されませんか。最後に食事をする時 日本人は(頂きます)と手を合わせて挨拶をします。終わったら「御馳走様でした」と言います。日本のどこに行ってもそれは通用する儀式なので覚えておいて 頂ければ幸甚だと話しました。
2010/08/24のBlog
[ 07:20 ]
【WCI2010ジャパンツアーin我孫子】
本日からいよいよ世界10カ国14名(うち中央学院大学留学生3名)による
我孫子の招聘事業が始まります。彼らが我孫子を訪れて良かったとと思えるような
思い出を帰国のお土産にできるように実行委員一同全力を尽くしますが、彼らを見かけたり、交流を行う皆様、またこのブログをご覧になっている皆様ご支援、ご指導のほどよろしくお願い致します。
NPO住み良いまちづくり研究所
浜崎慶子
8月24日(火) 歓迎式・対面式・夕食会進行表
16:30~ 受付・席次案内
17:00~ 歓迎式 : WCI2010 in 我孫子招聘実行委員長 挨拶
我孫子市南地区近隣センター長 挨拶
WCI(ワールドキャンパスインターナショナル)代表 挨拶
WCI紹介
17:30~ 弥生軒社長 挨拶
講和『駅蕎麦から見る我孫子の移り変わり』
(本日、WCIメンバーは我孫子駅構内「弥生軒駅蕎麦体験」に招待頂きました)
17:45~ 対面式 : ステージでホストファミリーと記念写真
18:15~ 食事会 : WCIメンバー手作りのお国料理とHF「じゅん」のお料理を囲んで…
(環境活動の一環により、箸、取り皿、お椀、コップ等は御持ちより下さい)
我孫子市長 挨拶
NPO住み良いまちづくり研究所代表 挨拶
NPO住み良いまちづくり研究所:WCI 2010 in我孫子招聘実行委員 紹介
食事ボランティアスタッフ 紹介
18:35~ 前年度、wci in 我孫子ツアー スライド上映
手作りお箸プレゼント(HFと紙やすりを使って箸を完成させて下さい)
19:00~ 歓迎演奏会 : HFでもある仙石バンド&七條様のタイコによる演奏会
19:45~ 集合写真 : 参加者全員で
20:00~ 歓迎式・対面式・夕食会終了
20:30 完全撤収
本日からいよいよ世界10カ国14名(うち中央学院大学留学生3名)による
我孫子の招聘事業が始まります。彼らが我孫子を訪れて良かったとと思えるような
思い出を帰国のお土産にできるように実行委員一同全力を尽くしますが、彼らを見かけたり、交流を行う皆様、またこのブログをご覧になっている皆様ご支援、ご指導のほどよろしくお願い致します。
NPO住み良いまちづくり研究所
浜崎慶子
8月24日(火) 歓迎式・対面式・夕食会進行表
16:30~ 受付・席次案内
17:00~ 歓迎式 : WCI2010 in 我孫子招聘実行委員長 挨拶
我孫子市南地区近隣センター長 挨拶
WCI(ワールドキャンパスインターナショナル)代表 挨拶
WCI紹介
17:30~ 弥生軒社長 挨拶
講和『駅蕎麦から見る我孫子の移り変わり』
(本日、WCIメンバーは我孫子駅構内「弥生軒駅蕎麦体験」に招待頂きました)
17:45~ 対面式 : ステージでホストファミリーと記念写真
18:15~ 食事会 : WCIメンバー手作りのお国料理とHF「じゅん」のお料理を囲んで…
(環境活動の一環により、箸、取り皿、お椀、コップ等は御持ちより下さい)
我孫子市長 挨拶
NPO住み良いまちづくり研究所代表 挨拶
NPO住み良いまちづくり研究所:WCI 2010 in我孫子招聘実行委員 紹介
食事ボランティアスタッフ 紹介
18:35~ 前年度、wci in 我孫子ツアー スライド上映
手作りお箸プレゼント(HFと紙やすりを使って箸を完成させて下さい)
19:00~ 歓迎演奏会 : HFでもある仙石バンド&七條様のタイコによる演奏会
19:45~ 集合写真 : 参加者全員で
20:00~ 歓迎式・対面式・夕食会終了
20:30 完全撤収
2010/08/15のBlog
[ 14:55 ]
[ 13:12 ]
ひとりひとりの手によって温暖化が進んでいる地球を救うために・・・
何ができるのだろうと自問自答した時、日常生活の中で、手で電気をまめに消すこと
などの他に、成長が速くて、処理に困る竹の生命力を環境保全のプラスに変える
用途を探りながらかつ、まちの活性化に役立てるイベントを行いました。
それが『2010 ライトダウンin我孫子』です。
この趣旨にご賛同くださった”我孫子の景観を育てる会”の岩﨑昭様が、7月1日のイベント当日に動画を作成してくださいました。ここに感謝をささげるとともに、皆様に御一緒に楽しんで頂ければ幸甚です。








ライトダウンin我孫子(←クリックすると動画サイトへ飛びます)








撮影・編集 / 岩﨑 昭 様
制作 / A.I.Studio</b>
何ができるのだろうと自問自答した時、日常生活の中で、手で電気をまめに消すこと
などの他に、成長が速くて、処理に困る竹の生命力を環境保全のプラスに変える
用途を探りながらかつ、まちの活性化に役立てるイベントを行いました。
それが『2010 ライトダウンin我孫子』です。
この趣旨にご賛同くださった”我孫子の景観を育てる会”の岩﨑昭様が、7月1日のイベント当日に動画を作成してくださいました。ここに感謝をささげるとともに、皆様に御一緒に楽しんで頂ければ幸甚です。








ライトダウンin我孫子(←クリックすると動画サイトへ飛びます)








撮影・編集 / 岩﨑 昭 様
制作 / A.I.Studio</b>

2010/08/03のBlog
[ 23:17 ]
七海人(なみんちゅ)を率いる七條正様のひとりごと
私の場合、太鼓から最も大きな「エネルギー」が入ってきますので、太鼓は私の人生には欠かせないものであり、一生太鼓を叩いて、太鼓のリズムで人を元気にしていこうと決意しました。例えば、かなりゆっくりとしたテンポの演奏をすると、聞いている人の首が揺れます。より心拍数に近い自然なアフリカン・テンポに人の心と体は自然に反応しますし、これは「竹」という自然のものが持つ宇宙のリズムに通じるところとなるわけです。
また、竹を使った小さな打楽器をたくさん作って、それをたくさんの子供達に一緒に演奏してもらうことができるとスゴイ絵になると思います。
竹とアフリカルーツのブラジル太鼓が合うと考えるのはこういう理由からです。
私の場合、太鼓から最も大きな「エネルギー」が入ってきますので、太鼓は私の人生には欠かせないものであり、一生太鼓を叩いて、太鼓のリズムで人を元気にしていこうと決意しました。例えば、かなりゆっくりとしたテンポの演奏をすると、聞いている人の首が揺れます。より心拍数に近い自然なアフリカン・テンポに人の心と体は自然に反応しますし、これは「竹」という自然のものが持つ宇宙のリズムに通じるところとなるわけです。
また、竹を使った小さな打楽器をたくさん作って、それをたくさんの子供達に一緒に演奏してもらうことができるとスゴイ絵になると思います。
竹とアフリカルーツのブラジル太鼓が合うと考えるのはこういう理由からです。
蛙のひとりごと
















コンクリートの地面に突然竹が
はえてきたので、懐かしくなって思わず飛び乗ってしまった。そこでうっとりと感触を楽しんでいたら、本日の女ボスの田中何がしとやらいう人が大きな声で皆に指示を出すのが聞こえて来たので、びっくりした僕は飛び降りた。撮影者の森琢人君は、僕が、カメラの視野から消えたので悔しがったこと悔しがったこと・・・ゴメンネ森君、縁があったらまたどこかで会おう!
















コンクリートの地面に突然竹が
はえてきたので、懐かしくなって思わず飛び乗ってしまった。そこでうっとりと感触を楽しんでいたら、本日の女ボスの田中何がしとやらいう人が大きな声で皆に指示を出すのが聞こえて来たので、びっくりした僕は飛び降りた。撮影者の森琢人君は、僕が、カメラの視野から消えたので悔しがったこと悔しがったこと・・・ゴメンネ森君、縁があったらまたどこかで会おう!
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