☆不登校について— 「不登校再考」の講義より 番外編 Música 3 Nino Bravo

今回でこの『不登校についてー「不登校再考」より 番外編 música 』は終了となります。一休みのつもりが三回にわたっての連載になり、いい加減にしろ!、不登校の話はどうなったんだ!(`ヘ´)、等のお叱りを受けそうですが、私にとってはこれと不登校は全く関係のないものとは位置付けてはいません。

 この番外編の前の記事で、今回は一人一人の思いよりも、社会全体の動きや歴史を主に取り上げますと述べましたが、この番外編では好きな歌手を紹介し、その曲を聴いて頂くことにより、自分の中にこのテーマに関して、本編とは違う見方を表現してみたい、と感じていたのではないかと思います。

 正直最初からはっきりとそういう意図を持っていたわけではなく、自分の好きな歌手や癒された曲を共有出来ればと思い始めたわけですが、書きながら久しぶりに曲を聴いていると不登校、引きこもりについてまた違う角度から踏み込んでいっている気がしました。

 そして、最終的にはなにやら好きな歌手というより、「同じ穴のムジナ」や「同志」のように思えてきました。三者とも悩み苦しみながら、世の中の不条理や矛盾と戦い続けながら時にはたくましく時には落胆しながら日々を生きているのかな、或いはいたのかな、という感じをうけます。

 これから紹介するバレンシア出身の歌手Nino Bravo(ニーノ・ブラボ)の肉体はもうこの世にはありません。

 彼の曲は当時私が少し意気消沈し投げやりな気持ちになっていた頃によく聴いていました。

 それまでも彼の楽曲はテレビ等で聴いたことはあったのですが、しっかりと聴いたのは、彼の生涯の全曲を収録した3枚組のCDを買ってからです。

 彼は1973年に不慮の交通事故でなくなるまでに、多くの曲を世に出し、スペインだけでなく世界でも今も多くの人を感動させてきました。

 私が始め衝撃を受けたのはその圧倒的な歌唱力と感情がほとばしる様でありしかし繊細な歌詞です。

 今回のお勧めの曲は彼の代表曲の「Libre」という曲です。

 恐らく日本ではそれ程流れておらず、聴いたことがない人も多いかと思いますので、今回は私がよく口ずさんでいた一節、サビの部分を思い出しながらその世界観を紹介したいと思います。その前に先入観なしに聴いてみるのも一つの手です。

Libre, como el sol, cuando amanece yo soy libre, como el mar.
(自由、太陽のように、夜が明ける時に私は自由になる、海のように)
Libre, como el ave que escapó de su prisión y al fin puede volar.
(自由、牢獄から逃れ、そして最後には飛ぶことの出来た鳥のように)
Libre, como el viento que recoge mi lamento y mi pesar. Camino sin cesar detras de la verdad. Y sabré lo que es, al fin, la libertad.
(自由、私の悲しみと苦難を持っていってくれる風のように。真実の後ろにある終わることのない道。そして最後に、私は自由というものを知るだろう)

 曲も素晴らしいので、是非一度聴いて見て下さい。
もちろん前に紹介したCorrsや鬼束ちひろと同じくこの他にも良い歌は沢山あり、後個人的に外せないのが、「Como Todos」という曲です。これは他の人は幸せそうなのに、なぜ自分だけは幸せを見つけられないのだ、といういわば愚痴のような内容の歌ですが、圧倒的な歌唱力でもって感情を込めて歌うので、聴覚的には愚痴には聞こえません(笑)。

 多分歌詞がついているサイトもあると思いますが、日本語訳がついているかどうかは分かりません。もしこの部分の歌詞の意味が知りたいという方がおられたら気楽にお尋ね下さい。
 後、他の歌手も含めて歌の感想なども気楽にコメントして頂ければと思います。今連絡先のメールは私しか使っていませんので、メールをして下さっても結構です。異論、反論、普通の論お待ちしております。勿論共感してくださるコメントも有り難いです。今回は一休みということもあって、三人しか紹介できませんでしたが、また機会があれば他の歌手や曲も紹介していければと思います。

 では次回からまた本編の『不登校についてー「不登校再考」の講義より』シリーズが再開します。
お楽しみに(%晴れ%)