第2章 現状分析と今後の展望

第1節 現状分析

1 日本語普及の現状

 結論から言えば、アジアにおいて日本語は十分に普及している。では、十分という根拠は何か。「2006年海外日本語教育機関調査」 によれば、2006年現在、海外の133カ国(厳密には126カ国と7地域)で日本語教育が行なわれている。機関数13639機関(3年間で11.6%の増加、1979年時点から11.9倍)、日本語教師数44321人(3年間で33.8%の増加、1979年時点から10.8倍)、学習者数2979820人(3年間で26.4%の増加、1979年時点から23.4倍)となっている。

【図2−1】
 
地域的な特徴としては、世界を東アジア、東南アジア、南アジア、大洋州、北米、中南米、西欧、東欧、中東、アフリカの九つの地域に分けた場合、東アジアと東南アジアで全機関の67.4%、全教師の78.6%、全学習者の76.3%を占めている。これに南アジアと大洋州を加えて、環太平洋地域とした場合、実に学習者の9割がこの地域ということになる。

【図2−2】

国別の学習者を見ると、第1位が韓国で910957人、第2位が中国で684366人、第3位がオーストラリアで366165人だ。これらの国で人口全体のうち、日本語学習者がどれくらいの割合を占めているか計算すると、韓国では52人に1人、中国では1900人に1人、オーストラリアでは55人に1人となる。
 

【図2−3】

 
(出所:海外の日本語教育の現状=日本語教育機関調査・2006年=)

これらの数字は十分と言えるのか。
言語の普及レベルを、特殊言語、一般言語、国際言語の3段階に分類した時 、日本の経済力を考えれば、日本語が国際言語になる術はなく、一般言語の中で如何にそのポジションを高めることが言語普及政策の役割になる。特殊言語と一般言語の違いは幾つか指標があるが、その一つとして、ある国においてある外国語がその国の中等教育機関(中・高校)の教科目になって初めて、その国において外国語としての市民権を得たといえる という考え方がある。この考え方によれば、言語が普及している地域では、中等教育での学習者の割合が一定程度高くなることになる。では、中等教育機関に初等教育機関を加えた小学校、中学校、高校で、日本語はどのくらい学習されているだろうか。
別表は、国際交流基金による調査で、日本語学習者が国別に初等・中等教育、高等教育、学校教育以外と分かれて、機関数、教師数、学習者数が載っている。その別表による各機関の学習者の数を割合で表した図が、以下になる。

 (出所:海外の日本語教育の現状=日本語教育機関調査・2006年=)

 図2−4は、どの機関で日本語が学習されているのか、地域の特徴が表れている。大洋州、東南アジア、東アジア、北米で、初等・中等教育機関の学習者の割合が多くなっていることが理解できる。そして、これらの地域こそ日本語がもっとも普及している地域であることは既に述べた。初等・中等教育機関での割合が高い地域と言語が普及している地域に相関性が確認できる。もっとも、この図を見るときは、注意が必要になる。あくまでも割合を示した図であるため、必ずしも初等・中等教育の割合が高ければ、当該地域でその言語の地位が高いとは言えない場合もある。例えば、ある国で日本語学習機関が初等・中等機関に一箇所しかなければ、図の一番左下に位置するが、そのことで日本語が一般言語になっていることにはならない。図2−4で言えば、大洋州が東アジアや東南アジアに比べて日本語が市民権を得ていることにはならない。むしろ、初等・中等教育での学習者が高等教育でも継続学習するために、如何にインセンティブを高めるかが政策課題となる。

その数が多いか少ないかを判断する時は、通時的な比較のみでなく共時的比較が必要である。例えば、いくら日本語学習者が増えたと通時的に言えても、同時期に他の言語の学習者がそれ以上に増えていたり、全体で学習の数が増えていたりするのなら、日本語が普及したのではなく、日本語が状況の波に乗っただけといえるからである。しかし、共時的な統計資料はほとんどないのが現状である。日本の国際交流基金の調査同様に、自国語の普及状況のみ調査している国もある。しかし、調査方法、学習者の定義等の違いを勘案して、これらの数字を比較し状況を把握することはできない。一番の良いのは、同じ機関が何の利害関係もなく、自国における各国の言語普及状況を調査したものになる。ここでは、東アジアの韓国における一般高等学校の第二外国語選択状況と国立国語研究所が行なった「日本語観国際センサス」という調査 で各国の言語普及状況を見てみる 。韓国は、それぞれ東アジアの中で人口、経済規模が一定以上あり、また、政治体制も比較的自由で言語学習の需要操作が政治的になさることなく、言語普及において、特別に考慮しなければならない点も少ないからだ。「日本語感センサス」は、10年前の調査であることがマイナスだが、ランダムサンプル調査であるため、アジア各国の一般的な言語状況を概観できることから選んだ。

【図2−5】
(日本語観センサス〔暫定速報版〕を基に筆者作成)
 図2−5は、「今までに習った外国語」を複数回答項目で、習得レベルは問わずに回答する方式である。図から他の言語と比較しても日本語がアジアにおいて学ばれていることが理解できる。次に韓国における一般高校の第二外国語の選択状況を見てみる。

【図2−6】
 (出典:纓坂英子(2007)『韓国における日本語教育』韓国教育統計年報 より) 

 図2−6の日本語学習者に注目すると、日本語学習者の数は確実に増えていることが理解できる。しかし、比率に注目すると、二つのことが指摘できる。一点目は、2004年以降日本語学習者の比率は止まっている。二点目は、それでも学習者数、比率ともに一番である。
 日本語学習者の比率が止まった原因は、中国語が伸びてきたからであるかもしれないし、第二外国語として選択されているという事情 から、比率が60%を超えると伸びづらいということもあるかもしれない。ちなみに国際交流基金の日本語教育国別情報 によると、アジアにおいて第二外国語として日本語は人気が高いが、近年では中国語も伸びだしたことが記載されている。図2−6と同じような状況が他のアジア諸国でも起きているといえるわけである。
 しかし、現段階では、アジアにおいて第二外国語としての日本語の地位は高く、十分に一般言語になっているといえる。