今の世の中に通じる『東京の宿』

今回の「すなしま」の特集は映画。
というわけで、誌面で紹介した映画について、何回かに分けて、いくつかちょっと感想を……。

まずは、「我が街を知るための作品」として紹介した『東京の宿』(1935年、小津安二郎監督)について。これは、小津監督の「喜八もの」と呼ばれている初期シリーズの一本で、坂本武演じる喜八が主人公です。

舞台は、砂町。昭和恐慌の時代に、喜八さんは、二人の子どもを連れて、砂町で仕事を探しています。なかなか仕事にありつけず、所持金も使い果たして途方に暮れていたときに、昔なじみのおつね(飯田蝶子)に出会って、助けられます。
職にありついた喜八さんは、同じく職探しをしていた女性・おたか(岡田嘉子)の世話を焼くようになり、いつしか、彼女に惚れていきます……。

小津監督なので、それほど激しいストーリー展開があるわけではないのですが、この作品、今回の「すなしま」のために見た一連の作品の中では、一番おもしろかったものです。
なんといっても、昔の砂町が描かれているのがいい。
(実際のロケは違う場所だそうですが)
そして、その砂町が、人情にあふれた街であることがいい。
さらに、喜八さんというキャラクター。学問はないけど、まっさらで、正直な人で、今の世の中にぜひ、いてほしい人です。
それに、喜八さんの子どもを演じている突貫小僧(のちの青木富夫)。
昭和初期の子どもって、こんなにバイタリティーにあふれてるんですよね。
おなかをすかした親子が、のっぱらに腰を下ろして、「エア酒盛り&食事」をするシーンがあるんですが、あれは心の底からほほえましい気持ちになれるシーンです。

「すなしま」本文でも紹介しましたが、当時の砂町は東京の新開地。
新しい工場が次々と建っていく勢いがある街でした。
しかし、不況で工場は喜八さんをなかなか雇えない。他にも失業者は一杯いる。
この設定が、何とも、今に通じるわけです。
新しいショッピングセンターやマンションが次々に建っているのに、失業者がたくさんいるという……。

そういう視点で見ると、さらに身に染みるものもあるわけです。

ちなみに、この喜八というキャラクターは、「寅さん」の原型になったともいわれています。山田洋次監督は、戦前の映画界を描いた「キネマの天地」という映画では、渥美清に「喜八」という役を与えています。

というわけで、ぜひ、お時間ありましたら、DVDで鑑賞してください。
無声映画ですが、いろんなことを想像しながら見ると、さらに楽しいものです。