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2009/10/25のBlog
日本で好きな歌手は?と聞かれると(そんなに聞かれることはないですが)、鬼束ちひろの名前をあげます。

 私がスペインから一時帰国し、迷いと不安の日々を送っていた時に一番心に響いたのが鬼束ちひろの曲でした。
前に紹介したCorrsもそうなのですが、両者とも自分の内面を深くえぐり、現状を鋭く時にはアイロニーを混ぜて批判し、しかしより高い所に向かう、という姿勢が歌詞などから感じられます。

 特に鬼束ちひろの、この腐敗した世界に落とされた、だの、イスを蹴り倒し席を立てる日を願ってた、等の歌詞は当時の私には非常に共感できました。恐らく彼女は方法は違うが、私と同じ様な事を表現したいのではないか、と当時思いました。

 不登校や引きこもりのみならず多くの人が生き辛さや絶望と共に日々を過ごしている時代なのでしょうか。或いは多くの人はあまり深く考えないようにしているのでしょうか。

 鬼束ちひろの曲は、己の心を砕きながら、世の中の矛盾や欺瞞を切り裂いていく感じがします。

 彼女は歌手の中でも異質に見え、その歌には心が熱くなりました。
まず是非ファーストアルバム「insomnia」の曲を聴いてみて下さい。

 ただ今のお気に入りの曲はそのアルバムの中の曲ではなく(なんでやねん!( ̄^ ̄#))、私が約二年前に日本に戻ってきた時に聴いた「流星群」という曲です(ちなみに調べてみるとこの歌は2002年の初期に発表されており、その時には日本にいたので、耳にしたと思いますが、帰ってきてから聴いた時の方が印象に強いです)

 基本的に彼女の歌には“救い”がありませんが、そこらへんが私が好きな点なのでしょうか。この歌の中ではこんなにも醜い私を…、という箇所がお気に入りです。

 後、個人的にこの不登校というテーマから連想する曲№1が「シャイン」という曲です。聴いたことがない人は聴いていただければなんとなくわかると思います。聴きようによっては彼女の曲はほとんど不登校、引きこもりというテーマにどこかしら通ずるものがあるように聴こえますが、しかし不登校のみに限定されずこうした感情や思いを今の世の中の大半の人が心の奥で持っていて、それを彼女は歌っているのかもしれません。正に彼女は世の中の多くの人が心の奥で叫んでいるムンクの叫び\(◎o◎)/!、いや、すいません魂の叫びを代弁しているように受け取れます…


 では最後に次回は、日本に約三年滞在した後に、親の住んでいるスペインに戻った時によく聴いていた曲を紹介したいと思います。
今回でこの『不登校についてー「不登校再考」より 番外編 música 』は終了となります。一休みのつもりが三回にわたっての連載になり、いい加減にしろ!、不登校の話はどうなったんだ!(`ヘ´)、等のお叱りを受けそうですが、私にとってはこれと不登校は全く関係のないものとは位置付けてはいません。

 この番外編の前の記事で、今回は一人一人の思いよりも、社会全体の動きや歴史を主に取り上げますと述べましたが、この番外編では好きな歌手を紹介し、その曲を聴いて頂くことにより、自分の中にこのテーマに関して、本編とは違う見方を表現してみたい、と感じていたのではないかと思います。

 正直最初からはっきりとそういう意図を持っていたわけではなく、自分の好きな歌手や癒された曲を共有出来ればと思い始めたわけですが、書きながら久しぶりに曲を聴いていると不登校、引きこもりについてまた違う角度から踏み込んでいっている気がしました。

 そして、最終的にはなにやら好きな歌手というより、「同じ穴のムジナ」や「同志」のように思えてきました。三者とも悩み苦しみながら、世の中の不条理や矛盾と戦い続けながら時にはたくましく時には落胆しながら日々を生きているのかな、或いはいたのかな、という感じをうけます。

 これから紹介するバレンシア出身の歌手Nino Bravo(ニーノ・ブラボ)の肉体はもうこの世にはありません。

 彼の曲は当時私が少し意気消沈し投げやりな気持ちになっていた頃によく聴いていました。

 それまでも彼の楽曲はテレビ等で聴いたことはあったのですが、しっかりと聴いたのは、彼の生涯の全曲を収録した3枚組のCDを買ってからです。

 彼は1973年に不慮の交通事故でなくなるまでに、多くの曲を世に出し、スペインだけでなく世界でも今も多くの人を感動させてきました。

 私が始め衝撃を受けたのはその圧倒的な歌唱力と感情がほとばしる様でありしかし繊細な歌詞です。

 今回のお勧めの曲は彼の代表曲の「Libre」という曲です。

 恐らく日本ではそれ程流れておらず、聴いたことがない人も多いかと思いますので、今回は私がよく口ずさんでいた一節、サビの部分を思い出しながらその世界観を紹介したいと思います。その前に先入観なしに聴いてみるのも一つの手です。


Libre, como el sol, cuando amanece yo soy libre, como el mar.
(自由、太陽のように、夜が明ける時に私は自由になる、海のように)
Libre, como el ave que escapó de su prisión y al fin puede volar.
(自由、牢獄から逃れ、そして最後には飛ぶことの出来た鳥のように)
Libre, como el viento que recoge mi lamento y mi pesar. Camino sin cesar detras de la verdad. Y sabré lo que es, al fin, la libertad.
(自由、私の悲しみと苦難を持っていってくれる風のように。真実の後ろにある終わることのない道。そして最後に、私は自由というものを知るだろう)

 曲も素晴らしいので、是非一度聴いて見て下さい。
もちろん前に紹介したCorrsや鬼束ちひろと同じくこの他にも良い歌は沢山あり、後個人的に外せないのが、「Como Todos」という曲です。これは他の人は幸せそうなのに、なぜ自分だけは幸せを見つけられないのだ、といういわば愚痴のような内容の歌ですが、圧倒的な歌唱力でもって感情を込めて歌うので、聴覚的には愚痴には聞こえません(笑)。

 多分歌詞がついているサイトもあると思いますが、日本語訳がついているかどうかは分かりません。もしこの部分の歌詞の意味が知りたいという方がおられたら気楽にお尋ね下さい。
 後、他の歌手も含めて歌の感想なども気楽にコメントして頂ければと思います。今連絡先のメールは私しか使っていませんので、メールをして下さっても結構です。異論、反論、普通の論お待ちしております。勿論共感してくださるコメントも有り難いです。今回は一休みということもあって、三人しか紹介できませんでしたが、また機会があれば他の歌手や曲も紹介していければと思います。

 では次回からまた本編の『不登校についてー「不登校再考」の講義より』シリーズが再開します。
お楽しみに
さて前回も話した通り、今回は1970年代以降、高校に行くことが“当たり前”になった状況がどういう影響を個々のセルフイメージに与えるかを考えていきたいと思います。

 心理学者のアドラーは、個人の他者に対する優越感や劣等感がコンプレックス(複合観念)や病理性に深く関わっていると述べています。彼の師匠のフロイドの心理学がリビドー(性エネルギー)に注目し、体の部位や幼児期からの両親の関係性に重点を置いているのと比べると、アドラーの場合は他人との比較、社会との関わりなど、より社会性を重要視した心理学であるといえるでしょう。

 今回は優越感の理論を適用して、進学率が高止まりした後長欠率が増えた要因を考察していきます。社会的なものから起因、発生する原因とは違い、主に個人の中にあるものが外からの刺激によって影響されるという説明は、はっきり言って客観的に説得力に欠けることが多いように思われがちです。

 なぜなら、その根拠となる「個人の中にあるもの」(この場合は優越感)の重要性や位置づけは個人によって様々であるからです(逆に例えば経済的変化によって、それに適応するために思考や行動パターンもこう変化する、等の言い方の方が一般的にコンセンサスを得やすいように見えます)。何か一つだけ大きな原因、前提があって、それから全てが派生している、という説明の仕方ははまれば大きな共感を得るかもしれませんが、当然ツッコミどころも多く、なんでやねん!、そんなことないやろ!、なんじゃそら!、等のリアクションも引き出します。ただ多くの要因の一つの仮説として、考慮に入れていけば幅広い視点を持つために役に立つかもしれません。

 例えばもしフロイドであれば、長欠率の増加の原因は核家族化による幼児期から青年期までの母親と子供の関係性の変化や父親(父性)不在による社会や権威に対する子供の態度の変化が原因で…云々、みたいな感じで分析するかもしれませんが、ただそういう見方もまた興味深いともいえますし、ひょっとすると関連性がどこかにあったり、個々の問題解決のためのヒントにはなりうるかもしれません。

 勿論一つの理論のみをもって全てを説明することは不十分ですが、今回は一つ一つの穴を地道に埋め、要因の一つを推測するため、また今回の講義でも出てきた学校が個人に与えていた(いる)“特別な価値”についての議論を深めるため、この理論を応用しながら見ていきます。

 もしも高校にいく人数が相対的に少ない場合、高校に行くことが出来れば、他人と比べて自分は人とは違う、という優越感を持てる、という期待感が生まれ、高校に行っても大学に行けばより“特別な存在”になれると期待し、実際に高校にいけた時の経験がその感情を裏打ちします。そのことを達成する手段である勉強に対するモチベーションも高まり、学校に行き続け頑張る動機付けとなり、結果的に進学率が増加します。

 しかし進学率が増え、高校に行くことが当たり前になると、高校に行くことは“自分に特別な価値”を与えてくれることは考えられにくくなります。

 従って前回のまとめと合わせると、74年に進学率が90%を超えると学校に行くことの“希少価値”がなくなり、学校に行くことが“希望”につながるとは考えにくくなり、学校での努力が「やりがいのある努力」から「不安におびやかされる努力」に変化していき、また皆同じでは自分は特別な存在であるという感覚を獲得することも困難になったように見えた、ので長欠率が増え、現在も増え続けているので、大なり小なりその影響が残っている可能性がある、となります。
 
 このような状況の変化があり、この連載の一番初めに述べたように子供たちが「学校に行く意義」を問い始めたのではないか、というのが今回の講義での大事な論点の一つでした。
では次の論点は「勉強の意義」についてです。
学校に行く理由としてよくあげられるのは、“勉強”をするため、というものです。

 では“勉強”をする理由とは何なのでしょうか。

 子供の立場から見ると、前回話したように、高校に進学し卒業するための手段としての“勉強”をする動機付けは進学率の増加で薄まっています。

 もし子供全員がいわゆる“勉強”が好きで得意であれば、その様な状況でも“勉強”をすること自体楽しみに学校に行く子供が多くなり、すなわち出欠率もそれ程増加しない公算が高まります。ところが、出欠率が増えてきた経緯を見ると、どうやら皆が全員“勉強”好きではなさそうです。

 では逆に出欠率が高くなる70年代以前は“勉強”が大好きな子が大半だったのでしょうか。

 講師によると、その頃にも“勉強”が嫌いで苦手な子は沢山いたとのことです。ではなぜその頃は学校に行かない子供の割合が少なかったのでしょうか。

 ここで孔子、いや講師はこう言いました。つまり宗教みたいなものだ、と。

 例えば、我々の大半はお経の意味がわからなくても、お寺に行ってお経を聴きます。なぜわざわざお寺に行って意味も知らないお経を聴くのかというと、自分にとって何か“意味”や“価値”のある体験だと“無条件に”思うからです。

 この“無条件に”というのが宗教たるゆえんと行っていいでしょう。

 言葉を入れ替えると上手い具合に符合します。

 我々の大半は勉強がわからなくても学校に行って勉強をします。なぜわざわざ学校に行ってわからない勉強をするのかというと、何か自分にとって“意味”や“価値”のあるものだと“無条件”に思うからです。

 ではなぜ“無条件”にそう思うのかというと、それは「すりこみ」によるところが大きいと思われます。今回の講義の内容から離れ過ぎてはいけないので、すりこみに関してはまた別の機会に深く考察するとして(根深い話になりそうだな、こりゃ(-д-;))、話を戻します。

 宗教や信仰の特徴としては、信じている者にとっては当然の事ですが、信じていない者にとっては「なぜ?」ということになります。

 この宗教に似た“学校に行くこと自体に価値がある”という考え方が共通前提でなくなると、“勉強”自体の大切さや楽しさがダイレクトに問われることとなります。

 七十年代から今まで長欠率が増加しているのを見ると、どうやら多くの子供にとって“勉強”はそれのみでは学校に足を運ばせる程の魅力はないようです。
社会状況の変化を“勉強”に当てはめてまとめると、

七十年代を過ぎて、学校が理屈抜きで大事なものだという共通前提が崩れる

わからない事を聞いても意味があるのか、という問いが生まれ、最初に苦手だったり、つまずいたりするとすぐやめてしまう環境になる。

学力低下

という風になります。
 
 この時たとえ勉強がわからなくて苦痛でも、わからなくてもただ座っているだけでいい、という共通前提やすりこみがあればとりあえず学校には行くかもしれませんが、学校に行くことが当たり前になった頃からは子供も親も、そして社会もそれを認めません。

 講師曰く、教師の質の低下や親のしつけ以前に学校に意味を見出だせない環境が大きな要因。昔もいじめや勉強が苦手な子は多かったが、学校に行くこと自体意味があるという神話があったので、すぐ学校に行かなくなるという行動に結びつかなかった…

 さて少し見方を変えて、学校に行くことは「勉強」するだけではなく、団体生活をすることによって「社会性」が身につく、それは学校に行く「価値」や「意義」にはならないのか?という質問をされる方もいるかもしれません。

 特に現代では「生きる力」が大事だから、学校でもそれを教えることが大事だ、という話を聞いたことがあります。

 この論の一番の問題点は、「生きる力」とは何か?ということです。さらに誰がそれを定義するのか、ということも重要です。

 「社会性」というのも個人や時代によって相対的ですし、「生きる力」に至っては「愛の力」とか「長州力」のように具体的には何の力か不明で、それだけでは何が言いたいのか分かりません。

 何を以て「生きる力」とするかは、億万個の意見があるでしょうが、とりあえず生きるためには仕事をしてお金を稼ぎ、ご飯を食べることが大事だ、ということは一定の理解を得られると思うので、仕事をする力を「生きる力」と定義してみます。

 「仕事をする力」はその時、その場の主要産業の内容によって、大きく影響をうけると考えられます。

 というわけで次回は産業構造の変化について見ていきます。

さあいよいよこの連載もフィナーレが近そうです(/_;)
戦後から現在までの産業構造の変化を見ると、大きく言って第一次産業(農業、林業等)から第二次(工業、建設業等)、そして第三次(サービス産業等)に移り変わっています。

 それぞれの特徴は、第一次産業は自然に働きかけ、第二次はモノに働きかけ、第三次は人に働きかけるという点です。

 長欠率が上がり始めた頃第三次産業(消費産業)の労働人口が50%をこえました。このことが人間関係や欲望に対する考え方も大きく変えていき、教育や学校に大きく影響を与えたのではないか、というのが今回の論点です。

 前回話したように学校には“勉強”以外にも、“社会性”を学ぶ場というイメージがあります。

 日本の従来の学校教育は集団教育の側面があり、一緒になって何かをやり、何かを得る、という雰囲気があります。例えば皆一緒に机を並べて一緒のことを学ぶとかです。

 その集団教育的性質は第一次、第二次産業には相性がよく、例えば田植えは皆で力を合わせなければ出来ないですし、工場でも協力しあいながらモノを作ります。つまり第一次、第二次産業が社会の主要産業であれば、学校の集団教育で得た“社会性”をそのまま活かすことができます。つまり学校教育は個人に「生きる力」を提供したことになります。

 会社は学校の延長上だという話をきいたことがありますが、これは逆に言えば学校で習った通りに振る舞えば、会社でも大きな間違いがないということになり、学校の“社会性”の教育が成功している状況とも言えます。

 ただ第三次産業が主要な産業であればどうでしょうか。

 第三次産業は一人一人の欲求により動いており、欲求が何かを読む能力のみならず、欲望や欲求を作っていき、それに働きかける能力が求められます。

 何か新しい欲求を作り出すためには人と同じ事をしていては駄目で、逆に人とは違う発想を持った人材が求められます。

 このことは学校が提供した集団教育による“社会性”の実社会での有効性を減らすのみならず、個々の子供の思考様式まで変える可能性があります。

産業構造の変化

社会環境や生活の変化

皆に合わせるのが偉い、という感覚や、一体感に対する喜びや意味を感じられない子供が増える。

学校に対しても、何でこんなことに参加しなければならないのか、と感じる。

 子供にとって主観的に(部分的に客観的にも)“無駄”であるならば、もはや学校に行く理由は行くことが「楽しいから」しかありません。

 皆さんお疲れ様でした。いよいよ次回が(おそらく)最終回です。

最後のテーマは「いじめについて」です。
これまで社会状況の変化により、学校に行くことや学校の中での活動(主に勉強)に意義や意味を見つけられなくなった、ということを述べてきました。その結果学校に行くための理由として、何か楽しいこと面白いことを見つけ作ろうとする、その一つがいじめなのではないか、という考え方を見ていきたいと思います。

 遊びやゲームといじめの境界線が薄くなると、対象はだれでもよくなり、従ってその場の雰囲気で誰でも“被害者”になる可能性が出てくる。そのことによって常に子どもたちは激しい緊張と隣り合わせで学校生活を送らねばならないのではないか、ということです。

 こういった状況で前の方で取り上げた「不安におびやかされた努力」を強いられる勉強をしに学校に行くのかと思うと、想像するだけで身を引きちぎられるような気持ちになります。もちろん程度の差もあるでしょう一概には言えないでしょうが、余程運が良いいか、他にすごく幸せなことがなければやってられません。あまり講義から脱線してはいけませんが、私見では今まで挙げたような状況で学校に行くためには、意識的、無意識的に思考停止状態にしなければ難しいのではないかと感じます。*7*で取り上げた「学校に行くのが大切だ」教も現在では無理やりに学校に行く(行かせる)ための自己暗示のために使われているのではないかと推測してしまいます。

 話を戻して、講師によると昔はいじめも対立関係にあって勝者が敗者をいじめているという図式だったそうですが、今は遊びやゲーム感覚なので、あまり対立はないかわりに自尊心が傷つけられる、ということです。

 例えるなら体を少しずつ切り刻まれていく感覚というのでしょうか。

 講義の最後は教師の話でした。昔、学校が大切なものだという感覚があった時には、教師には「理屈抜きの権威」があった。今はそれがないので教師は子供と距離を詰めていこうとするので、「友達のようになる」傾向が強いそうです。これを突き詰めていくと、「友達」ならば教師もいつもいじめの被害者になるかもしれぬ不安を感じるかもしれず、時には(可能性の話ですが)いじめに加わることもありうるかもしれません。

 昔の先生は権威という下駄をはかせてもらっていたが、今の先生にはそれがないので、より困難な状況に置かれている可能性は高そうです。ただ今も昔もいじめに対処したり、いわゆるお“勉強”ではない学問や個人の信念を伝えるためには、先生(のみならず周りの全ての大人)の姿勢と惻隠の情の重要性は変わりません。といえども今の社会状況からみても今の先生の御苦労は察して余りあるものです。

 今回は最終回ということもあり、多少感傷的になってしまったのか、センチメンタルな部分も多くなってしまいましたm(__)m。この他にも情報量の変化や価値観の多様化、コミュニケーションについて等々、取りあげて結びつける話題はたくさんあるかと思いますが、一応流れは今回の講義に沿うということで、今はとりあえずここで終わりにして、また別の時に細かく論じて、それを今回の話とつなげていくという形をとっていきます。

 では次回はあとがきです。
今回は10月14日にあった『不登校再考ー「学校と家庭の関係」を見直すー』という講義を聞き、それをきっかけにこの連載を書き始めました。そこで感じたことやメモをとったことを使い、それに自分の分析や意見などを加えて書いた故に、当然ながら元の講義の内容と私の文の内容は誤差があると思いますので、その点はご了承いただきたいと思います。

 ではなぜそういう形式で書いたかというと、この「不登校」というテーマについて語ろうとすると、このテーマは様々な要因が複雑に関連しており、またそれをどの立場でどのように語るかで全く内容も変わるので、いきなり「不登校とはこういうものである」という風にまず全体を抑える書き方をせずに、一つずつ穴を埋めていくようにこのテーマを扱っていくためです。今回はこういう視点で書きましたが、また違う視点や論点で書いてゆき、そして書いたものをまたその後に深く突っ込んでいくという作業を続けていきます。

 基本的には物事を断定したり、決めつけたりするのではなく、なるべく幅広い視点で見ていくことを心がけるようにしています。もちろん様々な推論を立て一定の結論は出ることもありますが、それもまた論議の対象となります。自分の考えや意見というものはありますが、排他的な態度を取らずに、全く異なる考えや意見にも類似点や相違点を見ていき、より発展的な議論をしていきたいと思っています。

 不登校に関しては生まれつきのものが主原因ではなく、周りの環境や社会的な要因が関連しあって、生まれつきの(生得的)もの(性別、体格、性格など)もそれらと互いに影響しあっておこる現象だ、との考えを持っています。他の社会現象(例えば差別や格差等)もそうやって発生するものだとの認識です。従って「不登校」というのは特殊な現象でなく、社会的に見てそれなりの必然性を持った出来事であるという見方を持っています。

 ただ一方、原因が何にしろ傷ついている人に対しては、まず理屈よりもしっかりと寄り添って、その思いをしっかりと聴くということが何よりも重要であると思っています。皆それぞれ違った個性や経験を持っているのだから、社会がどうあれ一人一人のアイデンティティを尊重することは大切です。

 皆がお互いに尊敬の念を持ち、思いやりの気持ちを持った社会であればいいのにという思いはかなり前から持っており、今もそう思っています。しかしそのためには社会の個々の現象がなぜ起こったのかという分析も、同時に行う必要があると感じています。

 何事においても道は険しくてどんなに苦しくても、どこかに必ず希望はあるものだとも信じています。別に大した根拠はありませんし、常に絶望と隣り合わせでありますが。常に謙虚な気持ちを持って、己を奮い立たせて前に進んでいく他はありません。

 最初の記事にも書きましたが今回は、子供が学校に行く意義を感じられなくなった、ではそれはなぜなのか?という問いを、社会状況の変化と歴史的背景をもとに探ってきました。基本的には子供(学生)の側に立って、社会の変化にどういった影響を与えてきたか書いてきており、親やその他の大人たちの意識や心理の変化の考察は今回不十分だったので、それもまた他の機会に考察してみたいと思います。また一人一人の思いや私自身の考え、対策や対処法といったものも今回主軸にはおかなかったので、これもまたおいおいやっていきます。とにかくまだ始めたところなので、書いていてもツッコミどころはたくさんあり、いろいろと検証し、さらに深く考察して付け加えなければいけないと思うところは多々ありましたが、一つ一つ積み上げていきたいと思います。

 今回の連載では、他の不登校関係の文に多く見られるようないわゆるメッセージ性はあまりありませんでしたが、あえて挙げるとすれば…
 
 私や他の多くの人もそうかもしれないが、どうしても絶望したり元気を失っていたりすると、問題の原因を自分自身や周りの近くの人や物に置きがちになる。それもまた一つの見方で、真実の中の一つかもしれないが、今自分の周りで起こっていることは決して自分だけのせいではなくて、社会的なものも大きく関わっていて、同じような考えを持って同じような気持ちで日々過ごしている人も多くいるかもしれないよ。
 
 …みたいなものかもしれません。これは不登校関係者だけではなく、老若男女全ての人に向けたものです。私自身も皆と同じように日々闇の中でもがきながら、何かを探している一人の弱い不器用な人間なのだと思います。

fin
2009/10/22のBlog
[ 20:59 ] [ 市民自治 ]
10月4日に自治の学校が始まりました。

 これは大阪ボランティア協会が主催する講座で、四回に分かれており、今回はその一回目の「民主主義と市民自治」に行ってまいりました。

 今回の講座は前半と後半に分かれている構成で、前半は講師の岡本仁宏さんの講義中心で、後半はテーマごとに小グループに分かれてセッションを行い、それを発表するというものでした。なおこの前半は講義で公判は参加者による話し合いという形式は四回を通じて行われるそうです。

[ 20:16 ] [ 市民自治 ]
前半の講義ではまずそもそも民主主義とは何か、というところから話が始まり、講師が参加者に自分が民主主義者だと思う人に挙手させるという場面もありました。
 
 私は民主主義信奉者ではなく、民主主義にも様々な問題があり、それを批判しながら幅広い視点を持って先を見据えた制度を構築していく必要がある、という考え方をとっていますが、この時は挙手しました。
 なぜなら他の主義や政治システムもその利点と問題を併せ持っており、歴史的にも今は民主主義に変わる有効なもの、代替案がないという点と、皆が自分の頭で考えて、それを表現し、話し合って、制度を変えていくやり方が大きな目で見て、民度や人材の底上げになり、社会の発展につながるという考えを持っているので、まあどちらかといえば民主主義者だろうな、と思い手をあげた次第です。

 そこから「市民」とは何か、という話にうつり、トクブィルTocquevilleの「臣民」と「市民」の話等が出ました。簡単に要約すると、自分のことは自分で決めて、自分と公を切り離さずに、社会の利益を自分の利益のように考えているのが「市民」で、社会に対し帰属意識はなく、改善しようとしないが、何か自分に危機がおきれば国が助けてくれることを期待し、普段は小役人にペコペコし服従しているが、支配されている力が弱まると、法律さえ破るようになるのが「臣民」です。トクビィルはフランス人ですが、当時のフランス人は臣民である、と批判しています。今の日本人は市民でしょうか、臣民でしょうか、それとも第三の民でしょうか。
 
 その後に市民社会の定義の変化に話が移りました。古代においては市民社会は国家と同義語でした。近代において市民社会は社会マイナス国家で経済+αでした。現代においてはさらに社会から国家と経済を引いたものになって、時代と共にスリムになっています。
 
 最後に講義の意義とまとめとしては、やはり「市民」にしろ「民主主義」にしろその言葉をしっかりと使われ方や意味の変化を歴史を学び、知ることが大事だということと、市民や市民社会という言葉を現代において、どういう意味付け発展させていくのかという話になり、後半の市民社会をテーマに各論について話し合うセッションに移ります。

講座の後半へ行く前に民主主義についてつれづれ探求をぜひ見て下さい
[ 19:32 ] [ エッグマンのつれづれ探求 ]
私はいかなる主義やシステムにもその良い点悪い点、強み弱みがあるので、例えば民主主義に関しても、是々非々で考えることが大切である、と「民主主義と市民自治」前半の部分で述べました。今回の講義(或いはこの講座全体)においての大きなテーマの一つは、市民自治をいかに深めるか、ということであり、民主主義を単純に肯定するだけでは不十分であると考え、それに対する批判を過去の賢人たちの言葉を借りながら、つれづれなるままに行ってみます。重要な単語や日本語では少し使われている概念や意味が違う言葉は外来語で表記することもあるかと思いますが、私は長い間日常スペイン語を使っていたこともあって一番慣れ親しんでおり、むしろ哲学や社会学等の学問はほとんどスペイン語で学んできていますので、ほとんどスペイン語で、ときどき英語か原語で表記させてもらうかと思います。この機会にスペイン語に触れていただいて、興味を持っていただければこれ幸いと存じ上げます。

 まず民主主義の批判者の代表格といえばギリシャの哲学者アリストテレスAristótelesです。スペイン語で貴族政治、寡頭政治主義者のことをaristócrataという位なので、一般的にアリストテレスは少数者の優秀な人々に政治を任せるべきだというエリート主義者に分類されているといっても良いでしょう。

 さらに彼の師匠格にあたるプラトンPlatónも政治はもっとも優秀な人々、彼によると、哲学者たちに任せるべきだと言っています。プラトンは人々の階級を三段階にわけ、一番上が哲学者、二番目が戦士、そして一番下がその他の庶民で、なぜ哲学者が一番上なのかというとそれはidea(絶対善)に一番近いからだということです。このideaに近付くためには善い心と体が必要で戦士は体は鍛えているので、後は善い心と知恵があれば哲学者になるチャンスがあります。プラトンは身体はideaに近付こうとする魂(alma)の牢屋であると考え、その魂の妨害者である身体の欲望や感情に支配されているのが一番下の庶民、田吾作、般ピーなのであるとおっしゃっています。

 プラトンは三に分けるのが好きなようで、身体も三つに分け、一番目が頭、二番目が胸、そして三番目が腹です。お解りのようにそれぞれ哲学者、戦士、庶民に該当し、世界のナベアツさんのネタと同じく三が一番アホです。
[ 19:03 ] [ エッグマンのつれづれ探求 ]
プラトンとアリストテレスは基本的に仲は良くないのですが、いわゆる民主主義は最悪のオプションであるという点で意見は一致しています。

 アリストテレスは審議と採決に関する公職に参与する資格のある者が「市民」であると述べ、その集合体が国家であるとしていますが、奴隷等は入っていません。当時のギリシャの感覚から言って原則奴隷、外国人、そして女性も「市民」ではありません。つまり政治に関与するのは資格のある本当の「市民」のみにしろ、という理屈になります。

 プラトンはさらに「自由」に対して危険を感じており、「自由」が高まれば高まる程「隷属」が高まる、と警鐘を鳴らしています。つまり自由が過ぎるとほんのちょっとした抑圧にも耐えられなくなり、法律さえも守らなくなる。なぜ「自由」が「隷属」につながるのか一見すると分かりにくいかもしれませんが、理性(西razón)無き民衆による政治は衆愚政治で、正に感情や欲望に支配されている身体に、善である魂が閉じ込められている人間と同じになる。理性という翼を無くし、魂は身体という牢屋に閉じ込められている、という状態をイメージすれば、ブラトンと共感しやすいかもしれません。

 面白いことにこの愚衆の概念とトクビィルの臣民の概念が瓜二つです。いかにプラトン、アリストテレスが長い間西洋の哲学に与えたか、そして彼らの洞察力と分析力がハンパねーかをあらわしています。

 私個人はプラトンを非常に優れた、そして鋭い人だと思っていますし、考え方は全否定せずに、むしろ賢人である彼の説を適用しながら話を進めたほうがより逆にこれからあるべき民主主義の形が見えてくると思います。

 はっきり言って現代は権力者も含め我々の様な愚衆が大半を占めており、これはいくらプラトンが嘆いても現実なのでどうしようもありません。ではどうすれば衆愚政治を防げるかというと、我々が努力して“哲人”に近付いていくしかないという結論になります。大多数や権威に惑わされず、おのおのが幅広くものを見、しっかりと考え、行動すれば理性を失う可能性は減るでしょう。後プラトンはideaに近付くためには理性の他に愛(西amor)が不可欠であるといっています。日本風に言うと知性や理性の他に思いやりの気持ちも大事やで、という感じでしょう。孔子も仁義礼智という風に思いやりを一番上においていますし、その感覚は日本人は理解しやすいでしょう。思いやりのある社会というやつです。意味は若干違うでしょうが友愛社会って言っている人もいます。

 こうやって考えてみると、理論上はもし皆がちゃんとした理性ある「市民」になればプラトンやアリストテレスの心配したような衆愚政治にはならない、ように見えます。ではそのようになるには、我々はどうしたら良いのか、それはまたつれづれなるままに探求して、述べていきたいと思います。

「民主主義と市民自治」後半へ

自治の学校について最初から読みたい人は
さて後半はいくつかのテーマに分けて、小グループごとにテーブルに別れ話し合いました。

 テーマの中では「民主主義と愛国心」というのにも非常に興味をもち、激しく論じてみたいと思いましたが、やはり初回は自分にとってベタな「教育と市民自治」から始めてみようと思い、テーブルにつきました。

 他のメンバーの方は教育関係やその他の市民活動や仕事をされていて、それらの体験等から様々なお話を聞かして頂きました。私も体験等を交えて、皆と市民教育はどうあるべきか論じました。

 そしてそのセッションの時間の後に各グループから代表を選び、プレゼンテーションをしました。最初私たちのグループからは誰も名乗りあげなかったので、何故か一番年の若い人が出るということとなり、私が(他にもっと若い人が潜んでいたかもしれませんが)手を挙げることになりました。

 私は実は笑いの勉強をしていたことがあり、舞台に出た経験もあるので、そのこともあって真面目にメッセージを伝えるのは当然だが、前にでて発表する限りは笑いをとらねばならない、と自分に変なプレッシャーをかけ、緊張の面持ちのまま発表に臨みました。