2017/12/23のBlog
[ 21:01 ]
[ ぶらり旅日記 ]
最近、月1回ペースでうどん県(香川県)に行っており・・・
行くからには【うどん】は絶対食べなアカンやろ~(>0<)!
というノルマを勝手に設定し(?)、
毎月カワリバンコであっちこっちの名店に通ってます(笑)♪
行くからには【うどん】は絶対食べなアカンやろ~(>0<)!
というノルマを勝手に設定し(?)、
毎月カワリバンコであっちこっちの名店に通ってます(笑)♪
先日・19日は高松にある「麺むすび」さん
(https://tabelog.com/kagawa/A3701/A370101/37004775/)へ。
名物「鶏天おろしうどん」・・・
さぬきうどんと鶏天がえぇ感じに調和ドッキングした、
マコトに美味しいおうどんでございマシタ~(^^)!
ほんと、安くて美味しい香川県のソウルフード、
ブラボ~ヽ(=´▽`=)ノ~☆
[ 20:36 ]
[ よしこちゃんの日常風景 ]
大阪府赤十字血液センターから
「冬場は血が益々足りません~」的な
内容のハガキが届いたので、先日献血しに行きました。
半年前に献血しようとしたのですが、
ヘモグロビン濃度が、12.3しかなく
(女性は12.5以上でないとダメ)、
泣く泣く献血せずに帰りましたが、
今回の事前検査では13.3あり、
余裕で献血出来ましたぁ~(^0^)ルンルン♪
献血中はいつも看護師さんとお話しし、
今回もあれこれお尋ねさせて頂きました。
【輸血】と言えば、急に発生した事故によるケガや
病気で必要になると思いきや、
白血病や再生不良性貧血、各種器官の疾患等により
【定期的】に必要な人が圧倒的多数なんだそうです・・・
それは知りませんでした。
従って、例えば大阪府下では
毎日約1100人分の献血が必要なんだそうです。
定期的に必要だから、輸血が必要な身内の人とかばかりに
頼れないということなんですね。
現在大阪府下では約23万人が年1回以上、
献血をされているそうで、
内3分の2が年1回のみ献血しているようです。
今年は私も1回でした。
この【年1回の人】が例えば全員もう一回増やして2回にすると、
大阪府下の血液不足の心配はほぼ無くなるそうです。
なるほど・・・。
献血をする人を増やすのと同時に、
献血をする回数を一つ増やすというやり方も
アリなんですね☆
女性が400ml献血を出来るのは、
年2回までと決まっているので、
来年以降はもう一回増やすべく、
更に心身の健康に留意して生活したいなと思います。
高校3年生の時(17歳)の時、
学校から奈良市内に遠足に行った際、
その自由時間の最中にたまたま献血カーを見つけ、
友達みんなで献血に初チャレンジしてから23年・・・
累計23回も献血出来る身体を頂き、
両親&ご先祖様に大感謝です(^人^)☆
「冬場は血が益々足りません~」的な
内容のハガキが届いたので、先日献血しに行きました。
半年前に献血しようとしたのですが、
ヘモグロビン濃度が、12.3しかなく
(女性は12.5以上でないとダメ)、
泣く泣く献血せずに帰りましたが、
今回の事前検査では13.3あり、
余裕で献血出来ましたぁ~(^0^)ルンルン♪
献血中はいつも看護師さんとお話しし、
今回もあれこれお尋ねさせて頂きました。
【輸血】と言えば、急に発生した事故によるケガや
病気で必要になると思いきや、
白血病や再生不良性貧血、各種器官の疾患等により
【定期的】に必要な人が圧倒的多数なんだそうです・・・
それは知りませんでした。
従って、例えば大阪府下では
毎日約1100人分の献血が必要なんだそうです。
定期的に必要だから、輸血が必要な身内の人とかばかりに
頼れないということなんですね。
現在大阪府下では約23万人が年1回以上、
献血をされているそうで、
内3分の2が年1回のみ献血しているようです。
今年は私も1回でした。
この【年1回の人】が例えば全員もう一回増やして2回にすると、
大阪府下の血液不足の心配はほぼ無くなるそうです。
なるほど・・・。
献血をする人を増やすのと同時に、
献血をする回数を一つ増やすというやり方も
アリなんですね☆
女性が400ml献血を出来るのは、
年2回までと決まっているので、
来年以降はもう一回増やすべく、
更に心身の健康に留意して生活したいなと思います。
高校3年生の時(17歳)の時、
学校から奈良市内に遠足に行った際、
その自由時間の最中にたまたま献血カーを見つけ、
友達みんなで献血に初チャレンジしてから23年・・・
累計23回も献血出来る身体を頂き、
両親&ご先祖様に大感謝です(^人^)☆
2017/12/17のBlog
[ 15:18 ]
[ よしこちゃんのつぶやき ]
師走のドタバタの合間の小ネタ(?)を一つ。。。
先日、婚活パーティに参加した・・・
私と同じアラフォー独身女子の知人から、
独身男性を喜ばせる「さしすせそ」の
言葉を教えて貰いました。
さ さすがですね~
し 知らなかった~
す すごいですね~
せ センスいいですね~
そ そうなんだ~
ナルホド☆コリャ~独身男性は
“ブタ”の如く?
木に登る勢いで喜びそうですネ~(笑)♪
ところがどっこい、未だ独身のよしこちゃんたちは、
上記の“さしすせそ”は
一切使っていないということにハタと気づく(^^;)★
よしこちゃんたちが使う「さしすせそ」は以下↓
さ サっブ~~~~
し 知ってるワ、それぐらい。
す 救いようないな、コイツ。
せ センス悪~~~~
そ それちゃうやろ、ボケ。
・・・うーん。アラフィフになっても
結婚出来んなコレ(ー0ー;)遠い目★
先日、婚活パーティに参加した・・・
私と同じアラフォー独身女子の知人から、
独身男性を喜ばせる「さしすせそ」の
言葉を教えて貰いました。
さ さすがですね~
し 知らなかった~
す すごいですね~
せ センスいいですね~
そ そうなんだ~
ナルホド☆コリャ~独身男性は
“ブタ”の如く?
木に登る勢いで喜びそうですネ~(笑)♪
ところがどっこい、未だ独身のよしこちゃんたちは、
上記の“さしすせそ”は
一切使っていないということにハタと気づく(^^;)★
よしこちゃんたちが使う「さしすせそ」は以下↓
さ サっブ~~~~
し 知ってるワ、それぐらい。
す 救いようないな、コイツ。
せ センス悪~~~~
そ それちゃうやろ、ボケ。
・・・うーん。アラフィフになっても
結婚出来んなコレ(ー0ー;)遠い目★
2017/12/13のBlog
[ 19:22 ]
[ よしこちゃんのつぶやき ]
日本の国土創世譚を伝える神話の中に
国産みの話しがあります。
イザナギとイザナミの二柱の神が交わることにより、
まず始めに淡路島が誕生したと伝えられております。
八尾の里山から、夕日に美しく照らされた・・・
神秘的な淡路島を観ることが出来ました(ー人ー)☆
日本には「彼岸(ひがん)」というものが
春と秋の二度ありますが、
その時に真西に沈む太陽を礼拝しながら、
遙か彼方にあるとされる極楽浄土
(祖先の魂がいる場所、自分の魂のふるさと)へと
自らの精神が繋がりやすい時間だと考える風習があり、
先祖供養や極楽浄土への憧れをより強く願った・・・
ということをふっと思い出しました。
国産みの話しがあります。
イザナギとイザナミの二柱の神が交わることにより、
まず始めに淡路島が誕生したと伝えられております。
八尾の里山から、夕日に美しく照らされた・・・
神秘的な淡路島を観ることが出来ました(ー人ー)☆
日本には「彼岸(ひがん)」というものが
春と秋の二度ありますが、
その時に真西に沈む太陽を礼拝しながら、
遙か彼方にあるとされる極楽浄土
(祖先の魂がいる場所、自分の魂のふるさと)へと
自らの精神が繋がりやすい時間だと考える風習があり、
先祖供養や極楽浄土への憧れをより強く願った・・・
ということをふっと思い出しました。
[ 12:58 ]
[ ぶらり旅日記 ]
田原坂西南戦争資料館に何故
藤原紀香さんのサイン&写真があるか謎でしたが、
帰宅後ちゃんと調べますとそういうことなんだそうです。
「人間を救うのは、人間だ」
という日本赤十字社のキャッチフレーズ、素敵ですよね。
日本古来の神仏系の信仰実践を
コツコツやっている身でございますが、
結局のところ、
手足のある人間がどのような想いで持って動くか?
によって一人の人間も救えるし、
地球も救えるのだと認識しております。
その清く正しく美しい・・・
救いの行いを絶対的にサポートして下さるのが
所謂神仏という目に見えない存在であり、
病気や苦しい境遇とかも結局、
神仏系の【おかげさまの力】をお借りしつつ、
自分自身の力で正して行くのだと感じております。
従って私は神仏というものに依存する・すがる気持ちはありません。
人生は基本的に人間による【自力本願】であり、
そこに神仏系の【他力本願】がその
各種信仰度合いによって力を貸してゆくものだと感じております。
その他力本願のおかげさまの力を、
自分自身がより高くより深めるために、
我々行者は信仰の道を歩み続けるのだと思っています。
・・・日赤=献血しかイメージありませんでしたが(恥)、
その発心の想い~博愛精神~に
深い感銘を受けました(ー人ー)☆
2017/12/12のBlog
[ 16:18 ]
[ ぶらり旅日記 ]
今のこの国の世界のどこかで自然災害や戦災で
苦しみ続けている人たちに心より添え
続けられるような私でありたいです。
https://withnews.jp/article/f0160418003qq000000000000000W00810401qq000013302A
[ 15:55 ]
[ ぶらり旅日記 ]
訳あって肥後の国・熊本(市内)に行ってました。
帰りの新幹線まで4時半の時間がありましたので、
その時間を利用し、司馬遼太郎先生の
『街道をゆく~肥薩の道~』を事前に読んだ上で
「田原坂(たばるさか)」界隈に行きました。
ここは今からちょうど140年前・明治10年に起こった
【西南戦争】の激戦地です。
熊本駅からJR鹿児島本線を20分程各駅停車で
北上すると無人の「田原坂駅」があります。
そこから「グーグルマップ」を頼りにアップダウンの道を歩き、
「熊本市 田原坂西南戦争資料館
(https://kumamoto-guide.jp/spots/detail/216)」
に行きました。
この資料館はかなり新しく、司馬先生が旅をした時は、
この近くにある「作田さんという家」に行き、
資料館に展示されているような、
激戦を偲ばせる各遺留品等をご覧になられたようです。
帰りの新幹線まで4時半の時間がありましたので、
その時間を利用し、司馬遼太郎先生の
『街道をゆく~肥薩の道~』を事前に読んだ上で
「田原坂(たばるさか)」界隈に行きました。
ここは今からちょうど140年前・明治10年に起こった
【西南戦争】の激戦地です。
熊本駅からJR鹿児島本線を20分程各駅停車で
北上すると無人の「田原坂駅」があります。
そこから「グーグルマップ」を頼りにアップダウンの道を歩き、
「熊本市 田原坂西南戦争資料館
(https://kumamoto-guide.jp/spots/detail/216)」
に行きました。
この資料館はかなり新しく、司馬先生が旅をした時は、
この近くにある「作田さんという家」に行き、
資料館に展示されているような、
激戦を偲ばせる各遺留品等をご覧になられたようです。
司馬先生が旅をされた時から40年以上経っていますが、
この現象界の風景は違っていても、
本から漂って来る【空気】というものは今も同じであり・・・
田舎道の静寂の中、力強い真冬の北風で
揺さぶられた竹同士が激しくぶち当たる音のその少し奥に、
かつてこの場所で起こっていた、時代の節目に起こった
激しい戦慄の空気のようなものを感じました。
資料館横にある慰霊碑を手を合わせ更に、
「七本柿台場薩軍墓地」へ向けて歩いてますと、
地元のおじさんが「どこ行くの?乗せてってあげるよ」と
ありがたいお言葉をかけて頂き、
四国遍路でこの手の事の要領は掴んでますので、
有り難く自動車に乗せて頂きました。
そのおじさんに
「西郷隆盛は、ここらあたりでは“せごどん”と
言われているんだよ」と教えて下さいました。
その“せごどん”というお言葉に、
西郷隆盛が140年前に【反政府軍の人間】として、
薩摩・城山で自刃したとしても、この地域の人たち・・・
肥薩の方々に愛され続けられ、
この西南戦争で亡くなられた方々を今でも
厚く弔い続けているということが分かり、
来年のNHK大河ドラマ『西郷どん』が
益々楽しみになりました。
司馬先生の『翔ぶが如く』も読まなければなりませんね(笑)♪
「七本官軍墓地」にも行きました。
“仏様”には、薩軍も官軍もありませんからね。
田原坂駅に戻り、
また普通電車に揺られ熊本駅に向かいました。
車内は太陽とエアコンのおかげで
ほっこり&ゆったりした平和な時間が流れ、
車窓を眺めながら、うとうと・・・と至福の時間でした。
熊本駅は現在大規模改良工事中で、
複雑な形になっています。
古いホームの片隅に立ち食いそば屋さんがあり、
新幹線出発まで30分の間の、遅い昼食にピッタリでした。
肥後弁満載のおばちゃんに、きつねうどん(470円)を注文。
うどんが出て来て、すすって食べていると、
外国(バックパッカー的白人)のお兄ちゃんがやって来て、
カタコトの日本語で何かを注文したがってて・・・
おばちゃんは奥から写真つき&手書きの英語の
メニューを持って来て、問題がすぐ解決すると思いきや、
「これ(かまぼこ)とこれ(ワカメ)は要らない」
「タマゴは入れて」など、ややこしい注文をしはじめ・・・
カタコトの肥後弁と英語が飛び交って
全く意味不明なやりとりが、肥後の漫才を見てるようで、
めちゃくちゃ楽しかったです。
クスクスとコッソリ笑いつつ「ああ、なんと平和やねんやろう~」
きっと田原坂という幕末の狭間で
散って行った我らの先祖たちも、
今の日本を見れば、
少しは安心して下さるのだろう・・・と感じました。
多くの屍・命の蓄積の一番上層部に、
今を生きる私たちが存在していることに感謝の念を忘れず、
弔い続けて参りたいなと思います。
司馬先生曰く・・・
「この旅(「街道をゆく」シリーズ)は、
多少りくつっぽくいえば、
筆者自身が空間を移動することによって、
その空間のなかに籠められている
時間というもののカタチやら累積のグアイやらを
感じる楽しみのためにはじめた。(原文通りに転載)」
とのことです。
私も全くそのような種類・次元の旅が好きで、
深い感動や想念を引き起こさない
浅い物見遊山&消費活動に重きを置いた旅には
関心がありません。
今後も私らしく、人生における
【街道をゆく旅】を謳歌したいなと思います(^人^)☆
2017/12/08のBlog
[ 20:44 ]
[ よしこちゃんのつぶやき ]
来年2月、久しぶりに東北方面へ旅することになり、
旅先関連のことが掲載されている、
司馬遼太郎先生の『街道をゆく』を
片っ端から読んで、旅の予習をしています。
そして急遽この週末、
肥後の国・熊本に行くことにもなりましたので、
慌ててアマゾンで『街道をゆく ~肥薩のみち~』をゲット!
寝る前の一時、せっせと楽しく読み進めてます。
んまーこれがまたオモシロイっ(^0^)☆
司馬先生の『街道をゆく』は
「週刊朝日」の連載として1971年に始まり、
司馬さんが亡くなる1996年まで、
25年にわたり続きました。
書籍にして全43巻を数える大紀行となっています。
正に現代版・つれづれ日記という感じです。
いつか全巻揃える&読破すべくガンバッテます(笑)。
にしましても、そのつれづれの一つ一つの
先生の観方が結構鋭くて奥深く、、、
改めて日本という国の歴史【過去】のかたちが観得て来・・・
「温故知新状態」で、めちゃくちゃ勉強になります。
司馬先生が亡くなられて20年以上も経つのに、
未だ新しい鮮烈な光を放っています。
きっと物事の根本・本質を貫いておられるからなんでしょうね。。。
明治維新ですらちょうど150年前の昔ですが、
明治日本人・・・そのまた過去の江戸日本人の
物事の考え方&価値観、生活習慣が未だ
無意識&有意識的に現代を生きる我々に、
大なり小なり影響を与え続けている・・・
ということには非常に目からウロコであり、
起承転結が一貫した絶対的真実であると感じています。
ほんと、物事は「今」という「点」だけではなく、
「過去から観る現在」、「先祖から観る子孫」などなど、
一本の線や一つの面という大局観で持って観なければならないと、
司馬先生は今でも静かにお教えくださっております(ー人ー)☆
歴史小説家という立場から、また
「日本とは?日本人とは何か?」そのあるがままのかたちを
探求し続けられて来られた、所謂【司馬史観】に
どっぷりハマっている今日この頃で、
司馬先生のその足跡や史観を頼りに、
私なりの日本人像というものを探求しながら、
自分がいち日本人として何者であるのか?
そして今生の人生において何を成してゆくべきなのか?
自らのDNA【過去】に深く問い続け、
そこから導き出した答えの通り愚直に
歩んで参りたいと考えています(^^)♪
とりあえず熊本城は今年2月に既に行ったので、
あとは肥後藩の原型を創った加藤清正公関連の場所と、
西南戦争の古戦場には絶対に行かなければ~(>0<)きゃっは♪
旅先関連のことが掲載されている、
司馬遼太郎先生の『街道をゆく』を
片っ端から読んで、旅の予習をしています。
そして急遽この週末、
肥後の国・熊本に行くことにもなりましたので、
慌ててアマゾンで『街道をゆく ~肥薩のみち~』をゲット!
寝る前の一時、せっせと楽しく読み進めてます。
んまーこれがまたオモシロイっ(^0^)☆
司馬先生の『街道をゆく』は
「週刊朝日」の連載として1971年に始まり、
司馬さんが亡くなる1996年まで、
25年にわたり続きました。
書籍にして全43巻を数える大紀行となっています。
正に現代版・つれづれ日記という感じです。
いつか全巻揃える&読破すべくガンバッテます(笑)。
にしましても、そのつれづれの一つ一つの
先生の観方が結構鋭くて奥深く、、、
改めて日本という国の歴史【過去】のかたちが観得て来・・・
「温故知新状態」で、めちゃくちゃ勉強になります。
司馬先生が亡くなられて20年以上も経つのに、
未だ新しい鮮烈な光を放っています。
きっと物事の根本・本質を貫いておられるからなんでしょうね。。。
明治維新ですらちょうど150年前の昔ですが、
明治日本人・・・そのまた過去の江戸日本人の
物事の考え方&価値観、生活習慣が未だ
無意識&有意識的に現代を生きる我々に、
大なり小なり影響を与え続けている・・・
ということには非常に目からウロコであり、
起承転結が一貫した絶対的真実であると感じています。
ほんと、物事は「今」という「点」だけではなく、
「過去から観る現在」、「先祖から観る子孫」などなど、
一本の線や一つの面という大局観で持って観なければならないと、
司馬先生は今でも静かにお教えくださっております(ー人ー)☆
歴史小説家という立場から、また
「日本とは?日本人とは何か?」そのあるがままのかたちを
探求し続けられて来られた、所謂【司馬史観】に
どっぷりハマっている今日この頃で、
司馬先生のその足跡や史観を頼りに、
私なりの日本人像というものを探求しながら、
自分がいち日本人として何者であるのか?
そして今生の人生において何を成してゆくべきなのか?
自らのDNA【過去】に深く問い続け、
そこから導き出した答えの通り愚直に
歩んで参りたいと考えています(^^)♪
とりあえず熊本城は今年2月に既に行ったので、
あとは肥後藩の原型を創った加藤清正公関連の場所と、
西南戦争の古戦場には絶対に行かなければ~(>0<)きゃっは♪
2017/12/03のBlog
[ 20:08 ]
[ よしこちゃんのつぶやき ]
月末月初。お仕事しつつ、
岐阜や島根などいろいろと動いております。
いよいよ【師走モード】へと突入し、
かなりドタバタしてきて、
ミスしないか?かなり気を使っている
今日この頃でゴザイマス(^^;)★
そんなドタバタの間にあっても、
八尾の里山にあるマイ畑にて、
水やりなどのメンテナンスをゆっくりしています。
自分のすべきことや抜けていることが無いか?
確認をしたり(=足元の確認)、
先のことも考え先手先手で善処出来るように、
あれこれと戦略戦術を練り改善を重ねております。
私にとって畑作業は、善き【間 ま】の時間です♪
岐阜や島根などいろいろと動いております。
いよいよ【師走モード】へと突入し、
かなりドタバタしてきて、
ミスしないか?かなり気を使っている
今日この頃でゴザイマス(^^;)★
そんなドタバタの間にあっても、
八尾の里山にあるマイ畑にて、
水やりなどのメンテナンスをゆっくりしています。
自分のすべきことや抜けていることが無いか?
確認をしたり(=足元の確認)、
先のことも考え先手先手で善処出来るように、
あれこれと戦略戦術を練り改善を重ねております。
私にとって畑作業は、善き【間 ま】の時間です♪
私たちのことを「(動物的)ヒト」ではなく
「(社会的な)人間」と表記しますが、
ヒトは「間 ま・あいだ」というものを持って始めて、
「人間」なんだと感じています。
また、ただ単に「間」を持つだけではなく、
善い間を持つべきだと思っています。
間とは、「あいだ」関係というか、
隙間や余白といった部分でしょうか。
こんな感じで、ちょっとした休憩時間と言いますか、
ちょっと立ち止まって熟慮する時間も、
物事(人生)をより的確に進めて行くには
必要不可欠な時間だと認識しております。
・・・動物的本能(各種過去の悪想念)から
発心される恐れや恐怖という感情
【悪想念】がベースとなっている、
自我並びにその自我が生み出した我欲
(自己中心的な貪る心)に心が囚われて&
肉体が蝕まれて穢れ、
物事の全体や根本(真理真実)が
的確に観得ていないヒトは蟻地獄に堕ちて逝きます。
的確に観得、その通りに実践実行し幸せに
なっていくスピードも、
観得てなくて堕ちて逝くスピードも
どんどん早くなっています。
早く前に進みたい・成功を得たいと念じるのは、
古今東西、人間の悲しい性ではありますが、
自分の想いにこだわるところ(アクセル)と、
素直に他者のアドバイスを聴いて
反省懺悔改善するところ(ブレーキ)を
踏み間違えることのないように、
この師走におかれましても、
「人生のドライブ」を事故ることなく、
快適にエンジョイして頂ければと
願っております。。。(ー人ー)☆
2017/11/25のBlog
[ 13:12 ]
[ よしこちゃんのつぶやき ]
人生の真の“いきかた”とは・・・
自らの肉体的生命の根本・魂の中にある、
いろいろな【種(因)】~無限の可能性~を、
日々の生活の中で鍛錬しておりますと、
「幸せになりたい」という念願に温められて芽を出し、
更なる日々の鍛錬によって培われ伸びてゆき、
やがて開花・成就してゆくものだと感じています。
結局のところ、我々大人の場合は、
幸せとは、自分の心の中の種に在り、
それをいかに自分の力(自力本願)を中心としながらも
他者の【おかげさまの力・他力本願】をお借りしながら、
育てて、結実成就させて行くか?に
あるように感じています。
自らの肉体的生命の根本・魂の中にある、
いろいろな【種(因)】~無限の可能性~を、
日々の生活の中で鍛錬しておりますと、
「幸せになりたい」という念願に温められて芽を出し、
更なる日々の鍛錬によって培われ伸びてゆき、
やがて開花・成就してゆくものだと感じています。
結局のところ、我々大人の場合は、
幸せとは、自分の心の中の種に在り、
それをいかに自分の力(自力本願)を中心としながらも
他者の【おかげさまの力・他力本願】をお借りしながら、
育てて、結実成就させて行くか?に
あるように感じています。
[ 13:07 ]
[ よしこちゃんのつぶやき ]
先日、険しい山道(熊野古道)を歩いている時、
同世代おにいさんが私の前を歩いていました。
上りは、そのおにいさんの方が早かったのですが、
下りになると、おにいさんの方が遅く、
私が追い抜いて、おにいさんの前を歩いていました。
どうやらそのおにいさん、下り道で膝を痛め、
それで下りが遅かったようです。
日頃肉体を強く鍛えてはいても、
膝を始め、肉体の「弾力性」・・・柔らかさも日頃から
得ておかなければならないと、
そのおにいさんの鍛錬の方法を観て感じました。
やはり険しい山登りも人生全体も強さだけではなく、
自他に打ち勝つ強さとしやなかさ、
「ありのまま」を素直に、受け入れる力両方必要やなぁ・・・
と感じた出会いとなりました。
同世代おにいさんが私の前を歩いていました。
上りは、そのおにいさんの方が早かったのですが、
下りになると、おにいさんの方が遅く、
私が追い抜いて、おにいさんの前を歩いていました。
どうやらそのおにいさん、下り道で膝を痛め、
それで下りが遅かったようです。
日頃肉体を強く鍛えてはいても、
膝を始め、肉体の「弾力性」・・・柔らかさも日頃から
得ておかなければならないと、
そのおにいさんの鍛錬の方法を観て感じました。
やはり険しい山登りも人生全体も強さだけではなく、
自他に打ち勝つ強さとしやなかさ、
「ありのまま」を素直に、受け入れる力両方必要やなぁ・・・
と感じた出会いとなりました。
[ 13:06 ]
[ よしこちゃんのつぶやき ]
「景気」というものは、
「気」「心持ち」「感情」ものがベースにあり、
その根本を動かしている。
例え善き理論や戦略・戦術が在っても、
それは机上の空論に過ぎず、その通りには行かない。
人間は、無意識・有意識的に、
頭で動くのではなく、心の中にある感情で動く動物である。
従って、経済&政治的理論に基づけば、
消費税を10%に引き上げれば、
更に国自体が良くなるというのが正しいと思ってはいるが、
消費税を10%に引き上げるとなれば、
この国の国民の多くの感情がマイナスの方に動き、
ますます倹約・お金を使わないように動いてしまい、
景気回復が鈍る・景気が悪化していきます。
従いまして、政治家も経営者も・・・
人の上に立つ・人を導く立場や役割に在る人は、
頭で考える理論や政策に加えて、
人間の感情をもっと深く、正確に知り、
それを踏まえた・それに基づいた経営をすべきであると
感じています。
「気」「心持ち」「感情」ものがベースにあり、
その根本を動かしている。
例え善き理論や戦略・戦術が在っても、
それは机上の空論に過ぎず、その通りには行かない。
人間は、無意識・有意識的に、
頭で動くのではなく、心の中にある感情で動く動物である。
従って、経済&政治的理論に基づけば、
消費税を10%に引き上げれば、
更に国自体が良くなるというのが正しいと思ってはいるが、
消費税を10%に引き上げるとなれば、
この国の国民の多くの感情がマイナスの方に動き、
ますます倹約・お金を使わないように動いてしまい、
景気回復が鈍る・景気が悪化していきます。
従いまして、政治家も経営者も・・・
人の上に立つ・人を導く立場や役割に在る人は、
頭で考える理論や政策に加えて、
人間の感情をもっと深く、正確に知り、
それを踏まえた・それに基づいた経営をすべきであると
感じています。
2017/11/24のBlog
[ 20:31 ]
[ ぶらり旅日記 ]
今月も「四国3Sネットワーク」の事務局担当としまして、
四国・高松に行っておりました。
高松駅にてお土産屋さんに入ると
「年明けうどん」という、
今まで聞いたことのない日本語&商品が
デカデカと並んでいました。
ははーん。ナ・ル・ホ・ド~☆ オモロイ!!!
大晦日の夜に食べる「年越しそば」に対抗(?)して、
「年明けうどん」。
白いうどんにまみれて、“紅白”をイメージさせる
ピンク色のうどんも紛れ込ませているようです(笑)。
さすが、うどんの本場・讃岐人が
考えることですねぇ~(>0<)アッパレ!
こんな感じで、日々あっちこっち行っておりますと、
いろんな新しい・面白い・いいアイデア・深い気づき、
そして感動的な出会いがたくさんあり・・・
だからあっちこっち行くことがやめられません~(^0^)きゃっは♪
四国・高松に行っておりました。
高松駅にてお土産屋さんに入ると
「年明けうどん」という、
今まで聞いたことのない日本語&商品が
デカデカと並んでいました。
ははーん。ナ・ル・ホ・ド~☆ オモロイ!!!
大晦日の夜に食べる「年越しそば」に対抗(?)して、
「年明けうどん」。
白いうどんにまみれて、“紅白”をイメージさせる
ピンク色のうどんも紛れ込ませているようです(笑)。
さすが、うどんの本場・讃岐人が
考えることですねぇ~(>0<)アッパレ!
こんな感じで、日々あっちこっち行っておりますと、
いろんな新しい・面白い・いいアイデア・深い気づき、
そして感動的な出会いがたくさんあり・・・
だからあっちこっち行くことがやめられません~(^0^)きゃっは♪
2017/11/19のBlog
[ 21:43 ]
[ よしこちゃんの日常風景 ]
熊野古道から無事生還した後、
愛知に京都の山奥に・・・
来週は四国へと最近ますます
ぶっ飛び状態でございますが(笑)、
そんな中でも【時期・時機】を
外してはならないワ (>0<)と、
マイ畑に行き、せっせとタマネギ苗を植え・・・
更に畝の幅と高さを揃える作業を
し終えました(ほっ)。
愛知に京都の山奥に・・・
来週は四国へと最近ますます
ぶっ飛び状態でございますが(笑)、
そんな中でも【時期・時機】を
外してはならないワ (>0<)と、
マイ畑に行き、せっせとタマネギ苗を植え・・・
更に畝の幅と高さを揃える作業を
し終えました(ほっ)。
私にとって畑は、リフレッシュや癒し、
運動、健康促進の機会にもなっており・・・
加えて「精神的道場」のようなものですので、
ただ単に作物を植えて育てるだけではなく、
畝も広く高く、そして美しく真っ直ぐ整えて
(自然との絶対的調和即ち「美の追求」芸術の域?)、
作物も豊作になるように、作物や天気、
【時期】と相談しながらする作業を通して、
自身の心身を鍛え、また調律し、高めて行ってます。
2017/11/13のBlog
[ 20:26 ]
[ ぶらり旅日記 ]
おかげさまで無事娑婆・大阪に帰って参りました。
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路と
熊野古道二つを巡礼し終わり・・・
熊野古道が二つ目に終わった人には、
「共通巡礼達成大太鼓の儀」として、
熊野本宮大社拝殿横にある太鼓を叩かせて頂けます♪
(二つの道の巡礼者詳細→
http://www.tb-kumano.jp/kumanokodo/dualpilgrim/)
さすがにゴール直後・昨日夕方はフラフラでしたので、
お宿でゆっくり休み身体の健康を取り戻した翌朝、
改めて熊野本宮大社に伺いし、神職の方に案内されて、
その太鼓を叩かせて頂きました。。。
嗚呼、感無量(T0T)☆
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路と
熊野古道二つを巡礼し終わり・・・
熊野古道が二つ目に終わった人には、
「共通巡礼達成大太鼓の儀」として、
熊野本宮大社拝殿横にある太鼓を叩かせて頂けます♪
(二つの道の巡礼者詳細→
http://www.tb-kumano.jp/kumanokodo/dualpilgrim/)
さすがにゴール直後・昨日夕方はフラフラでしたので、
お宿でゆっくり休み身体の健康を取り戻した翌朝、
改めて熊野本宮大社に伺いし、神職の方に案内されて、
その太鼓を叩かせて頂きました。。。
嗚呼、感無量(T0T)☆
コンポステーラと熊野の神様に改めて御礼申し上げ、
そして「自らに課された二つの巡礼が貫徹、
無事終えることが出来た」と、
自らの巡礼修業人生に“一区切り”を
つけることが出来ました。
その後、元々熊野本宮大社があった場所
【大斎原】をゆっくり散策しに行きました。
こちらにはあまり観光客がおらず、
現在の場所とはまた違う清々しさと
重厚な感じがいたしました。
雄大で太陽に照らされ神々しい
熊野川の流れに自らの人生を重ね、
これからもまだまだ多くの歴史の糸を
紡いでゆく私の希望あふれる人生を
確信いたしました。
最後、大斎原の大鳥居を出ますと、
西の空から八咫烏(やたがらす)のような・・・
大きな野鳥が飛んで来て、
東に去ると思いきや、
大鳥居上空を優雅にくるくると旋回し始め・・・
その野鳥は所謂“神の使者”で、
私を見送りながら【何か】を語りかけてきました(笑)♪
熊野本宮大社から紀伊田辺駅へ向かう、
丸2時間の路線バスは、
かなりの区間私一人しか乗客がおらず・・・
美しい中辺路の風景を見ながら
ゆっくりバスに揺られつつ、
今回の旅のこととかぼんやり考えてますと、
何だか万感の想いでウルウル来ました・・・
正に「赤心」。
この世に生まれ、今を“生かされている”人生の歓喜。
この世は愛で満ち溢れている。
それを知らずは己のみだったことを知りました。
2017/11/12のBlog
[ 16:30 ]
[ ぶらり旅日記 ]
11月12日(日)。
昨日に引き続き、せっせと熊野古道を歩き夕方、
ゴールである「熊野本宮大社」に
到着いたしましたぁ~(^0^)☆
とにもかくにも、今日も山道がエラく
めちゃくちゃ疲れました(ーー;)。
今は大社近くのお宿でノビております。。。凹。
普段運動しない&四十路女子にはキツ過ぎましたが、
巡礼遍路女子の『意地』で
歩き切りましたワ~(>0<)にゃっは★
昨日に引き続き、せっせと熊野古道を歩き夕方、
ゴールである「熊野本宮大社」に
到着いたしましたぁ~(^0^)☆
とにもかくにも、今日も山道がエラく
めちゃくちゃ疲れました(ーー;)。
今は大社近くのお宿でノビております。。。凹。
普段運動しない&四十路女子にはキツ過ぎましたが、
巡礼遍路女子の『意地』で
歩き切りましたワ~(>0<)にゃっは★
ゴールした後、大社近くにある「熊野本宮館」に行き、
【二つの道の巡礼者】の達成手続きをし、
和紙で出来た認定証と、
記念ピンバッジを進呈いただき、感無量・・・
40歳の節目の年に【二つの道の巡礼者】になれて、
行者・よしこちゃん、大変光栄に思います。
一生の宝物です。。。(T0T)♪
更に、今年6月の時にお参りした
熊野那智大社と熊野速玉大社の神符に加え今日、
熊野本宮大社の神符
(詳細は公式HP http://www.hongutaisha.jp/)を
ゲットいたしましたので、
これで「熊野三山」の神符一式が手元に揃いましたので、
これら全部を大きな額縁にでも入れて、
生涯大切にしたいと思います。
2017/11/11のBlog
[ 17:40 ]
[ ぶらり旅日記 ]
11月10日(金)。
大阪から和歌山県田辺市に移動。
そこで一泊し、11月11日(土)。
お宿のおじさんに車で送って頂き、
朝9時「滝尻王子」に到着。
ここから完全徒歩での熊野古道の巡礼、スタートです!
今年6月にマイカーにて下見に来ましたが、
やっと本番を迎えることが出来ました(ー人ー)☆
大阪から和歌山県田辺市に移動。
そこで一泊し、11月11日(土)。
お宿のおじさんに車で送って頂き、
朝9時「滝尻王子」に到着。
ここから完全徒歩での熊野古道の巡礼、スタートです!
今年6月にマイカーにて下見に来ましたが、
やっと本番を迎えることが出来ました(ー人ー)☆
[ 16:42 ]
[ ぶらり旅日記 ]
・・・先祖などへ供養的要素や
自らの何らかの願掛け的要素、
そして各種世界を動かそうとする
人力を超えた何か物凄い力を得ようとする感は薄く・・・
一歩一歩淡々と、そして確実に
【よみがえり(黄泉がえり)】の世界へ行く・・・。
自らの何らかの願掛け的要素、
そして各種世界を動かそうとする
人力を超えた何か物凄い力を得ようとする感は薄く・・・
一歩一歩淡々と、そして確実に
【よみがえり(黄泉がえり)】の世界へ行く・・・。
生きながらにして、死者の世界に行き、
そしてまた娑婆(現実の世界)に
帰っていく道という感じがしました。
確か、スペイン・コンポステーラの巡礼路も
聖ヤコブ(キリスト教・カトリック)の力にあやかるべく、
生きながらにして生まれ変わる為ための
道だったかと思います。
また人生とは、自らが選びまた
【選ばれた】道を歩むものかと思います。
日(光)は我々が行く先の闇を差し照らし、
土は我々が歩む道を創造守護し、
水は我々の生命を育み流し、
風は我々に真実を教え、
そして空が全て包括し包み込む宇宙。
2017/11/07のBlog
[ 20:47 ]
[ 遍路修行日記 ]
3日初日は、
65番三角寺から70番本山寺までをお参り。
ほんと、この秋の遍路道も
とっても美しい風景でいっぱいです。
今、ここにお参りさせて頂いているご縁・・・
太陽に照らされて真っ赤な紅葉のように燃え盛るが如く、
今ここに生かされているご縁に感謝を重ねながら、
一歩ずつ確実に、それぞれの【結願】へと
近づいているのが実感出来る旅。。。
ステキです。。。(^^)♪
11月4日、2日目。
香川県の札所・71番弥谷寺から
81番白峯寺までお参りをさせていただきました。
お四国の風景に溶け込んで、
自分がお四国の風や土、、、空になった気分!
私という存在も、この大自然の一部。
御仏に愛されている尊い存在であるということを
改めて実感しました。
11月5日(日)、最終日。
この日も朝から82番根香寺より順打ちにて、
88番大窪寺に到着、おかげさまで予定通り、
結願することが出来ました(-人-)☆
3日間好天に恵まれ、参加者のみなさま、
大満足でお帰りいただき、ありがたかったです。
一人でのお気楽遍路とは違い、参加者のみなさま第一で、
しかも事前作成したスケジュール通りに
お参りをしなければならず、
たとえ準備を万端にしても、実際遂行する段階で、
大小様々な想定外のハプニングが起こって来ますので
その都度、的確に処置を行いみなさんのお参りを
滞りなく予定通り終え・・・
「四国八十八ヶ所霊場会 公認先達」としての
お役目を無事終えることが出来、ほっとしております。
言っときますが、私も参加者同様に
参加費を支払い参加している、
完全ボランティア状態でございます
(最近何とな~く、私の“おシゴト”の一つが
お遍路案内とカンチガイされている
可能性があると感じておりますので・・・笑♪)。
2017/11/02のBlog
[ 19:19 ]
[ ぶらり旅日記 ]
先日、信州旅に行って参りましたが、
最終日・29日(日)午前中、
長野県伊那市高遠町に寄ってから、
大阪に戻って来ました。
その町に「伊那市立高遠町歴史博物館」という場所があり、
その敷地内に【絵島囲み屋敷】という建物があり、
それを見たいがために、
信州上田から寄り道して帰って来ました。
最終日・29日(日)午前中、
長野県伊那市高遠町に寄ってから、
大阪に戻って来ました。
その町に「伊那市立高遠町歴史博物館」という場所があり、
その敷地内に【絵島囲み屋敷】という建物があり、
それを見たいがために、
信州上田から寄り道して帰って来ました。
我が恩師、故・三輪優先生が
オススメの場所だとおっしゃっていたのが3年程前
・・・やっとここに来ることが出来ました(ー人ー)。
この屋敷は絵島
(えじま https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B5%E5%B3%B6)
という江戸時代中期(時は6~7代将軍時代、
8代吉宗が幕府の立て直し「享保の改革」を行う直前)の
江戸城大奥御年寄(奥向の万事を差配する大奥随一の権力者で、
表向の老中に匹敵する役職)です。
絵島の時代大奥は、風紀は乱れ、
権力闘争が吹き荒れる激しい争いの中、
「絵島生島事件」という出来事が発端で、
当時34歳だった絵島は大奥から追い出され、
江戸徳川幕府と親密な関係にあった高遠藩へ流罪となり、
この囲み屋敷で27年間暮らし、
61歳の生涯をこの場で閉じられました。
この高遠で浮世から離れ、この町の風土や人と、
どのような想いで生きておられたのか・・・?
絵島の壮絶且つ過酷な人生の転落から始まる、
絵島の精神的な凄さ・素晴らしさを、
台風による冷たい雨の中一人、あれこれ感じておりました。
その後、絵島が眠る日蓮宗・蓮華寺へ
(絵島は熱心な日蓮宗の信者だったそうです)。
最も高台の右手奥にそのお墓はありました。
そのちょっと離れたところには絵島の供養塔
(絵島を模した像)が建てられていました。