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よしこちゃんの部屋
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2016/05/21のBlog
[ 20:24 ] [ ぶらり旅日記 ]
今日・21日夕方。東京から新大阪駅に着きますと、

1つ向こうのホームに「ドクターイエロー」が停まっていて、

みなさんバチバチ☆写真撮影されていたので、

私もバッチリ☆撮影させて頂きました(笑)。



映像では何回か見たことありますが、

ナマで見たのは始めてで、

【鉄子】バリにカナリ興奮しましたぁ~(^0^爆)!!!



この“ドクターイエロー”目撃すると幸せになれるという

“都市伝説”まであるそうです(笑)。

この幸せをみなさまにも

おすそ分けさせていただきま~すっ(^人^)☆



そんなかんだで、旅の最後にドクターイエローまで見れて、

とっても充実した東京旅となりました。

ありがとうございました。




【ドクターイエローとは】

新幹線区間において、線路のゆがみ具合や架線の状態、

信号電流の状況などを検測しながら走行し、

新幹線の軌道・電気設備・信号設備を

検査するための事業用車両の愛称である。

(参考HP http://tetsudo-shimbun.com/article/trivia/entry-129.html


日々四国遍路をしておりますと、

最近ヨーロッパ系の方が多くなったと感じています。

しかも殆どが歩き遍路です(一部、自転車&自動車遍路)。



2番・極楽寺のご住職曰く

「とりわけスペイン人が多い」とのことです。

その理由はどうやら、

スペインにも四国遍路と似たような修行の道があると聞き、

ずっと気になっていました。



以前BS番組でこの巡礼の道が紹介されていて・・・

更に日本語でのその巡礼路の紹介HP(下記)を見つけて、

今日・21日に東京で概要をさらっと教えて下さる

セミナーがあるということで参加してから、

大阪に戻って来ました。



サンティアゴ・デ・コンポステーラはエルサレム、

ローマに並ぶキリスト教の3大巡礼地の一つだそうです。

キリストの弟子である「聖ヤコブ」のお墓がそこにあり、

巡礼者はそこに向かって徒歩・自転車などで向かいます。



以前見たBSの番組を見て感じたことは、

古今東西、人間が求めるものや本質は変わらない・・・

ということです。



国や民族、場所は違っても、

真(まこと)の道を前に向いてちゃんと歩んでおりますと、

得られるもの・捨てられるものは同じのように感じました。

それにクリスチャンでなくても(どんな宗教を信じていても)

誰でも巡礼が出来、最後「巡礼証明書」等が

貰えるということです。



一方、四国遍路とスペイン巡礼と大きく違うところは、

巡礼は片道の修行(自分の家や自分がスタートと決めた地点から、

ゴールであるサンティアゴ・デ・コンポステーラに行ったら終わり)で、

四国遍路は、自分がスタートと決めたお寺から、

88ヵ所のお寺全部回ったら終わり・・・ではなく、

自分が「終わり」と決めるまで、

何周もぐるぐると周り続けるということです。



同じ道をぐるぐる周り続けるのは、

一見非効率で無意味な感じがいたしますが、

人間死ぬまで修行(成長)・・・

日本人の【道~DOU~の精神】に即しております。

(だから、お四国参りは「四国巡礼」とは言いません「遍路」です)



あと細かい違いは、四国遍路の場合は、

通過(チェック)ポイント「88ヵ所のお寺」と決まっていますが、

スペイン巡礼はざっくりとしか決まっていないということです。



四国遍路では「納経(ご朱印)帳」を持ちますが、

スペイン巡礼ではスタンプ帳のようなクレデンシャル(巡礼手帳)を持ち、

徒歩巡礼の場合は、ゴール手前の100キロから、

自転車などの乗り物の場合は200キロ前から、宿泊施設やお店など、

巡礼道沿いのいろんなところに置いてあるスタンプを

1日2個以上押してもらう必要があるとのことです。



なお、巡礼用の服装はスペイン巡礼では特に決まっていませんが、

ホタテ貝に十字架のような赤いマークをつけたものを

見えるところにぶら下げておくと、

周りの人たちは「この人は巡礼者やな」と

一目で分かるようになっているそうです。



四国遍路で言う「遍路宿(泊まるところ)」も、

結構安価なところが充実しているそうで、

地元のボランティアの方々があらゆるサポートを

巡礼者のためにされているとのことです。



この巡礼路のうち、スペイン国内の道は、

1993年に「サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」として

ユネスコの世界遺産に登録されています。



私も今世、生きている間に一度、

スペイン巡礼に行ってみたいのですが、

行き帰りだけで3日かかり・・・

体力や言葉、食べ物等の心配もあり・・・(^^;)、

ここしばらくはお四国参りを極めたいなと

思っています(^人^)☆



【NPO法人日本カミーノ・デ・サンティアゴ友の会 公式HP】

http://camino-de-santiago.jp/



2016/05/20のBlog
東京に来たついでに、東京在住の妹と一緒に、

埼玉・秩父に行きました。

そこに「秩父観音霊場」があるということでしたので、

その情報収集&視察のために、

まずは駅近くにあるお寺さんに行ってみました。



すると、お四国参りのスタイルでお参りをされていた

マイカー遍路のおじさんとすれ違いましたが、

その他のお参りする人は見かけませんでしたし、

お寺に人影がなく、また手入れもちょっと行き届いてなく・・・

お参りのご朱印を頂くために、納経所にある押しボタンを押すと、

普通の主婦のエプロンの格好をしたオバチャンがやって来て、

なんやかんやされていました(笑)。



豆知識として、「秩父観音霊場」は34ヵ所の札所があり、

西国33ヵ所・坂東33ヵ所と足して

合計100ヵ所になるということのようです。

(その100ヵ所のでワンセットという感じ・・・

「セット販売」? 提携されているようです・笑)



「秩父観音霊場」は全長100キロ程のことですので、

歩きでも4~5日で全部お参りが出来そうでした。



観音様にご縁ある方は、

一度行かれてみるのはいいかと思いましたが、

個人的感想として、その霊場の道に対しては、

「ピン」と来るものはありませんでした(笑)。



折角、先人たちの徳によって「観音霊場」がある

にもかかわらず、片手間でやっていたら、

ご利益も半減しますよね☆



ま、一番大切なのは、

その霊場にご縁のある信仰者ご本人の

心のあり方かと思われますが。。。



で、休憩がてらにそのお寺の側にあった

「千茶古(ちゃこ)http://www.coffee-chaco.jp/

という喫茶店に入り、

そこのオープンカフェでまったりした

時間を過ごさせていただきました。



せっかくこの娑婆に生まれて来たにも関わらず、

いつも焦ったり憂え嘆いたり、失望や絶望したり、

自分の財布や銀行口座の中を

いつも気にして不安に苛まれたり、

お金をケチりまくったり・・・

そんなギスギスした時間(人生)過ごしているばかりでは、

人生において「片手落ち」という感じがいたします。



人生の「歓喜」や「彩り」というものを

感じられる時間や場所とは、

このような空間・時間なんやなぁ。。。と

感覚で掴みました。


千茶古のオーナーさんに見習った、

人生を歩みたいと感じました(^人^)☆



で、そこから2キロ歩いたところにある、

武甲温泉(http://www.buko-onsen.co.jp/

にゆっくりつかって、東京に戻りました。



日頃行かない場所に行くと、行ったなりに、

いろいろいい出合い・気づきがあります(^^)♪


2016/05/18のBlog
[ 15:31 ] [ ぶらり旅日記 ]
訳あって、東京に向かっています。

富士山が綺麗に見えました・・・弥栄(ー人ー)☆



今回の上京も、いろいろな出合い・

気づきを頂きます。。。(^人^)♪



にしましても、

新大阪駅でバッタリ☆

千里中央倫理法人会の加賀さんと

お会い出来したのは仰天いたしましたぁ~(>0<)!



自分自身の人生、

それなりに&ボチボチとでもやっておりますと、

必要な時に必要なご縁が与えられるんやなぁ。。。

ということを改めて実感した、出来事となりました。


2016/05/15のBlog
[ 09:43 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
去る4月24日(日)山口県にて開催されました、

一般財団法人 賢人塾(http://kenjinjuku.jp/)の

田端俊久氏(中村文昭さんの“伝説の師匠”で有名)

の講演会「今、日本が知っておかなければならない事」

を聴きに行って参りました。



マスコミには流れない、また日本政府

(日本国家体制の中枢を担う政治家などの権力者)が

ある意図を持って隠している、

被災地で起こっている真実を、時に涙ながらに熱く語って下さいました。



正しいこと【真実】を知らなければ、

正しい判断、そして正しい行動は出来ません。

これは国家経営だけではなく、会社経営、

人生全般においても同じあります。

今は情報過多にまみれて「まがい物(偽物・虚実)」が多過ぎます。



本当に良い機会を与えてくださいました。

これからが我が国・日本の本格的な国難の始まりです。

私自身、ド真剣にいろいろ考えさせて頂き、

あれこれと行動することを決めた次第です。



この講演の動画データが主催者よりアップされましたので、

みなさまにシェアさせていただきます。



今回の熊本地震の被災地・阿蘇を中心に活動をされておられる

田端代表の渾身の講演となっております。

2時間程ありますが、是非ともご覧ください(ー人ー)↓



https://www.youtube.com/watch?v=QIT97z-Jvqo&feature=youtu.be

(※8つの動画データに分かれてアップされております。

右側の関連動画から順番にご覧下さい)




[ 09:26 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
地球には、宇宙から与えられた

【自転】と【公転】という二つの回転

(流れ・サイクル)があります。

私たち人間にも、同じような

【二つのサイクル】があるように感じています。。。



一つは地球で言う自転・・・

【自分自身の人生のサイクル】。

別の名前で言うと個人的な人生における「苦難・試練」。

仏教的に言うと「自らに課せられた行・修業」。



一方「公転」は、人間個人(私)を越えた【公のサイクル】。

所謂「国難」や「地球みんなが関わる・共有する苦難や試練」。



公は「私の集合体」であり、私(個人個人)の意志や想い、

そして采配を越えたところで起こるものであります。

地球的規模で起こる自然災害や、

国境を越えたテロがこれに当てはまるかと思われます。



一方、地球内部には「風」という流れ・サイクルがあります。

別名「気」と言います。

貿易風や偏西風、気流・・・いろんな流れ・サイクルがあります。

これを人間に例えるならば、地球は私たち人間の【心】そのものであり、

人間の想念(感情、心の中での葛藤)が地球という心の中で

ゴロゴロと風のように流れているようなものであります。

この想念(心のあり方や方向性)がどのような状態かによって、

自分自身の個人的な苦難や公の苦難の捉え方や、

対処の方向が変わって来るかと思われます。



例えば、全く同じ生活的条件を持ち、

全く同じ大苦難に遭った人が2人いたとします。

片一方は前向き&プラス思考、そして自らに対しての

反省懺悔が心の中心にある人、

もう一方は、後ろ向き&マイナス思考、

そして全てを他人や外部環境のせいにして

反省懺悔をしない心を持つ人だった場合、

前者の方が、大苦難に遭う前の状態に心身のレベルを戻すスピードも早いし、

大苦難に遭う前よりも心身のレベルを高め深められるスピードも早いです。



このような感じで、私たち人間は、この地球上で生きていること自体が「動」であり、

この大宇宙の流れ(サイクル)に乗っかっていて、

自分自身の意志・想念とは関係ない部分でも

試練や苦難を与えられるということです。

【私や公からの試練や苦難を与えられること=

生きることそのもの=この地球上(娑婆)での修業】であり、

この図式から外れている人間は存在しないです。



この「動(どう)」流れは正に「道(どう)」であろうかと思われます。

人間死ぬまで、自らに与えられた“道”を

極めようと切磋琢磨しながら生きる(=修業する)存在であり、

この動のサイクルから外れた人間は「静・止」の状態で、

この地球(娑婆)に誕生する前の魂のみの存在か

もしくは生物学的に命がない存在・・・つまり死んだ人間となり、

これらの人間は、人間という定義からは外れます。



我々人間の定義は、

「人間の体裁をした“肉体という器”の中にある心に“魂”というものが合体した存在」

であり、肉体と魂が、心で合一した存在が「命がある状態」になり、

それで初めて人間が人間としてこの地球上に存在出来るのだと思います。。。



[ 09:22 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
祈(いの)る

命(いのち)

祈(いの)に「ち」(血)がくっつくと【命】になる。



祈(いの)は“魂”から発っする念(エネルギー)的存在。

魂だけの存在は、物質的な物は何も持たない・持てない。

だけど肉体と魂が心を通して合体している我々人間と同じで、

持てるもの一つだけある。それが「祈」つまり「(想)念」。

祈りという行為は、肉体(日本神道&仏教)では手を合わし、

頭を下げます。



肉体を持つ人間に内包された“心”→“魂”を経由して、

人間が持つ想念(祈りの力)が祈りの対象へと時空を越えて移動し、

相手に及ぼして行くようです。



魂のある世界は目に見えず、この娑婆にはないようにも思うのですが、

“どこか”にある・・・というか、宇宙の如く、

この娑婆も含め【どこにでもあるもの】なんだと思われます。



魂は「一の世界」に属するものであり、【全ては一つ】なので、

魂どうしが共鳴しあい、その対象物の心・身体に祈りのエネルギーが向かい、

それに及ぼして行くのではないでしょうか?



【祈り】というものの凄いところは、

今いる場所を越えて瞬間移動し、誰か・何か(祈りの対象)を癒したり励ましたり

助かたりするだけではなく、時間をも越えるということです。



その祈りが「過去」に向かえば、先祖供養を始め、

過去の人間(魂、みたま)を救い、

「未来」に向かえば子孫繁栄、子孫を救います。

見えない世界では全て「一(一つ)」なので、

先祖も自分も子孫もみんな一つの同じ存在なので、

先祖子孫に与えた祈りのエネルギーが、先祖子孫に当たって、

更に大きなエネルギーになり、自分に還って来るようです。



人間が生きている間に行う行為は、いろいろありますが、

「祈る」という行為のみが、

肉体→心→魂へと気(エネルギー)が移動して、

誰か何かの魂に及ぼして行き、

その心や肉体に及ぼしていきます。

だから祈るという行為は、目には見えない動きです。



例えば、震災復興ボランティアに行き、

瓦礫処理をしてあげることは肉体がすることであり、

目に見えるので「陽」の動きであり、祈るという行為は、

目に見えない魂から起こしている行為なんで、

「陰」の行為であり、だから「お蔭様の力」と呼ぶんだと思います。



私たち日本民族はこの「おかげさまの力」を大切にして来た民族です。

科学が進歩した今でも、

パワースポットブーム云々とかで神社仏閣が繁盛しているのも、

みなさん目に見えなくてもこの「おかげさまの力」を感じ、

またその過ごさを理解されているからでしょう。





更なる余談・考察ですが、祈りのエネルギーを向ける相手に

よりよくなって行って欲しいと願う【幸のエネルギー】であり、

反対に祈りの対象を不幸に陥れることを祈るのが【呪ジュ(呪い)】のようです。



祈りには大きく分けて、対象物を上に上げるか下に陥れるか・・・

この2つがあるように感じています。



私もたまにですが【呪】をかける時があります(笑)。



【呪】をかける時のポイントは、

自己中心的・自己の利益だけを考えて相手にかけますと、

自らがかけた【呪】が自分に返って来てしまうので(笑)、

それをかける時は、例えば、自己の利益や感情は横に置いておいて、

相手や万人のためを思って、かけなければならないということです。



例えば周りの人たちに散々迷惑かけまくっている人間に対して

「この人に、自らの全ての罪を消罪すべく大苦難を齎し給え、

この人が改心するまで徹底的に七難ハ苦を与え給え!」

というような【呪】をかけるということです。


私の【呪】が本当に効いているかはよく分かりませんが(笑)、

呪を受けた人間は、見た目は平静を装っていても、

病気悪化による入院・売上減少・精神不安定・人間関係不和等で、

のたうちまわり生き地獄を味わっておられます。

まさに【自業自得】です。



分からない人間は分かりませんが、

分かる人間には分かる・・・騙せる人間には騙せても、

騙せない人間には、全てお見通しのようです。





なんか見えない魂の話=うさん臭い話ですが(笑)、

更にうさん臭い話しを♪つれづれなるままに。。。



かつてこの娑婆に生きていた人間の魂や、

人間を惑わすことを楽しんでいる動物霊(魂)が、

ちょくちょく浮遊したり、特定の場所にいたりするようで、

霊媒体質の人たちはその悪霊系たちが見えたり感じたりするようで、

みなさん怖い・恐ろしいと思っておられるようですが、

本当に恐ろしいのは【生きた人間】であります。



魂だけで浮遊している存在は肉体がないので、

やれることには限界があります。



恐ろしいのは肉体がある人間が、悪に犯された時です。

肉体があるので、足で追いかけられ、手で首を絞められたりします。

しかも悪に支配された人間には、

悪霊や悪さを楽しむ動物霊が憑き、

その人間の行動に油を注ぎまくっているようです。



一方で、人間に憑く魂(霊、みたま)は、【守護神】という名前の、

カミレベルの善い霊の人もいるようです。

その人その人の徳と罪のレベルによって、

つく霊のレベルが変わるようです。

ちなみに、守護神がついている人は、

光り輝いているように見え、

動物霊や悪霊系が憑く人はドス黒く影があるように見え、

ご先祖様のどなたかがついている人は、光も影も感じません。普通です。



・・・以上のように目に見えない魂(みたま)の世界を、

出来るだけ科学的且つ体系的に理解することも、

この娑婆世界で生きる上で非常に有益な情報だと観得てきた、

今日この頃です。



ほんと、最近・・・

ある意味、チョットうさん臭くなって来た、よしこちゃんですワ~ (^^;;笑)♪


2016/05/13のBlog
[ 14:55 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
ちょくちょく行く喫茶店に、

あるおばあちゃんが一人で来られます。

2日連続お会いしました(笑)。



そのおばあちゃんは、

いかにも80歳越えの大往生状態で、

歩く時には腰を90度曲げて、

小さな車をゆっくり押しておられます。



喫茶店のご近所にお住まいのようですが、

いつも外行きの服や靴でお越しになられ、

とても品のいいお方だとすぐに分かります。



そのおばあちゃんが店内に入るとまず、

お店の方がおばあちゃんの元にやって来て、

おばあちゃんが座りたい席を聞いて案内し、

おばあちゃんの車を置けるように、椅子を除けたりされます。



次に、おばあちゃんが椅子に座るまでは、

両隣にいるお客さん達が細かいサポートをして、

おばあちゃんが座ります。



そして、比較的おばあちゃんに近い世代の女性が

隣に座っておられれば、

世間話をしながらおしゃべりされて

やがて帰って行かれます。

その間、30分くらいでしょうか。



そのおばあちゃんの凄さは、とにかく謙虚で腰が低く、

お店の人にもサポートをして貰ったお客さんにも

「すんませんなぁ~」「ありがとうございます~」と、

本当にすまなさそうに

そして感謝の気持ちを込めておっしゃるというところで、

だから私たち周りにいる人たちは、

自然と笑顔でサポートしたくなります(笑)。




ほんと、不思議な魅力がおありで、

自分が何もしなくても勝手に周りが動いて、

そのようになって行く・・・。



言動が自然で、無駄がない。

無駄というのは、

自分以外の他者を誹謗中傷したり

過剰なマイナス感情がないということです。



喫茶店にいる人たち(二人以上で来た人)は、ほとんどの場合、

煩悩満載のビジネストークをしていたり、

嫁姑や会社の上司や仲間との人間関係のゲチトークが多く、

しかもみなさんマイナスのエネルギーを

放出しながら、あれこれとまくし立ててるので、

声がデカイので丸聞こえで、

その人たちがどこの人間が特定出来る時もあります(笑)。



そんな意味でもこのおばあちゃんの存在は大変稀有なものです。


・・・やはり、人生遍路道を的確且つ確実に歩んで来た人は、

仏さまのように後光が射し、己(わがまま)が無くなり、

成仏(仏に成る)してゆくんやなぁと、

久しぶりに【生仏様】という人に触れることが出来ました(^人^)☆



見た目が派手な梅や桜ではなく、

どこかの道端や、行者しか通らない霊峰の山奥にさりげなく咲く、

たんぽぽみたいな強靭(強くてしやなか)な方です。



私もこんなおばあちゃんになりたいなと思いましたぁ~


[ 14:51 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
季節に春夏秋冬があるように、

その時々に合わせた畑での作物づくりがあります。



春の中にも冬があったり、夏があったりします。

畑にもそんな流れ・リズムがあります。



今はイチゴの収穫期で、

更にタマネギ&ジャガイモは後半月程で収穫期です。

収穫期を迎える作物のメンテナンスに平行して、

次に植える夏野菜の準備をしています。



我が家のベランダには、

先日購入したキュウリの苗、

昨年収穫したの種から育てている

ゴーヤ・オクラ・モロヘイヤが可愛い二葉で

元気に成長してくれています。



更に母親が一階の地面で、

ミニトマトをどんどん株分けして増やしています。

こんな感じで、畑の畝に植える前の作物の

準備もちゃんとしています。



一つを全て収穫し終わってから、

次に取り掛かるのではありません。



複数の物事の

【準備→徹底→後始末、PDCAのサイクル】を同時進行し、

並列処理し続けて行くのです。



現代は幸か不幸か、

一つのことだけを一所懸命やってれば

いいという時代ではありません。

複数のことを早くそして的確に

やり続けなければなりません。



面白いもので、畑作業でミスがなければ、

日々の仕事や各種活動でもミスをしません。



畑は比較的シンプルで分かりやすいです。

だからミスや「失敗の前兆」もよく観得ます。



全てはコロコロ絶えず変化する肉体や心・感情を持つ、

私という人間がやっていることなので、

心身の状態が悪い時は、

畑から仕事から全てにおいてミスをする可能性が上がり、

調子がよい時は下がるようです。



全てはひとつながり【全一統体】だと感じています


2016/05/11のBlog
[ 16:47 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]
私が入っております会主催にて、

講演会を開催いたします。



講師は・・・

昔は『世界まるごとHOWマッチ(毎日放送、TBS系)』、

今は『そこまで言って委員会NP(よみうりテレビ)』で

お馴染みのケント・ギルバートさんです。



100名さま限定でまだ席があるとのことですので、

皆様に講演会の情報をシェアさせて頂きます。

参加ご希望の方は、よしこちゃんまでご連絡頂ければと思います♪



講演テーマ:日本人が気付かない“不死鳥の国ニッポン”

 ―世界をリードする日本の未来!―

 ~日本人を上回る精神性を持つ民族を、わたしは他に知らない~



開催日時:平成28年5月28日(土)19時~21時(開場18時半)

開催場所:新大阪ワシントンホテルプラザ

 JR新大阪駅より徒歩約6分、地下鉄御堂筋線新大阪駅7番出口より徒歩3分

 http://washington.jp/shinosaka/

参加費:会員さん4,000円 ビジターさま5,000円

主催:一般社団法人政経倶楽部連合会 大阪支部

公式ホームページ:https://www.seikei-club.jp/



【詳細は下記のチラシデータをご覧ください↓】
2016/05/08のBlog
[ 11:09 ] [ 人生、修行です。 ]
現代は情報で溢れています。



ですので、情報を取捨選択しなければ

ならないかと思われます。

でないと、私たちの脳みそ(キャパシティ)が

パンクしてしまうかと。。。

だから、【余計な情報】はアタマ(心)に入れない

ということが賢明であるように思います。



【余計な情報】とは・・・

自分にとって不必要&非効率な・・・そして間違った情報。

また、気分や感情を阻害させたり、

自分を惑わせる(つまり、感情&精神的マイナスな)情報。



更に、自分よりも“レベル”の低い人間から齎される情報。



そして、誰か&何らかの組織(権力)へと

金銭的利益を誘導するための、

事実と見せかけた虚実の情報です。



情報というものは、基本的に

人から齎される・与えられるものです。

(ここでは、所謂神仏系から・・・第6感から得られる情報は省きます)

インターネット&Eメールからの情報も、

誰かが作成し、ネット上にアップされているのです。



上記のような、自分にとってマイナスの情報を持つ・

発信する人間とは付き合わない&関わらないようにすること・・・

つまり、そんな人間との関係・繋がりを捨てることが

自分自身にとって、よりよい人生の構築へと繋がって参ります。



しかしながら、スパッ!とそんなマイナスの人間関係を

断絶することは難しい場合も多いですので、

その場合は、出来る限りその人間とは距離を取り、

関わらない・・・当たり障りの無い関係を、薄~く構築し続ける・・・

もしくは、だんだんと時間を置いて、フェードアウトさせて行く・・・という

賢明さが必要かと思います。

(感情に任せてバッサリ!切ってしまおうとすると、

その人間関係が波打ち、津波のような猛烈なシッペ返しを

くらう場合が多いようです)





・・・人生は長いようで短い。

そして、いつ、突然終わってしまうかも分からない。




だからこそ、私たちは、

自分にとって必要な情報(即ち人間)のみを受け入れ、

要らない情報は潔くまた穏便に・・・

清く正しく美しく、捨てていくべきかと思われます。


2016/05/02のBlog
[ 21:38 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]
お遍路さん、必見です(笑)☆

5月14日(土)夜9時から「世界ふしぎ発見!」

『ご利益MAX!行くなら今だ! 四国お遍路入門』

が放送されま~す(^0^)♪



【詳細は下記ホームページ ご参照】

http://www.tbs.co.jp/f-hakken/

[ 21:07 ] [ 遍路修行日記 ]
明日・3日~5日まで、「大阪楽心会」主催の

お四国参りに行って参ります。

今回は30代(私)から80代の

お四国ベテランのおばあさま方まで総勢17名での、

比較的多い参加者でのお参りとなります。

このご時世ですので、神仏信仰をされる方は

増加傾向にあるようですね。



にしましてもやっぱり、お四国参りとなると、

テンション上がりますヮ~(^0^)↑↑↑



一昨年にご縁あって四国八十八ヶ所霊場会の

公認先達になって以降、

個人的なお気楽遍路と同時進行で、

先達として皆様のお四国参りのサポート役を

させて頂くという【修行】をし・・・

自分の自由や意思(=わがまま)が一切きかない

この種類のお四国参りが、

これまたいい気づきを与え、

自分自身を鍛えてくれているのだと感じています。



今回は、長年この会のサポート役をされている

井上さんがご欠席の為、

その分を他の慣れないスタッフが担う為、

かなりの不安を抱えたお遍路ですが、

参加者の方々のお参りが

最大限によいものになるように・・・

一所懸命お役に徹して参ります。



写真の納札は、その井上さんが、

熊本の復興のために、手づくりしてくださったものです。

納札は、各お寺をお参りした時に、その証拠として、

私達がお寺に残していくものです。



自分たちの個人的な願いに加え、

熊本をはじめとする多くの天災人災の被災地並びに

被災者の方々の真の復興を、

今回もシッカリ☆お祈りさせて頂きます(^人^)☆


2016/05/01のBlog
[ 22:20 ] [ 人生、修行です。 ]
本日5月1日も、奈良県桜井市

「大神神社(三輪大社)」に一日参りに行ってきました。

日曜日は人が多いですので

(=参拝客が持ち込む邪気によって、

どんどん境内が穢れて来るので)、

神社内外が混雑・渋滞する前(10時)頃には

ご祈祷を済ませて、さっさと帰ってきました。



・・・“三輪の大神様(=絶対神)”にますます愛され、

【大安心(だいあんじん)の境地】に抱かれながら、

ますますありのまま(中庸)に観得、

一日一日をコツコツと健気に生きる、

よしこちゃんです(^^)♪



この娑婆(世界)を例えるならば、

無知&馬鹿で愚かな輩どもによって

穢され切った汚れた沼のようで、

カミという絶対的な存在により、

いよいよその沼の“一斉掃除(?)”が

本格的に始まってしまったようですが、

私はその沼の中で美しく生きる蓮の花のような人間に

進化&深化(精進し、悟りの境地へ行くこと)したいと決意し、

曲りなりに日々実践しております。



そのような実践を、

もしも本当に昇華することが出来たのなら、

他人様はどうであっても、

自身の人生自体が「地上の楽土」を化し、

全部ひっくるめて良いもの・素晴らしいものに成って来るのだと、

既に確信を得ております。



また、他者がどうであろうとも、

今後も私は己自身の選んだ道、

即ち【あるべき道】を極めて行くヮ・・・と

肚をくくっております。



私は今歩くこの“人生の遍路道”を極める為に、

この娑婆に生まれ堕ちて来たのだと感じています。

そこらへんにゴロゴロ転がっている

石ころのような娑婆世界限定の儚き(=徳なき)

幸福には関心ありません。



何故ならば私は、

現代に生きる比較的多く人たちが

求め得ようとしている幸福(の形)は、

真の幸福では無い・・・

つまり「幸福いうものに見せかけた儚き幻想」であると

既に観通しているからです。





・・・この5月も、そしてこれからも

【南無(帰依 オマカセ)の境地・究極の他力本願】を

中心軸に置きながら、

人生、自力本願で真正面から果敢に挑み、

真の幸福を追いかけて掴み・・・そして、

それを多くの方々に及ぼして参りたいと

思っています(^人^)☆


2016/04/28のBlog
[ 22:10 ] [ 人生、修行です。 ]
最近ドタバタで、ようやく落ち着いて来ましたので、

とりいそぎご報告させて頂きます。



先日24日。

熊本・阿蘇にあります「賢人塾」の田端俊久氏の

お話し(講演)を聴きに

日帰りで山口へ行って参りました。



講演主催者が後日、

この講演の音声&動画をアップして下さいますので、

され次第、皆様にシェアさせて頂きます。



私がこの田端氏の“渾身の力を振り絞っての講演”を

お伺いし感じたことは

「オチオチしてられへんな」という【強烈な危機感】です。

マスコミや日本政府が

意図的に隠しているor流せない情報(=隠された事実)も

いろいろと教えて頂きました。

ほんと、私たちの想像を遥かに超える、

とんでもないことが今、熊本で起こっています。



とりわけ私たち大阪・関西人は、

21年前の阪神淡路大震災の記憶がだんだんと風化し

(喉元過ぎれば熱さを忘れる)、

また一方で東北や熊本の震災は

千キロ程遠方の地で起こりましたので、

大なり小なり【ヒトゴト】と感じているきらいがあります。



しかしながら田端氏がおっしゃいますように、

他人同士や日本・世界は目に見えないところで全て

【ひとつながり(全一統体)】であり、

私たちが日頃観得ていない・思い至っていないところも含め、

大阪・関西以外で起きている様々な現象も全て、

私たち大阪・関西人に【暗い陰】を落とし続けているのであります。



またヒトゴト・・・

つまり「自分と被災地(者)は一切関係ない・自分たちは被災しない」と

認識していること自体が誤った認識であり、

そして【罪】であって、そのように認識している人にその罪が蓄積し、

やがてその人の人生や家系(所属する組織)が、

消罪の為に、“カミ”から罰を与え、

そして崩壊へと堕ちて逝くのだと思われます。



とにもかくにも私が皆様に強くお伝えしたいことは、

今ホウボウで起きていることは【ヒトゴト】ではなく、

いつ自分の元にも同じような

過酷な状況が堕ちて来るかは分からないので、

人間の思惟を越えた絶対的な存在(所謂“カミ”という存在)に対して、

【畏敬の念】を抱きながら、

なるべく罪なき&徳積み人生を歩みつつ・・・

いつどこでどんなことに遭遇したとしても、

自らの命や身の回りの方々の命が保てるように、

各種備えと【心構え】をちゃんとしておかなければならない・・・

ということです。



例え震災のような天変地異が起こらなくても、

人生は様々な出来事(人災)が起こって参りますので、

それらもひっくるめて全て「備えあれば憂いなし」であります。




そして、これから先の人生で、どんなことが起こっても

「ドンッ!」と真正面から受けて、

前向きに善処しながら、朗らかに生き抜くという、

肚のどっしり座った生き方を貫き通すべきだと感じました。


2016/04/22のBlog
[ 19:36 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
新しいスタイルのミスタードーナッツのお店を発見。

入ってみました。



一風変わったドーナッツと一緒に

何かジュースでもと思ったところ、

ショーケースに“くまモン”がプリントされた牛乳がありましたので、

それを購入することにしました。



ほんと、ささやかながら、くまモン(熊本)支援(^人^)。



「積小為大」(せきしょういだい)で、

こんなささやかな心の集まりが、

やがて大きな復興の力になると信じて・・・。



いつも心は一つ、みなさまと一緒に。。。



自分自身の働き・・・この人生全てが、

誰かの復興や幸福へと繋がると信じて、

曲りなりに一所懸命やってゆく。



自らの煩悩(己のみの利益や快楽)に執着し、

マイナス感情に囚われ、自他の心身を傷つけない・・・

理性や知性を尊重し、真の感性(=慈愛、赦し)を練磨し続ける、

強靭(つよくてしなやか)な人生の感得を目指し、

今日もコツコツ生きております(^人^)☆

2016/04/17のBlog
皆様もご承知のように熊本を中心とした

大地震が起こりました。



私にも熊本界隈の知人友人がおり、

皆様の心の安寧と、

亡くなられた方のご冥福をお祈りしています。



私は自らの師匠に会いに行く為に、

年1~2回阿蘇地方に行かせて頂くのですが、

熊本空港から阿蘇地方を繋ぐ国道57号線と、

阿蘇山の南側を走り宮崎や大分の主要な街を繋ぐ

国道325号線が交わる【阿蘇大橋】が

大規模な土砂崩れの為にその国道や

国道と平行して走るJR豊肥本線と共に

崩れ落ちてしまいました↓


http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160416000615.html



阿蘇に行く度に必ずお世話になる

【交通の要所】である国道57号線、

JR豊肥本線&阿蘇大橋の崩落に、

私は今回の地震の事の大きさを痛感し、

多大なるショックを受けています。



【交通の要所】が山の中腹がら

ごっそり崩れ落ちた土砂で埋まり、

比較的大きな橋を大量の土砂と一緒に川につき落とし・・・

一体、完全復旧するまでに何年かかるのでしょうか?

地図を見ますと迂回路はあるようでが、

細い山道で、時間やエネルギーがかなりかかるようです。

この山道も崩壊すれば更に迂回しなければならないようです。



阿蘇地方では、ここ数年毎年梅雨の季節に豪雨災害があり、

山や川が水の力により、えぐり取られ崩れており、

それを人力で復旧し続けている訳ですが、追い付いていません。

そんな中での大地震です。

余震が続く間は復旧工事が出来ず、

となると、何も出来ないまま梅雨に入ることになり、

また豪雨となれば、更に被害が拡大します。



となると、復旧工事のために莫大な公的資金

(私たちの税金)が注ぎ込まれます。

東北震災の復旧工事もまだまだ続くので、

マイナスからゼロに戻す復旧工事に

莫大な税金が使われ続くことになり、

ゼロからプラスに転化させる為の政治的施策に

税金が使われる割合は減少しますし、

国債の発行(未来に使うお金を先取りして今使うという意味!)も

増えるでしょう。



国家予算は莫大過ぎて、私たち国民にはピンと来ませんが、

国家が与える福祉にぶら下がらざるを得ない国民が増え、

国家(財政)を支える国民が減るということです。



震災の被害者の方々に私は「頑張れ」とは言いません。

言うべきではありません。

頑張らないといけないのは

私たち被災者でない人間です。

私たちは被害者の方々の分も合わせて、

自利ではなく他利の為に頑張らなければならないのです。



国家は家族であり、【一つのチーム】であります。

チームの仲間が頑張れない状態になれば、

頑張れる仲間がその人の分、頑張ればいいのです。



「仲間がどうであれ、自分の利益かき集めの為に頑張る」とは、

罪な人間であり、神は制裁(罰)を与えます。

現在の日本のレベルは「正直者がバカを見る」という

罪人の方が善人より幸せに暮らせるということは無くなりました。

人間は騙せても神は騙せないのです。



ただ、【他利】に生きるためには、

ある程度の【自利】を確保しておく必要があります。



例えば目の前にお金に困った人がいます。

お金さえあればその人は助かります。

だけど自分が持ってなければ、その人を助けられないし、

自分もいくらか持っていなければ、

自分の命も生活もヤバクなり、

【助けられる方】に回ってしまいます。



で私は考えました。



たまたま昨日一日時間が空きましたので、

自らの仕事部屋と寝室、

そしてマイカーを置いている屋内ガレージを、

地震が来ても被害の出にくい空間に変えていました。

例えばテレビは倒れないように壁と紐で繋ぎ、

ホラ貝のような壊れやすいものを紐で固定しました。



私は仕事部屋&寝室に関しては

日頃より徹底的に物を溜め込まない実践をしていますので

すぐ終わったのですが、

問題は両親などの物がたくさんあるガレージでした。

真剣にずっと休みなくやっても8時間かかり今、筋肉痛です(笑)。



マイカーの真上には

バーベキューグッズや大工道具などなどたくさん置いてあり、

大地震が起これば、

それがマイカーに落ちて来て

マイカーが使えなくなってしまう可能性がありました。

それをマイカーから離れた棚に移動させるか、

天井の梁と紐で繋いで、

棚から落ちても車まで落ちないようにしました。



震災時においても、

マイカーは使える状態にあった方がいいに決まっています。

ラジオがあるし、

座席を倒せば簡易の居住スペースにもなるし。

それに私のマイカーはコンセントもあり、

携帯やパソコンの充電も出来るので

発電機としての役割もあります。不

要に感情的・悲観的にならない為に必要なのが

【正しい情報を知る】ということです。

だからラジオや携帯、パソコンを

使える状態にしておくことは必要不可欠です。



また私は日頃「洞川温泉」のごろごろ水を愛飲しており、

飲料水用の20リットルボトルを7つ持っています。

それを非常用の飲料水としても使えるように、

強靭な机の下に置きました。



更に、空の20リットルのボトルを4つ見つけましたので、

それを一箇所に集め、何かを洗ったり下水用の水として

非常時に活かすことにしました。



食べるものは何日か我慢出来ますが、

水分は我慢は出来ません。

【命】の次に確保しておかなければならないのは

【水】だと思います。



以上のように私が【自利】の為に、

自分を災害被害から守ることをしておきますと、

すぐさま人を助けに行くことが出来、

【他利】に生きることが出来ます。





・・・長々と書きましたが最後に、

昨年9月に広島・呉にある

海上自衛隊呉基地に見学に行った際、

ある自衛官の方がおっしゃっていたお言葉を

ご紹介させて頂きます。

以下のようなことをおっしゃってはりました。



「我々(自衛隊)は、誰からも“読まれない辞書”を

日々作っているものです。

我が国が平和な(平時の)時は、

我々は国民の皆様目に触れることはなありません。

国民の見えないところで【もしもの時・緊急事態】の為に

日々訓練し続けているのみです。

だから我々のことを「税金泥棒」と言う人もおります。

だけど本当は我々が、

国民がいる場所にはいない方がいいんです。

それは平和である証拠だから。

我々の日々の訓練が国民の皆様にお役に立てたら嬉しいし、

そう思いながら訓練していますが、

訓練が役に立つということは、

つまりこの国が平和でないことを意味するので、

少し悩ましい感じも致しますが、や

はりこの国が平和であることが嬉しいです。」



・・・自衛隊の方々は、我々国民の生命と財産を守る為に、

我々に見えない場所で日々訓練に励んで下さっています。

八尾にも空港があり陸上自衛隊が駐屯しており、

また呉基地に行った時にも感じましたが、

自衛官の方々は粛々と訓練に励んでおられます。

国民の生命と財産を守るという実践部隊なんで、

永田町の連中(政治家)とは違い、肝の座り方が違います。

命がけでされておられ、私は自衛官の方々を尊敬しており、

だから私は松下幸之助氏が設立した

「大阪防衛協会」にも入会させて頂きました。



私たち関西の人間は

21年前の阪神淡路大震災から始まっていますが、

今回の熊本界隈の大地震は【人事ではありません】。



関西、そして我が国の心臓部分である、

首都圏に大地震が来たり・・・

今回の地震でかき消されている、

北朝鮮の長距離弾道ミサイルが飛んで来る可能性もあります。

また、今の日本のゴタゴタに付け込んで、

家事場泥棒・中国が尖閣諸島を奪いに来る可能性もあります。



自衛官の方が言う【誰も見ない辞書】を、

残念ながら使う・活かす時期がとうとう来てしまいました。



残念ながら、これは人間の力ではどうしょうもありません。



我々日本人はその事実を粛々と受け容れて、

心を【有事モード】に入れ替え、自らを反省懺悔し、

心身を正して生きていかなければなりません。



私たちの先祖が辿った、様々な国難の時代に飲み込まれ、

翻弄された心情、またそれに果敢に立ち向かったり

受け容れて来た高くて深い、

我々大和民族の【器】の素晴らしさを私は全身全霊で感じ、

何故か目頭が熱くなっています。



個人の苦難を遥かに越えた国難

はたまた地球全体の苦難という、

時代が大きく変わる時期に今ここに生かされいる意味、

そしてあるべき姿を少し考えるだけでも、魂が奮えます。



一日一生。死ぬまで生きる。



ただそれだけであり、

そんな時期だからこそ私は一切の感情やこだわりを捨てて、

【空の境地】に生き、衆生の救済に燃えて参る所存です。



「日々大峰や四国で磨き鍛え上げて来た魂が

こんな時に大いに活かせるのか!!!」と

私は今更ながら、一人、感動しています。。。





・・・そういえば、私が最も鍛え上げられた

【歩き遍路】をすることを決意したのも「東日本大震災」でした。



あの時私は2周目のマイカー遍路中で、高知市内におり、

揺れはなかったので、大震災が起こったことは後で知りました。



身内の電話で震災を知り遍路が終わって

ホテル側の観光案内所のテレビで、

大津波で仙台空港が飲み込まれている映像を見ました。

そのちょうど2週間前に、

商工会議所青年部の全国大会に行く為に

仙台空港上空から私が見た景色が一変しており、

私は「この震災が2週間早かったら私は死んでいた」と

そのテレビの前で足の力が抜け、恐ろしくなりました。



その夜、眠れずにずっとNHKを見ていました。

そこで私は

「この震災でいよいよ【何か】が始まってしまった」と感じました。



だから私は【歩き遍路】という、

最も過酷な行に飛び込むことで、自らの心身を鍛え上げ、

魂のレベルを上げておかなければならないと感じ、

35~6歳の時に歩き遍路をさせて頂きました。





・・・何だか最近、感性がめちゃくちゃ冴えており、

こんな感じでいろんな言葉(念)が、

泉のように湧き出て来ますが、

今日はこのあたりで終わります(笑)。


2016/04/16のBlog
[ 10:32 ] [ 人生、修行です。 ]
各種おシゴト&お役をこなしたり、

吉野山&香川のこんぴらさん訪問に・・・と

ドタバタしまくっておりましたが(>0<)!

おかげさまでようやく落ち着きました。

いつの間にか、桜シーズン(春)は

終わっていました。



ふっ・・・と足元を見ると、

自宅前のたんぽぽは益々元気いっぱい咲いていました。

やっぱり、健気なたんぽぽが好きやなぁ~、

私。これからも『タンポポ根性』でガンバロウ☆



「やっぱり家が一番いいなぁ~」って思いつつも、

いつものお四国や北海道など・・・

あっちこっち行く用事が既に入っており・・・

この勢いで夏【次のステージ】に向かって

オモロク猛進いたしま~すっ(^0^)♪


2016/04/15のBlog
[ 20:54 ] [ 人生、修行です。 ]
先日、吉野山から大阪に帰って来て・・・

更に日帰りで香川に行ったりなど・・・

超☆ドタバタしておりましたが、落ち着きましたので、

ここで本日・4月15日・・・

ブログを一気に更新をさせていただきます。

この間、本当にいろんな新たな体験をし、

いろんな気づきを得ましたので、

みなさまにそれをおすそわけさせていただきます。

「うのみ」・・・ではなく、「ご参考」までにどうぞ~



--------------



「そこに雲が在るという意味」



先日4月11日、朝6時過ぎに、マイカーを使って、

吉野山の町が見渡せる、花矢倉展望台に行きました。



わざわざ行った・・・にも関わらず、

見晴らしの良い場所に上がると雲がかかり、

美しい朝日が見れなくて残念!と感じました。



が、その後ふっと・・・



「この雲は今、この空にあるべき存在だから、雲があるんや。

これは大自然の意思であり、私(人間)の浅はかな感情や欲を乗せて、

穢してはならない。それは即ち罪である。」




・・・ということに気づき、自らの傲慢さ・

自己中心的な思考形態を猛省した次第です。



もしも毎日、天気は晴れで、雲一つない日が続けば、

この地球はどうなってしまうのか?

私たちは容易に想像出来るはずです。



晴れも曇りも雨も全部、この地球(大自然)にとって

必要なものであり、

大自然の一部(決して人間は地球の支配者・管理者ではありません)である

私たち人間は、その大自然の天気(天の気)に合わせて

喜んでこの地球で生きなければならない存在なんだと

気づかせていただいた、よい機会となりました。。。(^人^)☆


田舎(地方)にいると、人があまりいない。

同じような世代や価値観を

持った人しかいないように感じます。

人は人によって磨かれる存在なので、

田舎にいると、なんだか退屈。。。

若者が大志を抱き都会に出たいと思うのがよく分かります。



また人がいない・同じような価値観を持つ人間しかいないと、

多種多様な情報が入って来ません。

だから社会・日本・世界全体の流れが見えにくい。



人が少ない・価値観の種類が乏しい田舎では

情報が少なくまた同じような価値観、

過去の流れに沿った価値観でしか物事が見えず、

その価値観に合わない人間を排除し結果、

時代の変化に対応出来ず衰退してゆく。



一方、都会にいると人が多い。

多様多様な価値観を持った人が集っている。

だから人が集まると情報、物、場所…

多種多様な価値観が一箇所に集まり、

そのるつぼの中から「今」や「これからの時代」流れが見える。

海でいうと、魚の群れの行く先・潮目ということでしょうか?

時代の流れ・潮目が分かると、

人間のマイナス感情に囚われた心が勝手に作り出す、

様々な根拠のない超悲観的や超楽観的未来

(つまり完全なる妄想。不信と過信)に囚われなくなります。



本来の「田舎者」という言葉が指す人間とは、

自らの人生や家系、所属するコミュニティの

【過去の延長上】の価値観(物事の判断基準)のみによって

動いている人間のことを指し、

それに合わない人間は排除してゆく人間・組織体のようです。

つまり田舎に住む=田舎者ではないし、

都会にも田舎者は多数存在するということです。



前・大阪市長の橋下さんのような改革者が

突如やって来てなんやかんやしても、

今の状態ではそこそこ食えてるので、

田舎者たちや既得権益で食っている人間は反発して

排除するのは当然の娑婆法則のようです。

が、橋下さんのやり方は時にはちょっとアカンかったようですが、

行政機関は間違いは絶対に起こさないし、

間違いを認めないという行政神話をぶっ潰したのは

評価出来ると感じています。



先日・13日は香川の「こんぴらさん」に行って来ましたが、

私は全国各地あちこちの観光地【田舎】に行きますが、

そこにどっぷりと「客待ち商売」をしている人たちの多くは、

【人は勝手に沸いて来る】と大なり小なり認識しております。





・・・私が頻繁に行っております吉野山を例に致しますと、

桜の時期に来る観光客に対しての感謝、

そして桜に対して・・・

そして蔵王堂に鎮座される蔵王権現さまに対する感謝つまり

【信仰心】が全体的に乏しいです。

桜の時期に吉野山のお店が並ぶ道を歩くと客引き人間や

私たち観光客に送る視線(気)が不快なので、

私がその道を歩くのは早朝か深夜のみです。

これは全国の歴史ある観光地に共通して言えることであります。



---------------------------<参考資料>

<吉野山が桜の名所になった理由>

およそ1300年前、修験道の開祖・役行者が金峯山の山上ヶ岳で蔵王権現を感得し、

その姿を桜の木に刻み込んで以来、

この地では桜の木は『神木』として育み、守られてきました。

先人達は、蔵王権現様への帰依の証として、

桜の木を植え続けて来たのです。

昔は「一枝を伐るものは一指を切る」という掟がありました。



以上の歴史的事実を踏まえ、吉野山の桜は、

観光の為に植えたのではなく、信仰の為に植え、守られて来たのです。

その事実を知る観光客は殆ど存在せず、

また、その事実は知識的には知っていても、

それに対する感謝の念が乏しい・無い観光従事者ばかりです。



私はそのあたりの現代人の無知さ、愚かさを猛烈に感じ、

吉野山を守り抜いて来た先人たち・・・そして蔵王権現さまに対して

申し訳なさを猛烈に感じています。



-------------------



・・・この吉野山の道が

もしも道頓堀(大阪)などの都会であれば

「しかたない」と割り切るしあきらめます。



どうしてわざわざお金を使い田舎をマンキツしに来たのに、

道頓堀と同じ感情を味わされなければならないのでしょうか?

私は納得出来ません。



だから、大局的に見て吉野山全体においても、

日々様々な問題(苦難)が起こり

(あえて記載致しませんが私は知っています)、

それが陰に引き金になり、山全体の観光産業が衰退し、

恐らく6年後の蔵王堂のご開帳が終わった後はガク。と減ると

私は観ております。



私が一つイマイチ納得し辛いことのが、

蔵王堂は本来60年に一度しかご開帳しないと宣言されているのに、

現在、蔵王堂の仁王門の「大修理勧進」ということで・・・

つまり、仁王門を改築するための資金を集めるという名目で、

2012年から10年間、毎年春と秋にご開帳をしているということです。



----------------<参考資料>

本来、蔵王堂は、60年に一度公開される秘仏だが、

2000年に、15年ぶりに公開されて、仏像ファンを驚かせた。

そして、通常なら次は2045年の公開となるはずが、

・2004年7月1日~2005年6月30日『ユネスコ世界遺産登録記念』

・2007年10月4日~8日『世界遺産登録3周年記念』

・2010年9月1日~平城遷都1300年祭『百日特別ご開帳』

そして2012年から10年間にわたり、『仁王門大修理勧進』として

毎年一定期間の御開帳がある。


-----------------



確かにご開帳しますと、強制的に一人千円ずつを徴収し、

わざわざ、たく鉢とか寄付のお願いをしに行かなくても

自動的に仁王門改築の資金は集まってゆくでしょう。

だけど、それは果たして真の信仰に則ったやり方なのでしょうか。。。?

今のご時世、、、仕方が無いと思いつつも、チョット疑問に思っています。



1000円すら出せないけど、信仰心は篤いお金の無い方は、

一生、蔵王権現さまのお姿を見れない・・・ということですもんね。

お金がない人間は、信仰してはアカンのでしょうか?

お金がある人もない人も平等に与えられるのが、信仰なのではないでしょうか。

信仰の世界は損得・上下ではありません。

善悪であり、横横の世界であります。

信仰の世界までに、娑婆法則を持って来てはならないのです。

(このことを一番言いたいのは、京都の『観光寺』です。

拝観料という名目で、べらぼうなお金を要求します。

で、税金は宗教法人なので、払いません。

だから私は京都の拝観料をべらぼうに取るお寺は例外なく

全部大嫌いで、私の人生において近寄ることは一切ありません。

あれらはお寺という信仰の施設ではなく、ただの観光施設であり、

私は絶対に許しません。)





また一方で、蔵王堂にご開帳するようにあおる、

吉野山の観光業界の人間も存在し、

ご開帳をすれば、「蔵王権現さまのお顔をみたい!」と

60年後のご開帳時にはいないご年配の方を中心にどっ!と

吉野山に押し寄せて、それに付随して、

旅館や食べ物屋、お土産屋が儲かるからに他なりません。



ほんと、春に行くと(しかも今、ご開帳中やし)、そんな人間の汚い部分

(穢、罪)【邪気】がプンプン漂って来て、私はとても気分が悪いです。



大峯山を開祖した役行者を始め、

吉野山を守り続けて来た先人たちが

現代のこの人間模様を観たら、どう思われるのでしょうか。。。?



本来信仰対象物である、桜と蔵王権現さまが

【客寄せパンダ化】しているということで・・・

んもー、やり切れません。

絶対に『何か』がおかしい。。。私は許しません。




以上のようなことがあり、また以上のようなことを私は感じましたので、

私は観光客が多い・・・またそれに付随する観光客のカネ目当てに群がる

観光従事者の【邪気】にとうとう嫌気がさしたので

私は、桜の時期には吉野山界隈にはに行かないことに決めました。

(洞川温泉も最も観光客の多いお盆の時期・夏には絶対に行きません)

ほんと、久しぶりに、ハラワタが煮えくりかえりました。



・・・以上、うだうだとぼやかせて頂きましたが(笑)、

観光客の方は、春の吉野山はおすすめです。

桜綺麗ですし、いろんなお店も出てますし。今はご開帳もしていますし。



だけど私のように、信仰を求めて吉野山に行く場合は、

信仰心の無いor乏しい人間が空に【邪気】を放ちまくって

大阪(都会)のように、空気を汚しまくっている春はおすすめ致しません。

こんな空気を吸うくらいなた自宅に篭っている方がマシです。

閑散期の外部の人間が少ない・いない時期をおすすめいたします。



・・・ほんと、吉野山を一望出来る、花矢倉展望台も、桜の風景が綺麗な分、

カメラマンや観光客が100人以上いて、

車も何十台も路上駐車していて、いろんな葛藤や揉め事の火種化をしており、

都会の展望台と同じで、あまり気分がいたしません。

霊峰ならではの静寂や鮮烈な気・・・風の音や鳥のさえずる声が、

人の声や邪気でかき消されて、不快感を感じるのみでした。





さいごに、極めつけ(?)ですが、



私がその展望台に行った時に、

あるカメラマンの人がおっしゃっていたのですが、

そのおじさま曰く・・・



「吉野山観光協会のホームページを見たら

上千本が【満開】と書かれていたので、今日来たら、

(桜が)散っていた・・・騙された!」 と嘆いてはりました。




私はその展望台から帰宅後、

その問題のホームページを見てみました。



そのホームページは一日一回更新しているようでした。

(右上の写真は、4月12日のホームページ画像を抜粋)



で、そこには展望台界隈(上千本)は

「散り始め」と記載されていました。



だけど、私はその展望台に実際は4月11日朝に行き・・・

「散り始め」ではなく、明らかに「落花盛ん」状態でした。




風が吹く度に、激しく花弁が散り、

私の車は40分くらいしか駐車場に止めていなかったのに、

花弁でいっぱいになっていました。



ということで、結論と致しまして、

吉野山観光協会のホームページは、虚実を記載しております。

私は是正を求めます。



ま、「観光協会」なんで、例え観光客を騙してでも、

吉野山に1人でも多く来させて、カネ落として貰おうという魂胆だから、

衰退している吉野山の観光従事者の利益確保の為には仕方が無い・・・

ある意味、その「満開」「散り始め」という言葉の奥にある真意が読めず、

騙されて来てしまう観光客も悪いかなとも思いますが・・・



やはり、吉野山は蔵王堂という「修験道」という信仰あっての町ですので、

吉野山の観光従事者は、

その信仰に基づいて、誠心誠意&正々堂々やって頂きたいものです。



以上、吉野山の観光従事者に対して、

敢えて苦言を申し上げさせて頂きました。