「民俗学者 宮本常一の゛問わず語り゛」

(写真は高知県梼原町神在居の棚田)——>
『民俗学者 宮本常一の゛問わず語り゛』
≪ネット社会だからこそ必要なコミュニケーション≫

 読書を楽しむ人たちが減ってきた。手紙を書く機会も少なくなった。何故か自分の考えが思うように伝わらない。ケータイを使えば短いメッセージは打てる。現在(いま)は、人と接する機会が少なくても必要な情報はいくらでも手に入る。インターネットを使えば社会との関係を持たずにオカネを稼ぐこともできる。人との関わりも少なくて済む。

 ネット社会に生きる私たちは、知らないうちに生身の人間とのコミュニケーションに必要な能力を低下させているのでは。自分のこととなると、いささか不安になる。相手のことを考えず、とにかく先に話をしたい。言いたいことは自身が納得するまで話し続ける。しかし、人の話を聞く立場になると、その話をじっくりと、理解しながら聞くことができるのか。

 人と話をしていると、本当のことをズバリ指摘されると辛くなることも。敢えてピントをずらして応えてくれた相手には安心する。会話をつまづかせず、お互いが楽しく理解し合うために心掛けることは何か。話し上手に聞き上手とよく言うが、今一度、我が身を思い起こしてみる。

 ところで、ご記憶の方も多いと思うが、1996年アトランタ五輪の女子マラソン。競技直後のインタビューに答えた有森裕子さんのあの言葉。「メダルの色は銅かもしれませんけれど、終わってから、何でもっと頑張れなかったのかと思うレースはしたくなかったし・・・、初めて自分で自分を褒めたいと思います」。

 その年の流行語大賞に選ばれた彼女の言葉を引き出したのはNHKのアナウンサー。人の心の奥底に潜む本当の思いを言葉にして語らせた、聞き手としての能力に今更ながら感心する。社会が高度情報化へと進み、若い世代だけでなく、街を歩きながらケータイを使って会話を楽しむ人々の姿を見て、ネット社会に生きる私たちの本当のコミュ二ケーションが失われていくのではと不安になる。

 そこで、2007年12月28日付け発行の週刊ポストに掲載された、「賢者はかく語りき 宮本常一」、≪聞く力で初対面の人間の懐に飛び込む≫(明治大学文学部教授・斎藤 孝氏)を引用させていただき、聞き上手の先人を次に紹介したい。

(写真は愛知県設楽町長江の棚田)——>
 ●昭和を生きた日本人に、初対面の人に話を聞く達人がいた。「民俗学の旅」、「忘れられた日本人」、「日本人を考える」などの著者で民俗学者の宮本常一である。彼はアカデミズムの中心にいて、学問をリードしたわけではない。

 主流というよりは傍流にいた。宮本常一がほかの民俗学者と決定的に違うのは、彼が日本全国を自分の足で歩き回ったことだ。

 訪ねた土地の民家に泊まり、古老の話を書きとめた。どれだけ旅したか。本人いわく。「一年のうち最高で二百七十四日、旅をした」、というから凄まじい。しかも、「泊めてもらった民家は千軒を超えている」という。

 宮本は、戦前から高度成長期まで日本各地を訪ね、土地の人々の話を収集した。戦前、22歳の頃から古老の聞き書きを始めた宮本は、民俗学者の柳田國男や、渋沢恵一の孫で民俗学に傾倒した渋沢敬三に師事し、日本全国を歩き回り、調査を本格的に行うようになる。

 彼の代表作、「忘れられた日本人」の中の一節。土佐の山中に住む盲目の古老はこう話し始める。「しかし、わしはあんたのような物好きにあうのははじめてじゃ、八十にもなってのう、八十じじいの話をききたいというてやって来る人にあうとは思わだった」。

 この古老は「ばくろう」で、ほうぼうを牛の売買をして歩く。その先々で出会った後家とねんごろになる。日本の生活者たちの「性」を、彼らの語り口そのままに記録して載せる。

 宮本はこうした記録をこう呼んだ。「記録しなければ表面化することのない歴史」。宮本常一の民俗学に登場するのは、その土地で生きる平凡な生活者たちである。だが、そうした平凡な人たちにも歴史がある。語るべき世界がある。それを残したいと宮本は考えた。

 「私自身はよく調査に行くとか、調査地などといっているけれど、実のところ教えてもらった。だから、話を聞く時も、『一つ教えて下さい。この土地のことについては、私はまったく素人なのですから、小学生に話すつもりで教えて下さい』、と言って話を聞くのが普通であった」。宮本は決して偉ぶらなかったという。「名刺を出すことも、調査の大義を述べることもよしとしなかった」。

 では、どうやって目の前の生身の人間の懐に飛び込んだのか。他の人には話さないような内容を聞き出せたのか。宮本はいう。「人はみんな、話したいことをもっている。その人が話したいことを、その人が話そうとしているときは、じっと聞いたらいい」。宮本の民俗学を成立させた「対人力」の根本とは、実は「聞く力」だったのだ。

 つまり、「問わず語り」。余計な質問も一切しない。古老の気の向くまま、進んでいく話をただ頷きながら聞いていく。話をした人たちは一様に、「先生のことは忘れられません」、「もうお目にかかることはないだろうが、ゆうべのように楽しかったことはなかった」と、宮本と過ごした時間は至福の時だったと口にした。

 今の学生が「物足りない」と言われてしまうのは、彼らが「あなた(会社)に興味をもっているんです」という積極的な聞くスタンスを出せないからだ。自分をアピールするのではなく、むしろ相手から相手の思いを聞き出す。これが実は、いちばん評価される対人力なのだ。●

 ネット社会では何でも自由に情報が入るため、人と接する機会も減ってくる。しかも、機会があっても積極的に人に話し掛けることも少なくなってきた。自らの周りに境界を設け、人との距離を置くことで煩わしく思う対人関係を避けているかのようだ。ネット社会の現在(いま)だからこそ、人の懐に飛び込んで、滅多に聞き出せない話を語らせた宮本常一の聞く力の凄さに驚かされる。(了)