港町・城下町・酒蔵の町伏見をめぐる(ウォーキング)

・日時:6月9日(金)10時〜15時
・【コース】:京阪淀屋橋駅(10時集合)−中書島駅−伏見港公園−濠川遊歩道−角倉了以記念碑−長建寺−月桂冠大倉記念館−寺田屋−油掛け地蔵−伏見銀座−(昼食は周辺の食堂)−銀座発祥の地−魚三郎玄関弾痕−御香宮神社−伏見桃山駅(現地解散 15時頃) (7km)
・参加者:25名
・天候:晴れ
・リーダー:佐藤義夫
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「濠川遊歩道」(伏見の町中を流れる川に沿って、遊歩道があり散策)
伏見は、江戸から明治にかけて、京都〜大坂間を結ぶ要衝の地であった。伏見港を築いたのは豊臣秀吉。秀吉の伏見城築城に伴って城下町が造られ、さらに宇治川の水運の港町として発展する。当時、人口は6万で京・大坂に次ぐ大都市となった。
・(*右上の写真)は、濠川遊歩道で、時々、十石船に出会う。川沿いには、柳並木、紫陽花など緑が美しい季節。

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「長建寺」 (ちょうけんじ)(伏見区東柳町)
元禄時代伏見奉行の建部内匠守が創建し”島の弁天さん”で親しまれ信仰されている。唐様の山門が印象的。江戸時代には、淀川を往復する廻船の守護神として、また遊女町には欠かせない音曲技芸の仏さまとして庶民の信仰を集める。

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「寺田屋」(伏見区南浜町)(龍馬襲撃の舞台となった船宿)
文久2年、寺田屋で会合していた薩摩藩士(尊皇攘夷派)が、島津久光が差し向けた穏健派の藩士らと同士討ちとなり、攘夷派9名が命を落とした寺田屋騒動。また慶長2年(1866)には、坂本龍馬襲撃事件の舞台となった。鳥羽伏見の戦いで焼失し、現在の建物はその後再建されたものと伝わる。

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「御香宮神社」 (ごこうのみや)(伏見区御香宮門前町)
貞観4年(866)に境内から香水が湧き出し、清和天皇に御香宮の名を賜ったと伝わる。神功皇后を主祭神とし(安産祈願で信仰)、仲哀天皇、応神天皇ほか6柱の神をまつる。幕末の1868年(慶応4)の鳥羽伏見の戦いでは、御香宮神社が官軍の陣地となった歴史を持つ。
・(*右の写真)御香宮神社の境内での集合写真。