民主的な中のイジメる心

◇◆どこにでも誰にでもイジメる”心”環境はあるのですね◆◇

前回のブログ記事に続く感じなのですが、
私は約20年前に千葉県鎌ケ谷市の
秋元病院という精神病院に半年ほど入院しました。

当時の秋元病院は、入院患者が100名ほどは
いたかと思います。とても大きな病院でした。

日本でもトップと言っていいほどの民主的な
環境の病院であることは間違いなく言えると思っています。
スタッフさんと患者さんの距離が近く、私も看護師さんには
本当に大変お世話になりました。

私は友達がいませんでしたので、
近所にある図書館へよく行きました。
新しいきれいな図書館で、書籍も本当によくそろっていました。

その頃の私は病状が悪すぎて、文字が読めませんでしたので、
写真のきれいな写真集や、画家の作品集などをよく見ていました。

ですが、、、ですね。どんな中でも「イジメ」は起きるものなのですね。
問題はそのイジメが起きた場合にどう対応するかなのだと思います。

私はある身体の大きな青年に目を付けられました。
私が食べているお菓子を取られそうになったり、
恫喝されたり、子分にされそうになりました。

そこで私の対応です。誰にも言わずに泣いていました。
これしかできないほど、病状が良くなかったのかもしれませんし、
考えがまわらなかったのかもしれませんね。
とにかく、退院するまで、この青年にはよくイジメられました。

私の対応の最大の不備さは、スタッフさん(看護師さん等)に
助けを求めなかったことです。私的には考えがそこまで
まわらなかったのですね。でも、このような状況の方って、
いるのでしょうか。怖いからとか、おとなしいからとか、
そのほかにも理由がいくつも複合的にあって、
とにかく助けを求められない人っているのでしょうか。

私は病院にいました。学校ではありません。
ですが、看護師や医師の方は先生みたいなものではないでしょうか。
秋元病院の看護師さんは多くいらしたと記憶しています。

それでは、私に対する「イジメ」に気づかなかった
秋元病院の看護師さん方が悪いということになるのでしょうか。

どこのまちでも国でも組織でも、「イジメ」とは起きてしまうものでは
ないでしょうか。問題は周りがどう対応してゆくかではないでしょうか。
私はとにかく「SOS」を出せませんでした。これではどうすることもできません。
そうです。秋元病院のスタッフさんが、患者同士のイジメにあった時の
ガイダンスをしておくべきだったというのは言い過ぎでしょうか。

というわけで、イジメは大人の社会でも起きるものです。
私はアルバイトの現場でもかなり酷いイジメを受けた経験もあります。
いずれそのことを言葉に記すときも来るかと思います。
今は、ここまで書いておきますね。

問題は私が「こんなにひどい目にあったんだよ」と
吐露することではけ口を求めるのではなく、
この世の中にはイジメが起きるのはどうしようもないことなのだから、
その場合にいかに周りがすみやかに対応するかだということだと
思うのですね。(さいきん、私はある特定の団体を誹謗中傷したので
えらそうなことは言えないのですが…。)

「イジメ」に対する周りの「対応」。
これです。これが北欧諸国ではどうなっているか、
私は大変興味があるのですね。昔、ある書籍で
アメリカの(あるコミュニティの話ですが)イジメの対応を読みました。

そのコミュニティでは、イジメを受けた子ども(生徒)が
授業中に教師に発言するのだそうです。そうすると、
そのイジメをした生徒はその場で教師に叱られます。
そのあと、その生徒は校長室に呼ばれて、
再度、校長先生と先ほどの教師との二名の先生に
時間をかけて叱られるのだそうです。
そうすると、その生徒は二度と、
そのイジメた生徒にイジメをしなくなるのだそうです。

「へぇ〜、そんなシステムになっているんだあ」
と感心した覚えがあります。まあ、アメリカと日本は
生徒の意識(気持ち)の部分も違うものが多大にあると思うので、
一概に比較はできないのですが、アメリカでは「イジメ」に対して
無くそうという意識が強いのかなと思えたりもしますね。

どこの国もそうなのでしょうか。
人が社会を作ってゆくのでしょうか。
社会が人を育ててゆくのでしょうか。両方なのでしょうか。
もっともっといろいろな様々な要因があって、
社会とは人とは育まれてゆくのでしょうか。