「言葉」についての雑感

・・・「言葉」について

改めて考えてみました。

言葉(私の場合、日本語&大阪弁♪)は

日頃何気な〜く使っていますが、

言葉といいものは、

それを使う特定の民族を、

その民族をたらしめている・・・

『民族のアイデンティティそのもの』のようです。

従いまして、

例えば西洋諸国の方が日本語をずっと話していますと、

その人の心(=魂)が『日本人化』してゆくということです。

以前ある教育関連の方が、

「私たちは学生時代(中高生の時)に

散々英語の勉強をしましたが、

殆どの人は大人になっても英語が話せません。

それを嘆き批判する面もあるかと思いますが、

『日本人の心(アイデンティティ)』を

守る・育む観点からすれば、

日本語以外の言葉を話せない方がいいのです」

とおっしゃいました。

極論を申しますと、

何等かの理由である特定の民族が独自の言葉を失うと、

その民族の魂(霊性)を失い、

民族自体がこの地球上から

消えるということであります。

民族の言葉の中には、

民族の魂(根幹)があるということです。

成程っ(^O^)☆☆☆☆☆

従いまして、異民族や他国・・・

異文化圏で頑張る方や

そんな地域と日本を繋ぐ

役割を担っている方以外は、

日本語以外の言葉を話す必要はないようです。

何だか安心しました(笑)♪

別角度から・・・

『言葉』という文字は『言(こと)』の『葉(は)』と書きます。

『は』は『はし〜端〜』。

つまり言葉とは、事(こと)の起こる端であり、

事の“ゴール”という端であります。

事の“スタート”は『心』そのものであります。

つまり、心で何らかの事を思い始めるのが、

事のスタートであり、言葉に発することがゴールであります。

従いまして、

心に思わないことは言葉にも発しないし、

そして現実世界で実現もしてゆかない・・・

言い方を変えますと、

心に思い描くことしか、言葉として現れ、

そして実現してゆかないということです。

・・・また別の角度から・・・

先日、車を運転していますと、

ふっ・・・と、

「『オカン』という言葉は、

『お母さん』の略なんや☆」

ということにハタと気づきました(笑)。

大阪弁は、大阪人の

「イラチ(早く伝えたい、早く行きたい、早く★★したい)」な気質が

よく顕れていて、

「オカアサン」という5文字を言うのが面倒くさく、

「ア」と「サ」が省かれ「オカン」になったと私は観ています。

他に「違う(チガウ)」という否定の言葉は、

「チャウ」と、「ガ」がちっちゃい「ャ」になり、

音の省略なされています。

ちなみに大阪弁での『強調型』は、

同じ言葉の繰り返しで

例えば「チガウ」は、「チャウチャウ!」と言います。

更に強調すると

「チャチャチャチャチャ〜ウ!」と、

何回も繰り返す上、「ウ」までも省略されます(笑)。

ご当地言葉も、こんな感じで、

土地ごとの地域性がありなかなか奥が深く、

面白いですね(^^)♪

あと、「鏡(かがみ)」という言葉について

教わったことを記したいと思います。

「カ」という大和言葉は「明るい」、

「ガ」は「暗い」。

我(ガ)など、人間の穢れた部分を意味するようです。

そして「ミ」は、私たち人間の「身」。

つまり鏡とは「私人間の明るい(美しい)

心身と暗い(汚い)心身両方・・・

ありのままを映すものということです。

鏡を見続けることにより、

自らの暗い部分を明るくすべく、

自らを美しくあり続ける鏡のように、

磨き続けなければならない・・・というのが、

鏡を祭っている神道の精神の根幹のようです。

「カガミ」ではなく、「カカミ」目指して、

精進しなければと思います(笑)。

そして、最後に思い出しました・・・

「箸」についてです。

「ハシ」とは端のことであり、

ハシとハシを繋ぐ(橋)という意味があるそうです。

日頃何気な〜く使っている箸ですが、

私たち箸を使う人間と食べ物(命のもと)を

繋いでくれているのがこの箸であります。

こうして改めて考えますと、

人間と食べ物を繋ぐ箸や川などの

両端を繋ぐ橋の存在に、益々有難さを感じます・・・。

この箸について更に深く考えますと、

一本ではなく、二本あります。

二本(ニホン。陰と陽)が仲良く連動することにより、

“一つの働き”が生まれ、

世の中が好転(生成発展)してゆきます。

夫婦や親子、上司部下、師匠と弟子などなど・・・

あらゆる陰と陽の存在との“合一”が

物事の全てを結実成就させてゆきます。

箸が一本ずつバラバラに動いていては、

物事がよくならないどころか、

混迷や対立を深めるだけです。

以上のような「二本」・・・

この「ニホン」という概念が、

「日本」という私たちが今生きる、

この国に名付けられた、

私たち日本人の『あるべき姿』であり、

使命・役割なのではないでしょうか(^^)♪