四国遍路は、「自分の声」を聴く旅 ②

8月19日、午後1時半。

88ヵ所遍路道で、最も難関な「遍路ころがし」の

11番藤井寺→山の上にある焼山寺への道。

海抜約0メートルから600メートルまで登ります。

一周目の時は、歩いて5時間50分かけて登り、

おもいっきり足を痛めてしまいましたが、

マイカーのおかげで、たった1時間ちょっとで

登ることが出来ました。

ほんと、車ってありがたいです。

本当は歩き遍路が一番したいんですが・・・

①時間

②お金

③体力・気力

以上3つが全部揃わないと出来ません。

死ぬまでに1回はしたいなと思いつつ、

しばらくは、お手軽にマイカーです。

12番さんへの道は、まさに蛇行の苦難の道。

カーナビを見てぞっとするカーブの連続(汗)。

だけど、このカーナビのおかげで、

99%道に迷うことなく、行けました。

苦労・苦難がない分、物足りない部分もありますが、

時間が短縮され、今の私のライフスタイルに合った、

お遍路の方法です(%笑う女%)(%ハート%)

これからも、マイカーをはじめ、

身の回りの「物」にも感謝して、大切に使っていきたいです。

実はこの右上の写真、撮影するのに、

30キロくらい飛ばしながら撮影し、

撮影後、カーブがあり、あやうく崖に落ちそうになりました(爆)☆

また、12番さんから13番さんへ向かおうと、

駐車場を出て、下りの狭い道になってエンジンふかした瞬間、

同じく、「やっと着いた!」とエンジンふかして

登って来たワゴン車に、正面衝突寸前になりました(%痛い女%)

またまた更に、見通しいい&広い道路で

制限速度よりも5キロ弱で走っていた前方の車に対して

遅いのにイライラして、おもいっきりアクセルふかして抜かした瞬間に、

左折しないといけない道があって、見事通り過ぎてしまい、

5キロ以上も大回りしてしまったという苦い経験をしました。

遅い車にイライラな気持ちのせいで、

「左折してください」というカーナビちゃんのメッセージを

聞き逃してしまいました。

ワゴン車とぶつかりそうになって、急ブレーキをかけた時、

ナビちゃん右側にぶらさげていた、生前、父方の祖母からもらった

31番竹林寺の知恵のお守りのぼんぼりさんが

ぼとっと取れました。

めっちゃ勝手な解釈ですが、

天国のおばあちゃんが、衝突寸前で助けてくれたんかな・・・と。

ちなみにおばあちゃんが生前「88ヵ所で一番良かったお寺」として

この12番・焼山寺だと言っていました。

孫の私が生きている間は、ずっとこうして要所要所で

見守ってくれている・・・そう信じきった方が、人生、豊に歩めそうです。

ちなみみ、これら3つのような、失敗は日常生活でもよくします。

つまり、「速さに偏重した生き方をしている」訳です。

速さが重要視していて、やっていることがお粗末・・・

人様に迷惑をかけているのです。

「追う」よりも「追われる」生活をしているんです。

だから、もっと遅く・・・ゆっくりせなアカン。

そう思ってました。今まで。

何でもぱっぱって早くする自分や、遅い人を責めている傾向にありました。

ぱっぱって早くできない時の自分をめちゃくちゃ責めてました。

だけど、大切なのは、早い・遅いではなく、

そこに「心が伴っているか?」だということに、今回の旅で気づきました。

早くても、確実にちゃんと、誰にも迷惑かけない

たくさんの人を幸せに出来れば◎!なんですよね。

遅くて、丁寧にやっているように見えても、

時間泥棒的に、非効率にやっているのは、完全なる罪です。

よしこちゃんとしては、

結局のこころ、量・スピードと質・心、両方を同時に

貪欲に追求し続けるしかない・・・と悟りました。

だけど、子育てのように、何かを育てるという過程においては

スピードには限界があると思います。

朝顔のような花は、早く育ちますが、

クスノキのような大木になる気は、そうカンタンに大きくなりません。

いろんな植物がいろんなスピードで大きくなり、

花を咲かせ、実をつける・・・。

その準備や、手入れはしつつも、

基本は「時期を待つ」というスタンスも大事なんだと思います。

私には、この「待つ」というのが、とってもニガテなんですが、

(せっかちなもんで・・・汗)

ぼちぼちできるようになっていきたいです。

8月20日(金)は、間、お仕事のメールを出す為に、

マクドのモバイルスポットを使用して、

45分くらい、遍路道から外れてましたが、

おかげさまで無事、1番から17番さんまで回り終えました。

次の18番さんは、徳島市近郊から、

小松島市へと向かいます。で、どんどん室戸岬に行きます。

17番さんと18番さんは20キロくらい離れてますので、

18番さん近くの民宿に泊まることにいたしました。

お遍路さんのお宿って、とっても好意的で、

空いていれば、その日に電話しても泊めてくださりますし、

訳あって、その日泊まれなくても、キャンセル料とかかかりません。

お遍路しようという人もすてきで、すばらしいですが、

お遍路さんを支える、四国遍路道におられる方々もすばらしい方、ばかりです。

お遍路さんは、人間の本質を発見する、人生の旅。

だから、人間の本質って、すばらしいって

私は信じたいです。

その民宿にはお遍路さんが書くノートがありました。

さらっと見ているうちに、いつのまにか読み込んでしまいました。

そこには、どうして遍路旅に出たのか?

どんな出会いがこの遍路道であったのか?

どんな気づきを得たのか?などが書かれていました。

まず、笑った?のが、

「娘の良縁祈願の為に、夫婦でお遍路さんしている」というおばさんの日記。

どうやら、前回回ったご利益があって、

今では結婚&妊娠中なんだそうで、お礼参りで来られたそうです。

よし!よしこちゃん・オカンも、一周回ってもらおか〜(他力本願!?・笑)

次は、日本人女性&アメリカ人男性(アメリカ在住)が、

新婚旅行で、歩いてお遍路さんしている!という

仰天☆お遍路スタイル。

お二人とも、とっても来てよかった!と大満足なご様子。

旦那さまは英語で感想を書かれておられ、

最後に日本語で 「おおきに くうかい」と

何故か大阪弁で書かれてマシタ(笑)。

よしこちゃんも、結婚して新婚旅行は、歩き遍路か!!!?(笑)

ほんと、うらやましい!どうかお遍路パワーで益々お幸せに〜(^0^)!

その次は、この不景気で仕事がなく、

その甲斐あって???お遍路に行く時間が取れ、

「仕事が来ますように」との祈願で回り終え、

すると、わんさか仕事が来だして、なくなく断る状態なんだそうで、

断られたお客さんも、「また、ヒマになったらお願いするね〜!」って

ありがた過ぎる、お言葉を頂戴している日々を書かれておられ、

そうやら、そのお礼参りで来られたそうです。

私が思いますに、

ホトケサマ&弘法大師・空海さまのパワーといいますか、

このお遍路の道で得た気づきで、自分の心が変わり、

自分の言動が変わり、仕事を呼ぶ人間に変わったんやと思います。

気づきを与えるのは、まず自分の純粋・素直な努力からはじまり、

そしたらホトケサマ&弘法大師・空海さまという

見えない世界のパワーから、「ひらめき」というカタチで

いい気づきが与えられ、で、また自分の努力を重ね

よりよい人生が歩めるんじゃないでしょうか?

まだ続きます。

今度は、亡くなられた旦那さんの供養のために

来られたおばさんの日記。

・・・昨日は主人の命日でした。
高知県で桜が咲き出したと聞いて、お遍路旅へ・・・
主人が生きていたら、きっと楽しい旅になるだろう・・・
主人は後、どれくらいで迎えに来てくれるのだろう・・・

地元の人が「桜は一週間早かったですね」。
だけど地元の人のやさしさ、そのひとことが嬉しくて・・・

「道あり 人それぞれの道有り 我が道も又 道なり」

この一句で締めくくられていました。

こんなにご主人(パートナー)のことを

この世にいなくなってからも愛し続けれるって

なんと、すばらしいこと、なんでしょうね。

愛する、愛し続ける、愛し抜く・・・

魂が最も美しく輝く瞬間・・・

・・・人間の、究極の幸せが、確実に、そこにあると私は確信しました。

そこまで人を愛することが出来るのが羨ましい。

そんな人とずっとこの人生を歩めるのであれば、

私もこの方のような生き方がしたい、そう思いました。

愛するということの、本当のこと、

短い文章でしたが、力強く、教えて頂いた気がいたしました。

こんなこと、なかなか日常生活で教えてくださる人はいません。

恥ずかしさからでしょうか?

それとも、色欲に流され、歪んだ寄り道の余計な

愛のつまみぐいをしているからでしょうか?

それとも、不足不満だらけの不完全燃焼の愛ばかり、なんでしょうか?・・・

ご主人も、その奥様に、魂を寄せて

今でもそっと見守っておられるでしょうね。

やっぱり人って、一人じゃないですよね。

他にも・・・

「見返りを思ってはいけない 今、自分に出来ることを、ただ、してあげる」

と書かれていた、おにいさん。

「『自分の足の声をしっかり聴きながら、ゆっくり歩けばいい』

BY地元のおばーちゃん のお言葉に、ほっとした。」という、

今まで猛ダッシュで歩いてきた、おにいさん。

「あたしは、何のために歩いてるんだろう。

どこに向かっているんだろう。」だけど確実に前には進んでいるという

若い女の子。

「自分が自分にならないで、誰が自分になる」という

相田みつをさんのお言葉を書かれていた、若いおにいさん。

自分という人間を知る、自分自身のための人生を見つける旅ですね。

このノートで見させて頂いた日記の最も感動したものは

最後にご紹介します。

〜つづく〜