レポート「ZAWORLD」

北海道岩見沢市は札幌の北東、電車で40分ほどのところにある。人口は約9万人。かつては東北最大の操車場を擁した交通の要衝だったが、現在は流行は札幌、安いものは郊外店へと客足は流れ、中心市街地はすっかり寂れている。
そんな中、「岩見沢をアートあふれる住みよい街にしていきたい」との思いから、岩見沢在住の遠藤歌奈子を中心に、数年前から岩見沢に統合された北海道教育大学芸術過程の学生などが集い、様々なアートによる取り組みが始まった。
08年、遠藤は商店街の空き店舗を借りてアート・スペース「iwamizawa90°(イワミザワキュウマル)」の運営を開始。行政に直談判し、賃借料の補助金を獲得する一方、商店街の了解を取り付け、アーケードの老朽化した柱約100本を3ヶ月かけてピンク色に塗りなおす「ペイントホリディ」や、中心市街地活性化会議と連携し、商店街のシャッターに学生の手を借りて絵を描く「まちいっぱいアート計画」などを矢つぎ早に実行に移した。「まちいっぱいアート計画」は1年で10軒ほどが完成。好評で注文は後を絶たない状況である。
こうした中、8〜9月の1ヶ月間にわたり、岩見沢を舞台に行うアート・プロジェクト「ZAWORLD(ザワールド)」が企画された。

「ZAWORLD」は大きく分けて、二つのプログラムからなっている。映像作家の大木裕之氏とコミュニティ・アートの門脇篤氏という招聘アーティストによる一週間のレジデンス・プログラムと、札幌在住の似顔絵画家・黒田晃弘氏をはじめ、広い意味での地元アーティストによる商店街を使った展示プログラム「まちいっぱいアート展」である。
むしろ国内よりも海外での評価が高い大木氏は高知在住。脳内映像をそのままコラージュしたような独特の映像世界で知られ、社会の枠にほとんどとらわれることのない破天荒な日常行動も圧巻。一方の門脇氏は宮城在住。アーティストとは思えない常識派として知られ、積み上げ型のコミュニケーションや誰でも参加できるワークショップを駆使した作品に定評がある。このふたりの役割は「他者」としての存在にあったと言える。
大木氏は、岩見沢がロケ地のひとつであるドキュメンタリー「メイ」の制作6年目に入っており、今回はさらに本プロジェクトを機に新作「コイ」の制作に入るという。観客はいっさいのストーリー性を排した、非常に特異な他者の目を通して岩見沢を注視させられることとなった。上映後、北海道教育大で映像を学ぶ学生たちからは、大木氏に対し非常に活発な質問がよせられ、その内容からは上映が非常に大きなインパクトを生み出したことがうかがい知れた。「コイ」「メイ」の制作は今後、長期にわたって行われることが予想され、本プロジェクトや学生たちにも影響を与えつづけていくものと思われる。

門脇氏は、岩見沢が赤レンガの街であることから、これをモチーフにワークショップ形式の作品制作を行った。プラスティック・ダンボールをレンガ状にしたものに好きなことを描いてもらい、これで「城」をつくるのが当初の企画であったが、会期最後の週末に重なっていた岩見沢市最大の祭り「百餅祭り」に対して遠藤が行った交渉がとんとん拍子に成功し、祭りメイン会場でワークショップや制作を行ってよいばかりでなく、「みこし」をつくって最大の山場であるホンモノの神輿かつぎの前座として通りを練り歩いてはどうかという提案まで引き出した。門脇作品は、その独特の素人感あふれる世界を盾に、既存のコミュニティに入り込んでいくためのツールとしてうまく「利用」されることを待っており、遠藤はこうした門脇作品のねらいをうまくつかんで既存の組織に切り込んでいったと言える。企画は大好評で、すでに「来年も何かおもしろいことを」との声があがっている。

「まちいっぱいアート展」は、岩見沢の喫茶店、居酒屋、米屋、ギャラリーなど15箇所を会場に、地域で活動を展開する作家・学生約50名によって行われた。
iwamizawa90°2階ギャラリーに展示された、横浜トリエンナーレ作家・黒田晃弘氏の似顔絵は、岩見沢市長や商店主、住民など、岩見沢に住む30名あまりを訪ね、コミュニケーションを重ねながら制作されたものである。

同スペース1階では石倉美萌菜・太田博子・小坂祐美子の3氏によるユニット「××(ちょめちょめ)ラビリンス」によるインスタレーションが展示された。実在のイケメン男子に写真を撮らせてもらい、彼との恋愛関係を軸にしたフィクション世界を作品化したもので、昨年から取り組んでいるシリーズである。
商店街での展示は、M.ババッチ氏による和田家具店でのスクラップアートの展示をはじめ、展示作家と展示場所とのマッチングがうまくいき、多くの店舗から「店に合ったものを紹介してもらってうれしい」という声が聞かれた。その一方で、展示作家との接触が少なかった店舗では、「もう少し足を運んでほしかった」といった反応も見られた。こうしたコミュニケーション不足による不満は、逆に言えば店側からの期待度の高さを示しているわけで、今後への課題として活かしていきたい点である。
 期間中、門脇氏による各地でのプロジェクト型のアートの取り組みに関する事例報告が行われた。「IWAMIZAWA ART MEETING NIGHT」と題された席には20名ほどが出席し、苦労話やこぼれ話のほか、なぜこうした取り組みが今必要なのかが説かれた。同時に、岩見沢ではじまった取り組みを相対化する視点として、JR岩見沢駅内の市施設である「有明交流プラザギャラリー」では、「NIPPON ART PROJECT展」と題して、日本各地のアート・プロジェクトを大きな地図で一望できるようにするとともに、それらを運営する団体からパンフレットやチラシなどを送ってもらい、来場者が気軽に持ち帰れるようにした。
初めて行われた今回の岩見沢でのプロジェクトは、総花的であったと言える。展示場所を含め、可能な限り広く、多くの人を相手に動き回り、結果としては岩見沢ではどこまでアートが受け入れられるのか、その範囲をさぐることができた。そして正直、ここまで街がアートを受け入れてくれるとは思いもよらなかった。来年は逆にポイントを絞り込み、岩見沢でしかできないことを見定めていく年にしていきたい。
今回、プロジェクトに参加した多くの人は、アートという“回路”がなければ、おそらくこの街についてこれほど多くを知ることもなかっただろうし、多くの人と関わることもなかっただろう。アートをきっかけにして、こんなにも大きく自分たちの環境を変えることができるということを、もっと多くの人にも体験してもらいたいと思う。