始まりの地シアトルへ ICHRO VS MATSUI

ボランタリーライフ・ポータル,関西ええこと.mot,CSR,宝塚NPOCの中間支援サービスの転換,ソーシャル・デザイン・ファンドの設立などなど,今の僕を支えているルーツが4年前のシアトル調査にあります.
キャパシティビルディングの大切さを痛感し,寄付・助成系のコミュニティ・ファンドとしてのイメージを膨らませ(%ニコ男%)

空港からのタクシーの中,ふと振り返ると,つらいこともあり挫折もあり,もちろん楽しいこともあり.
挫けそうになり,どこを進んでいるの分からない暗闇もあり.
別れがあり,出会いがあり.
当時の仕掛け人は,同じ組織という意味では僕以外残っていません(もちろん皆さん生きています!).

多くのファンドレイジングに失敗し,でも,いくつかの資金や応援で1つ1つかたちをつくり,ようやくここまで.

節目節目で陰ながら支えてくれたHさんに「ようやくここまで来たね(%ニコ男%)」と言われた時には,思わず泣いちゃいそうになりました.
実際にHさんのおかげで助成金等が決まった時は,ラッキー程度にしか思っていなかったと思います.
今になってようやく分かるようになったのですが,ちょっとした紹介・調整や数十万円の助成金であっても,その縁がきっかけとなり,大きな変化や全く違う未来が拓けます.
素敵な未来が拓けるようにと,小さな希望と期待を込めて,NPOに携わる人たちは縁を提供してくれます.

今回のシアトルは,サンフランシスコ調査の後,延泊で.
個人的な観光というわけではなく,本業である中間支援NPOの事業の一環として,それも4年前のテーマを具体化したその流れの中でのシアトル(%ニヤ男%)

本業の仕事のついでにシアトルに飛べる,これが重要なんです.(%痛い男%)

そのサンフランシスコ調査では,いくつもの発見と新しい展開の種が.(%音符2%)

なかでも,Tides CenterのバックオフィスサービスやCompassPointのサポートサービス・コンセプトなどは,宝塚NPOCやSDFが目指す方向と一緒でした.
実際の運営方法も.

彼らはサンフランシスコのNPO界で”尖がった”存在だそうです.

宝塚NPOCやSDFも同じ状況にあります.

少数派であるがゆえに,自らが改善し新しい方法を創っていかなければならない.
彼らはその存在をサンフランシスコで高く評価され,同時に彼らのスタッフは輝いた眼で,自信を持って働いていました.
そんな彼らと,宝塚NPOCとSDFの立ち位置や考え方は,なんら変わらない.
だれに教わるでもなく,1つ1つ創ってきたことと同じことが,サンフランシスコで少し進んだ形で存在し,高く評価されていました.

今やっていることが好きで,楽しくてしようがない
僕のこの気持ちはこれから揺らぐことはないです.

いろんな国や地域を旅し,これからも数多くのNPO人に会っていきたいです(%ニコ男%)

この4年間の様々な思い出を胸に(%ニコ男%),シアトルへ.

なにか,ようやく,心の整理がつけられそうです.

といいつつも,土日は観光.

ちょうど,シアトルマリナーズ VS NYヤンキース.

日本から良いチケットが取れず,Azumano Internationalという代理店に依頼.
現地に着くまで不安でしたが,無事,希望の席がありました.

残念ながらイチローのヒットは見れず(%ショボ男%)

対する松井は3安打の猛打賞.

試合はヤンキースが勝ちました(%ショボ男%)

ICHROも松井も同年代.
ベースボールを楽しんで,これからも活躍してほしいです(%ニコ男%)