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日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)
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2013/06/04のBlog
NVNADでは、野田村社会福祉協議会が推進されている「地域見守り勉強会」を応援して参りました。今年度は、さらに、この勉強会で学び実践していく学生さんを選考し、鳥居寛君(京都大学総合人間学部4回生)をNVNADから支援することとしました。初めて野田村を訪れた鳥居君からの報告です。

<題名>野田村に初めて行ってきました。

<本文>
5月30日(木)から6月2日(日)と短い間でしたが、NVNADさんのご支援を受けて、野田村に行ってきました。それまでも、講義などを通して野田村について話を伺っていたのですが、実際に行くのは今回が初めてでした。京都から野田村までは大変遠く、朝6時に出発して、新幹線やバスを乗り継いで、昼の3時に着くという大移動でした。海に近い場所に建っていた家はほとんどが津波によって流されてしまい、家の基礎などがその面影を残すのみとなっています。また、かつてそこにあったという松林も今では数本しか残っておらず、海水をかぶってしまったために枯れかけているものもあります。町を歩いてみても、海から離れた場所にたっている鳥居の柱には、津波に流された瓦礫によって残された傷がついていたりと、今でも2年前の東日本大震災の痕跡が残されていることがわかります。しかし、夜はカエルの鳴き声があたりをつつみ近くに明かりはほとんどないため星空がきれいに見える、のどかな場所でした。
二日目の31日には、野田村の社会福祉協議会の方との平成25年度第一回目の地域見守り勉強会に参加させていただきました。これまでも何回も開催されており、その主な目的は、震災からの復興の際に想定される課題がどのようなものであり、いかに対処していくかということについて、情報交換をして実践を高めていくことです。今回のメインテーマとしては、今後仮設住宅等から災害公営住宅等へ引越しをされる方が増えていくと考えられるが、その具体的な時期はいつ頃であり、どのようなニーズが生まれ、それに対してどのようにして支援をしていけるか、ということでした。震災から2年経った今でも、多くの人が仮設住宅に住んでいます。野田村では高台団地が2015年に完成する予定であり、今年からは災害公営住宅への引越しも本格化していくと考えられるのですが、それまでに様々に想定しておく必要があります。引越しの際には、荷造り・運送・荷解き・掃除といった段階があるが、どの段階でどこまで手伝うことができるかは世帯ごとに異なってくるので、地域見守り活動を通じて世帯ごとのニーズを捉えていく必要があることがわかりました。しかし、引越しを手伝う側の人手不足が課題としてあがってきました。社会福祉協議会の方だけではとても回らないので、ボランティアの方や地元の高校生をいかにして巻き込んでいくかを考えなければなりません。また、仮設住宅に暮らす小さなお子さんがいる家庭で、うるさくして周りに迷惑をかけているのではないかという気遣いから一時的にアパートを借り、そこから高台団地に移転したいのだが制度としては認められないという話も出てきました。全体として高台移転のめどはたっているとはいえ、しばらくは仮設住宅での暮らしも続き、個々の事情も異なるので、柔軟な対応ができるよう検討していくことも大事だと思われます。このように課題もあるのですが、引越しは手伝う側と相手が仲良くなれるチャンスでもあると思われます。勉強会を情報共有の場とし、引越しのお手伝いに積極的に関わっていきたいと思います。
私は初めて地域見守り勉強会に参加させていただき、今回は、現状や課題の把握にとどまってしまいましたが、次回からは、一歩踏み込んで一緒に考えていけたらと思います。次回は、6月の下旬を予定しており、具体的な引越しの際のニーズ共有などをしていく予定です。
 三日目の1日には、泉沢仮設の方との交流会に参加させていただきました。交流会には老若男女問わず15人ほどの仮設住宅の方が参加してくださり今回で19回目ということでした。子供たちと野球をしたり、おばあちゃん方と「どう引き」という遊びをしたりとたいへん楽しませていただきました。交流会を通じて仮設住宅の方が世代を超えて関わっていることを感じました。勉強会であがったようなトラブルもやはり生まれてくるのでしょうが、多くの人がお互いに気を遣いあって暮らしていると思いました。この交流会にもまた参加させていただくつもりです。
 今回、短い期間でしたが初めて野田村に行き、実際に暮らす人と話し、現状や課題を聞かせていただくことで分かったことが多々あります。これを、京都で一回整理して、次回6月の下旬に来る際に活かせるようにしてゆきたいと思います。
2013/06/03のBlog
5月31日(金)18時20分から、西宮市市民交流センターにて、「野田村ファンクラブのつどい」を開催しました。
私たち日本災害救援ボランティアネットワーク(NVNAD)、関西学院大学、大阪大学の有志が集まりファンクラブを結成し、岩手県野田村のファンを一人でも増やして、関西でゆるやかなネットワークをつくることを目的に、2011年9月にこのつどいをスタートさせました。今回が第6回目の開催となりました。
今回のプログラムは、まず参加者全員が4つのグループに分かれて、グループごとに自己紹介をした後、まず最初に、今年の3月9日~11日に野田村を訪問した時のボランティアバスの活動報告、次に、この3月末まで1年間野田村に滞在していた大阪大学の塩田君による「野田村での滞在をふりかえって」と題したミニ講演会、そして最後に、「次にボランティアバスを出すとしたらどういう企画をするか?」というテーマでグループディスカッションを行いました。大学生を中心に社会人の方もご参加いただき、とても有意義なつどいになったのではないかと思います。今回出された様々な意見を参考にしながら、野田村の皆様のことを想い考え、これからの活動につなげていければと思っています。ご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
2013/05/22のBlog
福島県南相馬市では、震災から2年が経った今でも、東日本大震災の被害から、自宅に住むことが叶わない多くの皆様が仮設住宅に住んでおられます。本日は、昨年に引き続き、新潟県小千谷市塩谷集落の有志の会「塩谷分校」、「芒種庵をつくる会」、小千谷市役所職員の方々が、小千谷市復興支援室の支援を一部受けて、訪問されました。昨年は、NVNADからの支援も含めて実施されましたので、今年もNVNADからスタッフが同行しました。
現地には、学生時代から塩谷集落と関わってきた大阪大学や長岡技術大学の卒業生、数年前より福島から塩谷集落の支援を続けておられるご夫婦なども駆けつけて下さり、総勢31名が集まって、山菜天ぷらそばの炊き出しイベントが行われました。このイベントは、交流を目的としたイベントで、先の見えない生活を余儀なくされている被災者の方々の気持ちが少しでも安らいでいただけたらとの思いで実施されたものです。
塩谷集落と南相馬市は、東日本大震災により避難してこられた南相馬市の皆様と、田植え、夏野菜のプレゼント、稲刈りなどを通じて交流されてきました。具体的には、2012年5月には第1回山菜天ぷらそばの炊き出しを行い、同年11月には、今度は、南相馬の方々を塩谷集落の村祭りにお招きするといったように、交流を続けておられます。塩谷集落は2004年の中越地震、南相馬市は2011年の東日本大震災の被災地です。それぞれの震災を経験した人々は、被災したからこそわかり合える面も多く、また、同時に、被災によるそれぞれの苦しみや葛藤は、実は、容易には分かり合えないということを噛みしめながら、互いに交流を深め、今回の2回目の炊き出しが実現しました。
炊き出し前日の18日、塩谷集落センターには多くの人々が集まっていました。イベントの準備をするためです。コゴミ、フキノトウ、ウドなど、塩谷集落で採れた山菜が住民の手によってセンターに集められ、それを天ぷらにしやすいように切っていきます。そして、苦みが残らないように丁寧に洗っていき、発泡スチロールの箱いっぱいに詰めていきます。何箱にもなった新鮮な山菜は、調理用とお土産用に分けて準備しました。その後、調理器具や調味料、テーブルや食器などを用意し、軽トラック2台に積み込み、全ての準備が完了しました。翌日に備え、皆さん、その日は早めに就寝されました。
炊き出し当日、朝5時、小千谷小学校の駐車場には、南相馬に向かう人々が集まってきました。軽トラックから荷物を運び出し、小千谷観光のバスに積み込んだら出発です。参加者の一人に昨日は眠れましたかとお伺いすると、「寝れなかったんだよ。ドキドキしちゃって」とおっしゃっていました。まさに遠足に行く前の子供のように、夜も眠れないほど今日という日を楽しみにされていたようです。小千谷市から南相馬市までは、バスで5時間。サービスエリアで休憩をはさみながら、一行は南相馬へと向かいました。
朝10時、南相馬の仮設住宅に到着しました。代表者の方と挨拶を交わし、準備を進めていきます。2回目の炊き出しだけあって、スムーズに準備を進めていると、その様子を見に仮設住宅の人が集まってこられました。予定よりも30分ほど早く準備が完了しましたが、すでに人だかりができており、予定時刻を待たずに炊き出しを開始しました。そばをゆでるチーム、つゆを入れるチーム、天ぷらを揚げるチームに分かれ、どんどんそばが手渡されていき、南相馬の方々は、「山菜の天ぷらが、いい香りがしておいしい」と会話を弾ませながらそばを召し上がっていました。その中には、塩谷集落の村祭りに来られていた方もいらっしゃって、「またこのような形で塩谷集落のみなさまに会えてうれしい。良いことだねぇ」と感動した様子でした。
時間はあっという間に過ぎ、名残を惜しみつつも、片づけ作業を行いました。別れの挨拶のとき、仮設住宅の区長さんが、震災後2年という現状を語って下さいました。抑えようとした感情が溢れ出すかのように、声を震わせながら語る区長さんの姿からは、先が見えない状況で、自分ではどうすることもできないといった悔しさが滲み出しており、改めて厳しい現状を認識させられました。その想いを受けた塩谷分校の生徒会長は、穏やかな口調で、「自分たちには、そばを出すことくらいしかできないけれど、南相馬の方々のお気持ちが少しでも安らいでくれたらと思う」と語られました。マラソンのように長く厳しい復興への道のりの中で、ともに寄り添いながら走ってくれる存在は非常に大きなものだと思います。これからも互いに心を通わせられるような関係が末永く続いていくことを祈ります。
今回、盛り上げてくださった塩谷分校の皆様、芒種庵をつくる会の皆様、また、小千谷市復興支援員の皆様、駆けつけて下さった卒業の皆様をはじめボランティアで参加してくださった皆さま、どうもお疲れ様でした。NVNADでは、引き続き、こうした交流のお手伝いをさせて頂きたいと思います。
2013/05/21のBlog
5月18日(土)~19日(日)、兵庫県佐用町にチャコネット(佐用町学生支援ネットワーク)の学生さんたちと一緒に行ってきました。18日朝10時JR大阪駅発の新快速電車に乗って相生駅まで行き、そこからレンタカーで佐用町を目指しました。途中上郡で昼食をとり13時前に佐用町に到着しました。今回は「佐用町のことをもっと知ろう」ということで、全国的にも有名な西はりま天文台に行ってみました。昼間なのでもちろん星空は見ることは出来ませんでしたが、小高い丘の上にある施設全体は、素敵な公園になっていて木々の新緑がとてもまぶしかったです。その後、佐用町の病院に入院されている久崎の方をお見舞いしてから、近くのマックスバリーで夕食の食材としそソフトクリーム用の材料を購入しました。そして、宿泊先の笹ケ丘荘のログハウスで、しそと砂糖でまずジャムを作り、それを市販のアイスクリームと混ぜ合わせてしそソフトの試作品を作ってみました。夕食後はメンバーで、6月に予定している親子イベントについての打ち合わせを行いました。
翌19日(日)は朝9時に久崎のフーズくろだに移動し、カフェの準備作業と久崎地区全体のマップづくりを行いました。また、チャコ畑のまわりに雑草が生い茂っていたので、その草抜きを3人で行いました。その後、カフェのビラを各家庭に配布してまわり、昼前に笹ケ丘荘のレストランに移動して昼食を食べました。午後1時からフーズくろださんの空きスペースでいつものカフェを開催しました。この日は朝からあいにくの雨でしたので、カフェの参加者は少なかったですが、久崎の皆様と商品(ソフトクリーム)づくりについて色々と話し合えたので、とても有意義な時間だったと思います。5月末には「災害ツーリズム」の実施、また6月には親子の交流イベントや新商品の試作づくりなどを行う予定です。
2013/04/23のBlog
4月14日(日)、朝9時過ぎから西宮の高木公園で恒例の高木春祭りが開催され、子ども会や自治会など地元のグループが中心に、飲食やゲームなど色々なブースを出店されていました。我々NVNADも1つブースを出させていただきました。今回は、東日本大震災での支援活動を継続している岩手県野田村でのボランティア活動の写真パネルを展示させていただき、また、子どもたち向けに魚釣りゲームを実施させていただきました。毎年春と秋に行われているこのお祭りには、毎回たくさんの親子連れの参加があり、この日もとてもいいお天気で、お祭り会場内は多くの来場者でにぎわっていました。ブース出店にあたり、高木地区の土井様をはじめ、高木公園管理運営委員会の皆様には大変お世話になりました。