「香(かおり)へ 」 横山 明美

 これは長くて悪い夢であって欲しかった。一年毎に以前のあなたは薄くなり、
今のあなたが濃くなってきて、一体どっちが本当のあなたなのか判らなくなるから
不思議です。眼は生まれたばかりの赤ん坊のようにきれいで、その頃に戻って
しまったのかと思う程です。お母さんはこの歳になって、あなたを一から育て
直さねばならないのでしょうか。
 二十世紀も残り一日となったあの日の夜、真に悪夢のような事故で、あなたは
危うく自分の命をもカウントダウンされそうになりましたね。信号無視のトラック
が、幸せだったあなたを植物のように動けない体にかえてしまってから六年が
経ちました。かつて福祉を学んであなたに与えられた物は、卒業証書ではなく、
一級の障害者手帳でした。でもお母さんは信じています。やがてあなたが、
自分の力で動き出す日がくることを。

上のすばらしい文章は、福島県の猪苗代町絆づくり実行委員会他主催、日本郵政公社他後援の、第4回心の手紙コンテスト「母から子への手紙 あなたに伝えたい想いがある」に横山さんが、交通事故によって不幸にして突然21歳で遷延性意識障害者にされてしまったお嬢さんへの気持ちを書いて応募したところ、1572通もの応募の中から大賞(1編)に選ばれたものです。わかば便り31号に掲載されたものを横山さんの御厚意により転載しました。