SHIBUMI & SATORI _「シブミとサトリ」

_「シブミ

サトリ」

というと

_

和の真髄をいかに究めるか?という修行がテーマとなって
禅の境地などを、いかに言葉で言い表すのかと思いあぐねるうちに、
しち面倒くさくなってしまう!

これについて西洋の人から見るとどのように表現するのか?
好奇心がムクムクと湧き上がってきて2冊の本を読みました。

SHIBUMIは、トレヴェニアンが1979年に著したスパイスリラー、冒険アクション小説。

SATORI は、2011年、ドン ウィンズロゥがトレヴェニアンの設定した
登場人物のキャラクターを受け継いで続編を綴ってみるという
ちょっと気の効いたお遊びが基になっている。

1930年代、の上海。当時の統治責任者であった岸川将軍の
さりげなく人生を語る彼の箴言が、物語の底の部分で
脈々とながれていることを感じずにはいられない。

アメリカに代表される物質主義が世界中に蔓延していくことを
徹底して批判して、その対極にある日本文化の持つ静的な
不思議な魅力にスポットを当てている。

また、日本の文化が西洋の価値観に毒された昨今、
手付かずの文化は、バスク地方にしか残っていないとも言っている。

前置きは、このぐらいにして、

〈シブミ〉
_控え目なものが持つ優雅さ。

〈サトリ〉
_仏教の一宗派である禅宗の概念で、
物事の実相を不意に認識することを指す。

それは瞑想や思索の結果としてではなく、微風に乗って、あるいは
炎の閃きや木の葉の落下とともに訪れる。

〈シブミ〉の方がすきかも〜