中国における「一人っ子」政策

日本にいる間、凌さんも「一人っ子」とよく聞かれました。「いいえ」と答えると、相手は目が大きくなり、大変驚く姿が現れました。
実は、中国の「一人っ子」政策が発足されたのは1979年のことでした。その背景としては、1949年新しい中国(中華人民共和国)が成立された当時、中国の人口は4億余りしかなかった。しかしながら、中国政府は人口を増やさせる政策を取りました。子どもを沢山生む母親は「光栄母親」というスローガンの下で、5、6人兄弟の家庭は普通であり、60年代の後期から70年代にかけて、2、3人兄弟の家庭が多くなりました。この背景には、膨張を続ける中国の人口を押さえ込むため、1979年中国政府は「一人っ子」政策を実行し始め、夫婦の間には1人の子どもしか産めない政策を取った。これに並行して「晩婚晩育」というスローガンも打ち出し、子どもの出生数を減らすようにコントロールし始めた。しかしながら、「一人っ子」政策は国の法律には組み入れていなかったため、実際の運営面では地域によってはその地域の状況を踏まえて、必ずしも厳守されないケースも生じた。とりわけ農村部においては、必要な労働力を確保し、しかも伝統的な男尊女卑という考えから2人の子どもを持つ家庭も多かった。ある地域では2人迄産めるというローカル政策も出していた。最近、結婚年齢になっている「一人っ子」達は結婚して一人っ子しか生めなかったら、その家族の構成はピラミッドのようになってしまいます。その上、早くも高齢化社会になってくる中で、「一人っ子」政策は緩める傾向が現れています。