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よしこちゃんの部屋
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2016/08/06のBlog
[ 23:01 ] [ 遍路修行日記 ]
一週間前・・・

私を「四国八十八ヶ所霊場会 公認先達」

に導いて下さった、

大先達の引田さんから

「僕のお四国の講【三和会】主催の

お四国参りに来ない^^?」と

ある種メチャ振り?なお誘いを受け、

ちょうど恩師・引田大先達に、

先達関連のことで教えて頂きたいことがありましたので、

5日夜の夜行バスに飛び乗り、

お四国に参りましたぁ~(^0^)♪



さすがお遍路先達キャリアの豊富な

引田大先達だけありまして、

私の疑問に対して的確にお答え頂き・・・

さらに、今まで何となーく、

人まねをしていたことが、

何故それをすべきなのか?

してはいけないのか?

みっちり理詰めで教えていただきました。



ほんと・・・持つべきものは

清く正しく美しく精進し続ける、

師匠であります。

感謝&感激っ(ー人ー)☆



愛媛県伊予西条市にある

「64番前神寺」にお参りした際、

たまたま前神寺の佐々木管長さま

(※前神寺は真言宗の一つの宗派・前神寺派を立てておりますので、

住職ではなく、管長となります)とお会いし、

(引田大先達経由にて)前神寺さんのご推薦で

公認先達になれたことの御礼を改めてさせていただき、

更に今年12月「昇補」にて「権中先達」に

ランクアップを希望しているということ

(現在前神寺さんに書類提出中です)、

そして今年3月20日、大阪楽心会にて、

大師堂前にある、燈明台の修繕奉納をさせて頂いた者です・・・と

アピールさせていただきました(笑)。

覚えていていただけたようで、

とてもうれしく思いました(ー人ー)☆



こんな感じで、趣味・・・いや、

ライフワークとして、

ちょっとずつこのお四国先達修行を続けることにより、

心身の精進を達成し、

よりよい人生の形成【自他の救済】に

邁進したいと思ってま~す(^人^)♪




【写真】今日のお四国・遍路道で出合った、

美しい人・風景・お花たち。

そして修繕奉納させて頂きました、

前神寺・大師堂の燈明台の前にて♪


2016/08/05のBlog
[ 20:56 ] [ よしこちゃんのココロの底 ]
東京から一旦大阪に戻り、

これから梅田発の夜行バスに乗って、

「お四国修業」に参ります。





・・・東京にいた時に訳あって銀座に行きました。

大阪には無い、たくさんの人が行き交う、

めちゃくちゃ大きなスクランブル交差点を斜めに渡ると、

水族館らしきものがあり、

そこに本物の熱帯魚が泳ぐディスプレイが施されていました。



どうやら、この催し物のようです↓

http://www.sonybuilding.jp/event/aqua/



そこに、移動式ベットに寝たきりの見るからに

障がい者の思春期頃の男の子とそのお母さんがいました。



お母さんは、息子のベットを熱帯魚の

ディスプレイの前に移動させた後、

カバンからデジカメを取り出し、

息子さんを写真撮影していました。



息子さんは障害が障害だけに、

身体の動きだけでなく顔の表情一つ変えることは無いのですが、

撮影したお母さんの笑顔がめちゃくちゃステキで、

息子さんにいろいろと話しかけておられました。



そんな見た目の息子さんですが、

心ではお母さんと同じステキな笑顔なんだと感じました。

見た目はどんな状態であっでも幸せに包まれた親子で、

私は【本当の幸せは「見た目」とは違うところにある】

と読み解きました。



幸不幸のその認識は他人が決めるのではなく、

自分が決めることであります。



私は見た目だけ美しく装っている

都会の風景や人間は好きではありませんが、

そんな美しい【親子愛】の風景があり・・・

銀座全体が美しく感じて、心洗われた瞬間となりました。

私の心にずっと記録させて頂きます。



・・・ほんと、自ら動くと、得られることはとても多いです。



今回の「お四国修業」も自らの意思選択で参りますので、

また何か掴んで帰りたいと思っています(^人^)☆

2016/08/02のBlog
人生には【恩師】と呼べる人が

誰にもいらしゃるかと思います。

私も何人かいて、おかげさまでその数は

どんどん増加傾向にあるのですが、

その恩師のお一人・古芝保治さんが

2冊目の著書をダイヤモンド社より出版され、

そのパーティーが1日・天王寺の都ホテルにて開催され、

喜んで参加して参りました



神々しい古芝さんらしい・・・

手づくり&打ち合わせ無し、

そしておもてなし満載のパーティーでした。



パーティーでの収益並びに著書の印税は全て

“熊本“にご寄附されるとのことです。



ここで改めてなぜ古芝さんが恩師なのかを記載したいと思います。



私が28歳の時に起業して間もない頃、

地元の「中小企業家同友会」に入会し、

最初に参加した八尾支部例会で

古芝さんとお会いしその後、

私への応援の意味も込めて、

古芝さんの会社のお名刺や、

今も続く月刊広報誌『ありがとう新聞』の製作ご依頼を頂き、

その製作を通して、「広報誌」というものを作れるようになり、

それが大阪府倫理法人会の月刊広報誌

『なにわニュース』などの製作へと繋がり、

私の仕事の幅をぐっと広げてくださいました。



更に、その新聞の製作などを通して、

古芝さんが伝道師となられている

「3S(整理・整頓・清掃)活動」のイロハから応用編まで伝授頂き、

自分自身の身辺・パソコンの中、

そして頭&心の中まで、3Sが習慣化し、

私の仕事だけではなく、人生をも強靭にし続けて頂いております。



「人生とは良き師匠と友を得るべきだ」と、

どなたから教えて頂きましたが、

起業して間がない時に、よき師匠を得、

それが私の当時最大の幸運だったと今、

ひしひしとかみしめています。



そして古芝さんには「倫理法人会」をご紹介いたしました。



今から8年以上前、31歳の時に入会し、

先述しました、過去5年8ヶ月担当しました

大阪府倫理法人会の『なにわニュース』の

編集担当というお役目を通して、仕事面以外にも、

本当に多くのことを学び、体得することが出来ました。



広報委員会では当時の委員長・澤田さんに

とてもお世話になりました。



倫理法人会入会時、当時の大阪府倫理の会長で

地元商工会議所青年部の先輩・上能さんから

大阪府倫理の「普及拡大副委員長」をするようにお願いされ・・・



更に古芝さんのご紹介でご縁頂き、

上能さんの後に会長をされた三原さんには

大阪府倫理で新しく「青年委員会」を作るようミッションを与えられ、

その「青年副委員長」として、

当時の委員長の加藤さんや委員さんと一緒に

2年間、がんばっていました。



その後、大阪府倫理の中枢をちょっと離れ、

今はヒッソリと?地元・八尾倫理の副専任幹事で収まってますが(笑)、

大阪府倫理での各種お役のを通してのご縁で

全国倫理法人会の方々とのご縁がどんどん広がり、

そして倫理法人会以外の各種活動に参加するようになり、

それで今回も東京に行く運びとなりました。



こんな感じで、古芝さんというたった一人のご縁から、

底なしの末広がりのご縁を頂き続けており、

感謝しても感謝しきれません。



古芝さんに限らず、

多くの恩師ご本人様にお返し出来るご恩はあまりないかと思いますが、

「恩送り」ということで、次に送り返して参りたいと思っています(^人^)☆




【古芝保治さん 公式ブログ】
http://hiraoka.keikai.topblog.jp/


【古芝さん著書『人を育み、利益をもたらす 会社を強くする習慣
枚岡流「徹底3S」9つのルール』公式HP(ダイヤモンド社)】
http://www.diamond.co.jp/book/9784478068977.html


[ 15:01 ] [ よしこちゃんのココロの底 ]
ちょっとご報告遅れましたが、

8月1日も、奈良県桜井市にある

「大神神社(三輪大社)」に

一日参りに行ってきました(^^)☆



新しい月が始まる朝に、三輪さんと

地元氏神様へお参りする習慣は

かれこれ6年以上続いており、

自分の人生にちょっとした【節・区切り】をつけるための

よい習慣だと感じています(ー人ー)♪



そんなちょっとした節の時に

ふっと感じたこと、ここで記しておきます。



-----------------------


「失われた20年」と呼ばれる時代がありました。

未だ現在も含め「失われた25年」とも呼ばれています。



ある国、あるいは地域の経済低迷が

約20年以上の長期にわたる期間を指す語らしいです。



・・・今から20年前、私は大学生でした。

社会人という名の、その次にあるはずであろう

【希望】に燃えて勉学に励み、おかげさまで

大学は主席で卒業することが出来ました。

基本的に地味だったけ

ちょっと華やかで充実した大学時代でした。



が、バブル崩壊&就職難の直撃を受け、

当時大卒の3分の2程しかマトモに就職出来ませんでした、



就職出来たとしても希望の職ではない人も多く、

3年以内に辞める人も多かったです。

私自身、希望するところは新規採用が無く、

大学時代からアルバイトしていたところで契約社員になって、

これからの人生を考えることにしました。



当時「ニート」「ひきこもり」

そして「自分探し」という言葉が

この国に出始めた第一世代でした。



ということで私たちの世代は社会人になってからずーっと不況。

バブリーなエエ目なんて一切していない世代。

ほんと、現在の方が新卒の就職率はずっと高いです。



40歳を目前に控える私はちょっと立ち止まり考える・・・。



・・・果たして、私が歩んで来たこの20年、25年は

「失われたもの」だったのか?



時代の潮目が変わり、

過去の先輩方のやり方あり方が

応用出来なくなった中での自分探しの日々。



その探していた【答え】が、

この歳になって確実に観得て来ました。



失われたもの(時代)・・・

それはきっと、

私自身が「失った」と思えば、そうなのであり、

「得ることばかりだった」と思えば、

そうなんだということが分かった。

だから人それぞれ答えが違う。



そして真の答えはどこか遠くにあるのではなく、

自分の中に存在する・既に自分が持っている!

ということに気づき、それがストンと肚に落ちました。



・・・果たして真に時代は低迷していたのか?


確かに経済の数字上は明らかに低迷・停滞しています。

いよいよ人口減の時代に入り、

このままでは、減退モードが加速することは間違いないです。



しかしながら、【別の方向】では明らかに前に進んでいる・・・

進化しているということを感じています。

で、時代が今その【別の方向】へ向かっています。

そこに真の幸福が存在する。

時代によって真の幸福が変わっているようです。



具体的に言うと、

バブル期までは物カネの充足=幸福だった。

失われた20年が時代の節目・過渡期であり、

心の充足が=幸福へと変わりました。

人の心はひとりひとり違う。

だから幸福の形もひとりひとり違う。

そんな時代に入っています。

心が違うからライフスタイルや価値観・

必要なものや量が違います。

多種多様な価値観を受け入れられる包容力(器)や

強さよりもしなやかさ(柔軟性)が

求められる時代になりました。



20年前、私は正直「時代」を恨みました。

「どうしてこんな時代に生まれて来たのだ」と・・・。



だけど今になって思うことは、

そんな逆境こそが、

今の私の人生の上にある

【幸福の糧】になっているということです。



幸福ではなく、逆境こそがその人の人生を創造し、

陰に陽に強靭にしていっているのだということ。



私が思うこの20・25年の間に得た最大のものは

【自分に対する自信】なんだと思います。



不信でも過信でもない、

自分の今の状態と自分の

これからのあるべき姿(夢)を繋ぐ

一本の道がこの【自信】というものなんだと思う。



この人生の間における数々の

取捨選択の中で得たことを、

これからも大切にし、

残りの人生を懸けて磨き上げてゆきたいです。



この「お朔日参り」で、

いつもふっと立ち止まって考える機会を頂きながら、

今日も我が国日本のもとである

大和國の一之宮「大神神社(三輪大社)」で

ご祈祷を頂く。



また新たな月が始まる。



これからも一月一月、一日一日を一所懸命生き、

昨日よりも今日、今日よりも明日・・・

自分が信じる道を歩み、確実に進歩していきたいです。



------------------


「若さ」というものを

最近、ちょくちょく&どんどん

無くなっているのを感じています。

つまり「老い」というものを感じてきました。

もう私は10代20代じゃないんですよね(笑)★



即ち、確実に「死」というものに

近づいているということが分かります。

おっかなびっくりな「死」というものは、

自分の祖父母・叔父叔母等で感じて来ましたが、

本当のところは良く分からず、

何だか暗いような気もするし、

光り輝くもののような気もします。



老いることは好きではありませんが、

だけど、私は30代以前に戻りたいとは思いません。



その理由は、

定まらない・迷い悩む、未熟過ぎる自分に

戻りたいとは思わないからです。



「若い」とは即ち「無知」「未熟」。

「分からなくて悩む」という時代でした。



だけど今は違います。

「分からない」のは30代までと同じですが、

今は

「分からないけど、

その分からないということが分かったり

(ソクラテスの言う「無知の知」)、

更に何が分からないかが何となく分かって来て、

その分からないことが少しでも分かるように、

それに向かって一所懸命生きて行こう」と

思えるようになったということです。

つまり、大まかな人生の方向性が観得て来たということです。



迷走し、ゴールが観得ておらず、

どこをどう歩いて行けばいいのか

正に暗中模索だった20代、

起業し、お四国参り(真の信仰)&

真の師匠や恩人・仲間たちと出合って、

40代以降の人生の飛躍へと導いてくれた

今の30代・・・。



これからも自分自身の【ありのまま】を

すなおに受け入れられるようになって

自分が目指すゴールを目指し続け、

人生すべてを謳歌し、

そして次のステージに還って逝きたいと思ってます


[ 14:34 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
東海道新幹線に乗りながら

“お四国参り”に必要な【納札】を書いています。

とは言ってもこれからお四国へ修行に行くのではなく、

東京に向かってます(^^;)笑



毎月この時期はおシゴトが集中し

ドタバタしている中で、

訳あってまずは東京に行き、

一旦大阪に戻りそしてすぐに

夜行バスでお四国に行くという

ドエライ一週間になっておりマ~ス(>0<)★



大阪に戻った際、時間がないので、

先にお四国の準備もして出て来ました。

ほんと、体力&気力が持つのか、

チョット心配な39歳よしこちゃんです(ー0ー;)。



この一週間の変則的なスケジュールを

ちゃんとこなす為の、

事前準備に四苦八苦しましたが、

現時点では大きな問題もなく、

スムーズに動いております(ー人ー)♪

ほんと今のような状況もかなりの“修行”です(笑)。



新幹線の人となり、しみじみと感じること、

まずは私のビジネスの相棒

「レッツノート(ノートパソコン)」への感謝。

“彼”がいないと、私はこんな感じであっちこっち行けず、

自宅事務所にあるパソコンにずっと

かじりついていなければなりません。



そして時間と場所を選ばずにおシゴトが出来る

(インフラ整備が出来ている&多くの方々のサポートがある)

この社会の“おかげさま”に

感謝感激しています。。。(T人T)☆



ということで、がんばりまーす(^0^)♪

2016/07/28のBlog
[ 23:57 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
先日、岐阜・飛騨界隈に行っておりましたが、

ひょんなことからその3日前に観た

映画(DVD)『杉原千畝』にまつわる記念館が、

同じ岐阜の八百津町にあるということを知り、

そこに寄ってから大阪に帰りました。



杉原千畝(すぎはらちうね)は、

1900年(明治33年)元旦生まれ。

外交官として大東亜戦争(第二次世界大戦)中まで活躍した方で、

1939年リトアニアに領事館開設を命じられました。



そして1940年7月。

ヨーロッパ中に勢力を広げる

ナチス・ドイツの迫害から逃れるべく、

その日本領事館に押し寄せたユダヤ人難民に、

『人道博愛精神第一』とだ考え、

本国(日本政府)からの命令に背いて、

難民に対して日本への【通過ビザ】を発行しまくり、

およそ6千人のユダヤ人の命を救いました。



紆余曲折の後、戦後帰国した千畝は、

上からの命令に背いたのを理由に外交官をクビになり、

外務省から存在を抹殺され、

戦後の我々日本人は千畝の偉業・存在を

知ることはありませんでした。



しかしながら千畝に命を救われた

ユダヤの方々はその恩義を忘れてはいませんでした。



その一人が、イスラエルの宗教大臣となり、

1969年に千畝に勲章を授与、

更に1985年イスラエルが

「諸国民の中の正義の人賞」を千畝に授与します。

その翌年千畝は86歳で亡くなります。



千畝の偉業を知った

鈴木宗男・外務政務次官(当時)は、

1991年頃よ千畝の名誉回復に尽力するなどされ、

そして2000年千畝の生誕100年の年、

当時の河野外務大臣により、

正式に千畝の名誉回復が成されました。



昨年、戦後70年の節目ということで、

唐沢寿明・小雪主演の映画『杉原千畝』

放映されました。

感動でした。。。。。。




・・・こんな感じで、

ホウボウに潜む権力者達の意図的な策略により、

私たち善良な市民が知らされていない【真実】や、

偽りの真実【虚実】をばらまき、

私たちを欺き良からぬ方向へ導いているということを

私たちは的確に知るべきであり、

頭を賢く心は美しく素直にならなければならないと考えます。



ほんと、杉原千畝のような方が

大東亜戦争前後の時代に日本政府の中枢にいれば、

あんなバカげた戦争に堕ちていくことは無かったのですが・・・

無念で仕方がありません。

戦争で莫大な金儲けを仕掛けたハゲタカの罠に

まんまとハメられた井の中の蛙の愚かな日本の政治家等により、

完全にハメられました。

過ちは二度と繰り返してはなりません。

それが先の戦争で死んだ先祖への弔いであり

償いでもあります。



残念ながら今なお世界中で、

同じ種類の“罠の網”を張っている輩が蔓延っており、

善良な市民の生活が脅かしされ、

命を奪われ続けているのは紛れも無い事実であります。



●杉原千畝記念館 公式ホームページ
http://sugihara-museum.jp/


●映画『杉原千畝』公式ホームページ
http://www.sugihara-chiune.jp/



------------------

<杉原千畝 「決断」>

(千畝が、日本領事館に押し寄せた全てのユダヤ人難民に

日本への通過ビザを発行しようと決断した時の文章)




「最初の回訓を受理した日は、一晩中私は考えた。考えつくした。

回訓を、文字通り民衆に伝えれば、そしてその通り実行すれば、

私は本省に対して従順であるとして、ほめられこそすれ、と考えた。

仮に当事者が私でなく、他の誰かであったとすれば、恐らく

百人が百人、東京の回訓通り、ビザ拒否の道を選んだだろう。

それは、何よりも、文官服務規程方、何条かの違反に対する

昇進停止、乃至、馘首が恐ろしいからである。

私も、何をかくそう、回訓を受けた日、一晩中考えた。

・・・果たして、浅慮、無責任、我無者らの職業軍人グループの、

対ナチス協調に迎合することによって、全世界に隠然たる勢力を擁する、

ユダヤ民族から永遠の恨みを買ってまで、旅行書類の不備、

公安配慮云々を盾にとって、ビザを拒否してもかまわないが、

それが果たして、国益に叶うことだというのか。

苦慮、煩悶の揚句、私はついに、人道、博愛精神第一という結論を得た。

そして私は、何も恐るることなく、職を賭して忠実にこれを実行し了えたと、

今も確信している」




(『決断・命のビザ』より 渡辺勝正編著・大正出版刊)


-----------------

杉原千畝が通っていたハルビン学院

(元南満洲鉄道株式会社の総裁、後藤新平の肝いりで設立された

ロシア語を学ぶための専門学校)のモットー「自治三訣」



「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして、報いを求めぬよう」



このモットーを実践し続けた人生だったようです。。。

ほんと、感動の杉原千畝記念館でした


[ 23:44 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
杉原千畝記念館のある・・・

(=杉原千畝の出身地である)

岐阜県の八百津町(やおつちょう)のキャラクター「やおっち」。



実は我が大阪府八尾市の「八尾買い物まつり」の

キャラクターも「やおっち」なんです(笑)。

思わぬ、同名のキャラに、ちょっとうれしく感じた

よしこちゃんです



八百津町の「やおっち」について↓
https://www.town.yaotsu.lg.jp/contents/view.cfm?id=953&g1id=12&g2id=78


ご近所「植松観音堂」の入口扉に貼ってある、

有難いお言葉。



「二十年後、あなたはやったことよりも、

やらなかったことに失望する」

マーク・トウェイン



深いですね・・・。



人生平均寿命まで全う出来る人は半数のようです。

人生はいつ終わるか分かりません。

生きている間にはいろんなことが起こりますが、

その最後に後悔、失望、そして絶望というたぐいの

【負の念】を遺さないように

日々生きて参りたいと思います(^人^)☆


[ 22:58 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
最近、川崎貴子さんという方の

ブログやフェイスブックを見ています。

年齢的には40歳真ん中くらいのオネエサマで

結構、ココロにじわーっと自然体で入ってくる

ステキな言葉を発信されていて、

個人的に気に入っています



今回の川崎さんのコラムは

「『40歳過ぎると人生楽しくなる』はオバサンの強がりだと思ってた」

というものです。



39歳の私にとっては、一種の救いのお言葉であり、

私自身も「なるほど!私もそうやわ!!!」と納得のコラムです。



要は、アラフォー(40歳前後)になってようやく

自分自身に対して【自信】というものが湧いてきて、

真の自己確立や、万象肯定(今までのいろんな体験は全て意味があり、

全て今の自分の糧になっている誇り)に繋がっているということです↓


http://wotopi.jp/archives/36528


[ 22:50 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
「遺伝子組換え」と言えば、

作物というイメージがありましたが、

サケという動物にまで蔓延って参りました↓

(このサケは、遺伝子操作により、

普通のものよりも倍成長するんだそうです)



http://gmo.luna-organic.org/?p=868



日本にも何らかの形で(特に外食産業。格安回転寿司など)

陰に陽に入ってくる可能性もあります。

もしかしたら、このアメリカでの承認にならって

日本の厚生労働省も正式に承認する可能性もあります。

(もしかしたら、この遺伝子組換えで莫大な利益を得る団体が

既に日本に入り込んで、“ロビー活動”している・・・カモ?)



ま、とにもかくにも、賢い消費者になって、

安いからと言って、

何でもかんでも安易に飛びつかないのが寛容です


[ 22:43 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
ホンマかどうかは?ですが。

なんとなーく、気になったので、

メモ書き程度に、

よしこちゃんブログに記しておきます

------------------

砂糖業界の闇に迫る!

この世の中のたった100人が全てを支配している事実。

「シュガー・ブルース家族で砂糖をやめたわけ」

主演アンドレア・ツルコヴァー監督に単独インタビュー!↓

http://macrobiotic-daisuki.jp/sugar-blues-interview-kazokudesatouwoyametawake-21009.html


2016/07/25のBlog
私が入っております

「一般社団法人 政経倶楽部連合会」の

名古屋支部主催の事業に

7月24・25日と参加して参りました(^^)♪



今回研修に行った場所は岐阜県飛騨市にある

「ありがとうファーム

http://arigatoufarm.thebase.in/)」さん等です。



この組織の短期的な目的として、

日本の産業の根幹を成す第一次産業【農業】

並びに日本人の【食】を本来のあるべき姿に戻し、

日本の国土の健全化と日本人の心身の健康を取り戻すこと。

また、徹底的な有機農業活動(無農薬無化学肥料など)を通して、

単なる農作物以外にも様々な物やサービス、

活動方法を創造したり・・・

その地域の物心両面の活性化(雇用促進など)。

はたまた障がい者雇用などの「農福(農業と福祉)連携事業」

という感じでしょうか。



中長期的な目的としてやはり、

日本だけではなく世界に通用する、

人としてのあるべき姿

【地球環境を永続させる、

共存共栄の次世代型コミュニティ(生活する方法)】

の構築&実践・・・でしょうか。



日頃行かない場所に行き、

日頃お会いしない方々と本音のお話をし、

魂が共鳴する場をご提供いただき、

おかげさまでいろいろなことを得ることが出来ました。



その中で今回の一番学び・肌で感じたことは

今、日本の田舎(地方)で直面している深刻な問題です。



とにかく雇用が無い・乏しい地域(田舎)には人がいない。

人がいてもお年寄り

(年金などの公的資金に頼って生活している人)が多い。

いても元気がある人が少ない。

過去の流れ・経験の中で生きている保守的な人が多い。

従ってこのまま行けば、

日本の地方は「時代遅れ」となり淘汰され、

やがて消滅してしまいます。



人がいない・元気のある人が多い=税収が無い・少ない=

地方交付税や年金などの、

その地方以外(とりわけ都会)の人から得た税金という名前の

お金に依存するしかない。

だから、地方の人は「自分たちの活動資金は全て自分たちで稼ごう」

という発想に比較的乏しく、

行政機関経由の助成金というものに対しての

期待や依存度が高いように感じました。



そのような状況ですので、

地元の方々や行政機関の方々の危機意識がハンパじゃないです。

ほんと、地方の方々は必死です。



一方、私が暮らす大阪府八尾市など、

比較的都会で暮らす人たちや行政マンとは

危機意識の差が全然違って・・・

「別にヤバイって感じせーへんし、

それに誰かが何とかしてくれるやろ~」的な

ヘンな他者依存(ゆでがえる状態)が

蔓延っているように感じ、

私の地元に対しても、別な角度での危機感を感じております。



私は都会と地方それぞれで起こっている問題は、

別々ものではなくまた別々に考えるものでもなく、

一つの大きな問題だと捉えております。

「チーム日本」という大きな一つの船の中に、

都会の問題と地方の問題が混在しているのです。

コインの裏表のような、

この陰陽の問題を同時に解決しなければ、

両方・全てが解決してゆきません。



本来政治(行政機関)というものは、

縦(活性化)のエネルギーである

ビジネス・経済的原理(企業)とは違い、

水を高い(多い)ところから低い(少ない)ところに

流すような横(調和)のエネルギーで持って、

国民の生命と財産を守って

いかなければならない存在・組織であります。



しかしながら、いろんな事情があり、

それが完璧に出来ていない・出来ない訳です。

過去脈々と構築して来た行政システム自体が

今の時代には適応しておらず、

時代遅れになっているという側面もあると観ております。



そして多くの企業組織に関しては、

不況、不況だと満不不安になって、

自分たちだけの利益ばかりに意識が向いて、

実際はなかなか社会全体の利益の貢献という

レベルまで到達出来ておりません。



そこで第三の、国の発展や安寧を得るためのエネルギーとして、

縦横双方のエネルギーを補完する・担う

「市民(NPO)エネルギー」というものが

自然発生的に起こり、

ある一定の市民権をこの日本でも得てきたようです。



私はこのNPOという

「市民(国民)の市民による市民のための活動&組織」

の健全な活性化こそが、

これからの日本において非常に重要な位置を占めるべきであり、

それによって行政(政治)並びに経済を

陰に陽に肩引きをし、

全てが活性化して行くような気がしております。



従いまして、技術的&資金的な援助は行政機関や

企業にお願いする時はあったとしても、

熱い志とクールな頭脳、そして無私の精神でもって、

これからの我が国(世界)のあるべき姿を創造し、

革命を起こして行くんだという気概を持って、

今後もNPO的活動も展開して参りたいと感じました(^人^)☆




【写真】ありがとうファームさんにて。

小規模ですが、日頃畑をしておりますので、

早速マネ出来るところはマネたいと、

代表の雲英(きら)さんから、

あれこれ伝授いただきました。

ありがとうございました(ー人ー)☆

2016/07/19のBlog
[ 19:55 ] [ 遍路修行日記 ]
7月16日(土)・17日(日)と、

お四国参りの講“大阪楽心会”主催

「歩く遍路」を開催させて頂きました。

四国八十八ヶ所霊場会「公認先達」を

拝命させていただいた一昨年より、

ご縁あって運営スタッフ側(もちろんボランティアです)として

参加させて頂いております。



今回は11名のみなさんと、16日

まずは愛媛県伊予西条市に行きました(^^)♪



今回は「歩く遍路」ですので、

標高約800メートルの場所にある山寺・横峰寺の麓の

「湯波休憩所」からお寺まで残り2.2キロ

(標高差480メートル!)を

およそ1時間半かけて歩かせていただきました。

ほんと、ダーダー汗をかいてデドックス効果MAX!??



なお、この横峰寺道は、国史跡に指定される

運びとなっているそうです↓

http://www.ehime-np.co.jp/news/local/20160617/news20160617211.html



横峰寺お参り後、

更に600メートル(標高は20メートルくらい)

歩いたところにある、

横峰寺の奥ノ院「星が森」という、

石鎚山が綺麗に見える場所に

お参りをさせていただきました。



頂上は少し雲隠れしていましたが、

お山がきれいに見えました。



昨年たまたまインターネットで、

ここからの風景の写真をダウンロードし、

私が持っている全てのパソコンの

待ち受け画面をこの星が森からの風景写真にしており・・・

そんなご縁のある場所に行くことが出来て、

嬉しかったです(^人^)☆



【横峰寺で見つけたお言葉】

「道があるから歩く 道がなければ拓いて歩く」




翌日17日は四国八十八ヶ所とは関係が無いですが、

星が森で眺めていた、石鎚山の登拝にチャレンジしました~っ(>0<)!

(私は昨年も登ったのですが・・・2年連続の登拝。。。汗。

みなさんのたっての希望で、登りました)



足が未だ筋肉痛ですが、

とっても心身が爽快になりました(^人^)☆

[ 19:40 ] [ 遍路修行日記 ]
7月17日(日)。

大阪楽心会主催のお四国参りの

“番外編”としまして、

西日本最高峰「石鎚山」登拝をさせていただき、

おかげさまで全員無事で

終えることが出来ました(ー人ー)☆

(※標高1300メートル付近までは

ロープウェーで行けます)



個人的に、昨年七夕に既に石鎚山の頂上(弥山)までは

お参り済みなのですが、

更にそれより少し高い天狗岳

(標高1982メートル。弥山から天狗岳の往復約30分)の

登拝に今年こそチャレンジすべく、

弥山から私一人で雨上がりの濃霧の中、

ほぼ誰もチャレンジする人がいない中、

両サイド崖の間を歩き・・・

途中二度程「無理!行けない!」

「死ぬ!」と認識しつつも、歩み続け、

天狗岳に行くことが出来、

とにかく大満足でした~っ(^0^)☆



天狗岳では、

この石鎚山や奈良の大峯山を開創した“役行者”の如く、

しばし「天空の住人」になっていますと、

40代の登山家スタイルのおにいさんが来られたので、

天狗岳に行った証拠写真を撮って頂きました。



その後、もたもたしながらも、

弥山までの来た道を戻っておりますと、

写真を撮って下さったおにいさんが追い付いて来ましたので、

どのように下ればいいのか分かりにくい箇所を

おにいさんに質問しました。



すると、

「うーん。ここはこうこうすれば、下りれますよ。」と、

まずはおにいさん自身が見本を見せて下さり・・・

長年の経験から培われたということが

すぐに分かる知恵で冷静沈着、

かつ的確に教えていただき、

無事その危険個所をクリアー出来ました。


ほんと、めちゃくちゃ久しぶりに

「この人(男性)ステキ~・・・(*^^*)(ハートマーク)」

と見とれてしまいました。

また、私にも女子らしさが残っていたことに気づき、

ほっとした瞬間でもありました(笑)。



しばらくすると、

向こうから同じく登山家スタイル&

40代のおにいさんが2人やって来たのですが、

「こ・・・こわい~、死ぬ!」と感情丸出し状態で、

私に「これどうやって、渡るんですかぁ!?」って

悲壮感満載で聞いて来られましたので、

「これは、岩にはいつくばるのではなく、

岩の上に平均台のように立って、

タッタッタ~って一気に渡るんですよ。」と

淡々と教えて差し上げました。



すると「ぼ・・・僕は立てない!」って

ますますムンクの叫び状態になりながら、

はいつくばってゆっくりと

そこの岩場をクリアーされました。

ほんと、こんな根性(=即ち【肚】)ナシの・・・

(登山家の)格好だけイッチョ前な

「見せかけオトコ(人間)」は、

この娑婆に蔓延っております(呆)。



にしましても、

このような生死がかかっている大苦難「ここぞ」という時に、

【人間の本性】が包み隠さずあぶり出て来るということが、

天狗岳で出会ったこの3人の登山家の方々によって、

確固たる証明が成された・核心を得た次第です(ー人ー)。



そして私自身、どんなことがあっても、

平常心と「新しい自分」に向かってチャレンジし続ける

情熱を持って生きてゆきたいと改めて思いました。

(そのような人間になることが、

感情に流されない・見せかけの世界や妄想・幻想、

そして誰かの黒い思惑に騙されない

人格形成並びに魂の生成をするのだと考えます)



・・・さいごに、弥山から天狗岳との往復、

そして下界から石鎚山への往復の道のりは、

人が一旦死んであの世に行き、

そこに「でん」をついて、

生まれ変わって現世(娑婆)に

舞い戻って来るという感じがし、何とも不思議で、

そして爽やか&清らかな・・・

神恩報賽の気持ちを持って帰らせていただきました。

ありがとうございました。(^人^)☆

大阪に帰って来て、

ミョ~に鮮烈な冴え具合が継続しております・・・

ヤバイ(笑)♪

この冴えっぷりの原因は、

やっぱり石鎚山・天狗岳での出来事(気づき)です。



既に私上記のブログにあれこれと記載しておりますが、

石鎚山の最も高い場所は「天狗岳」です。

石鎚神社のお社がある「弥山」には、

17日の午後1時頃には数百人はおりましたが、

濃霧並びに時々強風が吹いていた為に、

天狗岳まで行こうとする人は殆どおられませんでした。

それだけ危険なのです。



全ての条件を満たし、そして神(蔵王権現様)から

選ばれた縁者でしか行けない聖域の中の聖域

のような感じがいたしました。



私は今回、登拝する前から「雨天&強風でない限り、

天狗岳にチャレンジする」と

肚を決めてから登って参りました。



ですので、「崖から落ちたら怖い」という感情は常にあっても、

ゆっくりでも足を前に進めて参りました。

途中で引き返すという考えは一切ありませんでした。



なぜそう思うのか?

それは、そこに行けば【私が全身全霊で求める何かがある】

という確信(根拠の無い自信)が在ったからに他なりません。



みんながいる弥山から天狗岳までは

500メートル程かと思いますが、

精神的にかなり長く感じました。



本当に怖い・足がすくむ時は、

「南無神変大菩薩」と何度も唱え、

石鎚山の開祖である役行者の

【御陰様の力】をお借りしました。



私という人間の力だけでは絶対に

天狗岳に到達出来ないと、途中で気づきました。



「人間とは何と無力な存在だ」ということを実感し、

日々の生活でどれだけこの絶大なる【御陰様の力】を

頂いているのか・・・?

その霧の奥にその真理が観得た気がし、

深い感銘を覚えました。



途中家族連れ4名とすれ違った以外、

誰にも会わず、天狗岳に到着しました。

そこで5分程、一人で天狗岳にいました。



そこは、この世であってこの世でないと

感じる不思議な空間でした。

みんながいる弥山は濃霧&風の為、

全然見えず、声・・・気配すら感じませんでした。



霧というか、雲がどんどんと矢継ぎ早にやって来て、

私に当たり、そして白い闇へと消えて行く・・・

人生というものは、この雲のようなものかと、

人生の現実をまざまざと見せつけられ、

一種の儚さを感じました。



儚き一瞬の夢の中で、私たちは今、もがき苦しみながら、

“雲のような幸福”を一つでも多く掴もうと

切磋琢磨しているのです。



私たち人間がどんな主観的感情で捉えたとしても、

人生の現実(客観的事実)これなんだと思いました。



だけど一方で、儚い・・・

未来永劫続かない命を今、

この手に持っているとからこそ、

一日一日、一秒一秒を大切に

生きなければならないと感じました。



その為には【絶対的感謝】つまり、

どんなことが起こっても有難いと感じる

感謝の念を持つこと)が大事なんだと思います。



なぜ人間は生まれ死ぬのか?

この人生で私は一体何を成すべきなのか?




私たち人間には分からない・・・

いや、分からないように出来ていて、

正にこの白い霧の中、

この崖を歩くような感じでいろんな恐怖や不安を

常に抱えながら切磋琢磨して

人生を歩むことを通して掴むもの一つ一つが、

その人その人の【人生の真理そのもの】であり、

そこに人生の根本的意味が存在するのだと感じました。



(補足:人は分からないから必死で努力するのです。

全て分かっていれば、手抜きしたり何もしないのです。

それだけ人間は傲慢で浅はかな存在なのです。

だから分かる必要がない。

目の前に来たこと・ご縁を必死でこなしているだけで、

自ずと道は拓けて来るのであり、

過去を悔い未来を憂えるのはなく、今、今、今!を

一点集中して生きるべきなのです)



その意味は人から与えられるものではなく、

自分自身で築き上げ、導き出してゆくもの

なんだということに気づきました。

なぜならそれは他の誰の人生でもない、

私自身のたった一つのかけがえのない人生【命】だからです。



また、その場所は静かで激しい、

恐怖であふれまた鮮烈な清らかが拡がる・・・

相反する要素が共存する不思議な空間でした。



きっと陰陽対立の娑婆世界を超越した、

この世とあの世が入り混じった場所・全てが

統一された絶対的宇宙を成す・・・

この世とあの世を繋ぐ出入り口であり、

また人間世界と宇宙(幽なる大自然の世界)と

繋ぐ道でもあると感じました。



人間の身体にはツボとかチャクラという場所

(気の出入り口)が存在しますが、

この地球も人間と同じ生き物であり、

地球が浮かぶ宇宙との

「特に強い気の行き来を行う“出入り口”」というものが

いくつかこの地球上に存在し、そ

の一つがここ・霊峰【石鎚山】なんだと感じました。



私自身、もっともっとこの娑婆での行を積み、

命を練磨し、そして魂が覚醒して来たならば、

わざわざ石鎚や大峯のような場所に行かなくても・・・

常に自らが求めれば、

この天狗岳にいるような感じで、

この世とあの世の間(双方の要素が存在する位置)に

自らの魂(心)を置き、全て(真理真実)が

ありのままに観得て来るのだと感じました。



ほんと、何の因果か、独身女子の私が

40歳手前でこのようなことがちょっとずつですが、

観得て参りました。



石鎚山も含め「修験道」って、

底なしの凄さ【宇宙】がありそうな感じです。。。

ヤバイ、ヤバイ (笑)♪


一つ素晴らしいエピソードを思い出しましたので、

ここに記させていただきます。



先日、石鎚山・弥山(標高1972メートル)のところまで

大阪楽心会のみなさんと登り、

弥山から往復約30分のところにある天狗岳

(標高1982メートル。ここが石鎚山

(西日本)最高峰地点となります)に

一人で両サイド崖の悪路(修業の道)を登拝して来ました。



その天狗岳にお参りしている間、

大阪楽心会の比較的山登りに慣れた方2名が

私の荷物の番をするために弥山に残っていて下さり、

他の方は先に山を下りておられました。



で、無事天狗岳より生還し、

一気にお山を下りて行きました。



私は下りの場合はマイペースで一定のリズムを保ち、

一切休憩しないという歩き方をしておりますので

(過去10年間の遍路修行から導き出した

「歩き遍路のコツ」の一つであります)、

マラソンが趣味で体力のあるおじさん以外の

楽心会メンバーを追い越し、

成就社(標高1300メートル付近にある

石鎚神社の施設がある平地)に一人で着きました。



成就社に着き、石鎚山を見上げると、

綺麗にお山の頂上が見えていました。

私たちが登り始めた時は小雨、

雨が止んでもずっと濃霧で、

頂上からの風景も真っ白でした。



私がこの写真を撮影していた場所には、

60代男性と50代女性の登山家のような

格好をした方々がおられました。



女性の方が

「あ~あ。成就社まで下りて来た時に、

いいお天気になってもなぁ・・・

頂上からは(濃霧で)何にも見れなかったし~」と

残念がっておられました。

私も正直、残念だと感じていました。

昨年登った時と同じ状況でしたし。

今年こそ、頂上で絶景を堪能したいと思っていました。



すると男性の方が、

「そうだねー。だけど【終わり良ければ全て良し】だよ。

さ、ロープウェー乗って帰ろう!」と、

満面の笑みで颯爽と去って行かれました。



私はこのおじさんの方って、

ほんと器(心)の広い、凄いお方やなぁ。。。

と感じました。



確かに、どんな天気であっても

霊峰であるこのお山に登拝のご縁があり、

しかも何事もなく無事にお山を下りて来れただけでも

有難いことなんやしなぁ。



【ありのまま】を受け止め、

いつでもどこでも朗らかに生きる。カッコいいなぁ。



なかなかそんな風に思えない・・・

自分の勝手・わがままで、

人の気だけではなく、

天の気にまでケチつけて不足不満な訳です。

果たしてそのような心の在り方で、

私たち人間は、

真の幸福を手に入れることが出来るのでしょうか。



私自身、まだまだ器が小さい・・・

修行が足らんなぁと改めて反省懺悔した

良い出来事となりました(ー人ー)。



きっと人生そのものも、

こんな感じで最後の最後で「いいお天気」という心境になって

「ALL OK!」なのが最高なんやろーなぁ~(^^)♪


2016/07/10のBlog
[ 22:55 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]
先日・8日に放送されたNHK総合テレビ

『歴史秘話ヒストリア』で、

岡山県高梁(たかはし)市に現存する

“天空の城”備中松山城が紹介されていました。



私の母方の祖母の実家は先祖代々高梁ですので、

私の4分の1のルーツを観る番組となりました(ー人ー)。



明治に入って時代はガラッと変わり、

この山城は不要な存在となり、廃墟と化して行きました。



昭和始めに、ある城好きの学校の先生が高梁に赴任して来て、

その先生(信野友春氏)がその山城の有様を見、

「完全に朽ち果てる前に、お城の全てを記録しておこう!」と、

何回も山城に赴き、設計図等の詳細を記したものを本にされました。



その本を見た高梁の人たちは、お城の素晴らしさを再認識し、

その本を元に町をあげて修繕工事を始めました。



ところが最後の方に

「職人が作った瓦2万枚を山城まで運ぶ費用が無い!」

という問題が発覚し、そこで立ち上がったのが、

高梁の学校に通う子どもたち・学生たちでした。



背負えるだけの瓦を背中にくくりつけて、

山城に持って上がり、

それで無事予算内で修繕が完成し、

江戸時代のお城が今に残っているということです。



お城は、その町のシンボルであり、

町の人のふるさとの風景・心のよりどころであります。



そのお城に限らず、有形無形の数々の財産

(その最たるものが、私たちの【命】そのもの)が、

先人たちの【おかげさまの力】により今に残り、

今を生きる私たちのために存在し続けているねんなぁ・・・

と思いを馳せますと、目頭が熱くなります。



私の祖母もその時は「女学生」だったので、

祖母が背負って山城に上げた瓦が

何枚かあるカモ?と思うと、

備中松山城を見る目が、

ぐっ!変わって参ります。。。(^人^)☆



【写真】番組画像並びに

以前商工会議所青年部の全国大会で高梁に行った際、

高梁YEGの方に頂いた、備中松山城のA2ポスター

(今も大事に部屋に飾っています♪)


[ 22:19 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
愛用しているJR西日本の電車

「大和路快速」で大阪方面に向かっている途中、

天王寺駅に電車が止まり扉が開いた瞬間、

ホームにけたたましい音が鳴り響き、

ホーム前方の信号が赤く点滅しました。



私は2両目中央に乗ってのんびり座っていたのですが、

駅員さんやホームにいた人たちが

1両目に集まって行き・・・

私も“野次馬根性”で見に行こうかと

一瞬思ったのですが(笑)、

人身事故やったら気持ち悪いし、

せっかく日影&窓側に座れたので、じーとしていました。



私の耳に、一人の人間の叫び声というか、

日本語の文字では表現出来ない尋常ではない

意味不明な【奇声】が聞こえており、

それでホーム全体が異様な雰囲気になっていました。

奇声を聞いて私の意識でのイメージは

「電車にひかれたバラバラ死体を見た人間が

気が狂ってギャーギャー的に奇声を発する地獄絵図」でした・・・

が、車掌さんの至って冷静な車内アナウンスは

「扉が開く時に子供の手が扉に挟まった」と

分かりやすく理由を説明して下さり、

駅員さんのスムーズな処理により

結局たったの2分遅れで天王寺駅を出発し、

大阪駅にはほぼ定刻通り到着しました。



あの奇声の主…恐らく、

大人の身体に大きさが近い男の子のようでした。



叫び方(泣き方)、そして奇声の音量と質が、

人生39年間一回も聞いたことがない

普通じゃない感じでしたので、

(ここからは私の推測ですが)、

ちょっと普通じゃない(平均的能力が欠如している)、

とりわけ【注意力・危機意識、並びに何があった時に

冷静&的確に対処出来る能力】の乏しい子が、

なるべくしてなったという感じがいたしました。



そんな彼にとっては、自分の手が扉に挟まることが、

命取られて死んで地獄に堕ちるのと

同じ心境だったんでしょう。

彼にはこの経験を今後の長い人生に活かし、

よりよい人生を歩んで頂ければと願います。



JR西日本では、普段より車内アナウンスで

「扉に手が巻き込まれること」に

注意を促すことはされていますが、

まさか自分が乗っている電車でそんな状況にあうとは、

朝からちょっとした驚きがありました☆



みなさまもお子さんやお孫さんなど、

お気をつけて頂ければと思います(^人^)。



2016/07/08のBlog
[ 22:41 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
はぁ~。

(深いため息 ー0ー; テンション減↓)

誠に名残惜しゅーゴザイマスが、

娑婆(日常生活の場)に戻って参りマシタ。。。

あの大峯界隈の涼しい鮮烈な空気だけでも

持って帰って来たかった(笑)。



はい。

気持ち入れ替えてまた

明日からガンバリマス(ー人ー)☆



洞川の名水「ごろごろ水」をたっぷり

180リットル汲んだ後(いつも愛飲してます)、

時間がありましたので、

途中吉野山の“いつもの”蔵王堂に寄り蔵王権現様に、

日頃のご加護の御礼を・・・

なお昼食にはお食事処「静亭」さんの、

冷やし葛うどんをマンキツ☆

“冷やし”は始めて食べましたが、

この季節にピッタリでシュルシュル~と

美味しく完食いたしました。



やっぱり、大峯(吉野山・洞川界隈)は、

私にとっては聖域

(パワーチャージ出来る場所)で~す(^0^)!



2016/07/07のBlog
[ 22:28 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
私たちが暮らす娑婆(人間の世界)と違い、神仏の世界は、

善悪という全く相反する要素(相対的要素)は無く、

全てが絶対的善・・・

則ち一切が【愛】であり、

そこから発心されるのが【光り】で表現された

【真理・真実(大自然の法則)】であり、

その光りに繋がろうと

我々人間自らが努力しようとする行為が【祈り】であり、

またその絶対的善の存在に

自ら一切を委ねる行為を【帰依】と言い、

それらの総称を【信仰】と言うのだと感じています。



私にとってこの奈良・大峯界隈は【信仰の聖地】であります。

が、ここで暮らしたり商売している方々にとっては

【日常生活の場】ですので、信仰の聖地という感覚は薄いようです。




相対的要素で構成されている娑婆(日常生活の場)は

愛に見せかけた虚実が蔓延り、

何が虚実で何が真実かが、掴みにくくなっています。



何故掴みにくいのか?



それを掴もうとする、その努力・プロセスそのものが、

人生、そのものということなんだからと感じています。

もしも容易に掴めたら、

人生の醍醐味や深い感動が得られないからだと思います。



また、ちゃんとしたものを掴もうとする

その努力の積み重ねの時の中に人生の本質・根本が

存在するからなんだと私は感じています。





掴みたいものがある、叶えたい夢がある・・・からこそ、

どんな苦難や試練があっても

私たち人間は前を向いて歩いてゆけるものであり、

その歩調が、人類・地球の進歩にも

繋がっているからではないでしょうか?





・・・娑婆は虚実が多くまた見えづらいのですので、

絶対的善の神仏の世界に

行きたくなるのもまた人間の性であります。



しかしながら、神仏の世界では

自らの虚実は全てあぶり出されてしまいます。



娑婆ではありとあらゆる手段で、

他人を騙すことは比較的簡単ですが、

神仏という絶対的存在の前では

そのような、小手先の手段は皆意味を成さず、

真実虚実全てがまる見え状態です。

だから娑婆とは別の意味で恐怖です。



カミは私たち人間に絶対的愛を与え続けており、

それを【おかげさまの力】とも呼ぶようですが、

その一方で一切の虚実・罪をあぶり出され、

それに対しての罰をも与える、

問答無用の恐ろしい存在でもあります。



一見相反する要素を持つ、

絶対的存在であるカミではありますが、

人間の罪に対して罰を与えるのは、

その人間により善くなって欲しいと願っておられる・・・

つまり【愛】から発する光の裏返しであり、

愛と同一のものであると思います。



だんだんと、そのようなことがわかってきまして、

信仰というもののすごさ素晴らしさと同時に感じる

恐ろしさがあいまって【畏敬の念】を抱き、

それでもやはりこれからも私は

ご縁のあるカミホトケに帰依して行きたいなぁと感じています。。。(ー人ー)☆