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オルタナティブ道後★三津
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2008/07/14のBlog
[ 23:36 ] [ 思考の交流 クロストーク@アーツ ]
2008年6月創刊「YES」
2008年7月創刊「Key」

と、ここ最近の松山市ではフリーマガジンの創刊が続いている。
加えて、飲食文化から街の活性化を目指す「ナモシプロジェクト」が、「ナモシ」という情報誌を創刊。

フリーペーパー/フリーマガジンが大好きなため見過ごせない!
松山市におけるフリーマガジンとは何だろう。

広島のパルコに行けば手に入る、という距離感だった「FLYING POSTMAN PRESS(フライング・ポストマン・プレス)」は、昨年から松山のソコカシコで手に入るようになった。オシャレだけど、地方ネタも掲載されているけど、あくまで中央のものだと思う。

7月で3周年を迎えた「bit」が登場したときは、1つのテーマを持った情報誌としてなかなかにセンセーショナルでワクワクしたけれど、すぐさま彷徨いはじめたように感じる。

そんな中の、新たな2冊のフリーマガジン登場!

これがビックリするくらい、目新しくない。
タウン誌と何が違うのだろう。
なんだか生真面目すぎるのです。

松山に「中間」がないことを目の当たりにした気分。
美術館までちゃんとしていなくても、路上でイラストを発表することでなくても、その「中間」の、ある程度の場所でアートを味わえるような。
それが難しいことの表れのように、思う。

(たくさんの土地を訪れているわけではないのですが)
個人的に今もっとも愛してやまないフリーペーパーは、京都の「SCRAP(スクラップ)」。
出会った時の特集は「正しい悪の遊び方。」でした。
とってもキュートです。
もはや演劇関係者というポジションを得た私にとって、全国的にも人気者「ヨーロッパ企画」の活躍を改めて知る、貴重な一冊でもありました。

「SCRAP(スクラップ)」には、街が見える。
それも、とびっきり楽しそうな。

やっぱり彷徨っているような「bit」も、堅物新登場の「YES」「key」も。
もっと街を楽しく見せてくれる可能性は、きっとあるのだと信じたい。

その中身について、地域で活動する我々にも責任はあるはずと思いたいし、いずれ愛されるフリーマガジンだと認められた頃、そこにはシーンが出来ているのだろうから。

(irie)
2008/07/04のBlog
[ 07:50 ] [ 思考の交流 クロストーク@アーツ ]
思考の交流 クロストーク@アーツ藤岡さんの幕末、文化の歴史の話に触発されました。

1821(文政4)年、伊予松山の日尾八幡神社に生まれ、1908(明治41)年に没した伊予の神主、もしくは豪傑と呼ばれる書家、三輪田米山(みわだべいざん)が没して今年で100年になります。
先日の新日曜美術館をご覧になった方も多いと思いますが、書の古典に深く学び、独自の書風を確立したその書は、とらわれのない破格の造形美を現出し、爆発的なエネルギーにみちた古今に類を見ないもので、伊予の人たちは今日まで、書を愛し酒を愛した米山の人と書をいつくしんできました。彼が残した膨大な数の作品は伊予の人達によって大切に守られ、まだ日の目を見ない作品も多いと聞きます。。。が、私は米山を知ったのは2年ほど前。書に疎い私が驚いたのは松山市内を中心に現存する米山の書を彫った神社の石文、神名石が実に100カ所近くもあり(未確認のものもあるそうです)、地方祭(秋祭り)の空に壮大に立ち上げられる幟の書など、米山が沢山地元住民たちによって守られていることです。石文や幟の原画(書)は軸装、屏風など表装され住民がコレクションしている作品も多く現存します。

米山が石文に直接石に彫ったり、幟に直接書を描いたわけではなく石工や染め物職人が加工する訳ですが、現場に出向いて書を書き、石工に彫りの深さを指示したり、第三者によって仕上げられる作品はまさに現代のデザイナーと同じです。静寂な神社で観る米山作品は昨今、作品陳列の場と化した箱ものと違い、作品と作品をとりまく環境、空気、すべてがそこになければならない必然を感じます。

これらの米山作品は没後100年経った今でも「松山フィールドミュージアム」で自由に観ることが出来ます。※入場無料(カコアが活動している三津地域にも厳島神社の注連石に米山の書が刻まれています。)残念ながら地元松山でも米山を知る人は少なく、その芸術的価値に気づく人は限られていました。しかし、それらの作品を広く伝えよう、残そうと活動されている団体、NPGが最近注目されています。地元に眠っている作品の調査や石文の拓本収集をしてその神社の紹介、作品の紹介しているマドンナチームは絵手紙の得意な表現でフィールドマップを作成し、松山インフォメーションで公開しています。

三輪田米山石文マップ/マドンナチーム作成
三輪田米山とマドンナチーム

sano
2008/07/02のBlog
[ 01:45 ] [ 思考の交流 クロストーク@アーツ ]
東京都現代美術館で開かれている「大岩オスカール 夢みる世界」を観にいった。その一見写実的な作品は、画面に漂う何かしらの違和感と現代社会との緊張感と、密やかなノスタルジーの気配。数年前から、僕にとっても、目が離せないアーティストだった。

 ではこの魅力の根源は奈辺にあるのだろうか。
実は、大岩オスカールは、先日、三津でお話しいただいた曽我高明さんが、本格的に日本に紹介したアーティストでもある。曽我さんによれば、ブラジル移民の二世であったオスカールは、幼少時にサンパウロの自宅の台所で、お母さんから日本語を教わったそうだ。そのため、彼の日本語にはいわゆる「おんなことば」が多く、1991年の来日時はゲイと間違われたという。また、日本の漫画や雑誌に囲まれて育ったそうだ。
バブルの頂点の東京で彼が目にしたのは、彼が子供のころから話を聞き、写真・絵などで見てきたもう一つの故郷が崩壊しつつある光景であった。そのため、彼の作品には、寓話化された日本とその解体が描かれたのだ。
しかしながら、当然、彼のアイデンティは「日系」のみにあるのではない。その証左に、2002年からニューヨークに居を移し活動を拡大している。

オスカールの吸引力の根源の一つは、その「境界」意識にあるのではないか。彼の表現のバックボーンは、インターナショナリズムにあるのではない。あくまで、自分の出自と経験ととりまく環境にこだわりながら、それぞれの境界をある種の抵抗感と痛みを持って踏み越えることにある。だとすれば、急速に国際化しつつも、世界的にみれば突出して均質な日本社会において、彼が示す「境界」意識は、私たちが生きる世界の矛盾を感覚的にあぶりだす。質感はずいぶん異なるが、李禹煥や蔡國強のアートがもたらすものと共通している。
考えてみれば、我らが山内知江子も、日本とチェコという、ともにアニメーションが盛んでありながら多くの点で反対側に位置する二つの国で学び、カコアと出会っている。彼女の作品、とくに「菊花の約」にも同様の抵抗感と痛みがあり、それが得がたい魅力となっているのではないか。

国際化は、単なる異文化交流で達成されるものではなく自らのアイデンティの確立と否応なく存在するまわりの世界との関係性でのみ達成されるのだ、と大岩オスカールの作品は教えてくれる。にもかかわらず、オスカールの作品は美しい。

2008/06/30のBlog
[ 22:01 ] [ ◆三津浜永遠回帰 ]
6月29日(日)今日は朝から三津駅舎の定点観測をする。
その後想送プロジェクトの山内さんの資料作りのため映像と写真を撮るお手伝いをする。急に激しく振ってきた雨に煙る三津駅舎を舞台にたなばたの飾りをつりさげて
お別れパーティーの写真を撮る。









地元のおばあさんが声をかけてくださった。
三津駅舎がおばあさんの子どもの頃にはもう建っていたことや付近の様子をおしえてくださいました。
昨日向島のお話を聞かせてくださった曽我さんも一緒に三津駅舎を訪れ
「三津浜の駅舎もたいへん可愛らしい建物でした。
 地域のひとの暮らしの記憶が、たっぷりとしみ込んでいるような
 建物ですね。」と言っていただきました。
その後「わが家のイヨテツ物語」が開かれている鯛やさんを
訪問する。
久しぶりに森さんのお会いした。
イヨテツ物語の展示の説明をしていただく。
もちろんおいしい鯛めしもいただき大満足。
つかの間ゆったりした時間を過ごせた。
心の栄養になる森さんの笑顔と鯛やさんの空間
鯛めしを堪能した。
(nao)
[ 19:46 ] [ ●見つめ合う地域~三津浜~ ]
AAFプロジェクト第1弾 見つめ合う地域~三津浜~ の開催です。
6月28日(土)雨模様のなか準備に汗だくのカコアメンバーは今日はどんな交流が生まれるか期待いっぱいです。

東京・向島より現代美術製作所の曽我高明さんをお迎えして墨田区・向島の地域に根ざした活動のお話とそこから生まれた映像作品の上映を開催する。
曽我さんはご自分の向島にあるゴム工場を改装して現代美術製作所を始められてからアートで町と繋がっていく現在までの過程や様々な魅力あるアートプロジェクトを分かりやすく紹介してくださいました。

向島は東京のなかでも町並みにローカルな色合いが強く残っていてどこか懐かしい、昭和の香りが漂う町。三津浜にも共通するところがあるのでは・・・
曽我さんのお話の後は向島のプロジェクトの中から生まれた
短編映画「SECTION1-2-3」の上映をおこなった。
この作品は向島の路地を二人のスケートボーダーが縦横無尽に
駆け巡る、その風景を記録し町やそこに住む人の空気を新しい
角度から切り取っています。
参加者のみなさんはそれぞれに新鮮な感動を覚え、自分の中の問題(アートと地域の繋がり方、アートの捉え方など)を整理することが出来、また自分でも何かやってみようという意欲をもたれた方もいらっしゃいました。
 




最後は打ち上げ。
楽しいお話は尽きず2次会まで続きました。
(nao)

2008/06/27のBlog
[ 00:07 ] [ ◆三津浜永遠回帰 ]
6月25日(水)22時、三津駅舎の夜です。
伊予鉄道さんのご好意で、掲示板に、写真展募集要項とカコアプレスを置かせてもらってます。
あわせて、想送プロジェクトの小ミーティングを近くのモスバーガーで開きました。
出席は、作家の山内さんとカコアメンバーの田中と井戸さん。

駅舎亡き後のアートプログラムの名称が決定。
題して「舟送り」。
内容は乞うご期待。

(norio)
2008/06/26のBlog
[ 00:32 ] [ ●カコアラボ ]
6月23日(月)午後7時から、恒例のカコアラボを開催しました。
現在、カコアが実施している事業・・・AAF2008四国アート88ヶ所&CO.2008みつはま永遠回帰、市街劇、ドイツ・フライブルク芸術交流、踊りに行くぜなどの事業について打ち合わせを行いました。
いつもどおり、終了は0時をまたいでしまいました。
次回は7月14日(月)19時から、「おいでんか」にて開催します。

(norio)
2008/06/24のBlog
カコアメンバーは多様な分野で地域と関わっています。今回は三津浜から約100kmほど南西部に位置する宇和島市からのお知らせです。今年で2回目となるパールを素材にしたデザインコンペ。ジュエリー部門だけではなく、オンザテーブル、自由部門といったパールを使った新しい提案を募集しています。参加対象は学生、社会人、プロアマ問わず、日本人だったら誰でもエントリー可能です。(参加無料)
ユニークなアイデアを広く募集しています。
詳しくは宇和島市HPをご覧下さい
sano

2008/06/22のBlog
[ 17:35 ] [ ◆三津浜永遠回帰 ]
アニメーション作家山内知江子さんによる「想送プロジェクト」。その映像作品づくりのために、三津浜でテストロケを行いました。
被写体は、製材所で働く瀬村さん。
瀬村さんはこの製材所の経営者で、地元のまちづくり組織「平成船手組」のリーダーでもあります。

(norio)
いよてつ三津駅の更に二つ目の駅「梅津寺」の海辺にブエナビスタ」という素敵なレストランがあります。
ブエナビスタ:http://www.buena-vista.jp/

ちなみに、梅津寺駅は、1991年フジテレビで放映された鈴木保奈美と織田裕二主演「東京ラブストーリー」の最終回のロケ地です。
http://loca.ash.jp/show/1994/d199101_tokyolove.htm
ご覧の通り、砂浜の上に建ってます。
6月22日(日)、この「ブエナビスタ」で、アニメーション作家の山内知江子さんによる「想送プロジェクト」のミーティングをおこないました。
8月2日3日の三津駅舎の「お別れ会」の企画概要も決まり、これからが楽しみです。
乞うご期待!

(norio)
2008/06/20のBlog
[ 21:28 ] [ 思考の交流 クロストーク@アーツ ]
遅れました! ですが、しかし!
いよいよ「思考の交流 クロストーク@アーツ」スタートです。
前回の「思考の交流 言説の鬼」をリニューアル。
より気軽に、いつでも参加していただけるよう、
アートだけにこだわりません。
まちづくり・社会・世相・民俗など、
書きたいことを自由に書く。
より多くの、カコアメンバーと外部執筆者の参加をお待ちしております。
(ブログの参加の仕方は、広報よりお知らせします)
そこで、第一号は僭越ながら、わたくし藤岡が担当させていただきます。
みなさまの参考として、ご高覧いただけたら幸いでございます。
では、よろしく!
さてみなさん、のっけから問題です。

この写真は、愛媛県松山市近郊のへんろ道沿いに安置されている石仏です。
(弘化3年 1846 江戸時代後期 明治に変わる約20年前)

石仏には、何かがお供えされています。(モザイク部)
それはなんでしょう?
答え:にんじん
にんじんでした。で、
「ふ~ん」で、終わってしまうと、なんてことはないのですが、
「にんじんって、おかしくね!(東京の若い人風に言う必要はありませんが)」
じつはにんじんを供えてある理由があるのです。

この石仏は「馬頭観音」と呼ばれるものです。
馬頭観音は経典にでてくるような正式な仏さんではなく、
どちらかというと「道祖神」や「お墓の六地蔵」のような、
「民間信仰」からでた仏さんです。
また、牛馬などの家畜の仏さんでもあります。

このへんろ道は、久万街道と重なっており、三坂峠の麓であることを考えると、
想像が膨らみます。
久万街道では、かつて物資を「馬」に積載して、行き来していました。
「馬」は、在来種の小さな馬です。小さい体にいっぱい荷物を載せ、急斜面の三坂峠を毎日通っていました。あるときついにこの場所で行き倒れてしまう。
そこで飼い主である「馬子」は、長期の使役に耐えた「馬」に感謝し、この場所に埋葬して、「馬頭観音」を安置した。
おそらく、その馬をわが子のようにかわいがっていたのでは・・・。

ここで大切なのは、平成の今、地元の人が「にんじん」を、この石仏に供えている、ということです。
この道は、たいていの人が車で通る道なので、気付かないで通り過ぎてしまいます。
徒歩で通る地元の人だけが、供えることができます。
また、さらに、この石仏が「馬頭観音」で、「家畜の観音」であることを知っていなければなりません。それも当然のこととして、地元の人は知っている。

だから「にんじん」なのですね。

わたしたちには何千年もの文化の歴史がありますが、
それを断ち切り、刹那で生きているのが、現代人ではないかと思います。
しかし、かろうじて田舎の四国には、まだかすかに、先人が積み上げてきた文化の息吹が残っている。

アーティストのみなさんにも、なにかのヒントになるのではと思いました。

藤岡
[ 20:00 ] [ ◆三津浜永遠回帰 ]
首都圏発売のOZマガジンの7月号(6月12日発売)にAAF2008が紹介されています。
その中で、「三津駅舎」の写真が掲載されているよと、東京メンバーのtamaiさんから報告がありました。
編集者の心にとまったのでしょうか?
関係者の皆様、ありがとうございました。
首都圏の皆さん、是非、コンビニなどで手にとって、買ってみてください。

(norio)