The Big Mac Standard ── ビッグマック本位制で世界10都市を測る,為替でも購買力平価でもなく,「何分働けば買えるか」で生活水準を測る.

ハワイに行く気が失せる1ドル170円の世界線.
米国スタディツアーを画策したいけれど,せめて125円くらいまで戻ってくれないと...
2026年7月現在の円安基調は,米国旅行を遠ざけている.
とはいえ,100円ショップは健在だし,狂気のスーパーサンディもあるしで,日用品・食品の物価が高騰して・・・,というほどでもない.

「日本は貧しくなった」は本当か?

米ドル為替レートで換算すると,日本の名目平均賃金はOECD加盟国で25位.
円安が進行するなかで,米ドル換算の順位は比例して落ちていく.

「安いニッポン」「日本は貧しくなった」——ここ数年,何度も聞いた言葉だ.
オールドメディアが大好きなフレーズ.

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だが,為替レートは海外旅行や輸入品の値段を決めるものだ.
日本で暮らす人が日々買うのは,日本円の家賃であり,日本円のガソリンである.

円が安かろうと高かろうと,その街で働く人が,その街の物をどれだけ買えるか——それこそが「本当の生活水準」である.

そこで,為替レートも購買力平価(PPP)も一切使わず,世界10か国の豊かさを測ってみることにした.

物差しは,世界中どこでもほぼ同じもの——ビッグマックとする.

The Big Mac Standard:ビッグマック本位制

イギリスの経済誌エコノミストが1986年に始めた「ビッグマック指数」は,各国のビッグマック価格を比べて通貨が割高か割安かを測るものだ.

本稿は,ビッグマックを「価値のものさし」そのものにして生活水準を測る.
いわばビッグマック本位制だ.

具体的には,2つの問いを立てる.

①McDonald’s Crew Standard:マクドナルドの店員が,自分の店のビッグマック1個を買うのに,何分働くか?
= 最も立場の弱いパートタイム労働者から見た生活水準

②地方公務員Standard:その街の地方公務員の月給で,ビッグマックが何個買えるか?
= 社会の標準的な安定職から見た生活水準

どちらも「時間」か「個数」で答えが出る.
為替も換算係数も介在しない.

同じ企業・同じ商品・同じ仕事で完結するから,各国の賃金統計の定義のばらつきすら消える.

そしてこの2つを並べると,1つの国が「どの階層から見るか」でまったく違う顔を見せる.
そこにこそ,「日本は貧しいのか」への答えがある.

調査設計:人口10位の「都市経済圏」

各国の首都や最大都市を比べると,「東京 vs ニューヨーク」のような特殊な都市同士の比較になってしまう.
そこで各国の人口10番目の都市を含む「都市経済圏」(通勤圏を含む労働市場)を単位に選んだ.

その国の「ふつうの中規模都市」「地方のふつうの生活」を基準とする.

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  • 日本 広島市(広島県)

  • 米国 フォートワース(ダラス–FW都市圏)

  • 英国 ブリストル (ブリストル通勤圏)

  • フランス リール(リール都市雇用圏)

  • ドイツ エッセン(ルール地方)

  • スペイン アリカンテ(アリカンテ県)

  • オーストラリア ウロンゴン(イラワラ地域)

  • 臺灣 彰化市(臺灣全域※)

  • 中国 杭州(杭州市域)

  • インド ジャイプル(ジャイプル都市圏)

※ 彰化市は物価データ(Numbeo)が存在しないため,物価は隣接する臺中市で代替した.賃金・最低賃金・公務員給与は全国一律のため臺灣全域の値を用いている.

第1部:ビッグマック,何分working?

各国のマクドナルド公式採用ページや労働協約から,実際のクルーの時給を取った.
法定最低時給ではなく,実際の募集時給で割るのがポイントだ.

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日・臺・仏・独ではクルー時給がほぼ法定最低賃金に等しい.
日本のマクドナルド店舗や駅で,「アルバイト募集」のポスターを見たことがあるとおもう.1085円など中途半端な数字が記載されているのは,当地の法廷最低時給だから.

ところが,米国だけが大きく乖離する
クルー時給13.35ドルに対し,法定最低は7.25ドル——実に1.8倍の開きがある.
ちなみに,テキサス州の最低賃金は時給7.25ドルで,2009年から17年間,
一度も上がっていない.

ビッグマック1個,何分で買えるか

McDonald’s Crew Standardで,ビッグマック1個は何分働けば買えるのか.

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ここで注目すべきは,名目平均賃金では圧倒的1位の米国(28.2分)が,
McDonald’s Crew
の時給で測ると日本(26.5分)より下になることだ.
米国の賃金の高さは分布の上側に偏っており,最低賃金の底は薄い.
「平均」は,分布の形を隠す.

McDonald’s Crew Standardという最低時給水準で測ると,米国の豊かさは見かけほどではなく,
日本の実質賃金は意外なほどしっかりしている.

最下位インドは234.8分=ほぼ半日.
インドのマクドナルドは,現地のMcDonald’s Crewにとって「ごちそう」なのだ.
同じ商品でも,社会的な位置づけがまったく違う.
市場経済の成熟途上という背景を反映している.

8つの財に広げる

ここで,卵・牛乳・ガソリン・ビッグマック・家賃・光熱費・私立高校・大学の8財に広げた.
住居・光熱費・教育は「1か月分を買うのに何時間働くか」で測る.

財ごとに,各国の顔は大きく変わる.

牛乳:日本は12.6分と相対的に高い.酪農保護政策と流通構造による.
豪3.6分・米4.1分の3倍以上だ.

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家賃:日本は72.8時間=半月分に相当,
ドイツ(62.1時間)に次ぐ2位の軽さ.
一方,米国・中国・インドでは,店員がフルタイム(月160時間)働いても3LDKの家賃を払えない(米106%・中119%・印250%).

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私立高校
日本と臺灣は実質無償(0時間)
米・英・印は100時間を突き抜ける.

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大学
日本は41.2時間で最下位
所得に関係なく国立授業料535,800円を前払いさせられるからだ.
英・豪は所得連動返済のため0〜1時間と軽い.

なお,各国のデータ入手可能性から,国公立大学で統一した.
当然ながら,私立大学を前提にすると,日・米・英の金額は上昇する.

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McDonald’s Crew Standardでは,オーストラリアが最低賃金の高さで多くの財を制する.
日本はおおむね中位で,強い財(家賃・高校)と弱い財(牛乳・大学)が交錯する.

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クルー1人で,4人家族を養えるか?

もう一段踏み込もう.
8財すべて(家賃・光熱費・ビッグマック120個・卵360個・牛乳60L・ガソリン100L・私立高校1名・大学1名)で構成した「4人家族の1か月分の生活費」を,McDonald’s Crew 1人の時給だけで稼ぐには,何時間働けばよいのか.

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  • ドイツ 183h

  • 豪 193h

  • フランス  199h

  • 日本 223h

  • 臺灣  269h

  • スペイン 330h

  • 英国 337h

  • 米国 395h

  • 中国 528h

  • インド 1,491h

フルタイム1人の労働は月160時間.独・仏・豪はそれを1.2〜1.3人分(183〜199時間)でまかなえる
深夜の時間帯を増やすとか,熟練して時間給が上昇すれば,実現可能な水準といえる.

日本は223時間=1人では足りず1.4人分が要る.

とはいえ,4人家族で,うち2人分のMcDonald’s Crew 労働で生活できる国までひろげると,
日本,英国,フランス,ドイツ,スペイン,オーストラリア,臺灣が圏内.

McDonald’s Crew Standardから成熟した先進国を定義するなら,
この「2人分のMcDonald’s Crew 労働で生活できる国」と言えるだろう.

2人分・320時間をこえてくる,英国(337h),米国(395h)は,
物価水準と法定賃金の乖離が大きいということで,限度を超えたインフレ状態にあると言える.
英国は,低所得者層向けの社会保障・セーフティネットは機能しており,
McDonald’s Crew Standard 320hをクリアできそう.

McDonald’s Crew Standardの数値的にも,社会保障・社会福祉制度的にも,
米国の状況・生活水準は,もう何段か落ちる.

インドに至っては1,491時間,約9.3人分——1人の店員収入では4人家族を養えない国が多い,という現実が見えてくる.

なぜ独・仏は少ない労働で暮らせるのか?

独182.8時間・仏198.6時間という最小級の数字は,3つの理由に支えられている.

1.家賃が安い
独62.1時間は10か国で最小,仏83.3時間も下位.
ドイツは持ち家率が約47%と低く賃貸が主流で,家賃上昇を抑える制度(Mietpreisbremse・2029年まで延長)がある.
仏も69都市で家賃規制(encadrement des loyers)を敷く.
公営住宅が充実している英国も,実質的にはフランス,ドイツと同じ水準と評価してもよい.

2.教育費がほぼ無償
大学は独が学期費のみ(€70〜430/学期),
仏は登録料+CVECで年€283.
私立高校も契約校(公費補助)で安い(独€167/仏€83)——英米(£1,557/$1,417)とは桁違いだ.

英国は,スコットランドであれば無償水準になるので.上記家賃とあわせると,フランス・ドイツと同等水準までMcDonald’s Crew Standardは下がってくる.

3.最低賃金が高い
独€13.90/仏€12.31(2026年).
分子(生活費)が小さく分母(時給)が大きいので,必要労働時間が短くなる.

日本が独仏より40時間ほど多い原因は,ただ一点「大学」にある.
日本の家賃72.8時間(独に次ぐ2位)・高校0時間は軽いのに,大学41.2時間は独3.6時間・仏1.9時間の10〜20倍だ.
大学が独仏並みなら,日本も約185時間でドイツと並ぶ.

第二部:地方公務員の月給で暮らす

社会の標準的な安定職——地方公務員から見た豊かさで比べてみる.

広島市・フォートワース市・エッセン市などの公務員給与を,賞与込み・税と社会保険料を引いた手取り月給で揃えた(税率はOECDの確定値を使用).
この手取り月給に対して,各財の支出が何%を占めるかを測る.

各財の「手取りに占める割合」を並べると,日本の姿がくっきり浮かぶ.

ビッグマック 月120個(4人×毎日1個):日本12.9%が最小.インドは71.7%=手取りの7割超.

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卵 月360個:日本2.2%は最小級(印7.8%が最重).

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ガソリン 月100L:日本3.8%・米国1.9%と軽い.インド27.7%が突出.

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3LDK家賃:日本17.6%が圧倒的に軽い(2位の中国21.2%を引き離す).英国は73.2%=手取りの4分の3が家賃に消える.

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光熱費:中国1.6%が最小,ドイツ12.3%が最重,日本は4.6%.

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私立高校 1名:日本・臺灣は0%(実質無償).英国は65.7%.

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大学 1名:日本10.0%が最重(所得に無関係な前払いのため).英・豪は所得連動返済で軽い.

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4人家族の生活費は,手取りの何%か

8財すべてを合計すると,こうなる.

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日本は54.1%=手取りの半分強で,4人家族の生活費が賄える.
これは10か国で最小だ.

一方,英国は193.6%,インドは227.7%——生活費が手取りを上回り,この想定では貯蓄どころか赤字になる

公務員という安定職の視点で見ると,日本は,McDonald’s Crew Standardとはまったく別の,きわめて恵まれた国としてみえてくる.

日本の強みと,たった一つの弱点

地方公務員Standardで日本の財別順位を並べると,日本という国の姿がくっきり浮かぶ.

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8つの財のうち3つで1位を取りながら,大学だけが最下位.
家賃が相対的に安く,高校まで教育費がかからず,ビッグマックも卵も手が届く.
だが大学教育という一点で,日本は世界最高水準の自己負担を国民に求めている.

高校は世界最高,大学は世界最低

日本の教育制度は,高校と大学で正反対の顔をもつ.

私立高校は,実質無償だ.
平均授業料457,331円に対し,2026年度から国の就学支援金が457,000円まで引き上げられ,所得制限も撤廃された.差額はわずか331円.
臺灣と並ぶ世界最高水準の手厚さである.
(とはいえ,今年2026年からの制度であり,これまでは相当程度の家計負担が発生していた.)

ところが大学は,世界最低水準の支援だ.
国立大学の授業料535,800円を,所得に関係なく前払いで求められる.
給付や所得連動返済がほとんどない.

英米豪は「大学は高いが,払える人が払う」仕組みだ.
日本は「所得に関係なく,全員が前払い」.

高校までは国が全額肩代わりし,大学から突然,全額自己負担に切り替わる——この断絶が,10か国で日本が最も鋭い.

なお,大学の学費無償化は,優秀な学生(学力・芸術力・文化力・体力の多方面で)に限定した無償化にすれば相当改善する.
九九ができない大学生を増やしても意味がなく,大学の定員そのものを大幅に削減していく方向性が望ましい.

コラム:スイスの逆説

参考までに,「世界一物価が高い国」スイスも調べた.

スイスのビッグマックは7.30スイスフラン(約1,300円)——世界一高い
米国の1.48倍だ.「スイスは何もかも高い」というのは本当である.

ところが,スイスのマクドナルド店員は,この世界一高いビッグマックを19分55秒で買える.
日本の26分33秒より6分半も短い.
時給が約22フラン(約3,900円)と,物価の高さを上回って高いからだ.

The Big Mac Standard では,スイスの方が安い.

名目の物価と,そこで働く人の生活水準は,まったく別物だ.

為替換算した「物価の高さ」だけを見て
「スイスは高い=豊か,日本は安い=貧しい」
「スイスは高所得=豊か,日本は低所得=貧しい」
と考えるのは,オールドメディア級のおバカだ.

結論:日本は貧しいのか?

2つのものさしで測った日本の姿は,こうだ.

日本は,「地方公務員のような安定職にとっては,10か国で最も生活水準の高い国」であり,
同時に「パートタイム・非正規労働者にとっては,中位(5位)の国」である.

  • 為替換算では,日本は確かに「安い」.海外旅行も輸入品も割高だ.

  • だが国内の実物購買力では,安定職の日本人はかなり豊かだ. 家賃が安く,高校まで教育費がかからず,ビッグマックも卵も手が届く.
    中央政府が財政・金融政策を誤らず,大学学費の無償化が進めば,世界トップクラスの生活水準を維持できる.

  • 同時に,その豊かさは不安定なパートタイム労働者層には十分に届いていないという点も重要な示唆だ.
    住宅政策・教育バウチャー・給付型奨学金・お米券・児童給付などで,先進国トップクラスのセーフティネットを整えていくべきである.

The Big Mac Standard

次にBig Macを食べるとき,日本の豊かさをかみしめてほしい.

調査の方法と限界

  • 価格はNumbeo(2026年6〜7月),ビッグマックはエコノミスト誌のビッグマック指数を集計するデータベース(2026年)を使用.

  • 賃金は各国の公式統計・公開給与記録・労働協約(2025〜2026年).税率はOECD Taxing Wages 2026(2025年実績)の確定値をAPIから取得.

  • 2つの指標は定義が非対称(McDonald’s Crew Standardは税引前,地方公務員Standardは手取り).両者の数値を直接比較することはできない.

  • 中国は賃金が推定値のため,地方公務員Standardの確度は最も低い.臺灣の物価は彰化市のデータがなく臺中市で代替した.

  • 本稿は購買力平価(PPP)を用いず,「同一商品・同一労働で何単位買えるか」を直接測る独自手法による.為替換算後の国際的な購買力(海外旅行・輸入品・資産形成)とは別の問いである.

出典(ビッグマック指数の考え方):The Economist, Big Mac Index(economist.com/big-mac-index, 1986年〜)/生データ:github.com/TheEconomist/big-mac-data.国旗:flagcdn.com(パブリックドメイン).