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千里文化センター「コラボ」市民実行委員会
記事一覧
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2015/04/06のBlog
4月4日(土)、コラボ談話室「私が駆け出しの頃」を開催しました(参加者14名)。
「男の人は、現役時代にどんな風に仕事をしていたの?」との女性陣の疑問・要望に応える形で企画したものです。話題提供者は、松本勲さん、山本武彦さん、高橋政治さんの3名。新年度がスタートする月でもあり、若い世代にも聞いてほしいとの願いも込めました。3人の話題は次のとおり
≪松本勲さん≫
60年代半ばに大学卒業、社員1万人規模の企業に就職。新人研修のため夜行列車で宮崎県延岡市へ。「まず現場を知る」ための長期展望に立った配属。夜勤明けに海水浴に行くなど楽しんだ。40代でインドネシアに赴任。「郷に入れば郷に従え」の生活をしながら、人材育成で貢献できたのでは。50代で小企業の株式上場のシステム作りを支援。約40年間の仕事を通じて教えられたことは「先入観をもって臨まないこと」「相手の話をいかによく聞くか」「楽観的に考えてやれば何とかなる」。現在も週3日、就労支援に勤務。
≪山本武彦さん≫
60年代後半に大学卒業、近江商人の風土を残す中規模の企業に就職。滋賀県の寺での新人研修が厳しく、脱走した者もいた。営業の仕事では、関西弁が聞き取れない、商品の品番が覚えられない、.車の事故などで苦労した。売上至上主義の中、手形を書き換えられる、値切られるなど大変だったが、3年で慣れた。ボーナスは社内預金されたが、貯金が増えるなど、中小企業の良さもあった。

≪高橋政治さん≫
50年代の初めに高校卒業、京都の電気メーカーに就職。映画全盛期のD映画会社の撮影所に転職。カメラの整備等で忙しく、残業代が本給の2~3倍の時もあった。映画スター~裏方まで、全員が家族のように生活しており、長谷川一夫とも一緒に風呂に入ったこともある。その後T映画会社に転職。東京オリンピック、高校野球50年記念の映画撮影の助手を務めた。
フリーのカメラマン(10年)、カメラの機材のレンタル会社(10年)をへて大学映像学科の講師もつとめた。溝口健二監督、若尾文子、市川雷蔵などの監督、スターなどとも懇意にしてもらい、.カメラを通じた楽しい半生だった。

その後、次のような談話が進みました。
昔は今のように就職先のことをあまり調べないで就職した/昔は会社に自分を合わせていく時代だった/就職は時代の社会経済状況によって異なる/70年代に総合職がなかった女性は2~3年で退職した/花嫁修業のように大学に行く女性を揶揄した「女子大生亡国論」が流行った/就職難の時代に腰掛け的に就職した千里がライフワークになった
高度成長期が「駆け出し」だった3人の仕事は、「大企業総務型」「中企業営業型」「現場職人型」と、それぞれに異なったようです。職場の環境はハードでありながら、人間味にあふれる「古き良き時代」だったこと、最初は苦しくても、そのうち慣れたり、自分の得意な分野を見つけられるという点では、共通していたことを教えられる談話室になりました。

次回の予定は次のとおり。
●と き:5月9日(土)10~12時(5月は第2土曜日です)
●ところ:2階 集会場
●テーマ:「私の時間の使い方」(話題提供:津久井惠理子さん)
「時は金なり」は、時間はお金と同様に貴重だから、浪費してはいけないという意味。時間を効率的に使いたいけど、ボーッと過ごしていたい時もあります。自由な時間がほしいけど、逆にたっぷりあれば使い方がむずかしいことも・・。あなたは時間をどう使っていますか? 時間をテーマに語りましょう。土曜の朝は、コラボへGO!

(やまもと)
2015/03/18のBlog
2,3日真冬並みの冷え込みの後、3月中旬とは思えないポカポカ陽気となり、町を歩く人も、コートを着た人やコートなしの人など様々でした。
多目的ホールにて、3月度多文化カフェを開催しました。
日 時:3月17日(火)10:00~12:00
話 題:イエメン共和国の風物・文化・生活の紹介
語り手:大阪大学博士課程(口腔外科研究中)の留学生 ハニさん

 イエメン共和国と聞いて、すぐに分かる人は少ないのではないでしょうか。在留邦人もわずか24人(14年11月現在)で、在日者は27人です。ハニさんは、どの都市に何人いるか全員知っています。また、日本にはイエメン料理のレストランが一軒もありません。イエメンに関しては知らないこと、めずらしいことばかりですが、残念ながらほんの一部しか紹介できません。ハニさんのフルネームは、ハニ(名) ムハンマド アブドッラー ガールフ マリー ムフシヌ アブドルカーデル アフムド アルシャリーフ(姓)です。姓と名以外は、父方の先祖代々の名前です。ハニさんは10人兄弟ですが、3人の兄弟は出産時に亡くなっています。他の家庭でも、医院が遠く家での出産を余儀なくされるので、出産時の死亡率が高いようです。子供が多く、平均寿命も短いので、65歳以上の人は2.6%しかいません。

イエメンは、アラビア半島の西南端に位置し、首都はサヌアです。北緯15度で、マニラ市と同緯度です。面積は日本の約1.5倍、人口は2,441万人(13年)です。平均気温は21℃と意外に低く、夏と冬の2シーズンです。夏季は何月から何月までかと聞いても、ハニさんは太陰暦のためか、答えられませんでした。雨が少なく川が無いので、谷にダムを造り水を貯めて利用します。国の東側は、紅海に面し山岳地帯が連なります。最高峰は富士山とほぼ同じで3760mあります。コーヒーで有名なモカは町の名前で、山岳地域の紅海南端の海峡付近にあります。サウジアラビアと接している北部の地域は砂漠、南側はアデン湾に面し、植生が豊かです。

 歴史は非常に古く、現在イスラム教国になっている北アフリカ、中東、中近東の国々の民族の源流は、イエメンです。考古学的には、ヨーロッパ人も、アジア人も何百万年も前に、紅海を渡ってきたアフリカ人が、ここイエメンから枝分かれしたと考えられています。エジプト王朝以前からの文明があり、古い建物には絵文字も残されています。日本語の書体は、漢字、仮名など6書体ですが、アラビア語のカリグラフィは60通り以上の書体があります。ハニさんもいくつかの書体で書くことができます。右の写真は彼の名前をカリグラフィで書いたものです。日本人がよく知っているシバの女王の神殿と考えられる遺跡も、発掘調査中で、未だ実在したという証拠は見つかっていないようです。(写真参照)
イエメンは、紀元前10世紀以降、古代インド、地中海及び東アフリカの貿易中継地として繁栄しました。現代になり、英国支配や、社会主義国などを経て、1990年に南北イエメン統合により、現在のイエメン共和国が誕生しました。
 
 家屋は、山岳地帯では断崖絶壁に建てられていて、山から切り出した石造りです。下の写真で断崖に点々と映っているのが家です。低地では、日干し煉瓦を積み重ねて建てられています。山岳地帯の農地は、ロックガーデンのように険しい傾斜の段々畑で、標高3000mにまで達しています。主食の小麦、ジャガイモやコーヒーなどが栽培されています。低地の夏は、緑で覆われ果物も豊富で、牧畜も行われています。農産物は非常に安く、Kg単位で買い、マンゴーは20Kgで300円程度、トマトは10Kgで30円程度です。逆に、お米は余り食べないので、5Kg単位だそうです。スーパーでは生鮮食料品は売られていなくて、買えるのは主に冷凍食品です。牛肉は肉屋さんで、吊り下げられた1頭分の肉から、この部分を何Kgと指定して50Kg単位で買います。食料は、国内で自給自足できています。因みにモカコーヒーは国内では飲まれず、もっぱら輸出に振り向けられています。ハニさんの家族は大家族なので、食べる量も多く、妹たちは一日中炊事をしなければならないようです。
秘境で有名なソコトラ島は、世界自然遺産であり、NASAが指定した世界の10カ所の秘境の一つでもあります。非常に珍しい動植物が生息していて、インド洋のガラパゴスと言われます。切ると赤い樹液を出すドラゴンの木、幹が巨大で水が蓄えられた徳利形の木や、乳香を生じる木などめずらしい植物と、それらに生息する鳥類、昆虫、クモ類が多くいます。魚も豊富で近海に730種類もいます。乳香は、日本ではなじみがありませんが、イエメンではお父さんが帰宅した際とか、お客さんを招き入れる際に、振りかけるなど、日常的に使われています。蛇足ですが、川西市の植物問屋「花宇」の5代目西畠清順さんは、このソコトラ島まで行き、断崖の先に生えるめずらしい木を採りに行ったことが、新聞で紹介されていました。下の写真は赤い樹液を出しているドラゴンの木です。

 歴史のある、自然も食糧も豊かな国ですが、政治は不安定で政府と反政府勢力との紛争が続いています。このため経済破綻しているのは非常に残念に思います。

主な質疑
Q:石油資源はありますか
A:石油も天然ガスもあります。石油は日本に輸出しています。
Q:古い高層の家が多くありますが、エレベーターはありますか。
A:エレベーターはありません。同じ建物の中で、人が住むフロアーと羊等家畜を飼うフロアーがあります。犬は外の犬小屋で飼います。
Q:学校制度はどうなっていますか。
A:6・3・3制です。一人の先生が100人~120人の生徒を教えます。小学校では、朝6時半から12時半までと、午後1時から7時までの教室と2部制です。
Q:七五三など子供の成長を祝う行事はありますか。
A:子供が多いからか、そのような行事はありません。

 次回の多文化カフェ
日 時:5月12日(火)10:00~12:00
語り手:イタリヤ人の高校留学生です。

(文責 濱崎定也)
[ 14:47 ] [ テーマ型交流カフェ ]
3月13日(金)、3月度の転勤族カフェを開催しました。
参加者は26名、うちお子様5名。初参加の方3名。
この日は、千里朝日倶楽部さんが取材に来てくださいました。

今回は初めての試みスイーツカフェでした。
スイーツカフェとは、いつもの転勤族カフェのフリートークを、
お茶とお菓子をいただきながら行おうというもの。

参加者が持ち寄った、食べきれないくらいのお菓子がお皿に並びました。
その中には手作りのケーキやクッキー、パンがありました。
お子さんと一緒に作ってくださった方のクッキーには、
かわいい絵が描いてありました。
どれもとても美味しくて、お料理上手の転勤族さんが、
たくさんいらっしゃることを知りました。
大阪のお菓子や岩手県、東京、名古屋、神戸などのお菓子も並びました。

会話の内容は、いつものように自己紹介と近況報告を行いました。

この時期は転勤族にとっては、微妙な季節。
近況報告をすすめていくと、
やはりこの春、大阪を離れる方がいらっしゃいました。

転勤族カフェの責任者として、
ずっと会の運営に携わってこられた山本さんも、
転勤することとなりました。
山本さん本当に長い間ありがとうございました。

また、ブログの記事などを通して、
皆さんに転勤族カフェの模様をお知らせしていた私、山添も
転勤族カフェのお手伝いを卒業することとなりました。

5月からは新しいスタッフで転勤族カフェをすすめていきます。

この日のカフェは、最後に全員で記念写真を撮り閉会となりました。

◆次回の 転勤族カフェ◆
※4月の転勤族カフェはお休みです。
※5月の転勤族カフェにつきましては、「広報とよなか」にてご確認ください。
(山添)
2015/03/16のBlog
[ 21:35 ] [ コラボ大学校 ]
3月度 第58回コラボ大学校を開催しました。

開 催:3月14日(土) 14:00~16:15
テーマ:『風を観る』-「世界をさわる」冒険が「知のバリアフリー」をもたらすー
話し手:民俗学博物館 准教授・全盲 広瀬浩二郎さん
当日は朝から雨が降り、テーマが地味なこともあって、出足が心配でしたが、午後には雨が上がり、45名と多くの方々に来場してもらました。
広瀬さんは、現在は民博の研究者ですが、中学生のころ全盲になり、色々な苦労や障がいにぶち当たって来られました。しかし、障がいを一つひとつ乗り越え、常に明るく、何事にも挑戦しようという前向きの姿勢で研究活動をされている方です。以下のような講話を伺いました。
 
民博内やその他で、研究成果の展示会や、シンポジュームを開催している。それらのチラシづくりでも一苦労も二苦労もある。墨字で書ける文字数に比較して、点字は数分の1しか書けないので、1枚のチラシに何を、どれだけ、どの様に伝えるかに常に悩む。最近は、アクリル樹脂を用いて、点字部分が盛り上がる印刷もできるが、当然コスト問題も絡む。
著書も何冊も出版しているが、表紙の装丁にも同様の苦労があり、点字でどの様にアピールするか色々と苦労しながら工夫を重ねて居る。

職場が、民族学の博物館なので、部屋に閉じこもっては仕事にはならず、研究調査のため国内はもとより、海外にも一人で出かけることが多い。研究者になった当初は、社会の仕組みが整っていなかったので移動に苦労した。最近は障がい者に対する周囲の意識や、社会の体制が整ってきたので、駅や空港の職員に案内をお願いして、無事目的地に着くことができる。海外に比べ日本は、よく整備された国なので、もっと宣伝すれば良いのに。千里中央も整備が進んでいる街だ。

現在は、障がい者対策がなされているが、昔は点字ブロックも、柵もなかったので、家にじっとしていたかと言えばそうではない。道を歩いている際に、よく転落死したということが分る地名も残っている。昔の全盲者はどのようにして移動したのだろう。推論だが、周囲の人がかなりサポートしたのであろう。目の見えない人は、特別の能力が備わっていて、別の何かを感じる能力があると、畏敬の念を抱いたり、信仰の対象として見られていたこと。
不自由な人を助けると言うことは、仏の御心に沿い、功徳になるという教えも浸透していたからと思われる。昔、旅をつづけながら仕事をしていた人たちに、琵琶法師と瞽女(ごぜ)が居る。

 平家物語は当初琵琶法師により伝えられていた物語である。平家の亡者を相手に琵琶で語った耳なし芳一の話は有名で、よく御存じの話である。琵琶の演奏がどのようなものか、今井勉さん演奏のCDで、平家物語「那須与一の段」の一部を再生。自分が初めて聞いたときは、非常にスローテンポなので、余り共感を覚えなかった。しかし、何度も聞いている内に、ユックリと語らねばならないのだと分かった。口頭だけで情報を伝えるということは、聞き手にとっては、聞きながらその情景を頭に描く時間が必要だということである。那須与一の場面は、平家の女御の色鮮やかな衣装、金色の扇、海の青、与一の黒装束と非常に色彩豊かな場面である。琵琶法師(自分は色が見えないのに)は、語りだけで鮮やかな絵巻もののような情景を、聞き手に思い浮かばせるのである。

 瞽女の唄うストーリーについても、仏教の説話や“親子の別れ”だとか、さびしく、もの悲しいものが多い。しかし、瞽女自身もそのような人生を送っていると、一方的な同情だけで理解するのは、誤解につながる。苦労の中にも楽しい生活もあった。
唄の中にも楽しい唄もあるし、滑稽、軽妙な掛け合い万歳もある。74年の東京でのライブの収録で(女性)伊平イセさんと(男性)朝比奈さんの万歳の一部をCDで再生。いずれも後継者が居なくなり、残されているのはCDだけとなってしまったのは残念だ。

 人は誰しも何らかのハンディを意識しながら生きているもので、広瀬さんのハンディを逆手に取って、あたかも楽しむような生き方に、大いに学ぶところがあったのではなかろうか。また、昔の全盲者の活動の歴史・文化の研究についても、全盲者だからこその考察も新鮮であった。従来の発想では分かりえない違った角度から、色々な観点に気づかされた意義ある講演であった。

次回コラボ大学校
日 時:4月11日(土) 14時~16時15分
テーマ:NHKドラマ「サイレントプア」の生まれた町 ~豊中の地域福祉~
語り手:社会福祉協議会 CSW 勝部麗子さん
申込み:3月23日から コラボ事務所にて
 (文責 濱崎定也)
2015/03/08のBlog
3月7日(土)、コラボ談話室「ハンディキャップで世界が広がる!?」(話題提供:京谷寛さん)を開催しました(参加者17名)。
京谷さんは、小学生時代から六甲山に登り、高校では写真を専攻しながら岩登り・冬山などのハードな山登り。卒業後はフリーの「冒険家&カメラマン」 に。20代半ばに足に血行障害を起こし、両足切断も覚悟。激痛に耐えること3ヶ月、毛細血管が動脈の働きをしだしたのか、歩けるようになった。足を使わないヨットを始め、低山・野原にも親しみ、そのことによって友人や仕事のフィールドが広がった。人は小さな障害を乗り越えることで自信が生まれ、世界が広がるのでは? 広い意味でのハンディについて語りましょう・・と話題提供。
このあと参加者による次のような談話が続きました。
今の足の状態は?/寒いときは厚手の靴下をはく。シルクロード、北極圏にも行けたのは、血が巡ってくるのを待って自分のペースで歩くから(京谷)/外国人として日本で生きるハンディは厳しく、日本国籍をとってからも続いた/二つの祖国をもつ人は、ある意味うらやましいのでは?/ハンディと言えばゴルフを思い出すほど恵まれて成長したが、親は事業や三度の結婚などで苦労した/川崎の少年殺しのように、今の子どもは問題を自力で解決できなくなっているのか?/自分で考え・探して解決することがなく、あるもので間に合わせるのでは?/本人だけでなく、被害者と加害者の双方の家庭環境にも問題があったのでは?
大人が子どもと接点を取りにくい状況が生まれている(団地の庭で寝転んで写真を撮っていただけで不審がられた)/不良っぽい少年も見捨てたものではない(声をかけていたら、団地の草刈りの手伝いをしてくれた)/数字で評価する教育界も問題(昔は勉強・運動などトータルに、今は勉強ができるかどうか)/勉強だけでなく、人間的なつきあいができる(生きることを教える)先生であってほしい/加齢がハンディだが、健診で内蔵が20歳若いと言われて喜んでいる/世界が広がるとは、ハンディと付きあい・克服することで、人格の幅や深さが広がるということでは?(概して有名進学校に通う子の親は人格が狭い)/弱い立場の人のことが分かるから、他の人にも同様に接することができるのか/
京谷さんがハンディと付き合ったプロセスは?/足を切断して歩けなくなったとき、どうして生きていこうかと真剣に悩み、置かれた環境で何ができるかを考え続けた(京谷)/子どもがハンディをもつ親が過保護で自立(子離れ)できないのも問題/周囲から見て分からない親子の絆のようなものもあって難しい問題/今日の話を聞いて「性格は運命なり」(加山雄三)を思い出した/自分も苦労をしたが、その苦労が自分をつくってきた/

最後に京谷さんは、「小さなハンディを一つ乗り越える術をもてば、自信を持って次に応用できる」と結びました。同じハンディキャップも、その人がどう捉えるかによって異なり、「プラス思考」でつきあい、乗り越えていくことの大切さを談話した2時間でした。
次回の予定は次のとおり。
●と き:4月4日(土)10~12時
●ところ:2階 集会場
●テーマ:「私が駆け出しの頃」
 (話題提供:高橋政治さん・山本武彦さん・松本勲さん)
4月は社会人1年生が誕生する月・・・。胸一杯に期待をふくらませながら、慣れない仕事や人間関係から失敗したり、挫折することもあるでしょう。しかし、そんな経験があとで生かされることもあります。大先輩の経験話は、若い人の肥やしにもなるでしょう。第一線を退いた3人に「駆け出し」の頃を語っていただき、談話します。第1土曜日の朝は、コラボへGO!
(やまもと)
2015/03/06のBlog
日本とイタリアの生活を見つめて
『イタリアの小さな町の豊かな生活』

講 演 井口勝文 さん
ピアノ演奏 川上時子 さん

イタリアに美術留学中の奥さんと現地で知り合いその後結婚された。
イタリアにほれ込んだ御夫妻がイタリアを旅している中で「イタリアに家を買おう」ということになり、各地で家を探し、日本では過疎地といわれるような小さな村メルカテッロ・スル・メタウロに一軒のステキな家(廃屋)を見つけオーナーと交渉の末、自分達のものになった経緯や現地での生活を優しい語り口で話してくださった。

建築家である御主人にとって、100年以上の歴史を伝える石造りの家は修復するのにもってこいの物件だったよう。イタリアの古い町では景観を壊さず修復をすることが求められるとのこと。

長期の休暇を取ってはイタリアに、家の再建を始めたところ地元の人たちも手伝ってくれるようになり、村の人たちとの親密な交流も始まり、日本とイタリアの充実の二重生活が始まった。

そんなペースで何年も掛け家を完成させた。家の完成だけではなく、村の人たちにも
暖かく受け入れられ、「風景が美しいと人は幸せになれる」「美しい生活は美しい風景を作る」「みんなで美味しい物を食べるのが一番だいじなこと」そんなイタリア人の生活がスライドに映し出される写真の数々に、コラボ大学に来られた皆さんからは、「美し町ね」「ステキな出会いね」「うらやましい生活」と、完成した家の素晴らしさはもちろんだが、井口さん御夫妻が如何にその町の人々と交流し、受け入れられたかに感心を寄せられておられた。

井口さんの場合は、イタリアと日本という地球規模の二重生活で、誰にでもできる事ではないけれど、日本でも都会と地方の二重生活や移住を求められる方が多くなっている今、「地元の人たちとの交流が、より豊かな田舎暮らしが出るよ」とのメッセージとして我々に示唆してくれていた。

京谷 寛 (記)
[ 14:10 ] [ テーマ型交流カフェ ]
2月20日(金)、2月度の転勤族カフェを開催しました。
参加者は17名、うちお子様3名。

この日は久々に参加してくださった方や、初参加の方もいらっしゃいました。
先ずは、自己紹介と近況報告、皆さんに聞いてみたいことなどを話しました。

近況報告では、保育所に入るのがたいへんというお話、学校での役員や当番のお話などがありました。転勤族は、引っ越ししてきてよくわからないから、役員をやってみてはと周りから勧められることも多いようですが、学校での知り合い作りには役員などになるのもひとつの方法のようです。

また、今回、参加した方の中には、大阪が発祥の地といわれる「さをり織り」を北区の中崎町で体験し、その時に作られた手作りの素敵なマフラーをなさっている方もいらっしゃいました。

聞いてみたいことでは、お嬢さんが今年初節句を迎える方がいらっしゃって、おひなさまの話題になりました。いつ頃から飾り始めるのか。どんなおひなさまを飾っているのかという話題で盛り上がりました。

壁掛けキルトのおひなさまを飾られる方や、九州では「さげもん」と呼ばれるつるし雛を飾られる方、また、女の子二人のお家で一人にひとつずつおひなさまを飾るという方もいらっしゃいました。
初節句の提案としておひなさまの絵本や折り紙の前で写真を撮ってみるのも記念になるという先輩ママさんからのアドバイスもありました。

季節は冬から春へ。

次回の転勤族カフェは、初めての試みスイーツカフェです。
「スイーツカフェって何するの?」と思われたことと思います。
参加者の皆さん、なにか一品お菓子を持ち寄って、お茶とお菓子をいただきながらおしゃべりしましょうという試みです。
持ってきていただくお菓子は手作りのものでも市販のものでもOKです。
どうぞよろしくお願いします。楽しい春のお茶会にしましょう。

◆次回の 転勤族カフェ◆
日時3月13日(金)10:30~12:00
内容 スイーツカフェ(お茶とお菓子をいただきながらフリートーク)
持ち物 なにか一品お菓子をお持ちください(手作りでも市販でもOK)
場所 3階 料理室
(山添)
2015/02/08のBlog
2月7日(土)、コラボ談話室「頭はいつまでも柔らかく」話題提供:濱崎定也さん)を開催しました(参加者21名)。
濱崎さんは、頭の柔らかさは年齢に関係ない(神経細胞は老若であまり変わらない)。大成者のきっかけは柔軟な発想やわずかな兆候への気づき。悩みも柔らかい頭(明確な問題意識のもと、柔軟・多方面に集中してフル回転)で解決する。川柳(創造的遊び心)は頭を柔らかくする。関西人(落ち→気分が和らぐ)になりましょうと話題提供。そのあと、次のようなトークが続きました。
自慢の川柳:Yさん「モーニング 首つりのまま 待ちぼうけ」/Sさん「見守り隊 幼子の足に 追いつかず」/Iさん「足腰の 弱るほど増す 口元気」/親父ギャグや突っ込みも頭を柔らかくする(例:頭が固ければ頭づきあいしたら)/頭が柔らかいとはどういうこと?柔らければいいのか?/自分の意見が受け入れられないことで怒る人を頭が固いと言うのでは?/常識が豊富なことで頭が柔らかくなるのでは?/会社では部下の言うことをどこまで受け入れるかが固い・柔らかいの違い/
一神教のイスラムの頭を柔らかくする川柳はないか/宗教の話は別途改めてやりましょう/宗教や多文化の話をするなら、十分勉強しましょう/話し上手より、聞き上手が脳を活性化するのでは?/頭の固い・柔らかいは、その人の中でも混在しているのでは?/まずは相手の話を受け止め、自分の良心に照らして対応する態度が必要では?/頭が柔らかいとは、自分でなく他人が判断することでは?/本当に柔らかい人は、固い芯(信念)とそのまわりに柔らかいスポンジ(受容体)をもつ人では?/人格の固さと生き方の固さは違うのでは?/
談話室に来るといろいろな経験を分かち合えて頭が柔らかくなる/若い人の考えもあるから嫁に言いたいことを抑えようと、まず固定観念をなくすることから始めた/自分をストレートに出せるかどうかという表現の問題もあるのでは?/週3回外出するようにしているが、頭が固いと付きあいに困るから自然に頭が柔らかくなる/頭の固さと同様に、リタイア後に肩書き・経験を出すと嫌がられる/人間、年をとればみんな「ただの老人」/体が動くから頭も柔らかくなるので、体を柔軟に鍛えることも大切
何気なしに使っている「頭が固い、柔らかい」について改めて考え、盛り上がった談話室になりました。
次回の予定は次のとおり。
●と き:3月7日(土)10~12時
●ところ:2階 集会場
●テーマ:「ハンディキャップで世界が広がる!?」(話題:京谷寛さん)
人にはいろんなハンディキャップがあり、克服しようと自分にあった工夫をしたり、生き方を変えようとします。そのことで、新しい可能性や世界が広がっていきます。同じようなハンデを持った人に伝えることで、新たな交流も生まれます。そんなハンデの活かし方、付き合い方をみんなで語り合いましょう。第1土曜日の朝は、コラボへGO!
(やまもと)
2015/02/02のBlog
[ 09:44 ] [ テーマ型交流カフェ ]
15年1月27日、多文化カフェで福田さんによる「福田家滞米記」を開催しました。この時期にしては気温は暖かでしたが、朝からあいにくの雨の中、14人の参加がありました。スピーカーの福田さんは、2000年から妊娠8カ月の身重での米国生活が始まり、14年間過ごされました。住居、出産、買物、学校、お祭りにと多岐にわたる話の中から、興味を惹かれたことを中心に紹介します。
【言葉・気候・住まい】 (写真は家の前で大家さん家族ご夫妻と)
最初は、Garden State(ニュージャジー州、NJ州と略記)で10年、Peach State(ジョージア州、GA州と略記)で4年間滞在しました。日本では殆ど知られていませんが、各州には上記のようなニックネームがついています。州のニックネームをクイズで出しましたが、殆ど知られていませんでした。その他にも、英語と思って使っている言葉を英語でどう言うかを、クイズ式で出して見ました。半分ほどは正解でした。NJ州は、ニューヨーク州のすぐ南側の州で北緯40度で、盛岡市と同緯度です。米国内でも最も多民族、多宗教が混在する州で、56.4%は少数民族です。
 GA州は、フロリダ州の北側で北緯32度にあり、宮崎県と同緯度です。フロリダと聞けば、温暖快適な気候を思い浮かべますが、5、6cmの降雪があります。
降雪した3日間、学校閉鎖されましたが、春・夏には桜やその他の花も一杯咲き乱れます。
NJの家は広く、1階部分に大家さんが住まわれ、2階部分を借用しました。細々したことを注意されることもありましたが、ドイツ系の人で、日本人の感覚に近く、親切にしてもらいました。各家の裏庭も広く、写真の様な遊具、トランポリン等があるのが普通です。隣の家との間に垣根など無く、境界もハッキリしません。
【出産・育児・学校】
駐在直後に出産しましたが、日本とは大違いでした。先ず、計画出産ならぬ計画分娩で、医師と日程の相談をして、出産日を決めます。指定の日に入院し、陣痛促進剤を注射します。入院期間は、わずか2泊3日しかないのに、出産した時間が真夜中12時近くだったので、丸3日はなく退院は本当に厳しかった。帰宅すると友人たちが、飾りとともにサイン入りで“It’s a girl.”と書いて、祝ってくれたのがとても嬉しく、元気づけられました。
 学校制度は州ごとに異なり、NJ州では、中学校がなく小学校は7年生までで、高校生は8年生から12年生までとなります。学期は9月初旬から翌年6月中旬。GA州では、小学校は5年生までで、中学は6~8年生、高校は9年生から12年生までとなっています。学期は8月から翌年5月下旬までです。
帰国して子供が戸惑ったのは運動会。米国では、友達同士でふざけ合うとか、自分たちが楽しむ行事です。日本は日頃の教育を親に見てもらう会になっています。組体操の練習を何度もさせられ、軍事訓練ではないかと嫌がりましたが、今は慣れた様です。
【お祭り】
 元旦や独立記念日などもありますが、盛大に祝うのは、何と言ってもキリスト教に纏わる祝日です。
・Easter(復活祭)はイエスの復活を記念して、春分後の満月直後の月曜日に行われます。沢山の卵に色づけをして、中にプレゼントを入れてあちらこちらに隠します。子供たちはそれを探し、見つけた卵は自分のものに出来るので必死に探します(Egg Hunt)。卵は生命の象徴と言う意味があると使われているのです。
大晦日には、ニューヨーク タイムズ スケアーなどで、新年を迎えるカウントダウンが盛大に行われますが、2日から始業となるなど、日本人としてはもの足りなく感じます。
・Memorial Day(5月の戦没者追悼の日)やLabor Day(9月の労働者の日)がありますが、これらの祝日で、夏が始まり、夏の終わりの季節感を感じるのです。
・Halloween(万聖節)は、10月31日の夜に全聖人を祝う日(Hallowmas)の前夜祭で、秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教行事の意味合いがあります。子供は魔女やお化けに仮装して、各家庭を回り食べ物をもらいます。日本人は忍者キッズに仮装するのが人気。
1年分はあるかと思う程一杯のお菓子をもらってきます。カボチャをくりぬいて飾るのは知っている人も多いでしょう。
・Thanks Giving Day (感謝祭)は11月第4木曜日に行われるお祭りで、1年間の神の恵みに感謝する祝日。感謝祭は米国で最も盛大に祝われ、日本の正月のイメージに近いものがあります。パレードが行われ、消防車が加わっているのは不思議ですが、子どもたちにとって消防士は英雄で、憧れの的だからでしょう。感謝祭翌日の金曜日をBlack Fridayと言います。世界的株価暴落のブラックマンデーを思い出しそうですが、この日からクリスマス セールが始まり、小売店が大きく黒字になるのでこう呼ばれます。同様に、Cyber Monday(感謝祭の翌週の月曜日)もコンピューターのサイバー攻撃を思い出しますが、PCを使ったオンラインショップのセールの開始日で、大々的なキャンペーンを実施し、売り上げが急増する月曜日の意味です。感謝祭では、教会でおご馳走を用意していて、誰でも中にに入って食べることができます。
【まとめ】
日本と比べて米国は土地が広く、何でもスケールが大きく気持ちがゆったりしていています。買物をして品物を持ち帰り、値札を外したり、包装紙の封を切っても、気に入らなければいつでも返品可能なのも、おおらかさの象徴でしょうか。

【主な質疑】
Q)近所付合いはどうでしたか?
A)滞在してすぐ出産、冬も長く友達もいないので、子供相手に3年間家に籠っていました。子供が幼稚園に行き出してから、ママ友ができました。
Q)子供の夏休みが3か月弱と非常に長いが、その間何をしているのですか?
A)子供対象のキャンプに参加させるとか、いずれも有料ですが、遊園地、水族館などへ連れて行ってもらうなどの行事があり、参加させたりします。学校の先生が塾を開いていて、そこに通わせることもあります。
Q)地域活動への参加はどうしたか?
A)図書館に色々な掲示がされていて、地域の活動情報がそこで入手できるので、活用していました。
Q)米国人は6時前から通勤している人が多いが、ご主人も朝は早かったのですか?
A)朝早くから、夜遅くまで働いていました。会社だけでなく市役所も早く、7時には受付が始まっています。(写真は、プレゼンが終わり自由になった?福田さん)
【次回】3月17日 イエメンの阪大留学生ハニさん(男性)から、国の文化や週刊を紹介をしてもらいます。 以上 文責 濱崎 
2015/01/29のBlog
[ 15:30 ] [ テーマ型交流カフェ ]
1月16日(金)、1月度の転勤族カフェを開催しました。
参加者は15名、うちお子様5名。
子どもたちの笑顔に和みながら、
この日は年末年始の近況報告が話題の中心となりました。

転勤族共通の話題、帰省にまつわることでは、
子どもが小さいので車で帰省したら、
片道13時間もかかってしまったという方がいらっしゃいました。

また、夫の実家と自分の実家が離れている方の中には、
夏休みは自分の実家、お正月は夫の実家と決めているという方もいらっしゃいました。

実家に帰った方々からは、久々にゆっくりした。地元の友人と毎日のように会って楽しかった。子どもを預けて久々に夫と二人で買い物を楽しんだというお話がありました。

また、年末の話題としては、年賀状を作ろうとしたらプリンターが急に壊れてしまい、
修理に出すか、新しいものを買うかをすごく迷ったというお話も・・・。

年末年始以外の話題では、ペーパードライバーを卒業するために、
講習に行った方のお話から、
大阪で運転するのはちょっと怖いという話になりました。
転勤族の皆様、慣れない土地での運転、たいへんだと思います。
どうぞ気をつけて運転してくださいね。

◆次回の 転勤族カフェ◆
日時2月20日(金)10:30~12:00
内容 フリートーク
(山添)
2015/01/21のBlog
[ 14:36 ] [ コラボ大学校 ]
年明け早々の10日に、日本的伝統を継承している大衆演劇に関し、務川 智正さんにお話をしていただきました。「大衆演劇が いま 面白い」と題しての講話でした。
・務川さんは、自ら大衆演劇の脚本を十数本書かれ、演出もされる一方、大変熱烈なファンであり、熱くその魅力を語ってくれました。百聞は一見に如かずと、演劇のDVD再生、それに、務川さんが主宰されている「シアターワーク豊中そらまめ」の座長小池清さん、団員塩谷レオさんにも歌と踊りを熱演して頂いた。今回はこれまで観劇したことのない人が気軽に行けるよう、切符の入手法なども含めた入門編と言ったところ。
・最初に、「チラッとでも大衆演劇を見られた人は?」と問いかけをされ、ごく僅かかと思っていたところ、約半数の方が挙手。やはり、かなり浸透している感じ。
・演劇場は関西で27カ所あり、その内大阪だけで18カ所、東京3カ所、九州11カ所と比べると大阪が圧倒的に多い。大阪では通天閣界隈に多く、高槻、池田にもある。お勧めの劇場は、浪速クラブ、朝日劇場と言ったところ。
・入場券は、初回は劇場まで足を運んで、公演予定を見て購入する。前売り券を贔屓の役者から買うという事も行われている。
・大衆演劇とは、どんな特徴があるのだろう。劇場または(ヘルス)センターで演じられ、観客と演者の距離が近く、一体感があって分かりやすく楽しめる芝居。安い料金で観劇できること。料金は、1,300~1,800円程度と庶民的な価格になっている。
・舞台は、三部構成で演じられ、3時間~3時間15分程度である。第一部は軽く顔見世ミニショー。第二部は、お芝居「忠治旅日記」、「瞼の母」等々時代物も多いが、新しい脚本もある。第三部は日舞を中心とした、歌と踊りのグランドショーからなる。
講師がおススメの大衆劇団は、浪速劇団 近江新之介、近江飛龍劇団 近江飛龍等々。
・公演は、昼と夜の2公演。1日で別の劇場へ移動し、翌日は別の劇団が公演する。日替わりなので、各劇団は多くの演目を持っていて、劇場を巡回しつつ公演。練習はキッチリした台本を持たず、脚本に従い座長が「口立て」にて、団員に動きを伝える。団員はそれを覚え演じることになるが、演目に対し繰返し練習をすることは余りない。
・大衆演劇の発祥は、江戸時代1604年に出雲阿国と言われる人が、京都三条河原で踊ったことに始まる。これが常設館で行われるようになり大歌舞伎となった。一方、京都、大阪、江戸に別の常設館ができ、少し軽い芝居が演じられるようになった。旅廻りでも演じられ、小歌舞伎ないし旅歌舞伎といわれ、大衆演劇となった。明治になり演劇改良運動などの紆余曲折があったが、戦前ないし、終戦直後までは神社の境内などで小屋が掛けられていた。急速に変わったのは、TV時代に入ってからである。
・低料金で観ることができるが、役者側は鬘代や衣装の費用はかなり負担になる。役者へのファンからのお花代(オヒネリとも言う)が、支えとなる部分がある。お花代がどのように渡されているのか、DVDでの紹介があった。この録画は、劇団花吹雪 桜春乃丞が小桜から桜を襲名した際のお披露目の特別公演の様子。高額なお花としては1万円札を綴った首飾りや、1万円札を張り合わせたタペストリーの様なものを役者に付ける。プレゼントされた衣装の披露もこの様な場で行われる。裕福な人ばかりではなく、食事代を節約してでも、贔屓の役者にお花代を出す人も居るとか。役者の顔写真や踊る姿も映されたが、女装されていて、女っぽい色気を感じさせる写真で、踊りも女性以上にしなやかであった。
・「シアターワーク豊中そらまめ」座長の小池さんと塩谷さんから「決闘高田の馬場」の歌と踊りが披露された。約10分と長い曲であったが、かなり練習され歌い込まれていることが良く分る熱演で、最後まで声が衰えず歌いきられた。参加者からの手拍子と、最後には大きな拍手もあって大いに盛り上がった。
1月17日 岡町コミュニティーkittoで公演があるのでどうぞというPRをされた。
後日、参加者の中で、見に行ったという方もおられ、すごくよかったとの感想でした。

・最期に図書館司書から、「私の舞台は舞台裏」という木丸みさきさん著の漫画が、大衆演劇を簡潔に余すところなく描かれていると紹介もあった。長谷川伸の脚本などもおすすめとのこと。
【主な質疑】
・中身が古いし、異次元の世界を見せられた感じがする。現在も観に来る人があるのか。年齢層は?
 「古いものだけではなく、ドラムショウやExileの曲、川の流れ等新しいものも演じる。中高齢者ばかりではなく20代女性もかなりいる。終演後役者による送り出しもあるので、TVや歌舞伎では絶対得られない、役者との交流・一体感などに魅力を感じるのではないか」
・歌舞伎の立ち回りで使われる剣は竹光であるが、大衆演劇では真剣が使われる。そこに迫力の差が出るのではないだろうか?
 「その通りだと思います」
・関西地区の劇団が、他地区の劇場でも演じられるのか?
「他の地域の劇場へ行くし、他の地域からも来ている」 など
【2月のコラボ大】
2月14日開催、井口勝文さんによる「イタリアの小さな町の豊かな生活」です。以上
 (文責 濱崎)
2015/01/12のBlog
1月10日(土)、コラボ談話室「あなたの趣味は?」(話題提供:山本茂さん)を開催しました(参加者18名)。
山本さんは、自分の趣味(山登り、料理)とそのきっかけ、魅力などを紹介。そのあと、趣味と仕事(仕事から趣味へ、趣味が仕事に)、趣味と遊びの関係(遊びは一時的で、趣味は奥深い? 趣味は静的で、遊びは動的で仲間やエネルギーが必要?)、趣味の効用(満足・充実? 健康? 友達?)などに触れたあと、みんなで自分の趣味を語りましょうと話題提供。次のようなトークが続きました。

趣味の囲碁が幸せな高齢期を送れている源/趣味は難しいかどうかより、好きか嫌いかで決まる/趣味のある人がうらやましい(趣味に出会えていない)/現役時代は仕事が趣味だったが、退職後に始めたテニスで友人が増えた/我流の川柳が新聞に載り、1000句をめざしている/外国ではPleasureとHobbyは区別される/趣味を続けられる人は余裕(金、時間)のある人/押し入れに趣味の道具が一杯・・道具の要らない趣味(例:カラーセラピー)を始めている/余裕がないのに趣味と遊びで60余歳になっている(カメラいじりからカメラマンへ、趣味の山から大自然の写真取材へ)/読書(わくわくする)とウクレレ(手と脳を使い老化予防になる)が趣味/
趣味・遊び・仕事がごちゃ混ぜなまま、好きなことを続けて70余歳になった/集中できることがあれば充実した時間が過ぎる(集中してやることがないと時間が死ぬ)から、老後に備えて自分に合った趣味を身につけましょう/奥が深いものは飽きないと言うことか/好きな囲碁も惰性でやっている面もあるが/趣味が生活の一部になると新鮮味がなくなる?/いや、趣味の日常化が理想かも?/趣味を通じた人との出会いも趣味の楽しみ/趣味のある人は社会性が磨かれるが、ない人は社会性が未熟で人とぶつかりやすい/習い事(茶、踊り、音楽、バレーなど)は金銭や先生に左右されやすい/むずかしく考えないで好きなことを深めれば良いのでは?/
趣味がないという人は、ないのではなく、気づいていないのでは?/医者から「趣味をもちなさい」といわれ、しんどくても続けることで心が癒やされた/同窓会を開くことが趣味/東山魁夷の絵を見てから絵画鑑賞が趣味、近場や知らないところを散策するのも趣味/家での時間がありすぎるので時間を忘れられる趣味をもちたい(仕事=趣味が一番)/80余歳になるまで読書・演劇・茶が趣味/若い頃から音楽(歌うこと、クラシック音楽鑑賞)が趣味/嫌われても、腹が立ってもやるのが趣味?/強い人が勝つ囲碁や将棋より、下手でも勝てる麻雀が趣味

人それぞれに色々な趣味があることとともに、趣味の話を通じてその人の半生や生きざまを垣間見る談話室になりました。
次回の予定は次のとおり。
 ●と き:2月7日(土)10~12時
 ●ところ:2階 集会場
 ●テーマ:「頭はいつまでも柔らかく」(話題提供:濱崎定也さん)
人は年齢とともに頑固になりがち。頭(思考)は柔らかくありたいもの。ただ頭の柔らかさは年齢に関係ないかも。頭が柔らかいと、どんないいことがある? 頭を柔らかく保つ秘訣・訓練はある? 寒さで頭まで凍えそうな2月・・みんなで盛り上がって、春に備えましょう!第1土曜日の朝は、ちょっと早く起きて、コラボへGO!

(やまもと)
2014/12/20のBlog
今年の厳しい12月としては、比較的穏やかな日の開催でしました。
日時 12月13日 午後2時~4時
演題 [ジャズ喫茶よもやま話 その2] ~番外編 ジャズボーカルの楽しみ~
講師 右見正人さん 
(賛助出演) ボーカル 中島ユキさん、ギター横田彰浩さん

 右見さんは、第42回コラボ大学校で「ジャズ喫茶よもやま話 ~第1回豊中音楽祭への道~」という演題で、講演いただきました。非常に好評を博し希望者が多く、丁度1年後の第54回に再度お願いして、講演いただきました。
 右見さんは、FM千里の「Music cafe」(6:00~9:30)という番組で、土曜日は”Jazz selection”、日曜日には”ムードミュージック selectionの2本の定時番組を担当されているとの自己紹介がありました。沖縄のJAZZに魅せられ、沖縄好きになり、沖縄のことば、文化も相当勉強されています。更にこの11月から、沖縄三線の練習も始められたとのことです。
 本論に入り、1950年代に活躍のPATTI Pageのテネシーワルツに続き、沖縄出身の安富祖貴子(アブソ タカコ)さんの同じ曲を聞かせてもらいました。堂々とした自信に満ちた歌い方でした。

この歌手の名前が読みにくいこともあって、沖縄の人たちの名前の読み方クイズが出されました。どの人の名前も全く読めませんでした。
 引き続き、何人かの日本人歌手の紹介があり、めずらしく、懐かしい歌手として例えば雪村いづみの16歳デビュー時の珍しい声。また参考にと、当時流行った服部良一作曲の「蘇州夜曲」などと、対象を広げた話もありました。
 本場アメリカで1950年代から60年代に活躍した3大ボーカル、いずれも白人女性で3名、3大男性ボーカル(Frank Sなど)の紹介。続いて、JAZZ & POP歌手の3名(Peggy Lなど)、別格扱いの歌手(Billie Hなど)の紹介もありました。
 レコードに合わせ、客席から、当公民館ダンス サークルの人たちが前に出て踊ってくれ、参加者から大喝采。右見さんのお気に入りの曲のジャケットの回覧や、ジャケット集とCDコピーを席上の希望者にプレゼントされるサービスもありました。
 休憩を挟んで、中島マキさんのボーカル、横田さんのギターで、Route 66などの馴染みの曲を聞かせてもらいました。声もよく通り、素晴らしいリズム感で、ギターの横田彰宏さんと息のピッタリと合った演奏を聞かせてくれました。中島さんはCDも出される程の実力の持ち主です。


最後に、図書館司書の久山さんから、前回講演の際に紹介された以外のレコードと図書を新たに追加して紹介されました。後藤雅洋著「ジャズ耳の鍛え方」、マイク・モラスキー著「ジャズ喫茶論 戦後の日本文化を歩く」等々意外に数多くありました。図書館にも足を運んでいただきたいと思います。

 アンケートを集計して、今回も大変好評で、失礼ながら千里界隈にこんなにもジャズ好きの方がおられたことを再認識。講演者、演奏者のお知り合いの市外の方も、来られていたようですが、殆どコラボを利用されていない方がおられることも窺えました。一度来られて、これを切っ掛けで、コラボに足を運んでいただけるようになるのではと、期待したいところです。
 今回申込み多数で、かなりお断りしたとの事ですが、チラシを見て来られた方はわずか6人、一方広報を見て来られた方が22名もおられ、広報の重要性を再認識するとともに、チラシ配布にも工夫をすべきと思われます。参加者63名に対し、44名ものアンケート回答者がおられ、コラボ大学校の様な講座への興味の強さを示しているようにも思われました。  以 上
 (文責 濱崎定也)

2014/12/19のBlog
実行委員の木元さんの指導により、クリスマス飾りから
お正月飾りまで楽しめる、フラワーアレンジメント体験教室を
開催しました。

選挙の期日前投票と重なり、会場と開催日が
変更になるというハプニングもありましたが、
6名の参加者が集まってくださり、和やかな雰囲気の中
すすめられました。
まずは、クリスマス飾り作り。
木元さんが準備して下さった、かわいらしい
オーナメントをベースに付けていきます。

縦に使うか・・・
横に使うか・・・

使い方でイメージが変わります。
ちょっと難しい作業も、木元さん、そしてアシスタントの
岡本さんのサポートで楽々。

個性あふれるすてきな飾りが出来上がりました。
クリスマスの後は、お正月。

同じベースで作ったとは思えないほどのイメージチェンジ!
餅花や水引を使うことで、洋から和へがらりと変わります。

木元さんのユーモアあふれる指導に、参加者も笑みがこぼれます。

終わる頃には、みんなとっても仲良しになり、満足感を
感じて帰って行かれました。
参加してくださったみなさん、ありがとうございました!
(上村)
2014/12/18のBlog
[ 17:14 ] [ テーマ型交流カフェ ]
12月12日(金)、12月度の転勤族カフェを開催しました。
参加者は19名、うちお子様4名、初参加の方2名でした。

先ずは自己紹介と近況報告。
先月作った自己紹介ボードを、さっそく使ってくださった方もいらっしゃいました。
新しく参加された方のお一人は、転勤とともに妊娠したことがわかったとのことです。
先輩転勤族ママさんも、この会にはたくさん参加されますので、なにかアドバイスになるようなことが、お話できるかもしれません。
また、もうひとりの初参加の方は、仕事をしたくて求人情報を見ているものの、保育所の状況が厳しいとおっしゃっていました。

自己紹介の後は、「お正月にまつわること」をみんなで話しました。
はじめにお雑煮について。
お雑煮は、各地でかなり食材が違うようです。
すまし汁なのか、味噌なのか、お汁粉がベースのところもあるようです。
お餅は四角か丸か、焼くのか煮るのか。
具は野菜だけや、魚やイクラをいれるなど様々です。
夫と妻で出身地が違って、お互いのお雑煮にびっくり!ということもあるようです。
昔からずっと、杵と臼でついたお餅をお雑煮に使っているという方もいらっしゃいました。

他にも、おせち料理を大晦日から食べる地域もあれば、年越しそばをちょうど年を越す時間に食べるという方もいらっしゃいました。

また豊中での初詣スポットとしては、上新田の「上新田天神社」に行くという方が多かったです。

今年も転勤族カフェに参加してくださった皆さん、どうもありがとうございました。
来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。

◆次回の 転勤族カフェ◆
日時 1月16日(金)10:30~12:00
場所 2階 集会場
内容 フリートーク

(山添)