9月度 多文化カフェ エジプト紹介

14年9月16日 多文化カフェを開催しました。
各地に豪雨被害をもたらした後、久しぶりの晴天に恵まれ、空にはいわし雲(うろこ雲)も広がりました。この雲が出るとイワシが豊漁でおいしいとか。
 今回は、予定していたアルジェリアのべクラウスさんが、仕事の都合で来られなくなり、急遽変更して阪大大学院の人間科学研究科で学ぶエジプトからの研究生、アブド ・ラハイムさんになりました。自己紹介では、長い、長いフルネームをアラビア語で書いてくれました。イスラム教徒は、お爺さん、お父さん、イスラム教徒の名前、そして自分の名前が付きます。先ず初めに、日本からの色々な経済援助に対しての謝辞があり、全員ウン、ウンと納得の表情でした。日本人はエジプトの歴史や観光地をよく知っているので、国の紹介はさわりだけでした。彼は、日本人が抱いているイスラム教や、過激なイスラム教徒に対する誤解を解きたいと一心に話してくれました。参加者もイスラム教をもっと知りたいとの思いが強く、ピッタリとマッチングした多文化カフェになりました。
【概史】
エジプト文明は、紀元前5千年からと、4大文明の中でも最も古い文明です。ローマ領土時代は、アントニウスとクレオパトラの物語も有名です。ローマにとってエジプトは非常に重要な領土でした。南部で収穫する麦などの食料を、ナイル河を使って地中海に面するアレキサンドリアまで運び、ローマ帝国が支配する各地に供給していたからです。ユダヤ教、キリスト教の教会に隣接して、642年にアフリカ初のイスラム教モスクが建設されています。三大宗教が平和的に共存するという象徴になっている場所です。

1950年代、発電、洪水防止、貯水の目的でアスワンにダムを建設することになり、このためユネスコ主導で、水没するアブシンベル神殿の移設が行われました。スエズ運河は最も重要な施設の一つで、世界のコンテナ船の40%がここを通過しています。ナセル大統領は英国が抑えていた運河の利権を、エジプトに取り戻すことに成功しました。運河に架かる平和橋は日本の費用で建設されました。現在、もっと大きなコンテナ船の航行ができる様、第二運河を建設中です。これが完成すると60%のコンテナ船が航行することになります。

【イスラム教について】
日本人もよく知っている断食月があります。本当は断欲月で、日中は人間のあらゆる欲望を断つ月で、断食も断欲の一つです。日没後は、食べることも、まじわることも許されていて、真夜中まで談笑が続きます。断食月の間には、通りに長いテーブルを準備し、食べ物を置いて、通りがかりの誰でも食べてもよいことになっています。私は断食を辛いと思ったことはないと言われましたが、気候の過酷な中東では、倒れる人も居ると聞いているので、気候の温暖なところとは違いがあると思います。日本人は、イスラム教徒は残虐だという印象を持っていますが、それは大いに誤解です。メディアが、イスラム教徒の“人を大切にし、平和を愛する”姿を報道しないからです。モーゼもキリストも、アラーの重要な預言者達と認めており、排除はしてはいません。
アラーの教えには、“人を一人殺せば、人類をみな殺した事になる。一人の人を生かせば、人類をみな助けた事になる” あるいは、 “・・・この巡礼月、犠牲祭の日、この聖地のように、いつでも、どこでも罪は禁じられている”とあります。いついかなる時も罪を犯さないように戒めています。さらには、“若い時に与えた力で、人生で何をしてきたか。お金をどのように得て、どのような使い方をしたか”と、奉仕の精神も説いています。元始仏教は、ひたすら自己の救済を求めていて、人間の平等性、他人への奉仕は説かれていないのではないでしょうか。

イスラム教以前には、人々は偶像を拝み、偶像の前であっても裸で行儀の悪い振る舞いをしていました。イスラム教は、偶像崇拝を禁じ、お祈りはキッチリした服装で行うよう改革をしました。女性は大切に扱われ、目と手足以外の身体は、ブルカで覆います。今日、日本では女性専用車両が設けられています。ムハンマドは言ってはいませんが、男女を分けることを1400年前から、考えていたのだと思っています..
右上の写真は、犠牲祭で犠牲になった羊

【主な質疑】
 参加のみなさんは、イスラム教に関しての知識があり、的を得た質問をされました。
Q1:スンニ派とシーア派はどう違うのでしょうか?
A:スンニ派は、ムハンマドが亡くなった後、後継者に統制力のある人を指導者としました。その後になって、シーア派はムハンマドの親族を正当な後継者として立てたところから対立が始まっています。
【投稿者の捕捉説明】
両派の違いは、具体的ケースで考えた方が理解しやすいのではないでしょうか。
”自国の為政者が、教えを逸脱(罪を犯す)した”場合、どう考え対処するかです。
シーア派「我々は汚濁にまみれた為政者の存在を拒否する。悪に染まった為政者を倒せ。政権も倒せ」
スンニ派「なるほど彼の行動は規範から逸脱している。だからと言って、彼らを無条件に排斥するわけにはいかない。要は、いかに彼らの心をイスラムに引き戻すかにかかっている」

Q2:一夫多妻制は、女性としては赦せない気がしますが、今でも認められているのですか?
A:現在では稀ですが4人まで認められています。近代ではドイツが第一次世界大戦後、一夫多妻制を法律で定めました。戦死した男性が多く、寡婦が増えたからです。ムハンマドの時代も似た状況にありました。それ以前の社会風習では、妻は何人居てもよく、夫が死んでも妻には相続権は無く、男の子だけが相続してました。これを4人までとし、相続権も認めました。4人の妻とは平等に接しなければならないと定められ、それまでの社会風習からは、大変革が行われたのです。
Q3:将来ユダヤ教と仲良くできますか?
A:先に紹介したように、礼拝場と教会が一か所に集中してあります。相互に尊重し合っているので、もめごとは発生していません。
Q4:来日してどんな印象を持ちましたか?
A:土・日にはスポーツを楽しむ人が多く、健康的に見えます。歩行者天国もあり安全な国だと思いました。
大相撲の大砂嵐はエジプトの誇りであり、今後の活躍に注目しています。
Q5:どんなことがカルチャーショックでしたか?
A:朝からお米の様な重い食べ物を食べる事はできませんでした。今は慣れました。(昼食を共にしましたが、海鮮ごはんセットでした)
【感想】
イスラム教は、寛容な平和を求める宗教だと熱心に話をされましが、島国育ちの、グローバルな感覚の乏しい日本人には、やはり割り切れない感情が残ったようでした。日本は、主要国の中では、ユダヤ教徒も、キリスト教徒も、イスラム教徒も数が最も少ない国です。理解するには、時間をかけた真剣な議論が必要ですが、アブトさんの話を伺って一歩前進したように思われました。

次回は11月4日(火)10時 中国とニュージーランドからの高校留学生の話です。若々しい語り方で、お国自慢をしてくれると思います。奮ってご参加ください。以上
 (文責 濱崎)