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2009/10/25のBlog
学校に行く意義と言いますと何か哲学的な話になりそうですが、それは後のお楽しみにしておいて、まずは経済学的に、意義というよりも実際「なぜ学校に行くことが合理的であるのか」、或いは「なぜ合理的であると感じられる状況が生まれるのか」について考察します。
 
 まず昭和22年に新しい教育基本法が施行された当初の子供の学校への長期欠席理由のトップ3は病気、経済的理由、親の不理解でした。この親の不理解とは学校側からの物言いであり、親からすれば食うにも困っているのに大事な働き手を長い間学校に預けることは「合理的」な判断とは思えなかったでしょう。
ではいつから学校に行くことが親たちにとって、或いは世間的に「合理的」なものになったのでしょうか。
 
 六十年代、勉強すれば進学でき、それにより幸せをつかむことが出来るという世間の共通認識ができ、進学率が急速に上がり、それと比例するように長期欠席率が下がりました。このことから恐らくこの頃には学校に行くことは合理的であるという認識が世間一般に広がっていった、と考えられます。

 ただ新しい概念(この場合、学校に行くことが良いことだ、得である)が古い概念(この場合、学校に行く必要なんかない、働き手を失って損である)にとって変わるには、それなりの理由が必要です。様々な理由が重なり関連しあったと考えられますが、大きな理由の一つとして考えられるのは経済復興でしょう。

 経済復興が進み家計に余裕が出てきて、子供を学校にやれるようになったのが、まず一点。そして後にも個別に分析しますが、経済が発展し、工業化が進むにつれ農業や林業等の第一次産業からものづくりの第二次産業やサービス業の第三次産業に経済がシフトし、学校卒業者の就職口が急激に増えていったことが第二点。さらに豊かになるにつれ、医療状況や食料状況も改善され、三大長期欠席理由の一つ、病気(主に身体的な)による不登校が少なくなったことが第三点。
 
 これらの理由が重なり学校に行く子供が増え、それが当たり前となり恒常化し、先程述べた「学校に行けば幸せになれる」という“神話”が生まれます。正にパラダイムの変化です。

 経済や社会の変化は人々の認識や思考パターン、時には信念にさえも影響を与え、それをマスコミ等のメディアがさらに喧伝し、変容を強化していくという図式は今にも通じるものがありそうです。

 しかしその後この“学校神話”にはその絶頂を迎えた瞬間に崩壊の兆しが現われます。

1970年代に入り、進学率(高校)は90%を越え、不登校と強い関連性がある長期欠席率(以下長欠率)は過去最低となります。

 こうして神聖“学校神話”帝国はその興隆を極めることとなるのです。

 一部教育者や精神科医の定説で受験勉強や学歴主義に疲れて長欠率が増えたのではないか、という考え方があるそうですが、少なくともこの頃までは、進学率が増えるにつれ、長欠率が下がっているので、逆の結果がでています。

 講師によると、精神科医等は実際に競争に疲れてへとへとになった子供を多く患者として見ているので、体感からそういう結論がでたのではないかとのことです。

 ただし“受験勉強競争”が全く不登校と関係ないかといえば、そうとも言い切れません。多くの場合学歴主義に最初に影響を受けるのは親、又は保護者だと考えられます。

 例えば一つの図式として考えられるのは、もし部分的に客観的、或いは非客観的であっても、受験の競争の勝者にならないと幸せになれないという考えが一般的であると仮定して、親や保護者は自分の意思というよりは、自身の育ってきた環境や外からの情報により、心の平安をかき乱され、追い立てられるように子供を勉強にせき立て、そしていうことを聞かないので、イライラしてまた不安をかきたてられ、子供を急かし……、という行動をとるとします。

 そうすると子供の方は、勉強をする意義に疑問を感じているので、親に急きたてられると、反発し、不条理さに怒りを覚えますが、親に嫌われて喜ぶ子供は通常いないので、親の“いうことをきけない”自分を責めますが、なぜ勉強しなくてはいけないか納得出来ないので、いうことを聞いて勉強しても、エネルギーの使用効率が悪いので結果がでにくく、今度は“駄目な自分”を責め、疲れ果ててエネルギーとやる気が枯渇していき、またせかされ……。

 この様に負のスパイラルが出来てしまうと、当事者は無自覚の内にこのサイクルを繰り返し、本人たちの意思と関係なくそのサイクルが自己生産され増強されて不登校につながっていくかもしれません。

 さて話は戻りまして、70年代までは蜜月関係を続けてきた進学率と長欠率は75年を過ぎた辺りから、その関係を変化させていきます。
進学率は74年に90%を超えその伸びは緩やかになり、90%台で現在まで安定しています。一方長欠率の方はその辺りから増加していきます。それまでは進学率が高くなればなるほど、長欠率が減っていったのに、なぜ進学率がその限界に近いところまで到達してからは、逆に長欠率は増えていったのでしょうか。

 この現象を見て、私の脳裏に浮かんだのは、アドラー心理学と需要と供給のバランスです。心理学と経済学という一見何のつながりもなさそうなものが、まるでデニッシュのように混ざりあいながら、作用しているように感じました。

 まず需要と供給の視点から見ていきますと、進学率が90%以上となりますと、求職者のほとんどが高卒かそれ以上ということになります。つまり仕事を得るために学歴は“当たり前”で、そこからまた熾烈な競争が始まります。従って「とりあえず学校に行っていたら幸せになれる」という学校神話の一端は崩れ、段階的には「中学、高校に行くだけでは不十分で大学まではいかねばならない」に変容し、さらに「大学に行ってもまだ確実ではない」やら「大学院に行っても厳しい」とやらに変化していきます。

 ただ複雑なのは、現代でも学校神話は部分的には有効で(というか少数ではない何人かの頭の中では事実)、その他にも“実力主義”だの、“生きる力”だの様々な概念と混ざりあい、鋼の錬金術師も真っ青のキメラ状態、昔風に言うとヌエのような状態に教育がなっている感があります。

 学校と“生きる力”等の概念も面白いので後で述べるとして、今注目したいのは殆ど全員が高卒という社会状況が個々の心理状態にどういう影響を与えるのかということです。
六十年代位までは進学率も少ない事もあり、その分高卒に“希少価値”があったと言えるでしょう。

 そういった状況の時には、高卒には努力の結果の直接の“報酬”としての価値があります。つまりこの場合近い未来に高卒という“希望”があり、その過程の努力は「やり甲斐のある努力」となります。

 では逆にもし高卒が大半の社会の場合はどうでしょうか。高卒に希少価値がなくなり、高校に行くのが当たり前、逆に行かなければ“おちこぼれ”になる、という理屈になります。理論上は希少性の面から言うと、少数派になった小卒、中卒の方が価値があるのですが、もし学校に長く行っている方が能力が高い、又は皆がそう信じる社会環境があると仮定すると、その中では「高卒でないとおちこぼれ」という観念が一般的になる可能性が高くなります。

 ただそういう社会においては高卒は学校に行くことの直接の“報酬”としての機能は弱く、“希望”とまではいきません。そのかわりに、もし学校に行かなければ“おちこぼれ”になるという“不安”が生じ、その過程で払われる努力は「不安につき動かされた努力」となります。

 一般的に「やり甲斐のある努力」は未来に希望があるので、辛くても耐えられる傾向があり、「不安におびやかされた努力」はおどされてしょうがなくやるので、長続きしない傾向があります。

 つまりまとめると進学率の増加で高校に行くことが当たり前となり、学校に通うという労力の代償としての高卒の効果が相対的に減ったことで、学校に行くということが“希望”につながるという動機づけが、学校に行かないことに対する“不安”が動機づけにとってかわられた。そのことにより勉強などの学校での努力が「やりがいのある努力」から「不安におびやかされる努力」に変化し、努力が長続きせず疲弊していき、それが長欠率の増加の一因となり、現在にもその影響があるのではないか、というのが今回の論点です。

 では次回は個々の心理、特にセルフイメージの観点から見て、この社会状況の変化がどのような意味を持っているのか考えていきたいと思います
[ 22:56 ] [ 不登校、引きこもり ]
さてさて今回の「不登校再考」シリーズも五回目を終え、佳境に入ってきました~、といいたいところですが、まだ1975年付近で彷徨っています(泣)。

 一つの出来事が個人に起った時、その事は大なり小なり社会の状態や歴史にも関連性があると考え、今回はあえて社会状況の変化がどう不登校に関連しているのかに特化して書いています。もちろん心理学的な要素も社会に影響を与えるので、そこに注目しながら書いていますが、主に集団心理にフォーカスを当てています。あえて個人一人一人の経験や感情といったものよりは、講義をもとにして冷徹にかつ柔軟、軽快にこの“問題”の背景や原因、諸条件の相互作用等を分析するように心掛けている次第です。

 ただ今回の文を書いている自分の中の動機の一つとして、私が将来や学校のこと、生き方について悩んでいた経験があるかもしれません。その時(17歳位から20代前半まで)の自分がこんなことを言ってくれる人がいれば良いのに、と思ったような内容の文章を書いている気はします。

 ですのでその年代(或いはさらに下の年代)の人もどしどし読んでもらえれば、
最高で~す

 …なんてことを言ってるといつものように文が長くなってしまいました。

 実は今回は先程話した17歳位から20代前半の辺りで、辛く悩んでいた時に癒された音楽を紹介して安らぎのひとときにしようと思ったのですが、長い文章は読まれにくい、という指摘もくるかと思い(じゃあTop pageはどうなるんじゃー(T_T)。あれは新しいタイプのブログの創造への挑戦です( ̄―+ ̄)。)、今回はこれ位にして次回エッグマンお勧めの音楽を紹介して、皆様の一時の癒しにして頂ければと思います。

 苦しみの泥沼の中でも幸せや楽しみはきっとどこかにある、音楽はそんな気持ちにさせてくれる気がします。

 お楽しみに

 (不登校、引きこもりのジャンルの記事を見ておられる人の中で)お勧めの音楽を見たい人はこちらをクリックしてください
前回もお伝えした通り今回はお勧めの音楽を紹介します。

 近頃はあまり音楽を聞かないので、心の中はかっさかさですが
(・_・)エッ......?、
 多感な十代後半から20代前半頃はよく音楽を聞いて、枕を濡らしたこともあります。

 私は高校時代、事情があってスペインのアメリカンスクールで過ごしたのですが、その時好きだったのが、Corrsです。正式名はthe Corrsと言いますが、スペインではLos Corrsと言っています。私はスペイン語なまりでコールスと呼んでいましたが、日本ではコアーズというそうです。

 このバンドはアイルランド出身の三人の女性と一人の男性で構成されていますがメンバー全員が兄弟です。

 音楽の種類としてはケルト民族風で(多分)、一番の特徴は楽器の一つにバイオリンがあり、かなり多用して、時にはソロパートもあります。
 私はバイオリンの音とボーカルの澄んだ声のハーモニーが好きだったので、その特徴が一番よく出ているファーストアルバムがお勧めです。

 さて私の一番のお勧めの曲は「Run away」という曲です。

 これは特に日常の暮らしや全ての苦しみから逃げ出したいという時に聴くと優しく癒されました。

 音楽は曲やフィーリングが大事で歌詞をあまり聴かない、という人もいますが、私は歌詞から歌手の世界感を感じ、そしてその意味を深読みするのが好きです。好きな曲は何度も聴いて口ずさんで歌う時もあります。

 ですので歌詞についてもふれますが、ただ曲も素晴らしいので、まだ聴いたことがない方はぜひ曲を聴いて頂きたいと思います。インターネット等で探して頂ければ、簡単に聴ける場所もあるかと思います。

 
 
 この歌の歌詞を訳すと、一見かけおちの歌みたいに見えるかもしれませんが、歌詞の中のYouを好きな人や恋人に限定せずに、例えば自分が一番大切にしている人や物、自分の信念や思い、神や仏、或いは自分自身等に置き換えて、この歌を聴き感じていただければさらに世界観が広まり、共感しやすくなるかと思います。

 自分ではどうにもならない時はとりあえず逃げよう、逃げてから戦うなら戦う、力を蓄えるなら蓄える、休むなら休む、を考えればいい、でも自分の大事なものと一緒にね、一人じゃないし、というメッセージをこの歌から感じます。もちろん感じ方は人それぞれでしょうし、それが醍醐味でもあります。まずは歌詞云々よりも聴いて楽しんで頂ければこれ幸いです。

 後Corrsの中でよく聴いていた曲の中で「What can I do」という曲があります。この曲は切ない曲で、ベタに解釈すると恋愛の時に自分が相手に想っている気持ちと同じ気持ちになってもらうにはどうしたらいいのだろう、ということを永遠に歌っています。
いつも葉隠れの『忍ぶ恋こそ最上の恋』の教えを守り《結果的に(泣)》、長い間片思い専門学校に通っている、まるで私みたいな人たちにはこの歌は涙がちょちょぎれる思いで聴け、共感出来るでしょう。一時の癒しになればと思います。
 ただこの場合もYouが片思いの相手なのか、神なのか、ペットの犬なのか、によって意味は変わってきますが、何を思い浮かべるかは自由だー。

 ちなみにどちらもオリジナルバージョンかアコースティックバージョンをお勧めします。もちろん他にもいい歌がたくさんありますのでまたいろいろ聴いてみてください。

 では次回はお勧めの日本の曲を紹介していきたいと思います。

日本で好きな歌手は?と聞かれると(そんなに聞かれることはないですが)、鬼束ちひろの名前をあげます。

 私がスペインから一時帰国し、迷いと不安の日々を送っていた時に一番心に響いたのが鬼束ちひろの曲でした。
前に紹介したCorrsもそうなのですが、両者とも自分の内面を深くえぐり、現状を鋭く時にはアイロニーを混ぜて批判し、しかしより高い所に向かう、という姿勢が歌詞などから感じられます。

 特に鬼束ちひろの、この腐敗した世界に落とされた、だの、イスを蹴り倒し席を立てる日を願ってた、等の歌詞は当時の私には非常に共感できました。恐らく彼女は方法は違うが、私と同じ様な事を表現したいのではないか、と当時思いました。

 不登校や引きこもりのみならず多くの人が生き辛さや絶望と共に日々を過ごしている時代なのでしょうか。或いは多くの人はあまり深く考えないようにしているのでしょうか。

 鬼束ちひろの曲は、己の心を砕きながら、世の中の矛盾や欺瞞を切り裂いていく感じがします。

 彼女は歌手の中でも異質に見え、その歌には心が熱くなりました。
まず是非ファーストアルバム「insomnia」の曲を聴いてみて下さい。

 ただ今のお気に入りの曲はそのアルバムの中の曲ではなく(なんでやねん!( ̄^ ̄#))、私が約二年前に日本に戻ってきた時に聴いた「流星群」という曲です(ちなみに調べてみるとこの歌は2002年の初期に発表されており、その時には日本にいたので、耳にしたと思いますが、帰ってきてから聴いた時の方が印象に強いです)

 基本的に彼女の歌には“救い”がありませんが、そこらへんが私が好きな点なのでしょうか。この歌の中ではこんなにも醜い私を…、という箇所がお気に入りです。

 後、個人的にこの不登校というテーマから連想する曲№1が「シャイン」という曲です。聴いたことがない人は聴いていただければなんとなくわかると思います。聴きようによっては彼女の曲はほとんど不登校、引きこもりというテーマにどこかしら通ずるものがあるように聴こえますが、しかし不登校のみに限定されずこうした感情や思いを今の世の中の大半の人が心の奥で持っていて、それを彼女は歌っているのかもしれません。正に彼女は世の中の多くの人が心の奥で叫んでいるムンクの叫び\(◎o◎)/!、いや、すいません魂の叫びを代弁しているように受け取れます…


 では最後に次回は、日本に約三年滞在した後に、親の住んでいるスペインに戻った時によく聴いていた曲を紹介したいと思います。
今回でこの『不登校についてー「不登校再考」より 番外編 música 』は終了となります。一休みのつもりが三回にわたっての連載になり、いい加減にしろ!、不登校の話はどうなったんだ!(`ヘ´)、等のお叱りを受けそうですが、私にとってはこれと不登校は全く関係のないものとは位置付けてはいません。

 この番外編の前の記事で、今回は一人一人の思いよりも、社会全体の動きや歴史を主に取り上げますと述べましたが、この番外編では好きな歌手を紹介し、その曲を聴いて頂くことにより、自分の中にこのテーマに関して、本編とは違う見方を表現してみたい、と感じていたのではないかと思います。

 正直最初からはっきりとそういう意図を持っていたわけではなく、自分の好きな歌手や癒された曲を共有出来ればと思い始めたわけですが、書きながら久しぶりに曲を聴いていると不登校、引きこもりについてまた違う角度から踏み込んでいっている気がしました。

 そして、最終的にはなにやら好きな歌手というより、「同じ穴のムジナ」や「同志」のように思えてきました。三者とも悩み苦しみながら、世の中の不条理や矛盾と戦い続けながら時にはたくましく時には落胆しながら日々を生きているのかな、或いはいたのかな、という感じをうけます。

 これから紹介するバレンシア出身の歌手Nino Bravo(ニーノ・ブラボ)の肉体はもうこの世にはありません。

 彼の曲は当時私が少し意気消沈し投げやりな気持ちになっていた頃によく聴いていました。

 それまでも彼の楽曲はテレビ等で聴いたことはあったのですが、しっかりと聴いたのは、彼の生涯の全曲を収録した3枚組のCDを買ってからです。

 彼は1973年に不慮の交通事故でなくなるまでに、多くの曲を世に出し、スペインだけでなく世界でも今も多くの人を感動させてきました。

 私が始め衝撃を受けたのはその圧倒的な歌唱力と感情がほとばしる様でありしかし繊細な歌詞です。

 今回のお勧めの曲は彼の代表曲の「Libre」という曲です。

 恐らく日本ではそれ程流れておらず、聴いたことがない人も多いかと思いますので、今回は私がよく口ずさんでいた一節、サビの部分を思い出しながらその世界観を紹介したいと思います。その前に先入観なしに聴いてみるのも一つの手です。


Libre, como el sol, cuando amanece yo soy libre, como el mar.
(自由、太陽のように、夜が明ける時に私は自由になる、海のように)
Libre, como el ave que escapó de su prisión y al fin puede volar.
(自由、牢獄から逃れ、そして最後には飛ぶことの出来た鳥のように)
Libre, como el viento que recoge mi lamento y mi pesar. Camino sin cesar detras de la verdad. Y sabré lo que es, al fin, la libertad.
(自由、私の悲しみと苦難を持っていってくれる風のように。真実の後ろにある終わることのない道。そして最後に、私は自由というものを知るだろう)

 曲も素晴らしいので、是非一度聴いて見て下さい。
もちろん前に紹介したCorrsや鬼束ちひろと同じくこの他にも良い歌は沢山あり、後個人的に外せないのが、「Como Todos」という曲です。これは他の人は幸せそうなのに、なぜ自分だけは幸せを見つけられないのだ、といういわば愚痴のような内容の歌ですが、圧倒的な歌唱力でもって感情を込めて歌うので、聴覚的には愚痴には聞こえません(笑)。

 多分歌詞がついているサイトもあると思いますが、日本語訳がついているかどうかは分かりません。もしこの部分の歌詞の意味が知りたいという方がおられたら気楽にお尋ね下さい。
 後、他の歌手も含めて歌の感想なども気楽にコメントして頂ければと思います。今連絡先のメールは私しか使っていませんので、メールをして下さっても結構です。異論、反論、普通の論お待ちしております。勿論共感してくださるコメントも有り難いです。今回は一休みということもあって、三人しか紹介できませんでしたが、また機会があれば他の歌手や曲も紹介していければと思います。

 では次回からまた本編の『不登校についてー「不登校再考」の講義より』シリーズが再開します。
お楽しみに
さて前回も話した通り、今回は1970年代以降、高校に行くことが“当たり前”になった状況がどういう影響を個々のセルフイメージに与えるかを考えていきたいと思います。

 心理学者のアドラーは、個人の他者に対する優越感や劣等感がコンプレックス(複合観念)や病理性に深く関わっていると述べています。彼の師匠のフロイドの心理学がリビドー(性エネルギー)に注目し、体の部位や幼児期からの両親の関係性に重点を置いているのと比べると、アドラーの場合は他人との比較、社会との関わりなど、より社会性を重要視した心理学であるといえるでしょう。

 今回は優越感の理論を適用して、進学率が高止まりした後長欠率が増えた要因を考察していきます。社会的なものから起因、発生する原因とは違い、主に個人の中にあるものが外からの刺激によって影響されるという説明は、はっきり言って客観的に説得力に欠けることが多いように思われがちです。

 なぜなら、その根拠となる「個人の中にあるもの」(この場合は優越感)の重要性や位置づけは個人によって様々であるからです(逆に例えば経済的変化によって、それに適応するために思考や行動パターンもこう変化する、等の言い方の方が一般的にコンセンサスを得やすいように見えます)。何か一つだけ大きな原因、前提があって、それから全てが派生している、という説明の仕方ははまれば大きな共感を得るかもしれませんが、当然ツッコミどころも多く、なんでやねん!、そんなことないやろ!、なんじゃそら!、等のリアクションも引き出します。ただ多くの要因の一つの仮説として、考慮に入れていけば幅広い視点を持つために役に立つかもしれません。

 例えばもしフロイドであれば、長欠率の増加の原因は核家族化による幼児期から青年期までの母親と子供の関係性の変化や父親(父性)不在による社会や権威に対する子供の態度の変化が原因で…云々、みたいな感じで分析するかもしれませんが、ただそういう見方もまた興味深いともいえますし、ひょっとすると関連性がどこかにあったり、個々の問題解決のためのヒントにはなりうるかもしれません。

 勿論一つの理論のみをもって全てを説明することは不十分ですが、今回は一つ一つの穴を地道に埋め、要因の一つを推測するため、また今回の講義でも出てきた学校が個人に与えていた(いる)“特別な価値”についての議論を深めるため、この理論を応用しながら見ていきます。

 もしも高校にいく人数が相対的に少ない場合、高校に行くことが出来れば、他人と比べて自分は人とは違う、という優越感を持てる、という期待感が生まれ、高校に行っても大学に行けばより“特別な存在”になれると期待し、実際に高校にいけた時の経験がその感情を裏打ちします。そのことを達成する手段である勉強に対するモチベーションも高まり、学校に行き続け頑張る動機付けとなり、結果的に進学率が増加します。

 しかし進学率が増え、高校に行くことが当たり前になると、高校に行くことは“自分に特別な価値”を与えてくれることは考えられにくくなります。

 従って前回のまとめと合わせると、74年に進学率が90%を超えると学校に行くことの“希少価値”がなくなり、学校に行くことが“希望”につながるとは考えにくくなり、学校での努力が「やりがいのある努力」から「不安におびやかされる努力」に変化していき、また皆同じでは自分は特別な存在であるという感覚を獲得することも困難になったように見えた、ので長欠率が増え、現在も増え続けているので、大なり小なりその影響が残っている可能性がある、となります。
 
 このような状況の変化があり、この連載の一番初めに述べたように子供たちが「学校に行く意義」を問い始めたのではないか、というのが今回の講義での大事な論点の一つでした。
では次の論点は「勉強の意義」についてです。
学校に行く理由としてよくあげられるのは、“勉強”をするため、というものです。

 では“勉強”をする理由とは何なのでしょうか。

 子供の立場から見ると、前回話したように、高校に進学し卒業するための手段としての“勉強”をする動機付けは進学率の増加で薄まっています。

 もし子供全員がいわゆる“勉強”が好きで得意であれば、その様な状況でも“勉強”をすること自体楽しみに学校に行く子供が多くなり、すなわち出欠率もそれ程増加しない公算が高まります。ところが、出欠率が増えてきた経緯を見ると、どうやら皆が全員“勉強”好きではなさそうです。

 では逆に出欠率が高くなる70年代以前は“勉強”が大好きな子が大半だったのでしょうか。

 講師によると、その頃にも“勉強”が嫌いで苦手な子は沢山いたとのことです。ではなぜその頃は学校に行かない子供の割合が少なかったのでしょうか。

 ここで孔子、いや講師はこう言いました。つまり宗教みたいなものだ、と。

 例えば、我々の大半はお経の意味がわからなくても、お寺に行ってお経を聴きます。なぜわざわざお寺に行って意味も知らないお経を聴くのかというと、自分にとって何か“意味”や“価値”のある体験だと“無条件に”思うからです。

 この“無条件に”というのが宗教たるゆえんと行っていいでしょう。

 言葉を入れ替えると上手い具合に符合します。

 我々の大半は勉強がわからなくても学校に行って勉強をします。なぜわざわざ学校に行ってわからない勉強をするのかというと、何か自分にとって“意味”や“価値”のあるものだと“無条件”に思うからです。

 ではなぜ“無条件”にそう思うのかというと、それは「すりこみ」によるところが大きいと思われます。今回の講義の内容から離れ過ぎてはいけないので、すりこみに関してはまた別の機会に深く考察するとして(根深い話になりそうだな、こりゃ(-д-;))、話を戻します。

 宗教や信仰の特徴としては、信じている者にとっては当然の事ですが、信じていない者にとっては「なぜ?」ということになります。

 この宗教に似た“学校に行くこと自体に価値がある”という考え方が共通前提でなくなると、“勉強”自体の大切さや楽しさがダイレクトに問われることとなります。

 七十年代から今まで長欠率が増加しているのを見ると、どうやら多くの子供にとって“勉強”はそれのみでは学校に足を運ばせる程の魅力はないようです。
社会状況の変化を“勉強”に当てはめてまとめると、

七十年代を過ぎて、学校が理屈抜きで大事なものだという共通前提が崩れる

わからない事を聞いても意味があるのか、という問いが生まれ、最初に苦手だったり、つまずいたりするとすぐやめてしまう環境になる。

学力低下

という風になります。
 
 この時たとえ勉強がわからなくて苦痛でも、わからなくてもただ座っているだけでいい、という共通前提やすりこみがあればとりあえず学校には行くかもしれませんが、学校に行くことが当たり前になった頃からは子供も親も、そして社会もそれを認めません。

 講師曰く、教師の質の低下や親のしつけ以前に学校に意味を見出だせない環境が大きな要因。昔もいじめや勉強が苦手な子は多かったが、学校に行くこと自体意味があるという神話があったので、すぐ学校に行かなくなるという行動に結びつかなかった…

 さて少し見方を変えて、学校に行くことは「勉強」するだけではなく、団体生活をすることによって「社会性」が身につく、それは学校に行く「価値」や「意義」にはならないのか?という質問をされる方もいるかもしれません。

 特に現代では「生きる力」が大事だから、学校でもそれを教えることが大事だ、という話を聞いたことがあります。

 この論の一番の問題点は、「生きる力」とは何か?ということです。さらに誰がそれを定義するのか、ということも重要です。

 「社会性」というのも個人や時代によって相対的ですし、「生きる力」に至っては「愛の力」とか「長州力」のように具体的には何の力か不明で、それだけでは何が言いたいのか分かりません。

 何を以て「生きる力」とするかは、億万個の意見があるでしょうが、とりあえず生きるためには仕事をしてお金を稼ぎ、ご飯を食べることが大事だ、ということは一定の理解を得られると思うので、仕事をする力を「生きる力」と定義してみます。

 「仕事をする力」はその時、その場の主要産業の内容によって、大きく影響をうけると考えられます。

 というわけで次回は産業構造の変化について見ていきます。

さあいよいよこの連載もフィナーレが近そうです(/_;)
戦後から現在までの産業構造の変化を見ると、大きく言って第一次産業(農業、林業等)から第二次(工業、建設業等)、そして第三次(サービス産業等)に移り変わっています。

 それぞれの特徴は、第一次産業は自然に働きかけ、第二次はモノに働きかけ、第三次は人に働きかけるという点です。

 長欠率が上がり始めた頃第三次産業(消費産業)の労働人口が50%をこえました。このことが人間関係や欲望に対する考え方も大きく変えていき、教育や学校に大きく影響を与えたのではないか、というのが今回の論点です。

 前回話したように学校には“勉強”以外にも、“社会性”を学ぶ場というイメージがあります。

 日本の従来の学校教育は集団教育の側面があり、一緒になって何かをやり、何かを得る、という雰囲気があります。例えば皆一緒に机を並べて一緒のことを学ぶとかです。

 その集団教育的性質は第一次、第二次産業には相性がよく、例えば田植えは皆で力を合わせなければ出来ないですし、工場でも協力しあいながらモノを作ります。つまり第一次、第二次産業が社会の主要産業であれば、学校の集団教育で得た“社会性”をそのまま活かすことができます。つまり学校教育は個人に「生きる力」を提供したことになります。

 会社は学校の延長上だという話をきいたことがありますが、これは逆に言えば学校で習った通りに振る舞えば、会社でも大きな間違いがないということになり、学校の“社会性”の教育が成功している状況とも言えます。

 ただ第三次産業が主要な産業であればどうでしょうか。

 第三次産業は一人一人の欲求により動いており、欲求が何かを読む能力のみならず、欲望や欲求を作っていき、それに働きかける能力が求められます。

 何か新しい欲求を作り出すためには人と同じ事をしていては駄目で、逆に人とは違う発想を持った人材が求められます。

 このことは学校が提供した集団教育による“社会性”の実社会での有効性を減らすのみならず、個々の子供の思考様式まで変える可能性があります。

産業構造の変化

社会環境や生活の変化

皆に合わせるのが偉い、という感覚や、一体感に対する喜びや意味を感じられない子供が増える。

学校に対しても、何でこんなことに参加しなければならないのか、と感じる。

 子供にとって主観的に(部分的に客観的にも)“無駄”であるならば、もはや学校に行く理由は行くことが「楽しいから」しかありません。

 皆さんお疲れ様でした。いよいよ次回が(おそらく)最終回です。

最後のテーマは「いじめについて」です。
これまで社会状況の変化により、学校に行くことや学校の中での活動(主に勉強)に意義や意味を見つけられなくなった、ということを述べてきました。その結果学校に行くための理由として、何か楽しいこと面白いことを見つけ作ろうとする、その一つがいじめなのではないか、という考え方を見ていきたいと思います。

 遊びやゲームといじめの境界線が薄くなると、対象はだれでもよくなり、従ってその場の雰囲気で誰でも“被害者”になる可能性が出てくる。そのことによって常に子どもたちは激しい緊張と隣り合わせで学校生活を送らねばならないのではないか、ということです。

 こういった状況で前の方で取り上げた「不安におびやかされた努力」を強いられる勉強をしに学校に行くのかと思うと、想像するだけで身を引きちぎられるような気持ちになります。もちろん程度の差もあるでしょう一概には言えないでしょうが、余程運が良いいか、他にすごく幸せなことがなければやってられません。あまり講義から脱線してはいけませんが、私見では今まで挙げたような状況で学校に行くためには、意識的、無意識的に思考停止状態にしなければ難しいのではないかと感じます。*7*で取り上げた「学校に行くのが大切だ」教も現在では無理やりに学校に行く(行かせる)ための自己暗示のために使われているのではないかと推測してしまいます。

 話を戻して、講師によると昔はいじめも対立関係にあって勝者が敗者をいじめているという図式だったそうですが、今は遊びやゲーム感覚なので、あまり対立はないかわりに自尊心が傷つけられる、ということです。

 例えるなら体を少しずつ切り刻まれていく感覚というのでしょうか。

 講義の最後は教師の話でした。昔、学校が大切なものだという感覚があった時には、教師には「理屈抜きの権威」があった。今はそれがないので教師は子供と距離を詰めていこうとするので、「友達のようになる」傾向が強いそうです。これを突き詰めていくと、「友達」ならば教師もいつもいじめの被害者になるかもしれぬ不安を感じるかもしれず、時には(可能性の話ですが)いじめに加わることもありうるかもしれません。

 昔の先生は権威という下駄をはかせてもらっていたが、今の先生にはそれがないので、より困難な状況に置かれている可能性は高そうです。ただ今も昔もいじめに対処したり、いわゆるお“勉強”ではない学問や個人の信念を伝えるためには、先生(のみならず周りの全ての大人)の姿勢と惻隠の情の重要性は変わりません。といえども今の社会状況からみても今の先生の御苦労は察して余りあるものです。

 今回は最終回ということもあり、多少感傷的になってしまったのか、センチメンタルな部分も多くなってしまいましたm(__)m。この他にも情報量の変化や価値観の多様化、コミュニケーションについて等々、取りあげて結びつける話題はたくさんあるかと思いますが、一応流れは今回の講義に沿うということで、今はとりあえずここで終わりにして、また別の時に細かく論じて、それを今回の話とつなげていくという形をとっていきます。

 では次回はあとがきです。