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「小規模集落元気日記」 今日も集落は元気です!
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2014/12/05のBlog
地域のまちづくり協議会や自治振興会の交流やまちづくり全般に関する情報提供の場として、「丹波地域まちづくり交流会2014」が開催された。

日時 平成26年12月3日 13:30~16:30
場所 丹波の森公苑

今回は「空き家」「空き地」の活用をテーマに講演と活動発表があった。

内容
 1 講演 「教育民泊で田舎を元気に!!」
 講師 中尾誠二 成美大学准教授
 多自然地域の活性化策として注目されている教育民泊(農山漁村での少人数
分宿型教育旅行)の受け入れと、空き家活用。
 
 2 活動発表
 ① 篠山市 集落丸山
 平成19年に行われた長屋門の古民家診断・改修工事をきっかけに、古民家
等の再生整備、滞在型の農家民宿の営業、都市住民を対象として食や農、
芸術アート等をテーマとした各種ワークショップの開催等の活動を行っている。
 ② 丹波市青垣町 佐治倶楽部
 佐治倶楽部は関西大学佐治スタジオを拠点に、地元丹波・学生・丹波以外
の人々による空き家活用サークル。空き家は「地域の資源」ととらえ、学生
の滞在・授業をはじめ、地域住民の方々とともにイベントや料理などを通じた
交流活動を行っている。

 3 県民局からのお知らせ
 県民交流広場事業、地域再生大作戦の紹介及び活用事例
2014/12/03のBlog
豊岡氏中竹野地区のまち・むら探検に参加させていただきました。
あいにくの小雨でしたが、小学生から高齢者まで、幅広い年齢層が参加しました。


但馬地方は「かねほる里」と言われ鉱山が多いのですが、当地区もかつては鉱山で栄えたそうです。私が探検した鬼神谷では、ボーキサイトが採れていました。
鉱山関係のお宝が多く、但馬地方最古(5世紀~7世紀頃)の須恵器の窯跡や、沢庵和尚直筆の書簡などもあり、中竹野地区にはお宝が溢れかえっていることを参加者全員で再確認いたしました。
 
小学校の先生も参加していて、学校での郷土の歴史を学ぶ時間に、まち・むら探検で発見されたお宝を紹介したいとのことでした。
子ども達を通じて、中竹野地区の歴史がずっと息づいていて欲しいと強く思える探検でした。
2014/11/26のBlog
[ 09:36 ] [ 丸味(香美町) ]
但馬のスキー場では、もう人工スキーを楽しむ人の姿が見られます。
さて、道の駅ハチ北で、23日の日曜日、丸味げんき村がイベントを行いました。
平成23年に兵庫県の地域再生大作戦にも取り組んだ香美町の丸味集落は、わずか16戸の小さな集落ですが、ゆきわり大根やみょうが寿司などの商品開発に取り組み、いろいろなイベントで出店しています。

この日もみょうが寿司やよもぎ餅が販売され、あっという間に売り切れていました。
じゃがいもぎんなん等の試食コーナーも多くの人が集まり、丸味の元気な味に舌鼓を打っていました。
丸味げんき村の活動に、今後とも期待したいと思います。
2014/11/21のBlog
11月19日(水)、養父市高中集落の「高中げんき会」が明石の明舞団地で野菜の産直市を行いました。
 高中米をはじめ、白菜・キャベツ・カボチャに柚など、たくさんの野菜や果物が並んでいました。
開始前には行列!!10時30分の販売開始から飛ぶように売れ、お昼にはほぼ完売でした。今回は、高中米のおにぎりやそばぜんざいの試食があり、味に納得された明舞団地の奥様方が次々に高中米を買って行かれました。
昼食を食べながら意見交換会。
その後は、元町商店街の「元町マルシェ」を見学しました。今後も元気な「高中げんき会」の活動が楽しみです。
2014/11/04のBlog
11月1日、新温泉町海上地区で「うみがみ元気村収穫祭」が開催されました。今年で第3回を迎えたということで、地区内や温泉地域の方を中心に約300人の方が来場されました。
先着200名には特産の棚田米「うみゃーなー」のおにぎりとなめこ汁のふるまい。
ねぎや大根、白菜などたくさんの地元野菜や特産品の直売が行われました。
「大根の皮むき大会」、「大根のすり下ろし大会」などの各種アトラクションも大いに盛り上がりました。
メインイベントの「野菜のセリ市」。地元野菜が次々に競り落とされ、大量の野菜を持ち帰る方も見受けられました。
集落の奥にある上山高原では、まだまだススキ野原や紅葉が見られる状況でしたが、寒くなるのでお早めにお越しください!!
お寄りの際には、お食事や特産品の購入ができる「うみがみ元気村」も是非のぞいてやってくださいませm(_ _)m
「うみがみ元気村」
美方郡新温泉町海上1080
営業日:水・土・日
営業時間:8:30~17:00
2014/10/28のBlog
「日本一大きな自然金のでる鉱山」。養父市中瀬はかつてそう称えられる日本有数の金山町でした。千人以上の人が暮らし、商店が軒を連ね、映画館があった中瀬も、今は江戸時代の風情が残る静かな集落です。
その中瀬が、10月26日、大いに盛り上がりました。「甦る黄金郷」と銘打ち、「鉱石の道フェア」ファイナルイベント、中瀬フェスが盛大に開催されました。
この日のために、交流拠点施設「中瀬金山関所」と「トロッコ広場」を整備し、5カ寺巡りスタンプラリーや、中瀬金山の殷賑ぶりがうかがえる歴史パネル・自然金・鉱物の展示が行われました。
人だかりができたのは「砂金すくい体験コーナー」。体験なのですくうのは真鍮ですが、じつはこのとき使用した砂は、8年前に本物の金を入れて実施した砂金すくい体験のときと同じ砂。そのときの金が残っている可能性があるという裏情報もありました。
中瀬を活性化させようとする「中瀬金山会」は元気なグループです。これからの活動に期待したいと思います。
2014/10/21のBlog
養父市大屋町明延で開催されている一円電車まつりは、今年で8回目を迎えました。
今年は「鉱石の道フェア」の明延フェスとして10月19日に開催され、あけのべ憩いの家を中心に、一円電車「くろがね号」の体験乗車会、明延鉱山探検坑道見学会、あけのべ探訪スタンプラリーなどが開催されました。

また今年は、かつて劇場として賑わった旧協和会館の特別公開や、鉱山最盛期には約4,000人もの人々が暮らした鉱山社宅の一つ「北星社宅」の特別公開が行われ、来場の皆さまは、鉱山町の生活の体験を楽しんでいました。

明延鉱山の閉山とともに急激な人口減少が続いている明延区ですが、
鉱石の道明延実行委員会や一円電車あけのべ等と協力して、一円電車体験乗車会やあけのべ憩いの家でのコミュニティカフェ等の事業に取組み、地域の活性化を図っています。
2014/10/08のBlog
「鉱石の道フェア」神子畑フェスでは、プロジェクションマッピングが実施されました!
~27年の時を経て、今蘇る不夜城の輝き~をテーマにした光と映像の空間アートは、
1000名様の限定イベント。観覧希望申込はなんと2,666人。倍率2.6の幸運を手にした人たちは、家族と、仲間と、一夜限りの不夜城の復活を楽しんでいました。
イベントはもちろんこれだけではありません。ミニ一円電車の乗車会や
金山ゆいさんのミニコンサート、鉱石の道グッズを販売するブースなどが出店し、かつて「東洋一」の神子畑選鉱場が稼働していたころの活気が蘇っていました。
会場から少し離れたところ、神子畑区の方が蒔いた珍しいオレンジ色のコスモス畑は、シャトルバスで会場へ向かう人々へのおもてなし。
 オレンジのコスモス畑は、かつて神子畑選鉱場から神子畑鋳鉄橋(国重要文化財)を通り、生野へとつながっていた「鉱石の道」沿いに広がっていました。鉱石を積み、コスモスの向こうを行き過ぎる馬車の姿が浮かぶような、ノスタルジックなひとときに浸ることができました。
 最盛期の賑わいを一日とは言え取り戻した神子畑区。今後の「がんばり」に期待大です。
2014/10/03のBlog
[ 15:55 ] [ 新井(丹波市) ]
新井地区自治振興会の「はなもも会」

はなももが咲く頃に発足し女性らしい会にしようと名前が付けられました。
現在は編み物教室や折り紙教室などを開催していますが、まちづくり活動で何かしようと女性だけの会が活動を始めました。
今後の活動に地元から期待が寄せられています。
2014/10/01のBlog
「鉱石の道フェア」生野フェスに行ってきました!
 生野フェスは「銀谷まつり」を中心としたイベントで、口銀谷地区挙げてで大きなお祭りでした。
生野鉱山が栄えていた大正から昭和初期の風情が残る鍛冶屋通りでは、鉱山町にタイムスリップしたようなレトロな世界が広がっていました。

平成14年から始まった銀谷まつりも、今年は「鉱石の道フェア」ということでパワーアップ。生野鉱山本部建物の特別公開や、東北大震災の直後にフランスから送られた「日仏チャリティーローズ絆」の植栽式が行われました。「チャリティーローズ絆」は、明治初期、生野に自生していたノイバラを「銀の馬車道」の設計士であるシスレーが本国に持ち帰った種から生まれたバラだとか。
「チャリティーローズ絆」は、今後3年間をかけて生野町全域に植栽される予定です。150年の時を超えて生野に帰ってきた「絆」をぜひご覧いただきたいと思います。

銀谷まつりでは、他にも車好きには堪らない「旧車ひろば」や、かつての鉱山町の殷賑がうかがえる写真展などが盛況を博していました。