大震災・津波・原発被災地訪問 その6(相馬市)

9日18:30〜20:00 相馬市 研修会

気仙沼→一ノ関→仙台からバスで1時間20分で相馬市に(途中のJRが不通のため)

まずはタクシーでホテルに直行…「本屋の跡地のホテルだよな?」とタクシーの運転手は会社に連絡して問い合わせている。相馬市でも宿泊所が足りないらしく、急きょホテルに改修した建物があるようです。ビジネスホテル仕様でした。

気仙沼からの道中はとても暑くて…。ひとまず汗を流して、夕方からの勉強会の追加資料を準備。最初、30人程度から50人、70名にも参加者さんが増えました。認知症予防への関心の高さがうかがえます。

介護保険事業所連絡会(事務局:相馬市地域包括支援センター)さまのお招きでお伺いしました。年に2回の研修会の第1回目。

昨年8月5日のweフォーラム参加をしてくださった、相馬市在住Tさんの御計らいで決定しました。Tさんは5月18日のまごころ福島サービスで開催された「日本ケアシステム協会全国大会分科会」にも参加して頂き、その縁で今回の大震災・津波・原発被災地訪問に繋がりました。

夕刻お仕事帰りの皆様がほぼ時刻通りに総合福祉センター「はまなす館」に集まられました。…駐車場に はまなすの花と実が綺麗に咲いていました。

そして、スタッフ全員も輪の中に入っていただいたのも感激でした。1時間半という短い中に大勢の方にスリーAについてとゲーム実践を理解して頂くために、どのように入れようかとTさんと話し、ゲームを多く取り入れてほしいと希望がありましたので、自己紹介の後、直ぐに認知症予防教室形式に始めました。まず自己紹介の仕方、夢の旅行、幼いころの数の数え方から順に進みました。

写真のとおり、大きな輪になりましたので各自の表情は見えませんので、いつもの人数(10〜30名前後)よりやりにくかったですが、ピンマイクが良い調子で説明は聞こえたようでした。ゲームの途中でスリーA方式について、合宿型での実例を二例、理事長の母上の話し、私の実母の話を入れました。

ゲームその1&2までと、その3&4の簡単説明、シーツ玉入れを交代しながら実際にやってもらいました。

その2のお手玉回しは圧巻…お手玉を約100個持参した甲斐がありました。数個渡して「1個とってお隣に回して下さい」と70名を超える輪でお手玉回しをやりました。大きな輪だと私の合図と真反対とで差が出てリズムがくるい、お手玉は何処かで溜まってしまいます。みなさん若い方々なので、「替えて」もスムーズにやれて…緩急織り交ぜてストップ!お一方が8個ものお手玉が溜まりました。大金持ち…8個ですから8億円の大金持ち!です。3,4個の方がお一人、小金持ち。空っぽの人は貧乏ではありませんよ〜お手玉を差し上げた優しい人です。みなさん大笑いの連続でスリーA方式のゲームを理解して下さった様に感じました。

Tさんは知り合いのケアマネージャー、看護師さんにスリーAについて納得の表情が見受けられたとの感想でした。

また所長さんからは「年に2回の勉強会だが、今夜は研修会として、こんなに大きな輪に椅子が設置されていて入ってきたときには驚いただろうが、帰る皆の表情は満足そうだった。ありがとうございました」と喜ばれました。

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10日 午前:井戸端長屋でゲーム

翌朝10日、Tさんのお迎えで包括支援センターにも寄り、責任者から「とても良かったとの声を多数頂きました。ありがとうございました」と丁寧なご挨拶でした。

午前中は、被災高齢者住宅「井戸端長屋」(定員12名)へ参りました。現在入居者は9名、3名は外出で6名の方とのゲームでした。真新しい素敵な長屋…広々として設備は近代的な長屋です。

Tさんは知人に「おはようございます、この間はどうも」などと話しかけも、その方の暗い顔には全く反応がありません。後に彼女はTさんに「津波直後から私は判らなくなることがあり、直ぐに思い出せないんです、頭が回らなくて、失礼なことをしました」とのことでした。
彼女に以前の笑顔が出る日が早く来るのを祈り願いました。
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左の人の名前を言って自己紹介、夢の旅行は「退院したばかりなので体力がないので行けない」「引っ越したばかりなので何処にも行きたくない」と消極的な答えでした。

お世話役の男性はボソッと「俺はあの世だな」「?あの世に行きたいのですか?」私は絶句しそうでしたが、気を取り直して「あの世は綺麗なお花畑だそうですね〜」とやっと言えました。彼は「そうだよ〜綺麗なところらしい、誰もそこから戻ってきた者はいないもんな〜」。事情は周りの方が「家族は津波に遭って一人なんだよ〜」「駄目だよ、私たちの世話をしてくれなきゃ〜まだ行けないよ〜」と。

Tさんに夢の旅行を聞きました。ブラジルの滝が見たいです。船で行きましょう。お土産は、お仲間さんから「帽子、大きなカッコいい帽子があるよね〜」でした。

ゲームは、その表情の暗い方、リズムに乗れないし手指の使い方が上手にできない方が「自分の頭は変だ、馬鹿なんだよ〜」自信を失っている方のお二人に焦点を合わせて、ゆっくり進めました。

お世話役さんは左手首から先が事故でほとんど動かないのですが、右手だけでゲームをしてくださいました。お手玉回しでは、左手に回ってくるお手玉の置き場所を「膝の上だと落っこちるから真ん中に置いたらどう?」と冗談半分、笑わせてくれました。ドジョウさんのときには、席替えして、彼の左に私が座りました。
ドジョウさんの終わりに、水分補給で、机の前に移動して、そのまま「広告パズル」。8個に破り、元に戻して広告主になり宣伝。上手に宣伝をしてくださいました。

少人数でしたが、シーツ玉入れをしました。盛り上りました。お世話役の男性は席をはずしていましたので、6名でしたが出来ました。
チーム名は付けましたが忘れてしまいました!残念!

最後のじゃんけんタスキとりゲーム。Tさんのお知り合いの表情の暗い方がじゃんけんタスキとりゲームでは、優勝して優しい明るい笑顔が出て、本当に嬉しかったです。

そしてそれまではほとんど話をすることもなく声も聞こえなかったのですが、インタビューにはすらすらすらすらと「じゃんけんには強くて、いつかも5円玉を通したリボンでじゃんけんをして優勝して首に一杯そのリボンをかけてもらったことが有るが全部寄付してきました。数えたらちょっとした額になっていたと思う。私はじゃんけんには強いです」と笑顔で自慢げに話していました。勿論、1本1万円で35万円も寄付します!でした。

10日午後 仮設住宅でゲーム

午後から相馬市には大きな仮設住宅が4か所、そのうちの一番早く出来た住宅に伺いました。福祉協議会の若者二人の同行でした。13時半開始時点では数人でしたが、次々とお仲間さんは増えて21名の大きな輪になりました。

ゲームは進みドジョウさんのときに…理解できない方が3名。

「ドジョウが逃げるのは判るんだが、捕まえるドジョウは、逃げたドジョウを捕まえるのか?」でした。お隣の93歳の方は理解していて、懸命に「違うよ〜逃げるのは逃げるだけ、捕まえるのはこっちのドジョウだよ〜」とその方々に説明をしている。結局「リーダーの説明が悪いんだよ〜」「はい、ではもう一度…」。言葉って難しいですね。今さらですが、自分の説明を振り返りました。

私は毎日ゲームをし続けているので、きっとはしょった説明をしていたようです。これからはしっかり説明します!

相馬市被災地巡り

仮設住宅でのゲームの後、福島までのバスの18時前出発時刻まで、Tさんのご主人が相馬市津波被災地を案内して下さいました。ご主人は3・11の年がリタイヤの時だったそうですが、観光課の被災地案内係として残られて、自治体のツァーの案内をされているそうです。

相馬市の津波被災死亡者は460人、磯辺地区で半数以上の250人、お家ごと流された方も多数だが、車に乗って大きな道路の渋滞で流された方々も多いそうです。大きな道路を避けてあぜ道を走った車は助かったとも。

相馬市には広い土地があったために瓦礫処理場もいち早く出来て、市の処理は自前で出来るとのこと。

海岸波打ち際には壁のような防潮堤を設置して、内側に盛り土をして緑地帯を作り、その内側に松並木、そしてその内側に移住区とする計画だそうです。
ヒラメの産地の漁港も復興中。
盛りだくさんの案内をして頂きましたが、暑さと疲れで記憶に留まっていませんが、思い出したら追加していきます。

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バスを待つ間に、宿泊場所を変更しようと問い合わせたところ、福島駅のホテルは満室。理由を聞くと「野球があるから」でした。予定通り群馬県の前橋まで直行することになりました。案外早く到着して充分就寝時間が取れました。

いよいよ前橋の熱い講演会に向かいます。