今日はナイター練習!!

今週の始まりですが、日曜日の試合がイマイチだったと聞いている中で、どうしてそうなるのか?何が必要なのか?をもう一度自分の中で整理しました。

昨日の淞南高校のサッカーを経験させてもらい、南監督ともお話させてもらう中で『育てる』事の意味を考えました。育てる過程の中で、必ず必要になってくるのは『見守る・見離す』事だと思います。『見切る・見捨てる』とは違う事を明確にしていきたい。

今日の練習後に、代表とも話をしたのですが『差別と区別の違い』を改めて考えようと思う。

平等って言葉。

一見正しい事のように思えるし、もちろん使い方によってはそうなるだろう。だけど、みんなに当てはまる言葉かどうか?ましてや育てるという観点から見た時の平等って意味が違ってくると思う。

一番単純な所で言うと、コーチと選手との関係で『コーチの話を聞こう』と思う人間と『聞いても無駄』と思っている人間に平等で扱うという意味がすでに変わるはず。聞こうとする人間には正しく、伝わるまで伝えるのが平等であり、聞く気にない人間には伝える必要もなくなる事が平等という事にもなる。つまり、その延長上に試合があり、メンバーを決めるとか、試合で活躍をするかどうか?がある訳で『平等にチャンスをください』などと言われても当然差が出るのは当たり前。

言葉で説明をするのは難しい部分はあるけれど、区別と差別は本当に大人が考えないといけない気がします。

良い気付きがある。良いチャレンジがある。良い工夫が起きる。

ここでの『良い』は『本人なりの』という意味で解釈してもらいたい。それに対して、

言われた事だけ。言われた事もしない。頭の中は真っ白。

の状態である事を観て、聞いて、判断して、『分ける』訳です。これが『区別』であり、考えているメンバー、考えようとしているメンバーとそうでないメンバーとを分ける事によってそこでのメニューにおいてやるべき目的を分ける事をするのです。だから、その分ける行為を差別と取る人間がいるとすれば、その考え方自体が人を差別する人間だという事です。

時と場合によって、その分けるグループを変えたりしていく事で、そのグループが獲得するものが変化していくだろうし、それをこちらは考えているのですが、何よりも大前提は各自が考える事です。

特にスポーツをやる以上は、何が好きで、何がしたくて、どうなりたくて、何を目指してるのか?という部分は明確であってほしい。『うまくなりたい・強くなりたい』の言葉だけが先走って行動が伴わない人間は学校の勉強を疎かにしている上に、無意味な塾に行ってる傾向が強い。。。大人の『保険』ではダメだと思います。

目的と行動が繋がった時だけ、人は『成果』を手に入れる。成功、失敗ではなく成果を手に入れるのです。成果の積み重ねが成長だと思います。だからこそ、最初の一歩目は『自分で目的を明確化する』事だと思います。その為の時間をこのファルコで、練習で、大事にしていきたいと思います!!