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川西断酒会 ☆酒害に悩む本人と家族の方へ☆ 「必ず立ち直れる」と信じてください
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[ 総Blog数:273件 ] [ このMyBlogをブックマークする ] [ RSS0.91  RSS1.0  RSS2.0 ][ ATOM ]
2080/05/05のBlog
[ 16:53 ] [ 尼崎市断酒会例会案内 ]
尼崎市市花キョウチクトーーーー>
更新11月19日です。
尼崎市断酒会例会H29年12月ご案内
尼崎市断酒会ホームページココクリック

下記クリックしてくださいA4サイズ1枚プリントPDFで閲覧プリントできます。

2080/05/01のBlog
[ 07:53 ] [ 尼崎市断酒会例会案内 ]
尼崎市市花キョウチクトーーーー>
更新8月6日です
尼崎市断酒会例会ご案内
尼崎市断酒会ホームページココクリック
下記クリックしてくださいA4サイズ1枚プリントPDFできます。
2063/07/19のBlog
[ 10:49 ] [ アルコール関連問題ドイツヒント ]
写真 東大阪市 市花 ウメ====>写真
東大阪市ひあかもか通信第17号配布実施
●実施:東大阪市アルコール問題会議
(事務局:東大阪市健康づくり課)
●15000部発行
●配布対象 
東大阪市の小学校53校(5・6年生及び教員)及び市内大学、各アルコール専門クリニックや一般病院等関係機関
●配布時期 平成27年 4月より、東大阪市アルコール関連問題会議構成メンバーで分担して配布 
●配布後は 配布後の児童の反応や、配布による効果を学校の先生方がどう感じていらっしゃるか、教育現場へのアルコール教育出前講座の可能性について、アンケート調査を実施する予定です。

東大阪市ホームページリンク
http://www.city.higashiosaka.lg.jp/0000007108.html
東大阪市保健所
こころの健康・自殺対策
こころの健康について
ひあかもか通信第17号PDFにて見れます
左ジャンルアルコール関連問題ドイツヒントも閲覧下さい。
下記クリックして下さい東大阪市ひあかもか通信第17号PDF
にてプリント閲覧できます。
2062/05/12のBlog
[ 11:17 ] [ 直江文子さん講演・執筆 ]
写真ーーー>本表紙
発売されています。最寄の書店にて購入下さい。
表題 依存症からの脱出
著者 直江 文子
発行 北辰堂出版株式会社
価格 1,300円+税
講演/執筆 ブログに、掲載させていただいています。

株式会社彩人材教育(かぶしきかいしゃあやじんざいきょういく)
 代表取締役社長 直江 文子
 事業内容: メンタルヘルス研修・就労支援研・
コミュニケーション研修等
下記PDFクリックして下さい、本表紙・目次ご覧ください。
2060/08/22のBlog
[ 11:18 ] [ 直江文子さん講演・執筆 ]
労働新聞社転載許諾いただきました。
出所「安全スタッフ 2231号(2015年4月1日号)」

プロフィールは 株式会社彩人材教育(かぶしきかいしゃあやじんざいきょういく)
 代表取締役社長 直江 文子
 事業内容: メンタルヘルス研修・就労支援研・
コミュニケーション研修等

産業カウンセリングの現場から
「もしかしたら依存症?」

「アル中」という言葉がもつイメージは、「飲んだくれて道ばたに転がっている、どうしようもない人」「意志や性格の弱い人」など、人生の落後者と思われがちですが、これらのイメージはアル中のごく一部分でしかありません。
 また「依存」という言葉をニュースやワイドショーなどで、聞く機会が増えてきました。二〇一四年六月に厚生労働省研究班の調査で発表された、アルコール依存症の患者数が全国で推計109万人。そのうち治療を受けているのは4~5万人程度と考えられています。
同研究班は八月には、ギャンブル依存の疑いがある人が536万人、ネット依存の傾向がある人が421万人にのぼると発表しました。反面、「依存症」について正しい知識はまだまだ社会に知られているとはいえず、誤解や偏見が多いのが実情です。さまざまな情報が氾濫し、自分や家族の状態に「もしかしたら依存症?」と不安感を持つ人が増えているようです。

アルコール依存症は家族全体を巻き込む
今回は依存症の代表とも言える「アルコール依存症」についてお話しさせていただきます。アルコール依存症が病気であるということをご存じの方はどのくらい、いらっしゃるでしょう。
私自身も、公益社団法人全日本断酒連盟の事務局に入局するまでは、依存症に対する知識は皆無でした。その後約15年連盟の運営に携わったことで、見えてきたことをお話しします。
「地獄を見たければ、アルコール依存症者のいる家庭を見よ」などという、笑えない話があります。アルコール依存症は本人だけの病気ではなく、家族全体を巻き込んでいく病気だということを表現しています。
アルコール依存症は、とても怖い病気です。誰でも、長い間お酒の飲み過ぎを続けていると、アルコール依存症になります。いったんアルコール依存症になると、完治することはありません。また飲酒を続けていればアルコール依存症はどんどん進行していき、ついには死に至ります。
死亡の原因としては、身体(肝臓に障害が生じるの は有名ですが、そのほかにも膵臓、胃腸、心臓、脳、神経、筋肉、骨、ホルモンや生殖機能 など身体全体)の病気、事故、自殺が主なものです。

完治はしないが、「回復」する病気
また、アルコール依存症が進むと、社会的な影響も出てくるようになります。例えば、飲酒運転、失業、離婚などで、多くの大切なものを失うことになってしまいます。このように怖いアルコール依存症ですが、先ほども述べたように完治することはありません。しかし「回復」することができる病気です。
アルコール依存症になるのは中年男性だというイメージがありますが、最近女性の依存症者も増えてきました。10年前の8万人から14万人と2倍近くになりました。若者・高齢者にも広がっています。
その背景には、だれでも気軽に飲めるようになった社会環境に加え、個人のライフサイクル上の危機も加わってきます。自立のための葛藤、生き方の選択をめぐる心の迷い、子供の巣立ちによる虚しさ、家族の死、定年退職による生きがいの喪失、などが引き金となって、アルコールへの依存が急に進むケースが目立ってきました。
アルコール依存症は病気です。「意志」や「人格」の問題ではありません。「病気」だからやめられないのです。

アルコール依存症は、勝手に暴走する脳の病気
依存症は、飲酒をコントロールできなくなる――「脳本来の情報伝達がうまくいかなくなり、勝手に暴走する脳の病気」です。お酒が切れると発汗、不眠、イライラなどの離脱症状が出て、つらいから飲まずにいられないのです。
以下のような状態が見うけられたら要注意です。
「酒で死ぬんだったら本望だ」「酒は俺の生涯の友だ」などと主張している。
朝から晩まで酒が切れることなく酒を飲む。いつも酒を手放すことなく飲み続けているため、二日酔いになり会社を欠勤する。
日常生活もだらしなくなり、容姿に構わなくなる、風呂に入らない、洗顔をしない。約束を守らない。隠れて酒を飲む。平気で嘘をつく(問いただすと「飲んでない」と言い張る。)何かにつけ言い訳が多くなる。猜疑心が強い、嫉妬心が強くなる。自分本位で周囲(家族・近所・会社)に迷惑をかける。家庭内暴力をふるうなど、の症状が起きてきます。
「アルコール依存症」になると、「上手にお酒を飲めない体」になってしまうとも言えます。こうなるともう一度「うまく飲める体に戻す」方法はありません。つまり「完治」はしませんが、断酒して専門の治療を受けることで、心身共に「回復」していくことが出来ます。
お酒をやめていくには、専門医の治療を受けたり、公益社団法人全日本断酒連盟(依存症者本人の自助組織。いわゆる「断酒会」)の力を借りることが必要です。
またAA(アルコホーリクス・アノニマス)=無名のアルコール依存症者の会もあります。
アルコール依存症は「回復できる病気」と述べましたが、回復していくためには「断酒」を続けていくしかありません。断酒とは「お酒を断つ」ということで、「一生涯一滴もアルコールを口にしない」ということを意味します。
 だからこそ、まずは医療機関等に相談することが大切です。できればアルコール専門の精神科病院等で早期発見、早期治療がより有効です。

アルコール依存症の診断
<アルコール・薬物依存症チェックリスト>を掲載しておきます。
アルコール・薬物への依存については国際的な診断基準があり、以下の6項目のうち、3つ以上が同時に見られれば「依存症」(正式名称は「依存症候群」)と診断されます。
ICD-10による「依存症候群」の診断ガイドライン (久里浜医療センターHPより)
1.アルコール・薬物を摂取したいという強い欲望、切迫感がある
2.量を控えよう、やめておこうと思っても、自分ではコントロールが効かない
3.摂取をやめると離脱症状が出る(発汗、震え、不眠など)
4.効果に慣れて「耐性」が生じている(以前と同じ量では効かなくなってきた)
5.そのことで生活が占領されている(仕事など他のことへの影響)
6.心身の健康に悪影響が出ていると分かっているのに使用を続けている

最後になりますが、国も二〇一四年六月には「アルコール健康障害対策基本法」を施行。毎年11月10日~16日を「アルコール関連問題啓発週間」とし、社会の関心と理解を深めるため、さまざまな啓発事業を実施するよう促しています。

株式会社彩人材教育
 直江 文子 (産業カウンセラー)
2060/08/21のBlog
[ 11:04 ] [ 直江文子さん講演・執筆 ]
プロフィール
株式会社彩人材教育(かぶしきかいしゃあやじんざいきょういく)
 代表取締役社長 直江 文子
 事業内容: メンタルヘルス研修・就労支援研・
コミュニケーション研修等
公益社団法人全日本断酒連盟主催
第28回九州ブロック(熊本)大会
シンポジウムテーマ「これからの断酒会に必要なこと」


今日は「これからの断酒会に必要なこと」というテーマでお話しさせて頂こうと思います。
ご存じの通り昨年は、全断連結成50周年を迎えることができました。また国会では、飲酒が引き起こすさまざまな問題について総合的に取り組もうというかねてより念願であった「アルコール健康障害対策基本法」が成立しました。
このことにより断酒会活動の幅が広がったことは、大変喜ばしいことと思います。

さて厚生労働省研究班の調査によると、アルコール依存症の疑いのある人は440万、治療の必要なアルコール依存症の患者さんは80万人いると推計されています。
ところが、全断連の現況調査によると、2002年の11,030人をピークに会員の減少が続き、2013年の調査では8281人です。
これは決して、アルコール依存症者の数が減少しているからではありません。
ではなぜ、全断連に新入会員が入ってこないのでしょうか?
入会してもなぜ、継続的な会員としてなかなかつながらないのでしょうか?

このような現況を踏まえて、私は一つの仮説を立ててみました。

全断連の会員減少の背景として、一つには、高齢者、女性(アメシスト)、若年者のアルコール依存症者が増加してきたことで、会員が多様化してきていることがあげられます。
またひとつには、社会全体に、徐々に個人主義的傾向が強くなり、人間関係が希薄になってきていることなどが考えられるのではないでしょうか?

加えて、10年前には考えられもしなかった情報の多様化もあります。
私が事務局で働き始めたころに、ある方がおっしゃった言葉ですが、
「断酒会はアル中の東大なんだ。なかなか入ることが難しい」と言われたことがありました。当時は、情報の伝達が不足しているので、なかなか断酒会に繫がることが難しいという意味です。
ところが今はどうでしょう。情報は溢れています。ネットで「アルコール依存症」と検索すれば、たくさんの情報に接することができます。このテーマでマスコミにも取り上げられる回数も随分増えています。
したがって、いま新しく入会してくる人はすでに情報をたくさん持っています。
とにかく断酒会はいいところで、そこに行けばいろいろなことが分かるし、そこに行けばロールモデルになる人がいると、大きな期待を持って入ってきます。
また、入会を希望する人も多様化してきています。情報を自分で調べて入会してきます。そして例会に来てみて、自分には合わないと思うと、さっさと来なくなる。 

ご承知の通り、依存症からの回復には、本人の例会出席という意欲が必要であり、行動が必要です。
でも、あまりに「例会出席という意欲」を強調されすぎると、「断酒するもしないも本人次第」という考えになりがちという反動も出てきます。
断酒できない人は、「本人のやる気が足りないから」と言われてしまいます。
本人はやる気があっても、再飲酒を繰り返してなかなか断酒できない。そうなると「断酒は本人のやる気次第」とばかりは言っていられなくなります。

最近解ってきたことですが、どうやら依存症とは別に、もう一つ問題があるのではないか? 意欲が無いと見なされている人たちは、本当にやる気がないだけなのでしょうか? それとも、そう見えるだけなのでしょうか?

「大人の発達障害」という言葉を聞かれたことはありませんか?
最近この「大人の発達障害」についての記事を目にすることも多くなりました。発達障害に加えての依存症の場合は、旧来の対処では十分ではない場合があります。

もしかしたら、断酒会の仲間の中にも「発達障害」の方がいらっしゃるのではないでしょうか?
ご本人はあまり「気づいていない、自覚していない」けど、周りから見ると少しズレているように感じる方。本人も「なんとなく生きづらさ」を感じている方がいらっしゃるのではないでしょうか。
そのような方は、もしかして発達障害で依存症になっているかもしれません。「発達障害」と診断するには、専門のドクターでも時間がかかるようです。ていねいに話を聴くことにより診断を下せるとうかがいました。
もちろん断酒会は自助グループですから、そのような診断を下すところではありません。しかし断酒を志す仲間に対する支援を、断酒会としても幅広く考える時期が来ているのではないでしょうか? 一歩踏み込んで、自助グループとしての適切な支援をすることが、より断酒につながるのではないかと思います。

そのような診断があるなしに関わらず、また本人が発達障害を自覚しているかどうかに関わらず、発達障害の大人は、何かにのめりこみやすい性質を持っており、ギャンブル・飲酒・喫煙・買い物等の依存症になることが多いといわれます。
発達障害やその傾向がある人は、言語でのやりとりが苦手だということです。また、相手の気持ちを想像することも苦手です。そうした人たちは、たとえ例会出席を重ねたとしても断酒できないケースが多い。そのようなケースでは、もしかしたら断酒会の例会のあり方を工夫する必要があるのではないでしょうか?

例会では、他の人が体験談を話しているのを聞き、自分にも同じような体験があることが思い出され、自分が話す番が来たらその話をします。そうやって他の人の話と自分の体験を「重ね合せ」ていくのが、例会における「分かち合い」です。それによって、自分の過去の行動の意味や問題点に気づき、自分を振り返ることができるのだと思います。
ところが、この「重ね合せ」や「分かち合い」に乗れない人たちがいます。その方々は、例会に参加して体験談を聴くことに、なにか違和感を感じる。思い描いていたのと違う。そこにいま、断酒会の例会のあり方や質が問われているように感じます。

 実は私は昨年、生活困窮者の方々の就労支援業務に携わり、そこでも多くのアルコール依存症の方の支援もしてまいりました。そこでのアルコール依存問題がある人は、自立や社会参加などにさまざまな抵抗感を有している人が多く、当然、断酒会にも繫がりづらい。
また人によっては仲間の必要な人と、必要でない人。集団を前提とした支援が苦手な人。その場合は、個人だけを前提とした支援を必要とする人がいることがわかってきました。このような方々にとっては、当然、従来のような断酒例会は有効に機能しません。
人間関係に不器用なため、グループの中での人間関係がうまくいかなくなり、それが嫌で、行けなくなってしまう人も多い。
そのようなケースでは、もしかしたら、年齢や性別そしてお一人、一人の生活課題を見ていくことが必要なのではないかと考えるようになりました。

というわけで、わが断酒会においても、さまざまな原因・背景があることを解き明かし、個々のニーズにあわせた例会を工夫することもよいのではないかと考えます。
断酒会は、自助グループとして「こうあるべきだ」と完成された会をつくることをめざしているわけではありません。会社や組織とは違います。いつでも新しい会員を迎え、受け入れながら生成しているのだと思います。
「これからの断酒会に必要なこと」――そこに、個々のニーズにあわせた断酒会活動が生まれ、これから共に歩む仲間が出来るとすれば、それは素晴らしいことです。

2059/01/14のBlog
[ 13:55 ] [ 本人の体験談 ]
写真茨木市市花ーーー>バラ
 『断酒薬で生きる』 高橋典子
 
 私と「薬」との出会いは、小学生5年生の時に、塾の先輩から、渡された2本のブロン咳止めシロップ。イライラした時、一気に飲んだら、頭スッキリすると言われて初めて飲んだ時は、スッキリというより、こんなに甘いの気持ち悪くなりそうと思ったけれど、2本から3本、4本と増えていくのに時間はかからなかった。

 中学に入ってトルエンに、手を出し、学校の屋上や先輩や友達の家で、吸って頭を飛ばしていた元々、ボンドの匂いとか好きだったので、トルエンも抵抗なくいけたが、手に入れるのは、割と厳しいものだった。トルエンが手に入らない時は、甘めのラッカーだったりで、それでも吸えるのがあって頭を飛ばす事しか考えていなかった。ある時、みんなで吸っていたら、警察に補導されて、先輩や友達は、鑑別や少年院に行き、

 私は年令が満たないので、児相送りになり、1年間、学校に行かなくても児相に通ってたら、出席扱いになったので、行ってたが、児相でも、かなりの問題児で、トルエンは相変わらず吸ってたし、スイッチが入ると、暴れていて、手がつけられなくなっていった。しばらくして、東京の方の施設に入る事になった。そこでは、全国から集まってきた問題児がいた、全員で20人位だった。規則で1、シンナーは、(薬物)禁止だったのに、未成年でもタバコやアルコールはOKだったので、そこで酒を飲むようになった。

 ウイスキーをロックで飲んでるうちにストレートになり、酒のフワフワした酔いにハマっていった。 禁止されてたシンナーも寮の悪友と新宿等で手に入れて、公園やスーパーの屋上で吸って、気分転換していたが 寮の先生にバレて、ボコボコにされ独房に入れられでいた。今から思えば、自然の結末なのだが、当時は、それさえも受け入れられず、独房から出された時に脱走し、電車をキセルして大阪に帰ったが、結局ダホされ連れ戻されていった。

 その後、大阪に帰ったが、家族とも転校した学校にもなじめず、家出をくり返し、友達の家で生活しながら、ブロンやシンナー、酒と頭おかしくさせていった。21才の時に、大阪市内で一人暮しを始めた。仕事にも就いた、清掃業で朝も早く早出、日勤、夜勤とこなし、 10日に一回の休みの前は、飲みに行って、朝になれば家に戻り寝たりとしていたが、お店の常連で整形の先生がいて、当時、肉体疲労に「ニンニク注射」が流行っていて、先生がきたらやってあげると云って、最初はお金払って打ってもらっていたが、ニンニク注射より効くよと打ってくれたのが覚醒剤との出会いだった。

 今でも覚えてるけど、打つ前も打たれた後も何の罪悪感もなかった、ただ、今までやってきたブロンやシンナーなどの快楽よりも 全く別の快感がある上に、ずっと寝ないでも仕事が、はかどって給料も良くなるしと、その時一石二鳥程度にしか思ってなかった。薬の調達は先生から、その事に詳しい関係者に変わり、最初の 3年位は、お金を払っていたが、仲良くなって、もらうようになっていた。

 その頃は、売人がいる間は覚醒剤で楽しみいない間は、酒を飲むというような感じでいた。最後の方は覚醒剤もあまり効かなくなってたが、だせいででやってた。32才の時にいつもの様に飲みに行って飲んでたのが、救急搬送された精神病院で「アルコール依存症」と診断された。当時の自分は依存症には無知で、風邪みたいなものだと認識してた。紹介された専門病院にも2回入院したが、何も学ばず退院しそれから5年間は、入院施設のない精神科をあちこち通院し、眠剤、安定剤、 麻酔剤を入手し、医者をだまして来た。

 これらのクスリを 50錠、100錠と飲むというより食べて酒を飲み、これで気分が乗らなかったら覚醒剤を使用していた。処方薬依存なるのにそんなに時間はかからなかった。 7年前に行った専門病院で、薬物乱用、薬物依存、そしてアルコール依存と診断され、この病院に一年半通院して4回入退院したが、ほぼ強制退院だった。入院すると酒は止まるのだが、薬の欲求がひどくなり、見舞いの人に持ってこさせたり、買いに行かせたり外出したり外泊したりした時に一気に身体に流し込んだりしていいて、全く依存症の自覚もなかった。

 退院した後は、また飲みにも行き入院する前と変わらない生活をしてきた。身体がしんどくなったり、友達がさわいで盛り上がっているのに、自分がさびしいという感情が出ると、医者に泣きついて入退院くりり返していた。
4年前に繋がった(今も通院している)専門病院でも今までと同じような感じで入院したが、外出どころか3ヶ月経つまで外泊も出来ずで、禁断症状が出て幻覚幻聴に支配されていた。それでも「薬物」への欲求はつきず今までと同じ様に、持ち込だったり、持ってこさせたりしていた。

 結局は幻聴に支配されて外泊して帰って来た時に病棟で、ナイフ振りまわして暴れて強制退院になった。自分が悪いのを認めたくなくて、退院した足で、飲みに行き、強退なったしお祝いしてやって。週1休みのペースで毎日夕方~朝まで飲み続け、途中盛り上りにかけたら薬も100錠~200錠と数え切れない位多量酒で流し込み、「最後の一杯」に手をつけてブラックアウト何回も起した。

 分ってるのに止められなかっただんだんおかしくなってきた頃に、お世話になってた閉さ病棟の看護師さんに「あまやかしたかな」と云われたのと、強退の後、週1回で通院してた主治医の何気ない態度で「自分もやったら出来る子やね、負けるか!」 4年前の4月に断薬からスタートさせたが、目の前の宝のような錠剤や粉薬を捨てるのに、すごく勇気いった。変な汗や手指はふるえるし、吐きそうだった。

 主治医や看護師達を見返すには、断酒より断薬の方が効果あると思って。 しかし、禁断症状、幻覚、幻聴、幻臭がひどく、酒は飲んでいた。どんなに飲んでも吐くこともなく、酔いもせず、イライラは常に爆発でたんらく的で、酒代は毎日捨てるような感じだった。ある時、主治医の一言「アルコール依存症」で、キレて来年1月1日から断酒したると云って、3年前-平成25年1月1日より断酒薬スタートさせた。元日、目が覚めた時に思った-何で目覚めたん、今日から 飲まれへんねん、酒も薬もないのに、生きたっておもんないで。時間過ぎるのもおそいし、
 
 1日って何もせんくて息だけしてたら超長い、友達は飲み誘いに来るしママからはメールくるし父親は目の前で飲むし耐え忍ぶのがものモノスゴイエネルギーを使っていた。初めて引きこもりも経験、強退後、週1回の診察の日だけ、タクシーに乗って外出して、悪夢のような3ヶ月を家で過ごした。 今、ふりり返ってもこの3ヶ月よく耐えたと思う。3ヶ月過ぎた辺りから、薬を使ってないのに、

 頭のモヤが少しスッキリしだして、インターネットで調べた神奈川の方の病院で入院して勉強会に行きたいと主治医に伝えたら、うちにもあるよと云われ、診察以外出禁だったのが、ARP 1ヶ月通った。その時、理解したことは、1、酒とシンナーは死ぬ2、節酒は出来ない、3、今まで自分が好んで使用した薬も頭を破壊する-と。(今もも定期的にARPは受講している)その後、断酒会を知り、初めて行った例会場で、ここなら自分も止めるれると強く思い、断酒の誓いや心の誓いに書いてある事に興味がわき、断酒会に入会した。

 入会して、3ヶ月、 6ヶ月と、本当にキツかった。なぜか例会場がある場所が、飲み屋の前を通るとこが多かったり、電車やバスに乗って行かないとだめだったりで、 その当時、一人で電車に乗るのは、すごく怖くてタクシーで行ったりしてたが、それはダメだということで、例会にいくというよりも、電車に乗る練習をしていた。

 その内、どの時間はどの車両が空いてるとか分かってきて、1つずつ自分の出来ないと思ってたことをていねいにクリアしていくことが出来て行った。6ヶ月位の時に、薬物欲求がひどくて、虫わいてかなりヤバイ時に、朋友の尊敬する先輩に支えて見守ってもらえ、乗りこえることが出来た. それでも心のどこかでは、仲間の体験談を聞きながら、自分はアル依存ではないのかもと思っていたが、1年経つ位に、ある例会場で仲間の体験談で、フッと自分もアル依存だと納得することが出来、またそこから体験談のとらえ方が変わった。

 自分の甘さ、問題発生しても立ち向かうことを本当のイミでやってこなかった責任、自分のまわりにいる全ての人、家族、友達、今まで関わってくれた医療関係者、断酒会で知りあえた先輩、仲間に、支えて、見守ってもらって応援してもらえ今の自分がいると思う。

 依存症言われてから、かなり時間が経ったたけど 断酒薬する決意や継続させることを選択したのは、自分自身、自分がしでかした過去の責任、今の自分が仲間の体験談を聴く事で償って行き、自分の精一杯の努力を惜しまず、今度はケツを割らず、笑顔で素直に生きていきたいと思う。気づかせてもらえる時間と待つということチャンスを生かしていくということを教えてくれた主治医、psw 、医療スタッフ、家族、友達、仲間に心より感謝します。
 ご拝読された方に感謝申し上げます。ありがとうございます
2056/10/03のBlog
[ 19:23 ] [ 川西断酒会例会月別ご案内 ]
写真ーーー>角田久美子さんデザイン(酒害者の子供さん

例会場1ヶ所川西市総合センター下記クリックして下さい

平成29年9月2日更新掲載させていただきました

☆平成29年6月7日から水曜日例会、開始時間6時50分~8時40分閉会

ご出席される場合、事前に、確認下さい
問い合わせ事務局 馬場省三 072-776-1581 080-4398-1570

(N)兵庫県断酒会酒害相談は、078-578-6312 4月21日から
月火水木金 10:00~16:00土祝日は、お休みさせていただきます。
TEL078-578-6312
PDFにて例会場地図A4プリント出来ます下記クリックしてください。
2044/01/01のBlog
[ 18:53 ] [ 松村文子(全断連初代会長夫人) ]
写真ーー>故松村文子(松村春繁先生奥さま)筆跡と長女父の似顔絵

第70回松村断酒学校に参加してきました。
学校終了後に全日本断酒連盟初代会長松村春繁先生と奥さま文子さまのお墓参りにも行って来ました。
毎年多くの方が毎年お墓参りに行かれ、お墓の横にあります名刺ポストに名刺を入れて来るのです。
先日、松村先生の長女久保田常子さまから、お礼のお手紙が届きました。
その中に松村文子さまの筆跡「断酒幸福」と長女久保田常子さま父の似顔絵を送って頂きました。
常子さま、ありがとうございました。
久保田常子さんは毎年お墓参りされる方にお礼のお手紙を11年続けられているそうです。
頂きました資料をPDFにて閲覧出来ますように紹介させていただきます。
(掲載につきましては長女久保田常子さまに承諾頂いております。)


2043/01/01のBlog
[ 16:01 ] [ アルコール関連問題ドイツヒント ]
東大阪断酒会一日研修会 
豊山宗洋 大阪商業大学教授 の講演
Zカード当日配布しています。
Zカード下記PDFクリックしてください原文PDFにて閲覧プリント
下記和訳しています、製作者掲載和訳了解いただいています。

提供:登記社団・依存症問題のためのドイツ中央センター(DHS)
 主催:連邦政府依存症専門官
 後援:疾病金庫バルマーGEK
 ドイツ年金保険連合会
 協力:州の健康管轄の省、依存症問題のための州のセンター、州の健康センター、依存症援助および依存症予防の地域のネットワーク
2042/01/01のBlog
写真本表紙
冊子『お酒を手にした未成年のあなたへ―断酒会会員と家族からの手紙』の
紹介ーーーーーー准教授 眞崎睦子(北海道大学)
上記全文公開されています。
北海道大学附属図書館のページリンクここクリック

****目次******
はじめに

1通め 夢でよかった
五島列島福江島からの手紙

2通め 「お酒のどれい」
中学生だった長男を支え続ける両親からの手紙

3通め 「もうお酒飲まなくていいんだ」
新しい人生を歩み始めた私への手紙

4通め 「もうお父さんはいらない」
家族の回復を見守るお母さんからの手紙(一)

5通め 「私はアルコール依存症にはならない」
家族の回復を見守るお母さんからの手紙(二)

6通め 今も一杯の酒を恐れる娘よ
琵琶湖の南のまちからの手紙

7通め 私のようにならないために
神話のまち、出雲からの手紙

8通め 酒に盗まれた人生のひととき
温泉のまち、大分・別府からの手紙

9通め 雪道に残る足跡
酒害を伝えるお父さんからの手紙

10通め 「パパが飲んでる時と同じ目」
酒害に向き合う東京の家族からの手紙(一)

11通め 「飲んでいるお父さんと一緒にいるのはいやだ」
酒害に向き合う東京の家族からの手紙(二)

12通め 「どこでもドア」を開けて
十五歳の頃の私への手紙

13通めの手紙(編者より)

感謝をこめて

お返事・ご感想をお待ちしています

ご覧いただきたいサイト一覧


尚、インターネットをご利用でない方には、紙媒体の冊子の販売が
引き続き行われておりますことをご案内いたしております(アマゾン等)。
以下はアマゾンの同書サイトです。

アマゾンここクリックしてください

2041/06/16のBlog
第49回 中国断酒ブロック(広島)大会
長尾澄雄院長先生(呉みどりヶ丘病院)の講演「内観について」その1
主管:広島県断酒連合会 
於:上野学園ホール
平成26年4月6日(日)
PDFにて閲覧プリントできます。

ご紹介に預かりました、長尾でございます。
本日は第49回中国断酒ブロック広島大会、沢山の方にお会い出来、少し喋れという事で上がっておりますが暫くの間お付き合いをお願いしたいと思います。

えーと、先程の話にもありましたように昨年末にはアルコール健康障害対策基本法とかいう長たどしい法律が国会の方を通りまして成立し。
まあ聞く処によりますと、これの肉付けを今からやっていかないかんと。
それの肉付けも上手くいかなきゃ案外、その大変な事になるかも解らんという事のようでございます。
皆さん方の検討をお願いしたいと思いますし・・・。
そこでアルコール依存と今ではそういう言い方をしておりますけれども。
昔はアルコール中毒という呼び方をしていたわけでございますが、現在でもこれが果たして、あのうこの病気の実態いうものが人にはっきり理解されているか?
考えてみました場合にあんまりこの病気の実態を知っている人が非常に少ないわけでございます。

まあ、私は医者になります前に、アルコール中毒というのを・・・まあ、授業をちょいちょいサボっておりましたんで、その間にあったのかもしれませんが、あんまり診て習った記憶が無いわけですね。
現在でもそんなもんでないかと思うんですよねえ。
だから医者が一番ねえ、この実態を良く知っておりませんな。
それから、まあ一般の人と。
それからその中間にアルコール依存症の方本人という事。
あんまりこの病気の事を知って無いと言えるかと思うわけです。
一昔前迄は先生が一所懸命になってくれても、性格やからね治りゃせんと。
いらん事しんさんなと忠告してくれる患者さんもおりましたけれども。
最近あんまり聞かなくなりましたがねえ。
まだ一般の認識はそういうもんでないかと思うんですね。
しかし、私も精神科の医者としてはちょっと片輪(かたわ)でございます。
アルコールに偏ったあれで五十何年間か来ておるわけでございますが。だからといって他の精神病を知らないわけでもないと思うんですけれども。えー、それは、まあアルコール依存というものに対する認識は五十数年前と私自身はかなり現在変わって来ておるわけですねえ。

どう変わって来ているかと言えば、これはもう治らない病気じゃないんだと。
治らない、治せないのは医者の野暮なんだというねえ。
これ、あのうアルコール中毒というのは人工的にねえモルモットの実験なんかでも作り出す事が出来ますけどね。
慢性中毒や。

しかし、アルコール依存というのはねえ、これはあのうこんな人工的にねえ、一所懸命、酒飲ましたら誰しもなるもんじゃないわけで。
結局これは心の問題だと。それが決して病的な心を最初から持っていたわけでは無いんだというような事が言えると思うんですねえ。
もう以前はその病的な性格というようなものが問題になっていた。
どういう性格か言えば、人間としての状性言いますかね。

こういう事やれば迷惑だとか、或いは倫理観、道徳心の欠けた人がアルコール中毒という風になるんだという考え方に一般的になっていたんですね。
それでアルコール中毒というあれ、これは果たしてどういうあれか?と、病気か?性格異常か?とやるとこれは病気じゃない。性格異常だと。

だから一所懸命手を尽くしても治らんと。
こういう風な言い方する精神科の医者が殆どだったと。
一昔前まではね。
ある種の・・・それでその性格的な問題いうのは精神病質、生まれつきの性格のねえ、陰陽性の為に問題がある為に上手く社会に適用出来なくてねえ。
社会を非常に悩ますとか。自分自身が悩むとか。
こういうのは精神病です。
生れ付きのものだというようなねえ。

これもドイツ流の考え方で、そういうのが蔓延(はびこ)ってた。アルコール依存、アルコール中毒の患者いうのは殆ど精神病質者だとか、こういうな言い方をしてたわけですねえ。
しかし、これがだから治らんのだというに決め付けていたわけですけれども。
治る人が出て来たわけですねえ。
ご存知のようにA.Aの創始者のあの二人さん。
そうすっと医者が泡食っとる。治らん言よったのに治るんが出てきたらねえ。
それは根本的にこう直さないかんと。こういう事になって泡食って来たというのが。
それでもアルコール依存っていうのがねえ。


・・・アルコール依存というより前に、薬物依存いうのもあったわけですわねえ。
薬物いうのは麻薬であるとか、覚醒剤であるとか、或いはシンナー、まあ今日日の薬物ですね

。睡眠薬とか安定剤とか、こういう風な鎮痛剤と、ノーシンとかセデスとかね。
ああいう類(たぐい)の・・・こういうものを吸引する。
こういうのがあって、こういうのを薬物依存と。
そういうのを総称してね言ってたわけですけれども。
この中にアルコールも後で加えて貰ったと。それで依存というものの中に加えられたとこういう事ですわ。
依存いうのはその薬の効果と、それからもう一つはその薬の効果を味わいたいという人間がおりましてね、その両方の気持ちをマッチとしましてねえ。
必要以上にそいつを用いるとか。
或いは用いちゃいかんの解っとりながらに使わざるを得ないと。
そういう風なものを薬物依存というとる。そのうちにその薬の効能と飲んだら気持ち良くなるとかね、あのう目の前がバラ色になるとか、こういう風な気持ちになれるとかいうような。そういう風になるからその苦しみを忘れる為にそいつを用いざるを得ないという、こういう風なのを急吸?中毒というんですねえ。

その薬を使ったが為にそういう効果が出てくると。
中には薬がもうねえ用いなくなっても具合が悪いと。こういうのが・・・まあ中に居るんね。特に麻薬中毒とか、マリファナ、ヘロイン、モルヒネ、これアフガニスタンとかね、その辺が原産地でございますが。そういう風な麻酔中毒になって来ると、モルヒネいうのは鎮痛剤ですわねえ。今でも癌の末期の患者さんなんかにどの薬を使っても効果が無いっていう場合にはモルヒネを使ってねえ、痛みを和らげてますけど。
これの麻薬のモルヒネ中毒っていうのは痛いから使うっていう人はいないんですねえ。所謂、禁断症状と。そいつが薬を使わないと非常に調子が悪いと。

こう辛い状態になって来るのを紛らわすという事で使わずにおれんという事でね。これが今日日の薬物中毒の中に全部あるんですよねえ、睡眠薬とか安定剤とか。
これ皆禁断症状です。身体が中毒起こしている。
まあセデス中毒だとかね。セデスを用いないと気分がイライラ、イライラして落ち着きが無いと。
そいつを飲んだら頭が痛いのが治るんじゃなしに、気分がすっきりしてシャンシャン仕事が出来るとかこういう状態ですよね。

これが切れて来ると物凄く体がだるくてねえ、これと同じような症状がアルコールに診られるんでねえ。
そういう狭い意味での薬物に似た状態を起こしてくるから、こいつを一色単にしようというてねえ。
今日日の薬物依存の中にアルコール依存という格好になってくる。
ご存知のように、このアルコールの前には禁断症状いうのが出てきますわねえ。
ああ、使わないようにする。夜が眠れない。
気持ちがすっきりしない。

それから世の中が全部ボォーとしてね。
こう気持ちの何かやろうかいう事がはっきり出来ないと。
まあ、キッチンドリンカーの奥さん方は朝起きても何にも手に付かんと。
これで一杯飲んだら、非常にテキパキと仕事が出来ると。
掃除も出来るし、買い物にも行けるしねえ。洗濯も出来るし、と。
それで酒が切れて来ると又だるくなって、どうにもならなくなって又手を出すと。

夕方旦那さんが帰って来る時には、あのう鼻から提灯出して大の字になって寝ていると。やはりこういうのがやっぱりアルコールによる禁断症状。身体的な症状ですね。
こういうのがまあアルコールには起こって来ると。
特に女性の場合は男性よりも早くそういう症状が起こると。
こういうのが言われている。

でえ、アルコール・・・今日日の薬物の場合にはこいつの酷い症状いうのがねえ、癲癇を起こす。
引付を起こすとか。それから、聞こえもしない声が聞こえて来るとか。或いは最終的にはその姿とか。
ああ、自分を雁字搦(がんじがら)めに縛られてね、火葬場の籠の中に入れられたと。まあ、まさに今火を付けられそうになる、そういう状況異常に置かれている。
そういう症状が出て来るっていうのが一番最終的なねえ、あのう禁断症状なんですねえ。
誰でも起こって来るっていうのが最近では解って来た。
この禁断症状っていうのは昔はアルコール精神病って言っておりましたけれども、現在では禁断症状である。
皆起って来るんだ、そういう症状はねえ。
最近唯一起らんのは同じ類(たぐい)の薬という事でアルコールに似通った薬、安定剤。
特にバランスっていう奴が良く売ってますがねえ。
それから、アルコール依存症いうものからバランス中毒に一時なっちゃうと。
・・・それで禁断症状が出てくるのを予防するいう事も出来ると思いますけれども。

まあ、最近でもその内科辺りへ入院しとりますとねえ、大抵あのう、癲癇発作を起こして高血圧やなかろうか?
脳腫瘍じゃなかろうか?何じゃかんじゃいうて色々検査しとるうちに、まあせん妄状態([意]意識混濁に加えて幻覚や錯覚が見られるような 状態)で暴れ出す。
ああ、病院の窓から飛び出そうとするとかね。
他の患者さんのベッドへ入り込むとかね。色んな事で難儀するようなケースが出てくる。
これはアルコールだったんだと理解出来る場合が出て来るんですけれども。そういうのが今でも一般病院に入院したりしますとそういう症状を起こしてくる。これはやっぱり禁断症状ですねえ。
一旦酒を切って再飲酒したりしますとそういう症状が出てくる。
こういう風に今はなって来とるわけです。
まあこういう風にありもしない全く非現実的な状態が起こって来ると。
酒飲んだ時の方が、又薬飲んだ時の方が真面にねえ、精神的に安定している。
こういう状態、こういうのが起こってくる。これがアルコールの特徴なんですねえ。
そういうので所謂、禁断症状いうのがこの場合には麻薬のようにねえ活発に起こって来ないようなんですけれども。
アルコールの場合には非常にバラエティに富んでおる。
こういう事があるわけです。
しかし、それが誰しも出てくると。そういう事になっておると。
・・・何でそんなにねえなるまで飲むんか?という。
まあ所謂精神依存、精神的にやり切れんから酒を用いらなければならん。
こういうんがあるんですねえ。
そうなって飲んでやると言えば結局普通の人間でもねえ、面白くない時やけ酒を飲む。こういう時は殆どの人が体験を持っております。

酒にそういう効能があるから酒飲むわけでねえ。
そういう効果が無ければノンアルコールいうんを飲むんと一緒やからねえ。
酔うのが目的で飲む人がノンアルコール飲んでおる。これはしょうがないと。
ただおかずをねえ、ちょっと食べるのにいきなりご飯を食べたんじゃあ、生き辛いから。そのお、おかずを食べるのに酒を飲んでたというのが所謂晩酌ですな。

そういう飲み方の人はノンアルコールの方がある程度効果があるか解らん。
ただの氷水飲むよりかはちいとはそれらしい気になれるとあるかと思うんですけれども。酔うのが目的で飲むという人が方法が無いねえ。
返って味も何もない方が呼び水になりましてねえ。
又やってしまう事になる。
そういうのがあるんですね。
それで酔うという効果が無ければこれムキになるわけ。
何で酔いたいか?いえば嬉しいから酔いたいというのは少ないですなあ。

大抵面白くないから酔いたい。忘れたい時、こういうのが多いんで。
こういうになる前が多いんですねえ。
これで動物実験でアルコール中毒を作り出す事は出来る。
モルモットとかマウスとかねえ。
・・・中毒症状を引き起こしてきます。これは離脱症状とか身体症状とかそういうものを引き起こしてくるけれども。
或いは自分から勧んで酒を飲むという事は絶対に無いわね。
アルコール依存いうんはやっぱり本人の心と、依存いうのにはこいつを用いたいという片一方の要求とこういうものが必要なんですわねえ。
中毒いうのは中毒症状を起こす薬だけを飲む。
それに一方的に責任を負わせておるようですけれども。
依存いうのはそういう薬のそういう症状とその薬の効果を味わいたいという人間の気持ちというものが合致致しまして両方に責任があるとこう言われていますよねえ。
普通人間いうのは自分に損になると。

これはどっちがプラスにならんと思うと改めるのが普通ですわね。
それから「酒を飲んでメタボリック・シンドロームだったかな、或いは腎臓、肝臓が悪いですよとか心臓に問題がありますよ。」
とか言われますと「酒を控えなさいと。」
言われると酒を控える人の方がまあ殆どだと思うんですけれども。でも、酒止められない。これがちょっと問題だと言うんですね。

こういう風に自分にとってプラスにならないと解っているのにそいつを適当な量に控えるとか止めるとかが出来ないとかが依存の一つのあれになるわけですね。
これ何で出来ないかと言えば、どうも私はその良心の呵責に責められているんだろうと。
本質的な問題では人間的な苦しさモロに味わっとるからね。
そいつを忘れたいから飲まないかんというのが依存だと。
普通の呑み助いうのはちょっと飲んだ方が気持ちが楽になるからだろうと。

飲む事によって自分が損するいうんだったら止めると。こういうのが普通ですね。
そこが違うと。何でそんなに辛いかと言えばね、まああのう自分の生き様いうものによって立場いうのが非常に辛いになっていると。
こういうなのが目の前にあるという事がいえるかと。
それ以外なのが酒だと。
こういうなのが言えると思うんですね。それでえ、あのう内科医というのは己主導であると。

己いうのは自分で良く解ってるように皆思ってるんですけれども。
自惚れているんですけれど、実際は良く解っていないと。
自分自身。こういう方が多いわけです。
でえ、この自分、「ワシが、ワシが・・・。」いう姿勢ね。こういうものが我々を悩ます元なんだというね。
こういう方は何か御釈迦さんが言っているらしいですね。
「人の一生又苦であれ。」これは楽しいから苦で無いんでね。
思い通りにいかんから苦しい。
苦しいのは何であるか?自己中心的な姿勢と。
「ワシが、ワシが。」という姿勢。自分の利益を求めようと。

そいつが求められない。これが早く言えば「人が死んでも自分だけ死にたくない。」
って言ったっていずれ死なないといけないね。
「ああいう憎たらしい人間と会いたくない。」
言うたって会わんといかんとかね。
それから「別れたくない親子である。」
とか「妻子」とかね。これも別れないかん。
これらも自分の思い通りにいかんのが人生なんですがね。

そいついかんから飲むいうんじゃこれどうしようもないですわね。無い物ねだりばっかりしとったら悩みばっかり起こってくる。
ね。これが自分の願い事を叶えて貰いたいいう邪(よこし)まな気持ちと。
こういうのもが根にあるからだという。これ無くすのにどうしたらええか?
そういう気持ちは無い。出来ないものは出来ないと割り切れる気持ちになればいいわけですねえ。そういう風に苦しみの元いうのは自分の過信であると。

こういう苦しみを無くすにはどうしたらええか?これは「出来ないものは出来ない。」
言うんですわねえ。
これは「自分の思い通りに人が動いてくれん。」と。
言うたってそれは相手の立場いうのもを考えてみなければいけないしねえ。
それから、それをまあ客観的に見て合い入れられるものであるか?どうであるか?よしんば自分が正しい事を言っても、といつを理解してくれない相手がいたとしましても、これはまあ相手の人がこういうのを理解出来ないのを哀れんでとかね。
気の毒に思うとか。
そういう人に対して、むしろ自分の方に問題があったんだという考え方をすれば腹が立たんだろうねえ。

言う事聞いてもらえんでも。そういう風に姿勢を返る事が大事なんだという、こういう事をまあ言っておるんですねえ。
続きその2へ
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2041/05/16のBlog
第49回 中国断酒ブロック(広島)大会
長尾澄雄院長先生(呉みどりヶ丘病院)の講演「内観について」その2
主管:広島県断酒連合会 
於:上野学園ホール
平成26年4月6日(日)
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これがまあ世の中、今現在非常にこうあれに
なって来ております。
人間社会のねえ、ややこしいなってきている。
特に国同士のあれでもねえ、国際連盟か連合か、あれもねえ国連の言う事であれ(しよったら、国連の中に「駄目じゃ。」
言よる奴おるんだから。

どうにもならないそういうような状況になっておりますわねえ。これ日本はその中でもアメリカに次いで沢山の委託金を払っておくと。
それなのにええ目にあわされとると。こういう事考えたら腹立つけどねえ。
「まあ、腹立ててもしょうがないから。相手も解らんのじゃから。」そういう気持ちでねえ。相手も許してやるいう気持ちになれば腹も立たんという。
まあそういう国同士なんですけれども、国家の問題もそういう事なんですねえ。

だから、相手の立場に立って自分のやっている事を考えてみると。
そうするとやっぱり無理強いをしとったと、自分の方に。
いうのがあればどうすればいいか?と。
自分のそういうあれを引っ込めてねえ、無い物ねだりしなくなりゃ、怒ったりする事が無くなってくるわけですな。
そういう風に物事を考える事を変える事が大事なんだと。こういう事を言っておる。
別に難しい事を言っておるわけでは無いわけですなあ。
そうすれば悩みは無くなってくると。
こういうな言葉を御釈迦さんは言ったらしいですわね。
それだけ言ったんでは芸が無いから、次々後から出て来た連中が理由付けをやっておると。
まあ、凄く当たり前の事を言っておるという事ですねえ。

だから、物事は何事もねえ、これで絶対的ないう事は無いんだと。
この世の中には一つあれしたら、そいつが優れていつまで経ってもそれがそのままであるという事は無い。
ね。これが矛盾いう事らしいですね。
常にあるとは限らないと。
常に移り変わっていくんだと。
そういう風な。
それをまあ常にあると思い違いをしとるから、色々苦しい事が起こって来るんだという風に思うんですけれども。まああのう対、北の人間との関係におきましてもね、根本的な事は理解できておる。

自分が自分の役割をしっかりと果してないと。
いう事よりかはその反発を食らいますわな。
そりゃ反発食って皆に相手にされなくなったら寂しくなる。
孤立して孤独になる。
これは辛いと。
それからアルコール依存の人というのはねえ、やっぱりそういう風に悩みいうのを酒でごまかしよったと。
最初はそれで良かったかも解らんけども、そいつをやりよると、とどのつまり全く酒飲んだ結果がどうひいき目に見てもね、自分の役割をしっかりと果してないと責任を果たしてないという結果になる。
責任預けられた人間はね、慕うてくれる人間がいませんわな。

特に我が子であっても、所謂酒ばっかり飲んで働きもせずにお母さんが働いている。「酒飲んで大きな事ばっかり言よる。もう嫌いじゃ。」
思う方が当たり前ですわな。
こういう風に子供がそういう風に思わざるを得ないと。したい事が出来ないような状況にやっといて。
子供が慕うてくれんから、私は寂しいと。うちの女房はじっとおると。家ん中じゃ孤立さしとると。
職場じゃあしょっちゅう酒で穴開けるから皆から避けられて来たんですねえ。
仕事場には皆に差別されてねえ。
家の中では孤立して。「ワシは可哀想な。」いうようになりますわなあ。ある意味見れば。

その可哀想な自分を癒すために酒を飲んでいく。本人にとっては別になっていくんでしょうけど。
しかし、第三者の目から見たら「そうなるんはあんたがやっとる事じゃない。
そういう風になるように自分が仕向けとるんじゃない。
これで寂しがっとる言うたってどうしようも無い。」ね。

そんな事よりゃあ、親を尊敬しなけりゃいけない子供の立場が親を尊敬できないと。「死んでしまえ。」と言わなければならない子供の気持ちを感じて、これは申し訳ないいう気持ちになれるだろう。
これは一般に言えますよね。
そういう風に思い方を変えればねえ、結局腹が立たんのですよね。「済まんかった。」いう気持ちになりますよね。

そういう己を知る方法と。
正しい己のあるべき姿を知る方法いうのがねえ。
そうすると苦しい事が無くなってくるというような当たり前の事を言っているわけですねえ。
これが最近鬱病が増えて来た。
これで私等の所へ入院してくる患者さん、大抵何かねえクリニックいう所に行っとりますわ。
それで鬱病、それからようけもろうとる。
アルコールの事を言わんのじゃろうね。
ところがその酒飲んで仕事に行けない朝、「頭がボォーとする。よう右も左の良く解らん。今日どうしたらいいんじゃろうか?」いう様な事を・・・「夜もあんまり眠れんし、重いし。」すると「鬱病。」と言われる。

鬱病じゃない、二日酔いじゃ。そいでその薬貰うて、その薬を酒で一緒に飲みよる。
余計にだるうなって来るんね。
鬱病いうのとね、今ではその鬱病いうのはものの考え方が違うとるという事になって来とるようですがね、最近では。

しかし、それより前にもうアル中の物質が少なくなっているから、そういう薬の出し方して。
・・・特に前頭葉がしっかりと働いて、そこからその神経細胞のねえ、あれさす復活さすような物質を出すこういう事になってございますけれども。
それであのう、それだけでは効果が無いと。今の鬱病というのには精神医療が必要だ。
ものの考え方が改めさす事が大事だという事をねえまことしやかに今頃になって言い出しておるような動きがあるようでございますけれども。
これは当たり前。精神治療が原因になって起って来る精神的な治療。
これを治すには精神的な心の持ち方を変えて行くしかないんですねえ。
だから、鬱病であるとか、色んなノイローゼであるとか、或いは色々こうねえ自分の思いが叶わんから、私の事をあれしてくれんからいうんで八つ当たりしておる連中がいますわな。

ああいう人間の心理とか、それからまあ酒に逃げる事によってその憂さ晴らしをしようとする人達の思いとかいう様なものは、どちらかと言えばそういう心の持ち方に問題があるという事ですよねえ。
酒の結果自分で今陥っている状況いうのを考えてみりゃあ嬉しい人間は無いですわね。
それは辛いと。
情けない。
情けない自分だからまあ人を見ると妬(ねた)みがある。
・・・これからのご存知のように花見シーズンねえ。
見ると頭に来ると。
ワシは我慢しとるのに。これが妬みや怒りやとかね、愚痴とかいうのが三拍子揃いますと自分が苦しいと。
だから妬みやとかね、怒りやとか、愚痴とかが起こって来ないようにする心を持つことが大事なん、こういう事を言われてますねえ。
この妬みとかいうのは自分を中心にしとりますわねえ。
自分がやれんから腹が立ってくる。これ自分中心なん。

しかし、自分のやった事によって相手が受けた状況とか相手の心を考えてみた場合にこれは辛いねえ。頃を知る方法というのを自分のした事として貰った事と迷惑を掛けた事。
これに絞って考えてみたら迷惑を掛けた事が非常に多いと。
これも本当の内科医の・・・まあ殆どはねえ、浄土真宗の坊さんの修行の道は・・・方法はそうでございます。
まあ一人に使われて皆が寄って集(たか)ってねえ、結局、検事が尋問するように「お前が悪かった。
もっとしっかりやれ。
」という事であれするのが行事だそうでございますけれども。

まあ、一般向けにあれして壁に向かってねえ、十時間ぐらいか?一日。
これ一週間とにかく人との接触とかいうのを断つんね。そうしてズゥ-と自分と関係を持った人との関係を調べてみる。
こういう事です。
そうすると最初は「ああしてくれなんだ。こうしてくれなんだ。」
という様な事を思っているけれども、翌々時間がたっぷりあります。
翌々考えてみたら、「ああいう時にこうしてくれた。」とか。
自分が熱出した時に親が、いつも怖いと思っている親父が自分を負ぶってねえ一所懸命に走ってくれ医者に連れて行ったとか、
いう様な事が思い出されてくるという。
そうするとそんな親父を今まではねえ、「あれしとった。」とか「ワシを解ってくれんくそ親父が。」とか思っとったけれども。

そういう罰当たりな自分いうものを解ってくる。「済まんかった。」という感動、感銘というものが湧いて来てね。
それでしっかりと自分を反省して、言ってみれば今回のテーマ「反省、感謝、報恩」ですか?反省する事によって色んな人から受け取った恩に感謝という気持ちも湧いてくると。
こういう報恩の気持ちがねえ、人間豊かに暮らせる唯一の方法であると。
これは昔からね、我々のご先祖様が気付いて言っている事で。
現在の我々にも充分当てはまるんですねえ。
こういうので迷惑を掛けたのをしっかりと振り返ってみよういう事で、これ一般の人間には誰に迷惑掛けたのか?いうのがあるのか解らんが。アルコール依存の人いうのは他の事考えんでもええ。酒飲んでどうだったか?と。迷惑掛けて、職場にも迷惑掛けるし、女房子供にも旦那さんもの迷惑掛けとるし。親にも迷惑掛けるし。

特に子供が一番の被害者やと考えるとねえ、迷惑以外の何物でもないわねえ。
昔、あのうアルコール中毒の人が何だかの拍子に酒止めたと。そうすると2、3か月すると・・・ケース多いんやねえ。
自殺してしまう。
何でかと言えばそういう自殺してもしょうがないような、自分なんか死んでしもうたらええんだと人も思うとるし、自分も死んでしもうたらええと思うとるそういう気持ちでおるのをグッと抑えるのには酒飲んで・・・一番手っとり早い方法。
そいつがねえ、もろに真面の頭に自分の頭に降りかかって来ると生きる希望を失ってしまう。
この体験を・・・徹底的にね、何で飲んで倒れるか?自分を自殺する為に飲んで倒れるんですよね。


それから頭がマヒして意識がハッキリせんようになりゃ、死んだんと同じ状態になる。・・・まあ死なんでもいい。それが酒飲むいう様な事になるんでねえ。だから、あのう酒止めていくんにはもろにそれが引っ掛かって来てねえ。

自分のこれまでの罪の深さ。
こんな事ではねえワシの人生は取り返しがつかんという気になってあれしてしまうんだと思うんですよね。
しかしこれはねえ、胆略的なんですよね。
自分が辛いから自分の一生をあれして、その後残された人間の苦労いうのは考えとらんわけ。
・・・後に残された者がどういう風な目に会うかという。
自殺者認知の会とかいうのもある。これはアルコール依存症者の子供の会とかと同じようなもんやね。

そういう風な悪いものを残してやる。
そういう事も起ってくる。これを考えりゃどうすればいいか?もうねえ、全うに生きて行くしかない。
許して貰おうという事は思わんと。
せめて最後は立派に酒止めてね。
頑張ったいう姿勢を残してやる。そういう生き方をせないかんとそういう事に気付くのが大事なんですね。だから、断酒会にしっかり繋がって酒止めていって自殺したいうんはあんまり聞いた事は無いですわ。
私も何人かの人を診とるが、誰もいないでしょう。そういう人はね。いうのは心の持ち方が変わっている
。飲まないでも死なないでも済むような心境になっている。こういう事ですかね。
だから、これはこう人としてね、上手な生き方に目覚めてきたという事が言えるかと思うんですね。

やっぱり、あのう自分の責任で生きていかないといけないという意味をしっかりと自分で気付いていると。
これは迷惑を掛けたそれに対する反省いう目から済まなかったと。それに対して報わないかん。
報恩という気持ちが芽生えてきた。
それから、過去の自分の体験からもたらしとると。だからこういう風にして、今後こうしなければならん、とかね。これからこうしていけば、いう様なね正しい生き様いうものを自分で導き出す事が出来るんだという。
こういう事で総ての人間が反省、感謝してねえ、報恩の気持ちに目覚めるというのが望ましいという事でありますこれを皆さんは実践しているわけでございますよね。

これが酒止めるという同じ方法で皆と同じ方法でやっていく事が出来ると。
それが幸せ以外何物でもない。
だから内科医いうのはしち面倒臭い方法とらなくても、断酒会の会員さんは反省する材料は皆充分持ち合わせているわけで。
まず持って酒を飲んじゃいかんいう所にいる。
・・・これ何でかいやあ、酒飲んで迷惑を掛けて心配かけちゃいかんだろうと。
こういうな気持ち、許して貰える貰えないは別としてねえ、自分でこうしなきゃ気が済まんと。

これ報恩の気持ちに芽生えていくという事ですわねえ。
それに迷惑掛けられた人間がねえ、もう迷惑掛けてくれんから寂しい言うんじゃないんです。
喜んでもらえるねえ。喜んで貰えるならもうちぃっと長生きしてあれしてくれよ。「早よう死ね。」
言よったんがねえ。皆からあれして貰えるようになれば・・・意識になりますわな。
上手な生き方という事になるんですね。

そういうのを実践しているのが皆さんでございまして。
結局はこれをね、一番内部の元いうのは自分の利益だけを求めるという姿勢。
それを無くして、人様の為に尽くすというような気持ちなれれば楽なもんです。
最後はそれを勧めてねえ、これを生甲斐にやる生き方が出来れば一人自分だけ無理せずに今までと同じ様に一所懸命生きていくと。これをやっているのがまさに断酒会ですわなあ。
・・・アルコール飲まんでも鬱病になる患者は沢山おるやろうし。
犯罪者も居るだろうしねえ。そういうものにこう共通のものを満たすとなると・・・そういう勤めに一所懸命になると。そういう事よりも頭の方の・・・所謂マヒというものの進行を抑えておる。

老人性の痴呆というようなもの起って来るのも少なくなると。健康によってね。
なんか下司先生は九十何歳ですか?亡くなったそうでございますけれども。亡くなる前まで仕事をされていたと聞いておりますけれども。
ああいう生き方こそが人間としての究極的なね、要するに望んでる姿じゃないかと思うんですね。それをまさに皆さん実践されているわけで大いにその価値というものを自覚して頂きまして頑張って頂きたいと思います。
終わります。(拍手)
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2040/08/15のBlog
東大阪断酒会一日研修会 
豊山宗洋 大阪商業大学教授 の講演
「アルコール関連問題に関する東大阪アンケートから今後のあり方を考える
 -ドイツからヒント-」その1
パワーポイント画像が、下記PDFクリックしていただき閲覧プリントできます。

・こんにちは。大阪商業大学の豊山と言います。今日はお時間を40分位頂けるという事で話をしていきたいと思いますが、今日ここに来てこれだけの人数が沢山いて、それから深い話沢山聞かせて頂いたんですけれども、そういった状況を見ていると本当に断酒会の会員、東大阪もそうですけれども、会員そのものが減っているのか?と気になります。ですけど考えてみたら、会員が減っているという事はここに来れない人達がたくさんいるということですから、ここの参加者の多さとか、ここで聞いた話の深さとか、そういったものだけを見ていてはいけないだろうと思い直し、お話させていただきます。色々厳しい事も言うかもしれませんが、アンケートに基づく話ですので、私に悪意があるという訳でないということも前もってお断りしておきます。
それでは今日の話をやっていきたいんですが、まず私が関わり始めたのが東大阪市アルコール関連問題会議、“ひぁかもか”って略称で呼ばれるんですけれども、断酒会、医療機関等の集まりです。原則毎月一回開催しております。ひがし布施クリニックの辻本先生を中心にやっており、昭和60年から続いています。そこにおいてアルコール関連問題について話し合うなかで、次のような意見、疑問が生じて来た訳です。で、どういった意見、疑問かといいますと、「東大阪市に“いちご”とかいったような施設はいるのか?」、もう一つは「昼間に仲間の集まれる場所が欲しい」、3つ目「現在の断酒会、医療機関受診者の平均年齢はいくつ?」、「東大阪の会員は今の生活に満足しているのか?」、「会員数の減少―私もここに関心が非常にあるんですが―、この原因は何?」、そして「数値化、見える形にする必要があるんではないか?」というこんな意見や疑問が出て来た訳です。それで、今このパワーポイントファイルで四角で囲った部分、これに関しては今回のアンケートである程度の結果が見られたと思います。つまり「平均年齢いくつ?」「会員数の減少の原因は何か?」「数値化、見える形にする必要がある」という様な事に関しては―完璧な答えが出た訳では無いですけれども―、一部一定の情報を皆さんにお渡しする事が出来ると思います。それで、どういったアンケートを実施したかというお話なんですけれども、期間は去年の7月から8月です。対象は、東大阪の東大阪断酒会、例会参加者76名で、これは東大阪断酒会会員の67%をカバーしています。実際には少しややこしい話があるんですけれども、それはちょっと飛ばします。次の対象は、ひがし布施クリニックの受診者116名です。これは比較のためにとりました。例えば東大阪断酒会の例会に来ている方に「何で断酒会来ないんですか?」って聞いても、来ている人ですから、聞いても意味が無い訳ですね。ただ一つ言っておきたいんですが、こういった冊子の形でアンケート纏まっており、東大阪市のサイトで、PDFで見る事が出来るんですが、ひがし布施クリニックの受診者については、3日間でとったアンケートなので、就業者の方は仕事の都合であまり回答していません。ですからクリニック回答者に「収入は何ですか?」って聞いた時、「就業収入」っていうのが低く出ています。つまり「生活保護」の比率が高く出ています。そのことはご了承下さい。
ここで一つ言っておきたいんですが、回答者の方々、東大阪の方々なんですけれども、本当に協力頂いて有難うございました。本当に感謝いたします。東大阪市アルコール関連問題会議の中で、参加している私達が思った事は「出来ることに関してはなるべく対応していこうやないか。」ということでした。アンケートというのは往々にして取りっ放しで知らんっていうのが多いんですけれども、会議の中では「なるべく対応していこうやないか。」という事で、今話し合っている所です。それが会員の参加意欲とか退会防止にも繋がるだろうと思っています。勿論、充分対応が出来るかどうか解りませんけれども、それでも、それなりに考えていきたいと思っています。
さてアンケート結果の抜粋なんですが、平均年齢については、会員の回答者もクリニックの回答者もほぼ同じです。これは同居状況についてなんですけれども、断酒会の回答者、それからクリニックの回答者両方共「自分ひとり」っていうんが一番多いんですね。これは東大阪の事例なので、全国的な傾向がどうかは解りませんが、全断連では家族重視の姿勢を前面に出しています。例えば「断酒会規範」の6番には「例会は家族の出席を重視します」という事を書いてある訳ですけれども、それはそれで大事な事なんですが、しかし今これを見てみると、一人、単身者が増えてます。そう言った状況に対しても、色々と考えないといけないんではないかとアンケートの結果から解るわけです。全断連も「アクションプラン」を何年か前に出していますが、そこでも実際に単身者が辞めていっているっていう指摘が見られます。女性も辞めていっているんですが。それらへの対応をどう考えるか?っていうんがこれから考えて行かないといけないことと思っています。ドイツの話をしますが、ドイツではクロイツブント(1896年発足。Kreuzbund)とかアルコール依存症者の色んな自助グループがあるんですが(A.A以外に5系統ある)、そこでは、単身者が独自に対応しないといけないという事で、独自の課題群として区分分けされています。女性とか高齢者とか若者と並んで。単身者を独自にターゲットとして、それにどう対応するかを一所懸命考えています。ですから、ドイツの事情を見るという事はそういった所でもプラスがあるのかと思います。もっとも今回はそこに焦点を当てる事は出来ませんけれども。
次に行きます。アンケート結果に関しては収入に関して断酒会回答者は生活保護が一番多い。で次に老齢年金、就労収入がくる。これらは28.6%で同率です。クリニックの回答者は生活保護が半分以上。ただ先程言いましたように、クリニック回答者は就業収入が小っちゃく出て、生活保護が大きく出て来ています。3日間でアンケートをとったという事を考慮して考えて下さい。次に、未就労の理由を聞いたわけですが、健康不良とか高齢それから健康不良というのが結構あります。よく未就労と聞くと、この人等をどういうに働かせるかとか、技術が身に付いていないから身に付けさせないといけないんじゃないかと考えがちなんですけども、これらの人達は働く必要が無いとか、或いは働く事が出来ない。そういった人達が結構いらっしゃいます。ですから未就労だからと言って就労技術を身に付けさせる対応っていうのも大切で必要なんですけれども、居場所作りという様なものもここでは必要であることがわかります。次に、アンケート結果の抜粋で、断酒会の評価についてなんですが、回答者の61.8%がプラス評価をしています。ここではマイナス評価に焦点を合わせますから誤解のないように言っときますけど、6割以上の人達はプラスに評価している。これはこれで大事で伸ばしていかないといけない部分です。それはそれでいいんですが、マイナス評価の部分をもっとよく改善していったらさらにいい断酒会になりますよと、そういった意図でこの話をします。くれぐれも豊山は断酒会は良くないと言っておったとそういった誤解はしないでください。良い所が半分以上あるんだけど、悪い所もありますよ、悪い所を変えていきましょうや、っていう意味で出しております。もう一回言いますよ。断酒会が全体として悪いと言っておりませんので、意義のある団体だと思っております。それでマイナス評価の改善ですけれども、見てみると、自由記述のなかには9のマイナス評価がありました。自由記述のプラス評価は27で、こっちの方が多いんですが、マイナス評価に注目すると例えば「言い放し聞き放しってみんな嘘」「マンネリ化している」「役についたら休みにくい」というのがあります。皆さん、どうでしょうか?「言い放し聞き放しってみんな嘘」、これへの対応は考えないといけないだろうと私は思います。例会のときに紙に書いてあって、毎回注意を喚起しても、やっぱり人は慣れてきますからね。マンネリ化というのは、そうしたことが蔑(ないがし)ろにされることにもつながると思います。だから定期的なキャンペーンのようなものがいいのではないかと、私は東大阪市アルコール関連問題会議でも言っています。こういった話もこういったかしこまった場所で聞いたらなるほどって思うんですけど、それを毎回の例会でどのように活かしていくか、そこを考えることが大事だと思っています。それから「役についたら休みにくい」という話なんですが、行事が多い。この研修会もその一つとなるんでしょうけれども。これは評価が難しくってですねえ、最初は行事が多すぎるというのを受けて「少し絞りこんでいったらどうか」と考えたんですね。そうすると色んな人が役を引き受けてくれたり、或いは違う人が入って来てくれるんではないか?そういう気持ちは今でもあります。これは話し合っていく必要があるんだと思うんですけれども、逆にこういったイベント事が頻繁にあるので皆の気持ちを新たに断酒に向けることができる。そういった側面も当然あります。その両方をどのように考えていくか?っていうのが今後皆さんと一緒に話し合っていくのが非常に大切だと思っています。
今アンケート結果で「マンネリ化している」「役についたら休みにくい」とかいう話をしましたけれど、これらの問題への対応は今後考えていく必要があるんですが、私が今回の報告で話をしたいのはここの部分ではありません。ドイツの関連で問題にしたいことは「断酒会をなにで知ったか?」っていうアンケートの質問と関係しています。断酒会回答者の場合、医療機関が78.9%、クリニック回答者の場合は80.2%の人が医療機関で知ったとなっており、医療機関が圧倒的なんですね。だから、医療機関以外で断酒会を知る機会があんまり無い。この広報活動に関してドイツから何かヒントが得られないか、これが本日のメインテーマとなります。圧倒的に医療機関が多いっていうのは東大阪のアンケートなんですけど、これは東大阪だけの話ではなくて、全断連の調査でも、先程言いましたアクションプランのなかで指摘されているんですけれども、そこでは6割位が医療機関を通して断酒会を知っています。それ以外の所で知るっていう事は少ない。断酒会の存在を医療機関を通して以外で、どういったふうに知らしめていくのか? そのための広報活動のヒントという事でドイツの事例を見て行きたいと思います。勿論ドイツの事例をそのまま日本に適用するっていうのは難しいです。しかしこれとこれに関しては大事だよっていう項目がありますので、その点に関して皆さんにお知らせして、お持ち帰りいただければと思います。

地図はこちら
PDF icon 結合:豊山宗洋教授講演アンケート案内.pdf
この記事のURL:http://www.voluntary.jp/weblog/myblog/478/3972595#3972595

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[ 更新日時:2014/06/15 07:01 ]
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[ 23:12 ] [ 断酒例会の開催案内 ] [ 編集 ] [ 削除 ] 写真ーーー>角田久美子さんデザイン(酒害者の子供さん)

兵庫県川西断酒会 7月 ご案内 6月13日現在案内です


水曜日川西市総合センター19:00~20:45
土曜日 第1・3は、19:00~20:45
川西市北稜公民館
土曜日 第2・4・5は、19:00~20:45
i猪名川町社会福祉会館

PDFにて、閲覧プリント出来ます
2040/07/15のBlog
「アルコール関連問題に関する東大阪アンケートから今後のあり方を考える
 -ドイツからヒント-」その2
パワーポイント画像が、下記PDFクリックしていただき閲覧プリントできます。

それでドイツの話に入っていきますが、なぜドイツか?っていう話なんですけれども、ドイツには7万から10万自助グループがあると言われています。そこに大体300万人が参加しています。日本の場合そういったデータが無いので、どのくらい参加しているか?って、いえないわけですが、ドイツではそうです。また政府とか、医療保険、日本で言う健康保険組合などから資金支援が行われており、先進的な試みが行われています。依存症の自助グループだけを対象としているわけじゃないですが、全体で医療保険からは2014年で大体60億円のお金を出しています。だから先進的な試みをやれるわけですね。私の意図としては、お金をかけて良い試みをしたのであれば、それをドイツから拝借しようということになります。
それで2年に1回ドイツでは、ここが今日のメインになるんですが、アクションウィーク・アルコールという全国的な広報イベントをやっています。このイベントの内容とか、実施体制を見ることで日本へのヒントを導き出していこうではないかという事でこれから見て行きたいと思います。これがアクションウィーク・アルコールのイベントのロゴなんですが、このパワーポイントのページはDHS(ドイツ連邦依存症問題センター)という団体の職員が作ったファイルを、私が加工したものです。もとのページに私が日本語を入れた訳ですが、どういったイベントかというと、去年ありました。2年に1回なので今年は無かったんですけど、5月の25日から6月2日の間にドイツ全国で、一斉にアルコールのイベント、キャンペーンを集中的に行うわけです。そういった試みです。10日間ぐらいで集中的にやるんですが、どういった意図があるか?っていうと、2年に1回で2013年に4回目、来年の2015年が5回目になるんですが、対象者は一般の人々です。モットーはWHOから持ってきていまして「アルコールは少ない方がいい。」というものです。そして出来るだけ多くの人に出来るだけ多くの場所で情報を届けようということを目指しています。運営をやっているのはDHSっていう団体ですけども、これアクションウィーク・アルコールの運営上の枠組みを設定し、さらにいろんな資料をイベントの場で活用出来るようにしています。イベント等の多くはボランティアとかによって行われています。それでここからどういったヒントを得られるか?っていう話なんですが、まずキャンペーンのタイトルが解り易いんですよ。「アルコール」って直接言っています。色んなイベントとか広報をする場合に、わかりやすいタイトルと付けるということは、理解のある人を増やすための重要な戦略になります。ですから、奥ゆかしくちょっと凝ったタイトルを付けたりすると、皆忙しいですのでそれが何のイベントか解らない。だから直接的なタイトルを、極力前面に出した方がいい。ドイツでは相談機関の名称に関しても、依存症という名称がドンと付くわけです。

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2040/06/15のBlog
「アルコール関連問題に関する東大阪アンケートから今後のあり方を考える
 -ドイツからヒント-」その3
パワーポイント画像が、下記PDFクリックしていただき閲覧プリントできます。

ドイツでは依存症援助センターというのが機関の名称になっている。日本では、例えば全部が全部っていう訳では無いんですけど、ホームページなどでは「精神保健福祉センター」の方に行ってその中に入っていって、ようやく依存症の所に辿り着く。専門家とかグループに行き付いた当事者の方っていうのは「アルコール依存症は精神障碍ですよ。」ということを理解していると思います。ところが一般の人に「アルコール依存症というのは精神障碍者か?」って聞いたら解るか?っていうと、解らないと思います。すると依存症のところにはたどり着けないわけです。精神保健福祉センターの中にありますから。アルコール依存症が精神障碍者ということがわからない人は、精神保健福祉センターのなかにある依存症の相談にもたどり着けない。勿論全くたどり着けないというよりは、たどり着きにくい。だから直のタイトルをどんどん出した方が良い。ここから「一般の人々っていうのは、どういう風に考えるか、精神障碍者といってわかるか」どうかを考えながらやった方が良いと思います。実際にここに来ている人達は断酒会に辿り着いている人達なんですね。それゆえ、来ている人の視点で全て考え始めると、来てない人に対する発想というものが浮かびにくいのではないかなあというのが私の考えです。だから、ここへ来て話を聞くと、それは本当に良い話だし、是非いろんな人に聞いてもらいたいと思うんですが、それを積極的にアピールしても来た人は解りますけど、来ていない人、関心のない人には届かないし、解らない。それを、どう届けていくのか、っていうのは体験談とは別に考えていかなければならない。この写真は、ドイツ語で依存症援助センターっていう名称の看板が掲げてありますよという事の確認です。
さて、どういった形でイベント化されているかいうのを、全体として見たのがこの図です。この図はこれから何回も出します。まず、一番下の部分ですが、これらの組織や人びとによってイベントが10日間くらいで集中的にやられます。実施している主体として一番多いのは「相談所」、ドイツにも色んな商談所があるんですが、依存症相談所、心理社会的な相談所、教育の相談所などで1300以上あります。その横にある「依存症セルプヘルプ」っていうのが自助グループ。その横が「企業」です。ほかにも「予防センター」とか「お医者さん」、「飲食店」でも少ないですけどやっています。こういったのを10日間でドンッとやる。

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2040/05/15のBlog
「アルコール関連問題に関する東大阪アンケートから今後のあり方を考える
 -ドイツからヒント-」その4
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それを取り仕切るのがこのDHSっていうとこなんですが、イベントを主催しているのはここの「連邦政府」です。日本でいえば国です。で、アクションウィーク・アルコールというイベントの費用をどういう風にしているのか? 先程も言いましたけども医療保険とか年金保険、諸団体がお金を出している。ですから充実した活動が出来る訳です。ドイツで折角充実した活動をお金を掛けてやってくれているんだから、ここから良い物は持って来ようやないか、という事が私がドイツの話をしている理由である事は先に述べた通りです。そこで具体的にイベントの実施者が、どのような活動をしているのかという話をします。どういったイベントがやられているかっていうことですが、10日間ほどの間に1200以上のイベントが行われます。その一つのやり方としては舞台演劇を上演している。そのタイトルは「薬物―マリファナから覚醒剤までー」。こういった舞台演劇を地図のこの場所でやっている訳ですね。それから、各地域で情報スタンドを立てます。ここでも、ここでも行われています。情報スタンドに人が来てグループの人たちと話をして帰っていく。今年ドイツで情報スタンドの写真を見た時に「人来るんか? 来ないんじゃないか?」と聞いたんですね。道端にスタンドが立ててあったとしても、人は買物とか娯楽とか他の目的があって道を歩いているということがほとんどですから。ところが「結構寄って来る」という話でした。そこは日本と違う所ではないかと思います。ほかにも、事例としてこういった建物の中でも行われています。机の上には色々資料が置いてあります。あっちこっちで聞いたんですが、イベントには「良く人が来るよ」と言ってました。
イベントの中身ですけど、この中でも「企業」というのを見てみます。「企業」はイベント実施者の種類としては2番目に多いんですわ。1番目の「相談所」っていうのは医療等の施設ですから良く解るし、3番目の「自助グループ」もよく解るんですけれども、「企業」が2番目に来ているのは少し驚く。「何をしてるか?」という話なんですけど、「企業」はこの時期に合わせて自社の社員にセミナーをやったりしているんですよ。産業医の方とかが多分やるのだと思いますが。その時にDHSっていう団体があるって言いましたけど、イベント実施者は、DHSの作成した、こういったパンフレットを「何部頂戴。」というふうにDHSに言ってくるわけです。で、それをDHSは実施者に必要部数送るわけです。これを見ながらチェック項目などを色々やる。それでこのパンフレットにはどういった事が書いてあるか?というと「何でアルコール問題を抱える社員を企業が面倒見なければならないのか」といった企業の管理者に対する動機付けの問題だとか、「こんな風にすればいいよ」っていうテクニックなどが書いてある訳です。先程も言いましたけど、アクションウィークの期間に集中的にやるっていうのがとても大事で、何でかというと「イベント実施者はアクションウィークという枠組みのなかで自分もやってますから、結構関心のアンテナが立っている訳ですね。関心があるので人の事も眼に入る。物事は関心があれば眼に入ってきますけど、関心が無ければ近くにあっても気付きませんから、集中的にやるっていうのが大事なのかなと思っています。今度日本でアルコール健康障害対策基本法が出来ましたが、基本法第10条に規定されている啓発週間が11月(11/10~11/16)にあります。この機会に、取り組みを考えて、医療とか福祉とかだけにかぎらない「企業」とか「学校」とか、そういった主体を色々巻き込む仕掛けをしないといけないっていう風に考えています。勿論、日本全国に目をやればいろんな主体を巻き込んでいるところはあるでしょうけど、それぞれの地域、地域で「いろんな主体を巻き込む」、そういった発想でやって欲しいっていうのがここで言いたいことです。その為には、DHSのような自主的な取り組みを総括する様な機関も必要なのではないかと思っています。
それで先程の図に戻ります。「企業」の話はしたので、

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2040/04/15のBlog
「アルコール関連問題に関する東大阪アンケートから今後のあり方を考える
 -ドイツからヒント-」その5
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今度はこっち(DHS:連邦依存症問題センター)の話をします。タイトルに依存症と付いており、コーディネートをしているんですが、どういった所かっていうのを具体的に見ていきましょう。これがDHSの建物です。この中がどうなってるかっていうと、こんなふうになっています。この2人がセルフヘルプやアクションウィークの担当者で、この左側の女性が今私が使っているパワーポイントの基を作ったルンメル(Rummel)さん。この右の方がセルフヘルプの担当者でミュラー(Müller)さんです。今回の調査に当たっては結構お世話になっているので、「日本でこういうふうに報告をしていますよ、ドイツの話を日本の皆さんに報告してますよ」っていうのをドイツに知らせるために、本日写真を撮らせてもらっています。ご了承ください。建物の中は色々と事務室があって、こういった恵まれた状況の中でミュラーさんも仕事をやっています。DHSの関連でもう一つ大事な話がこの『依存症年報』の公刊です。現物はこれなんですけど、こういった本を毎年出しているんですね。その中身は、色んな出所の違うデータを集めて、こうなってますよっていうふうに一覧できるようなかたちで毎年出している訳ですね。こういった情報を集めるような機関っていうのも必要になって来ると思います。
次ですがDHSからは求めに応じて資料が配布される訳ですが、いろいろな種類の資料が送付されています。実際にパワーポイントに示した、これだけの種類の資料が編集され、求めに応じて送られる訳です。それでこれらの資料の中のサンプルの1つがこれです。

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2040/03/15のBlog
「アルコール関連問題に関する東大阪アンケートから今後のあり方を考える
 -ドイツからヒント-」その6
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本日はこれだけ人が集まると思わなかったので、Zカード(多重折りカード)を一箱分持って来たんですけれども、全然足りません。このカードにどんな事が書いてあるかっていうと、よくある10の質問とかが書いてあります。例えば「昏睡するまで飲む人には若者に多いやろう。年寄りには多くないでしょう。⇒そんな事は無いよ。」とかですねえ、或いは「アルコールはストレス解消に役に立つのか?」とか、「カロリーはどの位あるんや? カロリーは少ないんちゃうか?」とかが書いてあるわけです。これを必要部数送付するわけですね。で、この費用を誰が負担しているかっていうと、これはZカードの一部を大きくしたものですが、費用負担者の名前が載っています。公的医療保険の1つの保険者、さらに年金保険連合会です。ここから出るお金を使って、Zカードの様なものを作るわけです。それでここから日本にとってのヒントを導き出してみると、DHSという所から一括して資料は送付されますからアルコールに対する共通理解というのが形成されやすくなる。2つ目ですが、公的医療保険の保険者に支援を働きかける可能性も検討したらどうかということです。難しいとは思いますが、全く裏付けが無いわけでは無くて、健康障害対策基本法の9条には医療保険の保険者等に関する言及も見られます。だから、医療保険の保険者に働きかけるっていうのも少しは検討をなされたらどうかな?という風に思います。
次ですが、アクションウィークについての報道はこれだけ多くされてますよということの紹介です。新聞やテレビ、地下鉄なんかでも看板を出して大々的にやっている訳です。
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2040/02/15のBlog
「アルコール関連問題に関する東大阪アンケートから今後のあり方を考える
 -ドイツからヒント-」その7
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後ですねえ断酒会に関係している、依存症のセルフヘルプの団体ですが、一番大きな団体は“クロイツブント”で、そのなかに“クロイツブント・マインツ教区”という団体が支部としてあります。“クロイツブント”は1万3000人位全国で会員がいます。それで“クロイツブント・マインツ教区”がどういった活動をやっているかっていう事ですが。イベントの時にこういった風にローカルテレビでインタビューをしたり、或いは先程いったような情報のスタンドを立ててアルコールやアルコール依存症に関して広報をしている訳です。この写真は“クロイツブント・マインツ教区”事務局長のロッゲ(Rogge)さんです。この人達の話も聞いたんですが。この人達がどういった話をしてくれたかについてはここでは端折りたいと思います。“クロイツブント・マインツ教区”というのは組織の中の支部の1つであり、そのうえに“クロイツブント・連邦”があって、その“事務局”があって、これが先程のDHS(ドイツ連邦依存症問題センター)に加盟している訳です。22団体って書いてありますが、この原稿を確認の為ドイツに送ったら25団体という事でしたので、25団体と書き換えておいてください。この“事務局”をちょっと見てみたいと思うんですけど、この建物が事務局の建物になります。“クロイツブント”がいつ頃からあるかっていうと1896年からあります。断酒会と似ているんですが(最大であり、会員は名前を名乗り、会費もとり、家族も参加する)、面白いのは断酒会だと「言い放し、聞きっ放し」なんですけれども、ここでは例会で話を聞いてフィードバックをする。それがプログラムに入っているんです。「そこがA.Aと違う所」とその人が言っていました。それに関しても今調べている所です(上下関係ができるのではないか、対立が生じやすくなるのではないか)。それでこれが連邦事務局の職員達なんですが、スタッフは全部で8人です。この人達が働く事で色んな広報とかがされている訳です。例えば季刊誌での広報です。これは年5回発行されています。記事の内容としては、例えばドイツの中央駅ではアルコールを飲む事は禁止されているところがあるんですけれども、ニュルンベルク中央駅では新たにアルコールを飲むことが禁止されたとか言う記事があります。それからアクションウィークに関係してくるんですが、その紹介記事を出すという事で、クロイツブントに加盟する自助グループの人にイベントやキャンペーンを独自にしませんか?と募っています。それからクロイツブントならびに異なる系列との自助団体との共同プロジェクトとして「チャンスを切れ目なく利用する」というのがあります。これはどういう事かというと、皆さんそれが重要な問題ということはご存知だと思いますが、当事者が自助グループにうまく繋がっていかない。最初に医療機関に繋がったとしても、その後上手く自助グループに繋がって行かない。

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2040/01/15のBlog
「アルコール関連問題に関する東大阪アンケートから今後のあり方を考える
 -ドイツからヒント-」その8

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日本でもまさに問題となっていることですが、それを何とかしようやないかという事で結構金掛けてプロジェクトをやっています。調査結果として、例えば「依存症援助サービス間に隙間がある」とか、「セルフヘルプへの消極的なイメージがある」とかが明らかになっています。このプロジェクトではないんですが、自助グループっていったらドイツでも若者が来ない。「何で来ないんや?」って調べたら、「自助グループは古い」「お年寄りが行く所であり、若者が行く所ではない」というイメージがある事が明らかになった。だから、そこをどう変えていくかっていう所も問題となっている。後「切れ目なく利用する」プロジェクトでは「外来リハビリとか専門職アフターケアによる依存症者の抱え込み」とか、これらがデータとして明らかにされている。それをどう変えていくかっていう事で今具体的なプロジェクトをやっている訳ですが、これに関して今ドイツでも一所懸命対応を考えている所です。で、これに関しては非常に参考になると思いますので、又調べ次第皆さんの前でお知らせできればと思っています。
後、パワーポイントのスライドでは、纏めです。今言った事の繰り返しですのでもう繰り返しませんが。もう少しで終わりますのでお待ち下さい。こういったドイツの事例、全部が全部日本に当てはめる事が出来る訳では無いんですけど、その中でプラスとして得られるものは日本でも生かしていきたい。勿論これ以外にもデータがあるんですが、今日はこういったお話ということにしておきたいと思います。最後に一言ですが、断酒会には良いところもありますし、色々問題になるところもあります。そういった事を話し合うような機会作っていきたいですね。今日もそうなんですけど、私講演する人、これ終わったら聞いているだけってなると思うんですけども、皆さんからもバンバン意見を出していって欲しいと思っています。例えば、お医者さんとか、専門職の方から話を聞いてそれで帰るというのではなくて、断酒会の方からもガンガン意見を言っていくっていう事で変わっていくんだろうなあと思います。実際会員が減っているっていう事は、これから対応が必要だと思います。そうした中で、当事者の方達の意見を聞いていくっていう事は非常に大切で、またそこからプロジェクトや活動に繋げていく、そのために私は皆さんと付き合っていきたいと思ってますし、皆さんも色々考えて頂けたらと思います。
本当にこれ最後ですが、本日の1日研修会でも断酒会の方から体験談をして頂きましたけど。私も何回も聞いているんですが、「それ私の話や」という事が本当にありますね(そういった共感というのは断酒会の人だけに限らない)。午前中の最後の方でしたか、「自分は、人から頼まれれば何でもかんでも引き受けてしまう。そして頼んだ人の気持ちを察して自分で引き受けることを決めたはずなのに、自分の選択としては考えられない」まさに私の状況です。私労働組合の委員長もしていましたし、東大阪断酒会の顧問も今回仰せつかりましけど「それを自分の選択として捉えていかなくてはならない、またそう思えるためにはすべてを引き受けるのではなくて断ることも必要だ」という、先程の体験談をしてくださった人の話からは私が感銘を受けました。私の今後にも役立つ話と思いますので、今後とも宜しくお願い致します。長い話でしたけど、私からは以上です。(拍手)
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2039/12/23のBlog
写真ーーー>初代全日本断酒連盟会長松村春繁先生遺影
著者(公社)全日本断酒連盟参与岩崎廣明さまから掲載了解いただき
ました。
再び『松村語録』に学ぶ
著書 (社)香川県断酒会 元理事長 岩 﨑 廣 明
監修 医療法人 光風会 三光病院院長 市 川 正 浩
(公社)全日本断酒連盟参与 小 林 哲 夫
―序分―
アルコール症を克服したい人の為に
(社)香川県断酒会元理事長の岩崎廣明氏に長年にわたり、三光病院の院内断酒会にかかわって頂き、今、感謝の気持ちでいっぱいです。そのうえ岩崎氏の奥様すゑ子氏まで本院の断酒会に参加し続けて頂けたことはさらに大きな驚きであります。
アルコール症の方々が酒をやめて、しらふの生活を続けることがどのような世界なのか、私達には想像のつかないものでした。当病院では毎週2回院内断酒会が行われていますが、そのうち1回は家族優先に体験発表をしてまいりました。この事が断酒成功への決定的分岐点であったことを、今確信しています。
 最初の数年は酒害者本人が体験発表していましたが、断酒率がどうも良くならなかったのです。ところがある単身者が「本人より家族の体験発表なら素直に聴くことができる。酒害者のそれは、まだ真実を話していないから信用できない」と診察室で私に言ってくれた事がヒントになりました。以来この十数年、参加した家族の方々より体験発表して頂くことになり現在に至っています。要するに、アルコール症とは酒のために「自分の事しか考えられなくなってしまった病気」と定義してもおかしくない一面がありますから、家族の一言がアルコール症者に響く訳です。妻達も主人の酒に振り回されて、仕事と子供のみが生きがいになって家族崩壊に繋がったのですから、断酒会の方法論は存外重要な問題を含んでいるのです。又、、欧米のAAと根本的に違うのは、家族の体験発表の場が常に優先されるかどうかと考えられます.ここに日本の断酒会の未来があるのだと思われます。。
すでに高知断酒新生会が出版された「語録に学ぶ」を、「再び松村語録に学ぶ」と題して岩崎廣明氏が30年以上断酒された実践の知恵と心意気をここで感じとりたいと思います。
現在、老人医療が盛んに議論されていますが、私が一番感じているのは老人虐待の問題です。実はここにはタブーが存在します。介護する側の視点が少なすぎるのです。介護される側の論理のみが先走りしますがそれではうまくいきません。介護で疲れきった家族が、老人の一言にカッとなってしまい暴力事件を起こし、不幸にも殺人にまで至ることは故なき事ではないのです。実際に私もその現場を見てきた訳です。なぜここでこんな事を急に言いだしたのかと不思議に思われるかも知れませんが、アルコール問題と老人問題は深いところで繋がっていることいいたいのです。アルコール症で寝たきりになった父又は母をACである子供達がどのように介護するのでしょうか。
老人虐待にはもっと深い意味があるのですが、介護者の気持ちを代弁する場所は日本にはありません。自助グループは医療側と全く対等です。私は全日本断酒連盟副理事長の小林哲夫しよりこの事をまなびました。、我々が再び松村語録を学ぶことができたのは岩崎廣明氏及び小林哲夫氏のお陰です。
最後にいまだ断酒できていない人、今苦しんでいる御家族の皆様に断酒のこつは何かと問われれば、私はこう答えています。
「とりあえず可能な限り家族共々断酒会に出席すること。できるだけ多くの県外の断酒一泊研修会に参加することだ。」と。
医療法人 光風会 三光病院院長 市 川 正 浩

1. 例会には必ず出席しよう。
断酒が継続されている最大の要因は、例会出席にあるから、断酒会では例会には「必ず」出席しようと特別に強調しています。

◎何故なのでしょうか?

・例会に出席することによって、自分の悩みを本当に理解してくれる仲間に廻り逢えるからです。
・例会では、今まで恥ずかしくて言いたくても言えなかったことが事実通りに、何のためらいもなく話せるのです。
・例会の中では自分の短所や長所を探し出すことが出来るのです。
・例会の中では、自分という人間の在り方や、今までと違った新しい生き方を見つけることが出来るのです。

◎松村会長ですら「断酒」や「断酒会」の持つ本当の意味が例会に出席しなければ理解出来なっかたのですから、あなたも私も語録全体の中から例会出席の重要性を理解しようではありませんか。

2.一人で止めることは出来ない、無駄な抵抗は止めよう。
私達は一人で断酒しようと努力した結果は無惨なもので、断酒会に入会することでやっと断酒することが出来ています。

 酒害者は酒の歴史と共に生まれていて、酒に悩む人達の中には、酒を断つしかないと考え、一人でそれなりの努力をしてきましたが、しかしそうした人達の努力がことごとく失敗したため、アルコール依存症は不治の病気であるという偏見が生まれました。

 一人では酒が止められないから断酒会が必然的に出来たとも考えられます。

 断酒会は誰かの指導で酒の止め方が教えられている訳ではなく、私達は例会に全く平等な立場で参加して、本当に腹を割って話し合える仲間として、お互いが啓発し合い、助け合い、新しい生き方を目指すのです。
 そうした暖かい人間関係が断酒会にあるため酒が止めれるのです。

 私達には、とても一人で断酒出来るとは考えられません。

 一人で止められないと判っていないから一人で止めると言う場合が多いのです。無駄な抵抗をしないで素直に一人で止められない事実を認めましょう。
 また、注意すべきことは、数年断酒が継続されてくると、自分の力を過信して、もう仲間と一緒でなくても一人で立派にやって行けると考えて、会から離れ、あの飲んでいた頃の孤独な常態に戻ることです。飲酒の誘惑に勝てなくなるのは時間の問題です。

◎無駄な抵抗は止めましょう。
3. 断酒に卒業なし。
 断酒して数ヶ月、もしくは数年ひたすらに我慢の連続でも結構だと思います。しかし、いつまでも我慢の断酒では危険です。

 断酒を単に酒を口に入れるか、入れないかの問題としてしか考えられない人達は、酒を飲むことはあるまいと考えるようになり、例会や断酒学校、研修会等に参加することが、あまり意味を持たないものだと考えるようになります。
 例会出席がだんだん少なくなり、短期間は一人でなんとか頑張っているものの、結局は酒に走るようになります。

 研修会、例会出席の中で真剣に断酒に取り組んでいますと、常に断酒が自分の人生にどんな係りを持つかについて深く考えさせられ、卒業するおそれはありません。

 断酒して、新しい人生を創造していくためには、学ばねばならないことが無限にあり、毎日毎日学んだことをこつこつ積み重ねていかなければならないことを知っているからです。
 そうした会員は、いつも同じテーマで同じ結論を出している例会をマンネリだとは決して思っていません。
 同じ結論を出していても、発表者の断酒に取り組む姿勢によって様々な相違を持ち、より幅広い解釈があり、より深く掘り下げられた思考があることを知っているからです。
 また、自分自身の体験を語っても、もう話しつくして言うことがなくなったなどとは決して考えません。

 心の内側にあるものをじっくり見つめて、語りつづける人の話しには魅力がいっぱいあり、何回聞いても感動します。

◎断酒にjは卒業はありません。永久に続けていかねばならない私達の命題だと思います。

4.今日一日だけ止めよう。そして、その一日一日を積み重ねよう。
 「今日一日の断酒」という言葉を例会でよく使っています。あまり先のことを考えずに今日一日だけ全力を出して、断酒に取り組もうということで、私達にとってはもっとも大切な基本的な考え方です。

 「今日がなければ明日がない」という判り切ったことを一番大切に考えて一日一日と地道に積み重ねていくより他に私達の断酒継続方法はないのです。

◎決意だけでは断酒は出来ません。一日一日の実践の積み重ねしかないのです。

 斷酒が続くようになると、二つの考え方に分かれる場合があります。前者は、今日一日の充実した暮しに断酒そのものがどれくらい大きな影響を与えているかについて、じっくり考える理性的な判断を持つようになります。
 後者は、だんだんと楽に断酒が出来るようになるので、そのうち、何もしなくても自然に酒は飲まなくなるだろうという甘ったれた考え方になる場合があるのです。
 前者と後者では時間がたつと大きな差となって現れてくるようです。
・今日一日、今日一日と確実に、充実した断酒の一日を送った人は、断酒の中に生き甲斐を発見し、益々真剣に努力するようになります。
・何となく一日一日が過ぎた人は、断酒会を卒業することすら考え始めるのです。今日一日を大切に考えなかった分だけ、一日の重さが判らないからです。

◎断酒会は生涯断酒を目的としてはいますが、日常の実践活動の中では「生涯」よりも「今日一日」の方を重要視する方がずっと良い結果を生んでいるようです。


5.前向きの断酒をしよう。
 前向きの断酒とは、断酒することによって、より積極的に新しく始まった生活に取り組んでいこうという意味です。

 断酒さえすれば元の人間性を回復することが出来るという考え方がありますが、そうした消極的な考え方でなく、松村会長は、回復ということよりも創造ということに重点を置いていました。

 断酒することは「一から出直す」という言葉のとおり酒を止めて全く新しい生活を始めることです。
 飲酒時代の暮しの中から酒だけを取り除いた暮しをするという考え方ではなくて、日常生活の中のほんの些細なことでも創意工夫して、生き甲斐につながるものを見つけていくことが必要なのです。

 普通の人達は、年と共に身体も精神も老化して行くものですが、断酒会員は、身体の老化はあっても、精神の老化はなかなかやってこないものです。
・自分自身の人間性の向上を積極的に計りましょう。
・家族との人間関係を積極的に改善するよう努力しましょう。
・断酒会活動に積極的に参加しましょう。
・例会出席、研修会参加、会の運営並びに酒害相談など何でもやりましょう。

◎前向きの姿勢で断酒に取り組んでいると、昨日より今日、今日より明日の方がより着実に成長した自分を作ることが出来るのではないでしょうか。

2039/11/23のBlog
6.例会には夫婦共に出席しよう。
 断酒会がスタートした時は、家族が例会に出席しなければ断酒が成功しにくいとは誰も考えていなかったようです。それに、過去あれほど酒で迷惑をかけた奥さんに、例会にまで出席しろなどとは、言えた義理ではなかったと思っていました。ところが夫の毒舌で他の会員に迷惑がかかるのを恐れたある奥さんが、夫にかわって謝って回るために例会出席をしました。一番酒を止めにくいと考えられていた彼だけが、何故か一度の失敗もなく断酒出来ていたのは、奥さんの協力の方により多くあると松村会長は見抜いたのです。それからは、主婦出席を口を酸っぱくしてすすめるようになったわけです。

◎何故、奥さんの出席がこんな良い結果をだすのでしょうか。

 私達は酒浸りの生活の中で自分自身を随分と駄目にしていました。特に奥さんとの関係は、いびつなものになっていたらしいのです。夫婦の愛情関係は冷え切ったものになっていたり、憎しみすら持っている人もいるのです。しかし、夫婦が一緒に例会に出席するようになると、家庭で見る夫とを違った夫を例会の中で見ることが出来るのです。
・素直に過去のどうしようもない自分を語っている夫。
・奥さんを傷つけたこと認め詫びている夫。
・これからどんなふうにして生活を改善して行こうかと真剣に取り組んでいる夫。
・そうした先輩会員や家族の話をじっと聞いている夫。
・ぽつりぽつりと自分の誤りを語り始めた夫。

 奥さんもアルコール症そのものや、断酒する意味、断酒会の持つ効果等が段々と理解できるようになり、自分も夫のアル中に巻き込まれて心を病んでいたことまで判るのです。そして、奥さん自身も例会に出席して自分を素直に語ることで、自分の病んだ心を治すことが出来るのです。

◎三光病院院長市川正浩氏は、松村語録の中であえて最も重要な項目をひとつ挙げるとすればこの点で、さらに付け加えるとするならば、「例会での体験発表もまず家族より行い、その後に酒害者本人が発表すること」で断酒意欲は向上し、断酒会自体も更なる大きな発展をとげると主張しています。
7.例会の2時間は断酒の話のみ真剣に。
 例会の2時間と定めた理由は「2時間が人間の緊張の限界である」ということだったからです。

 例会で話されることは「断酒会だから断酒の話をするのが当たり前」という単純な発想だけでなく、「酒害者が断酒するためには、酒と自分との係わり合いを事実通り真剣に話すより他にない」と松村会長は最初から堅く信じていたいたようです。

 初めの頃に例会の中で何を喋ってもよいことにしたところ、農作業の話が主となり、世間話におわる結果となって、「忙しいのに、その程度の例会なら出席する必要がない」と考える会員が出始め、例会が低調になり、脱落者が続出することになったと言われています。
 例会で断酒以外の話が語られるようになると、緊張感がなくなり、だらけてしまいます。例会は、『体験談に始まり体験談に終る』という現在の形に統一されました。

 私達は、価値観・道徳心を養うことは非常に大切なことだと思いますが、例会で、そのことのみ語ることは疑問です。自分の体験の中でそうしたことに気付き、それを語るのは良いのですが、専門的な学んで、それを例会で発表しても意味がありません。日々の断酒実践の中で自分の手でつかんでほしいのです。

 緊張して行われる例会を想像すると、如何にも重苦しく感じられるようですが、私達が素直に自分を語り、人の話しを素直に聞く姿勢があればそんな雰囲気にはなりません。
 緊張の中に安らぎがあり、真剣さの中に楽しさがあり、苦しさの中に明るい展望があるのです。それは、私達の魂の触れ合いがあるからでしょう。


8.自分に断酒の道を見出そう。
 断酒会に入って一番最初に経験する驚きは、先輩会員達が本当に酒を止めていることであり、非常にやさしく接してくれることです。止められる筈はないと自分勝手にきめていたものの「自分も止めれそうだ」と考えるようになります。

 例会出席すれば断酒はそんなに難しいことではないと言ってくれるのですが、当人にとってはかなり苦しいこともあり、時には自分には断酒が出来ないのではないかと考えたりするのです。日常生活の中で何を考え、何をやればよいのか、よく判らず不安を持つのです。

 そうした新入会員に一番多く見られる傾向が、自分に一番親しくしてくれる先輩や、自分と一番似た体験を持っている先輩を真似することです。しかし、断酒がだんだんと継続されるようになると、いつまでも真似るだけではやって行けないことに気が付きます。性格も、職業も、家庭環境も、その他何から何まで違うのです。先輩達とすべての面で合わせるのは不可能です。やがて自分自身の独創的な考え方も確立されるようになるのです。

 自分の新しい生き方は、自分で創らねばなりません。その新しい生き方を目指すための唯一の手段である断酒の道は、その人が自分で切り開いた道でなければなりません。

 断酒会はある期間新入会員にとっては、温室のようなものかも知れません。しかし、ある程度のめどがつくと、その人の個性や、主体性のある断酒を大切にしますので、その人が好むと好まざるに係らず突き離すことがあります。
 いつまでも先輩会員に依存してはいけません。新入会員の面倒を見る役割が待っています。新入会員に協力することで、自分の斷酒が益々堅いものになり、また、人間的な成長もあるのです。

9.断酒優先をいつも考えよう。
 「断酒は生きていくための唯一の手段である」と松村会長は私達にいつも説いていました。だから、私達にとって「断酒優先」ということは絶対的なことです。

 アルコール症者が酒を飲むということは、仕事を放棄すると同じようなことでもあり、入会当初から例会出席もしない人達は、簡単に脱落するという事実があります。

 例会出席と仕事の問題は話によく出ます。
・例会出席していたらめしの食いあげだ。
・仕事がお留守になる。
・職場の人達に迷惑をかける。 等々です。

 彼等の気持ちも判るのですが、一つだけ大きな誤りを侵しているのです。それは自分達の生きて行く上で一番大切な断酒を、仕事と比較して考えていることです。私達にとっての断酒は他のことと比較して考えるような軽いものではないのです。仕事をしないで例会出席しろと言っているのではないのです。仕事は人並み以上にしなければならないのです。いつも断酒優先をさせて考えていれば道は開けるのです。

 あらゆる知恵を絞って努力して例会に出席すれば良い訳で、努力の結果として遅刻は許されるのです。どうしても出席できない状況の人に無理に出てこいとは申しません。
 どう考えても無理だと思う環境にある人が、毎回のように出席する場合があります。要は意欲の問題なのです。断酒優先を常に念頭に置いて意欲的に断酒に取り組んでいる人達は、情熱だけでなく智恵を使っています。不可能を可能にしています。

◎松村方式と言っている断酒方式は、実践を第一に考えます。生きていくための唯一の手段である断酒をいつも優先させて考えましょう。

10.アル中は心身の病気である。
 断酒会に入会しますと、ほとんどの人が酒が直接原因で身体の病気になっていることを認めます。そして、酒を飲んでいる限りこれらの病気はいくら治療しても決して回復せず、遂には命まで失うことになることも知っています。

 ところが、心の方も病気になっていることを認めていない人は意外と多く、自分は正気であり、何んらの異常もないと堅く信じているようです。しかし、アルコール症という病気は、酒がその人の人間性に大きな係り合いを持つもので、飲み続けることでだんだんとその人が作り変えられていきます。表面は正常に見えながら心の奥の部分は病むようになっているのです。

 アルコール症者を自己中心的であり、依存心が非常に強くなっている等の批判は当っています。酒が原因でそうした悪い方に向っていくのがはっきり判るだけに、やっぱり異常であり、心の病気と言えるのではないでしょうか。自分のアル中に妻や子どもが巻き込まれて苦しみもがいても、酒を止めようと決断できないのも心の病気のせいではないでしょうか。

◎アルコール症を心と身体の2つの病気だと認めた時、その人にとって本当の斷酒が始まるのです。

 もし、アルコール症が身体だけの病気だと考えていますと、ある期間斷酒が継続されて、身体の健康が回復されると、例会出席の必要も、いや断酒する必要すらないと考えるようになっても不思議ではないのです。

 しかし、心の方も病気になっていると気付いている人達は、決してそうした考え方はしないのです。歪んだ心、偏った心を治すということは、その人の人間性の向上に通じるものであり、自分自身の人間としての在り方を考えることなので、永久に取り組んで行かねばならない問題になるのです。そして、それは、人生の最大の目的である「幸せの追求」にもなるからです。


11.例会で宗教や政治の宣伝をしてはいけない。
 断酒会ではどんな宗教を信仰していても、どんな政治思想を持っていても、そうしたことで差別されることはありません。
 酒を断ちたいという願望を持っている人なら誰でも入会できるのです。そのため、あらゆる宗教、イデオロギーを持っている人達が断酒会の中にいます。

 もし、例会の中で特定の宗教や、イデオロギーの礼賛や批判がなされると無用の混乱が起こることは明らかです。なぜならば、宗教やイデオロギーは絶対的とも言えるもので、違った宗教やイデオロギーを持つ他の会員とは、こうした問題については協調できないからです。

 私達は例会の中で、過去の酒に溺れていた自分、現在の断酒に真剣に取り組んでいる自分、将来への断酒継続への自分の持つ抱負等、ただひたすらに自分について語ることを原則としており、そうした問題について語る時間はない筈です。

 私達の断酒会は、断酒会活動の発展のために、行政側と政治的な交渉を行いますが、これはあくまで断酒会そのもののために行われるもので、問題はありません。

 政治家等より選挙やその他の応援の依頼があっても、政治運動をしないという原則に従って、宣伝やその他の協力はしません。断酒会の持つ純粋さが侵されるからです。



12.酒害者の最大の敵は自分自身であり酒ではない。
 断酒運動とは、広く社会に酒が存在することを認めながら、アルコール症になった自分にとって酒を飲むことはなく、酒を飲むことが人間性も命も失うことであるので、アルコール症者にとっての酒は否定しているのです。

 「断酒」が自らの意志で酒を断つことだと定義されているので、アルコール症の人が酒を飲んでいても、その人が断酒する意志がなければ、その人から無理に酒を取り上げることはできないのです。そのかわり、あらゆる方法でその人達に断酒する気持ちを起こさせるように努力しているのです。

 私達は酒そのものよりも、酒を飲まずにいられない自分の心に問題があると考えています。アルコール症になると10人が10人、酒に関して弱い心を持つようになるので、そのこと自体は責められるべきものではないのです。酒に関しては弱い心を持っていることを素直に認めない心が悪いのです。

 酒に依存し切った自分の心を認めながら、何の努力もしない自分が本当の敵なのです。そして、その依存する心は酒だけでなく、あらゆることで家族や周囲の人達に依存する心にもつながるのです。そうした依存の心を改めることが自分の中にある敵と闘うことなのです。

◎自分にとっては本当の敵が何であるかは、例会を通じて努力していれば、誰にでもはっきり分かります。
2039/10/23のBlog
13.自信過剰は失敗のもと。
 毎日こつこつと真面目に働きながら、地道な断酒努力を積み重ねた結果として自分のものにした自信は何物にも変え難いものです。今後の断酒継続への大きな糧となることは間違いないと思います。しかし、その自信を実力以上に評価すると、必ずといってよいほど失敗につながるのです。過信の恐ろしさです。

 断酒して間のない頃は誰が見ても危なっかしい状態であるにもかかわらず、当人は絶対的な自信を持つようになっていることがあります。精神の不安定な状態の中で起こる錯覚かも知れません。酒の持つ本当の恐ろしさがよく判っていないのかも知れません。

 絶対止められないと思っていた酒が止められたのは、断酒会について深い理解のある人は、集団療法の効果だと考えられることが出来るのですが、そうでない人達の中には自分自身が信じられないくらい大きな力を持っているのだと考えたりする人もあるのです。そうした人の中には「酒さえ飲めねばよい」と言って、とにかく酒のある場所に行きたがります。

 過信そのもののような人には「転ばぬ先の杖」のような話はなかなか受け付けてもらえません。どんな危険な状態でも例会に出ていれば何とか防げます。連続して例会に出るようすすめた方がよいでしょう。

 何年たっても過信に陥る人達に共通しているのは、自分の考えだけが絶対であると思っていたり、自分の考え方が一番進んでいると思ったりしていることです。「断酒」の持つ意味がどれだけ大きいものかがよく判ってないのです。そして、自分の断酒はすでに完成していると考えます。

 私達は失敗しなくとも、しょっ中壁に突き当ったり、挫折を味わったりしながら自分の断酒を確立して行くのです。改善点を加えながら実践活動を続けている人に生まれるのが本当の自信なのです。
 本当の自信は、自分を客観的に見ることのできる理性がなければ生まれないと言えます。

14.失敗したらすぐ例会へ。
一度の失敗もなく断酒が継続されている人達も多いのですが、失敗を乗り越えて断酒に成功した人達も多いのです。
 何故、彼らが失敗を乗り越えられたかについては、いろいろな要因があるのですが、その中で一番大きなものは、失敗した時はすぐに例会に出席して、再飲酒を防いだからではないでしょうか。

 失敗すると恥ずかしいと考えます。そして、例会に出席するのが苦痛にもなります。真剣に取り組んでいた人ほど、そうした感じが強いようです。しかし、私達には断酒する意外に生きて行く方法はないのです。
 勇気をふるって例会に出て下さい。例会場の敷居が高くなって、例会出席をしぶることは、次の失敗につながり、つまりは入院ということにもなるのです。

 先輩達は失敗した貴方を決して非難したりはしないでしょう。
 松村会長は失敗した会員がしぶしぶ、或いは恐る恐る例会に出席すると「恥ずかしさを乗り越えて出席された勇気と決断に満腔の敬意を表します」と最大級の賛辞を贈りました。改めてやる気になった会員は多いのです。
 失敗しても、早い機会に例会出席すると何とか頑張ることができます。そして、考え方も良い方向に変わるのです。

 私達は、失敗しながらも勇気をふるって出席した会員に、その失敗の原因の追求などということをしてはいけないと思います。
 失敗の原因の追求は、自分自身でもっと時間がたって、断酒が継続されるようになってからやっても遅くはないのです。

 失敗した人が例会に出席した場合は、あらゆる配慮の上でその人に「よし!もう一度頑張るぞ!」という気持ちを起こすようなアドバイスをすることだと思います。
15. アル中は一家の病気である。
 酒を飲み続けてアルコール依存症といわれる病気になるまでには、10年、20年と長い年月がかかります。「自分の酒は普通の酒ではない。止めなければならない」と努力するようになってからでも4~5年たっているのが普通です。病的な飲み方をするようになってから平均10年も経過しています。
 この10年もの長い間、家族は病気とも知らずに共に生活するのですからその間に、いつの間にか家族全員が病気に巻き込まれて、家族自身も病的な状態になっています。

 家族は生活の全てを振り回され、互いに傷つけあい、憎しみ、苦しみの生活の中で絶望し、孤独で無気力で不安定な精神状態になっています。争いの絶えない暗い家庭で生活を強いられている子供は被害をもろに受けて、無気力、無関心、学力低下、登校拒否、非行、更には自閉症、心因性反応等の症状を示す様になることさえあります。

 この様な病的な状態に陥っている家族がそのままでは、酒害者のよい協力者となることはできません。日本の断酒会が酒を飲んだ酒害者だけの会ではなくて、家族ぐるみの会にした理由は、ここにあると思われます。家族自身も酒害から、病的な状態から解放され、立ち直る必要があるのです。

 松村会長は「アル中は一家の病気である」とだけ言っていたのではなく、必ずその後に「だから家族ぐるみで治して行かなくてはならないのです」と結んでいました。そうでなければこの言葉は生きてこないのです。



16.断酒会は、酒害者の酒害者による酒害者のための会である。
 断酒会は平等な立場から参加した酒害者の主体性のある運営によらなければなりません。そして断酒会は酒害者によって構成された自助(セルフ・ヘルプ)に徹した市民団体でなくてはなりません。

 我が国の多くの断酒会は、精神科医の指導によって結成されました。従って、病院に依存した状態で運営されている断酒会は、いつまでも自立しようとしないで発展性がありません。このままだと断酒会としての機能をしないことに気付き、指導の立場から協力者の立場に、そして助言する立場に転換することになりました。

 行政依存の状態の断酒会も同じく健全な発展は望めませんでした。

 断酒会活動は、酒害者である私達が、自分のために酒害者や家族のためにやるもので、それ以外の人達を対象とはしていません。従って、断酒会の構成は、酒害者を中心に作ります。

 医療・行政関係者の断酒会に深い理解のある人達をスタッフとしてご協力をお願いすることは、賢明なやり方であります。

 いつも自分が酒害者であり、自分の酒害について自覚があり、酒害の克服に真剣に取り組んでいれば、この言葉の意味は自然に判るようになります。

17.酒害者は酒のため墓場へ行くか、断酒会で酒を断つか二つの道しかない。
 アルコール症になると、自分の選べる道は2つしかなくなります。

1.酒を飲む方の道を選べば
 毎日飲み続け、間違いなく酒が直接原因で墓場行きになります。あまりにも周囲の人達を傷つけ、自分自身をも傷つけたまま死んで行きますので、人間として生まれたことの意味が何も生かされないまま死んで行かざるを得ません。

2.酒を飲まない道を選べば
 断酒会に入会して酒を断ち、新しい生き方を目指すようになります。豊かな人間関係の中で、幸福を死ぬまで追い続けることが出来ることは、本当に素晴らしいことです.しかも、その道は自分で選べるのです.

 中間の道はないのです。

・断酒する気で入会しても、失敗する人もいますが、酒を飲んだことを反省し、断酒に真剣に取り組むことによって、酒を飲まない道を選べるようになります。

・断酒ずれして、ちょいちょい隠れ飲みをしながら口を拭(ぬぐ)っている人もいますが、必ずアル中らしい死への道を選ぶことになります。断酒が出来ている人に較べると、感動も喜びもなく、人は欺(あざむ)けても自分は欺けず、だんだんと向上心が失われて行くからです。節酒は絶対に出来ず、私達には中間の道はないのです。

◎ 私達には2つの道しかありません。人間でありたいと願うなら断酒の道を選ぶしかないのです.

18.会員は断酒暦に関係なく平等である。
 断酒会は、酒を止めたいという願望さえあれば、、その人の社会的地位や経済状態などは全く関係なく誰でも入会出来、そして、入会してからも全く平等な扱いを受けることが出来ます.

1.断酒会は断酒歴が長いといって特別扱いをしません. 何故なら
・アルコール症という病気を持っていること。
・この病気を克服するには酒を飲まないこと。
・自分の人間としての在り方を生涯考えて行かねばならないこと。
など、共有した方法をとるからです.

2.断酒会は新しい、古いの比較で優劣を論じられない世界です.
・断酒歴のある人でも人間的な成長が止まり、危険な状態になることがあります.
・新しい人でも真剣な取り組みの中で素晴らしい人間になりつつあり、全く不安を感じさせないことがあります。

3、残念なことに、一部の人にその断酒歴を誇り、偉くなっていく人を見受けます.
・例会の中で断酒歴の長い人の説教めいた話には感動を与える力はありません.
・新しい人の必死に頑張っている人の本音には感動があります.
・断酒会では、断酒歴の長さだけで評価しないことが基本にあることを知っておかねばなりません.

◎一番大切なことは、例会では、私達が全く同じレベルで体験を語り、聞くことによって、魂の結びつき、人格の触れ合いを得るということです。

19.自覚なき酒飲みの多い中で入会された勇気に敬意を表する。
 松村会長は、新入会員に対して、いつもどんなほめ言葉を使えば良いか考えていた方です.
 「あなたは、自分の酒害について自覚できた立派な人です.」
 「勇気ある決断に敬意を表します」等です.

◎入会を決意するまでに誰でも悩んだり、迷ったりするものです。
・命より大切だと思っていた酒を断つのですから、生やさしい考え方では断酒に踏み切れるものではありません。
・動機が何であれ入会することは勇気がなければできません.
・本心から酒を断つ気になった人は勿論ですが、たとえ疑心暗鬼であったにせよ、何とかしなくてはと考えただけの入会であっても素晴らしいことです。

 ぼろぼろの心と、よれよれの身体で会場に姿を見せた新入会員に私達は、心の底から感嘆し、敬意の念を持ちます。駆け寄って握手を求めるのは芝居ではありません。そうしなくてはならない衝動に駆られるからです。

 新入会員にとってほめられるということは、どんなに嬉しいことでしょう。自分自身に愛想をつかし、虚無感にとりつかれているときに、他人に認められ、他人にほめられるこの感激は一生忘れることはないでしょう。

20.断酒会員には普通の人より何か優れたところがある。
 優れた素質を持つ人が、アルコール症になる傾向があるなどと、誤解しないで下さい。

 松村会長は「アル中を克服する人は、世間一般の人より何か優れたところがある」と言っていたのであって、それは、アル中(アルコール症)から立ち直るには、「心」と「体」の二つの病気を克服していかねばなりません。病気を一つ克服するのにも相当な努力を要するのに、二つも一緒に克服するというのは大変なことだからです.

・一般の人でも精神的に一歩前進することは困難なことです.

 だから、断酒が継続される中で、一般の人達よりすっと真剣に人生に取り組まねばならないのです。その努力が出来ている人は、何か優れたところがあると言っているのです.

・しかし、優れたところがあるとほめられても、決して思い上がらないで下さい。

 2つの病気を病むようになった原因は自分自身にあり、この2つの病気を克服するのは、私達にとっては義務であり、断酒は私達にっとって当然やらねばならないことですから。

21.節酒は出来ないが断酒は出きる。
 アルコール症を癒すということは、節酒出来る状態に戻すことであると考えていた精神科医等もいました。
 「節酒はできないが禁酒はできる」と、その治療方法を「酒のないところに隔離する。それは1年より2年と少しでも長い期間の方が良い」というスイスのフォーレル博士等もいました。
 「節酒は出来ないが、断酒はできる」と、酒のある地域の中で同じ酒害者と一緒に頑張って行く「断酒」しかないと実証したのは
・アメリカのAAの創始者ビル・ウィルソンやその仲間達。
・日本の「全日本断酒連盟」松村春繁会長やその仲間達です。

◎なぜ、私達は節酒が出来ないのでしょうか。
 アルコール症の恐ろしさの最大のものは、何と言っても
・自分自身の人間性の喪失であり
・周囲の人達との人間関係の破壊です。
 そうしたことのすべては、私達の酒を飲むことによって起きて来たことです。

◎そのため、たとえ、酒の量を減らしたといっても
・酒を飲んでいる自分自身に向上心が起こる筈もなくなく
・周囲の人達も少しでも酒の入っている私達を見て、かつての信頼感を回復してくれる筈はありません。

◎断酒とは「自らの意志によって酒を断つ」ことなので、人間らしい心を大切にしている限り、いつまでも酒を飲むことはないのです。
 そこには生きる喜びが、いつも満ち溢れているからではないでしょうか。

22.飲酒に近づく危険の予防のため自己の酒害を常に認識しよう。
 入会して10日、20日と必死の努力を重ねて、どうやら断酒が続くようになっても、酒を飲みたくてたまらない気持ちは急には消えてくれません。「断酒の喜び」とともに[少しぐらいなら]と考えたりする「飲酒の誘惑」がいつもあるのです。

 長い間、断酒が継続されている人達でも、酒びたりの頃の最悪な状態や、入会当時の苦しかった努力も、いつの間にか忘れ、懐かしい思い出となり、時には楽しかったと錯覚することもあるのです。

 人間の心くらい不思議なものはないのです。時間の流れの中で、どんな苦しかった記憶も過ぎてしまえば、全て美しいものに変えてしまい、酒害の恐ろしさも、それにつれて薄れていくのです。自分の酒害を非常に軽く見てしまう傾向が必ずといってよいほどくっついていることを知っておかなければなりません。

 そうした傾向を危険だと考えて改善しない人は、20年、30年と断酒が継続されたとしても、元のアル中に戻る可能性が強いのです。

2039/09/23のBlog
23.酒害者に対する奉仕は自分の断酒の糧である。
 AAの創始者ビル・ウィルソンは、アルコール依存症であった旧友ボブ・スミスとの出会いがあって断酒が継続されていきましたが、記録の中に、初めの頃は、飲酒へ戻りそうになったことは何度もあったが、その中で彼は「ほかの何が失われても、アルコール依存症の仲間たちと務めに励むこと」が彼を救うということを悟りました。
 「失望しては何度も病院へ足を運び、患者さん達と話すことで不思議に意気高陽できるのであった」と記されています。

 アルコール症で入院している患者さん達に断酒を説いて廻った、その行動が、自分の断酒の糧になっていることに気付いたわけです。「人につくして我が身をたくす」ということです。

 松村春繁会長も断酒会が結成されるまでの1年8ヶ月間、一人で断酒が継続された理由の一つに、下司病院を退院した患者さんに励ましの手紙を書いたり、訪問して説得したりしたことをあげています。

 酒害相談に積極的に取り組んでいる会員達は言います。「最初は酒のために困っている人のため、何かしてあげようと思って努力しているのですが、結果は人のためでなく、自分自身のためになっている」と自分の断酒の糧になることは誰も否定できません。「自分自身のため」そうした意味では、世間一般の奉仕活動とは少々意味が違うかもしれません。
 酒害に対する奉仕は、酒を飲んで苦しんでいる人や、家族と接する中で
・自分にとっての病気の本質をいやというほど再確認出来る。
・酒害者と酒害者の温かい連携。
・人間と人間との触れ合い。
・自分自身の人間としての在り方。
など、あまりにも多くのことを学ぶことが出来ます。

24.仲間の体験をよく聞き、自分の断酒を再確認しよう。
 「語るは最高の治療」という言葉が記録の中にありますが、自分をひたすら語ることは
・自分の持つアルコール症という病気を一番的確に確認することであり、
・過去の誤りを反省をこめ素直に話すことによって、自分の心を浄めることが出来るのです。

◎しかし語るだけでは駄目であって、仲間の体験を熱心に聞くということを並行してしていかなければなりません。
 なぜなら、仲間の話を聞くのに不熱心な人には、やがて自分を語ることが出来なくなります。自分の経験したことが無数にあるにもかかわらず、話せることがだんだん少なくなり、遂には、自分を語るのにマンネリ化し、同じ話の繰り返ししか出来なくなります。
 仲間の体験をじっくり聞いている人は、自分で今まで気のつかなかった心の奥底にある歪み、ひずみ、優しさ、温かさといった短所や長所まで気付いていくことが出来ます。
・仲間の話に啓発されて、いろいろな物の考え方が出来るようになる。
・新しい方で先輩達の話を聞くことによって、何らかのヒントが得られ、体験を話すようになる。
・新入会員の話に感動し、最低だった頃の自分を素直に語るようになったり、
・恰好の良い話だけしか喋れなくなっていた人が、自分の欠点を素直に語っている先輩の話に感動して、事実のみを語るようになったりする。
◎自分の力で創り上げた断酒理論も、それが絶対でなく、まだまだ改善すべきであり、まだまだ成長すべきだと判るのも仲間の体験話からです。

2039/08/23のBlog
26.断酒会に入会すること。
 アルコール症は一人で克服は出来ない病気であります。だから、アルコール症者は断酒会に入会する事によって全てが始まります。

 しかし、そうした事実は入会して断酒が出来てはじめて判るものであって自分の酒に悩みながらも入会の決断が出来ない人達にはなかなか判りません。

 しかし、一人で何回となく断酒に挑戦し、失敗を重ねながらも断酒への願望を捨てることなく、遂に断酒会につながった人達を私達は心から尊敬します。

 松村会長の新入会員の歓迎の言葉の中に入会に踏み切った勇気と決断をたたえながら必ずといってよいほどこう付け加えていました。「入会しただけで貴方の断酒は90%成功したと言えます。しかし、残りの10%がなかなか難しいのです。早く会員にとけ合って、一緒に努力すれば必ず断酒に成功します。」
 稀(まれ)には一人で断酒に挑戦して頑張っている人達もいます。しかし、残念なことに、一人だけの弱さがいつかは出て来るものです。
・なぜか断酒会のように判り合える仲間が居りません。
・断酒の理念を知ることが出来ません。(断酒して生涯幸福を追い続ける)
・一人だけでは、一人だけの独特な考え方でだんだん断酒の方向を見失い、やがて失敗につながるのです。

◎断酒会なくして断酒なく、断酒なくして己れなし
2039/07/23のBlog
27.最初の一杯に口をつけないこと。
 入会当初は、ただひたすら我慢のときで、私達は何故、断酒しなければならないか、何のために断酒会に入会したのか、考える余裕がなくなることがあります。

◎そうした時の私達の酒との闘いは、酒の入ったコップを手にするかしないか、極めて単純な二つの選択を迫られることになります。
・ちょっと考えて下さい。私達にとっては一杯の酒が一升・ニ升の酒と同じであるのです。私達は適量が判っていないがら、それを守ることの出来ないアルコール症という病気を持っているのです。
・そうした切迫した状況に時々なる人は、それの予防として、お金を持たないようにしている人もあります。

◎また短期間の断酒の出来ている人で少しぐらいなら大丈夫と考えて、試し飲みをする人もいます。
・今までの努力の跡を振り返ってください。
・失敗の経験のある人は、それを思い出してください。
 ほんのちょっぴりで何回となく、どうしようもない状態にまでなったのではないですか。

◎笹の露ほども飲んではいけないのです。一滴の酒で命を失うことになるからです。

28.時間励行。
 「アルコール症の人は狂った時計を持っているようだ」といわれています。
 どんな大切な約束があっても、酔っぱらっていれば平気ですっぽかし、約束の場所に行く途中にでも飲みたくなるとすぐさま予定を変更しました。私達の持っていた時計は飲みたい欲望と酒の酔いの加減で自由自在に針が動いていたのです。

 私達は断酒会に入って、時間が特別に厳守されていることに驚きました。断酒するということは、酒を飲まないだけでなく、酒に支配されていたすべての状態から脱却することであると教えられ、時間に関しても酒のために自由自在に振り回されていた狂った時計を捨てて、正常に時を刻む時計を持つことであると理解しました。

 例会は雨が降っても火が振っても定刻に開かれます。会長や支部長や司会者が遅れてもそんなことには関係ありません。定刻には、きちっと閉会されます。

 酒のために生活の折り目、切り目を失っていた私達が、断酒して社会に適応するために一番手近にあってやれることが、この時間遂行でもあるのです。難しい断酒理論を理解することよりも、時間通りに例会に出席することの方がずっと重要です。

 松村会長が時間遂行を特に強調していた最大の理由は、断酒して新しい人生に取り組むためには、従来の日常生活を一新する必要を痛感したためです。そのスタート地点にあるのが時間を守ることだったのです。

◎私達は、断酒会員としても、社会人としても、きっちり時間を守らなくてはなりません。

29.仲間に励ましの手紙を書こう。
 松村会長は、全国行脚の列車の中で、駅のベンチで、事務所で、自宅で寸暇を惜しんで励ましのハガキを書き続けました。

 失敗し、絶望して断酒会を撤退しようとしている仲間達は、一様に孤独になっています。劣等感や無力感の中で再び酒を手にするようになっているのです。

 そうした仲間達に温かい励ましの手紙が届いた時、彼等はもう一度やり直す気になるのです。励ましの手紙でなくても、例会案内のハガキでも、彼等は断酒会の仲間達との間に見えない糸でつながれている友情を感じとれるのです。

 松村会長からもらった励ましの手紙で、もう一度断酒への再スタートをした仲間も多く、また、例会案内のハガキでもう一度何とか頑張って見ようと決意した仲間もいます。

 お互いに頑張っている者同士が励ましの手紙を交換したり、断酒に踏み切ったばかりの一番苦しい状態の仲間に励ましの手紙を出すことの重要さは誰もが知っていることです。

 全国大会やブロック大会、または研修会等で、遠くの仲間達との交流も盛んです。

◎連帯の輪を大きく拡げるためにも励ましの手紙を仲間に出しましょう。
2039/06/23のBlog
30.全国組織の拡大につとめよう。
 松村会長が酒害者のために全国行脚をはじめたとき、「全日本断酒連盟会長」という肩書きのある名刺をいただいた方が、「たった高知と東京の二つの会で全断連とは少々オーバーだ」と思ったそうですが、いや「全断連というのは大風呂敷ではなく、何が何でも全国の酒害者のためにひろげなくてはならない志だった」と理解したそうです。

 松村会長は少しでも早くに全国に断酒会組織のネット・ワークをひろげ酒害に苦しんでいる人達の為ために力を貸さねばならないと考えていました。病躯を押して全国行脚を続けたのもそのためです。

 「全断連の原点は、何といっても松村春繁会長の全国行脚である」と言えます。

 「断酒できた喜びを、酒害の何たるかも知らずに苦しんでいる酒害者とその家族のために一刻も早く伝える」という酒害者救済活動は、断酒会活動の原点であり使命でもあります。

 酒で苦しんでいる人や、その家族に接することで、ともすれば薄れがちになる自分の酒害の記憶を生々しく思い出し、自分のやるべきことが再確認できます。

◎常に愛と感情を自分のものにできる純粋な酒害相談活動に取り組みましょう。

31.厳しさのないところに断酒なし。
 アルコール症を克服することの困難さは、普通の病気とは根本的に異なった病気であることです。
 普通の病気になると、医師は診断し、病名をつけ、治療してくれます。少々時間がかかったとしても元通りの状態に回復します。

 しかし、アルコール症を克服するためには、医師の治療を受け回復したとしても、それは一時的に元の状態に戻ったということで、それから先は自分で治して行かなければならないのです。再び飲酒するとすぐにも元の状態になるため、自分の努力で断酒していかねばならないのです。

 そして、私達がアルコール症を完治するためには、生きている限り断酒しなければならず、「断酒実践は永久の課題です。」
 従って、いくら長期間断酒が出来ていても決して真剣な取り組みを怠ってはなりません。

 私達は人間としての在り方を間違え続けて来た歴史を持っています。断酒して新しい生き方を始めた現在、少々厳しいと思っても常に人間としての在り方を考え、酒のみならずあらゆる面で過去の甘ったれた生活を反省し、改善して行かねばならないのです。

 また厳しさは他の人達に求めるのではないのです。厳しさに馴れ、厳しさを楽しさに変えてこそ、本当の意味での断酒が出来るのです。

32.実践第一。
 松村会長や多くの先輩達が考えていた断酒法を一言で説明すると「実践第一主義です」ということになります。

 時間と労力をかけなくても、アルコール症の病識を徹底的に頭にたたき込めば、或いは断酒出来るかも知れません。自宅で、心静かに内観でもすれば、或いは酒を飲まなくなるかも知れません。しかし、そうした傾向の断酒を志した人に現在断酒が継続されている人は居りません。

 何故でしょうか?随分長い時間をかけて酒を飲み、随分長い時間をかけて次々と周囲の人間関係を駄目にし、自分自身もだんだんと駄目になって行くのに気が付き、「止めよう!止めよう!」と何回となく考え、反省し、懺悔し、そして飲み続けてきた歴史があります。アルコール症への軌跡を遡(さかのぼ)って考えれば、そんな楽な方法ではとても断酒は続けられないと思います。

 やはり、アルコール症者が断酒し、断酒を継続するためには、体を使って例会に出席し、足を使って酒害相談に駆けめぐり、そうした行動の中で仲間達と徹底的に判り合う努力をし、また、自分自身を知る努力をする。即ち、行動の中で断酒とは何か?について考えて行くしかないと思います。

 「松村方式」の持つ二大理念である「新生」と「連帯」には、日常生活の中で真面目にこつこつ働きながら、新しい生き方を創り、仲間達と心の底から判り合える連帯をするために常に仲間達のいる場所に出て触れ合う機会を作るという実践活動なしでは考えられないのです。

 実践の中で得たものを、自分の持つ理性を使ってじっくり判断して始めて体得できるものだと思います。

33.他力による断酒でなく、自力、自覚の上に立つ断酒であること。
 入会当初は当人がこれといった断酒への動機付けができず、何のために断酒しているのかはっきりしない場合があります。しかし断酒会は不思議な力を持っており、たとえ当人に積極的な努力がなくても、何とか断酒の日々が続くとそれなりの自覚も芽生えて来ます。そして、断酒の喜びも徐々に感じるようになりますが、まだまだ家族のために止めてやっているとか、先輩会員のために止めてやっているというような甘ったれた考え方も残っています。

 断酒は自分自信のためにやるのであるという自覚を持つことが大切です。自分以外の人のためにやる断酒では到底永続きはしないと思います。

 自分の努力が自分の生き方を良い方向に変えていることが判れば、積極的に断酒に取り組むようになります。そうした良い方向に考えを変えてくれるのは例会です。その例会で恥ずかしがらずに過去の体験や現在の考え方を事実通りに喋れることによって、自然に断酒の自覚も出来、自分の力で精一杯頑張るものだと気付くようになります。

 押しつけがましい意見を述べたり、考え方の間違いを細かく正したりしないのは、そうしたやり方が決して彼等に自覚を与えないことを知っているからです。

 永く断酒が継続されている先輩の歩んだ道や考え方を真似すること、それ自体は決して悪いことではありません。しかし、いつまででも先輩の真似では断酒は続かないでしょう。いつかは自分で自分に最も適した方法を捜し、自分に一番似合った断酒理論を持つべきでしょう。

◎他人の力に依らずに、自覚の上に立った断酒を確立しましょう。
2039/05/24のBlog
34.失敗しても悲観するな、成功への糧とせよ。
 私達は失敗することによって自信をなくします。「断酒会に入っても酒の止められないどうしようもない人間だ」と卑下し、断酒することを諦め、「俺はこんな生き方しか出来ないのだ」と考え、ますます飲むようになります。

 断酒会では何回となく失敗しながら、その失敗の中から自分自信を見つける力をつけ、成功に結びつけた人は沢山います。決して諦めないで下さい。家族も同様です。
 挫(くじ)けずに素直になって自分自身を洗い直してみましょう。入会時の白紙の状態に引き戻してみましょう。多くの誤まりに気付くことでしょう。

 再び失敗しないために、前回の失敗の原因について考える必要があります。失敗のパターンは自分が一番よく知っています。
 前回と同じ傾向が見えた時は、従来と全く違った考え方や、やり方を選ばなくてはなりません。そうでないと失敗します。
・例会出席がだんだん減っていたのではないでしょうか。断酒優先を常に考えて下さい。
・少し断酒が続いたからといって、少々断酒することの持つ意味を軽く考えるようになったのではないでしょうか。
・何か壁につき当ったとき、素直に仲間に相談しなかったのではないでしょうか。

◎「失敗した頃と同じ考え方、同じやり方が次の失敗につながる」ということの確認が、失敗を乗り越えて成功するための糧となる一番大切なことであります。

35.消極的だが初心者は酒席に出ないこと。
 松村会長は、そのケース、ケースで言葉を使い分けており、酒席に出ないことが消極的というよりもむしろ積極的な断酒法であると言っていた方が多かったようです。

 私達は断酒することによって自分自身の中に「酒のない文化」を作りつつあるのですが、一般社会人として酒席について考えた時、無視できないものに冠婚葬祭等の義理があります。

 入会当初の不安定な時は、家族が代わりに出席したりします。当人が出席しても、早目に出席して早目に帰るという方法を取っています。それは飲酒の誘惑に駆られるから危険だということだけでなく、私達断酒会員と一般飲酒者との間には大きな差があるからです。
 その差とは、酒を飲むことによって酒そのものの価値判断が、彼等とは全く正反対になっているのです。酒席での長居は無用です。
 愛酒家にとって一滴も飲まない人間と同席することは、余り気持ちが良いものではないようです。座が白けることがあったり、酔いが進むと無理に飲まそうとしたりします。初心者に限らず酒席に出ることは極力避けた方がよいのではないでしょうか。自分のためにも相手のためにもです。

 この言葉は「消極的だが」を除いて「初心者は酒席に出ないこと」として考えた方が良いと思います。

36.姓名を堂々と名乗り、断酒会員であることを明確にせよ。
 AAが匿名にしたのは、その方が断酒するために有利であり、私達の断酒会が姓名を堂々と名乗るのも全く同じ意味です。
 欧米ではアルコール症であることが判ると、社会的に大きな差別を受けるようです。しかし、我が国では断酒会に入会して酒を止めることによって、評価されても、新しい偏見を生む心配はありません。

 酒は冠婚葬祭の儀式には欠くべからずものであり、その他の神事に於(お)いてもおなじです。酒は人間関係を円滑にするために使われており、そうした酒席に参加することが半ば義務のようにも考えられています。そうした酒席に出て明確に断酒会員であることを名乗らなければ、他の理由では盃一杯の酒を断る理由にならない場合が多いようです。

 アルコール症であること、断酒会員であることを恥ずかしがらずに堂々と名乗ることで、私達は酒を飲まずに社会に適応していくことが出来るのです。

 稀(まれ)に、姓名を名乗るだけではなく、断酒会に於(お)ける役職名まで得意になって名乗る人もいますが、見当違いもよいところです。私達は社会に対して断酒していることを明確に意思表示する必要がありますが、無名志向であることに間違いありません。

 一日一日こつこつ努力を積み上げて行くことを、世間一般では不言実行という言葉で表現しますが、同じ努力の積み重ねでも断酒会は世間に名を名乗り、例会では事実を語り抱負を述べます。有言実行だとも言えなくもないでしょう。
2039/04/24のBlog
37.各人の性格の相違を認め、各人が自らの体験を通じて体得せよ。
 アルコール症による性格は、意志の弱い人、依存心の強い人、内向型の人等で、ひどい場合は異常性格の持主だけがなるとまで言われたものです。

 確かにアルコール症になってからの私達には、共通した物の考え方や、性癖とも言えるものが見受けられますが、ありとあらゆる性格の持ち主が居り、共通した性格の持主がアルコール症になるとは信じられません。

 断酒会に入会されたばかりの会員達に多少の似た傾向があったとしても、断酒が継続されている中に、断酒方法論に性格の違いから来た発想の差をまざまざと感じます。
・例会で学んだことをただひたすら、こつこつと積み重ねるlことによって、まず自分自身の改善に全力を集中する人。
・自分自身の改善は行動の中から自然に出来ると考え、例会だけでなく酒害相談、教宣活動と最初から幅広く動く人。
・例会は安らぎを与えてくれる場所と考えて、ゆったりとした表情で坐っている人。
・例会は厳しさを与えてくれる場所と考えて、いつも緊張した表情で坐っている人。
・暗い過去を主にして体験発表をする人。
・明るい現在の生活を主にして体験発表する人。

 断酒に真剣に取り組む姿勢は同じでも、性格の違いから来る断酒方法論はさまざまです。そうした時は、どちらの考え方が良いか悪いかを、断酒会で論じるような愚かなことをしないのです。
 基本的な断酒会の持つ理念さえ理解されていれば、方法論はその人その人の体験の中で少しずつ変ったり、または変ることなくしっかりと自分の心の中に定着するのです。日常の実践活動が真剣になされていればとやかく批判されることはないのです。

 松村会長の言いたいことは「自分の考え方に自信を持ちなさい。そして、相手の考え方も肯定しなさい。性格の差からくる考え方の差は致し方ないもので、そんなことよりも一番大切なことは、真剣に努力してつかんだものを完全に自分のものにすることですよ」であると考えます。

38.お互いが欠点や失敗を話し合って、裸のふれ合いが出来るようにつとめること。
 アルコール症の特徴の一つに見栄っ張りがあります。私達は見栄を捨てないことには、仮に断酒が出来ていても永続きはしないのです。
 見栄っ張りの人は過去の恥ずかしい体験を語ることも出来なければ、現在の苦しい状態も打ち明けることが出来ません。むろん、自分の欠点を語ることも出来ないでしょう。

 例会に出席しても恰好の良い話や、建前しか語ることが出来ず、何でも素直に事実が言えないため本当に理解出来る仲間になりにくいのです。何故なら、本音の出ない人を理解するくらい難しいことはなく、また近寄りにくいのです。

 断酒会で酒が止められている最大の理由が、平等の立場から参加した人達が、例会の中で事実あった体験と本音を素直に話すことで、お互いの人格の触れ合い、魂の結びつきがあるからだと言われています。そうした人達にはこうした断酒会の持つ一番大切なものを自分のものに出来ないのです。

 アルコール症に至る要因は複合的で、長い年月大量の飲酒をしたという共通点以外には相当な差もありますが、アルコール症になってからは急速に人格の低下が進むのは同じです。そのため、飲酒時代を事実通り語れば、全員碌(ろく)でもない体験はあるものですし、また。断酒してからもいろいろな欠点に気付く筈です。

◎失敗を語り、欠点を認めることがアルコール症を克服する鍵です。つまらない見栄は捨てて、裸のお付合いをして下さい。

39.酒の奴隷になるな。
 「酒にとらわれた自由のない哀れな奴隷になるな」ということでしょう。
 松村会長は「酒の力は、我々の意志をはるかに上回る」と言っています。過去の自分を振り返って見れば容易に納得出来ます。

 何をやるにしても、何を考えるにしても私達は酒を飲んでいなければならなかったのです。素面では何も出来ない酒の奴隷でしかなかったのです。

 あの酒浸りの生活の中で「酒があるからこそ生きていけるのだ」と考えた人は多い筈です。したがって、この言葉の意味は簡単なことで「酒を飲んで、その酒の酔いに勝てるアル中はいないから、酒を止めるしか方法はないのだ」ということだと思います。

 「酒は飲んでも呑まれるな」と世間一般ではよく言われますが、これも酒の奴隷になるなという意味を含んでいますが、それとは全然違うのです。

40.断酒会員であることを誇りに思え。
 もちろん「アル中」であることが誇りになる筈はありません。心身共にボロボロの状態からアルコール症を克服し、自分自身の新しい人間像を求めて努力する姿勢そのものが誇るに足るという意味だと思います。

 過去、無意味に送った長い年月を惜しいと後悔することもありますし、と言って、今から一体どんな事が出来るかとも考えると、もうたいした時間もないから酒さえ飲まずに無事平穏に暮らすしかないのではないかと考えるようになったりします。

 しかし、どんなに年を取ってからの断酒であっても、新しい生き方を目指さなくては、断酒そのものも危ないのです。従って、断酒が継続されている人達は、それぞれ創意工夫をして、何処に出しても恥ずかしくない誰と較べてもより立派な誇るに足る生き方をしています。そうした人達は、自分自身に誇りを持って、人生に取り組んでいます。断酒会員は、世間一般の人達よりずっと真剣に人間としての在り方を追求しているのではないでしょうか。

◎断酒会はアルコール症者が酒を断つ会であると同時に、誇るに足る生き方をしている人達の会でもあります。