時々イギリスにいる娘にあれこれ食料品を詰めた
ダンボール箱を送ります。
サトウのご飯、レトルトのおでん、切干大根、おたべ、お汁粉
のり、鰹節・・・
百貨店やいろんなお店で日持ちのするものを見つけたときも楽しいし
箱に詰めたり、手紙を書いているときも
家で怒り飛ばしていたときとは違い(笑)、優しい気持ちになります。

私の母が在宅で癌のターミナル期を過ごしていたとき、私は実家から出勤するように
していました。母は朝になると在宅酸素のチューブをたらりたらりと音をさせて
台所にやってきます。台所で何を始めるかというと、椅子に座って
私のお弁当作りです。
母は転移した癌のせいで何一つ口に出来ないのに
「味見できないから美味しいかどうか・・・」といいながら
あったかいお弁当を渡してくれました。

いくつになっても
そして自分がどんな状態になっても
母親は「母親」なんだ。

それから母は横になります。
母の食事は点滴だけ。
それも浮腫がひどくなるので少しだけです。
出勤して昼休みに自転車を飛ばして家に戻り
点滴の針を抜くのが私の役目でした。「夕方帰るからね」
今思えばつらくて長い時間を一人ぼっちにしていました

人には誰かを助けてあげたいという「援助欲求」があります。
そして必要とされたいという「賞賛、承認の欲求」があります。
もしお母様を介護されている方があれば
してあげることばかりではなく
お母さんがいてくれるから毎日が幸せで
私は守られていて寂しくないと、何かの形で伝えてあげてください。

在宅で最後を迎えるために頑張っていた母でしたが
死の2週間前に病院に入院しました。
母のベットの横に簡易ベットを置いて寝ていた私は夜中に
気配で目を覚ましました。
そっと見ると母がベット越しに手を伸ばし私の頭を
まるで小さい子をなでるようになでてくれていました。