「長崎レポート⑩ 浦上教会と永井隆博士」

この度の長崎レポート、これで終わりとなります。

平和公園の近くに、

浦上教会と長崎市永井隆記念館があり

行って来ました。

爆心地は長崎市の中心地より少し北側、

明治期〜戦前より東洋一の規模を誇る

浦上教会のある浦上地区です。

ここは三方山に囲まれた場所で、

原爆を落とした立場とすれば、

その効果(破壊状況)を検証しやすかったのでしょう。

ほぼ爆心地なので、

浦上教会も跡形もなくぶっ飛び崩壊してしまいました。

戦後、信者の方々のご尽力により

再建されたのが今の教会です。

憎き有色人種(人間扱いしない思想)に加え、

この長崎では眼下に、自分たちと同じ

クリスチャンがたくさんいると知った上で

原爆投下をした訳です。

アメリカの国家犯罪って、

そんな視点から観てもとてつもなく重いです。

裏を返すと、敬虔なクリスチャンなど

政治家や軍人には存在せず、

本来のクリスチャン的思想を日々の生活に実践せず、

キリスト教(宗教)の本来の目的である

「自他の幸福の実現」ではなく、

「自己の利益/国家権力の拡大のための道具の一つ」

でしかない訳です。

これはかつてのローマ帝国の十字軍や

ポルトガル人(ポルトガルの国家権力者たち)が

戦国時代の日本にやって来た真の目的・・・

「異教徒は殺せ、処女は分かち合え」という、

【究極の自我】に基づいて領土や富を貪り続けて来た

人間の子孫が今、この地球に蔓延ってっている訳です。

虚実を真実として歪曲し、

その罪が子々孫々積み重なっている・・・

今の地球人類の罪が一体どれほどたまっているのか?

そう思いますと、

いよいよ本格的に起こる地球規模の同時多発の

あらゆる災いは【必然的な流れ】であります。

さて、永井隆博士のことです。

永井博士こそ「敬虔なカトリック」で、

本来のクリスチャンとしての生き方を貫かれた方だと思い、

深い感動を覚えました。

明治41年島根県松江市生まれ。

長崎医大を主席卒業され、放射線医学を研究。

この浦上教会で洗礼を受け、この町で暮らす。

(奥様が地元の敬虔なカトリック、2児をもうける)が、

自らが放射線被爆し昭和19年、

慢性骨髄炎白血病で余命3年と告げられる。

そして長崎の原爆でも被爆。奥様は自宅焼け跡から

黒焦げになって見つかり、

博士の手で遺骨を埋葬する。

ご自身は大学の宿直で一命は取り留める。

(子供は疎開していたため無事)

救護班をつくり巡回医療を行う。

長崎医大の教授になり、長崎医学会で

「原子病と原子医学」を発表。

以後、病魔により病床に伏す。

畳二畳程の「如己堂」を建て、移り住む。

(長崎市永井隆記念館の隣に現存)

病床に伏しながらも様々な著書本

『長崎の鐘』『この子を残して』『乙女峠』などを制作、

本の印税など私財を投じて

子供たちのため図書館も建設される。

長崎名誉市民の称号を贈られる。

1951年5月、43歳で亡くなる。

(本人の遺志により遺体を解剖)

人類愛に満ち、世界平和を祈り

【如己愛人】に生きられた方。。。

涙なしでは語れません。

いつか必ず、永井博士の本を読みたいと思います。

永井博士の愛した浦上教会に行った時、

ちょうどミサが行われていました。

とても大きな教会で200名くらいの信者さんがおられました。

カトリックのことは良く分かりませんが、

“大きな一つの家族”のような感じで、

みなさん笑顔で仲良くポカポカされ、

教会全体が愛でみちみちていました。

信じる宗教は、一つの<個/価値観>であり、

全てではありません。

人間、加えて地球に暮らす

全ての存在がお互いを尊重し、共存共栄していくために、

私たち人間はオオイナルカミより、

人間のかたちをした体を与えられたのです。

決して地球を我がものにする・支配するために

与えられたのではありません。

マリア様もイエス様も・・・キリスト教の神々も

そうおっしゃっています。

そして“我が子”の大罪を嘆き悲しんでおられます。

禁教時代も含め400年以上続く、

我が国のクリスチャンの歴史。

この地に完全に土着融合し、

とても美しい音色〜まさにハーモニー/

調和の念〜を長崎の町に響かせていました。。。☆

■浦上教会

https://www.nagasaki-tabinet.com/junrei/122

■長崎市永井隆記念館

https://nagaitakashi.nagasakipeace.jp/japanese/