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よしこちゃんの部屋
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2018/11/22のBlog
[ 19:03 ] [ 遍路修行日記 ]
近畿二府四県と岐阜県にまたがる

「西国三十三所めぐり」。

すったもんだありましたが、

おかげさまを持ちまして

全て打ち終え結願しました(ー人ー)☆



昨年サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路

(スペイン巡礼)→熊野古道(中辺路ルート)

徒歩巡礼(【二つの路の巡礼者】達成&登録)、

そして、熊野三山の一つ・熊野那智大社にお参りに行った際、

その隣にある西国1番・青岸渡寺にお参り&

西国33の御朱印帳をゲットし、西国巡礼スタート・・・と、

私の中ではこれらは一つの流れとして連続しており、

この三巡礼全てを結願し、感無量です(T0T)☆



そもそも何故この西国巡礼をしようと思ったのか?

それは、私の父方のおばあちゃんが生前、

この西国33と四国88をお参りし、

二つの【掛け軸】を作り、

おじ(故人)経由で今、私の手元にあるからです。



四国88に関してはしょっちゅう

お参りしているのでいいのですが、

西国33は私自身は一度もお参りしていないのに、

私がその掛け軸を持っているのは

観世音菩薩様に対して申し訳がないので、

いつか一度はお参りしようと思っていました。



以上の理由により、

私自身にとっては一周目のお参りですが、

これは完全なる【お礼参り】であり、

おばあちゃんの掛け軸の“おかげさま”を日々頂き、

その御恩に対する“報恩感謝”ということで、

全札所に直接伺って手を合わせて参りました。



帰宅後、この掛け軸を改めて観ますと、

なんだかよりぐっと“観音さん”が私に近づかれ、

ますます親近感が沸いてきました。

これからは観音さんの更なるおかげさまを頂きながら、

「世の音を正しく観ずる人間」を目指し、

ますます精進して参りたいと思っています。



今改めて思えば、私のおばあちゃんは

“観音さん”みたいに、物事を正しく観、

と同時にしなやかで誰にでも優しく慈愛に満ちた人でした。

ほんと、おばあちゃんを筆頭に、

故人である先祖の【御徳】をたくさん頂いていることに、

ますます感無量で、感謝しかございません。



今回の西国33で最も学んだことは、

【「見る」のではなく「観る」。

「心で観(かん、感)ずる」ことの大切さ、その真髄】です。

単に肉眼の網膜に映るものを「見る」のではなく、

その中にある目では観えないものを、

自らの心の中でちゃんと観することが、

真の幸福への道のスタートであり、

幸福そのものであるということです。



私自身、まだまだそのような心眼を得ておりませんが、

その方法を今回、33の観世音菩薩に

教えて頂けたような気がいたします。

あとはそれを元に、

更なる行に励みたいと思っています(ー人ー)☆



なお、ブログの方に、

個人的な西国33観音霊場全体の感想や、

四国88との違いを下記のブログに記させて頂きました。

加えて、美しい西国の風景写真もアップさせて頂きました。

ご参考までにどうぞ~(^^)♪



お世話になった全てのみなさま、ありがとうございました。


あくまでも個人的な私見ですが・・・

「西国三十三所めぐり」の感想と

「四国八十八ヶ所霊場めぐり」との違いについて

徒然なるままに記載させて

頂きたいなと思います(=人=)☆



●なぜ西国33に行こうと思ったのか?

上記のブログに記載させていただきましたように、

おばあちゃんの掛け軸を頂いたから・・・

という理由が最も大きいですが、それ以外にも、



現在西国33では、「草創1300年」ということで、

大々的にアピールを行っており、

記念の御朱印や、散華が頂けるという

実利的なおトク感があり。。。



そして来月、四国88の【公認中先達】に

昇補させて頂きますので、

四国88以外の巡礼遍路について

知っておいた方がいいと思い、

(比較検証のため)

西国巡礼を決意しました。



・サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路 

(徒歩巡礼114キロ サリア→サンティアゴ・デ・コンポステーラ間)

・熊野古道

(中辺路ルート38キロ 滝尻王子→熊野本宮大社間)

・西国33巡礼(自動車)



上記3つの巡礼以外に、「番条のお大師さん」という

奈良のある集落に、お大師さんの像を持つお家が88軒あり、

毎年4月21日のみ、一般人も含め、

88軒全部にお参りが出来るという

一風変わった遍路(四国88の模倣霊場の一種)があり、

これに行けば、地球上にある

私が行きたい巡礼遍路は全部終わります。

http://www.pref.nara.jp/29916.htm



●観音霊場について

西国33のお寺のご本尊様は全て

観音様となっております。



観世音菩薩様は、【水】の仏様・・・

水のような性質を目指す人、

心が水(うるおい)を求めるような人に

オススメしたいなと思います。



なお、四国88の場合、

ご本尊は観音さんのところもありますが、

如来系・菩薩系・明王系・・・いろいろあり、

更にご本尊とセットでお参りする

「大師堂(お大師さんが祀られているお堂)」もあり、

水以外の要素・・・

地(土)・水・火・風、そして空

五輪塔で有名な要素(仏様)が全部揃っており、

四国88はその五代要素で一つの宇宙を成しております。



西国33は、水に特化した霊場、

四国88は五代要素全部を網羅した霊場

という感じがいたします。



で、この違いを更に具体的に申し上げますと、

西国33は、【現世利益】に特化しているように感じました。



心がかわき、こころがすさみ、どうしようもなくなって

神仏に救済して欲しい!と願い、

せっせとやって来たという感じがいたします。

即効性があり、

「とにかく今困っていることを何とかしたい!」と

切実に願ってやって来られる感じです。



一方、四国88の場合は、

当然のことながら、現世利益を求めて

やって来られている人も多いのですが、

それ以外に「先祖供養」「子孫繁栄」「天下泰平」など、

自分以外の人の安寧また、過去や未来、

別の世界に生きる人の幸福などを

祈っておられる人も多いです。



西国33と比べ、四国88は、

私のような2周以上お参りしている

リピーターが多いので、結果、

「お礼参り」的にお参りされたり、

自分のことは叶えられたので、次は

自分以外の他者のことを祈る人が

増えて行くのかも知れませんね。



<つづく>


西国33をお参りしていて、

ちょっと違和感を覚えたのは、

一人(もしくは二人)が、何枚も何個も、納経帳や掛け軸、

白衣を持参され、納経をされていたことです(^^;)



一人で納経帳3冊に、白衣3枚、掛け軸1つ、

二人で納経帳4冊、白衣6枚、掛け軸1つ、、、

ご本尊の御前にて、読経すらされない人たちが、

まさに“スタンプラリー感覚”で、

せっせとやって来ては消えて行く・・・

どうもお参りの効果が薄れそうな人たちが結構おられ

同じ巡礼者として残念でした。。。



その点、四国88は、一部のお寺では、

「納経帳は一人一冊」とバシッ!っと決められ、

徹底されています。



そのあたりのルールが西国33ではない・

徹底していない・個人の判断に委ねられているので、

巡礼者は「あの人のためこの人のためにも」と、

身辺のお参り出来ない人のため、

また「せっかく行くんやから、

出来る限りたくさん納経して欲しい」という自分の欲、

そして【本来の巡礼並びに納経の意味や意義】が

分かっていないという無知さにより・・・



更に、お寺側の売上利益のため、

納経代の領収書はこちらから求めない限りは出されないので、

宗教法人ならではの免税処置で全てお寺の収益になり、

そんな巡礼者を完全に「黙認状態」になっているようです(^^;)。



西国33納経所の方々は、四国88のように

一度にたくさん書かれた経験があまりないようで、

ゆっくり丁寧に書かれます。

(それはとてもステキなことなんですが・・・)



また2周以上お参りし、ご朱印を重ねる風習もほぼなくて、

時間短縮出来る「重ね印」の人を私は今回一人も見たことがなく、

全員が真っさらなものにご朱印されていたので

時間がかかります。



その点、四国88の納経所の対応は慣れていて

素早くて素晴らしいです。

ただ、時々雑に書かれますが・・・(^^;)。



以上のように西国33のお参りする人数(実数)と

納経する数がかなりの開きがあるので、

何人西国33にお参りに来られたか?

その数を把握するのは困難だと感じました。



西国33のお寺は規模の大きい有名なお寺が多いです。

お寺自体のパワー・おかげさまの力が凄いです(^人^)☆



が、西国33のいち巡礼者として

私が個人的に感じる問題は、

所謂【観光寺院】として、信仰心ゼロ

また乏しい方々が多数来られるために、

その大多数の人間が持ち込んだ

【よくない気】がまぁまぁ凄いです。。。(^^;)



残念ですが、仕方がありませんね。。。



その点、四国88は、

一つ一つのお寺の規模は小さく

パワーは大きくなくても、

【お四国】という島自体の地場のパワーが

まず素敵に凄くて、

その次に【88でワンセット】な上、

観光客・信仰心に乏しい人が来ない・

お遍路さんしか来ないお寺が多いので、

西国33の観光寺院に比べ穢れ具合は極端に少ないので、

清々しくお参りが出来、

四国遍路の【おかげさまの力】は強いと

個人的に感じました。。。(=人=)☆



<つづく>


あと。。。

意外と西国33巡礼はお金がかかりました(^^;)。



西国33では、殆どのお寺は駐車代金がかかります。

安いところで250円、高いところで2200円。

やはり京都市内がベラボウに高いです。



更に入山料や環境整備費として、

200円~1500円、殆どのお寺で支払いました。



土地代の安い・・・またお参りする人から

あれこれ徴収する風習のない四国88のお寺とは

違う概念が西国33にはあります。



四国88はまず、入山料はどこも徴収しません。

環境整備費として、山の上にある為に道の

整備費用として取るところは1つだけです。



駐車場代金に関しては高くても

500円程度で殆ど無料です。



そんな意味では、お金の無い・払えない人は

お寺の境内には入れてくれず、

観音さんを目の前にしてのお参りが出来ないようです(^^;)。



つまりお金の無い人・・・所謂“貧乏人”には

開かれていないのが西国33霊場です。

私はここに現在の西国33に対して、違和感があります。。。



仏教って、お金のある人にしか開かれていない

幸福への教えなのでしょうか・・・?


・・・ま、このような感じで

「いち巡礼者としての違和感」を感じることが

チョコチョコありました(^^;)。

----------------------



西国はお寺は33しかないのですが、

以上のような事情で意外と費用がかかります。



そして今、

奈良や京都は今世界からも観光客が押し寄せており、

渋滞があったりとにかく騒がしくて、

心落ち着かせて信仰を深める環境としては、

ちょっと残念な状態です(^^;)。



その点、今の四国88は、

西国33にスポットが当たっており、

団体お遍路さんが西国の方に押し寄せてて少ないので、

今が“行き時”だと感じています(^^)♪



<つづく>


そして何より、

西国33と四国88との絶対的違いが、

四国88には「お遍路さん同士のコミニティ」と

「お接待(お遍路さんと地元の方とのコミニティー)」があり、

西国33はほぼ無いということです。



これが私の致命的な西国33には

二度とお参りに行かない理由です。

逆に四国88に人々がハマル理由は、

これや☆と私は観ています(^^)♪



見ず知らずの人々が

【お大師さん】というご縁に

導かれ出会うんです。



同じお遍路さんであるという、

一つの大きな家族の一員となり、

その共通の話題から、

いろんな学びや気づきが更に拡がり

深まっていきます。



また、地元の方々が「お接待です」と

いろいろな施しを私たちお遍路さんにして下さり、

そこからもまた違った感動や

感謝が水紋のように拡がっていきます。



西国33はひたすらお寺に

お参りすることだけで毎日が終わって行きます。



四国88はそれに加えて、

必ず宿泊を要しますので、

お遍路さんが多く泊まる「遍路宿」や

「宿坊」に泊まれば必ず夕食と朝食が

同じ時刻に宿泊する人全員食堂で食べますので、

自然とお遍路さん同士が会話をし、

仲良くなります。

そのご縁でフェイスブックで

今も繋がり(ご縁)のある方も多いです。



西国33巡礼の時、

天橋立にある民宿に一泊しましたが、

隣の部屋にいた関東方面から観光に来た家族が

周りの人への配慮が無く、とてもうるさくされていて、

結局宿の人が気をきかしてその家族だけ寝る場所を

どこか違う場所にしていましたが、

観光で来ている人と信仰・巡礼で来ている人では

宿での過ごし方にも違いが大きい傾向にあるので、

やはり同じ価値観や想い・次元やレベルの人が集う

場所の方がいい・・・と、

私はその天橋立の民宿で確信を得ました(^^;)。


-----------------------



つれづれなるままに、記させていただきましたが、

以上が私の個人的な感想となります。



「西国33」としては今後、お参りには行かないと思いますが、

個別のお寺の“観音さん”のパワーは

めちゃくちゃ凄い・素晴らしいので、

その観音さんにちょくちょく

お参りに行きたいなと思っています(^人^)☆



祖母からもらった掛け軸と、

自分の納経帳をこれからもずっと手元に置いて大切にし、

“観音さん”のおかげさまの力も、日々いただきながら、

これからも更に精進して参りたいなと思っています。



ありがとうございました(ー人ー)☆


2018/11/19のBlog
[ 18:09 ] [ よしこちゃんのココロの底 ]
どこにでもありそうな、マンションのある風景。

だけど私にとっては思い出の場所。



かつて母方のおばあちゃん、おじおば、

いとこが暮らしていた場所。



生まれて物心つく前から母に連れられ、

兄妹も一緒に、毎年1月2日に来ていました。



私らだけでなく、他の母方の親類が一堂に集まり、

おばあちゃんを囲んでワイワイ

楽しいお正月を過ごしていた場所です。



時が下りそのお正月の習慣も、

おばあちゃんの入院・死によって終わりました。



親類とは今は個別にちょくちょく会うだけで・・・

この場所にはもう親類は住んでおらず、

ここに来ることもなくなりました。



たまたまこの近くに用事があり、

久しぶりに寄ってみました。



うん十年ぶりのマンション。

外装は綺麗に塗り替えられていたけど、

建物は昔と同じ。



昔と変わらず、ここで暮らす・

ここに関わる人たちの人生を優しく見守るこの風景に、

なんだかとても感動しました。。。



たまにはこうして故人や過去を想い、

感謝を深める時間もいいなぁと思いました(^人^)


2018/11/15のBlog
[ 21:42 ] [ 人生、修行です。 ]
因:結果をもたらす内的な直接の原因

 <自力本願的要素>

縁:因を外から助けて、結果を生じさせる間接的(補助的)な原因

 <他力本願的要素>



例えるならば、「因」という種を自分(の心)が持ち、

それを土に植えて、水や肥料をあげ、

更に太陽や風の力を借りて花を咲かせる(結果が出る)ための、

土や水、日(火)や風を「縁」と呼ぶようです。



全ては、自分の「因」にかかっており、

その「因」によって集まって来た数々の「縁」によって

物事が成就される、「因」と「縁」の内容に沿った結果が出る・・・

というのが、この世の中の法則のようです。



従って、「悪因」を発心すれば、「悪縁」しか引き寄せないし、

「良因」を発心すれば、「良縁」を引き寄せるということです。



ちょっとタチが悪いのは、

自分では「良因」を発心していると思い込み、

実際“天”から観れば、明らかに「悪因」である場合、

その人には「悪縁」しか齎されません。

その場合、その人は、

自分の外から齎された「縁」に対して、あれこれ批判し、

責任転換をしてしまいます。

自分が発心している「悪の因」に気づき、改心しなければ

未来永劫、悪縁しか齎されず、

その苦悩から抜け出せないないようです。



全ては、自分の(もしくは自分が属する家系や組織)の

「因」にかかっておりますので、

日頃から、「良因」を持った生活を心がけないなぁと

思っています(^人^)☆


[ 20:44 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
最近自分が何故、各種歴史や政治のこと、

そして古来の信仰についてあれこれ研究しているのか?

ようやくの答えが観得て参りました。



それは、自分の人生並びに

自分の身の回りに存在する大切な人たちの人生は、

「地域・国家・世界・地球」という

【土台の上】に成り立っているからです。



その土台が不安定だったり、

汚れきっているものであれば、

各個人・人間がいくら努力し精進したとしても、

真の幸福な人生が成り立って行かないからです。



また仏教用語で言うところの「因果応報」

全ては過去に理由があり、

その原因のよって今が決まっています。



従って、未来をよりよくするためには、

正しい過去を理解し、今を検証し、

それに沿った正しい判断や実践を行わなければなりません。



ただ、歴史というもの政治というもの、、、

あらゆる過去から連綿と続く物事は、

あまりにも膨大な量の為、

的確に全てを把握することは、

宇宙の隅々を理解するのと同じようなことで、不可能であります。



そこで必要となって来るのが、

古来の信仰で得られる各種能力です。

修験道で言うところの【験力】です。



理屈という次元から遥かに超えた、

目に観得ないあらゆる能力を開花させて、

物事を瞬時に観ずる能力、

物事を正しい方向へ導いて行く能力など。。。



この人間の世界は時間軸で動いており、

膨大な歴史を紐解き正しいことを抽出し、

正しいことを判断実践して行くのは

途方もない時間を要してしまいます。



が、真の信仰の力は、底なしの凄さがあり、

その時間軸を超えて、

一瞬または短時間で解決させて行く、

まさに魔法にかかった状態です。



お四国等で有名な、弘法大師空海も、

その呪術者の一人であり、姿形は観えないが、

未だスーパースターの如く慕われており、

四国遍路道を中心に走り回って人々を

救済され続けております。



それをただの迷信だの虚実だのと

未だ罵っている人間が、

これから先また命がなくなった後、どうなって行くのか?

私は静かに観、自業自得だと諭して

差し上げたいと思っています。



----------



一人ひとりが、自分のまわりの土台、

「誰かのために」と喜捨することが、

真の平和に繋がると観ております。

あまりにも「自分の・自分の利害のある人のみ」の視点でしか今を観ず、

先祖の嘆きも子孫の苦悩もほったらかしです。

そのような、盲目な我儘な人間が、

真の幸福が得られるのでしょうか?



政治の世界でもあれこれ論争が白熱しておりますが、

最も罪なのは、他人事であると無関心であり続けることです。



無関心な多数派が、

日本のまた世界の政治を腐らせ、

見えないところでたくさん、

私たち市民国民の生命と財産を奪い続けているのです。



以上のような想いで、あらゆる力で持って、

今後も生きて、ステキな人生を

全うしたいなと思っています(^人^)☆



[ 19:08 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
「利益」と書けば、「りえき」と読み、

俗っぽい感じがしますが、

仏教用語では「りやく」と読むそうです。



「りやく」とは本来、自分のためではなく、

人様のために何かをして差し上げることを言い、

仏様が「りやく」を施した人のために下さる恵みを

「ごりやく」と言うとのことです。



所謂「観光寺」など、比較的信仰心に乏しい人が集まる

神社仏閣に行きますと、参拝される方の多くが、

日頃の生活の中で「りやく」を施していない・

もしくは少ない状態にも関わらず、

「神様仏様!どうか私にご利益を授けて下さい!」

と必死です。



世の中はそんな意味では大変平等に出来ていて、

その人またその人が属する家系・組織の

「りやく」の状態によって、

その人の願いが叶えられてゆくように観じております。



重みの無い硬貨を一枚入れて、

他の参拝客のことを配慮せず、

長時間必死に拝み続いている人に、仏様は苦笑いです。



だけど、そんな人であっても、

必死で救おうと奔走されようとする訳ですが、

当の本人が、過去の罪深き心の在り方を変えない限りは、

仏様のおかげさまの力は、その人に届くことはありません。



そんなことを、こっそりと、そして

ヒシヒシと感じております。。。(=人=)南無☆



[ 19:06 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
秋というたそがれの季節に、

あれこれ考える時間が、結構萌えだったりします(笑)♪



先日、八尾プリズムホールで開催された

槇原敬之のコンサートに行って、

15年ぶりくらいに、マトモにマッキ―の音楽にふれて、

最近また、マッキ―の曲を聴きだしました♪



今の自分を育てたものは
今日までのすべてだということに気づいたら

あんなに悩んだ日々も
誰かがくれた言葉も全部に
突然奇跡が起こったみたいに
心から感謝できたんだ


すぐに壊れてしまうようなものや
都合のいいものばかりを
愛と間違えてはこんなものと
諦めそうになるぼくらに
愛の意味を探すことを
諦めないでほしいと
願う気持ちをこめてつくられた
唄がLove Songなんだ

<槇原敬之「君への愛の唄」より>



ほんと、人生って、勝手に「いいこと」「わるいこと」と

分けてしまうんですよね。



だけど、本当は全部「善」であり、

その人にとって必要だからこそ、

起こっているんですよね。。。



あと、人間誰しも生きる上で、

「愛」って必要だと思っている訳ですが、

一体それが何なのか?的確に理解している人はいないし、

完璧に具現化出来ている人もおりません。



もしかして、「愛」というものを完璧に理解し、

完璧に具現化している存在って、

所謂神様仏様という存在なの知れない。



だから、そうなりたいと、私達人間は

神仏に対して手を合わせる。



そして、その愛を得るための、プロセス自体が

人生なんだということかと。。。



愛を知り、愛を体現出来れば、もう人間じゃないし、

人間である必要もないのかも知れません。



分からないから、分からないままほっておく、

無関心でいる、、、考えるのをやめるのではなく、

分からないからこそ、考え、感じ続けるべきであり、

そのプロセスことが、【愛】であり、【愛すること】

なのかも知れないと思う、今日この頃です^^♪


[ 18:42 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
母の協力も仰ぎながら、

イチゴちゃんブースの草抜き、

サツマイモの収穫→タマネギ苗を植えるまで、

やっと終わりましたぁ(^0^)☆



以前植えた大根ちゃんも、

白赤いろいろ入り乱れつつ

(たまたま畑に自生してた、

紅白の大根の種を採取して、これで三代目です)、

元気に成長中です~♪





これでしばらく放っといても

大丈夫です?(笑)




ほんと、手間暇かかる趣味なんですが、

心地よい疲れのある、清々しい時間です。




ゆるやかな秋の風景が流れる、

この美しい八尾の里山でのんびり畑ライフ、、、

これまた人生至福の一時でゴザイマス(^人^)♪




秋の風が私に

「ほんとうの幸せは、今ここに生きていること」

ということを教えてくれました。


[ 17:56 ] [ 人生、修行です。 ]
日々信心深く生きておりますと、

摩訶不思議にステキなことが、

起こって参ります(ー人ー)☆



ほんと「必要な時に、必要なものが与えられる」という、

要物必与(ようぶつひつよ)の境地を

体感体得しております。



先日、マイ畑のサツマイモを収穫した後、

畝の土を掘り返して施肥をし、

新しく畝を整えました。

そこにタマネギ苗を植える直前、

畝の表面にあった小石を手で一つひとつ除去してますと、

不思議な形をした金属製の物体を見つけました。



よくよく見ますと、

そこには仏様が彫られていましたぁ~(>0<)!!!!!



なぜ、畝の上にあったのか?全く持って謎です。。。

その仏様にはたっぷり泥がついていましたので、

長い間土の中におられ、今回掘り返したことにより、

地表に出て来られたようです。



その仏様の裏面には

「嵯峨 虚空蔵尊 御分身」と、

分かりやすい表記が施されており、

帰宅後ネット検索すると即、出て来ました↓



【虚空蔵法輪寺(嵯峨の虚空蔵さん)】

https://www.kokuzohourinji.com/



真言宗のお寺で京都・嵐山にあるそうです。

ご本尊が虚空蔵菩薩です。



虚空=大空(宇宙)を意味し、その大空は、

一つの大きな蔵の如くとなっており、

その無限大に拡がる大きな蔵を意味する仏様のようです。



八十億の菩薩の中で最も上主をなすと言われ、

「宇宙の総てのものを含蔵し、無量の福徳・智慧を具え、

常に衆生に与えて諸願を成就させる菩薩」で、

「大日如来の福智二徳を本誓とする故に、同体」

であるとも言われているようです。



右手に持った火炎のついた剣で

“虚空蔵”からあらゆる智慧を下し、

左手に持つ宝珠で人々の願いを叶えるとのことです。



京都界隈でメジャーになっている風習「十三まいり」では、

13歳になった男女が、

虚空蔵菩薩から智慧を授かるという意味があるようです。

(私が暮らす八尾では、「七五三まいり」しかありません)



あと、青年時代お大師さん(弘法大師 空海)が

かつてこの菩薩の真言

「ノウボ アキャシャ キャラバヤ ヲン アリ キャマリ ボリ ソワカ」

を壱百万遍繰り返す行をされ、

やがて四国・室戸岬にある御厨人窟で

輝く明星が眼前に飛来し、口に入ったという

驚くべき体験をされたと自著に記され、

いよいよ悟りの境地へと拓かれて行ったとのことです。



ですので、四国88の青年時代のお大師さんが

こもって修行された21番太龍寺と

室戸岬にある24番最御崎寺のご本尊も虚空蔵菩薩で、

加えて、私が四国88で一番好きなお寺

(=四国遍路をしていた父方の祖母が一番好きだったお寺)

の12番焼山寺もです。

四国ではこの3ヶ寺のご本尊が虚空蔵菩薩です。



にしましても、大衆に絶大なる人気を誇る

メジャーな地蔵菩薩でも観音菩薩でもない・・・

マニアックな虚空蔵菩薩というあたりが、

よしこちゃんらしいです(笑)♪



摩訶不思議なご縁で突如私の手元にやって来た、

この虚空蔵菩薩様の確固たる意志【想い】

というものをヒシヒシと感じ・・・

「今この時期に、私の手元にやって来るために、

長い間この土の中でじーっと待って下さってはったんやな」

と、感無量。。。(T人T)☆



ということで虚空蔵菩薩の

“おかげさま(智慧)”も頂きつつ、

更に精進して参りたいなと思いました。

法輪寺さんにお礼参りも行かないと~♪



ほんと人生はこのような感じで、

宝(おかげさま)がいっぱい詰まった、

奇跡の宝石箱のようです~(=人=)☆


また、1587年豊臣秀吉が出した

『伴天連(キリシタン)追放令』にならい

江戸幕府も禁教を命じたのか?

【その最も重要な事実】が

日本歴史の闇に葬り去られており、

未だ中高生の教科書にも記載されておりません。

(私が学生の時も載っていませんでした。

なお写真は姪っ子・中学1年生の歴史の教科書です)



当時、スペインとポルトガルは、

「大航海時代」という美名の・・・

その実態は世界の多くを植民地・奴隷化する勢いでの

大罪的行為を行っていました。



その二国は競争するように、

世界中を自分たちのものだと貪りまくっていました。

(その後は周知の通り、イギリスやフランス、

オランダ、アメリカなどが参戦し、

欧米列強による世界の植民地化は

更に広がっていきました)



その世界植民地化の一環として1549年頃、

フランシスコ・ザビエルで有名な

「イエズス会」が日本・長崎にやって来ます。

腐敗しまくっていたローマ法王&カトリックの組織、

それに対抗してのプロテスタントの登場で、

熱烈熱心なカトリックの精鋭・宣教師集団で、

自らの命も顧みず、遠く離れた異国の地で、

カトリックを広めにやってきます。



私は「イエズス会」の方々は、

純粋無垢で自分たちが信じている神の素晴らしさ、

その神が説く生き方を長崎を中心とした

当時の日本人に布教されたのだと観ております。



しかしながら、当時「イエズス会」のあった、

ポルトガルという国家的権力並びに

腐敗しまくっていたローマ教皇を中心とする

カトリック組織が、

イエス・キリストが一切説いていない

「異民族の搾取や奴隷化」を正当化し、

日本の侵略並びに、日本人が奴隷として売買され、

アジアや欧州に送り込まれていたのです。

(一足遅れて日本にやって来たスペインも、

同じ思惑があると見抜いた日本・幕府は

スペインも排除しました)



カトリックに改心した日本人を扇動させて

神社仏閣を破壊させたり、

仏像を焼却させたりしました。



奴隷として日本人を買い、船に押し込め、

ときには鎖でつなぎ、食物も十分に与えず労働させ、

病死すれば海中に遺棄するということを

平気で行っていました。



スペイン・ポルトガルの当時の植民地化戦略は、

「まず、キリシタンの宣教師を征服したい国に派遣し、

その民を教化する。その後軍隊を送り、

それらの信徒を内応させて国を取る」のが手の内です。



以上のようなことを、

秀吉は完全に把握していたので『伴天連追放令』を出し、

江戸幕府もそれに追従したのです。



なお、カトリックとプロテスタントは別ですので、

それでプロテスタントの国であった

オランダは出島にて、

貿易が許されることになりました。



が、私は「イエズス会」の熱心な宣教師たちや

カトリックの教え自体が悪いとは思ってはいなくて、

悪いのはカトリックという

人々の求心力のある宗教というものを、

国家権力や宗教的権力が悪用し、私腹を肥やし、

世界の平和の秩序を乱したことだと観ております。



昨年世界文化遺産になりました長崎の教会群は、

ぜひとも一度観に行ってみたいなと思っています。

ある意味カトリックの本拠地である欧州よりも、

長崎界隈におられる“隠れキリシタン”の血を引く人たちの方が、

純真なるカトリックの教えを守り、

生きておられるような気がいたします。



にしましても、「秀吉による朝鮮侵略」は

デカデカと教科書に記載されているのに、

ケタ違いに劣悪な、

スペイン・ポルトガルの植民地化のことは

一切書かれていないって、

ほんと教科書は偏っていますね。

こうやってじわりじわりと、

偏った人間を増産し続けていっている訳です。



個々の人間がそのことに気づかない限りは、

この偏りは、人生の偏り歪みとなって、

その人の生命と財産を一生涯、搾取され続けます。



分かりやすい事例ですので、

以上長々と記載させていただきましたが、

とにかく私がここでお伝えしたいことは、

無知という罪、偏るという罪、

そして“自分たち”にとって都合のいい情報のみ出し、

悪い情報は隠すという罪、

意図的にまた知らない間に、

人間はたくさん犯していることであり、

そのような事実を客観的に知った上で、

例え学校の教科書であっても

何であっても観なければならないということです(ー人ー)☆



・・・歴史って残酷な面もありますが、

(合っているかどうかは?ですが)

調べる・知る程に本当に面白いし、

何だかものすごく感動です。。。(^0^)♪


2018/11/12のBlog
[ 12:48 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
北野幸伯氏の『ロシア政治経済ジャーナル』

愛読中のよしこちゃんです。




「日本軍による強制連行はなかった」米国人が告発した決定的証拠」

というメールマガジンが手元に届きました。(下記)



アメリカ人ジャーナリストのマイケル・ヨンさん、

ありがとうございます(=人=)☆



現在の世界並びに歴史(過去)には

虚実が蔓延っており、

真実を観(かん)ずる心眼の開花が

求められています。



真実を真実として語るのは、

どんどんやっていただきたいですが、

虚実を真実として語るのは完全なる【罪】であり、

天に裁かれて当然のことです。



地球の次元上昇(自浄作用)により、

真に生きない・虚に生きる人間

(各種組織・国家含む)への

天刑(天の裁き)が既に起こっています。



人間は騙せても、天は全てお見通しです。

敵に回して最も恐ろしい存在は人間ではなく、

天であるということを、

こんなことをしている人たちは早く気づくべきです。



その一つの漏れ・例外も無いその刑は、

【天の愛】そのものであり、

我々人間は真愛に生きなければ、

真の幸福には到達出来ないということを

示して下さっております(ー人ー)南無☆



「日本軍による強制連行はなかった」米国人が告発した決定的証拠↓

https://www.mag2.com/p/news/375712?fbclid=IwAR1ohtr5rYcuO_0KvC2KFKoQ3SaeYNDlJaTBI8KcdGlwdH83dcfHL9rGdQ0





2018/11/10のBlog
[ 17:29 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
私の愛車“よしこちゃん☆フィット”(^^)♪

まぁるいカタチとキュートな色のボディが

とてもお気に入りなんですが、

色的に大小様々なキズが目立つのが難点です~(>0<)★



長距離を走行してると、

いつの間にか小さなキズがたくさん付いてます(涙)。



季節はだんだん忙しない

「師走モード」になって来て、

あおり&危険運転している

ドライバーを観ることが多くなって来ました。

日も短くなり夜間運転が多くなって来たのでその分、

危ないと感じる時も増えています。



日頃、私の命を預けている大事な愛車を、

感謝の気持ちで精魂込めて

洗車(お掃除)するだけでなく、

今回は更に一歩進めて、

小さなキズを「キズ消し」で

せっせと消して行きました。



よくよく観ないと分からない

小さいキズだからと放置するという

その【怠慢な心】は、

その他の私の人生の判断や状況に

波及していくものなので、

このまま放っておくのは良くないと判断しました。



更にピカピカに輝いた愛車でこの冬も、

無事故無違反でステキなカーライフを

エンジョイしたいと思います(^人^)♪


[ 17:24 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
迷う

その理由は、自分の心が定まっていないから。



絶望する

その理由は、諦めるから。



諦めないという、自分の心が希望を創り

自信(自分を信じる力)となり

一歩一歩前に進み出し、心も定まって

やがて周りの人や境遇、世界を変えてゆく。



主体変容



結局は全て、自分の心が決めてゆく。

自分が変わっていくしかない。



人生はその心の有様、道筋そのものである。



【写真】西国20番・善峯寺



2018/11/06のBlog
[ 18:29 ] [ 人生、修行です。 ]
ご縁あって昨年から“西国三十三所めぐり”を、

ちょこちょこしています。

現在「草創1300年」ということで脚光を浴び、

団体遍路さんも多いです(^^)↓

https://www.saikoku33-1300years.jp/



西国霊場の札所の多くが近畿にあるので、

大阪人は思い立ったらすぐに行けるのがいいですよね!



今日・6日(火)は、

大阪・和泉市にある西国4番・施福寺に行って来ました。

駐車場から急な山道を歩いて20分ちょっと登りました。

西国霊場一番の難所のようです。

だけど、人里離れた山寺だけあって、

ステキな場所でした(^^)。



本堂に着いて読経しようとすると、

テレビカメラやスタッフの人、

お寺のご住職や奥様たちがゾロゾロやって来て・・・

更に、お参りに来ていた

“大阪のオバチャン達”がワイワイ騒ぎはじめ、

心を静めて読経どころではなくなったので、

ご住職の奥様に

「あのテレビカメラの前にいる

“オッチャン”は誰ですか?」と聞きますと、

“酒場詩人”吉田 類さんだと教えて下さいました。




あ!見たことあります☆この番組↓

「吉田 類の酒場放浪記」

http://www.bs-tbs.co.jp/sakaba/

和泉市の酒場の放浪メインで、

ついでに西国巡礼スタイルに化けた吉田さんが

ここにも放浪しに来たという流れだそうです。



ほんとこの番組同様、直に観た吉田さんも

“THE 飲んだくれのオッチャン”という感じです(笑)♪



だけど、何故吉田さんが酒場と

西国霊場をセットで来られたのか?

なんとな~く分かるような気がいたします。。。



今、私たち人間が生きる世界って、

正邪・悲喜・男女・老若と言った、

相反する陰と陽の要素が入り乱れた

【対立の世界】なんですよね。



ほぼ100%の人間が持つ

確信的且つ本質的要素として、

酒場や色気溢れる男女など、

各種情念が溢れ出るような場所(罪)も、

巡礼遍路の地のような聖地(徳)も

両方追い求めてしまう存在やと観ております。



それがいいのか悪いのか?という相対論の次元ではなく、

そういうもんやという絶対的な事実の次元で申しております。



つまり、これらの人間の本性は正邪・陰陽双方を

行によって(自分なりの人生において)

突き詰めて行けば、

やがて相反する二つの要素が【一】となって

合一・調和し、真の幸福の境地

(所謂 解脱、涅槃、悟りといったもの)に

至るような気がしています。



ですので、吉田さん(の番組)は徒然なるままの、

とても自然体でいいなと感じました。



たまたまテレビ番組の収録に出合い、

おかげさまの善き時間となりました。。。(=人=)☆



2018/11/03のBlog
[ 19:01 ] [ 人生、修行です。 ]

「心豊かな人生をおくるには」


三つの「あ」を大切にしましょう


一、あせらない


一、あわてない


一、あきらめない





なるほど。。。(ー人ー)☆




[ 18:57 ] [ 人生、修行です。 ]
長年畑で使っていたバケツちゃんが、

とうとうガムテープや接着剤で修理しても、

アカンくなって来たので、

老後(?)は、我が家のベランダで、

のんびり余生(?)を

過ごして頂こうということで、

新しいバケツを購入しましたぁ(^^)♪



私の母親(愛称:オカン)には、

「アンタ やっと、新しいバケツ買うたんかいな。

アンタはほんまケチやしな~!」と、

思いっきりケチ呼ばわりされてますが(^^;)、

私は物にも“たましい”があると観ており・・・



「私はまだ○○で使えるのよ」とか

「ボクは○○としても使えるで~」とか、

いろいろ聴こえて来るんですョ(笑)♪



物と言いますか、

この娑婆にあるものは全て【意識体】であり、

命ある・生きているので、

その存在をパートナーと観、

感謝の気持ちで会話をすれば、

私の期待以上のはたらきをしてくれると

感じています。

ですので、私の所有物はとにかく長持ちします♪



そんな中先日、いろいろ焦ってて、

愛用中のウォークマンを、

駅のトイレに思いっきり水没させてしまい

(綺麗なトイレだったのが、不幸中の幸い^^;)、

思いっきり機器の中に水が入り・・・



「これは、もう使えないわ★」と涙ながらに、

新しいピンク色の新品を購入し、

数日過ごしていたのですが、

水没した赤いウォークマンを観ますと、

機器の中の水分が綺麗さっぱり飛んでいて、

恐る恐る再生してみますと、

今まで通りちゃんと聴けるので、

大感動の瞬間~っ(T人T)!!!



そんなかんだで、持ち歩き用は赤いもの、

CDコンポで外部接続して

聴く用はピンク色のものと、

両方のウォークマンを現在、フル活用しています。



これからも、

大切な愛すべきものたちに囲まれて、

ステキな人生、

ますます謳歌したいと思います~(^人^)☆


[ 18:55 ] [ 人生、修行です。 ]
先日、対馬に行った際

「環日本海・東アジア諸国図(通称:逆さ地図)」

を現地で観る機会がありました。



以前購入し、

クローゼット奥にしまっていたことを思い出し、

B1サイズのフレームを購入し、

お仕事部屋にドン!と

飾ってみることにしました(^^)♪



この地図を観ておりますと対馬は、

決して「日本の端にある、どうでもいい島」ではなく、

「地政学的に非常に重要な位置に存在する貴重な島」

ということが分かります。



また、中国が

虎視眈々と狙っております尖閣諸島も、

この地図を観れば、

どうして狙っているのかが一目瞭然です。



私にとってこの逆さ地図は、

「物事を別の角度・視点・立場からも観るべき」

ということを教えてくれています(=人=)☆



【環日本海・東アジア諸国図について】

http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1510/kj00000275.html