「人間は、すべての【土台の上】で存在している」

最近自分が何故、各種歴史や政治のこと、

そして古来の信仰についてあれこれ研究しているのか?

ようやくの答えが観得て参りました。

それは、自分の人生並びに

自分の身の回りに存在する大切な人たちの人生は、

「地域・国家・世界・地球」という

【土台の上】に成り立っているからです。

その土台が不安定だったり、

汚れきっているものであれば、

各個人・人間がいくら努力し精進したとしても、

真の幸福な人生が成り立って行かないからです。

また仏教用語で言うところの「因果応報」

全ては過去に理由があり、

その原因のよって今が決まっています。

従って、未来をよりよくするためには、

正しい過去を理解し、今を検証し、

それに沿った正しい判断や実践を行わなければなりません。

ただ、歴史というもの政治というもの、、、

あらゆる過去から連綿と続く物事は、

あまりにも膨大な量の為、

的確に全てを把握することは、

宇宙の隅々を理解するのと同じようなことで、不可能であります。

そこで必要となって来るのが、

古来の信仰で得られる各種能力です。

修験道で言うところの【験力】です。

理屈という次元から遥かに超えた、

目に観得ないあらゆる能力を開花させて、

物事を瞬時に観ずる能力、

物事を正しい方向へ導いて行く能力など。。。

この人間の世界は時間軸で動いており、

膨大な歴史を紐解き正しいことを抽出し、

正しいことを判断実践して行くのは

途方もない時間を要してしまいます。

が、真の信仰の力は、底なしの凄さがあり、

その時間軸を超えて、

一瞬または短時間で解決させて行く、

まさに魔法にかかった状態です。

お四国等で有名な、弘法大師空海も、

その呪術者の一人であり、姿形は観えないが、

未だスーパースターの如く慕われており、

四国遍路道を中心に走り回って人々を

救済され続けております。

それをただの迷信だの虚実だのと

未だ罵っている人間が、

これから先また命がなくなった後、どうなって行くのか?

私は静かに観、自業自得だと諭して

差し上げたいと思っています。

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一人ひとりが、自分のまわりの土台、

「誰かのために」と喜捨することが、

真の平和に繋がると観ております。

あまりにも「自分の・自分の利害のある人のみ」の視点でしか今を観ず、

先祖の嘆きも子孫の苦悩もほったらかしです。

そのような、盲目な我儘な人間が、

真の幸福が得られるのでしょうか?

政治の世界でもあれこれ論争が白熱しておりますが、

最も罪なのは、他人事であると無関心であり続けることです。

無関心な多数派が、

日本のまた世界の政治を腐らせ、

見えないところでたくさん、

私たち市民国民の生命と財産を奪い続けているのです。

以上のような想いで、あらゆる力で持って、

今後も生きて、ステキな人生を

全うしたいなと思っています(^人^)☆