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よしこちゃんの部屋
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2018/11/10のBlog
[ 17:29 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
私の愛車“よしこちゃん☆フィット”(^^)♪

まぁるいカタチとキュートな色のボディが

とてもお気に入りなんですが、

色的に大小様々なキズが目立つのが難点です~(>0<)★



長距離を走行してると、

いつの間にか小さなキズがたくさん付いてます(涙)。



季節はだんだん忙しない

「師走モード」になって来て、

あおり&危険運転している

ドライバーを観ることが多くなって来ました。

日も短くなり夜間運転が多くなって来たのでその分、

危ないと感じる時も増えています。



日頃、私の命を預けている大事な愛車を、

感謝の気持ちで精魂込めて

洗車(お掃除)するだけでなく、

今回は更に一歩進めて、

小さなキズを「キズ消し」で

せっせと消して行きました。



よくよく観ないと分からない

小さいキズだからと放置するという

その【怠慢な心】は、

その他の私の人生の判断や状況に

波及していくものなので、

このまま放っておくのは良くないと判断しました。



更にピカピカに輝いた愛車でこの冬も、

無事故無違反でステキなカーライフを

エンジョイしたいと思います(^人^)♪


[ 17:24 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
迷う

その理由は、自分の心が定まっていないから。



絶望する

その理由は、諦めるから。



諦めないという、自分の心が希望を創り

自信(自分を信じる力)となり

一歩一歩前に進み出し、心も定まって

やがて周りの人や境遇、世界を変えてゆく。



主体変容



結局は全て、自分の心が決めてゆく。

自分が変わっていくしかない。



人生はその心の有様、道筋そのものである。



【写真】西国20番・善峯寺



2018/11/06のBlog
[ 18:29 ] [ 人生、修行です。 ]
ご縁あって昨年から“西国三十三所めぐり”を、

ちょこちょこしています。

現在「草創1300年」ということで脚光を浴び、

団体遍路さんも多いです(^^)↓

https://www.saikoku33-1300years.jp/



西国霊場の札所の多くが近畿にあるので、

大阪人は思い立ったらすぐに行けるのがいいですよね!



今日・6日(火)は、

大阪・和泉市にある西国4番・施福寺に行って来ました。

駐車場から急な山道を歩いて20分ちょっと登りました。

西国霊場一番の難所のようです。

だけど、人里離れた山寺だけあって、

ステキな場所でした(^^)。



本堂に着いて読経しようとすると、

テレビカメラやスタッフの人、

お寺のご住職や奥様たちがゾロゾロやって来て・・・

更に、お参りに来ていた

“大阪のオバチャン達”がワイワイ騒ぎはじめ、

心を静めて読経どころではなくなったので、

ご住職の奥様に

「あのテレビカメラの前にいる

“オッチャン”は誰ですか?」と聞きますと、

“酒場詩人”吉田 類さんだと教えて下さいました。




あ!見たことあります☆この番組↓

「吉田 類の酒場放浪記」

http://www.bs-tbs.co.jp/sakaba/

和泉市の酒場の放浪メインで、

ついでに西国巡礼スタイルに化けた吉田さんが

ここにも放浪しに来たという流れだそうです。



ほんとこの番組同様、直に観た吉田さんも

“THE 飲んだくれのオッチャン”という感じです(笑)♪



だけど、何故吉田さんが酒場と

西国霊場をセットで来られたのか?

なんとな~く分かるような気がいたします。。。



今、私たち人間が生きる世界って、

正邪・悲喜・男女・老若と言った、

相反する陰と陽の要素が入り乱れた

【対立の世界】なんですよね。



ほぼ100%の人間が持つ

確信的且つ本質的要素として、

酒場や色気溢れる男女など、

各種情念が溢れ出るような場所(罪)も、

巡礼遍路の地のような聖地(徳)も

両方追い求めてしまう存在やと観ております。



それがいいのか悪いのか?という相対論の次元ではなく、

そういうもんやという絶対的な事実の次元で申しております。



つまり、これらの人間の本性は正邪・陰陽双方を

行によって(自分なりの人生において)

突き詰めて行けば、

やがて相反する二つの要素が【一】となって

合一・調和し、真の幸福の境地

(所謂 解脱、涅槃、悟りといったもの)に

至るような気がしています。



ですので、吉田さん(の番組)は徒然なるままの、

とても自然体でいいなと感じました。



たまたまテレビ番組の収録に出合い、

おかげさまの善き時間となりました。。。(=人=)☆



2018/11/03のBlog
[ 19:01 ] [ 人生、修行です。 ]

「心豊かな人生をおくるには」


三つの「あ」を大切にしましょう


一、あせらない


一、あわてない


一、あきらめない





なるほど。。。(ー人ー)☆




[ 18:57 ] [ 人生、修行です。 ]
長年畑で使っていたバケツちゃんが、

とうとうガムテープや接着剤で修理しても、

アカンくなって来たので、

老後(?)は、我が家のベランダで、

のんびり余生(?)を

過ごして頂こうということで、

新しいバケツを購入しましたぁ(^^)♪



私の母親(愛称:オカン)には、

「アンタ やっと、新しいバケツ買うたんかいな。

アンタはほんまケチやしな~!」と、

思いっきりケチ呼ばわりされてますが(^^;)、

私は物にも“たましい”があると観ており・・・



「私はまだ○○で使えるのよ」とか

「ボクは○○としても使えるで~」とか、

いろいろ聴こえて来るんですョ(笑)♪



物と言いますか、

この娑婆にあるものは全て【意識体】であり、

命ある・生きているので、

その存在をパートナーと観、

感謝の気持ちで会話をすれば、

私の期待以上のはたらきをしてくれると

感じています。

ですので、私の所有物はとにかく長持ちします♪



そんな中先日、いろいろ焦ってて、

愛用中のウォークマンを、

駅のトイレに思いっきり水没させてしまい

(綺麗なトイレだったのが、不幸中の幸い^^;)、

思いっきり機器の中に水が入り・・・



「これは、もう使えないわ★」と涙ながらに、

新しいピンク色の新品を購入し、

数日過ごしていたのですが、

水没した赤いウォークマンを観ますと、

機器の中の水分が綺麗さっぱり飛んでいて、

恐る恐る再生してみますと、

今まで通りちゃんと聴けるので、

大感動の瞬間~っ(T人T)!!!



そんなかんだで、持ち歩き用は赤いもの、

CDコンポで外部接続して

聴く用はピンク色のものと、

両方のウォークマンを現在、フル活用しています。



これからも、

大切な愛すべきものたちに囲まれて、

ステキな人生、

ますます謳歌したいと思います~(^人^)☆


[ 18:55 ] [ 人生、修行です。 ]
先日、対馬に行った際

「環日本海・東アジア諸国図(通称:逆さ地図)」

を現地で観る機会がありました。



以前購入し、

クローゼット奥にしまっていたことを思い出し、

B1サイズのフレームを購入し、

お仕事部屋にドン!と

飾ってみることにしました(^^)♪



この地図を観ておりますと対馬は、

決して「日本の端にある、どうでもいい島」ではなく、

「地政学的に非常に重要な位置に存在する貴重な島」

ということが分かります。



また、中国が

虎視眈々と狙っております尖閣諸島も、

この地図を観れば、

どうして狙っているのかが一目瞭然です。



私にとってこの逆さ地図は、

「物事を別の角度・視点・立場からも観るべき」

ということを教えてくれています(=人=)☆



【環日本海・東アジア諸国図について】

http://www.pref.toyama.jp/cms_sec/1510/kj00000275.html


2018/11/01のBlog
[ 18:05 ] [ よしこちゃんのココロの底 ]

11月1日(木)。

“三輪さん”(http://oomiwa.or.jp/)へ

朔日参りに行って来ました(^^)☆



先月は対馬訪問を中心にステキにドタバタし、

あっという間の充実した時間だった反面、

あれこれ忘れたり間違ったり(失敗)し・・・

反省懺悔の時でもありました(ーー;凹)★



そんな時は、尊敬する我が師・小林憲司さん

https://www.kobac.co.jp/about_kobac18/greeting.html

の自筆『人生は今日が始まり』を観、

心を前向きに切り替えております(ー人ー)。



この言葉の後には『昨日まではリハーサル!』が付くと、

小林さんから教えていただきました。

「過去は全て今日~今という本番~に活かすためにある!」

ということを改めて心に刻み、

新しい月を歩んで行きたいと思っています。



今日の三輪さんでは、

9月3日~7日「皇居勤労奉仕」でご一緒させて頂いた、

青垣奉仕団(奈良県神道青年団)所属の、

三輪さんにおつとめされているお三方全員とお会い出来、

お世話になったお礼を直接伝えさせていただきました。



そして帰りの参道で、靴に小さな石が入り、

「ちょっと先にトイレがあるから、

その前で靴を脱いで取ろう」とトイレ前で

靴を脱ごうとしてたところに、

その「皇居勤労奉仕」をご紹介・お誘い頂いた森口さんが

「あれ~、よしこちゃん!?」って

トイレから登場&バッタリお会いし、

偶然過ぎる仰天の瞬間デシタ~(>0<)!!!



「人間は一生のうちに逢うべき人

(もの・こと)には必ず逢える。

しかも一瞬も早過ぎず、一瞬も遅過ぎない時に」

という名言通りの出来事でした。。。



きっと、私の過去の数々の失敗も、

出会うべくして(起こるべくして)出会った

(起こった)ものであり、

それは全て【よりよい私の人生のため】に

起こっているということを、

“三輪の大神様”にお教えいただきました(=人=)☆



「幸魂 奇魂 守給へ 幸給へ

(さきみたま くしみたま まもりたまえ さきはえたまえ)」

という、ご祈祷の最中・祝詞奏上後に、

ゆっくり三編唱える“鎮魂詞(いのりのことば)”の

摩訶不思議なおかげさまの力を感じ、

感謝の心でまた、【一(イチ・位置)】に戻って

心機一転☆前向きに、

今日からまたコツコツと歩んで行きたいナ♪と

改めて感じた、朔日参りなりました。



だんだんと師走が近づいて参りました。

みなさまもどうぞステキな11月を

お過ごしくださいね(^人^)~☆


2018/10/26のBlog
[ 18:32 ] [ ぶらり旅日記 ]
10月18日(木)から22日(月)まで、

長崎県にある対馬に

行って来ましたぁ~(>0<)♪




(一社)対馬観光物産協会ホームページ↓

https://www.tsushima-net.org/index.php



朝早く自宅を出て、空港バス内で

御来光を観(=人=)、

大阪伊丹空港から福岡空港経由で

対馬やまねこ空港に無事到着しました。



途中玄界灘上空にて、

眼下にある虹を見れたのは嬉しかったです^^♪



空港から路線バスに揺られ40分。

対馬一の大きな町・厳原(いづはら)に到着し、

昼食&観光ガイド協会の方と打ち合わせ&

宿泊先チェックイン♪



この4泊5日の旅を、20個の日記にして

このブログにまとめさせていただきました。




なお、

前半18日~20日午前中までは、一人旅。

20日午後から22日最後までは、私が入っている

「政経倶楽部連合会 大阪支部」の方々との

「対馬訪問例会事業」として

旅を満喫させて頂きました~(^^)♪


[ 18:26 ] [ ぶらり旅日記 ]
18日・19日と“おひとりさま”で

2泊させて頂いたのは、西山寺という

臨済宗南禅寺派のお寺の宿坊です。



https://www.tsushima-net.org/stay/izuhara_seizanji.php

http://wa-qoo.com/nagasaki/seizanji/



お寺の本堂はとても古い感じですが、

建て増し建て増しで、

宿坊のある棟はとても新しく、

清掃も行き届いていて清潔感抜群です。

無線Wifiもちゃんと飛んでいます。



厳原のメインストリートから

少し山側に入ったところにあり、

夜になると辺り一面しーんと

静寂の世界です。



爽やかな海と山からの風の中に、

お線香の香りもほのかにし、

凛とした雰囲気もあって、

なかなかイイカンジです(^^)♪




なお、四国遍路のお寺のように

「朝のおつとめ」は無いですが、

希望者には朝食の前(朝6時くらい?)に

座禅体験が出来るそうです。

が、私はじ~っとしているのが

チョーニガテなんで、やめときました~(^^;爆)★


[ 18:22 ] [ ぶらり旅日記 ]
裏通りを中心に、厳原の町をぶらり散策~♪

「けんたろう」と大きく書かれた

一風変わったお地蔵さんが、

とってもキュート(>0<)♪

ここのお宅の息子さんかお孫さんなんでしょうね。



お地蔵さんも野良猫

(もしくは飼い猫?)も多かったです。

ネコちゃん、みんな毛並みの綺麗で、

美味しいモン食べてそうでした。



小さい子ども連れのおかあさんたちが、

ネコちゃんとワイワイ戯れているかと思いきや、

別のところでは、バケツに入っている水を

ネコにかけて追っ払っている

おばちゃんもおりました(笑)。

なんとまー、両方ともほのぼのとした風景です♪



後ろから走って来た、

青い服を来た小学生男子に「こんちは!」と

元気よく挨拶され、颯爽と去って行きました。

親子づれのおかあさんにも「こんにちは~」って

満面の笑みで挨拶されました。



四国遍路道でも良く挨拶されましたが、

私も田舎モードに即座に変わって

「こんにちは~」と笑顔で返しました。

挨拶って、本当にステキですね。



あ。ちなみに対馬は、比較的四角い石で

境界線の塀とか作っていますが、

これは、対馬自体が石が多い。。。

固い岩盤で出来ている島なんで素材に困らないのと、

台風が多かったり、

日本海にぽつんと浮かぶ島で比較的風が強いので、

塀を頑丈に作って中にある建物を守っているとか、、、

そんな理由なんだそうです。



それぞれの地域の気候・風土によって、

いろんなものに個性があっていいですよね(^^)♪



17時半くらいになると、どこからともなく、

大音響のアナウンスで(子ども向けに)

「早く帰りましょう。帰ったらうがいをしましょう」と

女子高校生っぽい声が町中に響き渡り、

18時になると「カラスと一緒に帰りましょう~♪」と

いうメロディが流れていました。



ほんと、日本各地どこの田舎にもあるほのぼの風景。

何気ない、普段通りの田舎のゆったり流れる時間に

何だかウルウル。。。感動です。

ああ、旅っていいなーって

しみじみ、かみしめてました。。。☆


[ 18:11 ] [ ぶらり旅日記 ]
長寿院というお寺の境内

(と言ってもちょっとした山のてっぺん)にある、

雨森芳洲のお墓に行って来ました。

(雨森芳洲がどのような人物かは

後日説明させて頂きます)



そこは新旧いろんなお墓がたくさんあり、

各時代のお墓の展示場的な感じでした(笑)。

どうやら、てっぺんに近づく程に、

おエライ人のお墓らしいです。。。?



雨森芳洲のお墓の正面には

ベンチが一つ置いてあって、

ちょっとそこに座ってみました。

さわさわと木々を揺らす風の音と、

近くにある小学校か中学校から、

ブラスバンド部の演奏の音が流れ聞こえて来て、

「嗚呼、平和やなぁ。。。」とのほほーんとしていました。



雨森芳洲が活躍していた時代は、

江戸時代・徳川家がまだまだ力があった時期

(戦のない比較的平穏な時代)でしたが、

この対馬藩で、徳川幕府と朝鮮王朝の間に立たされ、

いろいろとギクシャクしたり

大変なお役目を全うされ、

そして天に還られ、今はこうして爽やかな風の音と、

少年少女達のブラスバンドの音色の中におられる

平穏なたましい。。。



ふと、空を見上げると、古えの先人たちが、

こっちを向いて微笑んでいるように感じました。



山を下っている時は、

その山道の周りをよく観ながら下っていました。

すると、その道沿いには、実に多くの昔の墓石があり、

転がっているもの、朽ちているもの。。。

たくさんありました。



対馬という地理的条件なのか?

良質な墓石で作られたのか?

とにかく保存状態が良く、

何と墓石に刻まれているのか?

私でもその漢字が分かるものが比較的多かったです。

江戸時代のものが多いと感じました。



自分の墓がこんな風に転がってたり

朽ちていくのは嫌やな~と

最初は思っていたのですが、

その転がり具合い・朽ちて土に還る頃合いが、

なんだかとっても自然で、

「いいなー・・・」って思いました。



人間も自然の一部であり、

時期が来て葉っぱや木々が枯れ朽ちて

土に還るのと同じで、

人間もそうあるべきなのでは?って感じました。



内地(本土)と違って対馬は

【ありのまま・自然のまま】がいっぱい残っている。。。

だからこそ、ここにいる私も、

自然とそう感じられるのかも知れませんね(^^)♪




●雨森芳洲(あめのもり ほうしゅう)について↓

http://www.city.nagahama.lg.jp/section/kyouken/children/category_02/03_kinsei/hoshu/index.html


[ 18:05 ] [ ぶらり旅日記 ]
10月19日(金)。対馬訪問2日目。

レンタカーを借り午前中、

念願だった対馬の霊峰・白嶽へ

登拝して参りました(ー人ー)☆



【白嶽(しらたけ)】

https://www.tsushima-net.org/tourism/trekking_01.php



頂上はくるっと360度見渡せる、

ナイス過ぎるビュー!!!

が、強風で転がり落ちてしまいそう・・・

そんな命の危険と激しく隣り合わせな、

凛とした&鮮烈な気が萌ぇ~な

行者・よしこちゃんでゴザイマス(笑)。



気分は天狗か天女・・・

自在に姿形を変える雲の如く、

あっちこっち流れては消えている気分。

まさに、とらわれることのなき

【真の自由】を愛でる瞬間(とき)。



1時間ちょっと、この異空間に一人・・・



風の声を聴き、雲と戯れ、深く地を観、

そして高く天を仰いておりました。

天地人合一の境と、その境地(中)が、

雲の隙間から何となく

観得たような気がいたしました。



「境を作ることは対立を作る。

いかに境を自らの心から無くすか?」

その叡智が風が運び、地からあふれ出、

天から降りて来ます。



・・・とまあ、この手のようなことが、

鮮烈なヒカリを放ち無限大に得られるのが、

修験の山【霊峰】なんだと思っています。



途中、出張で対馬にやって来たという

日本人のおじさん一人が登って来たので、

その方に私の登拝証拠写真を撮って頂きました。

それ以外は誰も登って来ませんでした。



行者冥利に尽きる最幸の時間でした。。。

“おかげさま”いただきました(=人=)☆


[ 18:01 ] [ ぶらり旅日記 ]
10月19日(金)。対馬訪問2日目。

レンタカーを借り午前中、

念願だった対馬の霊峰・白嶽へ

登拝して参りました(ー人ー)☆

頂上までの体験報告です

(頂上の様子は「5」をご覧ください)。



レンタカー屋さん(厳原)を8時半に出、

まずは麓(美津島町洲藻という集落)にある

「白嶽神社」にお参りに行きました。



次に、細道(最後は超悪路^^;)を

車で20分くらい行き、

白嶽への登り口まで行き、

そこからどんどん歩いて行きました。



観光ガイドの会のおねえさんは、

「一番奥の駐車場から徒歩2時間(片道2キロちょい。

標高50メートルから500ちょいまで上がります)

かかりますよ~」と言われていたのですが、

駐車場にあった、登山者のための杖を

1本お借りして、せっせと登り・・・

結局1時間20分で頂上に到着しました。

(下りは、急こう配のところで手間取って、

50分くらいかかりました)



最初の1キロは、小川沿いの比較的

なだらかな上りなのですが、「白嶽神社」と

書かれている鳥居があるところから

急に上りがキツくなりだし、更にロープが登場し

(下りはこれがないと、かなり怖いし危ない)

最後は、岩山をロッククライミングする感じ

で終わりましたぁ(^^)行者的に萌♪



神仏習合のお山なので、鳥居あり、

神様を奉る祠あり、

お地蔵さん、不動明王あり・・・と

行者的に萌ぇスポットも多数あり、

さすが修験のお山だと、期待通りいや、

期待以上のお山で、大満足でゴザイマス(=人=)☆



[ 17:55 ] [ ぶらり旅日記 ]
白嶽頂上で昼食を済まし、

お山を下りた後は、

対馬南部(厳原町豆酘)にあります

多久頭魂神社に行きました(^0^)♪

https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/806/



この神社の主の御神体は、

古事記などの日本神話に

載っていない・関連していない、

対馬固有の信仰神である

「タクズダマ」なんだそうです。

その神を崇め奉るのが、【天道信仰】です。



そのタマ(魂)は龍良山(たてらさん)という、

豆酘の町の北東にあるお山のことです。

奈良の大神神社のように、

お山そのものが御神体です。

これぞ“古代信仰”「杜(もり)そのものが神」です。



対馬には古代信仰(古神道)が遺っています。

内地(本土)にはほぼすでに消えております。

それを一度、この目で観ておきたかったんです。



現在存在する、所謂「神社」という存在は、

過去の歴史的経緯や時代ごとの権力者や

民衆の影響で、“不純物”といいますか、

生き残るために【自然であること】から

遠ざかっている側面が一部にあり

(つまり、「不自然なもの」も混ざっているということ)、

本来の神という存在(本質的なもの)を、

ストレートに観るためには、かつて自然にあった・・・

権力者や民衆の各種罪の影響を受けていない、

縄文時代あたりの古い時代の神道を知った方がいいと、

司馬遼太郎先生の本などで

気づかせていただきました(ー人ー)☆



詳細はまた大阪に帰って、

更にあれこれ調べてから改めて

レポートしたいと思っています。



大昔の神社には社殿(建物)はなく、

お山などの御神体と祠と

鳥居しかなかったっぽいのですが、

時代の流れにより、多久頭魂神社にも、

現代の神社と同じような建物が出来ています。

だけど、古神道をにおわせる【何か】が

遺っているように感じました。



有史より人間は、「あれもこれも」と欲し、

どんどん追加してより多く所有してきました。

だけど、今は全く逆で

「出来る限り持たない・本当に必要なものしか持たない・

身辺は出来る限りシンプルに」と逆流している・・・

それが進化であり神化、

即ち真の幸福への道なのではないでしょうか。



かつての神社(神の社)が、

奉られるべき御神体と小さな祠、

鳥居だけであったように、

【余計なもの】をどんどん削いでいくべきなのでは?と、

「タクズダマ」が木漏れ日となって、

私に教えてくれているようでした(ー人ー)☆


[ 17:51 ] [ ぶらり旅日記 ]
19日最後は、対馬南西の端にあります、

豆酘岬(つつみさき)に行って来ました。

岬=さきっちょ=その先は広い海ということで、

何だか[この世の果て]という侘しい感じがし、、、

更に植物たちにとって

過酷な環境でかなり枯れており、

ますます侘しくて切ない雰囲気を

醸し出していました。




そんな中、どこかのお寺か任意団体かは

分かりませんが、

真っ白い不動明王を建立されていました。



向かってくる難を、

不動明王の炎で焼き尽くして昇天させ、

対馬に難が来ないように、、、

という意味合い(願)がありそうです。




その色が【真っ白】というあたりが、

対馬らしくて美しい・・・

無為自然なものだと感じます(ー人ー)☆




20日(土)午前中ちょっと厳原を観光し、

午後からは大阪からやって来る、

政経倶楽部・大阪支部の方々と合流し、

“ツアコン・よしこちゃん”として、

今まで(1~8まで)の“一人旅”とは

別な感じでの対馬訪問旅が続きます~(^^)♪



10月18日(木)~22日(月)まで

国境の島「対馬」に行ってました。

18~20日の午前中までは一人旅、

20日午後からは私が入っている会

「一般社団法人 政経倶楽部連合会 大阪支部

https://www.seikei-club.jp/)」

の方々との旅となりました。



対馬は、戦後日本と韓国の国交が回復し、

更に釜山との航路(高速船で片道1時間10分。

対馬と釜山との直線距離50キロ弱)が

正式に出来て17年が経ち、

ここ5年で韓国全土からの観光客が急激に増加し

今年、36万人程になる見込みだとか。

人口3万人ちょっとの過疎化が進むこの島で

今、何が起こっているのか?




はたまた、海上自衛隊・対馬防備隊の

基地の隣と近所に、

韓国資本のペンション(宿泊施設)が

3軒もある・・・という国家機密や

防衛戦略はどないなってるねん(>0<)!

という不安もあり・・・【百聞は一見に如かず】で、

対馬に訪問させていただきました。



が、実際現地に行ってみますと、

静かな町(対馬やまねこ空港近くの竹敷という地区)で、

比較的安価でゆっくり釣りやヒーリングが出来る、

ゆったりと清らかな時間が流れる場所で、

激しい感情をむき出しにする日韓の方々は皆無(笑)。



海上自衛隊の方々も、粛々と対馬海峡の沿岸水域、

港湾及び水路の安全確保に関する情報収集業務を、

海上保安庁(海の警察)と密に連携され、

行われていました。

その業務は、対馬の最上(北)部・最下(南)部、

そして壱岐と3つに分かれて常時「警戒監視」を

されているとのことです。



なお、対馬には陸海空全ての自衛隊が駐屯しており、

それぞれ350名、180名、170名程、

おられるとのことです。



当たり前のことですが事件や事故って、

必ず【現場】で起こってるんですよね。

だから【現場】をちゃんと観なければ、

物事って正しい判断や対処は出来ないんです。



なお現在、自衛隊基地の隣近所に外国籍の人が

土地(資本)買収をしてはいけない

という法律が無いそうです。

だから、このようなことが起こっているようです。



もともとあった、真珠を製造する工場・会社が廃業し、

過疎の一途を辿る地区が漁業組合などの

地元の方々との協議の結果、

「開業するペンションで地元の人を雇用する」などを約束して、

開業にこぎつけたとのことです。

だから地元は反対運動など何もされていません。



日本は法治国家ですので、

法律というルールが無ければ(もしくは破っていなければ)、

排除や反対が出来ません。

法律で自由や権利を縛り付けて、

窮屈な活動を拒む体制も良くないですが、

逆に国家(国民の生命と財産を守る)にとって

害・マイナスになることは事前に

法律で規制をかけておかないといけないと

痛感いたしました。



先見の明や、具体的な・・・

大局的な国家や地域の戦略を観、

それに基づいた戦術が実践出来る政治家の存在が殆どいない、

「4年に1度の選挙にどうすれば勝てるのか?」

しか考えていないと言っても過言ではない輩ばかりで、

それが我が国・我が地域の悲しい現実であると、

私達は確信を得ました。



結局のところ、敵と言いますか、

害という存在は外にいるものではなく、

内にいるということです。



今回対馬のあっちこっちで、

政治家というものの存在の愚・罪を

とても強く感じました。



私の暮らす大阪は比較的「民の力」が強いので、

アホなor貪る政治家がいても、

あまりそんなことは感じないのですが、

国境の島でしかも過疎化が進んでいるこの島では

どうしても政治の力「官の力」が多く必要なんですよね。



この島は沖縄のように、

巨額の国家の補助金マネーが転がっていないので、

それを貪る・それに群がる輩もおりませんし・・・

とても静かです(笑)。



ま、私達国民に出来ることは、正しいことを知って、

自己防衛しつつ、真の政治家を応援したり、

育てて政局に送り出すのみでございます。南無(ー人ー)☆



【写真】

海上自衛隊対馬防備隊&その周辺。

韓国資本のペンション内にあった、

天皇皇后両陛下「行幸啓記念の碑」を協議の結果、

対馬防備隊の入口に移動させることになったそうです。


[ 17:18 ] [ ぶらり旅日記 ]
今回、政経倶楽部の方々との

「対馬訪問例会」では、

「対馬観光ガイドの会 やんこも」さんから

ガイドを派遣して頂きました。



2日間ガイド頂いたのは

ガイドの会の会長の小島武博さんです。

ちなみ「やんこも」とは、対馬言葉で

「何度も」という意味なんだそうです。



内地(本土)の人間だけで観光地とか行っても、

よく分かりませんが、

地元のガイドさんと一緒に行きますと、

とても詳しく説明して頂きますので、

とてもわかり易くて楽しい・・・

感動的な旅時間となりました(ー人ー)☆



厳原(いづはら)という、

対馬で一番の栄えている町(対馬藩の府中だった場所)

にある「万松院」は、

対馬藩を治めていた、宗家の菩提寺です。

歴代藩主の墓所は、国の史跡に指定されています。

宗家は由緒ある家系で室町時代頃から現在に至っています。



「万松院」の詳細は下記をご覧ください↓

http://blog.eotona.com/?p=13675



ここは「日本三大墓地」の一つと言われております。

対馬は日本と韓国の間にある島で、

その間を取り持つ為に、

国内外にその威厳を示す必要があり、

2万石そこそこの小藩だったにも拘らず、

こんな立派な墓所など作られたそうです。



実際江戸時代は、長崎の出島以外にも、

この対馬でも各種貿易が盛んだったそうで、

そこで得た利益等で実質は

「10万石」大名だったそうです。



ちなみに対馬は昔から田畑に出来る土地が少なく、

米が殆どとれないので、海産物や鉱物、

そして貿易で稼いでいたとのことです。



薩摩から持って来た、荒れ地でも育つ

サツマイモを「孝行イモ」と呼んで、

サツマイモをたくさん栽培していたそうです。



それを植える前に天敵であるイノシシを、

農政家・陶山訥庵(すやまとつあん 1657~1732)

の大号令により、9年かけて絶滅させたのですが、

平成になってペットとして飼っていたものが

逃げ出してたちまちイノシシが

対馬中に蔓延ってしまい、

元の木阿弥状態で作物被害だけではなく、

生態系や山のカタチも崩れて来たそうです(^^;)。



先人たちの必死の努力・智慧を感じます。。。(=人=)☆


[ 17:13 ] [ ぶらり旅日記 ]
<政経倶楽部メンバーとの対馬探訪>

小茂田浜神社(こもだはまじんじゃ)は、

元寇合戦の地として有名です。

鎌倉時代中期に元(モンゴル帝国)が

二回に分けて日本に攻めて来たという

歴史的な出来事です。



本土・九州上陸の時は、

所謂“神風”が吹いて、

いとも簡単に撃退出来たと、

かつて学校での歴史の時間では

教えて頂きましたが、

この対馬では、鎌倉幕府に見放された為、

甚大なる人的&物質的被害を被ったとのことです。



凄いのが、元寇から既に700年以上

経っているにも拘らず、

未だ「過去の歴史を忘れない」といことで、

毎年11月12日に大祭が

行われているということです。

そこには毎年必ず、現在千葉におられる、

対馬藩宗家の直径の子孫が来られるとのことです☆



あと、小茂田浜神社側にある小茂田浜は、

元寇がやって来た場所ということなんだそうですが、

まだその確定が出来ていなかった時、

そんな大変由緒ある場所にも拘らず、

地元の漁師にとって実利的な

護岸の整備をして欲しいということで、

元寇時代とは別のカタチに

なってしまったとのことです。



日々の実利的で使いやすい港としての海と

歴史的遺産としての景観を残すための海。。。

そのせめぎ合いも感じた場所でもありました(ー人ー)☆



【小茂田浜神社 関連ホームページ】

https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/793/

http://www.yado.co.jp/kankou/nagasaki/tushima/komodahj/komodahj.htm?fbclid=IwAR0Fpovz-TPGlmJF2ua6DHWVl5KVVCJa0A7i_OFxD1wqpZecINYD774znZ0



[ 17:07 ] [ ぶらり旅日記 ]
<政経倶楽部メンバーとの対馬探訪>

樫根という地区にある法清寺(ほうせいじ)は、

平安時代等に出来た比較的古い仏像、

また朝鮮半島から渡って来た

高麗仏がいっぱいあります(萌)♪



明治政府の愚策「廃仏毀釈」により、

ホウボウから仏像が逃げて来て、

集まったようです。

法清寺の観音堂の観音様の両サイドの

囲いの中に満員電車のように、

所狭しと並べられています。



内地(本土)では殆ど遺っていない、

数々の難を人間と共に乗り越えて来られた

古き仏様たちでございます。

鼻の無い仏様(最後の写真)は、

その廃仏毀釈運動により、

人間により刀で切られたとのことです。

何とバチあたりな!!!



だけど、そんな地獄道を這い続ける

愚かな人間であっても、

赦しの心~慈愛~を放つ、

何とも言えない、愛に満ちた仏様。。。(ー人ー)☆



今から6年前、韓国の窃盗団による、

2体の仏像等が盗難される事件が

対馬でありました。

対馬の人たちも怒り心頭で、

神社仏閣のセキュリティーが

一気に厳しく成されています。



内1体が「昔、我が寺院から盗まれたものである」

と“いちゃもん”をつけ、

未だその1体が戻って来ていません。

韓国の裁判所も盗難仏像の日本への返還を

事実上拒否する決定を下しました。



ほんと、韓国は法治国家ではなく、

国民の感情に左右される【想念支配国家】で在ると

内外に示された象徴的な出来事です。

だけど、仕方がありません。

所謂“慰安婦問題”にしましても、

「戦後保障“ビジネス”」なんですよね。

カネ儲けの一つの手段であります。

ここではっきりと申し上げます。

カネのためであれば、虚実も真実に捏造するのです。



なお、日本人の中にも同じような

哀れな人種が存在しております。

地球上の民族に、個性や役割の違いはあっても、

その優劣(上下)は一切ございません。



その奥にあるのは、カネしか信用・頼りに出来ない、

地球上何%か生存している

哀れな人種であります。

果たして、そのような人種が、

真に救われる幸福の境地を

味わえる日は来るのでしょうか。。。(ー人ー)南無☆



私達は、彼らと同様に感情的にわめき散らすのではなく、

法治国家として国際ルールに基づき、

粛々且つ確実に善処して行くべきであります。



その大罪に関しましては、

韓国政府並びに当事者が償うべきものであり、

その他の多くの日本並びに

世界平和を愛する韓国の方々には関係の無いことで、

そこをはっきりと分けて認識するのが、

クールな大和民族の智慧でしょう。



李氏朝鮮(1392年~1910年、朝鮮半島を支配した国家)

が成立し、国家的権力を確立して行く過程で

多くの仏像が燃えたりして消えました。

李氏朝鮮は仏教を捨て、

儒教による統治を500年に渡り

徹底的に続けて行きました。



ですので朝鮮においては仏像が必要で無くなり、

その高麗仏を仏教国である対馬・日本人が

譲って貰ったか購入したか拾った・・・

というのが最も確率の高い歴史的史実であります。

(ま、中には日本人が盗んだものもあるかも知れません)



とにもかくにも、真実を知るのは、

その盗まれて未だ戻って来ない、

仏様でございます。

その仏様が、虚実を言う方に、

罪・難を与えることでしょう(ー人ー)南無☆



思い込みと感情に囚われて、

必要以上に騒ぎ立てて、物事の本質が見えない、

無明な人間に堕ちるべきではないと考えます。

我々の先祖(カミ)はそのようなムダな争いは

望んでおりません・・・と、

法清寺に鎮座されている仏様たちは

一様におっしゃっているように感じました(^人^)☆



【法清寺関連ホームページ】

https://intojapanwaraku.com/travel/20170807/18865

http://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/497

http://www.pref.nagasaki.jp/bunkadb/index.php/view/498


[ 17:01 ] [ ぶらり旅日記 ]
<政経倶楽部メンバーとの対馬探訪>

レンタカーの中からですが、

大船越と万関橋を見学しました。



大船越は、江戸時代、

本来一つの島であった対馬を掘削して、

船の行き来が出来るようにした場所で、

万関瀬戸は、明治時代、国防のために、

軍艦が通れるように、

大船越よりも遥かに幅広く深く掘削した場所です。

従いまして、対馬は3つの島に分かれています。



確かに島が一つだと、

船ではくるっと迂回しないといけないので、

時間と労力がかかりますもんね。。。

先人たちのの偉業・叡智を感じます(ー人ー)☆



なお、なぜ「対馬」なのか?

3世紀、中国の歴史書「魏志倭人伝」の中に

「対馬」と記載されていたので、

そうなったそうです。



大陸から対馬を見ると、

2匹の対の馬のように見えたそうです。

また当時「馬」は、

相手を卑下する言い方だったとのこと。

当時の大陸と比べて文明的で無かったから

ということでしょう。



なお日本語的には、「津島」~「津」(湊)のある

「島」~だったようです。

地名一つにしても、歴史的奥深さがあり、

感動です。。。♪



【写真】大船越にかかる橋



【関連ホームページ】

https://www.nagasaki-tabinet.com/guide/60243/


http://www.geocities.jp/tttban2000/Room/sight/isan/oofunakoshi.html?fbclid=IwAR2oybXn06gXmTCnIcpoQfouNCPiY-ja62OvYNnnNgCi7E1zQ57Sm99X8S4