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よしこちゃんの部屋
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2018/03/14のBlog
[ 20:24 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
3月14日(水)。

最近めっちゃドタバタでこのフェイスブック&

ブログの更新が全く出来ておりませんが(涙)、

おかげさまで41歳の・・・いや。

気分は【永遠の28歳】(!?)の

誕生日がやって参りました。



みなさまお祝いのメッセージ・御品などなど、

本当にありがとうございます。

益々精進して参りますので、

今後ともご指導の程、

どうぞよろしくお願いいたします(ー人ー)☆



我が家には今、お客様がお見えになっております。

貿易商を営む父の会社のパートナーの方

(と言っても私よりも年下のおにいさんで韓国の人。

奥様?パートナー?と来られています)です。



最初父より「15日から来る」と聞いていたのですが、

昨日になって「あ。14日からやった」と言われ、

家族全員大慌てで準備&おもてなしの最中です(^^;)。



そのドタバタの中で、

私の誕生日が家族全員から忘れ去られて

しまっていたのですが(嘆)、

私が英語でそのお二人に

「今日は私の誕生日です」と言いますと、

「実は私たち、(韓国で有名な)

ホットケーキの粉を持って来ているので、

今から台所をお借りして、

よしこさんのためにケーキを作らせていただきます!」と言われ、

せっせとホットケーキを焼いて下さいました。



韓国でハンバーガーと並ぶ人気の

カジュアルフードだけあって、

日本人であってもとっても美味しく、

お二人の食べ方のオススメである、

果物やアイスクリーム(たまたま我が家にありました)を

上に乗せてみんなで一緒に食べました。

ついでに(?)

ハッピーバースデーの歌も歌ってくれました。



その韓国のおねえさん、

韓国でロック・バンドのボーカリストなんだそうで、

旦那さんからテレビに出た時の動画を

見せてくださいました。

サインもらっとこーかなぁ~(笑)♪



過去の冬ソナブームの影響で私は昔、

韓国語を学んでおり、

ハングルは読める&カタコトは話せるので、

それを披露するというパフォーマンスで

喜んでいただきながら、

日韓の民間交流をステキに

エンジョイさせていただきました。



我が家では、こんな感じで昔から父の関係で、

外国の方々が頻繁に家にやって来て、

一緒に夕食を食べたり、泊まって頂いたりして、

異文化コミュニケーションを

学ばせて頂いております。



お隣の国・韓国とは国同士では

いろいろドンパチやっておりますが、

これからも民間交流・・・

ステキにやっていきたいなと思います。



そんなかんだで思わぬ形で、

隣国の方々に誕生日のお祝いをして頂き、

感謝感激の時間となりました。

ありがとうございました(ー人ー)☆


2018/03/05のBlog
[ 19:49 ] [ 商工会議所青年部(YEG) ]
3月4日(日)

ホテルニューオータニにて開催された、

日本商工会議所青年部(YEG)・政策提言委員会主催

「故郷の新しい風会議 in 東京」に参加して来ました。



この「風会議」とは、

全国の商工会議所青年部に所属する有志と、

若くて情熱のある国家(時に地方)

公務員の方々とが積極的に

ディスカッションする場(機会)となっています。



同じ日本国民でありながら、

官と民という視点や立場の違いを超え、

この国をよりよくするために、

お互いに理解・交流しあえる場となっています。



普段は地元八尾の商工会議所青年部の

活動のみに参加している私ですが、

時々こうして、心を【無】にし、

一人でまったく知らない人や場所に飛び込んで行き、

いろんなことが見聞き出来る場に参加することに、

一種の必要性、そして感動を感じています。



この「風会議」は全国の青年部メンバーだけでなく、

参加する国家公務員の方々も自発的に

参加費を払って来られています。

みなさんの意識並びに次元の高さはハンパないので、

いい意味でとても刺激的で清々しいです。



このような人たちがこの国にもっと増えれば、

日本・地域創生も一気に、

そして真っ直ぐに進んでいくのではないでしょうか。



私が座った丸テーブルには、

同世代の国土交通省の方を始め、

岡山・千葉・茨城・愛知の青年部の方がおられ、

途中飲食も交えながら数時間あれこれと

自分が知らない情報たっぷりの

ディスカッション・情報交換をさせて頂きました。



私の持論・・・と言いますか、

自分なりにいろんな活動をして来た中で、

ある種の確信を得ていることは、

同じような(同質の)価値観や立場、

世代や性別などの人たちが集い、

いくらディスカッションをし活動を展開しても、

本当に根幹的部分からの世の中を創生

(創造と再生)することは出来づらいということです。



この「風会議」のような、立場や役割、

活動地域が異なる異色の方々と

出会い・交わることによって、

今までに知ることもなかったことを知ることが出来、

そして喧々諤々しながらも、交わり共有し、

共に活動を展開していくと、

いづれ化学反応が起こり、

【真の創生】が達成出来るのではないか?と観ています。



幕末の明治維新にしても、

そんな異質な者たちが、時代の流れ(時勢)や

正に命をかけた人間の決死の衝突や努力により

成されたものでしょう。

表面上は薩長がしれかした維新であっても、

実際は薩長も含め、

その時代の皆が化学反応を起こしまくって、

興した革命でありました。



意外とこんな形式の会合(コミュニティ)って、

身の回りにはとても少ないので、

この風会議のあり方ややり方を学びたいと思い、

今回この会に参加することにいたしました。



時空間、そしてお金の制約があり、

何でもかんでもしたり行ったりは出来ませんが、

自分の既存の人間付き合いや行動範囲、

そして価値観に囚われ続けることなく、

自分の感性や想い(=人生のあるべき姿、方向性)

を大切にしながら、今後もいろんな場所に出向き、

いろんな人と出会い、

いろんな価値観に触れていきたいなと思います。



日本YEG政策提言委員会のみなさま、

ありがとうございました(ー人ー)☆



[ 19:41 ] [ ぶらり旅日記 ]
3月4日(日)、

東京のホテルニューオータニでの

会合に参加することになり、

司馬遼太郎先生の『街道をゆく』片手に

東京・赤坂に行きました。



その会合は4日(日)だったのですが、

前日午後から夕方まで散策し、

更にホテル前の清水谷公園

(大久保利通が暗殺された場所)へは、

4日お昼前に行って来ました。



大都会東京であっても、

【江戸】の雰囲気を残す雰囲気が

未だ残っていることに、

いち日本人として密かな喜びとなっています。



今を生きる私たちが実際この目で

【江戸】を観ることは不可能ですが、

江戸時代の雰囲気が残る場所を

この司馬先生の本片手に辿ることが出来、

また今までとは違った

東京のかたちを知ることが出来ました。



いろいろ印象深かったのですが、

やはり、「高橋是清」という人物

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%A9%8B%E6%98%AF%E6%B8%85

が一番印象に残っています。

高橋是清が暗殺された場所

(自宅。今は記念公園となっています)に

行って来ました。




他にも・・・

日枝神社:http://www.hiejinja.net/

豊川稲荷(東京別院):http://www.toyokawainari-tokyo.jp/

氷川神社:https://www.akasakahikawa.or.jp/

乃木希典自宅(夫人と自害した場所)&

乃木神社:http://www.nogijinja.or.jp/

勝海舟自宅跡(坂本龍馬との像があります):

https://mainichi.jp/articles/20160910/k00/00e/040/237000c

などに行って来ました。



ほんと、今を生きる私たちが知らない歴史

(過去の人の営み)という土台の上に立っている、

今の私たちの人生。

改めて深い感動と感謝をかみしめて参りました(ー人ー)☆



次々週は同じくこの本を片手に、

福島・会津若松・・・

それ以外に司馬先生の小説『峠』の舞台になった

新潟・長岡、宮城・仙台の『街道をゆく』を

旅しに行く予定です(^^)♪


2018/03/01のBlog
[ 15:33 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
大神神社(三輪大社 http://oomiwa.or.jp/)の

崇敬会に入っておりまして。。。

「誕生祭」(ご祈祷)をして頂ける

とのことですので行って参りました。



で、頂いたものが写真のものです。

御札以外にも、おまめさんが入っていました。



忠実(まめ)な人:まごころのあるまじめな人

忠実(まめ)につとめる:努力を惜しまないで働く

達者(まめ)にくらす:健康ですごす



なるほど。。。☆

今年一年・・・これからも益々“まめ”に

くらして参りたいと思います。

ありがとうございます(ー人ー)☆


[ 14:50 ] [ よしこちゃんの市民活動 ]
私・大橋良子が入っております、

(一社)政経倶楽部連合会 大阪支部 

https://www.seikei-club.jp/

3月例会のご案内のご案内をさせていただきます。



興味ご関心おありの方、是非ともご参加くださいマセ♪

なお、詳細・チラシデータ(PDFファイル)を下記に添付しています↓
2018/02/24のBlog
[ 18:27 ] [ ぶらり旅日記 ]
2月24日・25日と、

八尾中央産業クラブの親睦研修会にて

三重・賢島に来ています。



近鉄の超人気☆観光特急「しまかぜ」↓

http://www.kintetsu.co.jp/senden/shimakaze/



にようやく乗車することが

出来ましたぁ~(^0^)♪



ほんま。。。えぇトシこいて、

鉄子・よしこちゃん、萌えってます(笑)♪

帰りの電車もしまかぜなんで、

更に萌えりたいと思います(笑)♪



他にいろいろ観光とかしましたが、

しまかぜネタのみ掲載です(笑)♪



2018/02/23のBlog
[ 11:04 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
ご近所にある踏切側にある梅の木。

今年も満開になり、

私たち通行人を楽しませてくれています。



桜も好きですが、

この冬の間であっても

春の予感を感じさせてくれる

梅の存在ってとっても貴重で好きです。




まだ寒い時期は続きますが、

梅の香りを愛でながら

春の予感【希望】を抱きつつ、

日々精進して参りたいなと思います




2018/02/22のBlog
[ 16:34 ] [ ぶらり旅日記 ]
先日降りた徳島の無人の駅。

こんな碑(詩)が記載されていました。



下記のブログ情報によると↓

https://blogs.yahoo.co.jp/momozono51/65334563.html?__ysp=54Sh5Lq66aeFIOWuruWGhemzqeW9pg%3D%3D



詩人の宮内鳩彦氏のもののようです。

晩年この地に住んでおられたとのことです。



見知らぬ町でかつて暮らしていた人の想いを

今こうして時間を超えてこの駅で体験出来るのんって

本当にステキで有難いことだと感じました。



私もこの詩の中にいる旅人の一人なんですよね~

まさに、人生の旅人。。。☆


[ 16:25 ] [ 人生、修行です。 ]
先日日帰り(お仕事)で徳島に行きました。

徳島駅まで高速バス、

そこからJR在来線で目的地に向かいました。



何気なく車窓を眺めてますと、

何とも懐かしい気分がして、

ハタ☆と思い出しました。



今からちょうど11年前、始めての四国遍路で、

折りたたみ自転車を片手に

この駅から電車(汽車)に乗ったのです。



最近は公認先達(お世話役)として、

人様との四国遍路が多いですので、

過去自分が一人で何度もくるくる

回っている時のことを思い出すことは皆無ですが、

こうして一人で四国にいる時は、

勝手に脳裏に浮かんで来るから不思議です。



始めて四国遍路に出た20代最後は、

内部&外部環境共に暗中模索の時代でしたが、

この四国での経験を機に【何か】を捨てて終わらせ、

そして【何か】を得て新たに始まって行った

という絶対的確信があり、

それが30歳からの私の人生の中心軸になっていて、

その軸の回りに今もいろんななものを

付けたり削ったりして今日に至っております。



その【何か】とは目に見えないものであり、

正確に言語化するのは不可能でありますが、

私の人生は40代に入ったことですし、

そのよき【何か】が私の顔面から

また全身から人様に感じられるように、

これからも精進して参りたいなと、

改めて感じた時間となりました。



嗚呼。。。

また一人でゆっくりお遍路しに行きたい。

絶対的真理を会得するための

命をかけた雄々しき荒行は単独修行に限る。

“お大師さん”とシッカリ対話しながら、

生きることの厳しさ悲しさ虚しさをかみしめながら、

美しい四国の空、海、雄々しき山々(大自然)と

自分が一つになるという感覚、、、

まさに宇宙そのものへの一体化という

絶対的幸福感を更に高め深めて行きたい。



2018/02/16のBlog
[ 15:00 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
かなり久しぶりにマイ畑に行って来ましたぁ~(^^)♪

今回は同じく畑好きの母親(愛称:オカン)も一緒に。。。

草ボーボーのイチゴちゃんブースの草抜きを行いました。



夢中になって抜いたモンですから私は全身筋肉痛、

オカンは腰痛になりましたが(凹)、

いい運動が出来ました。



イチゴちゃんは来る春に備えまだ少し冬眠中・・・

タマネギちゃんは寒さに葉っぱがちょっとやられつつも、

着々と成長中~!



そして今収穫期を迎えている大根ちゃん。。。

いつの間にか大きい大根の合間に

ちっちゃな大根がいっぱい出来ていて・・・

今回はそれを間引きさせていただきました。



赤大根や、夫婦岩や杉ならぬ、

【夫婦大根】も出来ていて(笑)、

改めて自然界の多様性を体験しました。



ちなみにこれらの大根の種は、どこから飛んで来たのか?

いつの間にか勝手に私の畑に生えて

大根が成って花を咲かせたものの種で、

それで市販されている大根とは違う、

不揃い・・・と言いますか、

これが本来の自然的な大根!って感じのものが出来ました。



大根一本からでも【大自然の神秘】を

感じます。。。(^人^)☆


2018/02/15のBlog
2月10日(土)~12日(月・祝)。

四国八十八ヶ所霊場会・公認先達として

お世話役をさせて頂いております、

お四国参りの講「大阪楽心会」主催で

四国遍路に行って参りました。



今回のお遍路は大阪から現地までの

行き帰りのみ自動車、

遍路道ではほぼ全て【歩き遍路】

というスタイルでした。



前回の終了寺院である、67番大興寺の駐車場から

77番道隆寺までのおよそ50キロを

3日に分けて歩きました。



なお参加者は初参加4名含めまして12名。

当会【歩き遍路】では最高人数となりました(ー人ー)☆



なお私は、今回も全体スケジュールの作成&遂行管理、

ほとんど伴走車

(もしもの時に敏速に対応するために必要)を

運転する担当で時々、

遍路道がややこしい時などは

参加される方々と一緒に歩かせて頂き、

ちょっと別種類の苦行を“お大師さん”より与えられ、

よき修行の機会となりました。



初日は冷たい雨、2日目は強い風、

そして最終日は雪がちらちら舞う中、

歩き遍路(しかも極寒!)ならではの苦難を感じつつも、

歩き遍路ならではの地元の方々のあたたかい

【お接待】や美味しい料理にも

たくさん出会うことが出来ました。



そして今回は特別に

79番天皇寺さんの絶対秘仏であります、

阿弥陀如来様の御開帳にもお伺いさせて頂き、

ご住職の沼野圭翠師

(写真2枚目下段・右から3番目の女性の方)に

みっちりと阿弥陀如来様についてレクチャーいただき、

最後一人ひとりじっくりと

阿弥陀如来様をお参りさせていただきました(ー人ー)☆



みなさんから「また参加したい」

「また歩きたい!」とおっしゃって頂き、

とても嬉しかったです。

最後道隆寺での集合写真、みなさんいいお顔ですね♪



次回この続きは今年8月か9月に開催予定です。

次回、次々回(来年2月頃開催)で、

この歩く遍路も88番大窪寺へ【結願】できそうです。



これからも、

ご縁続く限り“お大師さん”と共に、、、

ありがとうございました。

南無大師遍照金剛(ー人ー)☆


2018/02/10のBlog
遅くなりました。

2月2日(金)レンタカーを借りて

仙台から岩手県陸前高田市に行って来たことを

ご報告させて頂きます。



あの東日本大震災からもうすぐ7年です。

震災直後は日本全体が【国難】という名の下に、

ぎゅ!と一つにまとまり、

復興へと歩を進めておりました。



が、被災地から1000キロ程離れている大阪におりますと、

被災地は今どうなっているのか?

情報があまり入らなくなっています。



震災ボランティアとして2回、

東北に入ってから5年後の今、

この目で被災地をまた観てみたいと思いました。

それが日本人としてのあり方を見出す上で、

非常に重要だと感じたからです。



事前に地元図書館で借りた何年か前の『るるぶ』に

陸前高田の仮設商店街「未来商店街」が特集されており、

そこで昼食を取るべく、

仙台から東北自動車道(内陸側)経由で

陸前高田に入りました。



実際そこに行ってみると、

すでに半数程の店舗は何らかの理由で空になっていました。

その中で何だかパワーある営業をされていた、

「鶴亀鮨」に入ってみることにしました。



始めは、普通のお寿司屋さんかと思っていましたが、

箸入れや店内が何だか、

【陸前高田愛】がものすごい。。。



帰り際「どこからお越しになられましたか?」と聞かれ、

「大阪です」と答えてから一気に流れが急展開し、

「おねーちゃん、コーヒー飲んでいって~(^0^)!」

「写真撮りましょう~!郵送します~(^0^)!」などなど、

結局2時間おりました(笑)。



写真なんか凄いんですョ~!

【愛のナイアガラ】という名の、

紙テープをピラピラ~させ、

そしてまた地道に巻き直して再利用されるんです(笑)♪



鶴亀鮨の大将(店長)は、

大阪の黒門市場で20年間修業されておられたそうで、

「大阪弁がなつかしい、なつかしい!」と

おっしゃっていました。



そんな明るい、明る過ぎる&キャラクターの濃い大将・・・

陸前高田の震災の語り部として、

お店に来た人から出張に行ってまで

あっちこっちでご自身の被災体験を

お話しされているそうです

(帰り際、大将・作の小冊子やテレビ岩手の映像なども

頂戴いたしました)。



そんな大将ですが、全てを津波で流され、

12メートルのかさ上げ工事で全く新しい街が

出来つつある陸前高田で商いを続ける・

生きていくことの不安を抱き、

未だに夜眠れないことも多いんだそうです。




ほんと、今のかさ上げ工事真っ最中の

陸前高田の状態を観ますと、あの震災はまだ終わってないし、

まだ真の再建・復興も始まっていない気がしてなりません。。。



行政の施策は海沿いに堤防を作ったり、

土地をかさ上げをし、新しい街をゼロから作り、

そこに住民を呼び戻すというハード重視なのですが、

実際この津波にやられた地域のおよそ

10分の1は亡くなられており、

またおよそ10分の1は既に他の街に引っ越しされ・・・

残りの人たちも実際このかさ上げ地に

戻って来るかが不透明であります。



およそ半分のかさ上げ地の使用用途が未だ決まっていない・・・

このまま行けば、不毛の大地となってしまう訳です。

一度無くなった街を短期間で元に戻すということの無謀さ、

難しさをひしひしを感じつつ、

住民の方々一人ひとりの心(ハート)に寄り添った、

行政施策(サポート)が行き届いていないと感じました。

個人レベル(自己努力だけ)では到底

解決出来ないことが未だこの被災地で

起こり続けているということです。



そんな大自然の猛威に対するある種の

恐怖や絶望感を感じつつも、

陸前高田の復興を応援する方々に元気を頂き、

感謝されながら「うったづぞ(=方言で『立ち上がるぞ』」と、

お店の再建、陸前高田の復興にご尽力されておられます。



私に出来ることは、こうやって、

自分が体験したこと・感じたことをみなさんに

お伝えさせて頂くこと、

一日も早い被災地復興&被災された方々の

ご多幸をお祈りさせて頂くこと、

そして、被災地の方々の応援の意味同時に

自分自身のために、

今後も被災地にお伺いさせて頂くことかなと感じました。。。



目の前のこと、自分の生活環境のことだけではなく、

普段は観得ない方々・万象を観、

未来全体を少しでもよりよくして

参りたいと感じました。

善き出会い・気づきをありがとうございました。


2018/02/08のBlog
[ 21:48 ] [ ぶらり旅日記 ]
2月3日・4日、

山形県米沢市に行って来ました。

そのご報告をさせて頂きます。

ずっと行きたいと思っていて、

やっと行くことが出来ました!



米沢=上杉家と言えば、上杉謙信、

上杉景勝(かげかつ)&直江兼続(なおえかねつぐ)、

そして上杉鷹山(ようざん)が有名な歴史上の人物です。



事前に旧米沢藩について、

司馬遼太郎先生の本などで予習をし、

現地では米沢市上杉博物館

http://www.denkoku-no-mori.yonezawa.yamagata.jp/top.htm)や

観光歴史ボランティアの方からいろいろ教えて頂き、

上記歴史的偉人から現在にも通じる

様々なことを学ぶことが出来ました。



まず上杉謙信は、元々越後(新潟)の戦国武将で、

次男坊なので父親の家督を継ぐ予定ではなく、

幼少の頃より仏門に入れられていました。

が、軍才もあり軍法も自発的に学んでいたそうです。



本来兄が継ぐはずだった上杉家を、

兄が病弱でまた武将としての器がない

ということで謙信が呼び戻され、

家督を継ぐことになったとのことです。



謙信は仏(とりわけ真言密教)の教えを頑なに守り、

妻を娶り女を囲うこともなく(=養子を迎えた)、

また戦場でも武将の格好ではなく、僧の格好をし、

武神【毘沙門天】を畏敬崇拝し、

国土を拡大するのではなく、越後の民のために、

領地の防衛に専念し尽くした人生だったそうです。



敵将・武田信玄に塩を送った話が有名ですよね。

戦国時代でありながら、真の仏法に生き、

実践を貫いた物凄い偉人であったんやと、

私は深く感動し、

毘沙門天と一体化した謙信に畏敬の念を

抱くようになりました(ま、高値で塩を売りつけて、

ガッポリ儲けようという商才アリの

謙信という見方もありますが・笑)。



49歳の時、突如脳出血で死んでしまった

謙信の後を継ぐことになった息子(養子)・景勝は、

謙信の右腕であった超有能な家臣・

直江兼続(景勝と同世代)と共に、

越後の国づくりを続けて行きます。

この直江兼続が主人公のNHK大河ドラマ

【天地人】(2009)が有名ですよね。



直江兼続と同じ歳で、豊臣秀吉の右腕だった石田三成とは、

【利】ばかりを追求する武将・武士が多い戦国時代にあって、

【義】を重んじる聡明なナンバー2同士、

意気投合します。



石田三成は豊臣秀吉に、

上杉家を会津若松に転封(てんぽう)し、

増封させるよう奨め、実際そのようになります。



石田三成は豊臣秀吉の後、

政権を取ろうと目論む徳川家康を憎み、

「会津若松と大坂とで挟み打ちして家康をやっつけよう!」

と固く契りを交わしますが、

1600年、関ヶ原の合戦であっけなく

石田三成が負け、処刑されてしまいます。



「このままでは、上杉家は取り潰しになってしまう!」

直江兼続は、家康の右腕だった本多正信に近づき、

正信の次男を自らの跡取りとする等、様々な策略をし、

上杉家取り潰しを逃れます。



また、家康自身も棚ぼた的に政権を握り、

上杉家以外にも敵(外様大名)が多かったので、

上杉家の処分を減封(げんぽう)のみに留め、

会津若松から米沢へと縮小(減封)させるに留めました。



本来であれば、

家臣である兼続に全責任を押し付けて首を刎ね、

家康に許しを乞えば、減封も免れたかも知れませんが、

景勝は兼続に全面的な信頼を置いていたので、

処罰するどころか、減封された中でも

多くの石(こく。領地)を与えたとのこと。



一方で兼続は自らの子供全員が早死したこともあり、

あえて養子を取らず、【絶家】することを決め、

自らの死後、その石を上杉家に返上しました。

それで少しでも上杉家の財政が楽になればいいと思う・・・

上杉家に対する忠義の覚悟です。



直江家が絶家した後は、直江家の家臣「与板衆」

(直江家は越後の国・与板より転封して来た)が、

今でも直江家の供養を続けておられます。

何とも言えない武将と家臣との強い絆・愛を感じます。

感動です。。。



・・・上杉謙信以来、越後から会津若松経由で

米沢にやって来た家臣・武士の数は膨大で、

それが米沢藩の財政を圧迫していきました。



時は江戸中期、米沢藩9代目藩主・上杉鷹山が登場し、

膨大な借金を抱え、破産&取り潰し寸前だった

米沢藩の立て直しにかかります。



米沢市民の方々が最も尊敬し感謝しているのが、

この上杉鷹山です。

「鷹山が改革をしなければ、今の米沢はない」からです。



いつの時代も質素倹約をしながら改革を断行するのは、

猛烈な抵抗勢力が存在し、

また自然の猛威(冷害や凶作)も襲いなかなか進みません。

が、鷹山がこの世を去る時には

藩の借金はほほゼロになっていたとのことです。



時が流れ、アメリカのケネディ大統領が就任した際、

日本の記者が「日本で最も尊敬する政治家はだれですか?」と尋ねた時、

「上杉鷹山です」と答え、

鷹山が一躍有名になりました

http://bizgate.nikkei.co.jp/article/106783814.html)。



私は1998年NHKでやっていたドラマ(筒井道隆主演)

『上杉鷹山(ようざん)二百年前の行政改革』で

鷹山のことを知りました。



こんな感じで、学校の歴史の時間では決して教えてくれない、

感動的な人間愛、組織運営・・・歴史を貫徹する、

人間としてのあるべき姿や、ゆくべき道が、

全てこの【歴史】というものの中にあるということです。



「賢者は歴史(古今東西・他者の経験)から学び、

愚者は(自分だけの)経験から学ぶ」



ということで来月は、

“訳あって最後まで徳川家に味方していた藩の

歴史探訪シリーズ第二弾”として、

新潟・長岡藩、福島・会津若松藩、宮城・仙台藩に参ります。



今年は明治維新から150年という節目の年であり、

薩摩長州が作った(=薩長の都合の良いことしか知らされていない・

時に虚実も紛れ込んだ歴史)明治という時代を【敗者側】から観、

“この国のかたち【真実】”を知り、

それを我々の未来に活かして参りたいと思っています。



『為せば成る 為さねば成らぬ何事も 

成らぬは人の為さぬなりけり』

「やればできる。やらなければできない。

何事もできないのは、人がやらないからだ」 (上杉鷹山)



義(人生において【天の理】を貫く、具現化する、その有様)と

愛(人間愛、万物を愛し慈しむ)で以って、

徳ある人生を着実に歩みたいと感じた、

米沢歴史探訪でした。

ありがとうございました(ー人ー)☆




【写真】

上杉謙信・上杉鷹山公 銅像

上杉神社(入口には毘沙門天【毘】と不動明王の【龍】)


2018/02/02のBlog
[ 21:24 ] [ ぶらり旅日記 ]
今日一日・・・

とっても内容が濃かったです。

朝一番、仙台のホテル近くでレンタカーを借り、

150キロ運転して岩手県陸前高田市へ。



仮設店舗「陸前高田未来商店街」で

お寿司屋をされている

おじさんととっても仲良しになり、

2時間くらいそこにいて、

本当にいろいろなお話しを聴かせて頂きました。

その後、山を切り開き、盛り土をした

新しい街と呼ばれる場所を見学、そして「奇跡の一本松」へ。



仙台へ戻る途中、日暮れ前に石巻に寄り、

日和山公園(鹿島御児神社)に行き、石巻の風景を眺めました。

ここは6年程前、震災ボランティアに来た時にも行きました。



その辺りから、レンタカーの後方左のタイヤに異音が・・・

日和山公園を下りている時に、いよいよおかしいと思い、

タイヤを見ていると見事にパンク(>0<)!



レンタカー屋さんに電話しますと、

ステキなおにいさんがロードサービスとして来て下さり、

スペアのタイヤにテキパキと変えて貰い。。。

すったもんだでギリギリ閉店ギリギリ

20時に返却出来ました。(ほっ)



そして最後に、

同じ八尾出身で仙台在住の知人のおにいさんとディナーへ。

そこでも本当にいろんなことを教えて頂き、

今日一日だけで本当に多くの貴重な出会い、

気づきをさせて頂きました。



明日は早朝に仙台を出て、ある場所に寄ってから、

今回のメインであります、

山形県米沢市で開催の「ジュニエコサミット」に

参加させていただきます。



今日一日の出会いは後日、大阪に帰った後、

しっかりまとめてみなさんに

お知らせさせていただきます(ー人ー)☆



2018/02/01のBlog
[ 20:25 ] [ ぶらり旅日記 ]
2月1日(木)夜。

2月3日(土)に商工会議所青年部の

“ジュニエコサミット”が山形県米沢市で開催される関係で、

一足先にまずは東北・仙台に来ました。

関空→仙台空港まで3,840円の格安ピーチ。

本当にいい世の中になりました(^0^)!



・・・過去2回の「震災ボランティア」で

来て以来の東北旅かなと思います。



サミット参加が今回の旅メインですが、

せっかく&わざわざ東北まで行くのでそれ以外に、

司馬遼太郎先生の『街道をゆく』を片手に行く歴史探訪、

そしてもうすぐ7年を迎える東日本大震災の被災地の今を

この目で観てみたいというのが今回の旅の目的です。



大阪にいるとなかなか

復興の情報・真実が伝わって来ないので、

自分の目であれこれ確かめて、

震災復興という角度から、

「この国のかたち」を観てみたいと思っています。



夜8時半仙台駅に着き、

仙台=牛タンということで・・・

さらに節分がらみで今日と明日限定だという

「恵方巻定食」を牛タン専門店で頂きました。

牛タン入りの恵方巻がと~っても

不思議で美味しかったです♪



大阪を出る時は雨でしたが、

仙台は気温0度。無風・晴れ。

月がとっても綺麗です。



明日からも元気で、新しい出会いに、

人生における見聞と感動を深めたいなと思います(^人^)☆



2018/01/30のBlog
[ 12:52 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
毎日極寒の日が続いている中・・・

我が家の庭の真ん中奥に、

いつの間にか白い梅の木が

植わっていることに気づきました☆

庭を管理している私の父(愛称:オトン)

の趣味嗜好でしょう。



ご近所の踏切側に、

毎年この極寒の季節に咲く白い梅の木があり、

この梅の木がいづれ終わる冬と

【春の兆し】を教えてくれます。

この梅の木の存在があって、

私は桜よりも梅が好きになりました。



私の父も、この踏切にある白い梅を愛でていて、

それで我が家に植えようと

したのかも知れませんねぇ(笑)。



この梅のように、

人生において厳しい時期に希望の春(時)を

指し示せるような人間でありたいなぁと思います。


2018/01/28のBlog
[ 21:18 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
最近・・・っていうか、

ずーっとおカタイ日記ばっかりですので・・・

恐らく次回以降も暫くはおカタイ日記だと思われますので、

ここでほんわかお笑いネタを一つ。



一般的に心置きなく公開出来る

オモロイ☆ブログネタと言えば・・・



①よしこちゃんの自虐ネタ(コンカツ失敗珍道中など)

②オカンネタ(大阪人の鉄板ネタ)

この二つしか思い浮かびません(^^;笑)★



普段ガラケー御愛用の私の母(愛称:オカン)が、

どこでどう聞きつけて来たのか・・・

「スマホでカワイイ動物になれるヤツ、撮って~!!」って

突如熱望されましたので、パシャ☆と撮影したのがコレ。



娘(40)よりもオカン(年齢非公開)、大はしゃぎ。

それにつられて娘も大はしゃぎ。

娘よりも娘さんな、ステキなオカンでゴザイマス(笑)♪



2018/01/27のBlog
[ 20:03 ] [ 人生、修行です。 ]
久しぶりに電車を使って奈良に行きました。

奈良を代表する近鉄奈良駅の駅前広場に

「行基菩薩像」があることを今更ながら知りました(恥)。



駅前広場=その土地土地をかつて治めていた

戦国武将の像というイメージが強いですが、

奈良はずっと都(天領)だった為、

そんな雄々しき銅像はなく、

武士ではなく僧侶であることがいかにも

古都・奈良らしいと感じました。



私たち日本国の原点である、

この“大和国”の玄関口に敢えてこの行基上人の像が

建てられているその意味はやはり、

我々民衆が今も昔も感じる

【真の仏教の先駆&実践者】であられたからだと思います。



行基上人(668~749)が

生きた時代から1300年程経ちますが、

この像を眺めておりますと、

今も変わることなく、

我々子々孫々の現状を憂え悲しみ、

そして行く末の幸福を念じて下さっている・・・

その慈愛の心をひしひしと感じます。



そして眞の宗教者・人間としての生き様を、

死んだ後もずっと我々後進に静かに

そして勁く示して下さっている、

その【気魄】が物凄いと感じました。



肉体は死んで滅んで見えなくなっただけで、

人間の想い【念】というものは今でも、

時代の“残り香”として、どこかに存在し続けていて、

それがどこからともなく漂い、

生きる者の心に染み入り、

陰に影響を与え続けております。



「一人ひとりに与えられた使命役割や

その物事を完成させる為のプロセス(=やり方)は

千差万別であるからして、

其れに長い議論の必要無し。

たった一つの真実【あり方・あるべき姿】を皆で議論し、

皆それに心合わせ一致団結し、

そしてそれぞれに進めばよい。

其れが眞の和、【大和の姿】である」。



・・・そんな感じで、行基上人(天)を想ふと、

いろんなことを教えて下さいます。

師というものは、眞の心から求めれば与えられるものだと、

実感いたしております(ー人ー)☆



【行基上人 参考ホームページ】

http://www.pref.nara.jp/43667.htm


2018/01/22のBlog
1月22日(月)。

マイカーにて瀬戸大橋を渡り、

香川県坂出市にある四国霊場・79番天皇寺

http://www.88shikokuhenro.jp/kagawa/79tennoji/index.html

阿弥陀如来様の御開帳に行って来ましたぁ~(^0^)♪



一昨年の12月に、

【ご本尊】十一面観音菩薩様の御開帳にも

お参りさせて頂きましたが、

こちらも一生に一度も見れない

可能性の方が高い秘仏公開だけあり、

何だか“ものすごいもの”を感じました。



ご住職の沼野圭翠師とは「巡礼遍路研究会」

という任意団体でご縁を頂き、

今日もみっちり1時間半・・・

多くのことをお教え下さり、

またまた感謝感動の時間となりました(^人^)☆



今日は冬期な上荒天だった為、

お参りする人もほぼおらず、

阿弥陀如来様をよしこちゃん、独り占め~っ(笑)♪

崇徳天皇も篤く信仰されていたという

阿弥陀如来様の前で読経出来る時間は正に至福の時!



第75代天皇である崇徳天皇は

「保元の乱」(京での権力闘争)に敗れ、

このお寺のある讃岐国に流されて、

そしてここで1164年、46歳で崩御され・・・

それが【怨霊伝説】として後世に伝わっていいますが、

沼野師曰く「阿弥陀如来様を始めとする、

とても篤い信仰心を持つ御方が、

怨霊として亡くなられた後もこの世に残り、

次から次へと悪さをするのでしょうか?」という、

今までに全く聞いたことの無かった

歴史的推察をおっしゃり、正に目からウロコ☆



確かに、そうですよね。。。



人間の人生というものは、

たった一つ・一種類の思いだけという、

真珠のようにまん丸でどこからでも

同じ光を放つというものはなく、

一人の人間の中でも多種多様な【念】があり、

ダイヤモンドのように多方面・多面体に

削り磨いていくことによって、いろんな見方・捉え方、

そして輝き方をするものなんだと感じました。



今上天皇(陛下)は第125代ですが、

そのちょうど50代前の天皇にも、

このような何か大切なものを

教えて頂けたような気がいたしました。



そしてこの阿弥陀如来様・・・

右手首から先が切断されて無くなっており、

おでこの白毫

(びゃくごう。ほくろのような形をしているもの)

の上に数センチの縦型の切れた跡があります。

これは明治4年(今からちょうど150年前。

それに合わせて公開されたようです)の廃仏毀釈により、

この阿弥陀如来様に刀を入れた人間(=権力)が

存在したという証であります。



(だけど、阿弥陀如来様は、自らに刀を入れた人間でさえも赦し、

救済されるという慈愛の気が溢れておりました。。。)



ほんと、あの廃仏毀釈運動は一体何だったのでしょうか?



脈々と歴史を繋ぐ天皇寺ご住職ならではの

説得力を感じました。



江戸時代(徳川幕府)が

全て善だとは認識しておりませんが、

明治政府がしたことにも善と悪があり、

その悪のカテゴリーに属することの一つが、

この廃仏毀釈だと感じています。



沼野師は敢えてこの傷を修繕せずに、

公開されることを決断されたとのことです。



我ら大和民族・・・はたまたそれのの陰で存在し、

絶対的サポート行って下さる神仏的存在は、

習合・調和を目指し、

それを目に見える形で具現化しようと

実践する存在であると私は信じています。



それをわざと分離させたり、

片一方の方を壊したり過保護にする、

その裏には、政治的な操作があり、

人間の深い闇(悪)の部分であります。

廃仏毀釈のような愚策を

日本国内世界各国繰り返してはならないと

猛烈に感じます。



そのためにもあの廃仏毀釈の問題の

本質は何だったのか?などという

歴史・過去から学ぶ必要があろうかと思われます。

「愚者は(自分だけの)経験に学び、

賢者は歴史(古今東西の他者の経験)に学ぶ」です。



この天皇寺さんでは今年10月7日(日)に、

ご住職発案による、

新しい&ステキな行事をされるとのことですので、

サポート&またお参りに行かせて

頂きたいなと思っておりま~す(^^)♪


2018/01/17のBlog
[ 20:06 ] [ よしこちゃんのココロの底 ]
寒い季節の中、知人のおばさま

(団塊の世代&年金暮らし)から、

「すみれが咲いたよ~(^0^)」と

添付の写真を送って来てくださいました。



若い頃は世界をまたにかけ、

男と対等にいや男よりも男らしく

ブイブイいわしてはったおばさま・・・

今は旦那さまと二人で

こじんまりとしたアパートにお住まいです。



人生いろいろとおありだったそうですが、

今は旦那さまとこうして毎日一緒に

生きているだけで幸せ~と

満面の笑みで日々、暮らしておられます。



そのご夫婦を観ておりますと、

人間にとって何が一番幸せなのか。。。

観得て参ります。



・・・あれもこれもと不足不満に駆られ、

過去の選択や事実を悔み根に持って、

そしてまだ見ぬ・得ぬ“摩天楼(未来)”を

夢見て憂えることよりも、

自宅アパートの入口に今、

ひっそりと咲いているすみれを

心の底から愛でることの出来るような

年月の重ね方を私もして行きたいなぁ・・・と感じた、

一枚の写真です(^人^)☆