「かじやのおじいちゃん IN 三輪大社♪」

9月1日も、

奈良県桜井市にあります大神神社(三輪大社)へ

『朔日参り』に行って来ました。

毎月1日はお参りに行く人が多いので、

あらゆる露店が立ち並び活気に満ちて、

この日この場所だけ昭和の懐かしい雰囲気が

残っています(^^)♪

そんな露店の中で、

よしこちゃん一番のお気に入りが、鍛冶屋さんです。

以前にもご紹介させて頂きました、

この鍛冶屋さん。

高野山の麓・九度山から出張販売されてはるそうです。

この日は、以前購入した鎌を紛失したために、

再度購入しに行きました。

ほんと、このおじいちゃんの鎌は、

自分の手や長靴を

いつの間にかパッカリと切っていてしまう程に

切れ味バツグンで、

ヤバイくらい草刈りが楽しくなってしまいマス(笑)♪

それに、何と言っても畑での作業効率が

飛躍的にアップします!!!

価格は2,000円しますが、

そこらへんのホームセンター等で

安く売っているものとは

【魂の入り方】が違います。

ほんと“物は生きている”ということを

まざまざと見せつけられる鎌です。

この鍛冶屋のおじいちゃん・・・

私は「【生き仏】とは、

このような御方のことを言うんやな。。。」と、

しみじみと感じております。

きっと鍛冶職人という道(どう)を極められ、

と同時に人間としての修行も極め、

その過程で【余計なもの(人間の罪穢れ全般)】が取れて、

後光が差しておられます(ー人ー)☆

私はこのおじいちゃんの後光に触れる度に、

その光によって自分の陰(=自分の至らなさ)を感じ、

「まだまだやなぁ〜」と素直に

反省懺悔しております。

だけど、そこには卑屈感や不足不満感は存在せず、

ただただ、深く反省懺悔をし、

清々しい風が心の中のチリやホコリを

吹き払ってくれるという感じにさせられます。

私はこのおじいちゃんのように、

ただただ目の前にある(天から与えられた修行の道)を、

誰に何と言われても、

周りの人が何をどうしていても関係なしに、

自分が納得して決めた道をただ、

ひたすらにコツコツと歩き、往生して、

逝きたいなぁ・・・と感じます。

私は他人との競争は好きではなく・・・といいますか、

他人が何をしているのか興味関心がありません。

風の如く自分の興味関心の赴くまま、

また岩の如く自分が理解納得しない限りは

微動だにしません。

【我儘】という自分中心的な思考形態並びに言動とは

似て非なるものであり、

天地万物を常に感じ一体化を試み続けながら、

また相談しながら自らの歩を決めております。

どうも不完全である人間という存在に

自らの調子を合わせると、

大なり小なり狂って来て、迷い惑わされますので、

人間に調子を合わせる必要がある場合は、

細心の注意を払っています。

従いまして、もしもこの娑婆に

私の競争相手が存在するとすれば、

もう一人の自分

【なりたい自分・あるべき自分】のみであります。

またの名を“お大師さん”と呼び、

また“三輪の大神様”・・・

【おかげさまの絶対的な存在】とも呼んでいます。

そんな自分に一日も早くなるべく、

ただただ愚直に精進し続けるのみであります。

以上のような、

言語化することがなかなか難しいような生き方を、

この鍛冶屋のおじいさんは自然体で、

さらっとやってのけておられるということに、

底なしの凄さを感じております。

先月8月1日はこの露店を出されておらず、

「もしやおじいちゃん・・・猛暑で倒れられたのでは?!」

とかなり心配しておりましたが、

聞きますと、

先月1日は九度山方面は大雨だったそうで、

桜井まで来れず、途中で引き返したそうです。(ほっ。)

私のこの熱烈ファンっぷりを、

このおじいちゃんは知る由もないですが(笑)、

私にとっては“三輪さん”と同じで、

このおじいさんにもそっと手を合わし、

お参りを続けております(^人^)☆