ニックネーム:  パスワード:
| MyBlogトップ | Blogポータル | ブログガイド | よくある質問 | サポート |
よしこちゃんの部屋
記事一覧イベント一覧
[ 総Blog数:3787件 ] [ このMyBlogをブックマークする ] [ RSS0.91  RSS1.0  RSS2.0 ][ ATOM ]
2017/07/23のBlog
[ 21:27 ] [ 遍路修行日記 ]
訳あって、先日徳島に行きました

(その理由はまた後日でも♪)。

四国霊場スタートの地「1番 霊山寺」

・・・久しぶりにまたここへ来ました。

せっかく徳島に来たので、

1~10番までマイカーにて

個人遍路をさせていただきました。



久しぶりに完全マイペースの一人遍路を

大マンキツさせて頂きました(ー人ー)☆

ヨは満足ジャ☆笑

途中、偶然知り合いのおじさまが仲間と一緒に

お接待所をされていて、

お接待を頂きながら1時間くらい

ステキに道草してました(笑)♪



四国88ヵ所霊場の魅力の一つは、

1~88番の札所【同じところ】を

ぐるぐると回り続けるということかと思います。

かつて29歳の終わり、

一大決心をして始めてここに来ました。

それから10年ちょっとぶりにここに立ちました。

何とも感慨深いものがあります。。。



7周目(一部は8周お参り済)にしてようやく、

自分のペースと言いますか、

焦らず地に足つけて、どっしりとお参りが出来つつあり、、、

少し【深み】が出て来たと、

自分の成長を感じることが出来ました。



ここに立っていつも思うこと、

それは【初心忘れるべからず】。



なぜ私は四国遍路道を歩むことを決断したのか?

誰に・何によって今も歩ませていただいているのか?

私の今生の人生の一つがここにあります。

そして2回、3回・・・と来る度に、

「私の【シンカ】~進化・深化・神化~の過程」を

確認しています。



一回目よりも二回目、

二回目よりも三回目の方がシンカの度合いを

増して行かなければならないと考えています。

でないとやっている意味がありません。

これは自らに課したノルマであります。



四国遍路行では本当に多くのことを

学ばせて頂いておりますが、

その一つが「【捨てる・与えること】が真の幸福である」

ということです。

私は捨てるために、

また与えられる人間になるために四国遍路上で、

行をさせて頂いているのだと感じています。


この娑婆の常識では、

「何かを得ることや与えてもらうこと」が

幸せだと認識されています。



しかしながらそれは違います。

喜んで与えるから与えられるのであり、

喜んで捨てるから得られるのが真理であります。



たくさんの(マイナスの)感情【想念】を持つ程に、

またたくさんの(余分な・不必要な)ものを持つ程に、

それらから発する【罪】によって、

その所有者が潰されやすくなる・不幸になってゆきます。



従って、自分自身の人生において

最小限必要不可欠なもの以外は捨てる・

喜んで他者に布施する(与える)ことをしなければ、

真の幸福にはなっていきません。



人間は与えられる(得る)喜びよりも、

与える(捨てる)喜びに生きなければ

本来の人間性を発揮出来ないだけではなく、

真の幸福を得ることが出来ないのです。



まだ暫くはこの四国遍路のご縁が続く感じですので、

更に我が“シンカ”に磨きをかけて参りたいと思います。

南無大師遍照金剛(^人^)☆


2017/07/18のBlog
[ 21:27 ] [ 人生、修行です。 ]
先日の三連休、

一般社団法人倫理研究所

(家庭倫理の会&倫理法人会の母体組織 

http://www.rinri-jpn.or.jp/)の

富士高原研修所に行って来ましたぁ~(^0^)♪



当研究所の創始者・丸山敏雄氏(1892~1915)の

生涯がリアルに分かるドキュメンタリー映像を観、

倫理研究所の誕生前後の経緯並びにその使命役割だけではなく、

私の曾祖父母や祖父母が生きた時代の

人たちの想い(想念)を深く感じ、

学ばせて頂きました。先人の恩に報い、

無念を晴らす人生を歩みたいと強く感じました。



今回の研修で最も印象に残ったことは【死生観】という、

人生における価値観の一種であり根本的要素

(人生における、ありとあらゆる選択判断材料)を、

いかに確立しておくべきか?の重要性です。



自分がどのように死に対して向き合っていくのか?

その死というものを通して、

どのようなに生(せい)に生きてゆくのか・・・?

人生というものは、

その人その人の「死生観」によって、

その意味や方向性、そして価値が決まっていくものなので、

死生観というものをきちっと確立しなければならない!と

ヒシヒシ感じて大阪に帰って来ました。



人生における最大の苦難とは何なのでしょうか?

それは【死】であります。

人生最大且つ根本的な欲とは何でしょうか?

それは【生命欲】・・・

つまり生きようとする欲求であります。

生と死は人間にとって、

実は陰陽合一した同一同源の根本的課題

(超剋すべきもの)であります。



死(し)から生(せい)を静かに観ますと、

おのずと、自分の生き方が観得て参ります。



死ぬのが怖い・縁起が悪いなどと、

死に対して避けて通り、

目先の快楽に囚われ今のみに執着している人間は、

いざ本当に死ぬる(本当に困った)時に、

ジタバタ&オロオロ&恐怖に苛まれ、

そして哀れな死に方をする訳です。

その哀れで邪な想念は、自分の魂にこびりついて未来永劫

その想念から逃れることは難しいのです。



きっと、迷い悩み彷徨う魂(心)を持つ人間は、

この死生観が無い、もしくはぼやーとして薄いから、

心定まらず、悩みが深まっているのかも知れませんね。





・・・人の生命は有限であり、

それがいつ終わるかは誰にも分かりません。

ですので【一日一生】で、

毎日毎日悔い無きよう、そして昨日よりも今日、

今日よりも明日、善き人生を歩み、

そして死ぬる日・その瞬間が最高の時になるように

これからもコツコツ精進して参りたいなぁと感じました。




今回も善きご縁をありがとうございました(ー人ー)☆


[ 20:37 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
電車や車など、

乗り物を使って旅に出かける時の楽しみは

【車窓を眺めること】。



ボケーとしながら、車窓から見える風景をただただ眺める。

私はその車窓の風景に没我(ぼつが)する。



次から次へと移り変わる様々な風景。

いろんな土地や人々の営み・・・全てが美しい。

乗り物は私の肉体として、魂は乗客の私。

車窓を眺め行くように進む私の人生。

【死】という目的地までひたすら前へ進む、人生。



ヒカリの風景を観、

この世って何て美しいんやろう。。。としみじみ感じる、

今・40歳の私。つくづく全てが有難い。

今の人生程に満たされた瞬間はない。

出会いや縁の全ては必然であり、

出会うべきして出会っていると私は分かる。

これからもそんな人生を、淡々と歩くのみ。

嗚呼・・・何と幸せなんやろう。

過信でも不信でもない、自信に満ちた、我が人生。

全てに感謝な、美しいこの日本の風景の中。



私が美しいと思えば美しい。きなたいと思えばきたない。

悲しいと思えば悲しい。楽しいと思えば楽しい、人生であります。




[ 20:35 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
今年から、いとこのおねえちゃんの娘・リコちゃんが

大阪の大学に通い出し、

近所の叔父の家で居候しています。



いとこのおねえちゃんは、

長年叔父の家で暮らしてましたが、

たまたま結婚したのが富山の人で、

結婚が決まってから旦那さんが

大阪支社から富山の本社に戻ることになり、

今はずっと富山に住んでます。



いとこのおねえちゃんは

さすが八尾の人間だけあり、

富山でもひたすら大阪弁を貫き通してます(アッパレ☆)



豪雪地帯なんで、雪がカナン!と

未だ歎いていますが、

水や食べ物、空気がおいしい富山生活は満足しているようです。



ある日叔父の家に行くとリコちやんが、

2リットルある水のペットボトルを飲んでたので、

訳を聞いてみると・・・



「大阪の水道水はまずくて飲めん!!!」

と歎いてました(笑)。



なるほどなぁ・・・☆

生まれた時から、あんなに美味しい立山連峰のお水を飲んでいたら、

塩素たっぷりの琵琶湖&淀川の水は、

まずく感じて、飲めないわなぁ!とガッテン☆



これって、他のことにも当てはまるかなと思いました。



小さい時から、和やかで愛あふれる家族と暮らしをして、

たまたま結婚した人の家族や、

就職して所属した部署がとんでもないアホな人たちだったら、

人生生き地獄状態に落ちるやろうなぁ・・・と(笑)。



逆に、幼少の時にまずい水を飲んで、

嫁に行ってから美味しい水の富山に暮らしたら

「なんとまあ、嬉しい。ありがたい!」と

幸せを感じますしね・・・。



人生での幸福の感じ方は、客観的な物差しではなく、

その人その人の今までの生活のレベルや、

心的状況によって絶えず変化するようですね。



とっても分かりやすい、シンプルな事例でしたので、

ここで上げさせていただきました(^人^)☆


[ 20:33 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
行(い)って何をする?

何を学ぶかも、当然のことながら大事なことです。



だけど、行く・そこの地場を感じること自体が

大事なことであるとも思います。



なぜなら、人間は

まず始めに、【感じる・感じ取る】ことにより、

変わる・変わり始める存在だからです。


2017/07/12のBlog
[ 10:05 ] [ よしこちゃんのココロの底 ]
先日、ある冊子を読んでいますと、

ブッダの御言葉が掲載されていました。



「憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によって止む」



その言葉を発したのは、

スリランカの故・ジャヤワルダナ氏

(スリランカの歴代大統領になった方)です。



その御言葉を発した物語が大変感動的で・・・

その詳細は下記のHPをご覧ください。



ジャヤワルダナ氏の懐(愛)の深さ&徳の高さは

本当に凄いものがあり、同じ仏教徒として、

我々日本人は大いに見習うべき御方だと感じました。



我々日本人も、過去の「やったこと(罪)」は

真摯に受け止め反省懺悔し、

過去の「やられたこと」は全て水に流しつつ、

そして愛とは、【自他への赦し】であるという認識を

石に刻み生きてゆくべきだと考えます。



どこぞの隣国(民族)のごくごく一部の人たちのように、

拉致したりミサイル飛ばしたり・・・

過去の虚実までも持ち出して来て、

未だ憎悪剥き出しであれこれ要求して来るのは

「反面教師」として同じ行いはせずに、

断固たる意思(義)を持って的確な処置をしつつ、

天の裁きを受け、やがて朽ちて逝くのを

ただただ待つのみであります。



だけど私はまだまだガンジー(マハトマ・ガンディー)のように、

自分を銃で打って暗殺した人間ですら赦すという境地には

まだまだチットモなれませんねぇ~・・・

宇宙的規模で修行が足りませんワ(^^;凹)★



参考HP:在スリランカ日本大使館公式ホームページ
http://www.lk.emb-japan.go.jp/jp/contents/episode/episiodenew.html


http://srilankanholidays.firsight.jp/blogs/jayewardena-c/


2017/07/11のBlog
[ 22:26 ] [ 人生、修行です。 ]
今年3月にパリ観光&スペイン巡礼に

行ったこともあって、

司馬遼太郎先生の

『街道をゆく ~南蛮の道 Ⅰ・Ⅱ~』を読みました。

あぁ~、めっちゃ面白かったです(^0^)!



司馬先生と、本当に南蛮のみちを

旅した気分になっていました。



司馬先生がお亡くなりになられて20年・・・

この『街道をゆく』が発行されたのは30年前です。



正に時空を超え、善き旅をさせていただきました(ー人ー)☆

以下、心に残った箇所や個人的感想です。



-------------------



「私のこの旅の目的は、ごく単純でしかない。

日本で、南蛮文化とか南蛮芸術、南蛮絵、南蛮鐔、

南蛮菓子とかいう『南蛮』とはなにかということを

この旅で感じたい、ということである。」




・・・日本の戦国時代。日本にキリスト教(カトリック)を齎した

布教師であるフランシスコ・ザビエル(1506~1552)の生涯の軌跡を

パリからポルトガルまで辿りながら、『南蛮』というものを

探求するという感じです。



フランシスコ・ザビエルは「バスク人」なんだそうです。

一言でヨーロッパ人と言っても、いろんな人種がいるようです。



フランスとスペインの国境地帯にあるピレネー山脈界隈に、

昔から暮らす原住民族なのですが、

その近辺に存在するフランス人やスペイン人と違うところは

「バスク語」という言葉を持つということだけだそうです。



バスク語の面白いところは、

日本語や韓国語と文法がそっくりなんだそうです。



だから、幼少期は生活するために、

フランス語やスペイン語のみを話していたバスク人が、

成人になってからバスク語を勉強すると、

めちゃくちゃしんどいんやそうです。



だけど、バスク人という自負がある人達は、

少し少しでもバスク語が使えるようになることは自分を取り戻す感じ・

真の幸福を得る感じがするそうです。

バスク人は遠い祖先は、日本人と同じかも知れませんね(笑)。

地球は一つ。ほんと、歴史的大ロマンを感じます。



にしましても、私がスペイン巡礼路を歩いていた、

スペイン・ガリシア地方(ガリシア人)とバスク人は

ちょっと似ているのかとも思いますが、

その土地を愛し、風土&歴史を愛し、そして民族を愛してやまず、

その先祖代々の土地で自然体で淡々と生きてきたように感じます。



バスク人やガリシア人はきっと、

他人の生命や財産を搾取することなく、

自然サイクルの中の一部の人間として健気に生きて来た、

罪なき人たちなんだと感じました。





「『無敵艦隊(アルマダ)の敗北(1588)以来、

スペインという坂はくだりっぱなしです』と武部氏はいった。

無敵艦隊の成立にさきだつものは、スペイン・ポルトガルによる

大航海時代の現出という壮大な歴史であろう。

私どもの歴史にとっては南蛮文明の到来である。

その大航海時代の前に、ムーア人


(※イスラム教徒、それまでのおよそ数世紀の間スペインは

イスラム教徒に支配されていた)

が残した造船術、

航海術、さらには遠隔交易の伝統があったと見ねばならない。

ポルトガルを含むこのイベリア半島のひとびとによる大航海時代によって、

世界史は一変したといっていい。

スペインはアメリカ大陸を得、フィリピンを得、

新植民地で人類史上まれにみる殺戮と収奪をくりかえしつつ、

金銀その他高価な物品をとめどなくこの半島に持ち帰った。

スペイン王も貴族も教会も舶載されてくる富のために

血ぶくれするほどに豊かになった。

この全盛時代のスペインの国家経済ほどあらっぽいものはなかった。

国家そのものが、新植民地に対する一大強盗団になったといっていい。」




・・・「大航海時代」という言葉は、

小学校~高校の世界史の時間で知りました。

が、歴史的事実はそんな美名とは真逆の、

「一大強盗団」の出現だったのです。



その後続く、イギリスの産業革命以降の欧米諸国による

世界各国の植民地支配も同罪であります。



私が歴史を学校で勉強していた時代は、

欧米諸国が世界経済を牛耳っていましたが(今もですが)、

2000年にクロスポイントを迎え、

西洋から東洋に全てが移動して来る時代に入りましたので、

どんどんと西洋の力が弱くなって参ります。



数々の殺戮と収奪の罪が、テロや移民・難民問題となって、

欧米諸国を足元から食い潰しているのでしょう。

過去の罪は、消えることなく、時空を超え、

その国にまた子孫に利子をつけて降って来るのです。

ここに自業自得の世界が在ります。



私は、今年3月にキリスト教(カトリック)の三代聖地である、

スペインのサンティアゴ・デ・コンポステーラ教会に行きましたが、

その教会の美しさと、その教会の中で起こっていたであろう

罪の重さの両方を思いっきり感じて帰って来ました。



ですので、サンティアゴ・デ・コンポステーラ教会に

もう一度行きたいとは思っていません。



日本の四国遍路や熊野古道と違って、

サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路は、

カトリック以外の人が歩いている割合は少ないと観ております。



それだけ、カトリックの教会組織は、

過去、多くの異教徒に不利益を与えて来た訳です。



決して、カトリックの教えが悪い訳ではありません。

その教えを悪用して、罪なき人々を殺戮し収奪をくりかえした事実が

存在するのであります。

これは誰にも否定出来ない、真実であります。



私はこの人類史上まれに見る大罪をあれこれ勉強中です。

ついでに、世界三大宗教の一つである、イスラム教もかじり始めました。

どうも日本にいると、イスラム教の悪口ばかり。

キリスト教のいいことばかり、報道されています。



これは日本が、アメリカ・イギリスの

『プレス・コード(そのコードにとって都合のいい情報しか流れないように

闇で支配されている)』に属してしまっているからだそうです。





「それ(異教徒の国を支配すること)は困難ではなく、

王は征服しようと思う国にまず宣教師を送りこむ、

そして住民の一部を改宗させるや否や、

次に軍隊を送りこみ、その軍隊は改宗者と合同して、

易々とその国を合同(※支配)したと。」




・・・織田信長は、カトリックの布教者たち

(フランシスコ・ザビエルの属するイエスズ会)を受け入れます。

が、豊臣秀吉は、カトリック布教を隠れ蓑にして、

日本人が奴隷として連れて行かれるということと、

日本自体が支配されるということに気づき、

これらの勢力全部を追い出します。

これが歴史的史実であります。



ここらへんの史実は、恐らく欧米国家に遠慮して、

歴史の教科書には記載されておらず、曖昧になっているようです。



それに続いて、徳川家康もカトリックを受け入れず鎖国するに至ります。

が、オランダに関してのみ、長崎の出島で貿易を許可します。

これは、同じキリスト教でもプロテスタントの国だったということで、

まぁ許可したようです。



ちなみに、カトリックの教会組織やローマ法王が腐り切っていたからこそ、

ルターの宗教改革、そしてカトリックから分離した

プロテスタントが登場したようです。



ちなに、現在比較的経済状況が高水準で安定している

ヨーロッパ諸国は全て、キリスト教であっても、

カトリック以外がメインの国家です。



逆にフランシシコ・ザビエルはイエスズ会の仲間と共に、

そんな斜陽状態となった、カトリックを守ろうとして、

敬虔なカトリックの宣教師として

自らの命を顧みず、未開の地へカトリックの布教に行く決意をし、

実践された訳ですが、結局カトリック教会組織のエライサンや

国家権力者に利用された形となってしまい、中国にて病死する。





・・・今回、この『街道をゆく』を読んでの全体的な感想ですが、

人々の様々な想念(善いことも悪いことも)が、

一人の人生という名の【一本の糸】を作り、

それが束になって文明や文化が出来、

やがて大河となって、

一つの大きな歴史の潮流が出来ていくということです。



従って、一つの事柄を【点】で観るのではなく、

【線・流れ】で観る、そして全体からの一部として観ることが、

物事(想念)の出処や本質を知るために

必要不可欠なんだと思われました。



物事は、常に本質を掴みながら、各部位を扱い、

そして対処しなければ、余計に迷宮入りするだけであり・・・

上辺だけ・その時だけしのげばいいとかでは、

永久に物事は解決しないどころか、

【因果応報の罪】が続く以上に下手すれば、

罪が深くなってしまいます。



さ、『南蛮のみち』は読み終わりましたので、

以前一度読破した司馬先生の歴史小説

『項羽と劉邦』を再度読み返し、

「真に人望あるリーダー像とは何か?」を

更に深く学びたいと思います(ー人ー)☆


2017/07/10のBlog
[ 20:46 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
自分なりに調べまた現地見学により、

その概要がだんだん分かって参りましたので、

ざっくりとここに記させて頂きます。

ご参考までにどうぞ♪




熊野古道は、その場所の持つ地場や歴史から

強烈に放たれる霊験あらたかなパワースポットであり、

そのパワーから織り成されるメインテーマは

【魂の蘇りの旅(プロセス)】だと感じています。



ある人は懺悔、

またある人は自他の供養や極楽浄土への願い、

そしてまたある人は現世利益と、

その道にかける詳細の願いは千差万別ですが、

自分の心並びに魂の充足を求め

歩もうとするということは全員同一であり、

それは幾多の時を経ても変わらないことであります。



熊野古道とは、広義で言うと、

スペインのコンポステーラ巡礼同様、

「私はここから熊野に向けて巡礼します!」と

決意した場所が巡礼のスタート地点になるかと思いますが、

狭義で言うと、4つのルートが存在するようです。



まず①

京都・城南宮から船で大阪・天満橋へ着き、

そこから陸路で紀伊半島を海沿いに歩き、

和歌山・田辺から山道にて熊野本宮大社(ゴール)に行く道。

紀伊道・中辺路(なかへち)と言います。

天満橋からは【九十九王子】というものが存在し、

熊野の神様の化身で熊野詣をする人たちの護り神であり、

道先案内人?でもあり、休憩所や宿泊先でもあった・・・

つまり、神様・人間・場所を包括するような

役割を担っているものであります。

時代を経て今は「~~王子跡」という名前のみ

残っている場所がほとんどです。



②伊勢路。お伊勢さん参りをした後に、

熊野詣をしたい人たちによって作られた道です。

比較的東国(中部以東地域)の人が歩まれた道です。

これと関連して、紀伊半島経由で歩むルートは

~大辺路・おおへじ~と呼ばれています。



③高野山からひたすら山道を歩むコース(小辺道・こへじルート)



④大峯奥駆道

これは一般人向けではありませんので、

ガイドブックには掲載されていません。

大峰修験道と熊野修験道を繋ぐ、行者の道となります。

この道は女人禁制区間もあり…

生半可な人間が立ち入ると、

命を落とす程の危険区域であります。

ごく小数の真に選ばれた修験者のみが歩む道のようです。




熊野古道(街道)は、

熊野本宮大社・熊野那智大社・熊野速玉大社の

3つめがけて整備されています。



昔むかし・・・神代の時代にバラバラに自然発生し、

崇め祭られていた3つのお社ですが、

いつの時代からか、3つセットで【熊野三山】と呼ばれ、

【熊野大権現】という名の下に、

過去を司る阿弥陀如来の化身を奉る熊野本宮大社、

現在を司る薬師如来の化身を祭る熊野速玉大社、

そして未来を司る千手観音を祭る熊野那智大社が、

1つの信仰として融合して【熊野信仰】になっていきました。



従って、過去・熊野本宮大社→現在・熊野速玉大社→未来・熊野那智大社

という順番でお参りするのがいいとのことです。



理想では、今年11月中旬に、

中辺路ルート(滝尻王子→熊野本宮大社)を歩く予定となっており、

今からテンション上げて過ごしております(ー人ー)☆


ふっ・・・と

つれづれなるままに記載した日記・パート2です(笑)♪


-------------------



葛藤そのものが、人生の本質であろうか・・・と。



欲しいけど得られない、

捨てたいけど、捨てられない。。。

一度ハラに決めたはずのことが、迷い悩み、

心がコロコロ変わり、さ迷い続けている。



この世に生まれ出たた限りは、

上記のような心身不安定な状態は

死ぬまで続くのではないでしょうか。

諸行無常が世の常だからであります。



つまり、生きていること【生】そのものが、

何等かの方向へ【動き続ける】ことであり、

命ある限りは誰も心が止まる・定まることはないということです。



従って、心がコロコロ変わるこの世の法則を素直に受け入れ

【自分の心が常に変わることは、自然なことである】と

大(絶対的に)肯定をした上で、心の変わる方向をいかにして、

自らの力で善き方向へと導いてゆくのか?

精進すべきなのではないでしょうか。



心がコロコロ変わることに感情が囚われ、

憂え嘆き怒り悲しんでいたとしても、

変わることが当たり前の娑婆法則なので、

それらの主観(感情や執着)はあっさりと捨てて、

自らの内外の変化を楽しみながら、

客観的かつ冷静に善処し続けた方が、

人生更に楽しく、善きものになってゆくのではないでしょうか?


[ 20:36 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
ふっ・・・と

つれづれなるままに記載した日記です(笑)♪


-------------------


光は【愛】の発顕。

それを“見える化”した存在である。



人は【信】という光を発することにより、

万物の愛(絶対神)と合一し、

全てを結実成就させてゆく存在である。



本来、霊長類の長である人間は

【信】に生きなければならない。

【我】を捨て、

空(自他・万物の境を無くし、みんなのために)に

生きなければならない。



しかしながら、

【我】のみに生き(=自らのみの利益のみを追求し)、

積罪し続けているからこそ、

結局自らの人生だけでなく、

地球全体が苦しみの地獄とあい成っている。



結局のところ、天国も地獄も、

どこか遠きにあるのではなく、自分自身の心の中にあり、

自らの徳と罪により、どちらかを創造し続けているのである。


[ 16:35 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
「農業競争力強化支援法案」が

国会(参議院)で通りました。

詳細は下記をご覧ください↓


http://shinhakken-blog.seesaa.net/article/45028023



これもまた、

マスコミ(テレビや新聞等、我々の生活の身近にある情報網)には

一切出て来ませんね。

国会でやっているのは、◯◯学園の問題ばかりではありませんよ。




政府与党も野党の政治家も一切口にしません。

これも何か、裏がありそうですね。

目には見えませんが、臭いニオイがプンプンします。



競争や民営化・・・そりゃー、必要不可欠でしょ。

だけど、何でもかんでもそうした方がいいってそれは脳がない。

政治家、ほんまアホやな。

しみじみとそしてはっきりと断言して差し上げます。



主体的に率先して間違った方向に導こうとする政治家(=人間)と、

物事を深く考えず&本質的なことを把握しておらず、

声のデカくて力のある方に靡く

従順なアホな政治家がこの国を滅ぼす!



建前論ばかりを構築し発信する。

そして本音の部分【真実】は藪の中。

我々国民の生命と財産は一体誰のものなんでしょうか。

いつのまにかそれらを悪魔に売りさばいています。

日本人の中でも、悪魔に魂を売っている輩が多すぎ。

既に地獄堕ち確定ですね。



日本人の総痴呆化が未だ進んでおります。

結局のところ、痴呆化してアホになっている我々国民が、

アホな政治家を生み、

アホな悪魔を暗躍させているんですけどね~♪ ニヤリ。




ってことで、結局のところ、全員が

「南無阿弥陀仏状態」ですね(ー人ー)☆


2017/07/08のBlog
[ 20:34 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
今年入ってからというものの・・・

おかげさまでなんやかんやと忙しく、

すっかりマイ畑の草抜き(メンテナンス)を怠り・・・

結果、今年のいちごなとは不作っ(>0<)!

(ま、今年で5年目ですので、

古い株を一新し、新しい株ばかりにしたり、

春先寒い日が続いたというのもあるとも思います)

だけどやっぱり、畑が本業やないですので、

無理の無い範囲で“ボチボチ”

継続したいと思っています。



そんな中で今日やっと、

ほぼ理想形で、マイ畑の草抜きが終わりました~♪

今植えているのは、スイカとサツマイモ、

そしていちごです。

メンテマンスが面倒なものは止めました(^^;)。



にしましても、草抜きはとても好きです。

八尾の里山の風景の中で一人、心を無にして、

ひたすら抜いていく訳ですが、抜き終えると、

私の心もスッキリと【余計なもの】が

抜けている感覚がするからです。



畑での作物づくりも、お遍路とかと同様、

【畑道(はたけどう)】という感じで、

その道を極める程に面白そうで、

大自然と一体化し無限の宇宙が

拡がっている感じがします。



だけど、いちごの育ちに支障出まくる程の、

雑草のジャングル王国状態までにはもうしないように、

今後は気をつけたいと思います^^;)☆

(昨年、雑草ボーボーのところから、

ヘビちゃんが登場したので、マイ畑の周りも含め、

草はちゃんと抜いたり刈っておくつもりです)




雑草・・・

抜いてもまた生えてくるあたりが、

私たち人間の煩悩と同じですよね。

生きているからこそいつの間にかどんどん溜まってくるものを、

常に抜いていく・捨てていくという

【意識】を持ち続けるということが、

この人生遍路道で、非常に重要な意識なんだと思います。


2017/07/07のBlog
[ 20:56 ] [ よしこちゃんの市民活動 ]
私が入っております

「一般社団法人政経倶楽部連合会 大阪支部

https://www.seikei-club.jp/)」主催で

7月26日(水)19時~大阪市内で、

一色正春さんをお招きして、講演会を開催いたします(^^)♪



みなさんもご記憶にあるかと思いますが、

2010年10月頃、

「尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件」が発覚。

「sengoku38」名で映像を動画共有サービス

YouTubeへ最初に投稿した方です。



当時の民主党政権は、

中国側の船が海上保安庁巡視船に

ぶつかって来たにも関わらず、その事実を隠して、

中国政府の「日本側からぶつかって来た」との主張を黙認状態。



そこで一色さんがYouTubeへ

中国船からぶつかって来たという映像を流出させ、

真実が明らかになったという出来事でした。



なお、当会主催の

8月例会(8月22日水曜日18:30~)は、

評論家で拓殖大学客員教授の石 平(せき へい)さんの登場です!

石平さん、先週の『そこまで言って委員会NP』にも

出てはりましたね♪



これまた豪華な講師が登壇されるということで、よしこちゃん、

今から楽しみにしています~(^0^)☆



なお、参加対象者は会社経営者・経営幹部・後継者、

そして政治家、もしくはそれらを目指している人

となっています

(会場が30人まで入れません・・・^^; 

講演後、講師との夕食懇親会もセッティング予定)、

参加希望の方は添付チラシ下部記載の事務局まで~♪

この手の人が大好きな方、是非お越しくださいマセ~☆



【当講演会のPDFチラシは下記よりダウンロード下さい】
[ 20:36 ] [ よしこちゃんのココロの底 ]
・・・ご近所にある

植松観音堂に貼ってあった、御言葉。

一度目の死までの間(生)をいかに健康に長くするか?

も大事なことですが、

一度目の死から二度目の死までの間の期間を

いかに永くするのか。。。?



その方法はやっぱり、一度目の死までの間・・・

生(せい)の時代をいかに善く過ごすか?

なんやなぁ・・・と

しみじみ考えた時間となりました(ー人ー)☆



最近の楽しみの一つは、

夜寝る前に“司馬小説”を読むことです。

夜の静寂の中、一人で心静か&穏やかにして、

あれこれと深く考える時間(活動)が好きになり、

その活動の「お供」が司馬小説です。



いくら眠くても、最低10分は読みます。

四十路過ぎて、ますます司馬小説の面白さが

分かって来ましたぁ(^0^)☆



今は『街道をゆく ~南蛮のみち~』を愛読中です。

今年3月にパリ~スペインに行ったということもあり・・・

この『街道をゆく』の主人公である、

フランシスコ・ザビエルの生涯(足跡)を通して、

南蛮とは何か?キリスト教(カトリック)とは何か?

そして「大航海時代」という美名・・・

実情は歴史上まれに見る大罪である

「大量奴隷&搾取時代」とは一体何だったのか?

ということを紐解いて行きます。



司馬小説は、様々な歴史的人物や歴史的史実、

そして司馬先生自身の推察を通して、

【人間とは何か?】という、

我々人間が本来知るべき本質的なことを教えてくれるので、

私はとても好きです。



私は常に上辺だけのこと・目の前の快楽を

追求し続ける人間は好きではありません。

そんな動物的な人生で、

この娑婆で一体何を得られるのでしょうか?

死んで屍になり始めて魂の底から

後悔するのが目に観えてますね

(あ、もう死んで肉体が無いんで、

目はありませんね・笑)♪



そんな人間と関わるよりも、

司馬先生のような常に物事の本質(根本)を見極めようとし、

また本質を踏まえ、

各種判断や行動をしている人間と関わり続けようと、

四十路になって決めております。

人生長いようで短い、そしていつ終わるのか分からない。

だからこそ有限なる今のこの人生、

ますます取捨選択し、

本当にやりたいこと・心が向くことに

没頭したいと考えています。

(もちろん、人様のお役に立つ・迷惑にならないこと・・・

ということが前提となります)。



・・・司馬先生の「歴史小説」も当然好きですが、

『街道をゆく』シリーズもなかなか好きで、

読みやすく、時空を超え、

司馬先生と一緒に街道を歩いている感覚がし、

ハマります(^0^)♪


司馬先生がお亡くなりになられて、20年以上経ちますが、

私にとって司馬先生はまだまだ

「二度目の死」は訪れることはないどころか、

今でも私に・・・私たちに

【何かものすごく大切な、多くのこと】を

教え続けてくださっているという感覚が

強烈にております(ー人ー)☆


2017/07/01のBlog
[ 20:05 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
7月1日(土)。

今日も、奈良県桜井市にある河内國一之宮

「大神神社(三輪大社)http://oomiwa.or.jp/」に

朔日(ついたち)参りに行って参りました(ー人ー)☆



ご祈祷並びに、「夏越の祓(なごしのはらえ)」

ということで、

「茅の輪くぐり」(ちのわくぐり)で

厄落としさせていただきました。

これで今年の猛暑も難なく過ごせるかなぁと

(信じる者は救われる状態・笑)♪



そんなかんだで、この1日も三輪さんの地で

【おかげさま】を頂き、ますます健やかで爽やか・・・

ニュートラルに生かせていただいております。



いつかは、わざわざ三輪さんのような

聖域まで場所移動しなくても、

いつでもどこでも誰といても、

この【おかげさまの力】を

自他の元へ自由自在に降臨させれる

“神通力”を持ちたいものですが

(なんせ根本魂は「行者・よしこちゃん」なんで・・・笑)、

それはまた更に桁違いの行が必要とのことで・・・

まだまだ人生修業、ステキに道半ばでゴザイマス~(^^)♪


2017/06/30のBlog
[ 21:16 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
日々、日本のマスコミでは、

◯◯学園の問題や、

◯◯劇場の話題ばかりで、正直うんざりしています。



まさに【アホの一つ覚え】。

マスコミでアホな番組を流し続けて、

日本人総痴呆化計画、思いっきり遂行中ですよね。



私は決して◯◯学園や◯◯劇場の問題が

どうでもいいと認識している訳ではありません。

私が問題として感じているのは、

そればかりに偏向・・・偏っているということです。

つまり調和していない、

不調和であり不自然な感じがいたします。

これは明らかに何か・誰かの意図により、

そうなっています。

闇で操作されています。



日々、国内外では、

これらの問題以外にも多種多様な

問題が起こり続けています。

私たち日本人の生命と財産を脅かす、

由々しき問題もたくさん起こっています。



その一つの象徴的な問題が、

私が時々このFBに投稿させて頂いている

【慰安婦問題】であります。



【歴史戦】
吉田清治氏の慰安婦謝罪碑書き換え
韓国警察が元自衛官の奥茂治氏を出国禁止 損壊容疑で取り調べ
http://www.sankei.com/world/news/170626/wor1706260007-n1.html



この【歴史戦】という闇の勢力との戦争を、

我々日本人がどのように戦い、

私たちの生命と財産を守っていくのか?であります。



実際の戦争は日本では起こっておりませんが、

歴史戦や情報戦は、水面下で激しく起こっています。



このニュースで登場する

奥茂治氏や吉田清治氏のご子息は、

正に命がけで私たちみんなの

生命と財産を守ろうとされています。



どうして、こんなに重要で且つ重大な問題(事件)が、

テレビやマスコミで大々的に報道されないのでしょうか?!



誰がどの勢力が報道を止めているのでしょうか?

私は腸が煮えくり返ってます(笑)。



ほんと、アホで平和ボケしている、

無知で愚かで罪深き日本人だけにはなりたくないし、

闇の勢力の輩たちの思うどおりには

私は絶対になりませ~んっ(^0^)♪



【歴史戦】
吉田清治氏の慰安婦謝罪碑書き換え
韓国警察が元自衛官の奥茂治氏を出国禁止 損壊容疑で取り調べ
http://www.sankei.com/world/news/170626/wor1706260007-n1.html


2017/06/26のBlog
[ 09:06 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]

「97歳男性から安倍総理への手紙」↓
http://ameblo.jp/hokoritakakinihonjin/entry-11510017179.html




↑慰安婦問題の真実

まさに“生き字引”の方の渾身のメッセージ(ー人ー)☆



真実・・・

ありのままを観ましょう。

ありのままで判断しましょう。

そして、ありのままで行動しましょう。



人生の成功法則は至ってシンプル。

ありのまま・自然体・【すなおさ】が常に

心の隅々までに満たし続けなければなりません。



全ては無(む)に始まり、空(くう)で満たされ続け・・・

それが幸福のスタートであり、永遠のゴールでもあります。



陰か陽、どちらかではなく、「どっちも」。



対立する相反する要素を超越し、合一した境地を

一人の人間の魂の中で創造する・・・

それが、真の幸福の本質なのではないでしょうか。



最近、そのようなことを感じています。



「97歳男性から安倍総理への手紙」↓
http://ameblo.jp/hokoritakakinihonjin/entry-11510017179.html




2017/06/25のBlog
[ 22:03 ] [ ぶらり旅日記 ]
先日、

梅雨空の大阪伊丹空港を飛行機で飛び立って数分後、

飛行機はグラグラ揺れて雲の中に入り、

霧のような真っ白な空間に突入しました。



「肉体から私の魂が抜けたら、

こんな風景の場所を通るかどうか・・・。」

そんなことをぼんやり考えながら、

時間を過ごしていました。

ちょっとした・・・

死んでからの予行練習(イメージトレーニング)です(笑)。



しばらくすると上空が明るくなり、

だんだんと青空が見えてきました。



当たり前のことなんですが・・・

地上から空を見上げると、

じめじめとした梅雨空でしかないのですが、

その梅雨空の上は真っ青な青空、

そして無限の宇宙が拡がっているという事実を、

飛行機に乗ることによって

まざまさと見せつけられました。



私たち人間の人生において、

心身が雲の中に入っていたり、

雨が降ったりするように感じる時が、

天気【天の気】と同様、起こって来ます。



ただ、これも天気と同じなのですが、

それは表面上の見せかけであり、

真実は飛行機から観る上空の状態と同じで、

人生そのものが、無限の青空・宇宙が拡がる、

果なき永遠の幸福の真骨頂なんだと感じました。



見せかけの・眼の前の現象に心囚われ、

人生の最大の不幸だと嘆き悲しみ、

自らの感情・見方で人生を不幸にするか。

それとも、梅雨空のその上にある、

見えざる無限の宇宙を観、

【生かされている】その意味と有難さ

~真の幸福~をかみしめながら、

淡々と梅雨空を噛み締めながら、

苦難をも超越し、この人生遍路道を謳歌するのか。



果たして、どちらの観方・捉え方の方が、

真の幸福を得ることが出来るのか。。。

明らかな真実でございます。



やがて飛行機が九州上空に差し掛かって来ると、

下に陸や海が見えて来ました。

九州上空は、美しくエネルギッシュな

夏色の空が拡がっていました。



今年の夏はすぐ側まで来ています。

人生って本当は、全てが調和の取れた美、そのものであり、

ありとあらゆる“カミ”の光に満ちた

【愛】なんだと感じています。



四十路街道の夏・・・

思い存分、謳歌したいと思います(^人^)☆


2017/06/20のBlog
この本の著者でジャーナリストの大高未貴さんの

共通の知人であるおねえさんから薦められて、

一気に読ませて頂きましたぁ~(>0<)!



所謂“慰安婦問題”の根本的発生源&

その経緯が分かり易く、

そして緻密に紐解かれていました。

ほんとアッパレ☆な名著です♪



端的に申しますと【戦後補償産業】という

闇の産業が存在するということです。



日本政府(=つまり私たち日本人)から、

あれやこれやと過去の史実を元に

虚実をほじくり回して捏造し、

カネを貪り続けようとする輩が存在し、

その手先にされた一人がこの「吉田清治」という、

悪魔に魂を売った愚かな人物であり、

この吉田清治の声を広めたのが

罪深き朝日新聞社であります。



(この他にも「サハリン訴訟」など、

多種多様な戦後補償ビジネスを仕掛け続けられてます。

この事実を知らないのは、平和ボケし、

自分の回り&自分の利益しか見てない

盲目バカな日本人だけです)



著者・大高未貴さんより、

この本に懸ける想い(メッセージ)を

頂戴しておりますので、

敢えて原文のまま転送させて頂きます↓



「東京裁判の呪縛が解けない限り

日本の霊性も覚醒せず本領発揮できません・・・

今回の本は私を越えた次元で書かされ、

和解と先人達の慰霊の為、

命をかけた二人の男の実話です。



日本の子供達が性奴隷を作った

鬼畜軍隊の末裔になるか

世直し皇軍の末裔になるかの分岐点。

是非拙書の内容をより多くの人に知って貰いたいです。



朝日新聞は恣意的に無視しています。

とにかく拡散して日本の汚名挽回、

日本の覚醒、地球維新に繋げていきたいです。」




ということで、

日本人の覚醒本の一つとして是非お手元に・・・♪

ほんと、大高未貴さんも

アッパレ☆ステキ過ぎです~っ(^0^)キャッ♪



この本の詳細は下記HPをご覧ください(産経新聞出版HP)↓
http://www.sankei-books.co.jp/m2_books/2017/9784819113120.html




2017/06/18のBlog
ご報告遅くなりましたが、6月11日(日)。

訳あってマイカーにて一旦名古屋に行った後、

一気に紀伊半島を南下し、、

熊野地方に行って参りましたぁ~(^^)♪

(大阪に帰って来たのは14日です)



先日ご報告させて頂きましたように、

今年3月にスペイン巡礼にチャレンジし、

ひょんなことから

「その次は熊野古道にチャレンジしよう!」と決め、

その下見・・・

また、歩いてでの熊野巡礼で行けない箇所を

マイカーにて片っ端から巡らせて頂きました(^0^)!



あと、今回は一風変わった「お宿」の体験も

旅のコンセプトにしており、

3つのステキなお宿もご紹介させて頂ければと思います。



11日(日)夜泊まらせて頂いたのは

「わがらん家」というゲストハウスです↓

https://www.facebook.com/kumano.wagaranchi/

最近、個性的なゲストハウスに泊まるのが

カナリの趣味です(笑)♪

安いですし、いろんな人とお話が出来るので見聞が拡がり、

メッチャオモロイです(^^)☆



ここは三重県熊野市

https://www.kumano-kankou.info/)の町中にあります。

地元の若者が、「ゲストハウス」という気軽

&リーズナブルに泊まれる宿を作って、

ふるさとを活性しよう!と4ヶ月くらい前に始めたそうです。



実際熊野市にはこの手のお宿が無いそうです。

世界遺産・熊野古道の入口やのに、

もったいない話しです。



このゲストハウス、築100年くらいの民家を改築し、

泊まれる部屋は3~4部屋あるようです。

私は「じゃらん」で予約し、

3,000円ぽっきりで一部屋貸切でした。



結構古いですが、掃除は行き届き、

「おばあちゃんの家」に帰ってきた

という懐かしい感覚がします。



シャワー&お風呂はなく、

近くの銭湯に行くシステムとなっています。

トイレは“ボットン便所”に、

洋式のように座れる蓋をしているという感じで、

ボットン便所ならではのニオイがして、

これがまた昭和の懐かしいニオイでした(笑)。



4畳くらいの台所があり、食事はそこで自炊出来ますが、

私は500円以上は割引になるという

お宿発行の割引クーポン券を貰い、

近くのお店に食べに行きました。



トンカツ定食900円が800円になりました^^♪

ボリュームがめっちゃあり、美味しかったです!が、

注文後出て来るまでに25分くらいかかりました。。。(^^;)。



食事後、そのお店のおばちゃんとも楽しく世間話。

その中で「丸山千枚田がオススメ!」と言われ、

翌日行ってみることにしました。



銭湯もこれまた昭和の“神田川状態”で

懐かしい雰囲気120%でした!

番台のおばあちゃんもいい味出して、

私が大阪人だと分かると最後「おおきに~」って

笑顔で見送ってくださいました(^人^)☆



夕食&銭湯の後は、

わがらん家の31歳若きオーナーと

ワイワイお話させていただきました。

ふるさと愛に、自分の人生を良くしたい!という思いが

両立した好青年でした。

このようなゲストハウスを何軒も増やして、

熊野市の古民家再生(地域活性化)をして

行きたいとのことでした。



日頃、四国を中心にあっちこっちの田舎へ行きますが、

田舎に若者がどんどんいなくなるのは寂しいです。

若者がいなくなると、

その地域の未来が無くなるのと同じですからね。



彼のような情熱のある心優しい若者が、

田舎でも健やかに生きていけるように、

政治や経済的なシステムを我々は

もっと考えないといけないと感じました。



都会・東京一極集中(偏り)は不健全で不自然ですし、

集中しているところに【何か】が起これば、

日本全体が沈没しますしね。。。