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よしこちゃんの部屋
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2016/05/02のBlog
[ 21:07 ] [ 遍路修行日記 ]
明日・3日~5日まで、「大阪楽心会」主催の

お四国参りに行って参ります。

今回は30代(私)から80代の

お四国ベテランのおばあさま方まで総勢17名での、

比較的多い参加者でのお参りとなります。

このご時世ですので、神仏信仰をされる方は

増加傾向にあるようですね。



にしましてもやっぱり、お四国参りとなると、

テンション上がりますヮ~(^0^)↑↑↑



一昨年にご縁あって四国八十八ヶ所霊場会の

公認先達になって以降、

個人的なお気楽遍路と同時進行で、

先達として皆様のお四国参りのサポート役を

させて頂くという【修行】をし・・・

自分の自由や意思(=わがまま)が一切きかない

この種類のお四国参りが、

これまたいい気づきを与え、

自分自身を鍛えてくれているのだと感じています。



今回は、長年この会のサポート役をされている

井上さんがご欠席の為、

その分を他の慣れないスタッフが担う為、

かなりの不安を抱えたお遍路ですが、

参加者の方々のお参りが

最大限によいものになるように・・・

一所懸命お役に徹して参ります。



写真の納札は、その井上さんが、

熊本の復興のために、手づくりしてくださったものです。

納札は、各お寺をお参りした時に、その証拠として、

私達がお寺に残していくものです。



自分たちの個人的な願いに加え、

熊本をはじめとする多くの天災人災の被災地並びに

被災者の方々の真の復興を、

今回もシッカリ☆お祈りさせて頂きます(^人^)☆


2016/05/01のBlog
[ 22:20 ] [ 人生、修行です。 ]
本日5月1日も、奈良県桜井市

「大神神社(三輪大社)」に一日参りに行ってきました。

日曜日は人が多いですので

(=参拝客が持ち込む邪気によって、

どんどん境内が穢れて来るので)、

神社内外が混雑・渋滞する前(10時)頃には

ご祈祷を済ませて、さっさと帰ってきました。



・・・“三輪の大神様(=絶対神)”にますます愛され、

【大安心(だいあんじん)の境地】に抱かれながら、

ますますありのまま(中庸)に観得、

一日一日をコツコツと健気に生きる、

よしこちゃんです(^^)♪



この娑婆(世界)を例えるならば、

無知&馬鹿で愚かな輩どもによって

穢され切った汚れた沼のようで、

カミという絶対的な存在により、

いよいよその沼の“一斉掃除(?)”が

本格的に始まってしまったようですが、

私はその沼の中で美しく生きる蓮の花のような人間に

進化&深化(精進し、悟りの境地へ行くこと)したいと決意し、

曲りなりに日々実践しております。



そのような実践を、

もしも本当に昇華することが出来たのなら、

他人様はどうであっても、

自身の人生自体が「地上の楽土」を化し、

全部ひっくるめて良いもの・素晴らしいものに成って来るのだと、

既に確信を得ております。



また、他者がどうであろうとも、

今後も私は己自身の選んだ道、

即ち【あるべき道】を極めて行くヮ・・・と

肚をくくっております。



私は今歩くこの“人生の遍路道”を極める為に、

この娑婆に生まれ堕ちて来たのだと感じています。

そこらへんにゴロゴロ転がっている

石ころのような娑婆世界限定の儚き(=徳なき)

幸福には関心ありません。



何故ならば私は、

現代に生きる比較的多く人たちが

求め得ようとしている幸福(の形)は、

真の幸福では無い・・・

つまり「幸福いうものに見せかけた儚き幻想」であると

既に観通しているからです。





・・・この5月も、そしてこれからも

【南無(帰依 オマカセ)の境地・究極の他力本願】を

中心軸に置きながら、

人生、自力本願で真正面から果敢に挑み、

真の幸福を追いかけて掴み・・・そして、

それを多くの方々に及ぼして参りたいと

思っています(^人^)☆


2016/04/28のBlog
[ 22:10 ] [ 人生、修行です。 ]
最近ドタバタで、ようやく落ち着いて来ましたので、

とりいそぎご報告させて頂きます。



先日24日。

熊本・阿蘇にあります「賢人塾」の田端俊久氏の

お話し(講演)を聴きに

日帰りで山口へ行って参りました。



講演主催者が後日、

この講演の音声&動画をアップして下さいますので、

され次第、皆様にシェアさせて頂きます。



私がこの田端氏の“渾身の力を振り絞っての講演”を

お伺いし感じたことは

「オチオチしてられへんな」という【強烈な危機感】です。

マスコミや日本政府が

意図的に隠しているor流せない情報(=隠された事実)も

いろいろと教えて頂きました。

ほんと、私たちの想像を遥かに超える、

とんでもないことが今、熊本で起こっています。



とりわけ私たち大阪・関西人は、

21年前の阪神淡路大震災の記憶がだんだんと風化し

(喉元過ぎれば熱さを忘れる)、

また一方で東北や熊本の震災は

千キロ程遠方の地で起こりましたので、

大なり小なり【ヒトゴト】と感じているきらいがあります。



しかしながら田端氏がおっしゃいますように、

他人同士や日本・世界は目に見えないところで全て

【ひとつながり(全一統体)】であり、

私たちが日頃観得ていない・思い至っていないところも含め、

大阪・関西以外で起きている様々な現象も全て、

私たち大阪・関西人に【暗い陰】を落とし続けているのであります。



またヒトゴト・・・

つまり「自分と被災地(者)は一切関係ない・自分たちは被災しない」と

認識していること自体が誤った認識であり、

そして【罪】であって、そのように認識している人にその罪が蓄積し、

やがてその人の人生や家系(所属する組織)が、

消罪の為に、“カミ”から罰を与え、

そして崩壊へと堕ちて逝くのだと思われます。



とにもかくにも私が皆様に強くお伝えしたいことは、

今ホウボウで起きていることは【ヒトゴト】ではなく、

いつ自分の元にも同じような

過酷な状況が堕ちて来るかは分からないので、

人間の思惟を越えた絶対的な存在(所謂“カミ”という存在)に対して、

【畏敬の念】を抱きながら、

なるべく罪なき&徳積み人生を歩みつつ・・・

いつどこでどんなことに遭遇したとしても、

自らの命や身の回りの方々の命が保てるように、

各種備えと【心構え】をちゃんとしておかなければならない・・・

ということです。



例え震災のような天変地異が起こらなくても、

人生は様々な出来事(人災)が起こって参りますので、

それらもひっくるめて全て「備えあれば憂いなし」であります。




そして、これから先の人生で、どんなことが起こっても

「ドンッ!」と真正面から受けて、

前向きに善処しながら、朗らかに生き抜くという、

肚のどっしり座った生き方を貫き通すべきだと感じました。


2016/04/22のBlog
[ 19:36 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
新しいスタイルのミスタードーナッツのお店を発見。

入ってみました。



一風変わったドーナッツと一緒に

何かジュースでもと思ったところ、

ショーケースに“くまモン”がプリントされた牛乳がありましたので、

それを購入することにしました。



ほんと、ささやかながら、くまモン(熊本)支援(^人^)。



「積小為大」(せきしょういだい)で、

こんなささやかな心の集まりが、

やがて大きな復興の力になると信じて・・・。



いつも心は一つ、みなさまと一緒に。。。



自分自身の働き・・・この人生全てが、

誰かの復興や幸福へと繋がると信じて、

曲りなりに一所懸命やってゆく。



自らの煩悩(己のみの利益や快楽)に執着し、

マイナス感情に囚われ、自他の心身を傷つけない・・・

理性や知性を尊重し、真の感性(=慈愛、赦し)を練磨し続ける、

強靭(つよくてしなやか)な人生の感得を目指し、

今日もコツコツ生きております(^人^)☆

2016/04/17のBlog
皆様もご承知のように熊本を中心とした

大地震が起こりました。



私にも熊本界隈の知人友人がおり、

皆様の心の安寧と、

亡くなられた方のご冥福をお祈りしています。



私は自らの師匠に会いに行く為に、

年1~2回阿蘇地方に行かせて頂くのですが、

熊本空港から阿蘇地方を繋ぐ国道57号線と、

阿蘇山の南側を走り宮崎や大分の主要な街を繋ぐ

国道325号線が交わる【阿蘇大橋】が

大規模な土砂崩れの為にその国道や

国道と平行して走るJR豊肥本線と共に

崩れ落ちてしまいました↓


http://www.asahi.com/articles/photo/AS20160416000615.html



阿蘇に行く度に必ずお世話になる

【交通の要所】である国道57号線、

JR豊肥本線&阿蘇大橋の崩落に、

私は今回の地震の事の大きさを痛感し、

多大なるショックを受けています。



【交通の要所】が山の中腹がら

ごっそり崩れ落ちた土砂で埋まり、

比較的大きな橋を大量の土砂と一緒に川につき落とし・・・

一体、完全復旧するまでに何年かかるのでしょうか?

地図を見ますと迂回路はあるようでが、

細い山道で、時間やエネルギーがかなりかかるようです。

この山道も崩壊すれば更に迂回しなければならないようです。



阿蘇地方では、ここ数年毎年梅雨の季節に豪雨災害があり、

山や川が水の力により、えぐり取られ崩れており、

それを人力で復旧し続けている訳ですが、追い付いていません。

そんな中での大地震です。

余震が続く間は復旧工事が出来ず、

となると、何も出来ないまま梅雨に入ることになり、

また豪雨となれば、更に被害が拡大します。



となると、復旧工事のために莫大な公的資金

(私たちの税金)が注ぎ込まれます。

東北震災の復旧工事もまだまだ続くので、

マイナスからゼロに戻す復旧工事に

莫大な税金が使われ続くことになり、

ゼロからプラスに転化させる為の政治的施策に

税金が使われる割合は減少しますし、

国債の発行(未来に使うお金を先取りして今使うという意味!)も

増えるでしょう。



国家予算は莫大過ぎて、私たち国民にはピンと来ませんが、

国家が与える福祉にぶら下がらざるを得ない国民が増え、

国家(財政)を支える国民が減るということです。



震災の被害者の方々に私は「頑張れ」とは言いません。

言うべきではありません。

頑張らないといけないのは

私たち被災者でない人間です。

私たちは被害者の方々の分も合わせて、

自利ではなく他利の為に頑張らなければならないのです。



国家は家族であり、【一つのチーム】であります。

チームの仲間が頑張れない状態になれば、

頑張れる仲間がその人の分、頑張ればいいのです。



「仲間がどうであれ、自分の利益かき集めの為に頑張る」とは、

罪な人間であり、神は制裁(罰)を与えます。

現在の日本のレベルは「正直者がバカを見る」という

罪人の方が善人より幸せに暮らせるということは無くなりました。

人間は騙せても神は騙せないのです。



ただ、【他利】に生きるためには、

ある程度の【自利】を確保しておく必要があります。



例えば目の前にお金に困った人がいます。

お金さえあればその人は助かります。

だけど自分が持ってなければ、その人を助けられないし、

自分もいくらか持っていなければ、

自分の命も生活もヤバクなり、

【助けられる方】に回ってしまいます。



で私は考えました。



たまたま昨日一日時間が空きましたので、

自らの仕事部屋と寝室、

そしてマイカーを置いている屋内ガレージを、

地震が来ても被害の出にくい空間に変えていました。

例えばテレビは倒れないように壁と紐で繋ぎ、

ホラ貝のような壊れやすいものを紐で固定しました。



私は仕事部屋&寝室に関しては

日頃より徹底的に物を溜め込まない実践をしていますので

すぐ終わったのですが、

問題は両親などの物がたくさんあるガレージでした。

真剣にずっと休みなくやっても8時間かかり今、筋肉痛です(笑)。



マイカーの真上には

バーベキューグッズや大工道具などなどたくさん置いてあり、

大地震が起これば、

それがマイカーに落ちて来て

マイカーが使えなくなってしまう可能性がありました。

それをマイカーから離れた棚に移動させるか、

天井の梁と紐で繋いで、

棚から落ちても車まで落ちないようにしました。



震災時においても、

マイカーは使える状態にあった方がいいに決まっています。

ラジオがあるし、

座席を倒せば簡易の居住スペースにもなるし。

それに私のマイカーはコンセントもあり、

携帯やパソコンの充電も出来るので

発電機としての役割もあります。不

要に感情的・悲観的にならない為に必要なのが

【正しい情報を知る】ということです。

だからラジオや携帯、パソコンを

使える状態にしておくことは必要不可欠です。



また私は日頃「洞川温泉」のごろごろ水を愛飲しており、

飲料水用の20リットルボトルを7つ持っています。

それを非常用の飲料水としても使えるように、

強靭な机の下に置きました。



更に、空の20リットルのボトルを4つ見つけましたので、

それを一箇所に集め、何かを洗ったり下水用の水として

非常時に活かすことにしました。



食べるものは何日か我慢出来ますが、

水分は我慢は出来ません。

【命】の次に確保しておかなければならないのは

【水】だと思います。



以上のように私が【自利】の為に、

自分を災害被害から守ることをしておきますと、

すぐさま人を助けに行くことが出来、

【他利】に生きることが出来ます。





・・・長々と書きましたが最後に、

昨年9月に広島・呉にある

海上自衛隊呉基地に見学に行った際、

ある自衛官の方がおっしゃっていたお言葉を

ご紹介させて頂きます。

以下のようなことをおっしゃってはりました。



「我々(自衛隊)は、誰からも“読まれない辞書”を

日々作っているものです。

我が国が平和な(平時の)時は、

我々は国民の皆様目に触れることはなありません。

国民の見えないところで【もしもの時・緊急事態】の為に

日々訓練し続けているのみです。

だから我々のことを「税金泥棒」と言う人もおります。

だけど本当は我々が、

国民がいる場所にはいない方がいいんです。

それは平和である証拠だから。

我々の日々の訓練が国民の皆様にお役に立てたら嬉しいし、

そう思いながら訓練していますが、

訓練が役に立つということは、

つまりこの国が平和でないことを意味するので、

少し悩ましい感じも致しますが、や

はりこの国が平和であることが嬉しいです。」



・・・自衛隊の方々は、我々国民の生命と財産を守る為に、

我々に見えない場所で日々訓練に励んで下さっています。

八尾にも空港があり陸上自衛隊が駐屯しており、

また呉基地に行った時にも感じましたが、

自衛官の方々は粛々と訓練に励んでおられます。

国民の生命と財産を守るという実践部隊なんで、

永田町の連中(政治家)とは違い、肝の座り方が違います。

命がけでされておられ、私は自衛官の方々を尊敬しており、

だから私は松下幸之助氏が設立した

「大阪防衛協会」にも入会させて頂きました。



私たち関西の人間は

21年前の阪神淡路大震災から始まっていますが、

今回の熊本界隈の大地震は【人事ではありません】。



関西、そして我が国の心臓部分である、

首都圏に大地震が来たり・・・

今回の地震でかき消されている、

北朝鮮の長距離弾道ミサイルが飛んで来る可能性もあります。

また、今の日本のゴタゴタに付け込んで、

家事場泥棒・中国が尖閣諸島を奪いに来る可能性もあります。



自衛官の方が言う【誰も見ない辞書】を、

残念ながら使う・活かす時期がとうとう来てしまいました。



残念ながら、これは人間の力ではどうしょうもありません。



我々日本人はその事実を粛々と受け容れて、

心を【有事モード】に入れ替え、自らを反省懺悔し、

心身を正して生きていかなければなりません。



私たちの先祖が辿った、様々な国難の時代に飲み込まれ、

翻弄された心情、またそれに果敢に立ち向かったり

受け容れて来た高くて深い、

我々大和民族の【器】の素晴らしさを私は全身全霊で感じ、

何故か目頭が熱くなっています。



個人の苦難を遥かに越えた国難

はたまた地球全体の苦難という、

時代が大きく変わる時期に今ここに生かされいる意味、

そしてあるべき姿を少し考えるだけでも、魂が奮えます。



一日一生。死ぬまで生きる。



ただそれだけであり、

そんな時期だからこそ私は一切の感情やこだわりを捨てて、

【空の境地】に生き、衆生の救済に燃えて参る所存です。



「日々大峰や四国で磨き鍛え上げて来た魂が

こんな時に大いに活かせるのか!!!」と

私は今更ながら、一人、感動しています。。。





・・・そういえば、私が最も鍛え上げられた

【歩き遍路】をすることを決意したのも「東日本大震災」でした。



あの時私は2周目のマイカー遍路中で、高知市内におり、

揺れはなかったので、大震災が起こったことは後で知りました。



身内の電話で震災を知り遍路が終わって

ホテル側の観光案内所のテレビで、

大津波で仙台空港が飲み込まれている映像を見ました。

そのちょうど2週間前に、

商工会議所青年部の全国大会に行く為に

仙台空港上空から私が見た景色が一変しており、

私は「この震災が2週間早かったら私は死んでいた」と

そのテレビの前で足の力が抜け、恐ろしくなりました。



その夜、眠れずにずっとNHKを見ていました。

そこで私は

「この震災でいよいよ【何か】が始まってしまった」と感じました。



だから私は【歩き遍路】という、

最も過酷な行に飛び込むことで、自らの心身を鍛え上げ、

魂のレベルを上げておかなければならないと感じ、

35~6歳の時に歩き遍路をさせて頂きました。





・・・何だか最近、感性がめちゃくちゃ冴えており、

こんな感じでいろんな言葉(念)が、

泉のように湧き出て来ますが、

今日はこのあたりで終わります(笑)。


2016/04/16のBlog
[ 10:32 ] [ 人生、修行です。 ]
各種おシゴト&お役をこなしたり、

吉野山&香川のこんぴらさん訪問に・・・と

ドタバタしまくっておりましたが(>0<)!

おかげさまでようやく落ち着きました。

いつの間にか、桜シーズン(春)は

終わっていました。



ふっ・・・と足元を見ると、

自宅前のたんぽぽは益々元気いっぱい咲いていました。

やっぱり、健気なたんぽぽが好きやなぁ~、

私。これからも『タンポポ根性』でガンバロウ☆



「やっぱり家が一番いいなぁ~」って思いつつも、

いつものお四国や北海道など・・・

あっちこっち行く用事が既に入っており・・・

この勢いで夏【次のステージ】に向かって

オモロク猛進いたしま~すっ(^0^)♪


2016/04/15のBlog
[ 20:54 ] [ 人生、修行です。 ]
先日、吉野山から大阪に帰って来て・・・

更に日帰りで香川に行ったりなど・・・

超☆ドタバタしておりましたが、落ち着きましたので、

ここで本日・4月15日・・・

ブログを一気に更新をさせていただきます。

この間、本当にいろんな新たな体験をし、

いろんな気づきを得ましたので、

みなさまにそれをおすそわけさせていただきます。

「うのみ」・・・ではなく、「ご参考」までにどうぞ~



--------------



「そこに雲が在るという意味」



先日4月11日、朝6時過ぎに、マイカーを使って、

吉野山の町が見渡せる、花矢倉展望台に行きました。



わざわざ行った・・・にも関わらず、

見晴らしの良い場所に上がると雲がかかり、

美しい朝日が見れなくて残念!と感じました。



が、その後ふっと・・・



「この雲は今、この空にあるべき存在だから、雲があるんや。

これは大自然の意思であり、私(人間)の浅はかな感情や欲を乗せて、

穢してはならない。それは即ち罪である。」




・・・ということに気づき、自らの傲慢さ・

自己中心的な思考形態を猛省した次第です。



もしも毎日、天気は晴れで、雲一つない日が続けば、

この地球はどうなってしまうのか?

私たちは容易に想像出来るはずです。



晴れも曇りも雨も全部、この地球(大自然)にとって

必要なものであり、

大自然の一部(決して人間は地球の支配者・管理者ではありません)である

私たち人間は、その大自然の天気(天の気)に合わせて

喜んでこの地球で生きなければならない存在なんだと

気づかせていただいた、よい機会となりました。。。(^人^)☆


田舎(地方)にいると、人があまりいない。

同じような世代や価値観を

持った人しかいないように感じます。

人は人によって磨かれる存在なので、

田舎にいると、なんだか退屈。。。

若者が大志を抱き都会に出たいと思うのがよく分かります。



また人がいない・同じような価値観を持つ人間しかいないと、

多種多様な情報が入って来ません。

だから社会・日本・世界全体の流れが見えにくい。



人が少ない・価値観の種類が乏しい田舎では

情報が少なくまた同じような価値観、

過去の流れに沿った価値観でしか物事が見えず、

その価値観に合わない人間を排除し結果、

時代の変化に対応出来ず衰退してゆく。



一方、都会にいると人が多い。

多様多様な価値観を持った人が集っている。

だから人が集まると情報、物、場所…

多種多様な価値観が一箇所に集まり、

そのるつぼの中から「今」や「これからの時代」流れが見える。

海でいうと、魚の群れの行く先・潮目ということでしょうか?

時代の流れ・潮目が分かると、

人間のマイナス感情に囚われた心が勝手に作り出す、

様々な根拠のない超悲観的や超楽観的未来

(つまり完全なる妄想。不信と過信)に囚われなくなります。



本来の「田舎者」という言葉が指す人間とは、

自らの人生や家系、所属するコミュニティの

【過去の延長上】の価値観(物事の判断基準)のみによって

動いている人間のことを指し、

それに合わない人間は排除してゆく人間・組織体のようです。

つまり田舎に住む=田舎者ではないし、

都会にも田舎者は多数存在するということです。



前・大阪市長の橋下さんのような改革者が

突如やって来てなんやかんやしても、

今の状態ではそこそこ食えてるので、

田舎者たちや既得権益で食っている人間は反発して

排除するのは当然の娑婆法則のようです。

が、橋下さんのやり方は時にはちょっとアカンかったようですが、

行政機関は間違いは絶対に起こさないし、

間違いを認めないという行政神話をぶっ潰したのは

評価出来ると感じています。



先日・13日は香川の「こんぴらさん」に行って来ましたが、

私は全国各地あちこちの観光地【田舎】に行きますが、

そこにどっぷりと「客待ち商売」をしている人たちの多くは、

【人は勝手に沸いて来る】と大なり小なり認識しております。





・・・私が頻繁に行っております吉野山を例に致しますと、

桜の時期に来る観光客に対しての感謝、

そして桜に対して・・・

そして蔵王堂に鎮座される蔵王権現さまに対する感謝つまり

【信仰心】が全体的に乏しいです。

桜の時期に吉野山のお店が並ぶ道を歩くと客引き人間や

私たち観光客に送る視線(気)が不快なので、

私がその道を歩くのは早朝か深夜のみです。

これは全国の歴史ある観光地に共通して言えることであります。



---------------------------<参考資料>

<吉野山が桜の名所になった理由>

およそ1300年前、修験道の開祖・役行者が金峯山の山上ヶ岳で蔵王権現を感得し、

その姿を桜の木に刻み込んで以来、

この地では桜の木は『神木』として育み、守られてきました。

先人達は、蔵王権現様への帰依の証として、

桜の木を植え続けて来たのです。

昔は「一枝を伐るものは一指を切る」という掟がありました。



以上の歴史的事実を踏まえ、吉野山の桜は、

観光の為に植えたのではなく、信仰の為に植え、守られて来たのです。

その事実を知る観光客は殆ど存在せず、

また、その事実は知識的には知っていても、

それに対する感謝の念が乏しい・無い観光従事者ばかりです。



私はそのあたりの現代人の無知さ、愚かさを猛烈に感じ、

吉野山を守り抜いて来た先人たち・・・そして蔵王権現さまに対して

申し訳なさを猛烈に感じています。



-------------------



・・・この吉野山の道が

もしも道頓堀(大阪)などの都会であれば

「しかたない」と割り切るしあきらめます。



どうしてわざわざお金を使い田舎をマンキツしに来たのに、

道頓堀と同じ感情を味わされなければならないのでしょうか?

私は納得出来ません。



だから、大局的に見て吉野山全体においても、

日々様々な問題(苦難)が起こり

(あえて記載致しませんが私は知っています)、

それが陰に引き金になり、山全体の観光産業が衰退し、

恐らく6年後の蔵王堂のご開帳が終わった後はガク。と減ると

私は観ております。



私が一つイマイチ納得し辛いことのが、

蔵王堂は本来60年に一度しかご開帳しないと宣言されているのに、

現在、蔵王堂の仁王門の「大修理勧進」ということで・・・

つまり、仁王門を改築するための資金を集めるという名目で、

2012年から10年間、毎年春と秋にご開帳をしているということです。



----------------<参考資料>

本来、蔵王堂は、60年に一度公開される秘仏だが、

2000年に、15年ぶりに公開されて、仏像ファンを驚かせた。

そして、通常なら次は2045年の公開となるはずが、

・2004年7月1日~2005年6月30日『ユネスコ世界遺産登録記念』

・2007年10月4日~8日『世界遺産登録3周年記念』

・2010年9月1日~平城遷都1300年祭『百日特別ご開帳』

そして2012年から10年間にわたり、『仁王門大修理勧進』として

毎年一定期間の御開帳がある。


-----------------



確かにご開帳しますと、強制的に一人千円ずつを徴収し、

わざわざ、たく鉢とか寄付のお願いをしに行かなくても

自動的に仁王門改築の資金は集まってゆくでしょう。

だけど、それは果たして真の信仰に則ったやり方なのでしょうか。。。?

今のご時世、、、仕方が無いと思いつつも、チョット疑問に思っています。



1000円すら出せないけど、信仰心は篤いお金の無い方は、

一生、蔵王権現さまのお姿を見れない・・・ということですもんね。

お金がない人間は、信仰してはアカンのでしょうか?

お金がある人もない人も平等に与えられるのが、信仰なのではないでしょうか。

信仰の世界は損得・上下ではありません。

善悪であり、横横の世界であります。

信仰の世界までに、娑婆法則を持って来てはならないのです。

(このことを一番言いたいのは、京都の『観光寺』です。

拝観料という名目で、べらぼうなお金を要求します。

で、税金は宗教法人なので、払いません。

だから私は京都の拝観料をべらぼうに取るお寺は例外なく

全部大嫌いで、私の人生において近寄ることは一切ありません。

あれらはお寺という信仰の施設ではなく、ただの観光施設であり、

私は絶対に許しません。)





また一方で、蔵王堂にご開帳するようにあおる、

吉野山の観光業界の人間も存在し、

ご開帳をすれば、「蔵王権現さまのお顔をみたい!」と

60年後のご開帳時にはいないご年配の方を中心にどっ!と

吉野山に押し寄せて、それに付随して、

旅館や食べ物屋、お土産屋が儲かるからに他なりません。



ほんと、春に行くと(しかも今、ご開帳中やし)、そんな人間の汚い部分

(穢、罪)【邪気】がプンプン漂って来て、私はとても気分が悪いです。



大峯山を開祖した役行者を始め、

吉野山を守り続けて来た先人たちが

現代のこの人間模様を観たら、どう思われるのでしょうか。。。?



本来信仰対象物である、桜と蔵王権現さまが

【客寄せパンダ化】しているということで・・・

んもー、やり切れません。

絶対に『何か』がおかしい。。。私は許しません。




以上のようなことがあり、また以上のようなことを私は感じましたので、

私は観光客が多い・・・またそれに付随する観光客のカネ目当てに群がる

観光従事者の【邪気】にとうとう嫌気がさしたので

私は、桜の時期には吉野山界隈にはに行かないことに決めました。

(洞川温泉も最も観光客の多いお盆の時期・夏には絶対に行きません)

ほんと、久しぶりに、ハラワタが煮えくりかえりました。



・・・以上、うだうだとぼやかせて頂きましたが(笑)、

観光客の方は、春の吉野山はおすすめです。

桜綺麗ですし、いろんなお店も出てますし。今はご開帳もしていますし。



だけど私のように、信仰を求めて吉野山に行く場合は、

信仰心の無いor乏しい人間が空に【邪気】を放ちまくって

大阪(都会)のように、空気を汚しまくっている春はおすすめ致しません。

こんな空気を吸うくらいなた自宅に篭っている方がマシです。

閑散期の外部の人間が少ない・いない時期をおすすめいたします。



・・・ほんと、吉野山を一望出来る、花矢倉展望台も、桜の風景が綺麗な分、

カメラマンや観光客が100人以上いて、

車も何十台も路上駐車していて、いろんな葛藤や揉め事の火種化をしており、

都会の展望台と同じで、あまり気分がいたしません。

霊峰ならではの静寂や鮮烈な気・・・風の音や鳥のさえずる声が、

人の声や邪気でかき消されて、不快感を感じるのみでした。





さいごに、極めつけ(?)ですが、



私がその展望台に行った時に、

あるカメラマンの人がおっしゃっていたのですが、

そのおじさま曰く・・・



「吉野山観光協会のホームページを見たら

上千本が【満開】と書かれていたので、今日来たら、

(桜が)散っていた・・・騙された!」 と嘆いてはりました。




私はその展望台から帰宅後、

その問題のホームページを見てみました。



そのホームページは一日一回更新しているようでした。

(右上の写真は、4月12日のホームページ画像を抜粋)



で、そこには展望台界隈(上千本)は

「散り始め」と記載されていました。



だけど、私はその展望台に実際は4月11日朝に行き・・・

「散り始め」ではなく、明らかに「落花盛ん」状態でした。




風が吹く度に、激しく花弁が散り、

私の車は40分くらいしか駐車場に止めていなかったのに、

花弁でいっぱいになっていました。



ということで、結論と致しまして、

吉野山観光協会のホームページは、虚実を記載しております。

私は是正を求めます。



ま、「観光協会」なんで、例え観光客を騙してでも、

吉野山に1人でも多く来させて、カネ落として貰おうという魂胆だから、

衰退している吉野山の観光従事者の利益確保の為には仕方が無い・・・

ある意味、その「満開」「散り始め」という言葉の奥にある真意が読めず、

騙されて来てしまう観光客も悪いかなとも思いますが・・・



やはり、吉野山は蔵王堂という「修験道」という信仰あっての町ですので、

吉野山の観光従事者は、

その信仰に基づいて、誠心誠意&正々堂々やって頂きたいものです。



以上、吉野山の観光従事者に対して、

敢えて苦言を申し上げさせて頂きました。


[ 20:46 ] [ 人生、修行です。 ]
「道義と道義」


人間とカミとの間にある道義はカンタンだ。

何故なら、真理(答え)は一つしかないからだ。




だけど人間と人間の間にある道義は難しい。

その人、その価値観によって、みんな答えがバラバラである。




どう折り合いをつけるか?



そこにカミの真理(一つの答え)を持って来たとしても、

煩悩にまみれた罪な人間には通用しない。



ホント、人対人の間には、

答えが一つではない。コロコロ変わる。



一つも、一回も同じ答えが無い。

悩ましいが、だからこそ、

そこに人生の醍醐味、成長の『伸びしろ』というものが

あるのだと思う。


「人間は傷つけ殺し合うべきではない。

磨き合わなければならない」。。。と思う、今日この頃。




本来あるべき【磨き合い】と【殺し合い】を混同している

無知で愚かで哀れな人間は多い。



ダイヤモンドはダイヤモンドでしか磨けない。



愚かな人間が同じレベルの愚かな人間とぶつかり合い、

そして共に切磋琢磨して磨き高め合う。

それは【殺し合い】ではない。決して殺し合いになってはならない。



戦争やテロで殺し合っているのは論外だが、

肉体を八つ裂きにし命を奪うことまではやらなくても、

相手の心を傷つけたり、社会的に抹殺したり、

相手の利益を奪ったりすることは、

この娑婆のあちらこちらで見られます。



私はこれも一種の殺し合い・・・

精神的且つ社会的な殺し合いであり、

上記の【磨き合い】ではありません。



我々人間がやるべき【行】とは、【殺し合い】ではく、

【磨き合い】なのです。



磨き合いは“善”であり、徳積み・消罪であり、

殺し合いは“悪”で“罪”でしかありません。



殺し合いが善だと認識するのは娑婆の法則であり、

天(大自然)の法則とは正反対です。

不完全で愚かで無知で哀れな罪多き人間が作った

【娑婆法則の呪い】から、エエカゲン抜け出さなければ、

地域が国がそして地球がダメになるでしょうね。



南無阿弥陀仏。



[ 20:43 ] [ 人生、修行です。 ]
人間は・・・

例えるならば“万華鏡”のような心を持っていると思います。



その時々の内部&外部環境によって心もコロコロ変わる。

ただし【その人の心に入っているものしか見えない】。

「心にない事を言ってしまった」と

暴言を吐いた相手に謝罪する人がおりますが、

人間は心にないことを言ったりやったりはしません。

自らの意思の奥にある【無意識の中】に、

暴言を吐くヘドロのようなものが、

どっさりたまり、こびりついているのです。



その人の「心の万華鏡」に、

もしも綺麗なビーズがたくさん入ってたら綺麗なカタチが見える。

そして3つの鏡が綺麗に磨かれてたら

より美しく鮮明に見えます。



いつも明るく爽やかで景気のいい“綺麗事”話しばかりを

周りの人たちに発信する人間には【まがい物】が多い。



本物(の“純金”)ではなく、純金色をしたメッキを、

自らの意思で自らを覆い隠しているのである。

古今東西、娑婆人間の法則として、

まがい物は本物よりも、本物らしく見えるように装っている。



それは何故か?



まがい物・・・

つまり偽物だとバレないようにする為に他ならない。




一方本物は、まがい物に比べて本物っぽく見えない場合もあるが、

これは本物は本物に他ならないので、

わざわざまがい物のように努力しなくても、

“ありのまま”でいい訳である。



まがい物を静かに観察すると

【まがい物の共通点】が観得て来る。



例えば、まがい物は無意識的また自覚(意図的)症状もある場合もあるが、

己自身に自信がなく、不信感が強い。



また、欲が強い。【もっと欲しい】と底なし欲のアリ地獄に堕ちている。



更に不安感が大きい。

「本当の自分をさらけ出したらみんなから嫌われるのが怖い」

「みんなが持ってるものを持ち、みんながやっていることをやらなければ、

置いてけぼりになりそうで怖い」など。



以上のように【まがい物】は

多種多様なマイナス(陰気な)感情に強く囚われ、

自己の感情に溺れ、

自己中心的思考に凝り固まってしまっているようである。



雲のような実態が掴めないものに心が囚われ、

それにより自身の手により人間関係(他者)を崩壊させたり、自滅している。

それを他人や社会、時代のせいにし、

自己反省や懺悔がなく、自己改善がなくドツボにはまって・・・逝く。



【まがい物】が発信する言葉・文章は「おかげさまで儲かっています」と

記載されていても「こんなに頑張ってるのに全然儲かってません。

社会情勢が悪過ぎ、いつも歎いています」と

私の“感性”は受け取ります。

見た目・姿形は騙せても、瞳の奥→心までは隠せないのです。



身なりは高級ブランドの服をまとい、顔は笑顔であっても、

瞳の奥は、不信感に満ち、色欲に満ち、不安感に満ちている。

瞳の奥は心という名の“宇宙”と繋がっており、

その人間の心が観得ます。

だから瞳は【心を映す鏡】であります。



上記まがい物人間は「心は目に見えないものだから、

いつも身なりをちゃんとして明るく笑顔でいれば騙せる」と思い込んでますが、

この娑婆では、目に見えないものであっても、

【気】というエネルギー体として、

人間の様々な感情は存在し、

視覚等の五感以外の感覚(超感覚、霊性)で把握することが出来ますので、

まがい物は笑っていても何をしても、

どこか影があり陰気さが漂っています。



私の場合は霊性の感性度合いが中途半端なので、

自らの霊性(右脳)である程度推測をしてから、

次に左脳と身体を使い、自らの霊性の判断が正しいかどうか、

情報収集しにあちこちに出向いたり調べたりして、最終判断を行います。



人間の【気】は大きく分けて6つに分類されると

私は勝手に思っていまして(笑)、

私はそれぞれ5段階評価をし、

その人物の全体像(心の状態)を把握しています。



更にそれら5段階の平均点をはじき出し「1」は

その人間の前から逃げるもしくは自らで消しにかかる。

「2」は常に距離を取り、自分からは近らない。

「3」は可もなく不可もなくで放置。

「4」は常に近寄れる距離に自らの意思でいておく。

そして「5」は、自らが率先してガンガン近寄っていく…というものです。



私の場合、この6つの気の各5段階評価を考えついたのは、

独身男性の見極め方です(笑)。



過去様々な独身男性とうっすら関わって参りましたが、

何故未だ素敵な独身男性と出会わないんやろ?

そもそも【私が思う“素敵の定義”とは何か?】と

私は長年考察を続けて来た結果、

私は独身男性の見た目や収入ではなく、

その男性が持つ【6つの気】の有無にこだわり、

この人はまあまあ・絶対アカン!とか判断し

削除して来たのだということに最近気づきました(笑)。



最近は独身男性だけでなく、人間全体に応用し、

自らの物事を正しく見極めることだ出来る能力を

【行】により磨き高めながら、

まがい物は自らの身辺から徹底的に廃除し、

本物の方、もしくはメッキから本物になりたいと

心の底から手を合わせ思う人としかお付き合いやお手伝いをしないと、

心に固く誓いました。



人生は長いようで短いです。

いつ終わるか分からない限られた時間だからこそ

私は全てにおいて収拾選択を徹底し、

自らの気(エネルギー)を削ぐ人間や組織場所時間には

関わらないと決めており、

その選択と集中度合いを目前に迫る40代以降は

更に強化して参る所存です(^人^)☆


[ 20:34 ] [ 人生、修行です。 ]
【信仰とは「善悪」である。】


お四国参りなど、

日本古来の神仏が祭られている場所に行きますと、

信仰対象物に向けて

一所懸命手を合わせておられる方を

たくさんお見かけいたします。



その方々を静かに観察しておりますと、

【自分の損得のみ】を祈願している人がおられます。



例えば、自社が儲かりますように、

病気が治りますように・・・なと。



カミサマホトケサマは、自分の利益のみを祈願する人間には、

一切の助けの手を差し延べません。



むしろますます経営や病気は悪化してゆきます。

そんな苦難を与え、

その人の損得に歪んだ我儘な心を正しそうとされます。



真に正しい信仰とは、

【損得】を求めて祈願するのではなく、

【善悪】の【善】を求めるべきであります。

善を追い求める結果、おまけの副産物として得が与えられるのです。

先に得を求めるのは順序が違います。




祈願の在り方として、

「ますます世の中をよくするために、

我社に関わる全ての人をよくする為に、

どうぞ(神仏の)お力をお貸し下さい」

「まだ幼い子供を一人前に育てる為に、

今抱える私の病気が治りますように」など、

先に【善】・・・つまり

「【自分以外の他者】の幸福を祈願&応援するという“すなおな心”」

が必要だということです。



神仏のような清浄な絶対的存在は、

清浄な場所、清浄な家(家系)、清浄な会社、

そして清浄な心を持つ人間のところにしか降りて来ません。



穢れた場所、穢れた家、穢れた会社、そして穢れた人間には、

何も降りて来ないか、“まがい物のカミサマ”・・・

神仏のカタチをした動物などの霊が住み憑いています。



本物の神仏がいる場所は光輝き、

まがい物のいる場所は影があり、陰気さが漂い、

分からない人間は見た目のメッキに騙され

本物の黄金だと勘違いします。



騙す方も悪いですが、

騙される方も【観る目】がなく、愚かであります。



2016/04/09のBlog
[ 00:12 ] [ 人生、修行です。 ]
昨年もお手伝いに行っていましたが、

ご縁ありまして今日からしばし

奈良・吉野山のお食事処の桜シーズンの

繁忙期スタッフの一員として

住み込み(?)させて頂いております。



で、今日はつい先程・夜中0時にコッソリ?

金峯山寺蔵王堂に行き、

一人、お参りに。。。(^人^)☆



夜中0時のお寺なんて、

なにかが出てきそうでコワイ~!と思われがちですが?!

蔵王堂は夜中0時でも清々しい、

鮮烈な気を放ち、『萌え~』状態です(笑)♪



今は桜のシーズンですので、

昼間はべらぼうに人がたくさんおりますが、

夜中0時のお参りする人はゼロ!!!ってことで、

蔵王権現さまをしばし一人占め~っ(^0^)☆




今日は晴天で星が綺麗で・・・新月でしょうか?

月がありませんでした。ほんと新月の日に、

真(まこと)の信仰を静かに深め、

これから月がゆっくり満ちてゆくように満ちてゆく、

私の人生のよい予感(兆し)を感じました。




太陽が出ている時間とはまた違った、

蔵王堂の凄さ(境地)にふれ、

そしてまたちょっと近づけた、

感謝感動の時間デシタ。。。(ー人ー)♪


2016/04/06のBlog
[ 22:45 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
電車の中であれこれ考えており、ふっと・・・



「人間は【正しいこと】ではなく、

【自分が良いと思ったこと】を選択し、

やりたい“動物”なんや」




ということに気づきました。

(実際、正しいか間違っているかは分かりません・笑。

さらっと流してくださいマセ♪)



例えば私が、自らの我儘(自分だけに通用する価値観【小義】)ではなく、

その相手や世の中全体の利益・ためを思い・・・

つまり【大義】に基づいて、

「こうするべきなのではないではないでしょうか?」と

誰かにアドバイスをしたとしても、

肝心の相手が、自らだけに通用する道義

【小義、我儘、自己中心的な思考形態】に執着しておりますと、

私のアドバイスは受け入れられることはなく、

人によってタイムラグはあっても

やがて自滅・自殺するか、

周り(他者や時代)によって潰される他殺されるかどちらかになり、

存在自体がこの娑婆から抹消されて逝くかと思われます。



自然(真理)による人間の淘汰(裁き)は、

人間の裁きよりも間違いがなく的確、そして容赦なく厳しいようですね。



私からしましたら

「わざわざ、その人のためにと思って、

自らの時間とエネルギーを使い、アドバイスしたのに、

なんで反発されたり無視されなアカンねん。

コイツは一旦地獄に堕ちないと、物事の道理(真理)はワカランな!」とつい、

相手の幸福を“祈祷”するのではなく、“呪術”をかけてしまいます?(^^;笑)



人それぞれ「幸せのカタチ」は違いますが、

我々人間は「幸せになる」ために日々生きて・精進しています。



真に幸せになるためには、

自らの価値観(我儘、小義)から抜け出し、

【大義の宇宙】に生きなければならないかと思います。



そのあたりの幸福への道・真理が、

ごっそり抜けている人間が歩む・・・

幸福の道のように見せかけて

実は【我儘の道】である、その先には、

実態のない雲のような儚き幸福まがいのものがあるだけで、

実際あるのは【滅】しかありません。





我々は「かん(神)ながら」に生きることが、

常に求められている・・・

そのように日々、感じております。



[ 22:39 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
明日夜からしばらく大阪にいないので、

「今日を逃すと今年は畑の桜が見れない(>0<)!」と、

せっせとマイ畑に行き、

美しい桜の風景の中、

マイ畑の草抜きに専念していました。



爽やかな風を頬に感じ、

ふっと空を見上げると、桜吹雪が。。。☆



「ああ・・・こうして一人、

土まみれになってマッハで草を抜いている時間もまた

【人生の美】という瞬間やねんな。。。」

と感じました。



【万象肯定の絶対的善の境地】とは、

こんな心境のことを言うんやろうなぁ。。。と

観得た瞬間でもありました。



日々、何かしら追われている

忙しい(心を亡くす)人生ですが、

瞬間・瞬間に、

「生きていること自体が善であり美である」

ということを、

一つ一つかみしめて行きたいと思いました。



マイ畑の上にある玉祖神社は

桜のライトアップがされており、

大阪平野の夜景と相まってより美しい風景となっていました。

眼下で暮らす私たちは、

必死のパッチでもがきながら苦労して、

汚く生きている訳ですけどね(笑)。



帰宅後テレビをつけますと、

BS放送で美空ひばりのスーバーライブが放送されており、

思わず魅入ってしまいました。

最近は、ひばりちゃんの音声をウォークマンに入れて、

時々聴き入っております♪



ひばりちゃんの魂の歌声は、時代を超え、世代を超え、

今なお語り継がれている・・・というか、

こんな混沌とした時代だからこそ、

より輝きを増して感じるのだと思います。

やっぱり、私は「愛燦燦」が一番好きですねぇ~。



“人生って、うれしいものですね。。。”


2016/04/05のBlog
[ 22:42 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
わが町・八尾も桜が満開っ(^0^)☆



八尾ナンバーワンの桜の名所「玉串川沿い」の

桜並木をバシバシ☆激写いたしました♪



ほんと、美しい季節になりましたね。

日々ウキウキする浮いた話は

何もないのですが(凹)、

何だかウキウキします(笑)。



で、毎年気になるのが、あるお宅にある、

ちょっと変わった種類の桜

(桜じゃないカモ?^^;)。



一本の木に、白と濃いピンクの

お花が咲いていて・・・

微妙にハーフのお花もあるんです。



ほんと、なんでこんな不思議な花の

咲き方をするのでしょうか。。。

摩訶不思議で、毎年魅入ってしまいます(*^^*)♪



人間の知性・思惟を超えたところにある、

大自然の叡智といいますか、神秘といいますか、

すばらしいものなんだと思います。



こんなに身近なところにも、

大自然の摩訶不思議さを感じられるものがあり、

なんだかとっても嬉しいです




※後日談:この不思議なお花は「源平しだれ桃」だと分かりました♪



2016/04/04のBlog
[ 17:51 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]


我が家の前の土の道は、

いつのまにかどんどんタンポポが

咲き誇っていますっ



日頃、私の車に踏まれ、

父の草刈り機にも負けず・・・

とっても背は低いのですが、

ド根性で綺麗な花をいっぱい咲かせています。



桜が美しい時期ですが、

道端のタンポポもみんな一所懸命で

美しいです(^人^)☆



[ 01:21 ] [ 人生、修行です。 ]
昨日・2日(日)。

およそ20日ぶりにマイ畑に行きました。

かなり草ボーボーかと思いきや、

そんなに草ボーボー状態はひどくなく・・・

しかも前日雨が降ったために、

草抜きがカンタンで助かりました♪



その20日前までには、

雑草を片っ端から【ネコソギ】除去しましたので、

実質上、20日間に生えて成長した雑草しか

私の畑(畝)には存在していない・・・

つまり根が浅い雑草ばかりで

それで除去するのが比較的カンタンだったという理由もあります。



畑の草抜きのように、日頃こまめに・・・

また地上に出ている葉っぱだけでなく

ネコソギ雑草を除去しておりますと、

後日、【雑草のジャングル】になって

“ムンクの叫び状態”にならなくて済みます。

(一昨年の夏、一カ月半放置し、とんでもないジャングルになり、

元の状態に戻すのに、時間&エネルギーをいっぱい要してしまった!

という経験から導き出した改善策です ^^;)



これからも・・・マイ畑もそうですが、

日常生活においても、雑草・雑用は

【後でしよう・いつかしよう】と溜め込まず、

こまめに処理(根本的に解決)して行きたいと、

改めて思いましたぁ~(^^)♪



午後3時くらいから

せっせと草抜きを始めたのですが、

その時間帯は上にある玉祖神社では、

みなさんワイワイお花見をされていました(^_^)♪

やっと春になりましたね・・・うれしいです!!!



で、日暮れ後7時前までひたすら無心になって草を抜いてますと、

いつの間にか日が長くなり、

虫たちが活発に動いているのが分かり、



ふっ・・・と



「私はさっきまで【春が来た】と思ってたけど、違う。

もう【夏が来ている】」




・・・と感じました。



これは少し今までにない感覚です。



私たち人間はこの地球上に生きる動植物の中で知性は

最も発達していますが、

霊性に関しては最も鈍いように感じます

(ただし、霊性が鋭い人もおられます)。



例えば大地震が起こる前、動物たちが山に逃げたり、

ナマズが騒ぎ出したり・・・

【虫の知らせ】という単語が宛がわれていますが、

五感を越えた感性(霊性)により、

その後に起こることが直感的に分かったりする時があります。



私は、草や草に群がる虫たちにまみれて

草抜きをしていますと、

だんだんと自然というものと自分が一体化した感覚になり、

そうすると、自然(宇宙)からのメッセージが

だんだんと「心で観得て来る」という感じです。




その「心で観る」という五感を超えた感覚で静かに観察しますと、

草や虫から感じる【気】が、既に“夏”を感じさせる【気】なんです。



盛夏の野山に元気よく生えている種類の草が

今、生始めており・・・

盛夏にあっちこちで見る・活発に動いている種類の

虫たちが孵化し始めています。



日本古来の人間の年齢の数え方はオギャーと生まれた瞬間に

1才と数える・・・

つまり、人間の原型が出来た瞬間がスタート。



ですので、「夏の草や虫たちがここに誕生した瞬間」が

「夏の始まり」なんだということを認識いたしました。

(夏の草・虫たちが、ここに誕生するということは

つまり、季節(天の気)が夏になったから・・・ということなんだと感じます)




人間は鈍感な動物ですので、

環境(土壌)が【夏】になれば、【春】だと認識するようです。



足元で静かに起こり始めている夏の草や虫たちの

誕生なんて、ほぼほぼ認知されている方はおられないかと思われます。



人間の知性&五感において、

その物事の変化を認識するまでには

【タイムラグ】があるということです。




必ず、季節(土壌や空気、環境)が先に季節が進み、

その後、人間の五感が遅れて、その季節だと認識する。



更に、一般的に人間というものは、

目に見えない、【前兆】というものも分からない。

だから物事(の問題)が表面化・見える化してからアタフタしてしまう。




物事には全て目に見えない小さな【前兆】があります。



その前兆を感じるためには

五感を越えた感性(霊性)が必要のようです。





・・・これからの地球は、

ますます【想定外の時代】がやって来ます。



だからこそ、五感では感じ取れない【前兆】を

的確に把握することが出来、

実際物事が起こる前に、的確に対処出来る能力が

これからの地球上でよりよく生きていく上で、

ますます必要になって来るかと思われます。



世界の産業革命までは

知性(文明科学)の時代であり、

今は知性過多・偏重の時代に在りましたが、

これからは、感性(霊性)つまり精神文化の時代の方に

還ってゆくのだと思われます。



知性過多・偏重型人間&五感至上主義の人間は、

これからの時代のこの変化について行けず、

そして大変化の前兆にも気づけず、何も準備や心構えが出来ず、

やがて時代のはざまに残されて、落されて、

消えて逝くような気がいたします。。。


[ 00:51 ] [ よしこちゃんのぼやき ]
毎年4~6月にかけて各種団体の総会が多い時期です。

いつものおシゴト(書記としてのお役目)に加え、

今年も総会準備に追われておりますっ(>0<)!!



地元の経営者団体「八尾中央産業クラブ」では、

現在、本部「書記長」を拝名中でして・・・

各支部・全会員の160名さまに

総会の案内状・出欠委任状のついた往復はがきを

せっせと準備&作成し・・・今日はもうヘトヘトです(ー0ー;)★
ほんと、書記や事務局関係のお役って、

ほんと地味~やし、目立たない割りには

失敗が許されないし、結構コマゴマしたことも多いし、

びみょーに想定外にコロコロ変わって、それに対応せなアカンし、

決して気が抜けません(焦)。



細かいヘマや失敗は、この総会シーズン(繁忙期)を中心に

ちょこちょこしれかしておりますが(涙)、

おかげさまで過去、各種団体でこの手のお役をさせて頂いており、

だんだんと鍛えられ、経験値を積み、そしてだんだんとハイレベルな

事務処理能力脳を体得して来た!と自画自賛状態っ(笑)♪



っていうか、そう思わないと、しんどくてやってられへんわっ!(*0*;)爆★



さて、この往復はがき作成が終わったら、

次は総会で配布する資料一式の用意&作成&関係各位に作成依頼です。

よしこちゃんの総会修行はまだまだ続く~っ(>0<)~~~どっひゃー☆



・・・にしましても、

自分がこんな裏方さんをやって初めて気づく、

裏方さんの凄さ、有難さ(ー人ー)!



ほんと、いつもお世話になっている

あっちこっちの事務員さん、

ありがとうございます~(T0T)☆



そして、産業クラブのみなさーん、

総会&懇親会へ

たくさんいらしてくださいね~(^0^)♪