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よしこちゃんの部屋
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2013/01/10のBlog
[ 13:24 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
かなり久しぶりに

マトモに風邪ひいてしまいマシタ・・・



ピークは昨晩だったんですが、

一昨日から調子がわるく、ナンギしてマシタ。。。



風邪ひいて寒気がして喉がいたくても

「“事務長”のよしこちゃんが来ないと議題がすすまない」と言われ、

昨晩もある団体の会議へ。

今晩も地元・商工会議所青年部の理事会へ。

その後の懇親会はパスさせて頂きますが

「委員長」なので理事会を休む訳には行かず、

腹くくって、参加をさせて頂きます。



やっぱり、重要な役を受ければ受けるほど、

どんなことがあっても・・・たとえボランティアであっても

ほうてでも行かなければなりませんし、

おかげさまで、それだけ『根性』もついてきます(笑)。



だけどやっぱり、トンチンカンなこともしれかし、

いかに健康な状態が絶好調な状態なのか・・・

よーく分かりました。



ほんと、夜中まで寒い部屋で、

来週火曜日の自身の講話ネタを考えまくって、

身体を冷やし、無理しすぎたことに反省です(苦笑)。



そんな中、私の母(愛称:オカン)が風邪ひきの娘のために

『うどん』を作ってくれました



いつもは「アンタ~、それくらい自分でし~」って

怒り狂う?我がオカンですが、風邪をひくと優しいオカンです(笑)。

このままずっと病弱だったら、オカン、ずっと優しいんとちゃうか~?って

ちょっと思ったりします



普段は薬は飲まない主義なんですが、

早く治して、お仕事せなアカンと思いまして、

我が家の常備薬『改源』を引っ張り出し、

ほうじ茶を沸かし、たまたま冷蔵庫にあった

リンゴを摩り下ろして昨晩は9時半に就寝しました。



一ヶ月前くらいに、両親が同時に喉の風邪をひいたので、

私が加湿器を買ってきました。



まさかこの加湿器が自分のために重宝するなんで、

ちょっと想定外でした(笑)が、

おかげさまで、喉の痛みも一晩でましになりました



私の性格上、ぶっ倒れるまで、何でもかんでも

夢中になってやってしまうので、

今後は風邪ひいたり体調崩すまで、あれこれするのではなく、

先日のブログににも書かせて頂きましたが、

ココロと時間に余裕を持ち、空所を意図的に創りながら、

朗らかに生きていきたいなぁ~って、

ますます痛感した、久々の風邪の日々でした 



さて。これからまたおシゴト、

ハリキッテするぞ~っ


2013/01/08のBlog
[ 22:16 ] [ よしこちゃんのおススメ! ]
よしこちゃん&よしこちゃんオトン御用達の

奈良県吉野山のお食事処『静亭』さんのブログに

よしこちゃん一家が登場~



最近、我が家のオトン&オカン、密かに“売り出し中”(?)なんで

かなりうれしいでーす(笑)


http://blog.goo.ne.jp/shizukatei/e/4df7ca01a33381fda7c29b5b390bae9c#trackback-list


[ 19:31 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
毎度です~

お正月休み最後の我が家のイベントは、

母親と、東京在住の妹・アッコと、

よしこちゃん御用達の奈良・上牧町のスーパー銭湯

「虹の湯」で、美味しいビビンバ&冷麺をマンキツし、

ゆっくり温泉に入り、最後はジェラートで閉める!という

何とも言えない最高級な(?)イベントでしたぁ~

(ノーメイク写真×な妹のため、極小サイズで写真公開・笑)



女3人なんで、露天風呂でウダウダ・・・

洗い場でウダウダ話せるのが意外と楽しい♪

他愛も無い日常会話や過去のこと

カラダもココロも緊張が解けて、ほっこり&

やわらかくなった感じです。



一見ムダな時間っぽいですが、

日頃の緊張を楽しくほぐす

「空の時間」の大切さを改めて感じました





・・・四国歩き遍路行の中や日常生活の中で、

道を間違ったりするなど、いろんな間違い(ミス)を起こしてまして、

「なんで間違うのか?」と自問自答していました。



その答えが明確化して来ました。

きっと10個の間違いのうち8個くらいは

下記の理由だと分析しました。

(1つは「成功するための知識のなさ」、

もう1つは「時期の読み違い(時代が必要としていない)」でしょうかぁ・・・???)



それは、

「時間と心にゆとりが無いことが、ミスすることの根本理由」

だと思いました。



「ああ、後30分でお寺が閉まる!」

「わ~!もう日が暮れる!」

「ああ、歩き疲れた・・・」

「あの人のせいで、30分遅れた!」

「ああ、めんどくさい!」などなど、

時間の不足、そして心の焦り・不足不満・わがまま・責め心・怠慢心など

マイナスの感情から端を発して

ミスが起こっていることが多いような気がします。



そこで一昨日から始めた『実践』

(よくない結果を出す根本原因である、

日々の悪い習慣を改善させるための、新しい思考に基づいた言動)が・・・



『時間と心に“空所”を意図的&適度に設ける実践』 です。



急遽入ってきた、急ぎのお仕事や用事は例外ですが、

私が起きている時間にしている全ての働き・・・

(仕事・ボランティア活動・その他自分自身の用事&雑務)

全てにちゃんとした締め切り・期限日時を設け、明確化した上で、

その期日までに確実に終らせることを前提にして、

その間、自分がしたいこと・思いつくことを手当たり次第に

こなしていくというやり方です。



例えば、あるお仕事の締め切りが15日だったとして、

その仕事を、ちょっと余裕を見て13日に完了させるという目標設定をします。

今日・8日が例えヒマがあっても、

その仕事をしたいと思わなければ、他のしたいこと(用事やお仕事)を

先にするというやり方です。



「したい」と思う“快の感情”の時に、一気にやってしまうのが

最も効率のよい、且つ最も間違いが少ないやり方だと

感じています。



四国遍路行でも、そんな“快の感情”の時は、

スナオに楽しく歩け、道に迷いませんでしたし、

間違ってもすぐに直感的に気づきました。



また、その用事をこなす合間合間に“空所”を意図的に設けることにより、

いろんな方からやって来る「急な頼まれごと」に

早急に対応出来るという利点もあります。

(※“四国歩き遍路行”など、飛躍的に自己を向上させたい時は

一時的&意図的に、自分自身にかなり重いプレッシャーをかけますが、

睡眠時間を削ったり、自己の体力以上の動きをずっとやってますと、

健康を害し、寿命を縮めますので、ずっとはしません・笑)



後、し始めたことは、

どうしても参加せなアカンこと&私でないとアカンこと以外は

あえて参加しない・やらない(お断りする)という実践の徹底です。



いままで、何でもかんでも受けすぎて、

結局、優先順位がつけられず、アタマやココロの中が

ぐじゃぐじゃになり、物理的な時間もなくって、

結局どれも中途半端になったり

ミスを多発したり・・・結局多くのご迷惑をかけてしまっていました。



自分の容量MAXより少し下まで、普段はお受けして

後は申し訳ない気持ちでいっぱいですが、

お断りさせて頂くことにしました。



それで、一部の人様にわるい印象を与えてしまっても

「すいません」と、謝らせて頂きつつも、

後はもう「これでよい&これがよい」と

開き直るしかありません(笑)。



自分自身の心身の健康を害してまで、

人様のために働いたとしても、

結局「鏡の法則」で、人様の気分を害してしまうことに気づきました。



あと、意図的にしていることは、

どんなトラブル(苦難)が起こっても、無理にでも「ニコっ☆」と笑って

「命まで取られんわ~」って思い、ゆっくり息をはいて身体の緊張をほぐし、

どっしり構えて「なんどでも解決出来るわ~!」って

朗らかに開き直りつつ、ご迷惑をかけた相手さん等に

即行☆スナオに謝罪するなど、敏速な対応をすることです。



四国での歩き遍路中、

ホンマに命がヤバイくらいしんどくなったり、

ガケに落ちかけたり、小熊に遭遇したり・・・と、

正に生命の危険を体感しただけに、

この開き直りっぷりは、ちょっと肝が据わるようになりました(笑)。



あ!

このブログをウダウダと書かせて頂くのも

「時間と心に”空所”を設ける」実践に入ってそうですよね~





・・・今日の夜は、30分くらいかけて

29歳~今までに体験しました、

3周の四国遍路行の『アルバム』を整理していました。



その時に、どうしても一気にやって

中途半端になっていた状態を完結させたかったんです(笑)。



おかげさまで、とってもスッキリしました

明日から、また別のことに楽しく専念できそうです。



だけど、こんな生活のやり方って、

今の私の生活状態だからこそ、出来ることなんですよね。

自らの境遇に、改めて感謝すると共に、

その感謝の気持ちを自身の『働き』に

表現・アウトプットして参りたいと思います



2013/01/06のBlog
[ 14:28 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
毎度です~

年末年始は、基本的に、

我ら大橋家が先祖代々住んでいる八尾・老原村に

大橋家の身内が一堂に集結し、身内でワイワイだらけながら

楽しんでいましたぁ~




正月&お盆の定番は、いとこのおねえちゃんの子ども

「りこちゃん」(中2)と、甥&姪っ子(7.5.3歳)、兄嫁たちと

妹・アッコとかと、八尾の超大型ショッピングセンター

『アリオ八尾』に行き、買物したり、プリクラ撮ったりしました♪



最近のプリクラって、殺人的?・・・犯罪的??にカワイク撮影が出来、

よしこちゃんの“お見合い写真”にしようと

密かに目論んでオリマ~ス 



後は、そのメンバーに兄と父を加えて、

奈良県吉野山のお食事処『静亭』さんに行き、

ワビサビ200%の冬の吉野山をマンキツっ



普段は、理屈コネクリまわし同志で

仲がいいのかわるいのか分からない?

私の父(愛称:オトン)とこのあたりの意見は完璧合致し、

「閑散期・・・人がオラン時に、吉野山に行く」というのが

大橋家の父娘の“ちょっとした贅沢”(?)なんです(笑)。



その近くにある妙意輪寺(にょいりんじ)も

なかなかワビサビ満点で、今回、父のリクエストで寄ってみました。



後醍醐天皇や、楠木正成という歴史的人物が

ここで朽ち果てて行った・・・という南北朝時代に想いを馳せ、

ますます“祇園精舎の鐘の声”気分に・・・。



“平家物語”の冒頭部分・・・



祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の世の夢のごとし

たけき者も遂には滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ



・・・これは、個人的に般若心経の次に

いつもブツブツ唱えている言葉であります。(怪しい独身女子やな~・笑)



常に「同じ状態」って無いんですよね。

その状態の中にいると、つい、いつまでも続くって

思い込んでしまうんですよね。。。

人間の愚かな煩悩かと思います。



いいことも永くは続かないし、

そして、わるいことも永くは続かない。



この不易流行の“娑婆の世界”でどう生きて行くのか?

どうあるべきなのか・・・?

常に考え、感じて過ごすようになりました。



常に冷静沈着で情熱的。

相反する・・・対立した感情を、一つの心の中に共生させて生きる。

心の中でバランスを保ち続け、調和させる。



・・・これも、四国遍路行で得た「あり方」の一つです。






今月15日に、私が所属してます、経営者団体「八尾市倫理法人会」の

モーニングセミナーで講話をすることになり、

四国での歩き遍路行で気づいたこと、体験したことを今

まとめています。



膨大な気づきと体験を、どうまとめるのか・・・?

かなり悩んでいますが、だんだん紙5枚くらいにまとまって来ました。

この内容を分かりやすく、40分の講話にしなければなりません。



今までの、お遍路関連の講話と内容が95%変わりました。

それだけ、体験した・・・気づいたということでしょうか?



真理や愛、苦難の本質とは何か?

何故、感謝しなければならないのか?

何故、両親・先祖に感謝しなければならないのか?

しあわせ、『出入幽顕』の世界、宇宙の定義などなど、

だんだん訳が分からなくなってきました。。。(笑)



これらの根本は、

「どうして、大橋良子は四国遍路行に出たのか?」

という問いから全てスタートしています。



今まで、なんでトリツカレタように、四国遍路を

ぐるぐる回っているのか、分からず、ただ何となく行くと

気持ちがいいから回っていたんですが、

実際歩き遍路したり、各種勉強会に参加したり、本や人から

いろんなことを聞いて、とうとう明確化しました。



この問い&その答えは、

「どうして大橋良子は今、生きているのか?」という

ものに同じであることが分かりました。

個人的に、これはものすごい発見でした。



真理を知る(悟る)とこんなに凄いのか!と、

悟りの境地の凄さを感じ、一人、感動しています。



明確化したので、歩き遍路行は、もう還暦くらいまで

しないことに決めました。

明確化した・分かったので、もう何回もする必要がなくなりました。

あとはこの“娑婆の世界”での修行に

専念します。(車遍路は行くと思います。)



自分の体験を、紙にまとめてみて分かったんですが、

日頃、倫理法人会&家庭倫理の会で勉強している

基本テキスト『万人幸福の栞』という、“大自然の法則”が書かれた本に

自分が体験して分かったことが、そのまんま書かれているんですよね。

この一致ぶりには仰天しました。

『万人幸福の栞』に書かれてなくても、『七つの原理』など、

他の書籍にどっさり書かれています。



真理を知れば知るほど、

大自然の法則を発見し、それを庶民向けに分かりやすく文書化された、

丸山敏雄創始者の底なしの凄さを感じ、

また、“宇宙”のように、

今でも“真理の世界”が拡がり続けている・・・無限大の宇宙を

真理の中、そして私たち人間の可能性の凄さも今、感じています。




だけど、知れば知るほど、分からない。

真理を悟れば悟る程、真理が掴めなくなるという境地も今、

感じています。



とにもかくにも、

せっかく、膨大なエネルギー・時間・お金をかけて回った

3周のお遍路行ですので、

このままちゃんと文書化(アウトプット)しないで、

自らの脳みその中だけにとどまらせておくのは

めちゃくちゃもったいないな~って感じまくっていますので、

さっさと他の用事を終らせて、なんとか15日・・・

そして2月13日の愛知県宇和島市倫理法人会での講話までに

ちゃんとまとめ上げたいと思います。

(このブログでも後日、図説解説つきで、ご紹介させていただきますね)



・・・ってことで、これから、入っている団体の用事を

あれこれこなしまくって、明日からも

ハリキッテ参りたいと思いま~す


2013/01/02のBlog
[ 16:49 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
新年あけましておめでとうございますっ

今年もどうぞよろしくお願いいたします

巳年生まれのよしこちゃん、今年も更に楽しくガンバリマス☆



年明け早々・・・毎月1日恒例の地元の氏神さまと、

奈良県桜井市の三輪大社さん参拝を午後4時過ぎに決行~っ☆

(朝方4~5時は最も参拝者が少ないので、狙い目です♪)



かなり面倒くさい、月頭の実践行事ですが(笑)、

3年くらい前にこれをやりはじめてから、心身の調子が更によくなり、

理屈ナシの『快感の域』に達してしまっているので、

やめられませんっ



朝方4時台は比較的空いているのですが、

それでも同じタイミングでのご祈祷希望者は

80人くらいおられました。

さすが日本で一番古い神社ですね!(しかも巳を祭っておられる神社だし)



私は、毎月のご祈祷の時、いつも、

「商売繁盛」とか「家内安全」とか「厄除」とかではではなくって、

「神恩報賽」(しんおんほうさい)をお願いしています。



毎月あれこれ変えるのが面倒くさいということも

めっちゃありますし(笑)、

(今また“厄年”のようですが)

『厄』というものは、何らかの理由(恐らく、よりよく生きるための

天から与えられた試練・苦難)があろうかと思い、

避けるのではなく、感謝して、朗らかに真正面から受け容れよう!

と思えようにちょっとなって来たので、それでもう毎月「神恩報賽」です。



喜怒哀楽の出来事、全ての事象に感謝・・・



なーんて、仏でもありませんし、そんな境地に達するのは

至難の業ですが

常にそう思えるような努力(行)は

忘れないでいたいという想いからの「神恩報賽」です。




お正月の三輪大社では、この「神恩報賽」を祈願している人を

祝詞の最初に読み上げて、祈願するシステムになっているようで、

昨年に続き、今年も「神恩報賽」を祈願している人は

私だけだったようで、それで私の名前と祈願内容が最初に読み上げられました。



最初でしかも私一人っていうのが、なんだか清清しく、

これまた理屈ナシで快感なんです(笑)。

この「神恩報賽」の気持ちを神様が・・・全てのものが応援・祝福して

くださっている感じがいたします。



これからの人生で、どんなことが起こっても、

この「神恩報賽」の気持ちを貫き通したい・・・そう強く思っています



三輪さん参拝の後は、朝6時半から、

八尾市倫理法人会の、新春モーニングセミナーに

行って来ました

さすが元旦から来る人たちは、いい意味で変人ばかりで

面白かったです(笑)。



帰宅後、あれこれ用事をこなした後、

午後から一気に爆睡☆

ひさしぶりに猛烈に眠りマシタ。。。



夕方目が覚めて、近くの喫茶店・サンマルクに行って

ここで一気に元旦に届いた年賀状のお返事を

感謝、感謝の気持ちで書ききり、本局のポストに投函、

帰宅後夕食を食べて、近所にある父方の親戚の家に行きました



そこには、身内がわんさか集合していて、

ワイワイお話ししてますと、かかっていたテレビで

「ほこ×たて」というフジテレビ系列の番組がはじまりました。



その番組は、最強の金属を作る九州のある中小企業に

富山のドリルを作っている中堅企業が挑む・・・というものでした。



で、その富山の企業に、いとこのおねえちゃんとおにいちゃんが

勤めているんです☆

どっちが勝つか・・・おねえちゃんもおにいちゃんも会社から

知らせられていないようで(誰かが事前に漏らすとヤバイため)

みんなで食い入るように見ていました。



結局、九州の中小企業が作った金属がとっても硬くて、

2センチのうち1.2センチまでしかドリルで穴を空けられなくって、

おねえちゃんたちの会社が負けてしまったんですが、

だけど、日本の企業の技術力の高さに、

改めて感動しまくった番組となりましたぁ~



その感動を胸に帰宅し、今日にかけて

たまっている本を一気に読み始めています。



また、身近なもの・・・手帳とかパソコンとか、

実際の部屋の使い方とか・・・

より使い勝手よく、より綺麗に、仕組みを変えています。



正月だからと、ダラダラ過ごしてますと

時間だけが過ぎてしまい、

正月明けに一気に「戦闘モード」に戻らなくなります。



大橋家の身内が全員集合で八尾にいる間は、

ポイントポイントで、甥&姪っ子などの相手をし、

そしてこんな感じで、普段じっくり出来ないことを

一気にやっています。



そして今手かげているのが、

私の両親の家系それぞれの「家系図」づくりです。



1枚のA3サイズの厚紙に両家の5代前(江戸時代末期)までの

ご先祖さまの情報を、分かる範囲で書き込んでいます。

(甥姪など、自分より下・子孫側の情報も書いています)



身内がみんな帰って来て集まっている今だからこそ

分かる情報があるかと思い、集めた資料を元に制作しています。



ざっと書いただけでも100人くらい登場しています。

まさに、感無量・・・感謝、感動の世界がこの家系図の世界にもあります。



命の本(もと)に思いを馳せ、感謝をすることが、

ご先祖さまに喜んで頂け、そして

いかに私自身の命をより輝かせるのか・・・?

それを教えてくれたのは、四国歩き遍路行なんです。



「感謝」の気持ちが、幸せを感じ、掴むための基本となっている

という原理(大自然の法則)が分かりました。



感謝の感じ方(神恩報賽の心境)・・・

そのやり方は、いろいろあろうかと思いますが、

家系図づくりなど、気がついたものから、順番に確実に

やっていきたいと思います


2012/12/31のBlog
[ 20:45 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
平成24年12月31日。


ひさしぶりに、大阪市内に住む、母方の

いとこのおねえちゃん2人と会ったり、

今日は身の回りの要らないものを

どんどん捨てていきました。



そんな時、歩きお遍路さん・88番大窪寺の

納経所に置いてあった小冊子

『チベット本土からインドへ亡命した 子供たちの絵』

が出てきました。



今、チベットで起こっていることを、

チベットの子供たちの絵を通して知ることが出来る冊子です。



【その内容が下記HPより閲覧できます】

http://ehonkubari.exblog.jp/



【画像データ提供先:ルンタ・プロジェクトHP】

http://www.lung-ta.org/



先人達のおかげで、この日本は、

なんやかんや言っても、平和が保たれている状態で、

大晦日の夜らしく、町がちょっと期待にあふれ、

暗い中にも光輝いているようです。



同じ地球上でも、チベットのような状態が続いている・・・ということも

ココロに留めておきながら、この大晦日・元旦のお祝いを

かみしめて参りたいと思います。



世界が真の平和を早く取り戻せるために・・・そう祈りつつ、

初詣に行きつつも、自力本願的に、

自分自身の“行”(努力)によって、身近なところの平和から、

実践して参ります。



それでは、みなさま、よいお年を。。。



2012/12/30のBlog
[ 19:04 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
12月30日(日)。

せっせと年賀状を作成&書いています。

もっぱらの年賀状に書く話題は、やっぱり・・・



『歩きお遍路、結願』 っ



お遍路さんにご興味ない&知らない方にとっては

とんだゴメイワク~???(笑)



そんな年賀状を、こたつに入りながら

せっせと書いています。

こたつの上には、お水とおミカンとお菓子・・・。

お篭り準備万端の状態です(笑)。



こんな寒い日は、こたつに入って・・・まさに幸せの瞬間です。



そんな中で、今年一年も、いろんな方々に支えられ生きてこられたことへの

感謝の気持ちをかみしめながら、せっせと書いています



明日は、大晦日ですが、

仕事部屋のイラン物をを捨てまくって、

身もココロもスッキリさせて、新年迎えたいなぁ~・・・



2012/12/29のBlog
[ 16:41 ] [ よしこちゃんの日常風景 ]
毎度です~

先日、私が入っている会の名古屋支部の例会に

参加させて頂いた後、仲良くなった

愛知県倫理法人会の方に・・・

「よしこちゃんは、“フェイスブック(FB)”はされないんですか?」

って聞かれました。



お遍路などで、あっちこっち行きますと、

この手の質問をよくされるようになりました。

昨年、アカウントは作ったのですが、

あまりにも時間がなくって、すぐにやめてしまいました。

急に友達申請がきだして、一気に収集が付かなくなってしまいました。



が、この一年で時間の作り方を掴んで参りましたので、

再開することにしました。

普段お会いする人とは積極的にフェイスブックをするつもりはないんですが、

(その人が今何しているかとか、何食べているとか(外見&概要的なこと)・・・

そのような細かい&個人的なことには、関心ございませんので・・・笑)

こんな感じで、普段なかなかお会い出来ない方と

ご縁が繋がり続けるって、フェイスブックの魅力だと思います。



ただ私は・・・

①マメに閲覧&コメント出来る時間がない

②スマートフォンを持っていない

(今持ち歩いている携帯電話とノートパソコンがあるので必要性がない)

③ちょこちょこ短文の『つぶやき』をたくさん書くのではなく、

今後もこのブログ「よしこちゃんの部屋」中心に情報発信したい



以上3点を踏まえ、FBをのんびりして行きたいと思います。

(トリツカレタように、どっぷりつかることはございません)



今日の昼間、たまたま私が所属しております

八尾市倫理法人会の金原会長とランチした時に、

「ボチボチ、FBを再開しようと思うんです~」ってつぶやきましたら、

金原さんに「すぐ再開しましょう!」っておっしゃって下さり、

持っていた私のノートパソコンで、再開方法を教えてくださりました。

ほんと、即行の人☆金原会長~、ありがとうございました~っ



おかげさまで「今年中に、FBを再開する」という

ミッションは完了いたしました



それから同じく「今年中に完了するミッション」の中に、

「今年中に、名刺をリニューアルする」というものがあります。

おかげさまで、こちらも着実に進んでいます。



私の名刺は「名刺サイズのパンフレット」ということで

8ページの冊子型となっています。



今まで4年くらい内容がほぼ同じだったんですが、

よりシンプルに、私らしく・・・

そしてより私の“想い”を込めた内容に変更しています。

大きく変わった点は・・・



「なんで起業をしたのか?」(過去)

「どんな想いで作品づくりをしているのか?」(現在)

「これからどんな想いで生きていくのか?」(未来)



以上3点の“想い”を入れたことにあります。



「名刺サイズのパンフレット」というモノを発信するのではなく、

「大橋良子という人間」を発信するモノにした・・・という感じです。



こんな感じで、起業してから7年の間、

お遍路行をはじめ、いろいろな学びと実践をさせて頂き、

だんだんと変化・進化・深化し続けている自分自身に

本当に、感謝、感激・・・有難いです



この「名刺サイズのパンフレット」の最大のウリは

「名刺」と「パンフレット」の機能、

2つを同時に兼ねているという点です。



だから、一部65円(部数が増えるごとに安くなります)

という名刺にしては高価な金額でも、

お客様に支持をされているのだと思います



2つの機能を同時に兼ねているという、ステキなモノを

昨日、天王寺MIOで発見しましたぁ~



それは、『裏表で着れる“ダウンジャケット”』ですっ




表面は、黒のジャケットになります。

で、ひっくり返すと、濃いベージュになります。

(帽子は取り外し可能です♪)



裏表、色が違うばかりか、微妙にデザインも違い、

まるで2着のジャケットを持っているという感覚ですっ☆



値段は結構しましたが、

2着(つ)分の機能を1つで兼ねててそのお値段って、

かなりおトクやと思い、即買いさせて頂きましたぁ~

(やはり、このジャケットが最も売れているとのことでした!)



このダウンジャケットのおかげで、

この冬はより楽しくステキに過ごせそうです。

(今まで、ダウンジャケットを持たなかった私にススメてくれた

いとこのおねえちゃんとその娘・ゆきちゃんに感謝っ!)



こんな感じで、今後も、ステキな作品を世の中にどんどん出していって、

そしてどんどん手に入れて、人生ますます楽しく過ごして参りたいと思います


お遍路さんから帰って来てすぐに名古屋に行き、

翌日・28日にはまた近鉄特急に乗って帰って来たのですが、

4号車のチケットを持って、4号車の扉のところで待ってますと、

そこには高野山の宣伝がデカデカとありました



今年中に行くはずだった、高野山。。。

ちくしょー・・・行けなかったっ



だけど、必ず3月14日の私の誕生日に行くゾ☆

そしたら、ますます人生が高速度で一気に

エエカンジで開花しそうなステキな感じです。

きっとその後に、ステキな出会いもあります。



「信成万事」で今、この冬の時代を、楽しく耐えて

着実にミッションを完了していって、

自身の器を更に広げて参りたいと思いま~す


2012/12/27のBlog
12月26日(水)。

想定外に一日早く大阪に帰った私は、

睡眠時間は4時間くらいでしたが、朝早く起きました。



未だ胃の調子はゆっくりなんですが、

一日全然眠くなることもなく、

朝は『堺市中区倫理法人会』のモーニングセミナーに参加した後、

大阪府・執行部の方と打ち合わせと、

お遍路直前に訪問させて頂いた

愛知県豊田市南&香川県丸亀市倫理法人会の

報告をさせて頂きました。



結局、納期に間に合わない可能性があった印刷物は

あっけなく朝一番に配送されたとのこと(^^;)。

雪の中、高野山行った方がよかったかなぁ~(笑)。

帰宅後、別の印刷物が届いていたので、

お客さまのところに配送したり、近辺の用事を済まし、

最後ガソリンをマンタンにして帰り、

そしてまだ時間があったので、

『お遍路でもお世話になったマイカーをピカピカにしよう♪』

と思い立ち、2時間かけて綺麗にしました…

なんか私のココロまでキレイ&スッキリし、

年末の大掃除が一つ片付きましたぁ~!



少し何か食べたいと思い、

冷蔵庫にあった、豚汁にうどん半玉を入れたものと、

コロッケを一つ頂きました。

なんかめちゃくちゃ美味しく感じました。

それからパソコンの前でカチカチお仕事



時間になったので、

お仕事&倫理法人会の会議に出るべく自宅を出ました。

駅まで歩いてますと、茶色に綺麗に舗装されていて感動しました(^^)



なんか、日々、感動です。。。

こんな当たり前の日々が、なんか輝いています。。。



『感謝されてナンボの世界・・・この人生という“遍路道”は』



「成功する」ことの定義は、

「どれだけ人よりも何かのモノ(お金や地位や名誉など)を得るか?」

・・・ではなくって、

「どれだけ人と自分自身を同時に幸せにするのか?」

つまり『大調和の境地』に全てを達することが出来るのか?・・・が

これからの時代の『成功の定義』だと思いました。



そんなことを、ふっ・・・と思いました。

生きていることに感動・感謝・泣けてくる。。。



「何でこの人(これ)がこんなんかな・・・?」



その人・もの・事象の真理を推測・・・

“先回りして”理解して、受け入れ、そして許す。



「何でこの人(これ)がこんなんなん?」って、

わからない・理解できないから、不安・苛立つ・許せなくなくなる。



わかる・見えると、理解できる・安心できる・・・許せる。

わかるために、人は人を知り、自然の原理原則(=真理)を知る

必要があろうかと思います。



こんな感じで、

なんとなく、お遍路で気付いたことを

地味~っに実践させていただいています


2012/12/25のBlog
[ 22:51 ] [ 遍路修行日記 ]
毎度で~す♪

遅くなりましたが、

お遍路報告をさせて頂きます



12月24日(月)クリスマスイブの朝8時。

志度駅前の民宿を出て、87番・長尾寺までの

7キロの幹線道路の道を南下して行きました。

北西の冷たい風が吹き、時折雪がぱらついて来ました…

正に『ホワイトクリスマス』(笑)。

白装束を来ている私と、ちょっとピッタリな情緒ある風景です。



そんなことを思った時、ふっ…と、

無性に嬉しくなって無性に泣けてきました…。



今生きているという喜び ~歓喜~



・・・を感じる種類はいくつか

(人に認められたり、結婚し子女を結実させる喜び等)

あろうかと思いますが、

その中に真理を知る『悟る』という歓喜があると思います。

その『悟り』の境地へ着実に進んでいる

という手応えを感じました。



この結願への最後の道は、

以上のような歓喜に満ちた道だと思いました。

今は極寒の道ではありますが、

何とも言えない満たされた世界があり、

これが古今東西の万人が夢見ていた

『極楽浄土』なのかも知れません。



苦難も苦悩もない、幸福だけに満たされた世界…。



‘ヒト’は進化の過程で『叡知(霊性)』を手にし、

‘人間’になった時、より進化するために

苦難苦悩(煩悩)を手にしたような感じがします。



苦難苦悩に打ちのめされつつ、

現世や来世に絶対的な幸福を渇望し、必死で努力し、

自分の努力ではどうしようも出来ない事は、

神仏に祈りを捧げて来ました。



平成26年で四国遍路道は

1200年になるそうですが、

そんな努力や祈りの積み重ねがこの道やこの国で、

1200年以上もあるからこそ、

今の私たちは、なんやかんやありつつも、

幸せに生きることが出来ています。

そもそも、ご先祖さまが昔、

戦や病気で全員死んでいたら今の私たちは全員存在していません。



そんな絶対的な事実・真理を心で的確に理解しますと、

より強く美しく徳のある人間に

ならなげればならないと強く感じます。

『報恩感謝』に応えたいと強い使命感にかられます。



…わざわざ四国や山奥に行かなくても、

日常生活の中でも‘行’を積むことは可能ですし、

本来はそちらがメインであるべきです。

山で修業ばかりしている凡人は、

ある意味『現実逃避』であり、

命・使命役割をまっとうしていません。



しかしながら日常生活は、あらゆる量質を持った

『煩悩』が充満しており、

なかなか‘行’そのものに専念出来ません。



ですので、真理を悟り己を律する行は、

人里離れた聖域でするのが大変効率的だと思いました。

だから今後も私は合間合間で田舎に行をしに行きたいと思います。



人間の煩悩に底がないのと同じで、

人間の真理を悟り実践する行にも頂点がなく、

これを『宇宙』と言うんやと思います。



今後も身体的な命が亡くなるその日まで、

楽しく精一杯行に励んで参りたいと思います。
11時。長尾寺をお参りし、

最後のお寺である88番・大窪寺へ。

途中『お遍路交流サロン』というところがあり、

お遍路の歴史などの情報がたくさんありました。

その中でお遍路さんの主な3つの目的が書かれていました。



①追善供養
今は亡き人の冥福を願っての旅立ち

②予修供養
自ら生前あらかじめ死後の冥福を祈るための旅立ち

③「自分さがし」
リフレッシュのための遍歴



なるほどなぁ。。。☆

私は最初は③だったんですが、

やっているうちに、③→②→①に繋がって来たという感じです。



だんだんと歩いているうちに、

だんだんと『深化』していることに気付いてきました。

自身の『根っこ』(祖先)は表に見えませんが、

実は私の個性(魂のレベル自体や綺麗具合&汚れ具合)や

人生に直結しているものだと気付きました。

ですので、先祖供養(罪消しと徳の更なる積み重ね)を

行うことによって、自分自身の罪消しと徳積みになって、

ますます人生が摩訶不思議に好転して行くという仕組みです。



これは大変非科学的なことかも知れませんが、

自分を含め、いろんな人を3世代くらい観察しておりますと、

なんとなくその『原理原則(大自然の法則)』が見えてきます



<つづく>

[ 22:50 ] [ 遍路修行日記 ]
12時過ぎからサロンで民宿で頂いた

お弁当を食べていたのですが、

ここでまたまた計算ミスをしていたことが発覚っ!



このサロンから大窪寺までは8キロだと思ってたんですが、

そのルートはいったん標高740メートルまで登って

お寺がある450メートルまで下がる驚異的なルートであり、

じわじわ~と幹線道路沿いに登っていくルート

(本来・昔からの遍路道)は11キロもあるんです。



つまり、時間的に11キロの方を歩く方が早いんですが、

問題は、大窪寺から戻るバスがお寺発15時51分を

逃すともうバスがなく、帰れないということなんです(涙)。



12時半にサロンを出て、1時間4キロのペースで、

休憩しないで行ってもお参りする時間でギリギリになってしまします。

だから私は焦りました。。。



永遠と続くなだらかな上り坂は焦りや寒さも加わり、

辛いものとなりました。

まだ足や腰が痛いのは過去何度もあり、我慢きくんですが、

寒さで身体が冷えて、朝以降に食べたものが

胃であまり消化されていないということがはっきり判る程に、

胃腸から鈍いだるさを感じ、

今までの遍路行になかった‘汗’をかいていました。
突然、大窪寺まで後10キロのところで、

ふっ…と何かが『割り切れた』爽快な心境になりました。



『もう遍路はええや~。おなかいっぱい、満たされた、終了っ!!!』

って感じです(笑)。




この心境は、一回目のお遍路後、

88番から1番の霊山寺まで歩いてた時にふっと感じた、

インスピレーションと同じでした。
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・・・今から6年前、

29歳の最後に折りたたみの自転車で

一気にお遍路さんをした後、

その翌年の夏に、88番・大窪寺から、

1番・霊山寺まで歩こうと思いつきました。



ところが、その直前に、ある方から、

「本来のお遍路のルール(弘法大師の足跡を辿る旅)は、

88番終わって、そのまま高野山に行くのであって、

1番に戻って、最後にまた納経をするのは、

1番の霊山寺が(自身の納経代300円を得るために)

勝手に言い始めたものである」と教えて頂いたんです。



私は納経帳を1番で買ったのですが、

実はそこで売っている納経帳だけは、

「最初に回り始めた場所にもう一回回った時の為の納経欄」

というものが存在しています。

殆どの方が1番から始められるので、

多くの方は1番に2回納経されに来る訳です。



年間お遍路さんが納経代としてお寺に支払うお金は

なんと☆総額5000万円なんだそうです(驚)☆

丸亀市倫理法人会でお会いした、松岡さんが教えて下さりました。



ですので、1番のお寺は、その金額以上の

納経代が集まるということです。

(しかも宗教法人なんで、税金ゼロです)

いやはや。。。これだけ取っても、お寺ビジネスって、

結構儲かる・・・黒い部分があるなーって思いましたし、

真剣に88番から1番戻っておられる方もおられ、

ウソがだんだんマコトになって来ているようです。。。



だけど、30歳の夏に88番から1番まで40キロ弱を

歩こうと思ったんです。

歩いていますと、『遍路の風』がないことに気付きました。



『遍路の風』とは、お遍路さんがずっと歩いてきた

『風』(気)のことです。

『霊場』と呼ばれるだけあり、霊気が漂っているのが遍路道です。



そこを歩いていた先人たちの想い・念・霊気が

今もその道に、なんとなく香りのように、残っているんです。

その“気”がないと、私は感じました。



その瞬間、

「ああ、私の場合、この88から1までの道は

歩く必要性がない」と悟りました。



そこから、歩くのが急に嫌になりました。

「バスかタクシーに乗ってさっさと帰ろう」と思いました。


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・・・そのような30歳夏のエピソードと

同じ悟り・気付きを感じました。



その30歳の時は、その気付きを得た約10分後に、

私の前に乗用車が止まりました。

「もしよかったら乗って行きませんか?」と

助手席のおばさまがおっしゃってくださりました。

運転席にはだんなさんがおられました。



私は『渡りに船』状態で、

乗せていただくことにして、

お遍路の話を、大阪人らしく、面白おかしくお話させて頂き、

2番の宿坊まで一気に送って下さりました!



お別れする時、おばさんが「何かトラブルとかあったら、

連絡してきてね」とお名刺を頂きました。

おかげさまで無事何事もなく終わり、大阪に帰った後、

そのおばさんにお礼として、私の一回目のお遍路の体験記の冊子を

贈らせて頂きました。



するとすぐに大きな箱に入った「鳴門金時」が

おばさんからごっそり贈られて来たので、

慌てておばさんにお礼の電話をさせて頂きました。

するとおばさま曰く・・・



「お礼を言いたいのは私の方なのよ・・・

実は、あなたと会う少し後ろの交差点で、半年前

息子が交通事故で亡くなって、

その現場に始めて行ったのですが、

そこで動揺し眩暈がしてパニックになっているところに

あなたと出会ったの。

あなたのおかげで、気がまぎれてよかったんです」



・・・え!?って感じでした。

そんな深刻に見えなかったんですが。。。

その息子さん、きっと私と同じくらいの歳だったと思います。

ほんと、“逆縁”ほど辛い行はないのかも知れないな・・・と

思ったのと同時に、

人間はいつ命が終わるかは分からない。

だから命を大切にして、一日一秒を大切に生きないと

いけないなって痛感いたしました。


-------------------


(右写真は乗せて頂いた軽自動車のお見送り写真。

かなり遠くですが、ちゃんと写っています)



・・・以上のような30歳夏の遍路の

思い出を思い出しながら

35歳冬の私は、腹痛も抱えながら、

黙々と歩いていました。



すると前に一台の軽自動車が止まっていて、

女性の方が車から出て、少し先まで歩いてまた車に乗り

運転席の男性の方と会話していました。

「こんな何も無い山道で、不思議な行動をしている方々やな」って

思っていますと、女性の方が私に・・・



「あ。お遍路さん!もしよろしかったら、乗っていきませんか?

丁度、大窪寺の側まで行くんです!」っておっしゃりました。



・・・え!?



ずいぶん、“前置き”が長くなりましたが(笑)、

30歳の夏と、全く同じ状況に仰天しました☆☆☆☆☆

「もう歩かなくていい」と悟った瞬間、

こんなことって起こるんですね!!

(そのお二人は、道路が凍結していないか確認していたそうです)



ちょっとためらいつつも、

全然あやしくない50代の方々でしたので、

早速乗らせて頂き、一気に10キロ、大窪寺まで行きました。

車だとあっという間に20分くらいで着きました。。。

ほんと、こんな時ほど、車に対する感謝の念が

深まることはございません。。。



おばさんの方は最近車でお遍路さんを回りはじめられたそうで、

おじさんの方は、なんと☆先達さん顔負けの

『最強のお遍路さん』でした!!



聞きますと、托鉢&野宿しながら1番から歩いて回り、

88番まで行って、1番まで戻り、

そこで終わりかと思いきや、

今度は88番まで行って、そこから今度は『逆打ち』で歩いて

1番まで戻って来る・・・という全日程60~90日の

桁違いの遍路行を何回もされたご経験のある方でした(驚)☆



他にも四国各地・全国各地にある

ありとあらゆる遍路行を体験されており、

「この方は遍路をするために生まれて来た」という

後光の差しまくったお方でした。

こんな凄い“大先達”さんに、最後の最後に出会えて、

私は本当に嬉しかったです。



その方は、こんなことをおっしゃってはりました。

「両方高知県だったけど、僕は、お大師さん(弘法大師)を2回、見たことあるよ。

今、高野山におられても、今でも四国も回られているようですね」



遍路道で出会う、スゴイ系(スピリチュアル系)のお遍路さんの方々から

「お大師さんを見た」とか「お大師さんは今も回っておられ、

そのお姿を見れたらとってもいいんですよ」って

教えて頂いたことがあります。



このおじさんは、さすが2回も見られただけあって、

心眼力・第三の目は最強のようです。

私だったら、お大師さんが側にいても見えません(笑)。



最後、お別れする直前に、おじさんが私に

以下のようなことを言われました。



「“善”の行いをすれば、必ず“善”が還ってくる。



現代でも托鉢をする人はいて、

その中には『よくない(行いをする)人』もいます。

その見極めはとっても難しくなっています。



だけど、ちゃんと見極めて、『よくない人』には

金銭をあげないようにしなければなりません。

(後、その人の為にあえて苦言を申す必要もあるかも知れません)



それはあなた自身のためであり、

そしてその『よくない人』のためでもあります。



金銭をあえてあげないことによって

『よくない人』を正さなければなりません。



仏教にも『天罰』のようなものがあり

(神教の世界と違い、露骨にはないそうですが)

いろんな悪い出来事が起こって来ますが、

自らの悪い行いによってそれが引き起こされていると気付き、

自らの言動を変えなければ、永久に悪い出来事(縁)から開放されない。

つまり“悪”を行えば、“悪”しか還ってきません。



だから、これからもずっと

『“善”の行いをすれば、必ず“善”が還ってくる』

を忘れないで生きていってください。」



私はこの遍路道で、お大師さんを見たことはありませんが、

このお方がお大師さんに見えました。。。

最後の最後に、本当にもの凄い出会いをさせて頂きました



<つづく>


[ 22:50 ] [ 遍路修行日記 ]
88番・大窪寺は標高450メートルの山の中腹にあり、

とにかく寒かったです。

万感の思いで到着しましたが、とにかく寒く、

“魂と身体が少しずれた感覚”がありました。



参拝後、近くのお土産屋さんで、お土産を買って、

「ぜんざい」を食べながら

バスが来る15時51分まで待っていたんですが、

そのお店は奥の扉が開いていて、ストーブの前にいても

冷風が吹いてきました。



とうとう、ぜんざいを殆ど食べれないどころか、

胃がムカムカしてきて、気分が悪くなり、

トイレに駆け込む始末。。。(涙)。

胃のものを全部出しましたら、かなりスッキリしたのですが、

お酒&食べ物の食べすぎでこんなんなったのは

過去数回ありますが、寒さでこうなったのははじめてです。



やっとの思いで来たバスは、そこそこのあったかさで、

『寒さ地獄』から開放された喜びにひたりつつ、

JR志度駅までの一時間、ひたすら爆睡状態。。。



JR志度駅に着くと、電車が30分来なくて、

吹きさらしの待合室しかないです・・・と駅員さんに言われ、

途方にくれつつ、駅の下におりますと、観光案内所があり、

その中にいた、これまた車お遍路体験アリのおねえさんと

ワイワイ楽しく25分間おしゃべりして、

何とかしのぎました(笑)。



高松駅経由でJR坂出駅まで戻ってくると、

綺麗なイルミネーションがありました。

そうやった、今日はクリスマスイブやった。。。



大窪寺で「お接待」として頂いた

サンタクロースのお菓子もあったしなぁ・・・。

一人、そこで『メリークリスマス』。

ああ、寒いし、しんどいし、一人やし。。。

さみし~っ!って思いつつも、

なぜか芯はあったかく、満たされている感じ。



1232キロ、歩き切ったという揺ぎ無い自信。

これから、どんなことが起こっても

真正面から喜んで受けきるという人生への覚悟、

そして信念の確立が、この四国遍路行によって

確実に深化と進化が成されたという自信。



来年こそ、ステキな旦那さんとこのクリスマスを過ごすことにして、

(毎年言ってますが・笑)

今年は、こんなクリスマスって、ある意味、

最高やなぁ・・・ってかみしめていました。

人生最期の日、人生を振り返ってみたときに、

この2012年のクリスマスイブのことも

思い出すやろーなー。。。



坂出駅から、車を置いているホテルまで送迎バスがあり、

ホテルに着いたのは19時。

そこからお遍路スタイルから普段着に着替えました。

なんだか、寒気がしてきたので、

屋上にあった展望風呂に入りにいきました。

そのお風呂のお湯はかなり熱く感じました。

とにかく早く暖まりたかったんです。



お風呂から上がると、猛烈な眩暈がしました。

やばい、立てない。。。

誰もいない女風呂で横になって寝ていました。

全身が猛烈に熱く、手足の先がしびれてきました。



「私、ここで死ぬかも?」って少しよぎりましたが、

「お大師さんのご利益を頂いたはずやのに・・・

これからが私の人生の本番やのに、ここで死ねないヮ☆

まずは、しばらくは寝ていて、少しましになったら起きよう」と

10分くらい寝ていて、ましになったので、

最小限の服だけ着て(全部着る気力がなかったんです)

頭を上に上げないで・・・腰が90度に曲がっている

おばあちゃんのようにしながら、部屋に戻って横になりました。



しばらくベッドで横になっていますと、

大学生の時、献血した後眩暈して、大阪環状線で倒れ、

天王寺駅にいた看護士さんにお水とシュークリーム(甘いもの)を

頂いたことを思い出し、

あっちこっちで『お接待』として頂いたお菓子やおみかん、

そして水をガブガブ飲み、これでかなり落ち着きました。



が、今度は猛烈な寒気が襲ってきて、

コート着ながら寝ても寒くて仕方がない。

途中寒くて何度も起きました。



私は就寝中はエアコンはつけない主義なんですが、

あまりにも寒く感じたので、エアコンをガンガンかけて寝たのですが、

今度は熱くて何度も起き、その都度お水を飲みました。



この時ほど、伴侶が欲しいと思ったことはありません(笑)。

今は両親と一緒に暮らし、風邪ひいたら両親が面倒見てくれますが、

両親が死んでしまうと、このまま行けば私は一人です。

伴侶や子供がいればいいなぁーって、この時始めて痛感しました。

(普段は何でも自由に自分でこなせるので、必要性ゼロです)



ほんと、普段健康で、何にも考えずに、服を着たり、

ご飯を食べたり・・・体調不良になると、

何一つまともに出来ない自分がいるねんなぁ・・・って

ひしひしと感じました。

下手すれば、ホテルの部屋で孤独死でした。。。



カラダ的に丁度いい温度になったのが4時過ぎだったかと思います。

翌朝は、仕事関連の用事で高松寄って、

もっと寒い高野山に行くのに・・・ここで風邪とか眩暈とか

ヤバイやろ・・・私は何が何でも治すぞ!!

という意気込みで寝ることにしました。



ま、こんな理由で昨晩は、

お遍路日記を更新出来ませんでしたぁ~(ー人ー)☆



<つづく>


[ 22:36 ] [ 遍路修行日記 ]
翌朝・12月25日、8時起床。

食欲はあまりなかったんですが、

眩暈も熱も寒気もなく、軽い朝食をとって、

坂出のホテルを出ました。



高松道・板野インターを出ますと、ふっと

「そういえば、ここは1番・霊山寺が近かった!」と思いつき

数キロ離れたお寺にお参りに行きました。

一昨年の4月。私はここから歩きお遍路行を始めたんですよね。

ちょっとしんみりしつつも、

やっぱり寒かったので、そさくさと車に戻って行きました。



お寺の入口に、行きしなは立っていなかった

徳島大学の学生さんという3人のカワイイ女の子が

「すいません~、お尋ねします!」と

声をかけてきてくれました。



大学のゼミか課題で、お遍路さんに聞き取り調査をしているそうです。

お遍路する理由や、お経を唱えている時、どんな心境?とか

あれこれ聞かれました。



どんな理由であれ、若い人たちが、

お遍路について研究するということは

とっても素晴らしいことだと思います。

そして、より広く、四国遍路のよさを日本に世界に

広めて頂きたいです。



そういえば、霊山寺に、白人のお遍路さんがおられました。

これから回り始められるようで、真新しい白装束や杖を

持っておられました♪



午後12時40分。徳島港に着き、

13時半発のフェリーで和歌山港へ。

「そこから一気に、高野山や~!」って

テンションが上がってきました。



15時半、定刻どおりに和歌山港に着いた所で、

2つ問題が発覚しました



一つは、あるお客様から電話がかかって来て

「まだ印刷物が届いていないんですが・・・」というもの。

年末の荷物の流通量が多いために起こっている問題かと。

(もちろん、原稿完成がギリギリにずれ込んでしまったという問題もあり)

さいあく明日、私が中継所までマイカーで取りに行かなければならない状況に。。。



そして、和歌山市内の大渋滞です

年末の慌しい時期(5トビやし)で渋滞が起こっていて、

なかなか前に進まず、どんどん日が暮れてきます。。。



実は私が予約していた高野山の宿は、

高野山より遥か山奥のある神社の宿坊なので、

日暮れの前に行けない確立が100%になりました(涙)。



で、その宿坊に電話しますと、おばさん曰く・・・

「日暮れでなくても、今の雪の積もり具合だったら、

登れない急な坂があるんですよ~・・・」という

チョー恐ろしいお言葉が返ってました。



そして何と言っても、23日頃からの体調不良で

胃の調子が思わしくなく、今日のお昼ごはんも食べる気がしなくって

ずっと胃がむかむかしていたので、

私はこれぞ『断腸の想い』で、高野山に行くことを

ここで断念しました。



ほんと、今年中に高野山までお参りを済ませたかったのですが、

これだけ行けない状況が重なれば

なにかの「御知らせ」かも知れないな・・・とも思いましたので、

お宿の方には謝罪しまくりまして、断念しました。



高野山とその神社の宿坊には、

来年の私の3回目の年女の誕生日・3月14日あたりに

行こうと決意いたしました



断念した後、「阪和自動車道」の和歌山インターが見え、

そして大阪にマイカーを走らせ、無事自宅に戻りました。



ほんと、想定外のトラブル、自分の思い込みによるトラブルも含め、

いろんな喜怒哀楽な出来事がありました

最後のこの四国歩き遍路旅。。。

一言では語りつくせない程の苦労、そして感動がありました。

まだ語りつくしていないこともありますので、

詳細は後日としまして、今回の報告はこれまでとさせて頂きます。



本当に、本当に、、、四国のみなさま

そして全てのみなさまに感謝、感謝です!



ありがとうございました。


2012/12/24のBlog
24日午後1時半、無事に

88番・大窪寺に着きました



わけあって、詳細報告は明日にでも。。。

とりいそぎ、ご報告までっ
2012/12/23のBlog
23日(日)夜。

86番・志度寺近くの民宿にいます。

古い民宿でエアコンをMAXにしても

隙間風が入ってきて、なんだか寒いので、

今日はコート着て寝なければならないほど、

なんだかかなり寒いです



だけど、そんなかんだ言っても、明日で歩き遍路行は終わります。

うれしいような、さみしいような・・・

ふくざつな心境です。。。



やっと終わる苦難の行、その反面、

これほど歓喜を味わえる行もなかなかありませんので。。。



さて、今日の報告です。



23日(日)、天皇の誕生日。

朝食を取りながら天皇陛下のお姿をテレビで拝見し、

朝7時半。また歩き出しました。

高松の旧市街地の川沿いを歩いてますと、

ウォーキングしていたおばさんに前から声をかけられ、

『お接待です。これでジュースでも買って下さい』と150円頂きました。



更に、国道11号線に出る道を地図片手に考えてましたら、

ジョギング中のおねえさんに『どこかお探しですか?』と

わざわざ足を止めて下さりました。



わざわざ足を止めて、見ず知らずの人(お遍路さん)の為に

時間や何かを与えられる人とは、

この遍路道でたくさんお会いしましたが、

例外無く100%、後光のさす美しい方々でした。感涙です。。。



ちまたには『接待』という言葉があります。



例えば私が建築屋さんだとして、

地元の政治家を『接待』し、どっかの道路や橋を作る時の入札で

便意を図って欲しいと、あれこれご馳走したりあげたりします。



一見同じような『お接待』と『接待』ですが、

典型的に違うのは、『お接待』は相手のことだけを想い、

相手の幸せのためにひたすら尽くす‘徳積み’の行です。

それに対して『接待』とは、相手ではなく自己中心的傾向にあり、

自分の‘得積み’のためにやっている行です。



‘徳’と‘得’の相関関係もこの遍路行でぼやーっと見えて来ました。



私自身の経験、身の回りの方々や四国で出会う方々をたくさん観察し、

分析した結果、‘得’は追っかければ追っかける程逃げて、

‘徳’を追っかける程、‘得’として返って来るという

『大自然の法則』が見えて来ました。

これはいつ誰がやっても同じです。



‘得’を追い求め、我欲のままに人の幸せまで奪う強欲な人は、

自己努力により、ある程度の金持ちとか名誉を手にすることは可能のようです。

問題はその『継続性』です。

得を追い求める程、徳とは反対に‘罪’を積んで行きます。

罪がある程度積み上がりますと、

一気に『苦難』と化けてその人に襲い掛かります。

その苦難の量と質、起こるタイミングは絶妙で、

人間業を越えた『天の采配』の的確さに、深い恐怖と感動と覚えます。



そんな恐ろしい…あまり味わいたくない『苦難』と『幸福』にも、

相関関係があるようです。



『苦難福門の話』~苦難は幸福へ至る狭き門~

そんなことを、倫理法人会でも勉強しています。



過去何度かこのブログで書かせて頂いていますが、

人間として生まれて来る限り、いいところわるいところ両面を持って

生まれてきます。



いいところは『徳』で、わるいところは『罪』です。

罪は仏教用語で「煩悩」(わがままなどの自己中心的なマイナス的思考や言動)

によって引き起こされます。



罪を直そうと天が人間に与えた試練は『苦難』です。

苦難は恐れ忌み嫌うものではなくて、

その真理は、その人の間違った心のあり方ややり方(言動)を

直すための「信号(サイン)」として現れます。



そのサインに気付かなかったり、

「めんどくさい」とか「逃げたい」とかいって

心のあり方ややり方を変えずにいると、

自己成長・進化できないばかりか、どんどん罪が増して、

どんどん罪が重くなってしまいます。



例えば、歯がちょっと痛い・・・って思っていても、

歯医者に行くのがめんどくさいからと放置し続けていたら、

とんでもなく痛くなってから歯医者に行くと、

歯を抜くばかりか、歯周病が酷くなって、どうしようもなくなった・・・

という感じでしょうか?

身体の病気も心の病気(間違った心のあり方)も

早期発見&対処は非常に重要です。



自らのあり方・やり方が間違っていますと「黄色信号」として

苦難がやってきます。

その苦難を真正面から受け、喜んで対処していると

自らのあり方・やり方が正しい方向に向いてきます。

そうすると、苦難は去って新たな進歩を手にし、

そして幸福がやって来る・・・ということも、また「自然の法則」であります。



お遍路さんをしていますと、

その自然の法則が、特によく見えます。



だけど、その『罪』や煩悩、苦難があるからこそ、

人生の感動もより深まって行きます。



人生、幸せなこと、徳なことばかりでは、

その幸福な安泰な状態が「当たり前」になって、

何にも面白くないと思います。



つまり、嬉しいこと、幸せなことは、

その真逆にある、悲しいこと、辛いことがあるからこそ、

感じられる幸福感なんですよね。



だから、喜怒哀楽全部ひっくるめて「これがよい」「一切が善」なんですよね。



こんな考え方は、「プラス思考の考え方」という表面上のものではなく、

『真理』であります。

この真理を知らずに、あれこれ不平不満・不足不満を言って、

苦難を嫌い、逃げたり嫌がったり誰か・何かに責任転換してますと

永遠に「幸福感」を得ることが出来ません。



例え、殆どは相手がわるいことであっても、

100%相手がわるいということはありません。

残り数パーセントの己自身のわるかったところだけを見て、

反省し、自己を更に変えて進化させていく・・・。



相手のわるいところ(罪)は、

天の采配で、自分が手を下さなくっても、

勝手に罪が落雷のようにその人に落ちるので、

ほっておけばいいんです



源平の戦いの中に『屋島の戦い』があります。

今晩、NHKの大河ドラマ『平清盛』が終わりましたが、

その『屋島の戦い(1185年)』の舞台になった、

屋島と志度を今日、歩きました。



高松市街から12キロ、山の上にある

84番・屋島寺をお参りさせて頂きました。



この山は、一回目のお遍路さんの時から、

なんとなーくですが、ほんの少し、よろしくない“気”を感じます。



人間の“怨念”とはこの世において最も強い念

なのかも知れません。

その場所でも私たちの想像を絶する

血みどろの争いがあったかと推測されます。



平家滅亡から800年以上経った今でも、

その“念”は、その土地や風土に染み付いているのかも知れませんね。。。



私は『平家物語』の冒頭部分・・・



祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の世の夢のごとし

たけき者も遂には滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ



・・・がとっても好きで、手帳の最初のページに貼っています。



平家は源氏によって滅ぼされましたが、

源氏もまた滅び、足利氏も滅び、戦国時代になり・・・

とまぁーこんな感じで、昔から人は争い人を殺し合って来ました。



永久に対立していたらいつか必ず滅ぶんですよね。

諸行無常・・・平家物語状態です(笑)。



現代社会でも未だにあっちこちで源平合戦を繰り返しています。

祇園精舎の鐘が今もこの世で響いています。



人の命を奪わないまでしなくても、

人の文句を言ったりするのも、命を傷つけることになります。

攻(責)め心ではなく、相手のことを思った上での説法的なニュアンスで

あれこれと言って差し上げるのであれば、いいかも知れませんね。



84番・屋島寺をお参りし終えて、そこにあった「宝物館」で

源平合戦の遺品とかを見て、ますます諸行無常を

心に刻み付けて山を下りました。



この平家物語の「諸行無常観」をしっかり把握した上で、

この娑婆の世界で「源平合戦」に参加すると、

真理を外すことなく、“深み”にはまることはないかと思います。

常に、山の上から娑婆の世界にいる冷静且つ客観的な

自分自身をちゃんと見ていれば、道に迷うこともないかと思います。

そんな『超客観的視点』を体得出来たのも、

このお遍路行のおかげでございます。



屋島寺の下り道に、大変保存状態のいい

お地蔵さんがありました。



「享保十四年(1729)」と書かれています。



お地蔵さんには「●丁」と書かれてあり、

(※1丁は約109メートル)

あと何丁で次のお寺に着くか?教えてくれる便利なツールであり、

そして私たちお遍路さんの旅の安全の祈願という

精神的なツール・・・両方を兼ねています。



どんな意図でこのお地蔵さんが誰の手によって作られたのかは

分かりませんが、その人がこの世を去った後もずーっと

250年以上もの間、お遍路さんの安全を見守っているという

“慈愛の心”が、そのお地蔵さんから感じます。



戦後の開発で、この手のお地蔵さんはどんどんなくなったようですが、

今でも多くのお地蔵さんが、静かに私たちお遍路さんの

安全を祈り続けています。ほんと、現在過去未来・・・

いろんな人に感謝、感涙です。。。



85番・八栗寺手前3キロのところで正午になったので、

スーパーで買ったお弁当を食べることにしました。

が、どんどん寒波到来で、風が吹いてきて寒くなってきました。



住宅地にはベンチとはなくって、

池のほとりで食べることにしました。



冬のお遍路行では必ず一回は極寒の空の下で

ご飯を食べる行があります。

ほんと、髪の毛を食べながら・・・鼻水たらしながら・・・

手はかじかむし・・・めちゃくちゃみすぼらしい姿。。。



だけど、こんな過酷な状況になっても「感謝」で感涙です。

「ああ、普段あったかい場所であったかいものが食べれて

有難いなぁ~・・・」って、ひしひしと実感する訳です。



いつもあったかい場所であったかいモノを食べたり、

『お接待』受けていたら感動しない…有難いとも思わない。

つまり『当たり前』で『幸福感が味わえない』の状態。

だから普段はある種・広い意味での『苦難』の状態。



『苦難』というものがあるからこそ、それから逃れられた時や、

乗り越えられた時の感動歓喜・有難さを実感し、

そして初めて『幸福感』を味わうことが出来る。

この『幸福感』の質の高さと量の多さが

人生の幸福や価値を決めるのではないでしょうか。



ですので、人生をより価値&幸福あるものにする為には

まず『感謝する能力(感謝力)』を研ぎ澄まさなけれはならないと思います。



感謝することは、幸福を掴む為の最初のステップで

幸福を陰で支える基底にあるもののようです。



感謝力を研ぎ澄ます最も手っ取り早い方法は、

昨年11月に会いに行った、インドネシア・バリ島の

日本人大富豪の愛称『アニキ』が…

『それは死にかけることや』とおっしゃってました。



つまり、‘命’というこれが無かったら絶対に生きて行けないものを、

死にかけることによって、その有り難さに気付き、

感謝出来るんだそうです。

命があるからこそ、今私たちは生きていけるんです。

だから幸せも苦難もみんな

『生きてるからこそ実感出来る有難い存在』なんですよね





極寒の昼食の後、1キロ先に

八栗寺行きのケーブルカー乗り場があり、

私は歩きお遍路さんなんで、

横道から山を登り始めました。

すると、真新しいお接待処「仁庵(じんあん)」があり、

入ってみることにしました。



ここは榊原さんというおばさまが、6年前から初められた場所で、

数年前にNHKも取材に来られたり、

カナダの日本のお遍路を紹介する雑誌の取材も来られたそうです。



そのおばさんは、この場所の運営を「遊び」だと

断言され、満面の笑みで答えられました。

無料で、ケーキやお菓子、お茶、干し柿・・・どんどん出てきます!

ガンガン☆石油ファンヒーターがかかっていて、

極寒の気候から一気に春の陽気状態で、

めっちゃ救われました!!



榊原さんは「遊び」だと言ってはりましたが、

おばさんの遊びは自分だけでなく、お遍路さんやご近所の方

みんなが幸せになる遊びなんですよね。

だからますますステキな物心両面が集まってくる。



私も遊ぶなら、こんな感じで自分以外の方々も

喜んで頂ける遊びに徹したい!そう強く思いました



85番・八栗寺お参りから、6キロ先に

86番・志度寺があります。

旧街道筋沿いに志度湾が見えてきました



志度駅近くに「平賀源内 旧邸」と書かれた家があり

入ってみることにしました。

先ほどの「仁庵」とかもそうですが、

時間・計画にゆとりがあるからこそ、遍路沿いで

「寄り道」が可能になります。



お遍路行はあくまでメインですが、

と同時に、四国の素晴らしい風土、歴史、文化、そして人を

マンキツして自身の糧にしたい!という気持ちで

今回はこんな感じで、かなり時間にゆとりを持たせています。

また、「最後の遍路旅」ということなんで、

ゆっくり味わいたいし、『慣れ』もあって、

こんな旅をさせて頂いています



平賀源内の旧邸と、志度寺側にあった

記念館に行ってみましたぁ~



私は、平賀源内(1728~1780)のことを

恥ずかしながら私は知らなかったんですが、

江戸中期の『天才アイデアマン』で、

文士であり、博物学者であり、エンジニアであり

画家でもあったりして、多彩な方だったそうです!



平賀源内の生涯を知れば知るほど面白い。。。



「これだー!」と思いついたものを

一般民衆から藩主まで巻き込みまくって、

どんどんと発明・創作、そして普及しまくって行かれました。



江戸時代って、私たちが想像する以上に

人の行き来が活発で、平賀源内のような

好奇心旺盛でエネルギッシュな方々が

江戸時代(日本文化)をより進化・深化させて行ったんだと思います。



次、歩きお遍路する時は、絶対に今回のお遍路みたいに

時間に余裕を持って回ることにします。

こんな感じで想定外のステキな場所、人、環境・・・

いろんなものに出会えるからです。

今までのお遍路で「時間がないので、これで失礼します」って

去ってしまったことって、結構あるんですよね。



これって、日常でもそうなんです。



だから、大阪に帰ってももっと時間と心にゆとりを持って、

より私の見聞や人生自体を多方面から進化・深化させたいと思います。





そんな感じで、16時半。

無事86番・志度寺をお参りし、

今、その近くの民宿に泊まっています。



どんどん風が強くなって来て、

建物のあっちこっちが激しい音がなっています。



明日、7キロ離れた87番・長尾寺を打ち、

そして標高450メートルにある、結願寺である

88番・大窪寺に向かいます。

雪降っていて・・・ホワイトクリスマス(イブ)かも知れません(笑)。



泣いても笑っても、第一回目の歩き遍路行は

明日で終わりです。

どんな天気であっても喜んで受け切って参りたいと思いま~す



2012/12/22のBlog
毎度です~

ボチボチ☆フラフラながらも無事、

高松市街・栗林公園側のビジネスホテルに

無事着きましたぁ~



ホテルの高速インターネット回線経由で

一気にこれまでの遍路行のご報告を

させて頂きま~す



21日(木)朝8時過ぎ、

丸亀駅から歩き出しました。

しばらくすると、お客様からお電話かかってきて、

急遽送って欲しいデータがあると言われたので、

坂出駅側の喫茶店に入りました。



その喫茶店の中も、外の風景も

年末の慌しい風景、一色でした。



せわしない年末の日常風景。。。

お遍路さんの私にとっては新鮮な非日常風景なんで、

冷静に客観的に見ることが出来ます。

こんな『訓練(心眼・第三の目の錬磨)』を繰り返していると、

日常生活でもそのような見方が出来てきます。



「物事をありのままに見る」



つまり、①正しい情報を入手し、②正しく脳内で処理し、

③正しい言動を実践する。

この三段階を適正且つスピーディーに行わないと、

後でいろいろ問題が発生するので、

この心眼の練磨は人間にとって非常に重要だと思います。



喫茶店の中に入ると、

おばさん4人が、ワイワイお話しされていました。



殆どが自身や他人の病気や、心配事、そして文句などの

マイナスの会話でした



なるほど・・・4人とも、不足不満っ面しており、

そんな“気”をバンバン出していました(笑)。



“気”というものは、面白いもので、

目に見えない心から発しられているもの(波長?)だと

私は思っています。

つまり、なんとなく、その対象物の心が見えてくるということです。



歩き遍路行のおかげで、この『気を読む』という

感性(第一感)の練磨がある程度出来た感じで、

人や物、環境の気を読むことにより、

上記の「①正しい情報を入手する」ことが出来るようになってきました。



ただ、心身の健康状態がおもわしくない時や、

読みたいと思わない時は、絶対に読みません。

間違った読み方をしたりします(涙)。



・・・遍路の醍醐味の一つは、

人生で二度と出会えない方々の

日常生活に入ることが出来ることかと思います。



なにげない日常の…日本の田舎の

他愛のない人たちの生活のいち風景、

方言バリバリの会話に、

なぜか万感の思いがフツフツと湧き、

『日本っていいなー、日本人ってなんて

素敵なんやろーって』思います。



人の悪口言ってる先述のおばちゃんたちも

何だか面白く可愛いです。

どこに暮らしてる人もそれぞれの苦難あり、

幸せがあるんやなぁ…って思います



今回・・・最後のお遍路行は、

「歩き方」を変えてみました



そのきっかけ・理由です。



尊敬する倫理法人会の先輩が、今

カラダを柔らくする実践に夢中になっておられます。

先日お会いした時も、前屈運動をされてはりました(笑)。



ご自身から、その真意をまだ聞いていませんが、

きっと、カラダが柔らかいとココロも柔らかくなるからだと思います。

(違うかったら、すいません)



何故なら、カラダとココロは相関関係にあるからです。

どちらかがAの状態だと、もう片方もAの状態になって行くということです。

例えば、ココロでマイナスのことばかり考えていたら、

病気になる。。。という感じです。



ココロは見えないし、どこにあるのかさっぱり分かりませんが、

カラダは目に見えるし、科学的にどこをどうすれば、

柔らかくなるか?分かるようになっているから、

カラダからココロを柔らかくする方法は

かなり合理的で有効かと思われます。



ですので、私は

地面と対立して、たたきつけるような歩き方を捨てて、

地面と仲良く&やさしくなでるような感じ・・・

地面と同一するような感じで歩くようにしました。



結果的にやっぱり、そうすることによって、

足の痛みが殆どなく、ますます楽しく一日を

歩き切ることが出来ました!



自身の足をいたわり、地面をいたわり、そして感謝しながら歩く。。。

また新たな&ステキな気付きでした。



この『ココロを柔らかくする方法』は、今の遍路行の中で、

結構考え中で、もう少しで文書化出来そうなんで、

後日お知らせしたいと思います



80番・国分寺の側で、

地域住民と障がい者の方々が協働で開いた

お遍路さんの接待所(休憩所)がありました。

そこは、お食事&軽食屋さんにもなっていて、

小腹が空いた私は入っていきました。



栗ぜんざいを注文したのですが、

出てきたのは普通のお餅のみのぜんざいでしたが(笑)、

価格は200円とチョー安価!

そして何といっても、店内の雰囲気(気)が

最高によかったです



店内には日本の童謡がかかっていました。

更に作業所のみなさんや

次から次へ入ってくる人たちとの会話を聞いていたら・・・

つまり、みなさんの何気ない普通の日常生活の風景を

眺めているだけで、何だか涙腺が緩みました。



みんな、それぞれの場所で、それぞれの人生を

せいいっぱい歩んでいるんやな・・・。

人様がどうこう評価するもんじゃないよな、人生って。。。

そんな当たり前のこと、感じました。



だから私の人生も、もっと人様の評価がどうであろうと

信念を貫いて、我が人生を極めていこうと、ますます思いました。



そしてますます、日本人の多様性・・・素晴らしさを実感!

やっぱり日本は素晴らしい国や~っ



帰りしな、「お接待です」と

タオルとちょっとしたお菓子、

そしてお地蔵さんの形をした折り紙を頂きました。



お店を出た瞬間から、もう号泣です。。。

嬉しすぎです。





本当の幸せな人とは、『与えられる人』なんだと思いました。

得れば得る程、誰かがなくなり、

与えれば与えるほど誰かが増えて、

その人からは感謝が、

天からはその人がその時々に必要なものが与えられる。。。



人よりも苦難が多い人ほど、

『与えられる人の方が幸せ』という

真理に近づけるのではないでしょうか?



世の中って、あのような方々を“障害(がい)者”と呼んでいます。

だけど、所謂“健常者”よりも、

真理を知っているような気がしてなりません。

つまり、仏に近い存在だということです。



「人間がどうすれば、最高の幸せを手に入れることが出来るのか?」

そんなこともこの遍路行で考えていて、

だんだんと文書化出来ています。



喜んで与えられる人の心の根底にあるのは

『感謝』だと思います。

有難い・・・有るのが難しいとちゃんと分かっている。



きっと、健常者と違って、身体能力が劣っているからこそ、

能力が有るということに対する感謝や、

命あって生きていることの感謝の力が強いんだと思います。



だから、体力的にも精神的にもしんどい中、がんばっている

歩きお遍路をスナオに応援したい!と思い、

このような場所が生まれたんだと思いました。



「私はまだまだ感謝行が足らない」

そんなこと、感じました。

頂いた物の単価の問題ではなく、その物に込められている気持ち。

ほんと、ぐっと来た。



ここまで素直に強烈に真心込めて、

私は誰かに何かを与えられているのか?正直疑問。



「遍路行は、感謝行」

私はそんな側面が遍路に存在すると思っています。



お遍路行が終わった後、本当の感謝行のスタートする。

「ああお遍路、ゴールして終わった!」とそこで全てを終わせてしまえば

1232キロ歩いた意味が無くなる・・・。

そんなこと、実感いたしました。



21日夜は、国分寺駅近くの民宿に泊まりました。

お遍路さんは今、閑散期なんで

私しか泊まっていませんでした。

夕食は18時からで、そこのおじさんと

何と☆20時半までおしゃべりしていました(笑)。



お遍路中や、大阪で見聞きした情報を

おじさんに伝えまくっていました。

おじさんは定年退職した後、この民宿で働いているようで、

それからはあまり外に出ないそうなんで、

私の話をとても楽しく聴いてくださりました。



その旅館は、駅から少し離れていますので、

少しお客さんが少ないようです。

駅前の旅館は、お客さんが比較的多いので、

年末年始とかちょくちょく休むらしくって、

お遍路さんが国分寺駅界隈で泊まる時に、

全部の旅館が休業していたら、かわいそう!と

この旅館(せと旅館さん)は、年中無休なんだそうです(驚)☆



確かに、サラリーマンの方とかは、

年末年始の休みを使ってお遍路さんするので、

このような旅館は、めっちゃ有難い存在だと思います。

ほんと、このような方々支えあっての、お遍路さんです。。。

ほんと、感謝で感涙ものです。。。




そのおじさんとは、メインの会話として、

「地域ごとの人間の個性の違い」についてでした。

四国四県だけでも、かなり地域性が違うということが、

このお遍路を通して明確化しました。

(あるHPから、下記のような特性が書かれていました。

私が四国で見聞きした話しとかなり近いです)



四国では次のような小咄(こばなし)が伝わっています。

『もし、大金が入ったら、愛媛の人は老後に備えて物を買い、

香川の人は貯金し、徳島の人はそれを元手に商売を始め、

そして高知の人は飲んでしまう。』んだそうです(笑)。



この小咄では香川と徳島が入れ替わることもあるそうで、

決してステレオタイプ化すべきではないでしょうが、

言い得て妙の部分もありそうです。


【愛媛県人】
温暖で災害が少ない恵まれた気候なので変化を嫌い、
現状を良しとする保守王国。上昇志向は乏しくて、
そこそこ成功することを是とします。ゆとりある生活ができているため、
仕事よりも趣味に生きる傾向。のんきでも、
人の話をそこそこ聞いて突っ走るので、途中、分からなくなって立ち往生。
根が楽天的なので「まあ、いいかー」と突き進む。
これが「伊予の駆け出し」と言われています。

【高知県人】
四国山脈と太平洋で断絶された陸の孤島の地形なので、
独自の文化を育んだ独立王国的な風土。豪放磊落、天真爛漫、
反権力でリベラルな気風が強く、乱世に生きる風雲児的な部分がある。
平和な世の中では偏屈とか頑固と言われる部分も。
圧倒的に酒豪が多い。

【香川県人】
四国の政治、文化、産業の中心地的な存在で四国の玄関とも言われます。
交易地のため、人なつっこく社交的で協調性が高い
。器用で要領が良く、貯金好き。その一方で競争心や
しぶとさに欠けるため「讃岐の大将なし」といわれます。

【徳島県人】
古来、近畿地方との交易が盛んなので関西地方に
親近感を覚える関西大好きの県。長い商業の歴史からか、
抜け目がなく、堅実、勤勉。香川に負けず劣らず貯金好き。
阿波踊りを中心にして一年が回っている風土。
陽気で明るいイメージの一方、意外と地味で内向的。
しかも、とことん、マイペース。自分の意見はしっかり持ち
時々、協調性に欠ける。空気は読めながらもあえて読まない。



最後の方でおじさんがこう言いました。

「こうやって、いろんな県民性・地域性を知る・分析することによって、

だんだんと人を見る目が養われて来るよね。

その人がどうしてそんな性格になったのか?

それは、その人自身の個性だけでなく、

どんな環境で生まれ、育ったのか?その環境の風土歴史文化も

大いに関係してくるんだね~!」



そうか。。。



この遍路行では、日常生活では絶対に出会えない人、

環境・風土・歴史・文化に出会います。

つまり『見聞』が広がっているんです。

だから、人や物事を判断する基準がどんどん多くなり、

結果、物事を多方面から分析・判断することが出来、

物事を正確に判断する“精度”が上がってくる・・・そんな理屈のようです。



第一感を練磨するという、超右脳的な能力だけでなく、

上記のような左脳的要素も活性化するのがお遍路行のようです。

やっぱり、お遍路はすごい。。。





翌朝・22日(土)、一気に山登りっ☆

81番・白峰寺と82番・根香寺を目指しました。

雨が小ぶりになるのを待っていたのと、

ブログ更新で遅くなって、8時に民宿を出ました。



遍路中は、いろんなことが

次から次へと閃き、

閃いたことを全部、携帯メールにて文書化しています。

あまりにも夢中で文書化しているうちに、

右折せなアカン箇所をまっすぐ行ってしまい、

ちょっと大回りになってしまいましたが(涙)、

そのおかげで右写真のお食事処に貼られていた

「ホットみかんジュース(200円)」と出会い、

飲んでみましたぁ~



お味は、、、

こりゃー、やみつきになる勢いで

美味しい~~~~~っ



早速、持ち前の「なれなれしさ」で(笑)、

お店のおばちゃんに作り方を教えて頂きました!



①地元でとれた、美味しいミカンをミキサーにかける
②それを鍋で沸騰させる

以上っ!

めっちゃそのまんま・・・100%のオレンジジュースです。

元々のみかんが美味しいのか、それとも

一回沸騰させることによって、甘みと酸味が両方強調&濃縮され、

ビタミンCが究極に身体に入っていく喜びと、

熱いので、身体がすぐにあったかくなるという喜び2つを

同時に味わうことが可能なんです。



てっきり、香川ではそんな飲み方をするんかな?

と思いましたが、そのお店が去年から始め、

めっちゃ好評だったので、今年もこの時期だけ販売し、

そして町中に今、広がっているんやそうです。



そんなことなんで、みなさんがこの

「ホットみかんジュース」を知られたら、

この『白峰パークセンター』が発祥地だと認識しておきてくださいね(笑)。



81番・白峰寺→82番・根香寺までは

山の上の尾根づたいの道です。

ここには、お地蔵さんがいっぱいあります。



お地蔵さんにかけてある、赤いエプロンを見る度に

私は父方の祖母を思い、涙腺がゆるみます。。。



「お地蔵さんのエプロン」



父方の祖母が生前、村の仲間とバスお遍路さんしていた時…

多分2周目のバス遍路だと推測しますが、

遍路道にあるお地蔵さんの赤エプロンを何枚か、

洋裁が得意な私の母に作ってもらい、

持っていってエプロンがなかったり傷んでる

エプロンをつけたお地蔵さんに、付けてはったそうです…

そう私の母が言ってました。



おばあちゃんが2周目の遍路に行ったのは、

瀬戸大橋が開通した年。

正に四国お遍路さんと観光客が最も多かった時代です。

先日話を聞いた日本銀行高松支店の関根支店長から頂いた、

香川県の紙幣流通量の資料も、

その年が頂点で最も多く、後は減少の一途です。



私の手元には、かつておばあちゃんが大事に持っていた、

瀬戸大橋が開通した時の何かの記念の紙があります。

(叔父がまだ生きてた時、おばあちゃんが持っていた

掛け軸等のお遍路グッズを貰う約束をし、

亡くなってから私のもとにやって来ました)



おばあちゃんは私の父いわく

『村一番のええ人やったと村中で言われてた』と

未だに言ってはります(笑)。



バスでも車でも徒歩でも、お遍路さんの殆どは、

何かを『得る』為に行かれてます。

救済だったり健康だったりお金だったり…。

だけどおばあちゃんは、それもあったと思いますが、

何かを『与える(捨てる)』為にも行ってたんやと思います。



遍路道のお地蔵さんの何個かに新しいエプロンつけるなんて、

誰も見てないことでするし、

誰からも評価されないこと…些細過ぎることなんですが、

そんなことを喜んでしていたおばあちゃん。

だからこそ日頃から自然に、

身の回りの人や環境の為にあれこれ尽くしてはり結果、

村一番のいい人だったんかなーって推測しています。

普段八尾の老原村から出ることは、

八百屋の商いする時だけ(先祖代々農家だった大橋家の祖父が、

現金収入を得る為に開業した八百屋をやってました…

天神橋筋商店街でやってたそうです。祖母が亡くなり閉店)だったようです。

老原村の人たちや、八百屋さんに来るお客さんに、

いろいろなものを与えていたこと(=徳)が今になっても、

子供や孫の私たちに、いろんな‘得’を

与え続けてくれてるんなやーって今更ながら感じます。


例えば、今私が暮らす自宅の土地も、

祖母の判断で三男でる父に継承した土地。

長男次男三男と土地や資産を分けたのも、

祖父が亡くなった後の祖母です。



もしも祖父母が事業に失敗したり騙されたりして

一門無しになっていたら、今の私の自宅は無かったかも知れません。



こう思いますますと、祖父母以上のご先祖さまや

母方のご先祖さまの『功徳』を、今を生きる私たちは、

何とたくさん頂いて‘生かされて’いるんやろうか~!って気付く訳です。



そりゃー、徳だけでなく‘罪’も同時に頂いている訳ですが、

それは自分自身の‘行’を通して消罪をしていけばいい話しです。



罪や煩悩があるからこそ、それを消罪する過程

(怒涛の‘本気’の実践の中)に

『人間として生きる醍醐味』があるんやと思います



82番・根香寺を出たのが14時10分。

私はここで一つ、失敗したことに気付きました



次の83番・一宮寺まで12キロあるって

忘れていたんです。。。

てっきり6キロだと。。。

その「6キロ」とは、一宮寺から今泊まっている

栗林公園側のホテルまでの距離なんです。。。



お寺は17時で閉まってしまいます。

私の歩くスピードは、1時間に4キロです。

このままゆっくり寄り道しながらでは

絶対に間に合いません・・・ましてや道間違ったら

完全に終わりです




ってことで、下りの車道をジョギングすることにしました(笑)。

走るとしんどいので、ジョギングです☆

綺麗な風景なんて見ている時間はありませんっ!!



で、山道の下りになると、今度はもう一つ杖を調達し、

二刀流(?)で一気に山を下りました。



が、標高300メートルくらい下りて、後100メートルくらいでダウン。

ゆっくり歩き始めました。



海抜0メートルの町に着き、しばらく歩きますと

後8キロのところに、個人の方が作られた

綺麗な休憩所があり、中に入ってみますと、

機械に入ったお水や美味しい梅などたくさんあり、

これまた感涙。。。



そこに時計がありますと、時間は15時25分。

あんだけがんばって走ったのに、

まだギリギリ17時にお寺に着くかビミョーな状態っ



が、もうそんなにがんばれないので、

ペースを落とさないようにだけ気をつけて

コツコツ歩いていました。



5キロ手前まで来ると、川の上に

徒歩用のコンクリートの橋があり、

お遍路案内では、「ここを渡る」と書かれていたのですが、

おもいっきり工事中って感じで、

一部が壊れていました(涙)。

ソワソワしている時に、車に乗ったおばさんが

「その橋、修理してるけん、前にある大きな橋を渡って云々・・・」と言われた後、

「もしよかったら乗っていきませんか?通り道ですし。」と

おっしゃってくださりました。



私は歩きお遍路で、乗り物は乗らないというルールを決めて、

大阪からお遍路をはじめたのですが、

前の前の夏遍路の時、いろいろと思うことがあり・・・

「人様の善意をスナオに受ける実践をしよう」と思い、

次車に乗るようにお声がけ頂いたら、ヘンな人でない限り乗ろう!と

決めておりましたので、喜んで乗せて頂きました。



おかげさまでこれで一気に2,3キロ、近づき

お寺には16時25分に着きました。

そのおばさんは、やっぱり以前、マイカーで何度かお遍路さんされておられ、

「いつか歩いて回りたいんだけどねー」という考えの持ち主でした。

最近は近くのお寺の滝行に行かれているそうです。



にしましても、絶妙なそのおばさまとの出会い。。。

そのおばさまと天の采配に、ほんと、ほんと感謝です。。。



16時50分、83番・一宮寺を出て、

ひたすら高松駅・栗林公園方面へ北上していきました。

いよいよ日が暮れて暗くなると

やっぱり道に迷いました(昔の道はフクザツです・涙)。



だけど、「おかしいな」と直感した瞬間に

人に聞くようにしておりますので、

(自分の主観・思い込みを信じ込みすぎないことと、

第一感・直感を大事にする)

200メートルくらい間違ってすぐに戻り、正しい道に向かいました。



人生も、間違いがつきものですが、

間違ったと気付く感性と、気付いた後の的確な判断、

そしてスピードを持った行動が非常に重要だと思います。



こんな感じで、お遍路中でも、日常生活と同様の苦難が到来し、

その苦難のおかげで、自分自身のわるいクセを

どんどん調律しております。

(昔は、人になかなか聞けず、ずっと間違ってしまっていましたが・・・涙)



で、ホテル近くまで来るとお腹がすいて来ましたので、

18時過ぎに、『丸亀製麺』で日替わりセットをマンキツ☆


このチェーン店って、我ら八尾市にもあるんですが(笑)、

他にお店がなかったのと、

八尾のお店に行ったことが無いので、

一度体験しておこうか・・・と



さぬきうどんって、①安い! ②早く出てきて、早く食べれる!

③美味しい! 


って3つ揃っていますよね。

だから、こんなにあっちこっち広がっているんやと思います。

(八尾に帰ったら、ちょこちょこ行こうって思いました♪)



私のまわりの人たちや・・・見聞きしている情報によりますと、

①安い(価格性) ②スピーディー・即効性 ③高品質 

④独自性(商品自体やシステム)

この4つが揃っていて且つ、世の中の人たちに求められる

モノやサービスだと、確実に売れ、広がっています。



例えば、高品質で高い・・・安いけど、納期が遅い・・・

って『当たり前』なんですよね。感動がない。購買意欲が起こりにくい・

広がりにくい。



だいたいの日本のものづくりは、

①がない・・・つまり、値段が高い&そこそこということで、

②と③と④は達成されているということです。



そんなかんだで19時過ぎにホテルに着き、

そして今からもう寝ます。。。ZZZ



明日一日がんばって、

明後日はいよいよ、結願(けちがん)ですっ



[ 07:46 ] [ 遍路修行日記 ]
毎度です(^0^)☆

とりいそぎ、21日(金)の朝の

お遍路前の体験報告をさせて頂きます!



21日朝5時に坂出(瀬戸大橋のたもとの町です)

のホテルにお迎えに来てくださった松岡さんは、

お遍路グッズの総合製造メーカで、

以前、丸亀に行った時に、㈱マツオカさんを

見学させて頂きました♪


その時のブログ:
http://www.voluntary.jp/weblog/myblog/42837/1943216#1943216


6時からの「香川県丸亀市倫理法人会」

モーニングセミナーに参加させて頂きました。

講話者は日本銀行高松支店長の、関根さん。

テーマはまさに『お金の話』。



『お金』というものは、最も俗な・・・

煩悩の最高峰のモノだと思い、倫理とは対極的にあるもの

そう思っていたのですが、

実はお金って『ただのモノ』であり、

善も悪も、清も俗もなく・・・

それを握り底なしにたくさん欲しいと思う

人間が煩悩200%のになっていく

というモノのようです。



お金から、日本経済、今の日本の状態を

分かりやすくご講話頂きました。



日本銀行は、お札(1万円札、5千円札、

2千円札、千円札)を発行しています。

ちなみに硬貨は、日本国政府が発行しているとのこと。



お札(日本銀行券)とは?

①あらゆる決済に無制限に通用

②日本銀行とは、日本で銀行券を発行する唯一の主体

など。



現在の発行額は、84,0兆円。

139億枚。

・・・うーん。想像つかんですね(笑)。



日本人は世界的に見てお札(お金を持ち歩く)のが

好きな民族のようです。

他国と比べて治安がよく、持ち歩いていても危険が少ないことと、

お札の質が高く、偽札が圧倒的に少ないんだそうです。

他に、金利が少ないので、「銀行に預けるくらいなら、

タンス預金にしよう!」という人が多いそうで、

それは1995年から顕著になったようです。



日本銀行の重要な役割として、

銀行に集まったお金を回収し、

その中から古いお札・汚いお札を新札に交換し、

より偽造されない紙幣を世の中に流通させることなんだそうです。

意外と知らない日本銀行の役割でした(驚)☆



そして日本銀行の使命は、

「物価の安定」と「金融システム」の安定で、

国民のお札への“信認”を継続・高めていくことなんだそうです。

またギリシャみたいに国家自体が崩壊し、

信頼がなくなれば、紙くず同然になってしまいます。



確かに日本銀行が、お金を印刷しまくったら、

お金の価値が下がり、モノやサービスの価値が上がってしまいますよね。



日ごろ何気なく使っている、お金ひとつにも、

こんな感じで、いろんな人の努力や信認があるんねんなーって

朝から感動いたしましたぁ~(^0^)☆



朝食会の後、松岡さんに

前回のお遍路のゴール地点である

JR丸亀駅まで送って頂きました。



その途中、昔「灯台」だったという

「江戸」と大きく書いた大きな灯篭のところで

車を止められ、「ここは昔の港です。

ここに全国からいろんな人が船でやって来て

ここから『こんぴらさん』

お参りに行かれたんですよ」と教えてくださりました。

時代は変わっても四国は信仰の町やねんなーって思いました。



面白いお話を聴きました。



この港町には、お酒を飲むところ、

そして大きな遊郭があったそうです。

今はほぼその姿は消えていますが。



お参りする前・・・聖域にいく前に、

ちょっと俗なことやりまくっとこー♪という

煩悩200%の考え方のようです(笑)。



一般的に、神社仏閣にお参りに行く前は、

川とかで身を清めたりするイメージがありましたが、

全く逆に遊郭で遊びまくってから、

お参りするって、人間くさくて面白いです。



さらに突っ込んで考えてみれば、

狭い小さな船で来る人が多いので、

俗っぽいことが出来ない日々が多いまま

その港に着いたでしょうから、

余計遊郭(女)とかお酒に惹きつけられたんだと思います。



この俗な動物くさい要素と、信仰心のある清らかな神聖な部分と

両方あるのが人間です。

両方の間をふらふらと行き来しながら、この世で修行し、

失敗しながらも己を高めて行くのが、“行”というものかと思います。

わざわざ山寺に篭ったり、四国遍路する必要もないかと思います(笑)。



丸亀駅で、松岡さんとお別れし、また歩き出しました。






・・・つづきはまた後で・・・

もう外が明るくなりましたので、歩き出します。

今日は80番・国分寺前から、高松市街まで歩きま~す