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2012/12/27のBlog
12月26日(水)。

想定外に一日早く大阪に帰った私は、

睡眠時間は4時間くらいでしたが、朝早く起きました。



未だ胃の調子はゆっくりなんですが、

一日全然眠くなることもなく、

朝は『堺市中区倫理法人会』のモーニングセミナーに参加した後、

大阪府・執行部の方と打ち合わせと、

お遍路直前に訪問させて頂いた

愛知県豊田市南&香川県丸亀市倫理法人会の

報告をさせて頂きました。



結局、納期に間に合わない可能性があった印刷物は

あっけなく朝一番に配送されたとのこと(^^;)。

雪の中、高野山行った方がよかったかなぁ~(笑)。

帰宅後、別の印刷物が届いていたので、

お客さまのところに配送したり、近辺の用事を済まし、

最後ガソリンをマンタンにして帰り、

そしてまだ時間があったので、

『お遍路でもお世話になったマイカーをピカピカにしよう♪』

と思い立ち、2時間かけて綺麗にしました…

なんか私のココロまでキレイ&スッキリし、

年末の大掃除が一つ片付きましたぁ~!



少し何か食べたいと思い、

冷蔵庫にあった、豚汁にうどん半玉を入れたものと、

コロッケを一つ頂きました。

なんかめちゃくちゃ美味しく感じました。

それからパソコンの前でカチカチお仕事



時間になったので、

お仕事&倫理法人会の会議に出るべく自宅を出ました。

駅まで歩いてますと、茶色に綺麗に舗装されていて感動しました(^^)



なんか、日々、感動です。。。

こんな当たり前の日々が、なんか輝いています。。。



『感謝されてナンボの世界・・・この人生という“遍路道”は』



「成功する」ことの定義は、

「どれだけ人よりも何かのモノ(お金や地位や名誉など)を得るか?」

・・・ではなくって、

「どれだけ人と自分自身を同時に幸せにするのか?」

つまり『大調和の境地』に全てを達することが出来るのか?・・・が

これからの時代の『成功の定義』だと思いました。



そんなことを、ふっ・・・と思いました。

生きていることに感動・感謝・泣けてくる。。。



「何でこの人(これ)がこんなんかな・・・?」



その人・もの・事象の真理を推測・・・

“先回りして”理解して、受け入れ、そして許す。



「何でこの人(これ)がこんなんなん?」って、

わからない・理解できないから、不安・苛立つ・許せなくなくなる。



わかる・見えると、理解できる・安心できる・・・許せる。

わかるために、人は人を知り、自然の原理原則(=真理)を知る

必要があろうかと思います。



こんな感じで、

なんとなく、お遍路で気付いたことを

地味~っに実践させていただいています


2012/12/25のBlog
[ 22:51 ] [ 遍路修行日記 ]
毎度で~す♪

遅くなりましたが、

お遍路報告をさせて頂きます



12月24日(月)クリスマスイブの朝8時。

志度駅前の民宿を出て、87番・長尾寺までの

7キロの幹線道路の道を南下して行きました。

北西の冷たい風が吹き、時折雪がぱらついて来ました…

正に『ホワイトクリスマス』(笑)。

白装束を来ている私と、ちょっとピッタリな情緒ある風景です。



そんなことを思った時、ふっ…と、

無性に嬉しくなって無性に泣けてきました…。



今生きているという喜び ~歓喜~



・・・を感じる種類はいくつか

(人に認められたり、結婚し子女を結実させる喜び等)

あろうかと思いますが、

その中に真理を知る『悟る』という歓喜があると思います。

その『悟り』の境地へ着実に進んでいる

という手応えを感じました。



この結願への最後の道は、

以上のような歓喜に満ちた道だと思いました。

今は極寒の道ではありますが、

何とも言えない満たされた世界があり、

これが古今東西の万人が夢見ていた

『極楽浄土』なのかも知れません。



苦難も苦悩もない、幸福だけに満たされた世界…。



‘ヒト’は進化の過程で『叡知(霊性)』を手にし、

‘人間’になった時、より進化するために

苦難苦悩(煩悩)を手にしたような感じがします。



苦難苦悩に打ちのめされつつ、

現世や来世に絶対的な幸福を渇望し、必死で努力し、

自分の努力ではどうしようも出来ない事は、

神仏に祈りを捧げて来ました。



平成26年で四国遍路道は

1200年になるそうですが、

そんな努力や祈りの積み重ねがこの道やこの国で、

1200年以上もあるからこそ、

今の私たちは、なんやかんやありつつも、

幸せに生きることが出来ています。

そもそも、ご先祖さまが昔、

戦や病気で全員死んでいたら今の私たちは全員存在していません。



そんな絶対的な事実・真理を心で的確に理解しますと、

より強く美しく徳のある人間に

ならなげればならないと強く感じます。

『報恩感謝』に応えたいと強い使命感にかられます。



…わざわざ四国や山奥に行かなくても、

日常生活の中でも‘行’を積むことは可能ですし、

本来はそちらがメインであるべきです。

山で修業ばかりしている凡人は、

ある意味『現実逃避』であり、

命・使命役割をまっとうしていません。



しかしながら日常生活は、あらゆる量質を持った

『煩悩』が充満しており、

なかなか‘行’そのものに専念出来ません。



ですので、真理を悟り己を律する行は、

人里離れた聖域でするのが大変効率的だと思いました。

だから今後も私は合間合間で田舎に行をしに行きたいと思います。



人間の煩悩に底がないのと同じで、

人間の真理を悟り実践する行にも頂点がなく、

これを『宇宙』と言うんやと思います。



今後も身体的な命が亡くなるその日まで、

楽しく精一杯行に励んで参りたいと思います。
11時。長尾寺をお参りし、

最後のお寺である88番・大窪寺へ。

途中『お遍路交流サロン』というところがあり、

お遍路の歴史などの情報がたくさんありました。

その中でお遍路さんの主な3つの目的が書かれていました。



①追善供養
今は亡き人の冥福を願っての旅立ち

②予修供養
自ら生前あらかじめ死後の冥福を祈るための旅立ち

③「自分さがし」
リフレッシュのための遍歴



なるほどなぁ。。。☆

私は最初は③だったんですが、

やっているうちに、③→②→①に繋がって来たという感じです。



だんだんと歩いているうちに、

だんだんと『深化』していることに気付いてきました。

自身の『根っこ』(祖先)は表に見えませんが、

実は私の個性(魂のレベル自体や綺麗具合&汚れ具合)や

人生に直結しているものだと気付きました。

ですので、先祖供養(罪消しと徳の更なる積み重ね)を

行うことによって、自分自身の罪消しと徳積みになって、

ますます人生が摩訶不思議に好転して行くという仕組みです。



これは大変非科学的なことかも知れませんが、

自分を含め、いろんな人を3世代くらい観察しておりますと、

なんとなくその『原理原則(大自然の法則)』が見えてきます



<つづく>

[ 22:50 ] [ 遍路修行日記 ]
12時過ぎからサロンで民宿で頂いた

お弁当を食べていたのですが、

ここでまたまた計算ミスをしていたことが発覚っ!



このサロンから大窪寺までは8キロだと思ってたんですが、

そのルートはいったん標高740メートルまで登って

お寺がある450メートルまで下がる驚異的なルートであり、

じわじわ~と幹線道路沿いに登っていくルート

(本来・昔からの遍路道)は11キロもあるんです。



つまり、時間的に11キロの方を歩く方が早いんですが、

問題は、大窪寺から戻るバスがお寺発15時51分を

逃すともうバスがなく、帰れないということなんです(涙)。



12時半にサロンを出て、1時間4キロのペースで、

休憩しないで行ってもお参りする時間でギリギリになってしまします。

だから私は焦りました。。。



永遠と続くなだらかな上り坂は焦りや寒さも加わり、

辛いものとなりました。

まだ足や腰が痛いのは過去何度もあり、我慢きくんですが、

寒さで身体が冷えて、朝以降に食べたものが

胃であまり消化されていないということがはっきり判る程に、

胃腸から鈍いだるさを感じ、

今までの遍路行になかった‘汗’をかいていました。
突然、大窪寺まで後10キロのところで、

ふっ…と何かが『割り切れた』爽快な心境になりました。



『もう遍路はええや~。おなかいっぱい、満たされた、終了っ!!!』

って感じです(笑)。




この心境は、一回目のお遍路後、

88番から1番の霊山寺まで歩いてた時にふっと感じた、

インスピレーションと同じでした。
--------------------


・・・今から6年前、

29歳の最後に折りたたみの自転車で

一気にお遍路さんをした後、

その翌年の夏に、88番・大窪寺から、

1番・霊山寺まで歩こうと思いつきました。



ところが、その直前に、ある方から、

「本来のお遍路のルール(弘法大師の足跡を辿る旅)は、

88番終わって、そのまま高野山に行くのであって、

1番に戻って、最後にまた納経をするのは、

1番の霊山寺が(自身の納経代300円を得るために)

勝手に言い始めたものである」と教えて頂いたんです。



私は納経帳を1番で買ったのですが、

実はそこで売っている納経帳だけは、

「最初に回り始めた場所にもう一回回った時の為の納経欄」

というものが存在しています。

殆どの方が1番から始められるので、

多くの方は1番に2回納経されに来る訳です。



年間お遍路さんが納経代としてお寺に支払うお金は

なんと☆総額5000万円なんだそうです(驚)☆

丸亀市倫理法人会でお会いした、松岡さんが教えて下さりました。



ですので、1番のお寺は、その金額以上の

納経代が集まるということです。

(しかも宗教法人なんで、税金ゼロです)

いやはや。。。これだけ取っても、お寺ビジネスって、

結構儲かる・・・黒い部分があるなーって思いましたし、

真剣に88番から1番戻っておられる方もおられ、

ウソがだんだんマコトになって来ているようです。。。



だけど、30歳の夏に88番から1番まで40キロ弱を

歩こうと思ったんです。

歩いていますと、『遍路の風』がないことに気付きました。



『遍路の風』とは、お遍路さんがずっと歩いてきた

『風』(気)のことです。

『霊場』と呼ばれるだけあり、霊気が漂っているのが遍路道です。



そこを歩いていた先人たちの想い・念・霊気が

今もその道に、なんとなく香りのように、残っているんです。

その“気”がないと、私は感じました。



その瞬間、

「ああ、私の場合、この88から1までの道は

歩く必要性がない」と悟りました。



そこから、歩くのが急に嫌になりました。

「バスかタクシーに乗ってさっさと帰ろう」と思いました。


--------------------



・・・そのような30歳夏のエピソードと

同じ悟り・気付きを感じました。



その30歳の時は、その気付きを得た約10分後に、

私の前に乗用車が止まりました。

「もしよかったら乗って行きませんか?」と

助手席のおばさまがおっしゃってくださりました。

運転席にはだんなさんがおられました。



私は『渡りに船』状態で、

乗せていただくことにして、

お遍路の話を、大阪人らしく、面白おかしくお話させて頂き、

2番の宿坊まで一気に送って下さりました!



お別れする時、おばさんが「何かトラブルとかあったら、

連絡してきてね」とお名刺を頂きました。

おかげさまで無事何事もなく終わり、大阪に帰った後、

そのおばさんにお礼として、私の一回目のお遍路の体験記の冊子を

贈らせて頂きました。



するとすぐに大きな箱に入った「鳴門金時」が

おばさんからごっそり贈られて来たので、

慌てておばさんにお礼の電話をさせて頂きました。

するとおばさま曰く・・・



「お礼を言いたいのは私の方なのよ・・・

実は、あなたと会う少し後ろの交差点で、半年前

息子が交通事故で亡くなって、

その現場に始めて行ったのですが、

そこで動揺し眩暈がしてパニックになっているところに

あなたと出会ったの。

あなたのおかげで、気がまぎれてよかったんです」



・・・え!?って感じでした。

そんな深刻に見えなかったんですが。。。

その息子さん、きっと私と同じくらいの歳だったと思います。

ほんと、“逆縁”ほど辛い行はないのかも知れないな・・・と

思ったのと同時に、

人間はいつ命が終わるかは分からない。

だから命を大切にして、一日一秒を大切に生きないと

いけないなって痛感いたしました。


-------------------


(右写真は乗せて頂いた軽自動車のお見送り写真。

かなり遠くですが、ちゃんと写っています)



・・・以上のような30歳夏の遍路の

思い出を思い出しながら

35歳冬の私は、腹痛も抱えながら、

黙々と歩いていました。



すると前に一台の軽自動車が止まっていて、

女性の方が車から出て、少し先まで歩いてまた車に乗り

運転席の男性の方と会話していました。

「こんな何も無い山道で、不思議な行動をしている方々やな」って

思っていますと、女性の方が私に・・・



「あ。お遍路さん!もしよろしかったら、乗っていきませんか?

丁度、大窪寺の側まで行くんです!」っておっしゃりました。



・・・え!?



ずいぶん、“前置き”が長くなりましたが(笑)、

30歳の夏と、全く同じ状況に仰天しました☆☆☆☆☆

「もう歩かなくていい」と悟った瞬間、

こんなことって起こるんですね!!

(そのお二人は、道路が凍結していないか確認していたそうです)



ちょっとためらいつつも、

全然あやしくない50代の方々でしたので、

早速乗らせて頂き、一気に10キロ、大窪寺まで行きました。

車だとあっという間に20分くらいで着きました。。。

ほんと、こんな時ほど、車に対する感謝の念が

深まることはございません。。。



おばさんの方は最近車でお遍路さんを回りはじめられたそうで、

おじさんの方は、なんと☆先達さん顔負けの

『最強のお遍路さん』でした!!



聞きますと、托鉢&野宿しながら1番から歩いて回り、

88番まで行って、1番まで戻り、

そこで終わりかと思いきや、

今度は88番まで行って、そこから今度は『逆打ち』で歩いて

1番まで戻って来る・・・という全日程60~90日の

桁違いの遍路行を何回もされたご経験のある方でした(驚)☆



他にも四国各地・全国各地にある

ありとあらゆる遍路行を体験されており、

「この方は遍路をするために生まれて来た」という

後光の差しまくったお方でした。

こんな凄い“大先達”さんに、最後の最後に出会えて、

私は本当に嬉しかったです。



その方は、こんなことをおっしゃってはりました。

「両方高知県だったけど、僕は、お大師さん(弘法大師)を2回、見たことあるよ。

今、高野山におられても、今でも四国も回られているようですね」



遍路道で出会う、スゴイ系(スピリチュアル系)のお遍路さんの方々から

「お大師さんを見た」とか「お大師さんは今も回っておられ、

そのお姿を見れたらとってもいいんですよ」って

教えて頂いたことがあります。



このおじさんは、さすが2回も見られただけあって、

心眼力・第三の目は最強のようです。

私だったら、お大師さんが側にいても見えません(笑)。



最後、お別れする直前に、おじさんが私に

以下のようなことを言われました。



「“善”の行いをすれば、必ず“善”が還ってくる。



現代でも托鉢をする人はいて、

その中には『よくない(行いをする)人』もいます。

その見極めはとっても難しくなっています。



だけど、ちゃんと見極めて、『よくない人』には

金銭をあげないようにしなければなりません。

(後、その人の為にあえて苦言を申す必要もあるかも知れません)



それはあなた自身のためであり、

そしてその『よくない人』のためでもあります。



金銭をあえてあげないことによって

『よくない人』を正さなければなりません。



仏教にも『天罰』のようなものがあり

(神教の世界と違い、露骨にはないそうですが)

いろんな悪い出来事が起こって来ますが、

自らの悪い行いによってそれが引き起こされていると気付き、

自らの言動を変えなければ、永久に悪い出来事(縁)から開放されない。

つまり“悪”を行えば、“悪”しか還ってきません。



だから、これからもずっと

『“善”の行いをすれば、必ず“善”が還ってくる』

を忘れないで生きていってください。」



私はこの遍路道で、お大師さんを見たことはありませんが、

このお方がお大師さんに見えました。。。

最後の最後に、本当にもの凄い出会いをさせて頂きました



<つづく>


[ 22:50 ] [ 遍路修行日記 ]
88番・大窪寺は標高450メートルの山の中腹にあり、

とにかく寒かったです。

万感の思いで到着しましたが、とにかく寒く、

“魂と身体が少しずれた感覚”がありました。



参拝後、近くのお土産屋さんで、お土産を買って、

「ぜんざい」を食べながら

バスが来る15時51分まで待っていたんですが、

そのお店は奥の扉が開いていて、ストーブの前にいても

冷風が吹いてきました。



とうとう、ぜんざいを殆ど食べれないどころか、

胃がムカムカしてきて、気分が悪くなり、

トイレに駆け込む始末。。。(涙)。

胃のものを全部出しましたら、かなりスッキリしたのですが、

お酒&食べ物の食べすぎでこんなんなったのは

過去数回ありますが、寒さでこうなったのははじめてです。



やっとの思いで来たバスは、そこそこのあったかさで、

『寒さ地獄』から開放された喜びにひたりつつ、

JR志度駅までの一時間、ひたすら爆睡状態。。。



JR志度駅に着くと、電車が30分来なくて、

吹きさらしの待合室しかないです・・・と駅員さんに言われ、

途方にくれつつ、駅の下におりますと、観光案内所があり、

その中にいた、これまた車お遍路体験アリのおねえさんと

ワイワイ楽しく25分間おしゃべりして、

何とかしのぎました(笑)。



高松駅経由でJR坂出駅まで戻ってくると、

綺麗なイルミネーションがありました。

そうやった、今日はクリスマスイブやった。。。



大窪寺で「お接待」として頂いた

サンタクロースのお菓子もあったしなぁ・・・。

一人、そこで『メリークリスマス』。

ああ、寒いし、しんどいし、一人やし。。。

さみし~っ!って思いつつも、

なぜか芯はあったかく、満たされている感じ。



1232キロ、歩き切ったという揺ぎ無い自信。

これから、どんなことが起こっても

真正面から喜んで受けきるという人生への覚悟、

そして信念の確立が、この四国遍路行によって

確実に深化と進化が成されたという自信。



来年こそ、ステキな旦那さんとこのクリスマスを過ごすことにして、

(毎年言ってますが・笑)

今年は、こんなクリスマスって、ある意味、

最高やなぁ・・・ってかみしめていました。

人生最期の日、人生を振り返ってみたときに、

この2012年のクリスマスイブのことも

思い出すやろーなー。。。



坂出駅から、車を置いているホテルまで送迎バスがあり、

ホテルに着いたのは19時。

そこからお遍路スタイルから普段着に着替えました。

なんだか、寒気がしてきたので、

屋上にあった展望風呂に入りにいきました。

そのお風呂のお湯はかなり熱く感じました。

とにかく早く暖まりたかったんです。



お風呂から上がると、猛烈な眩暈がしました。

やばい、立てない。。。

誰もいない女風呂で横になって寝ていました。

全身が猛烈に熱く、手足の先がしびれてきました。



「私、ここで死ぬかも?」って少しよぎりましたが、

「お大師さんのご利益を頂いたはずやのに・・・

これからが私の人生の本番やのに、ここで死ねないヮ☆

まずは、しばらくは寝ていて、少しましになったら起きよう」と

10分くらい寝ていて、ましになったので、

最小限の服だけ着て(全部着る気力がなかったんです)

頭を上に上げないで・・・腰が90度に曲がっている

おばあちゃんのようにしながら、部屋に戻って横になりました。



しばらくベッドで横になっていますと、

大学生の時、献血した後眩暈して、大阪環状線で倒れ、

天王寺駅にいた看護士さんにお水とシュークリーム(甘いもの)を

頂いたことを思い出し、

あっちこっちで『お接待』として頂いたお菓子やおみかん、

そして水をガブガブ飲み、これでかなり落ち着きました。



が、今度は猛烈な寒気が襲ってきて、

コート着ながら寝ても寒くて仕方がない。

途中寒くて何度も起きました。



私は就寝中はエアコンはつけない主義なんですが、

あまりにも寒く感じたので、エアコンをガンガンかけて寝たのですが、

今度は熱くて何度も起き、その都度お水を飲みました。



この時ほど、伴侶が欲しいと思ったことはありません(笑)。

今は両親と一緒に暮らし、風邪ひいたら両親が面倒見てくれますが、

両親が死んでしまうと、このまま行けば私は一人です。

伴侶や子供がいればいいなぁーって、この時始めて痛感しました。

(普段は何でも自由に自分でこなせるので、必要性ゼロです)



ほんと、普段健康で、何にも考えずに、服を着たり、

ご飯を食べたり・・・体調不良になると、

何一つまともに出来ない自分がいるねんなぁ・・・って

ひしひしと感じました。

下手すれば、ホテルの部屋で孤独死でした。。。



カラダ的に丁度いい温度になったのが4時過ぎだったかと思います。

翌朝は、仕事関連の用事で高松寄って、

もっと寒い高野山に行くのに・・・ここで風邪とか眩暈とか

ヤバイやろ・・・私は何が何でも治すぞ!!

という意気込みで寝ることにしました。



ま、こんな理由で昨晩は、

お遍路日記を更新出来ませんでしたぁ~(ー人ー)☆



<つづく>


[ 22:36 ] [ 遍路修行日記 ]
翌朝・12月25日、8時起床。

食欲はあまりなかったんですが、

眩暈も熱も寒気もなく、軽い朝食をとって、

坂出のホテルを出ました。



高松道・板野インターを出ますと、ふっと

「そういえば、ここは1番・霊山寺が近かった!」と思いつき

数キロ離れたお寺にお参りに行きました。

一昨年の4月。私はここから歩きお遍路行を始めたんですよね。

ちょっとしんみりしつつも、

やっぱり寒かったので、そさくさと車に戻って行きました。



お寺の入口に、行きしなは立っていなかった

徳島大学の学生さんという3人のカワイイ女の子が

「すいません~、お尋ねします!」と

声をかけてきてくれました。



大学のゼミか課題で、お遍路さんに聞き取り調査をしているそうです。

お遍路する理由や、お経を唱えている時、どんな心境?とか

あれこれ聞かれました。



どんな理由であれ、若い人たちが、

お遍路について研究するということは

とっても素晴らしいことだと思います。

そして、より広く、四国遍路のよさを日本に世界に

広めて頂きたいです。



そういえば、霊山寺に、白人のお遍路さんがおられました。

これから回り始められるようで、真新しい白装束や杖を

持っておられました♪



午後12時40分。徳島港に着き、

13時半発のフェリーで和歌山港へ。

「そこから一気に、高野山や~!」って

テンションが上がってきました。



15時半、定刻どおりに和歌山港に着いた所で、

2つ問題が発覚しました



一つは、あるお客様から電話がかかって来て

「まだ印刷物が届いていないんですが・・・」というもの。

年末の荷物の流通量が多いために起こっている問題かと。

(もちろん、原稿完成がギリギリにずれ込んでしまったという問題もあり)

さいあく明日、私が中継所までマイカーで取りに行かなければならない状況に。。。



そして、和歌山市内の大渋滞です

年末の慌しい時期(5トビやし)で渋滞が起こっていて、

なかなか前に進まず、どんどん日が暮れてきます。。。



実は私が予約していた高野山の宿は、

高野山より遥か山奥のある神社の宿坊なので、

日暮れの前に行けない確立が100%になりました(涙)。



で、その宿坊に電話しますと、おばさん曰く・・・

「日暮れでなくても、今の雪の積もり具合だったら、

登れない急な坂があるんですよ~・・・」という

チョー恐ろしいお言葉が返ってました。



そして何と言っても、23日頃からの体調不良で

胃の調子が思わしくなく、今日のお昼ごはんも食べる気がしなくって

ずっと胃がむかむかしていたので、

私はこれぞ『断腸の想い』で、高野山に行くことを

ここで断念しました。



ほんと、今年中に高野山までお参りを済ませたかったのですが、

これだけ行けない状況が重なれば

なにかの「御知らせ」かも知れないな・・・とも思いましたので、

お宿の方には謝罪しまくりまして、断念しました。



高野山とその神社の宿坊には、

来年の私の3回目の年女の誕生日・3月14日あたりに

行こうと決意いたしました



断念した後、「阪和自動車道」の和歌山インターが見え、

そして大阪にマイカーを走らせ、無事自宅に戻りました。



ほんと、想定外のトラブル、自分の思い込みによるトラブルも含め、

いろんな喜怒哀楽な出来事がありました

最後のこの四国歩き遍路旅。。。

一言では語りつくせない程の苦労、そして感動がありました。

まだ語りつくしていないこともありますので、

詳細は後日としまして、今回の報告はこれまでとさせて頂きます。



本当に、本当に、、、四国のみなさま

そして全てのみなさまに感謝、感謝です!



ありがとうございました。


2012/12/24のBlog
24日午後1時半、無事に

88番・大窪寺に着きました



わけあって、詳細報告は明日にでも。。。

とりいそぎ、ご報告までっ
2012/12/23のBlog
23日(日)夜。

86番・志度寺近くの民宿にいます。

古い民宿でエアコンをMAXにしても

隙間風が入ってきて、なんだか寒いので、

今日はコート着て寝なければならないほど、

なんだかかなり寒いです



だけど、そんなかんだ言っても、明日で歩き遍路行は終わります。

うれしいような、さみしいような・・・

ふくざつな心境です。。。



やっと終わる苦難の行、その反面、

これほど歓喜を味わえる行もなかなかありませんので。。。



さて、今日の報告です。



23日(日)、天皇の誕生日。

朝食を取りながら天皇陛下のお姿をテレビで拝見し、

朝7時半。また歩き出しました。

高松の旧市街地の川沿いを歩いてますと、

ウォーキングしていたおばさんに前から声をかけられ、

『お接待です。これでジュースでも買って下さい』と150円頂きました。



更に、国道11号線に出る道を地図片手に考えてましたら、

ジョギング中のおねえさんに『どこかお探しですか?』と

わざわざ足を止めて下さりました。



わざわざ足を止めて、見ず知らずの人(お遍路さん)の為に

時間や何かを与えられる人とは、

この遍路道でたくさんお会いしましたが、

例外無く100%、後光のさす美しい方々でした。感涙です。。。



ちまたには『接待』という言葉があります。



例えば私が建築屋さんだとして、

地元の政治家を『接待』し、どっかの道路や橋を作る時の入札で

便意を図って欲しいと、あれこれご馳走したりあげたりします。



一見同じような『お接待』と『接待』ですが、

典型的に違うのは、『お接待』は相手のことだけを想い、

相手の幸せのためにひたすら尽くす‘徳積み’の行です。

それに対して『接待』とは、相手ではなく自己中心的傾向にあり、

自分の‘得積み’のためにやっている行です。



‘徳’と‘得’の相関関係もこの遍路行でぼやーっと見えて来ました。



私自身の経験、身の回りの方々や四国で出会う方々をたくさん観察し、

分析した結果、‘得’は追っかければ追っかける程逃げて、

‘徳’を追っかける程、‘得’として返って来るという

『大自然の法則』が見えて来ました。

これはいつ誰がやっても同じです。



‘得’を追い求め、我欲のままに人の幸せまで奪う強欲な人は、

自己努力により、ある程度の金持ちとか名誉を手にすることは可能のようです。

問題はその『継続性』です。

得を追い求める程、徳とは反対に‘罪’を積んで行きます。

罪がある程度積み上がりますと、

一気に『苦難』と化けてその人に襲い掛かります。

その苦難の量と質、起こるタイミングは絶妙で、

人間業を越えた『天の采配』の的確さに、深い恐怖と感動と覚えます。



そんな恐ろしい…あまり味わいたくない『苦難』と『幸福』にも、

相関関係があるようです。



『苦難福門の話』~苦難は幸福へ至る狭き門~

そんなことを、倫理法人会でも勉強しています。



過去何度かこのブログで書かせて頂いていますが、

人間として生まれて来る限り、いいところわるいところ両面を持って

生まれてきます。



いいところは『徳』で、わるいところは『罪』です。

罪は仏教用語で「煩悩」(わがままなどの自己中心的なマイナス的思考や言動)

によって引き起こされます。



罪を直そうと天が人間に与えた試練は『苦難』です。

苦難は恐れ忌み嫌うものではなくて、

その真理は、その人の間違った心のあり方ややり方(言動)を

直すための「信号(サイン)」として現れます。



そのサインに気付かなかったり、

「めんどくさい」とか「逃げたい」とかいって

心のあり方ややり方を変えずにいると、

自己成長・進化できないばかりか、どんどん罪が増して、

どんどん罪が重くなってしまいます。



例えば、歯がちょっと痛い・・・って思っていても、

歯医者に行くのがめんどくさいからと放置し続けていたら、

とんでもなく痛くなってから歯医者に行くと、

歯を抜くばかりか、歯周病が酷くなって、どうしようもなくなった・・・

という感じでしょうか?

身体の病気も心の病気(間違った心のあり方)も

早期発見&対処は非常に重要です。



自らのあり方・やり方が間違っていますと「黄色信号」として

苦難がやってきます。

その苦難を真正面から受け、喜んで対処していると

自らのあり方・やり方が正しい方向に向いてきます。

そうすると、苦難は去って新たな進歩を手にし、

そして幸福がやって来る・・・ということも、また「自然の法則」であります。



お遍路さんをしていますと、

その自然の法則が、特によく見えます。



だけど、その『罪』や煩悩、苦難があるからこそ、

人生の感動もより深まって行きます。



人生、幸せなこと、徳なことばかりでは、

その幸福な安泰な状態が「当たり前」になって、

何にも面白くないと思います。



つまり、嬉しいこと、幸せなことは、

その真逆にある、悲しいこと、辛いことがあるからこそ、

感じられる幸福感なんですよね。



だから、喜怒哀楽全部ひっくるめて「これがよい」「一切が善」なんですよね。



こんな考え方は、「プラス思考の考え方」という表面上のものではなく、

『真理』であります。

この真理を知らずに、あれこれ不平不満・不足不満を言って、

苦難を嫌い、逃げたり嫌がったり誰か・何かに責任転換してますと

永遠に「幸福感」を得ることが出来ません。



例え、殆どは相手がわるいことであっても、

100%相手がわるいということはありません。

残り数パーセントの己自身のわるかったところだけを見て、

反省し、自己を更に変えて進化させていく・・・。



相手のわるいところ(罪)は、

天の采配で、自分が手を下さなくっても、

勝手に罪が落雷のようにその人に落ちるので、

ほっておけばいいんです



源平の戦いの中に『屋島の戦い』があります。

今晩、NHKの大河ドラマ『平清盛』が終わりましたが、

その『屋島の戦い(1185年)』の舞台になった、

屋島と志度を今日、歩きました。



高松市街から12キロ、山の上にある

84番・屋島寺をお参りさせて頂きました。



この山は、一回目のお遍路さんの時から、

なんとなーくですが、ほんの少し、よろしくない“気”を感じます。



人間の“怨念”とはこの世において最も強い念

なのかも知れません。

その場所でも私たちの想像を絶する

血みどろの争いがあったかと推測されます。



平家滅亡から800年以上経った今でも、

その“念”は、その土地や風土に染み付いているのかも知れませんね。。。



私は『平家物語』の冒頭部分・・・



祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり

沙羅双樹の花の色

盛者必衰の理をあらわす

おごれる人も久しからず

ただ春の世の夢のごとし

たけき者も遂には滅びぬ

偏に風の前の塵に同じ



・・・がとっても好きで、手帳の最初のページに貼っています。



平家は源氏によって滅ぼされましたが、

源氏もまた滅び、足利氏も滅び、戦国時代になり・・・

とまぁーこんな感じで、昔から人は争い人を殺し合って来ました。



永久に対立していたらいつか必ず滅ぶんですよね。

諸行無常・・・平家物語状態です(笑)。



現代社会でも未だにあっちこちで源平合戦を繰り返しています。

祇園精舎の鐘が今もこの世で響いています。



人の命を奪わないまでしなくても、

人の文句を言ったりするのも、命を傷つけることになります。

攻(責)め心ではなく、相手のことを思った上での説法的なニュアンスで

あれこれと言って差し上げるのであれば、いいかも知れませんね。



84番・屋島寺をお参りし終えて、そこにあった「宝物館」で

源平合戦の遺品とかを見て、ますます諸行無常を

心に刻み付けて山を下りました。



この平家物語の「諸行無常観」をしっかり把握した上で、

この娑婆の世界で「源平合戦」に参加すると、

真理を外すことなく、“深み”にはまることはないかと思います。

常に、山の上から娑婆の世界にいる冷静且つ客観的な

自分自身をちゃんと見ていれば、道に迷うこともないかと思います。

そんな『超客観的視点』を体得出来たのも、

このお遍路行のおかげでございます。



屋島寺の下り道に、大変保存状態のいい

お地蔵さんがありました。



「享保十四年(1729)」と書かれています。



お地蔵さんには「●丁」と書かれてあり、

(※1丁は約109メートル)

あと何丁で次のお寺に着くか?教えてくれる便利なツールであり、

そして私たちお遍路さんの旅の安全の祈願という

精神的なツール・・・両方を兼ねています。



どんな意図でこのお地蔵さんが誰の手によって作られたのかは

分かりませんが、その人がこの世を去った後もずーっと

250年以上もの間、お遍路さんの安全を見守っているという

“慈愛の心”が、そのお地蔵さんから感じます。



戦後の開発で、この手のお地蔵さんはどんどんなくなったようですが、

今でも多くのお地蔵さんが、静かに私たちお遍路さんの

安全を祈り続けています。ほんと、現在過去未来・・・

いろんな人に感謝、感涙です。。。



85番・八栗寺手前3キロのところで正午になったので、

スーパーで買ったお弁当を食べることにしました。

が、どんどん寒波到来で、風が吹いてきて寒くなってきました。



住宅地にはベンチとはなくって、

池のほとりで食べることにしました。



冬のお遍路行では必ず一回は極寒の空の下で

ご飯を食べる行があります。

ほんと、髪の毛を食べながら・・・鼻水たらしながら・・・

手はかじかむし・・・めちゃくちゃみすぼらしい姿。。。



だけど、こんな過酷な状況になっても「感謝」で感涙です。

「ああ、普段あったかい場所であったかいものが食べれて

有難いなぁ~・・・」って、ひしひしと実感する訳です。



いつもあったかい場所であったかいモノを食べたり、

『お接待』受けていたら感動しない…有難いとも思わない。

つまり『当たり前』で『幸福感が味わえない』の状態。

だから普段はある種・広い意味での『苦難』の状態。



『苦難』というものがあるからこそ、それから逃れられた時や、

乗り越えられた時の感動歓喜・有難さを実感し、

そして初めて『幸福感』を味わうことが出来る。

この『幸福感』の質の高さと量の多さが

人生の幸福や価値を決めるのではないでしょうか。



ですので、人生をより価値&幸福あるものにする為には

まず『感謝する能力(感謝力)』を研ぎ澄まさなけれはならないと思います。



感謝することは、幸福を掴む為の最初のステップで

幸福を陰で支える基底にあるもののようです。



感謝力を研ぎ澄ます最も手っ取り早い方法は、

昨年11月に会いに行った、インドネシア・バリ島の

日本人大富豪の愛称『アニキ』が…

『それは死にかけることや』とおっしゃってました。



つまり、‘命’というこれが無かったら絶対に生きて行けないものを、

死にかけることによって、その有り難さに気付き、

感謝出来るんだそうです。

命があるからこそ、今私たちは生きていけるんです。

だから幸せも苦難もみんな

『生きてるからこそ実感出来る有難い存在』なんですよね





極寒の昼食の後、1キロ先に

八栗寺行きのケーブルカー乗り場があり、

私は歩きお遍路さんなんで、

横道から山を登り始めました。

すると、真新しいお接待処「仁庵(じんあん)」があり、

入ってみることにしました。



ここは榊原さんというおばさまが、6年前から初められた場所で、

数年前にNHKも取材に来られたり、

カナダの日本のお遍路を紹介する雑誌の取材も来られたそうです。



そのおばさんは、この場所の運営を「遊び」だと

断言され、満面の笑みで答えられました。

無料で、ケーキやお菓子、お茶、干し柿・・・どんどん出てきます!

ガンガン☆石油ファンヒーターがかかっていて、

極寒の気候から一気に春の陽気状態で、

めっちゃ救われました!!



榊原さんは「遊び」だと言ってはりましたが、

おばさんの遊びは自分だけでなく、お遍路さんやご近所の方

みんなが幸せになる遊びなんですよね。

だからますますステキな物心両面が集まってくる。



私も遊ぶなら、こんな感じで自分以外の方々も

喜んで頂ける遊びに徹したい!そう強く思いました



85番・八栗寺お参りから、6キロ先に

86番・志度寺があります。

旧街道筋沿いに志度湾が見えてきました



志度駅近くに「平賀源内 旧邸」と書かれた家があり

入ってみることにしました。

先ほどの「仁庵」とかもそうですが、

時間・計画にゆとりがあるからこそ、遍路沿いで

「寄り道」が可能になります。



お遍路行はあくまでメインですが、

と同時に、四国の素晴らしい風土、歴史、文化、そして人を

マンキツして自身の糧にしたい!という気持ちで

今回はこんな感じで、かなり時間にゆとりを持たせています。

また、「最後の遍路旅」ということなんで、

ゆっくり味わいたいし、『慣れ』もあって、

こんな旅をさせて頂いています



平賀源内の旧邸と、志度寺側にあった

記念館に行ってみましたぁ~



私は、平賀源内(1728~1780)のことを

恥ずかしながら私は知らなかったんですが、

江戸中期の『天才アイデアマン』で、

文士であり、博物学者であり、エンジニアであり

画家でもあったりして、多彩な方だったそうです!



平賀源内の生涯を知れば知るほど面白い。。。



「これだー!」と思いついたものを

一般民衆から藩主まで巻き込みまくって、

どんどんと発明・創作、そして普及しまくって行かれました。



江戸時代って、私たちが想像する以上に

人の行き来が活発で、平賀源内のような

好奇心旺盛でエネルギッシュな方々が

江戸時代(日本文化)をより進化・深化させて行ったんだと思います。



次、歩きお遍路する時は、絶対に今回のお遍路みたいに

時間に余裕を持って回ることにします。

こんな感じで想定外のステキな場所、人、環境・・・

いろんなものに出会えるからです。

今までのお遍路で「時間がないので、これで失礼します」って

去ってしまったことって、結構あるんですよね。



これって、日常でもそうなんです。



だから、大阪に帰ってももっと時間と心にゆとりを持って、

より私の見聞や人生自体を多方面から進化・深化させたいと思います。





そんな感じで、16時半。

無事86番・志度寺をお参りし、

今、その近くの民宿に泊まっています。



どんどん風が強くなって来て、

建物のあっちこっちが激しい音がなっています。



明日、7キロ離れた87番・長尾寺を打ち、

そして標高450メートルにある、結願寺である

88番・大窪寺に向かいます。

雪降っていて・・・ホワイトクリスマス(イブ)かも知れません(笑)。



泣いても笑っても、第一回目の歩き遍路行は

明日で終わりです。

どんな天気であっても喜んで受け切って参りたいと思いま~す



2012/12/22のBlog
毎度です~

ボチボチ☆フラフラながらも無事、

高松市街・栗林公園側のビジネスホテルに

無事着きましたぁ~



ホテルの高速インターネット回線経由で

一気にこれまでの遍路行のご報告を

させて頂きま~す



21日(木)朝8時過ぎ、

丸亀駅から歩き出しました。

しばらくすると、お客様からお電話かかってきて、

急遽送って欲しいデータがあると言われたので、

坂出駅側の喫茶店に入りました。



その喫茶店の中も、外の風景も

年末の慌しい風景、一色でした。



せわしない年末の日常風景。。。

お遍路さんの私にとっては新鮮な非日常風景なんで、

冷静に客観的に見ることが出来ます。

こんな『訓練(心眼・第三の目の錬磨)』を繰り返していると、

日常生活でもそのような見方が出来てきます。



「物事をありのままに見る」



つまり、①正しい情報を入手し、②正しく脳内で処理し、

③正しい言動を実践する。

この三段階を適正且つスピーディーに行わないと、

後でいろいろ問題が発生するので、

この心眼の練磨は人間にとって非常に重要だと思います。



喫茶店の中に入ると、

おばさん4人が、ワイワイお話しされていました。



殆どが自身や他人の病気や、心配事、そして文句などの

マイナスの会話でした



なるほど・・・4人とも、不足不満っ面しており、

そんな“気”をバンバン出していました(笑)。



“気”というものは、面白いもので、

目に見えない心から発しられているもの(波長?)だと

私は思っています。

つまり、なんとなく、その対象物の心が見えてくるということです。



歩き遍路行のおかげで、この『気を読む』という

感性(第一感)の練磨がある程度出来た感じで、

人や物、環境の気を読むことにより、

上記の「①正しい情報を入手する」ことが出来るようになってきました。



ただ、心身の健康状態がおもわしくない時や、

読みたいと思わない時は、絶対に読みません。

間違った読み方をしたりします(涙)。



・・・遍路の醍醐味の一つは、

人生で二度と出会えない方々の

日常生活に入ることが出来ることかと思います。



なにげない日常の…日本の田舎の

他愛のない人たちの生活のいち風景、

方言バリバリの会話に、

なぜか万感の思いがフツフツと湧き、

『日本っていいなー、日本人ってなんて

素敵なんやろーって』思います。



人の悪口言ってる先述のおばちゃんたちも

何だか面白く可愛いです。

どこに暮らしてる人もそれぞれの苦難あり、

幸せがあるんやなぁ…って思います



今回・・・最後のお遍路行は、

「歩き方」を変えてみました



そのきっかけ・理由です。



尊敬する倫理法人会の先輩が、今

カラダを柔らくする実践に夢中になっておられます。

先日お会いした時も、前屈運動をされてはりました(笑)。



ご自身から、その真意をまだ聞いていませんが、

きっと、カラダが柔らかいとココロも柔らかくなるからだと思います。

(違うかったら、すいません)



何故なら、カラダとココロは相関関係にあるからです。

どちらかがAの状態だと、もう片方もAの状態になって行くということです。

例えば、ココロでマイナスのことばかり考えていたら、

病気になる。。。という感じです。



ココロは見えないし、どこにあるのかさっぱり分かりませんが、

カラダは目に見えるし、科学的にどこをどうすれば、

柔らかくなるか?分かるようになっているから、

カラダからココロを柔らかくする方法は

かなり合理的で有効かと思われます。



ですので、私は

地面と対立して、たたきつけるような歩き方を捨てて、

地面と仲良く&やさしくなでるような感じ・・・

地面と同一するような感じで歩くようにしました。



結果的にやっぱり、そうすることによって、

足の痛みが殆どなく、ますます楽しく一日を

歩き切ることが出来ました!



自身の足をいたわり、地面をいたわり、そして感謝しながら歩く。。。

また新たな&ステキな気付きでした。



この『ココロを柔らかくする方法』は、今の遍路行の中で、

結構考え中で、もう少しで文書化出来そうなんで、

後日お知らせしたいと思います



80番・国分寺の側で、

地域住民と障がい者の方々が協働で開いた

お遍路さんの接待所(休憩所)がありました。

そこは、お食事&軽食屋さんにもなっていて、

小腹が空いた私は入っていきました。



栗ぜんざいを注文したのですが、

出てきたのは普通のお餅のみのぜんざいでしたが(笑)、

価格は200円とチョー安価!

そして何といっても、店内の雰囲気(気)が

最高によかったです



店内には日本の童謡がかかっていました。

更に作業所のみなさんや

次から次へ入ってくる人たちとの会話を聞いていたら・・・

つまり、みなさんの何気ない普通の日常生活の風景を

眺めているだけで、何だか涙腺が緩みました。



みんな、それぞれの場所で、それぞれの人生を

せいいっぱい歩んでいるんやな・・・。

人様がどうこう評価するもんじゃないよな、人生って。。。

そんな当たり前のこと、感じました。



だから私の人生も、もっと人様の評価がどうであろうと

信念を貫いて、我が人生を極めていこうと、ますます思いました。



そしてますます、日本人の多様性・・・素晴らしさを実感!

やっぱり日本は素晴らしい国や~っ



帰りしな、「お接待です」と

タオルとちょっとしたお菓子、

そしてお地蔵さんの形をした折り紙を頂きました。



お店を出た瞬間から、もう号泣です。。。

嬉しすぎです。





本当の幸せな人とは、『与えられる人』なんだと思いました。

得れば得る程、誰かがなくなり、

与えれば与えるほど誰かが増えて、

その人からは感謝が、

天からはその人がその時々に必要なものが与えられる。。。



人よりも苦難が多い人ほど、

『与えられる人の方が幸せ』という

真理に近づけるのではないでしょうか?



世の中って、あのような方々を“障害(がい)者”と呼んでいます。

だけど、所謂“健常者”よりも、

真理を知っているような気がしてなりません。

つまり、仏に近い存在だということです。



「人間がどうすれば、最高の幸せを手に入れることが出来るのか?」

そんなこともこの遍路行で考えていて、

だんだんと文書化出来ています。



喜んで与えられる人の心の根底にあるのは

『感謝』だと思います。

有難い・・・有るのが難しいとちゃんと分かっている。



きっと、健常者と違って、身体能力が劣っているからこそ、

能力が有るということに対する感謝や、

命あって生きていることの感謝の力が強いんだと思います。



だから、体力的にも精神的にもしんどい中、がんばっている

歩きお遍路をスナオに応援したい!と思い、

このような場所が生まれたんだと思いました。



「私はまだまだ感謝行が足らない」

そんなこと、感じました。

頂いた物の単価の問題ではなく、その物に込められている気持ち。

ほんと、ぐっと来た。



ここまで素直に強烈に真心込めて、

私は誰かに何かを与えられているのか?正直疑問。



「遍路行は、感謝行」

私はそんな側面が遍路に存在すると思っています。



お遍路行が終わった後、本当の感謝行のスタートする。

「ああお遍路、ゴールして終わった!」とそこで全てを終わせてしまえば

1232キロ歩いた意味が無くなる・・・。

そんなこと、実感いたしました。



21日夜は、国分寺駅近くの民宿に泊まりました。

お遍路さんは今、閑散期なんで

私しか泊まっていませんでした。

夕食は18時からで、そこのおじさんと

何と☆20時半までおしゃべりしていました(笑)。



お遍路中や、大阪で見聞きした情報を

おじさんに伝えまくっていました。

おじさんは定年退職した後、この民宿で働いているようで、

それからはあまり外に出ないそうなんで、

私の話をとても楽しく聴いてくださりました。



その旅館は、駅から少し離れていますので、

少しお客さんが少ないようです。

駅前の旅館は、お客さんが比較的多いので、

年末年始とかちょくちょく休むらしくって、

お遍路さんが国分寺駅界隈で泊まる時に、

全部の旅館が休業していたら、かわいそう!と

この旅館(せと旅館さん)は、年中無休なんだそうです(驚)☆



確かに、サラリーマンの方とかは、

年末年始の休みを使ってお遍路さんするので、

このような旅館は、めっちゃ有難い存在だと思います。

ほんと、このような方々支えあっての、お遍路さんです。。。

ほんと、感謝で感涙ものです。。。




そのおじさんとは、メインの会話として、

「地域ごとの人間の個性の違い」についてでした。

四国四県だけでも、かなり地域性が違うということが、

このお遍路を通して明確化しました。

(あるHPから、下記のような特性が書かれていました。

私が四国で見聞きした話しとかなり近いです)



四国では次のような小咄(こばなし)が伝わっています。

『もし、大金が入ったら、愛媛の人は老後に備えて物を買い、

香川の人は貯金し、徳島の人はそれを元手に商売を始め、

そして高知の人は飲んでしまう。』んだそうです(笑)。



この小咄では香川と徳島が入れ替わることもあるそうで、

決してステレオタイプ化すべきではないでしょうが、

言い得て妙の部分もありそうです。


【愛媛県人】
温暖で災害が少ない恵まれた気候なので変化を嫌い、
現状を良しとする保守王国。上昇志向は乏しくて、
そこそこ成功することを是とします。ゆとりある生活ができているため、
仕事よりも趣味に生きる傾向。のんきでも、
人の話をそこそこ聞いて突っ走るので、途中、分からなくなって立ち往生。
根が楽天的なので「まあ、いいかー」と突き進む。
これが「伊予の駆け出し」と言われています。

【高知県人】
四国山脈と太平洋で断絶された陸の孤島の地形なので、
独自の文化を育んだ独立王国的な風土。豪放磊落、天真爛漫、
反権力でリベラルな気風が強く、乱世に生きる風雲児的な部分がある。
平和な世の中では偏屈とか頑固と言われる部分も。
圧倒的に酒豪が多い。

【香川県人】
四国の政治、文化、産業の中心地的な存在で四国の玄関とも言われます。
交易地のため、人なつっこく社交的で協調性が高い
。器用で要領が良く、貯金好き。その一方で競争心や
しぶとさに欠けるため「讃岐の大将なし」といわれます。

【徳島県人】
古来、近畿地方との交易が盛んなので関西地方に
親近感を覚える関西大好きの県。長い商業の歴史からか、
抜け目がなく、堅実、勤勉。香川に負けず劣らず貯金好き。
阿波踊りを中心にして一年が回っている風土。
陽気で明るいイメージの一方、意外と地味で内向的。
しかも、とことん、マイペース。自分の意見はしっかり持ち
時々、協調性に欠ける。空気は読めながらもあえて読まない。



最後の方でおじさんがこう言いました。

「こうやって、いろんな県民性・地域性を知る・分析することによって、

だんだんと人を見る目が養われて来るよね。

その人がどうしてそんな性格になったのか?

それは、その人自身の個性だけでなく、

どんな環境で生まれ、育ったのか?その環境の風土歴史文化も

大いに関係してくるんだね~!」



そうか。。。



この遍路行では、日常生活では絶対に出会えない人、

環境・風土・歴史・文化に出会います。

つまり『見聞』が広がっているんです。

だから、人や物事を判断する基準がどんどん多くなり、

結果、物事を多方面から分析・判断することが出来、

物事を正確に判断する“精度”が上がってくる・・・そんな理屈のようです。



第一感を練磨するという、超右脳的な能力だけでなく、

上記のような左脳的要素も活性化するのがお遍路行のようです。

やっぱり、お遍路はすごい。。。





翌朝・22日(土)、一気に山登りっ☆

81番・白峰寺と82番・根香寺を目指しました。

雨が小ぶりになるのを待っていたのと、

ブログ更新で遅くなって、8時に民宿を出ました。



遍路中は、いろんなことが

次から次へと閃き、

閃いたことを全部、携帯メールにて文書化しています。

あまりにも夢中で文書化しているうちに、

右折せなアカン箇所をまっすぐ行ってしまい、

ちょっと大回りになってしまいましたが(涙)、

そのおかげで右写真のお食事処に貼られていた

「ホットみかんジュース(200円)」と出会い、

飲んでみましたぁ~



お味は、、、

こりゃー、やみつきになる勢いで

美味しい~~~~~っ



早速、持ち前の「なれなれしさ」で(笑)、

お店のおばちゃんに作り方を教えて頂きました!



①地元でとれた、美味しいミカンをミキサーにかける
②それを鍋で沸騰させる

以上っ!

めっちゃそのまんま・・・100%のオレンジジュースです。

元々のみかんが美味しいのか、それとも

一回沸騰させることによって、甘みと酸味が両方強調&濃縮され、

ビタミンCが究極に身体に入っていく喜びと、

熱いので、身体がすぐにあったかくなるという喜び2つを

同時に味わうことが可能なんです。



てっきり、香川ではそんな飲み方をするんかな?

と思いましたが、そのお店が去年から始め、

めっちゃ好評だったので、今年もこの時期だけ販売し、

そして町中に今、広がっているんやそうです。



そんなことなんで、みなさんがこの

「ホットみかんジュース」を知られたら、

この『白峰パークセンター』が発祥地だと認識しておきてくださいね(笑)。



81番・白峰寺→82番・根香寺までは

山の上の尾根づたいの道です。

ここには、お地蔵さんがいっぱいあります。



お地蔵さんにかけてある、赤いエプロンを見る度に

私は父方の祖母を思い、涙腺がゆるみます。。。



「お地蔵さんのエプロン」



父方の祖母が生前、村の仲間とバスお遍路さんしていた時…

多分2周目のバス遍路だと推測しますが、

遍路道にあるお地蔵さんの赤エプロンを何枚か、

洋裁が得意な私の母に作ってもらい、

持っていってエプロンがなかったり傷んでる

エプロンをつけたお地蔵さんに、付けてはったそうです…

そう私の母が言ってました。



おばあちゃんが2周目の遍路に行ったのは、

瀬戸大橋が開通した年。

正に四国お遍路さんと観光客が最も多かった時代です。

先日話を聞いた日本銀行高松支店の関根支店長から頂いた、

香川県の紙幣流通量の資料も、

その年が頂点で最も多く、後は減少の一途です。



私の手元には、かつておばあちゃんが大事に持っていた、

瀬戸大橋が開通した時の何かの記念の紙があります。

(叔父がまだ生きてた時、おばあちゃんが持っていた

掛け軸等のお遍路グッズを貰う約束をし、

亡くなってから私のもとにやって来ました)



おばあちゃんは私の父いわく

『村一番のええ人やったと村中で言われてた』と

未だに言ってはります(笑)。



バスでも車でも徒歩でも、お遍路さんの殆どは、

何かを『得る』為に行かれてます。

救済だったり健康だったりお金だったり…。

だけどおばあちゃんは、それもあったと思いますが、

何かを『与える(捨てる)』為にも行ってたんやと思います。



遍路道のお地蔵さんの何個かに新しいエプロンつけるなんて、

誰も見てないことでするし、

誰からも評価されないこと…些細過ぎることなんですが、

そんなことを喜んでしていたおばあちゃん。

だからこそ日頃から自然に、

身の回りの人や環境の為にあれこれ尽くしてはり結果、

村一番のいい人だったんかなーって推測しています。

普段八尾の老原村から出ることは、

八百屋の商いする時だけ(先祖代々農家だった大橋家の祖父が、

現金収入を得る為に開業した八百屋をやってました…

天神橋筋商店街でやってたそうです。祖母が亡くなり閉店)だったようです。

老原村の人たちや、八百屋さんに来るお客さんに、

いろいろなものを与えていたこと(=徳)が今になっても、

子供や孫の私たちに、いろんな‘得’を

与え続けてくれてるんなやーって今更ながら感じます。


例えば、今私が暮らす自宅の土地も、

祖母の判断で三男でる父に継承した土地。

長男次男三男と土地や資産を分けたのも、

祖父が亡くなった後の祖母です。



もしも祖父母が事業に失敗したり騙されたりして

一門無しになっていたら、今の私の自宅は無かったかも知れません。



こう思いますますと、祖父母以上のご先祖さまや

母方のご先祖さまの『功徳』を、今を生きる私たちは、

何とたくさん頂いて‘生かされて’いるんやろうか~!って気付く訳です。



そりゃー、徳だけでなく‘罪’も同時に頂いている訳ですが、

それは自分自身の‘行’を通して消罪をしていけばいい話しです。



罪や煩悩があるからこそ、それを消罪する過程

(怒涛の‘本気’の実践の中)に

『人間として生きる醍醐味』があるんやと思います



82番・根香寺を出たのが14時10分。

私はここで一つ、失敗したことに気付きました



次の83番・一宮寺まで12キロあるって

忘れていたんです。。。

てっきり6キロだと。。。

その「6キロ」とは、一宮寺から今泊まっている

栗林公園側のホテルまでの距離なんです。。。



お寺は17時で閉まってしまいます。

私の歩くスピードは、1時間に4キロです。

このままゆっくり寄り道しながらでは

絶対に間に合いません・・・ましてや道間違ったら

完全に終わりです




ってことで、下りの車道をジョギングすることにしました(笑)。

走るとしんどいので、ジョギングです☆

綺麗な風景なんて見ている時間はありませんっ!!



で、山道の下りになると、今度はもう一つ杖を調達し、

二刀流(?)で一気に山を下りました。



が、標高300メートルくらい下りて、後100メートルくらいでダウン。

ゆっくり歩き始めました。



海抜0メートルの町に着き、しばらく歩きますと

後8キロのところに、個人の方が作られた

綺麗な休憩所があり、中に入ってみますと、

機械に入ったお水や美味しい梅などたくさんあり、

これまた感涙。。。



そこに時計がありますと、時間は15時25分。

あんだけがんばって走ったのに、

まだギリギリ17時にお寺に着くかビミョーな状態っ



が、もうそんなにがんばれないので、

ペースを落とさないようにだけ気をつけて

コツコツ歩いていました。



5キロ手前まで来ると、川の上に

徒歩用のコンクリートの橋があり、

お遍路案内では、「ここを渡る」と書かれていたのですが、

おもいっきり工事中って感じで、

一部が壊れていました(涙)。

ソワソワしている時に、車に乗ったおばさんが

「その橋、修理してるけん、前にある大きな橋を渡って云々・・・」と言われた後、

「もしよかったら乗っていきませんか?通り道ですし。」と

おっしゃってくださりました。



私は歩きお遍路で、乗り物は乗らないというルールを決めて、

大阪からお遍路をはじめたのですが、

前の前の夏遍路の時、いろいろと思うことがあり・・・

「人様の善意をスナオに受ける実践をしよう」と思い、

次車に乗るようにお声がけ頂いたら、ヘンな人でない限り乗ろう!と

決めておりましたので、喜んで乗せて頂きました。



おかげさまでこれで一気に2,3キロ、近づき

お寺には16時25分に着きました。

そのおばさんは、やっぱり以前、マイカーで何度かお遍路さんされておられ、

「いつか歩いて回りたいんだけどねー」という考えの持ち主でした。

最近は近くのお寺の滝行に行かれているそうです。



にしましても、絶妙なそのおばさまとの出会い。。。

そのおばさまと天の采配に、ほんと、ほんと感謝です。。。



16時50分、83番・一宮寺を出て、

ひたすら高松駅・栗林公園方面へ北上していきました。

いよいよ日が暮れて暗くなると

やっぱり道に迷いました(昔の道はフクザツです・涙)。



だけど、「おかしいな」と直感した瞬間に

人に聞くようにしておりますので、

(自分の主観・思い込みを信じ込みすぎないことと、

第一感・直感を大事にする)

200メートルくらい間違ってすぐに戻り、正しい道に向かいました。



人生も、間違いがつきものですが、

間違ったと気付く感性と、気付いた後の的確な判断、

そしてスピードを持った行動が非常に重要だと思います。



こんな感じで、お遍路中でも、日常生活と同様の苦難が到来し、

その苦難のおかげで、自分自身のわるいクセを

どんどん調律しております。

(昔は、人になかなか聞けず、ずっと間違ってしまっていましたが・・・涙)



で、ホテル近くまで来るとお腹がすいて来ましたので、

18時過ぎに、『丸亀製麺』で日替わりセットをマンキツ☆


このチェーン店って、我ら八尾市にもあるんですが(笑)、

他にお店がなかったのと、

八尾のお店に行ったことが無いので、

一度体験しておこうか・・・と



さぬきうどんって、①安い! ②早く出てきて、早く食べれる!

③美味しい! 


って3つ揃っていますよね。

だから、こんなにあっちこっち広がっているんやと思います。

(八尾に帰ったら、ちょこちょこ行こうって思いました♪)



私のまわりの人たちや・・・見聞きしている情報によりますと、

①安い(価格性) ②スピーディー・即効性 ③高品質 

④独自性(商品自体やシステム)

この4つが揃っていて且つ、世の中の人たちに求められる

モノやサービスだと、確実に売れ、広がっています。



例えば、高品質で高い・・・安いけど、納期が遅い・・・

って『当たり前』なんですよね。感動がない。購買意欲が起こりにくい・

広がりにくい。



だいたいの日本のものづくりは、

①がない・・・つまり、値段が高い&そこそこということで、

②と③と④は達成されているということです。



そんなかんだで19時過ぎにホテルに着き、

そして今からもう寝ます。。。ZZZ



明日一日がんばって、

明後日はいよいよ、結願(けちがん)ですっ



[ 07:46 ] [ 遍路修行日記 ]
毎度です(^0^)☆

とりいそぎ、21日(金)の朝の

お遍路前の体験報告をさせて頂きます!



21日朝5時に坂出(瀬戸大橋のたもとの町です)

のホテルにお迎えに来てくださった松岡さんは、

お遍路グッズの総合製造メーカで、

以前、丸亀に行った時に、㈱マツオカさんを

見学させて頂きました♪


その時のブログ:
http://www.voluntary.jp/weblog/myblog/42837/1943216#1943216


6時からの「香川県丸亀市倫理法人会」

モーニングセミナーに参加させて頂きました。

講話者は日本銀行高松支店長の、関根さん。

テーマはまさに『お金の話』。



『お金』というものは、最も俗な・・・

煩悩の最高峰のモノだと思い、倫理とは対極的にあるもの

そう思っていたのですが、

実はお金って『ただのモノ』であり、

善も悪も、清も俗もなく・・・

それを握り底なしにたくさん欲しいと思う

人間が煩悩200%のになっていく

というモノのようです。



お金から、日本経済、今の日本の状態を

分かりやすくご講話頂きました。



日本銀行は、お札(1万円札、5千円札、

2千円札、千円札)を発行しています。

ちなみに硬貨は、日本国政府が発行しているとのこと。



お札(日本銀行券)とは?

①あらゆる決済に無制限に通用

②日本銀行とは、日本で銀行券を発行する唯一の主体

など。



現在の発行額は、84,0兆円。

139億枚。

・・・うーん。想像つかんですね(笑)。



日本人は世界的に見てお札(お金を持ち歩く)のが

好きな民族のようです。

他国と比べて治安がよく、持ち歩いていても危険が少ないことと、

お札の質が高く、偽札が圧倒的に少ないんだそうです。

他に、金利が少ないので、「銀行に預けるくらいなら、

タンス預金にしよう!」という人が多いそうで、

それは1995年から顕著になったようです。



日本銀行の重要な役割として、

銀行に集まったお金を回収し、

その中から古いお札・汚いお札を新札に交換し、

より偽造されない紙幣を世の中に流通させることなんだそうです。

意外と知らない日本銀行の役割でした(驚)☆



そして日本銀行の使命は、

「物価の安定」と「金融システム」の安定で、

国民のお札への“信認”を継続・高めていくことなんだそうです。

またギリシャみたいに国家自体が崩壊し、

信頼がなくなれば、紙くず同然になってしまいます。



確かに日本銀行が、お金を印刷しまくったら、

お金の価値が下がり、モノやサービスの価値が上がってしまいますよね。



日ごろ何気なく使っている、お金ひとつにも、

こんな感じで、いろんな人の努力や信認があるんねんなーって

朝から感動いたしましたぁ~(^0^)☆



朝食会の後、松岡さんに

前回のお遍路のゴール地点である

JR丸亀駅まで送って頂きました。



その途中、昔「灯台」だったという

「江戸」と大きく書いた大きな灯篭のところで

車を止められ、「ここは昔の港です。

ここに全国からいろんな人が船でやって来て

ここから『こんぴらさん』

お参りに行かれたんですよ」と教えてくださりました。

時代は変わっても四国は信仰の町やねんなーって思いました。



面白いお話を聴きました。



この港町には、お酒を飲むところ、

そして大きな遊郭があったそうです。

今はほぼその姿は消えていますが。



お参りする前・・・聖域にいく前に、

ちょっと俗なことやりまくっとこー♪という

煩悩200%の考え方のようです(笑)。



一般的に、神社仏閣にお参りに行く前は、

川とかで身を清めたりするイメージがありましたが、

全く逆に遊郭で遊びまくってから、

お参りするって、人間くさくて面白いです。



さらに突っ込んで考えてみれば、

狭い小さな船で来る人が多いので、

俗っぽいことが出来ない日々が多いまま

その港に着いたでしょうから、

余計遊郭(女)とかお酒に惹きつけられたんだと思います。



この俗な動物くさい要素と、信仰心のある清らかな神聖な部分と

両方あるのが人間です。

両方の間をふらふらと行き来しながら、この世で修行し、

失敗しながらも己を高めて行くのが、“行”というものかと思います。

わざわざ山寺に篭ったり、四国遍路する必要もないかと思います(笑)。



丸亀駅で、松岡さんとお別れし、また歩き出しました。






・・・つづきはまた後で・・・

もう外が明るくなりましたので、歩き出します。

今日は80番・国分寺前から、高松市街まで歩きま~す



2012/12/21のBlog
毎度で~すっ

今、香川県高松市におります。

いよいよ、歩きお遍路、最後の4日間となりました!

テンション☆ガンガン上げて行きたいんです・・・が、

今、チョー眠いんです。。。



なぜかと言いますと、今日約17キロ歩いたというものあるんですが、

一昨日・19日(水)大阪の倫理法人会のおじさまカーで

愛知県豊田市にいき、ある打ち合わせをし、寝たのが25時。

翌朝・20日(木)朝4時に起きて、豊田市南倫理法人会の

モーニングセミナー(5時半からの役員朝礼も)に参加、

その後、10時過ぎに豊田を出て、大阪に戻り、

そして数時間後には、今度はマイカーで神戸に行き、

アンジェラ・アキのコンサート。

21時半。そこから高速ぶっ飛ばして、淡路島&高松道経由で

香川県坂出市まで行ったのですが、途中、

高松道が、鳴門~引田間が夜間工事の為、通行止めっ

で、国道11号線を通りながら、坂出のホテルに着いたのが24時半。



寝たのは25時半だったのですが、翌朝4時半に起き、

今度は香川県丸亀市倫理法人会のモーニングセミナーに参加!

(以前大阪に巡講に来て下さった、松岡法人アドバイザーが

ホテルまで迎えに来てくださりました!5時半からの役員朝礼にも参加☆)



んまー、そんな感じで、連日連夜の忘年会に加え、

このハードスケジュールの中でスタートした、

今回のお遍路旅ですっ




21日朝8時過ぎ、JR丸亀駅から

とりあえず最後の歩き遍路旅がスタート!

88番大窪寺まで85キロくらいです。



4キロ先の78番・郷照寺、6キロ先の79番高照院、

そして7キロ先の80番国分寺へ。

そして今、国分寺近くの旅館にいます。



そんな状態なんで、

チョー眠いので、今日はもう寝て、

明日朝かお昼頃に、昨日今日の出来事の詳細を

お伝えしたいなと思いま~す!



今回の日記は『生存確認』のものでゴザイマス~



ホンマ日ごろ、20時になんて寝ないよなぁ・・・(笑)☆

いつもやったら、これからが盛り上がる

って感じやしな~っ 

(本当は20時に寝て3時半ころに起きるのが、

太陽のリズムに合っていいようですが)


2012/12/18のBlog
[ 17:30 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]



今、我が家のもみじがとっても綺麗です

「秋の風景」って感じです



一方、我が家のさくらんぼの木は

ほぼ葉が落ちて、真冬状態なんですが、

よくよく見ますと、来春に咲くさくらんぼの蕾が

すでに準備されていました



日々、寒い~、寒い~って

過ごしていても、こんな感じで、自然って着実に

春(次の季節)に向かって進んでいるんやなーって

しみじみした師走のいち風景でした。



今の私自身も、今、出来ないこととか葛藤とか悩みとか

ちょこちょこありますが、こんなかんじで、

だんだんと次の人生ステージに向かって

着実に歩んでいるような気がいたしました



うーん。

やっぱり、お遍路前は、感性(第一感)が

鋭くなるなぁ~(笑)


[ 11:10 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
毎度です~


今日もうれしいことがありましたぁ~



先日、カバンの中に入れていた「ピアス」が

一つなくって・・・

「ああ、どこか・・・入れたつもりが、一つ落としたんかな」って

凹んでたんです。



凹んだ中でも、「ピアスを落とした=何か“意味”がある・・・」と。

あれこれ考えて、「最近ちょっと、身の回りの物や人、境遇に対して

感謝の気持ちが薄らいでたなぁ・・・」って勝手に反省っ



今朝、八尾市倫理法人会の「経営者モーニングセミナー」に参加し、

その後、快調な心境で自宅玄関を掃き掃除してますと

床に見慣れたものが・・・



「あ、あったぁ~



どうやら、玄関前で鍵をカバンから取り出す時に落ちたようです。

なくしたと思っていたものが、見つかったという喜びを

ひしひしと感じていました。

やっぱり感謝の気持ちをちゃんと持つと、

失ったものでも、戻ってきてくれるんですね~っ(笑)



最近、だんだんと「信念を持ちながら、ぶれずに生活する」という

「ぶれまくり&流されまくりの“忙”の生活(心境)」とは対極的な生き方を

だんだんと掴んで来たという手ごたえを今、感じています。



ちょっと「“忙”の生活(心境)」に傾いてきた時、

今回のようにピアス(物や事象)を落としたり忘れたりします。

こんな感じで、身の回りに起こる全ての現象が

その時々の私の心境を教えてくれます。

(正に、『万象我師』の境地です)



私の場合、上記のような比較的小さな出来事(苦難・事象)で

「あ。このままじゃー、アカン☆」って、ココロを軌道修正しますので、

それ以上の苦難は来なくなります。

(例えば、財布落としたり、誰かとのアポを忘れたり、事故ったり、等。

私って怖がりなんで、ちょっとしたことでもすぐに警戒するクセがあります)



こんな感じで、この師走の“忙”の時期、だからこそ、

ココロ引き締めて、ぶれない・・・自身の“心”をどこかに“亡”くさない

自分自身を楽しく演じ切りたいと思います。



ってことで、明日はある用事があって、愛知県に行って、

20日に帰って来てすぐに、一応最後の(?)歩き遍路行しに

香川県の丸亀市まで“戻ります”。



いよいよ、お遍路最後のステージ、『結願(けちがん)』。



どんなエンディングが、この私に待っているのか・・・

楽しみです


2012/12/16のBlog
[ 22:29 ] [ 商工会議所青年部(YEG) ]
12月15日(土)夜。

大阪・心斎橋にて、八尾商工会議所青年部の

12月度忘年例会が開催されました♪



忘年例会は、50歳で卒業された先輩方も含め、

80名近い方々で大盛り上がりしました



その中で、委員会対抗のゲームがあり、

トイレットペーパーの巻き取りゲームとか

(巻き取ったペーパーは、担当委員会の

高砂委員長が、ご自宅で使用されるそうです・笑)

古今東西ゲーム・イントロ当てゲームなどで盛り上がりましたぁ~



古今東西ゲームで、べったになってしまった、

我ら会員研修委員会メンバーさま・・・

罰ゲームで青汁飲んでます(笑)→



委員会メンバーのみなさまっ→

(メンバーさんの半分しか写ってませんが・涙)





私はこの青年部で30人程度の小組織のリーダーであります

『委員長』というお役職を拝命中なんですが、

この会は、委員長という器があるから、なるものではなくって、

担当副会長から指名された人間がなるんですよねぇ~(笑)。



私は、自身の会社を組織化する気はさらさらなくって、

こんなところで、“リーダー”としての苦行を日々送っている訳です。



ほんま、上から横から斜めから、あれこれ言われ・・・

「お遍路行っている場合ちゃうやん」まで、言われ・・・

この発言に対しては猛烈に腹立ちながらも、開き直って

「どう言われようと、どう評価されようと

私は私の決めた通りやりますっ」って

堂々と先輩方に言えるようになったのは、

我ながら大進歩かな・・・と(笑)。




今までやったら、泣き寝入り状態で、

もしかしたら、お遍路行く自分を責めていたかも知れません。



ある面からすれば「わがまま」、

別の面からすれば、「自分の信念を貫き通す」という感じでしょうか?



ただ、なんやかんや言っても

やっぱり&いつも思うこと・ありがたいなぁ~って思うことは、

担当副会長、副委員長さん3人、そして委員会メンバーさんみなさんが

つたない委員長・よしこちゃんをしっかりと支えて下さっているということです。



期待には応えたいといつも十二分に思うんですが、

なんせそもそもの実力がないもんで、

なかなか多くの方々の期待にお応え出来てないような気がします。

ま、この件に関しては、どうしようもないですが、

とにかく、どんな理由であれ、一度受けたからには、精一杯がんばるだけですね~♪



やっぱり『長』がつく役職は、男性に任せて、

私は陰(女性)の役割として、陽(リーダー・男性)を支える役割に、

来期以降は徹したいなって思いま~すっ



次年度、大阪府の青年部の会長される

乾さん(八尾YEG・直前会長)です→

いつも緊張され壇上に立たれるのですが(笑)、

いいお写真が撮れましたぁ~、ステキ~っ



こんな感じで、昨晩の忘年例会も

みなさんのステキな笑顔がたくさん見れて、

本当に楽しかったです



さいご帰る時に、今、闘病生活をしておられる

ある青年部の先輩に向けて、『寄せ書き』を書かせて頂きました。

そのような状況になられておられると昨晩知りました。。。



20日からのお遍路行では、その先輩の復活を祈念しながら

歩かせて頂きたいと思います。



こんな時、『仲間っていいなー』って

ますます思いますよね~


2012/12/15のBlog
[ 13:46 ] [ よしこちゃんが日々観じていること ]
今日は12月15日(土)。

気がつけば、(とりあえずは)最後の

歩きお遍路行に出かけるまで、あと5日となりました・・・

早っ!!!



ちまたでチョット流行っている『動物占い』。

よしこちゃんは『全力疾走の“チーター”』なんだそうで、

動物占いの講師の方曰く「チーターの中のチーター」なんだそうです。



チーターって、普通に走っていてもめっちゃ速いのに、

『全力疾走』がついているって・・・

んもー、誰も付いて来れないやないですかぁ・・・(仰天)

だから、独身男子も誰も私についてこれないんかもっ(笑)




普段は正に『全力疾走の“チーター”』状態で、

大爆笑・・・いや(笑)、大暴走中なんですが

たまには『静』や『空』の時間もないと、

オーバーヒートして、ぶっ倒れてしまいそうなんで

合間合間に、そのような時間を意図的に設けています。



今回のその合間時間は、『写経』です。



般若心経の『空』の世界に、少しでも触れることによって、

今何故生きているのか?働いているのか?生活しているのか・・・?

その真の意味や真髄を、ぶれずに心のど真ん中に

ずどーん☆と置いておけるのが、写経のいいところだと思っています。



忙しいと、あれこれ失敗もするし、つい不足不満心等

マイナス思考が沸いてきてしまいます。



そんな中でも、何故今、私たちがこの世で生きているのか?

そして何をすればいいのか?

それさえ忘れないで過ごすことが出来れば、

不足不満の心は小さくなり、感謝・・・報恩感謝の気持ちを持って、

苦難や失敗ですら、前向きに&どーん☆と、どっしり構えて

こなして行けるのではないでしょうか?



生きていますと、日々、いろんなことが起こりますが、

全ては『要物必与(ようぶつひつよ)』

その人にとって必要だから、必要な時に、全てが与えれるんですよね。



そんなことを自分自身に更に言い聞かせながら、

この師走の日々を明朗な心で乗り越えて参りたいと思います





そういえば、先日。

愛媛県新居浜市のおねえさん「じゅんこさん」から

美味しいおみかんと、干し柿を送ってくださいました!



じゅんこさん、ありがとうございましたぁ~



忘年会シーズンで、洋食&お肉を中心に、

毎日いろんなものを食べまくってて、

身体が今、めちゃくちゃ重いんですが

(私は食べない&空腹の方が、調子がいいんです♪)

そんな日々の中、じゅんこさんから頂いた

素朴な・・・日本古来の食べ物を頂戴いたしますと、

無条件に心身(DNA)が喜んでいる感じです



20日からのお遍路行の最中は、

忘年会&クリスマスシーズンの煩悩200%の娑婆の世界から

対極にある、仏の世界に心身を起き、

この忘年会シーズンで完全に衣食住のリズムが崩壊している

自身を律し、戻って参りたいと思います。

(そして、更に『ぶれない自分』を確立して参ります)



人間として生きている限り、煩悩は祓っても祓いきれませんが、

その煩悩が引き起こす、苦難や失敗・・・人生の苦しみや哀しさ、虚しさを

日々の生活での“行”を通して、来年以降も、全て自身の成長の糧にして、

更なる幸せを掴み、そして周りの人たちと共に

幸せを掴んで参りたいと思います



真理を掴む・悟る遍路行・・・ますます楽しみです~


毎度です~

年末のドタバタ☆師走模様と、

私が委員長を拝命中の、地元商工会議所・青年部の

例会上程資料作成などなど…

(右写真。→頼りになりまくりの副委員長さんたちと、

せっせとガンバッテ資料づくりしてま~すっ!!)

かなり時間がなくって(涙)、久しぶりのブログ更新で~す(-人-)☆



東京で西さんの講演を聞いた

翌日のお話しをしたいと思います♪

翌日・9日は、東京の「いわさきちひろ美術館」に行きました。



起業する前…10年程く前に長野・安曇野にある

もう一つの美術館とともに行ったことがあったんですが、

久しぶりにムショ~に行きたくなりました。



起業する前…大学生の時から、絵をよく描いてて、

個展も数回させて頂いていたんですが、

28歳の時に起業した後は、

人様からご要望があった絵(イラスト)を描くようになり、

いつの間にか、自分が描きたい絵をほぼ描かなくなりました。



起業して、12月でおかげさまで8年目に入りました。

紆余曲折しながらも、確実に進化して参りました。

7年経って‘企業家’として『心のゆとり』が出来てきたり、

‘いち人間’として『お遍路行』等のおかげで、

自分自身が進化し器が広がって、

そしてまた『本に還って』来たんやと思います(^^)。



私は、いわさきちひろさんや、

さくらももこさんのような絵が小学生の時から好きでした。

35歳になって改めて、いわさきちひろさんの絵を見て、

何だか涙が止まりませんでした。。。



25歳の時には『これ、どうやって描くんやろ~?』的な、

見た目の技術的な観点から、かなりみていた気がしますが、

この年になりますと、技術的なことよりも、

作者の心理・真理を‘心眼’で見るという感じになっていました。



いわさきちひろさんの絵からは愛があふれて来ています。

究極に純化された愛が、いわさきちひろさんが亡くなった今でも、

光り輝き絵から溢れ出ています。

私もこんな愛の絵が描けたら…愛に生きれたら…そう切に思います。



今後も人様に喜んで頂ける『作品づくり』と、

自分自身の魂が喜ぶ、作品両方を描き続けていきたい…

そう強く思って、大阪へ向かって帰りはじめました。



ちひろ美術館から最寄の駅まで道がややこしく、

15分くらい余計に時間がかかってしまい、

指定席を確保していた時間帯に間に合わない可能性があって、

東京ではなく品川駅から新幹線に飛び乗りましたぁ~(-.-;)。



私は窓際E席を予約してたのですが、

東京駅から隣のD席におじいさんが乗ってました。

おじいさんのコートが、窓際のフックにかかっていました。

そのままでは、机を下ろしてお弁当が食べれなかったので、

おじいさんに「すいません…おじいさんのコート、

上に上げてもよろしいでしょうか?」と言いますと…

「ああ、すいません気付かずに!云々」とおっしゃり、

私が上にコートを上げさせて頂きました。



私は心で「じーちゃん!コートは上においといてーなぁ~(*_*)」

ってツッコミ入れましたが(笑)、

みるからに紳士的で優しいおじいさんだったんで、

和やかにその場は終わりました。



15分も駅周辺で、もたもたして焦って走ってたんで、

お弁当と一緒に買っていたホットコーヒーがほぼ全部、

ビニール袋にこぼれてしまってましたぁ…(*_*)☆



そんなコーヒーをチビチビ飲み終えた後、

新幹線の売り子さんが通りました。



隣のおじいさんが私に『コーヒー飲みませんか?』と言われ、

びっくりしながらも、お遍路さんのノリで

『ありがとうございます、頂きます(-人-)』といい、

コーヒーをご馳走になり、おじいさんの“お接待”を

喜んで受けさせて頂きました☆



新幹線に乗ってはじめて、隣の人とおしゃべりしましたぁ~(^O^)☆☆☆☆☆

それから、ボツポツとそのおじいさんとお話しさせて頂きました。



そのおじいさんは新幹線で大阪まで向かい、

豊中に暮らす娘さんに会いに行かれるとこでした。



山口県出身・東京在住。82歳(70くらいかと思った…若い!!!)

大手商社に長年勤めておられ、

大阪万博(1970年)まで14年間大阪勤務だったそうで、

大阪にいい思い出がたくさんあり、大阪が大好きなんだそうです。



大阪人として、めちゃくちゃ嬉しいですよねぇ~(^O^)♪

おじいさんに幸あれ~!!!



そのおじいさんとの出会いで、気付いたことがあります。



そのおじいさんは、廊下側の席にも関わらず、

窓際のフックに服をかける勢い…

KY(空気読めない)方たったんですが(笑)、

それを「申し訳ない」と300円のコーヒーをご馳走されるという、

素晴らしい心をお持ちの方だったんです。



人間というのは、いいところとわるいところが

凸凹しているのが本当の姿のようです。



人間はお互いの凸凹を補い合い認め合うのが、

本来の生き方だと気付きました。

相手のよいところを引き出し合い、

相手のわるいところは補い合う…というところでしょうか。



『万象我師』

(=求める純粋な心があれば、起こる全ての現象から、何か大切な事を学ぶことが出来る)



そんなことをひしひし感じた、ステキな出会いでしたぁ~(*^_^*)☆



ほんと、たまにはあっちこっち行くのもいいですね~!

っていうか、しょっちゅう出掛けてますが…私っ(笑)☆



季節は秋を一気に通り越し、冬模様ですが、

この勢いで、年末の歩き遍路、最終戦に向けて

ハリキッテ☆参りたいと思いま~すっ


2012/12/09のBlog
12月8日。東京にて。

スタンフォード大学 フーヴァー研究所教授

西 鋭夫氏の講演を聴きに行きました。

テーマは『真珠湾とは~敗戦は100年続くのか』。



す、すごかったです。。。

西氏の凄さ、うわさでは聞いてましたが。。。

物凄い迫力で、一気にしゃべりまくられ、

あっという間に講演が終りました(笑)。



第二次世界大戦が起こるきっかけとなったと言われている

(そう、日本の歴史教科書に書かれている)

真珠湾攻撃が起きて、この日で71年になりました。



70年以上経って、明らかになって来た歴史上の事実。

恐ろしいです。。。



真実って、戦争(歴史)の勝者が創っていくんですよね。

勝者の都合のいいように書き換えられる。

そして今も、私たち日本人に大きな影響を、

“見えないところ”で与えられ続けている。



ああ、恐ろしい。。。




真珠湾攻撃は「奇襲攻撃」となっていますが、

事前にアメリカ側が知っていた・・・!



旧日本軍が攻撃せざるを得ない状況に

アメリカが仕向けていた・・・!

(その罠にまんまと引っかかった訳です)



西さんって(櫻井よしこさんとかも)、

こんなことを人前で堂々とお話しされ、よくもまー

今まで暗殺されずに、生きてられるわなーって、思いました(笑)。



第二次世界大戦で日本が敗戦し、

やっとのことで「世界の仲間入り」ということで、

「国際連合」に加入した訳ですが、

「敗戦国やのに、入れてやった」ってな感じで

国際連合の年間予算2兆6千億円のうち、

日本が20%(今は経済不況ってことで15~16%)

未だに支払い続けているとのこと!

ちなみに、アメリカは22%です。

アメリカと日本のGDPの格差は丁度半分です。

どれだけ日本がダントツな金額を

国連に支払い続けているか・・・ということです!

ちなにに、残りの68%の年間予算を

その他の196カ国で分担しているとのことでした。



ちなみに「ユネスコ」の場合は、

年間予算の36%が日本が払っている。

アメリカ24%。合計60%。

その他の加盟国が40%払っているそうです。



今日本は、こんなに不況なのに、

そんなことを未だに、大多数の国民の知らないところで、

しゃーしゃーとやっているのが、

今の日本の弱腰の政治家&官僚な訳です!!!!!




お金がらみで更に、恐ろしい事を聞きました。



日本の銀行に集まる預金とかで、どんどんアメリカの国債を買っているそうです。

どんどん買うように、アメリカから圧力がかかっているようです。

「オレらの国債買わんかったら、●●するぞー」的な脅迫っぽい感じです。



郵便局は昔、銀行じゃなかったので、

(預かったお金を投資に回せない法律があった)

融資出来なかった(アメリカ国債を変えない)。

郵便局の莫大な貯金に目を付けたアメリカが、

当時の小泉総理大臣(竹中さんも)に圧力をかけ、

ありとあらゆる「正当化の理由(でっちあげ)」をまくし立て、

融資や投資出来る(=アメリカ国債を買える)ようにした。。。

その後すぐ、二人は政界の表舞台を降りる。

小泉氏などにはうんじゅう億・うんびゃく億とも言える、

お金が入ったらしい。。。???



まさに事実であれば、日本人の魂をハゲタカに売った『国賊』ですよね。

(その国賊に群がる『やから』もごっそりいる訳です)



こんな政治家がごまんといる訳です。

このお話しは、『氷山の一角』な訳です。

だから今の政治・・・日本はおかしなことになってるんです!!



真実を聞けば聞くほど、今の政治・日本って

おかしいことが、平気でまかり通っている。

(すいません。これ以上の事例はブログに書けません)

善良な国民が必死でがんばって生きて、税金を払っているのに、

見えないところで、世界中のハゲタカと、

それに魂を打った同胞のやから連中が

それをむさぼり続けている。。。



みなさ~ん!絶対に今回の選挙も行きましょうね



国民自身も自分のことだけ・身の回りのことだけ考えてるから、

こんなアホな政治家が永田町・・・全国に

はびこっているんですよね!!

ほんま、よしこちゃん、

ひさしぶりに腹立って、煮えくり返りマシタ!!!!!




アメリカは猛烈なドル安で、今後もどんどん攻めて来る。

日本人の大学卒の初任給・手取り1万円・1ドル360円の時代から、

手取り22万円・1ドル80円になりました。

日本を筆頭に、中国が、ドイツ(ぼちぼち)、イギリス(ちょろっと)・・・

アメリカ国債を今も買わせ続けている。

と同時に、「ドルは世界の基軸通貨だと」豪語しながら

ドル札を印刷し続けている。



日本と比べ物にならないくらいの天文学的な借金が

アメリカには実は存在し、もうそれを返せないと分かっている。

開き直って、札束を印刷しまくり、そしていつか国債(借金)を踏み倒す。。。

ああ、恐ろしい。。。恐ろし過ぎる。。。

そりゃー、政治家&官僚連中(あえて『連中』と書かせて頂いています)は

自分たちのお金じゃないんですよね。

アメリカの国債を買っているお金って。



茨の道を歩みたくない、アメリカとかから命狙われたくない、

それに、アメリカの国債を買おうが買わまいが、

自分たちの給料って変わらないんですよね。

だから「前例主義」やなんやかんや、言い訳&でっち上げばかり創って、

国民の知らないところで、こんなアホなことを

戦後ずーっとやり続けている訳です。



さりとて、一部の善良な政治家が「アメリカ国債は買いません」と

言っても、西氏いわく、

アメリカのCIAが北朝鮮をしかけて、テポドンとか打ってくるか、

中国に圧力をかけ、尖閣諸島を取りにかけてくる・・・んだそうです。

それが本当かは?ですが、とにかく、

アメリカは返すつもりもない借金(国債)を

騙しやすい日本に今後もどんどん売りつけてくるようです。。。



日本にいる在日アメリカ兵4万人の諸経費・

4000億円も、日本が出し続けている。。。

震災復興の時「トモダチ作戦」とかありましたが、

西氏に言わせてみれば、

「そんだけ払っているんだから、当然のことや~!」とのことでした。

物事、いろんな見方があります。



みなさん、『ある意図』を持って情報操作されたマスコミだけの情報で

物事全てを判断してはいけませんっ☆

今でも日本人は、見えないハゲタカ(牧場主)の家畜にされるべく、

知らず知らずのうちに洗脳され続けているんですから。。。。

ああ、恐ろしい。。。





話を「真珠湾攻撃」に戻します。



悪いことをしたから、罪滅ぼし・・・?

70年前の戦争を永遠と謝罪し続けている。



例えば、米ソが仕掛けたベトナム戦争は15年戦争でした。

アメリカは毒ガス、ダイオキシンばらまきまくり、

一体何人のベトナムの人たちを殺したのか・・・?

落とした爆弾は第二次世界大戦よりも多かったそうです。

果たしてアメリカは、ベトナムに対して謝罪したのか・・・?

ソ連も謝って、戦後処理金とか、今でもベトナムに払っているのか!?



答えは『NO』。



戦争で負けた国・加害者だと言われている国家が謝罪し続け、

カネを払い続けているのは、世界各国で、なんと、日本だけなんです。

「戦後処理金」とか言って、

中国にはODAとかでも、払い続けている訳です。



西氏曰く、

日本人は『歴史認識』(日本国内と世界各国の)がないから、

日本だけ謝り続けている。



ハゲタカに操作された“御用学者”が教科書が書いて、

中国と韓国に見せに行っているという有様なんですよね。

日本人に永遠に「謝罪心」や「罪悪感」を落とし込み続けている。

この学校教育で、日本人を骨抜き(家畜化)している訳です。

巧妙な罠に、これまたまんまと引っかかっている訳です。




江戸時代の250年、鎖国はよかった。



そう西氏はおっしゃられました。

だって、一度も諸外国と戦争をしていなかったんやから。

国内だって、戦争自体ありませんでした。



その時代の欧米列強って、世界各地で戦争ばかり、

アフリカやアジアの植民地化で、どれだけの人たちを殺し、

どれだけの人を奴隷化して、利益を吸い上げていたのでしょうか?

歴史を大局的に見れば、ヨーロッパやアメリカの連中の方が、

多くの罪のない人々を殺し、幸せを奪っているのではないでしょうか?

(アフリカの長年に渡る紛争やモメゴトも、本をただせば、

その植民地化によるものが大きいでしょう!)




江戸時代が終わり、明治時代。

1874年台湾出兵~1945年までずっと日本は戦争していました。



明治政府が30~60%が軍用費。

私たちの祖先みんなが貧しい思いをしてきた。



明治維新は、果たしてよかったのでしょうか?

「近代化」と言われましたが、その事実は「軍事化」でした。



「富国強兵」

「強兵」だけ。「富国」が欠落していた。



ご先祖さまたちは、こんな感じで貧しい時代を過ごした。



真珠湾に突っ込み、文明開化の亡骸を見た!



西氏曰く・・・

何でもっと、歴史の光と影(悲惨な失敗)を

今の日本人は学ばない・学ぼうとしないのだろう?!



正しい歴史を学ぶ意義・・・それは



『国家と己自身の信念(背骨)を創る』



・・・からなんだそうです。まさに、「温故知新」。

歴史教育の大事さを改めて認識しました。

これからも、司馬遼太郎さんなどの、歴史小説を

更にせっせと読みふけたいと思います。




また、『平和とは、与えられるのではなく、勝ち取るもの』なんだそうです。

なるほどなーって思いました。



家畜は日本、牧場主はアメリカ(ハゲタカ連中)。

カネないわ~、技術力は取られたわ~、やる気はないわ~の日本国民。

日本(自国&己自身)を愛することを教えられていない・骨抜きにされている若者。



だけど、日本人は想像を絶する優秀さがある。



世界ダントツの最高の、倫理観・道徳観を持つ日本人なんです。

これは事実なんです。



西さんが先日、インドネシアと韓国女性と夕食をとり、

そこで韓国の女性から、高級なハチミツを貰ったそうです。

帰り、そのお店からタクシーに乗って帰ったそうですが、

そのハチミツを、うっかりタクシーの中に忘れたそうです。



が、そのタクシーの運転手さんが、

夕食を食べたお店に、ハチミツを届けてくれていたそうです。

その事実をインドネシア&韓国の女性に話されますと、

感嘆な悲鳴を上げられ、

「わが国では絶対に有り得ない!!コレが“日本の美”だ!」

とおっしゃられたそうです。



「そんな日本人の素晴らしい“和”のDNAを持つ私たちが、

何故、ふらふらと世界を彷徨っているんだ?!」と

西氏は嘆いておられました。

ほんと、そうだと思います。

なさけなくって、なさけなくって、

ここまで聞けば、んもー、泣けてきます。。。




ハゲタカ連中のように、誰かを家畜化したり、植民地化して

利益を吸い上げ、自分たちは左手団扇・・・ということを

私たち日本人はする気はないんですよね。



聖徳太子の「和も以って貴しとなす」精神で

日本国内・世界各国のみんなが平和で暮らせる世の中を

創り上げていくことは、今求められています。



だから、ハゲタカがはびこる欧米や、

中華思想で周辺諸国にとんでもない非倫理的なことを

どんどん仕掛けてくる中国に、世界のリーダーになられると

結局、世界全体&世界の人たちの生命や財産が崩壊する訳です。



今、櫻井よしこさんや、西さんのような

真実を知る、ごくごく一部の人たちが

「これからの時代は、和の精神を持った日本人が

世界のリーダーになるべきだ」と豪語する理由がよーく理解出来ました。



足元の私の人生や生活も大事ですが、

日本全国・世界各国の人たちのことも考えて、

これからも生きて逝きたいと、強く思いました。



たまには、いいですね。こんな熱い話、聴くのも。

日本人本来のDNAにスイッチが入りますっ☆



スイッチ、ON~っ


2012/12/08のBlog
[ 10:25 ] [ よしこちゃんのつぶやき ]
12月8日。

本当は「こだま」で4時間かけて

ゆっくり新幹線をマンキツしたかったんですが・・・

(お金安くつくし・・・それに私、『乗り鉄』なんで・笑)

時間がなくって、今回の東京行きは、

泣く泣く往復「のぞみ」です。



乗った新幹線が、『N700系』の窓際の席。

そこにはコンセントがあり、

しかも無線LANが使えるという

いかにも『移動オフィス』という感じで、

パソコン使って、いつものノリで

せっせとおシゴトをさせて頂いております。

本当に便利な世の中になりました。



だけど、なんだか『満足』じゃない心境。。。

ちょっとフクザツです。



新幹線でも、いつものオフィス状態って

めちゃくちゃ便利で、ありがたいんですが、

本来のこの手の電車の楽しみって、

「静岡茶(飲んべぇの方はビール)」片手に

お弁当やおつまみを広げながら、富士山とか美しい日本の車窓を

ゆっくり眺めながら、のんびりした時間を過ごす・・・

ということのような気がします(笑)。



まさに『空(くう)』の時間。



ところが、パソコンを開けた瞬間、

空の時間じゃなくって、いつもの『色(しき)』の状態なんですよね。



ってことで、

「のぞみ」は片道2時間半しか楽しめないので、

もうパソコン閉じて、『空』の時間を楽しみたいと思います(笑)。





「のぞみ」に乗ってて、ふっと思ったことがあります。



この「のぞみ」に乗ってる人の

何割の方が今、「のぞみ」を持ってはるんかな?

・・・って感じました。なんか、暗い。

明るいのは、旅行に行くオバチャンたちだけっぽい(笑)☆



新幹線が登場した、大阪万博の年・1970年。

私が産まれる7年前のことですが、

その時って、まるで飛行機が勢いを増して、上昇する瞬間のように

日本全国・・・多くの日本人に「きぼう」や

「のぞみ」があったかと思います。



だから、その当時の電車って、

その手の名前が付けられたんだと思います。



その時代って、目に見える形で、日々、どんどんと幸せになっていく

・・・幸せへの昇り階段が見えていた時代だったと思います。

カラーテレビに冷蔵庫、エアコン、マイカーなどなど。

収入も自分のやった分以上に、

どんどん上がっていったそうです。



ところが今の時代って、

やった分も収入が上がらない人が多いようですし、

一通り『物』が揃ってしまっているので、

目に見える幸せって、ある程度もう既にある訳です。



既にあると、「有難い」から「当たり前」に化けてしまうのが、

人間の愚かな精神構造なんだと思います。



しかも、その時代は「これがあったら幸せ」

「こうなったら幸せ」という『成功のモデル・見本』が

確実に存在したように思います。



つまり・・・

見える物から、見えない心の充足へ、

そして、一つの成功モデルの追求から、

個人個人の成功モデルへの追求に、

今、時代がシフトチェンジしたということになろうかと思います。



こんな時代の変化を、どう捉えるのか?



人それぞれだと思われますが、

私は、これは人間の進化の一つの過程で、

「成熟社会」の現われ・・・

更なる精神的進化に向けての、一つの段階だと

冷静に捉えています。



四国遍路道を作った、弘法大師・空海の時代&

聖徳太子などの時代・・・1200年前くらいって、

そんな歴史的スターがたくさん排出された時代って、

今よりももっと、過酷な時代だったと推測しています。

人が病や飢えでバタバタ死に、

不条理なことで、人がバタバタ殺されるなど

多くの人が迷い苦しんでいた時代だったと思います。



そんな時代だったからこそ、

そのような歴史的&絶対的なスターが、現れた・・・

時代がそんな人を産んだんだと思います。



今の時代って、けっこうな数の方が「しんどい」とか「つらい」って

おっしゃってはりますけど、

そんな1200年前とかに比べたら、

全然幸せだと、1200年前から、そんな“空気”が漂ってきます。



物事を“大局的”に見る・見通す・・・



今を超え、世代を超え、時代を超えて見る

自分を超え、相手を見る、その先の多くの人を見る

目の前に見えるものを超え、その先の見えない事象や過去、未来を見る・・・



こんな混迷を深めつつある今の時代・・・

だからこそ、そのような視点が必要不可欠なんだと思います。

それが、己の幸せ、そしてみんなの幸せに

繋がるんだと思います。



・・・ってことで、かなり新幹線に酔ってきましたので、

この辺で・・・ゲプっ(笑)