一三が描いた宝塚ランド

日 時 2020年2月8日(土)14時〜16時
 阪急電鉄などを創設した事業家・小林一三の生涯やポリシーに
ついての講演会がありました。
 彼は1873年(明治6)に山梨県韮崎市に生まれました。
 1892年に慶応義塾を卒業し、三井銀行に入行します。
 三井銀行では本店に勤務し、その後大坂支店へ転勤になった頃
から事業の面白さに目覚めていったそうです。
 そして1907年にはついに三井銀行を退職し、箕面有馬電気軌道
(現阪急電鉄:宝塚線、箕面線)を設立して1910年から運行を開始しました。(写真はその時のポスター)
 会社のネーミングに「有馬」の地名が入っているとおり、当初の計画では宝塚からさらに有馬温泉まで鉄道を敷くことになっていました。
 しかし有馬温泉の旅館組合などから「有馬から大阪まで鉄道が通ると、日帰り客が多くなり、宿泊客が減少する。」との理由で大反対が起こり、これを断念しなければならなくなった由です。
 そこで彼はそれなら「宝塚」を一大観光地とする決意をし、まず洋風の新宝塚温泉を計画しました。
 元々宝塚温泉はあったのですが、これは芸者さんが出入りするような男性を主たる客とする施設でしたので、男性も女性も子供も皆が楽しめるものを目指して着手したとのことです。
 その後、室内プール〜宝塚少女歌劇〜動物園〜ダンスホール〜宝塚ホテル〜運動場・野球場〜宝塚新芸座〜・・・と次々とビジネスを広げ、たくさんの人達が楽しめる事業を展開していったとのことでした。