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まなびの会
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2019/10/17のBlog
[ 19:29 ] [ 環境・健康 ]
日 時 2019年10月17日(木)14時~15時30分
 「フレイル」とは「虚弱」とか「脆弱」と言う意味で、具体的
には次のような内容である由です。
 (1)健康な状態と介護が必要な状態の中間
 (2)身体機能や認知力の低下がみられる
 (3)しかし治療や予防で進行を防ぐことができる
・・・・・です。
 なお自分が「フレイル(虚弱)」か否かを判断するひとつの
方法として『CHS基準』という測定方法があり、内容は次の5項目からなっています。
 <体重減少>6カ月で2~3㎏以上の体重減少がある
 <疲 労 感 >わけもなく疲れたような感じがする
 <身体活動>週に1回以上の軽い運動・体操・スポーツ等をしていない
 <筋力低下>握力が男性で26㎏・女性で18㎏を下回っている
 <歩行速度>通常の歩行速度が1秒あたり1mを下回っている
・・・・・で、3つ以上の該当でフレイル、1~2つの該当でプレフレイルと判定されます。
 そして高齢者の薬の心得として、「むやみに薬を欲しがらない(副作用の懸念がある)」「若い頃と同じだと思わない(高齢者には高齢者に適した処方がある)」「薬はきちんと使用、自己判断でやめない(医師の判断を誤らせる)」「他に使用している薬は必ず伝える(重複をさける)」・・・をご教示いただきました。
2019/10/16のBlog
[ 19:48 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年10月16日(水)11時~12時30分
 NHKの大河ドラマ「いだてん」の進行役的な存在の落語家
古今亭志ん生と寄席の変遷についてお話しを伺ってきました。
 まず”ヨセ”ですが、「寄せ場」→「寄せ席」となり、演芸を常時
見せる常設の小屋のことで、落語が主でした。
 落語以外は「色物」と呼び、看板も朱で書いていたそうです。
 歴史を見てみますと、元禄13年(1700)に江戸浅草で名和
清左衛門が「太平記講釈場」を造ったとされ、それまでは寺社
境内が主流だった由。
 その後、文化・文政年間には小屋が増え、天保の改革ではかなり減ってしまったとのこと。
 明治に入って政府は内容に制限を加えたり、課税したり、鑑札を発行したりしたそうです。
 次に古今亭志ん生のことですが・・・・・
 初代⇒幕末に活躍、二代目⇒幕末・明治前期に活躍、三代目⇒明治後期・大正初期に活躍、四代目⇒明治後期・大正期に活躍・・・・・です。
 そして五代目ですが、本名を美濃部孝蔵といい、旗本の家柄の人でした。
 15才でこの道に入り・20才で前座・27才で二つ目・31歳で真打となり、49歳で志ん生を継ぎました。
 志ん生は、昭和20年に満州へ慰問に行き、昭和22年に帰国し、昭和32年に落語協会会長となり、昭和48年に83才で亡くなられたとのことでした。
2019/10/15のBlog
[ 19:17 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 2019年10月15日(火)13時30分~15時30分
 小説家・評論家・英文学者・・・として有名な夏目漱石(本名;
夏目金之助)の作品「行人」と「こころ」について、その内容など
をお伺いしてきました。(写真は漱石:ネット)
 漱石は明治44年(1911)に関西に講演に来ましたが、胃潰瘍
が悪化し緊急入院いたしました。
 その体験を取り入れたのが「行人」である由です。
 実際 彼は1人で関西に来たのですが、この小説では母・一郎
(兄)・二郎(私)・直(兄嫁)の4人で観光に来た設定で、一郎は二郎に妻・直の心が解らないので、探ってくれるように頼みます。
 一郎は大学教授で頭は良いのですが、人の心すなわち自分の妻の心さえつかめないでいる人です。
 結局 一郎は「死ぬか、気が違うか、宗教に入るか」と考えてしまいます。
 「行人」はプライドを捨て、教えを乞う自由な心が救いとなるのでは・・・と語っているようでした。
 そして続いて執筆された「こころ」ですが、これは私(当時高校生)と先生が鎌倉の海岸で出会い、その数年後先生が自殺を前に書いた遺書を受け取り、人生を考えさせられるもので、先生が親の遺産を叔父に横取りされて身内も信用出来なくなったり、先生の同級生Kの好きだった下宿のお嬢さんと先生は結婚してKを自殺に追い込んだりした内容が書かれていました。
 この小説は、人間の心を先生から私へ、私から読者へと伝達されていく重さを感じさせるものでした。
2019/10/11のBlog
[ 13:43 ] [ 環境・健康 ]
日 時 2019年10月11日(金)10時~11時30分
 シニアがいつまでもいきいきと過ごすための健康講座があり
ました。
 まず認知症のことですが、85才で約4割、95才で約8割の
人が発症するであろうと推定されているそうです。
 これは生後いったん正常に発達した種々の精神機能が慢性
的に減速・消失することで、その原因は加齢・運動不足・高血
圧・食生活・糖尿病から遺伝まで様々である由。
 またこの認知症に限らず、毎日を健康に過ごすために、良い生活習慣が必要とのことです。
 最初は何と言っても「食」の問題で、いつまでも自分でおいしい食事をとるためには、日本食を中心にすることだとかですが、ただし塩分が少し多いので気を付けることとのことでした。
 また地中海食(野菜・魚・オリーブオイル等)も老化予防に良いとのこと。
 そして意識してよく噛むことで、これにより海馬等の活性化を促す効果がある由です。
 その他トレーニングとして、「日記や家計簿をつける(記憶力)」「歩きながら人と話をする(2つのことを同時にする)」「旅行等の計画をたてる(計画力)」等々を実行してみてくださいとのことです。
 それから体を動かすことすなわち運動の習慣を持つこと。(ウォーキング・水泳・体操等の有酸素運動)
 上記のような講演の後、講師の指導により会場で体を動かすことをしましたが、そのポイントは「笑いながら楽しく心地よく・無理しない・毎日コツコツと・自分で出来ることを減らさない・・・」等々でした。
2019/10/10のBlog
[ 20:27 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 2019年10月10日(木)14時~15時30分
 今回の関西文化に育まれた文学では、宮沢賢治の「銀河鉄道
の夜」が取り上げられました。
 宮沢賢治といえば岩手県花巻出身で、関西には縁がないと思
われがちですが、この童話を21世紀初めにミュージカル化した
のが宝塚歌劇でした。
 そのパンフレットには「数々の詩情あふれる童話や詩を遺した
作家・宮沢賢治の作品の中から最高傑作を取り上げ、その純粋
と繊細な世界に賢治自身のヒストリーを重ね合わせて舞台化したファンタジー・・・」と記されています。
 この童話は「現実~夢~現実」の構成で、主人公・ジョバンニが夢で見る死後に乗る鉄道の話しです。
 ジョバンニと一緒に乗っているのが親友のカムパネルラで、彼はいじめっ子・ザネリが川で溺れているのを助けに行き、ザネリは助かるが自分は犠牲になってしまったものです。
 その他鳥捕りや豪華客船が氷山にぶつかって沈んだ時の犠牲者・家庭教師と子供達も乗ってきます。
 銀河鉄道は誰でも乗れますが、降りる所は人によってマチマチのようです。
 さて、この童話は賢治の最愛の妹(トシ)が亡くなった頃から書き始めたようで、推敲に推敲を重ね、実に4稿まである由です。
 カムパネルラが自分を犠牲にしてまで友人を助けたこと等を通して、賢治は「私とあなたは別々ではなく、すべての物がつながっている。」という考えなのでしょうとのことでした。
2019/10/07のBlog
[ 18:36 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年10月7日(月)14時~15時30分
 第2次世界大戦後の都市を取り巻く複雑な社会条件等について
港町・神戸に焦点をあてた講座がありました。
 海港都市・神戸は1868年に開港し、昨年開港150周年を迎え
ました。
 開港から居留地や雑居地が形成されて、北野町・山本通の洋風
建築物や旧居留地の近代建築、さらに中華街も大きく変容しなが
ら今に至っています。
 一方 現在の中心市街地である三宮~元町には第2次世界大戦の戦災や占領による痕跡と1995年の阪神淡路大震災による震災跡が混在する極めて特異な姿を見ることができます。
 今回の講座のベースとなる資料は、公文書(日本・米国)、新聞(神戸新聞等)、雑誌(GHQ等)、写真(所蔵者等)その他体験者の手記等々である由。
 神戸港の経緯は、古代・中世は日宋貿易の拠点、近世は兵庫の津としての交通の要衝、近代は世界を代表する国際貿易港と・・・発展してきました。
 この神戸が第2次世界大戦時に大空襲をうけ、市街地の6割以上が罹災したとのことです。
 敗戦後は進駐軍による占領と市民による闇市がほぼ同時にはじまったようでした。
 そして占領軍による接収(旧居留地の神港ビルを司令部に、焼け残ったビルを業務目的に、ホテルや個人所有の邸宅を将校の宿舎に・・・)が行われたとのことでした。
2019/10/06のBlog
[ 15:05 ] [ 生活・社会 ]
日 時 2019年10月6日(日)10時~12時
 地域の自主防災会を対象に、防災に関する知識と技術の向上
のため「地域防災セミナー」がありました。
 その主旨は、地域と行政・企業・NPO等の連携により、地域防
災をいかに向上させていくかについて、事例を交えての講演で
した。
 まず最初は昨年(2018年度)の災害(大阪北部地震・台風21
号・西日本豪雨等々)について、その特徴や課題等について詳細
な解説がなされました。
 たとえば、豊中市で女の子がブロック塀によって亡くなった事件がありましたが、これを受けて行政では全国の幼稚園や学校に点検指示の通達を出したそうで、後付けではありますが教訓になっています。
 さてこれら各災害からの課題・教訓による最近の動きですが、まず避難するタイミングは「避難所へ行く」ことではなく「安全を確保する」ことであることに注視してほしいとのことです。
 次にNPO等との連携ですが、行政が担っている対応の一部を担当する場合があり、そのために連携会議等が開催される例も出てきている由です。
 その他鉄道の予告運休や人とペットの対策ガイドラインの更新等も行われているとのこと。
 特に大事なのが市民団体との連携で災害ボランティアセンターによるコーディネートが重要である由。
 地域防災力の向上は、天災を人災にしないことにも繫がります。(地域社会による相互支援)
2019/10/05のBlog
[ 15:26 ] [ 生活・社会 ]
日 時 2019年10月5日(土)10時~12時
 アメリカのキリスト教内における福音派に焦点をあてたお話
しでした。
 西ヨーロッパでは宗教改革後、キリスト教は様々な教派に
分かれました。
●フランス・スペイン・アイルランド等 → カトリック
●ドイツ・北欧等 → ルター派(プロテスタント)
●スイス・オランダ・スコットランド等 → 長老派・改革派
●イギリス → イギリス国教会 等々
 米国には上記の人々が移住してきており、教派を超えて福音派(活動的な雰囲気)が構成されています。
 この福音派の道徳・価値観は、聖書に忠実というよりは伝統的な信仰やライフスタイルを変えたくないとするもので、もともと穏健な政治的立場を取っていた由です。
 白人福音派は2016年の大統領選挙で実に81%の人がトランプに投票したそうです。
 それは2015年の連邦最高裁が同性婚の権利を認め、中絶を制限する州法を違憲としたことで、これを当時のオバマ大統領が歓迎し、そしてこの方針をヒラリー・クリントンが継承することがほぼ明らかだったことによるものだとか。
 さて、それでは来年の大統領選挙は白人福音派が再びトランプに投票するのでしょうか。
 今のところ福音派がトランプを支持しない理由が見当たらないとのことですが・・・・・
2019/10/04のBlog
[ 15:39 ] [ 生活・社会 ]
日 時 2019年10月4日(金)10時~11時30分
 かつて阪神淡路大震災や東北大震災を経験し、30年以内
には南海トラフ地震が発生すると言われている昨今、これら
の災害をいかに乗り越えるかの講座がありました。
 まず防災の基本は災害を知り、己を知ることが、(1)災害を
知る<どのような状況下でどのように発生するか>、(2)己を
知る<自分や家族の状態や災害リスクを知る>、(3)対策を
立てる<予防対策>等々だそうです。
 そして防災の原点ですが、①自分がケガをしないこと、②自分から行動を起こすことだとか。
 また地域の防災力を上げるためには、防災教育が必須である由です。
 そのためには各々が使命感を持つことで、実際に公助には時間的・人数的に限界があるからです。
 さて地域防災力の担い手ですが、行政の他に「小・中・高校」「消防団・公民館」「社協・医療・福祉団体」「民生委員・ボランティア・地元企業」等が考えられ、これらと連携を取る中で自ら行動し、助け合うことが重要で、いわゆる自助・共助・の取組みが望まれる由です。
 なお日本は現在高齢化社会で、今大きな災害が起きると多くの高齢者が犠牲になることが考えられるわけで、それは「身体能力の低下」「判断能力の低下」「コミュニティ力の低下」等により、自力で避難行動をとることが困難だからです。
 要は危機意識を持って災害トレーニングを行い、自分に何が出来るかを考えましょうとのことでした。
2019/09/29のBlog
[ 14:10 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年9月28日(土)14時~15時30分
 「百舌鳥・古市古墳群」がユネスコの世界遺産に登録されたこと
により、この古墳群の被葬者等について講演がありました。
 古墳時代は倭国が形成された時代で、前方後円墳をはじめと
する古墳により身分秩序が表示されていました。
 「百舌鳥・古市古墳群」は4世紀末に成立した河内政権の古墳で
講演内容は5世紀を中心とした倭国王他のお話しです。
 ひと口に河内政権と言ってもどのような政権だったのでしょうか。
 たとえば、倭国の大和王権が奈良から河内に進出してきたもの、いやそうではなくて王族か他の勢力によるクーデタで王権が交替したもの・・・・・等々考えられます。
 記紀(古事記・日本書紀)が言う、仲哀天皇と神功皇后の子・後の応神天皇と、仲哀天皇と大仲姫の子・香坂王、忍熊王との皇位継承争いをどのように見るかも興味深いところです。
 さて河内政権の王統譜ですが、応神→仁徳→履中→反正→允恭→安康→雄略・・・と続きます。
 この古墳群の一番大きな古墳は大仙古墳で、宮内庁によれば仁徳天皇陵とされています。
 一方 大仙古墳から造出された須恵器等から推測して、この古墳は5世紀中葉のものと思われ、その頃に没した天皇は允恭(453年または454年没)であるので、大仙古墳は允恭墓とも言えるとか。
 そのように考えていくと応神墓は津堂城山古墳、仁徳墓は仲津山古墳・・・ということになる由です。
 古代は記紀によって記述が異なる部分もあり、外野席としましては興味津々と言ったところです。