ニックネーム:  パスワード:
| MyBlogトップ | Blogポータル | ブログガイド | よくある質問 | サポート |
まなびの会
記事一覧イベント一覧
[ 総Blog数:1508件 ] [ このMyBlogをブックマークする ] [ RSS0.91  RSS1.0  RSS2.0 ][ ATOM ]
2019/10/10のBlog
[ 20:27 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 2019年10月10日(木)14時~15時30分
 今回の関西文化に育まれた文学では、宮沢賢治の「銀河鉄道
の夜」が取り上げられました。
 宮沢賢治といえば岩手県花巻出身で、関西には縁がないと思
われがちですが、この童話を21世紀初めにミュージカル化した
のが宝塚歌劇でした。
 そのパンフレットには「数々の詩情あふれる童話や詩を遺した
作家・宮沢賢治の作品の中から最高傑作を取り上げ、その純粋
と繊細な世界に賢治自身のヒストリーを重ね合わせて舞台化したファンタジー・・・」と記されています。
 この童話は「現実~夢~現実」の構成で、主人公・ジョバンニが夢で見る死後に乗る鉄道の話しです。
 ジョバンニと一緒に乗っているのが親友のカムパネルラで、彼はいじめっ子・ザネリが川で溺れているのを助けに行き、ザネリは助かるが自分は犠牲になってしまったものです。
 その他鳥捕りや豪華客船が氷山にぶつかって沈んだ時の犠牲者・家庭教師と子供達も乗ってきます。
 銀河鉄道は誰でも乗れますが、降りる所は人によってマチマチのようです。
 さて、この童話は賢治の最愛の妹(トシ)が亡くなった頃から書き始めたようで、推敲に推敲を重ね、実に4稿まである由です。
 カムパネルラが自分を犠牲にしてまで友人を助けたこと等を通して、賢治は「私とあなたは別々ではなく、すべての物がつながっている。」という考えなのでしょうとのことでした。
2019/10/07のBlog
[ 18:36 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年10月7日(月)14時~15時30分
 第2次世界大戦後の都市を取り巻く複雑な社会条件等について
港町・神戸に焦点をあてた講座がありました。
 海港都市・神戸は1868年に開港し、昨年開港150周年を迎え
ました。
 開港から居留地や雑居地が形成されて、北野町・山本通の洋風
建築物や旧居留地の近代建築、さらに中華街も大きく変容しなが
ら今に至っています。
 一方 現在の中心市街地である三宮~元町には第2次世界大戦の戦災や占領による痕跡と1995年の阪神淡路大震災による震災跡が混在する極めて特異な姿を見ることができます。
 今回の講座のベースとなる資料は、公文書(日本・米国)、新聞(神戸新聞等)、雑誌(GHQ等)、写真(所蔵者等)その他体験者の手記等々である由。
 神戸港の経緯は、古代・中世は日宋貿易の拠点、近世は兵庫の津としての交通の要衝、近代は世界を代表する国際貿易港と・・・発展してきました。
 この神戸が第2次世界大戦時に大空襲をうけ、市街地の6割以上が罹災したとのことです。
 敗戦後は進駐軍による占領と市民による闇市がほぼ同時にはじまったようでした。
 そして占領軍による接収(旧居留地の神港ビルを司令部に、焼け残ったビルを業務目的に、ホテルや個人所有の邸宅を将校の宿舎に・・・)が行われたとのことでした。
2019/10/06のBlog
[ 15:05 ] [ 生活・社会 ]
日 時 2019年10月6日(日)10時~12時
 地域の自主防災会を対象に、防災に関する知識と技術の向上
のため「地域防災セミナー」がありました。
 その主旨は、地域と行政・企業・NPO等の連携により、地域防
災をいかに向上させていくかについて、事例を交えての講演で
した。
 まず最初は昨年(2018年度)の災害(大阪北部地震・台風21
号・西日本豪雨等々)について、その特徴や課題等について詳細
な解説がなされました。
 たとえば、豊中市で女の子がブロック塀によって亡くなった事件がありましたが、これを受けて行政では全国の幼稚園や学校に点検指示の通達を出したそうで、後付けではありますが教訓になっています。
 さてこれら各災害からの課題・教訓による最近の動きですが、まず避難するタイミングは「避難所へ行く」ことではなく「安全を確保する」ことであることに注視してほしいとのことです。
 次にNPO等との連携ですが、行政が担っている対応の一部を担当する場合があり、そのために連携会議等が開催される例も出てきている由です。
 その他鉄道の予告運休や人とペットの対策ガイドラインの更新等も行われているとのこと。
 特に大事なのが市民団体との連携で災害ボランティアセンターによるコーディネートが重要である由。
 地域防災力の向上は、天災を人災にしないことにも繫がります。(地域社会による相互支援)
2019/10/05のBlog
[ 15:26 ] [ 生活・社会 ]
日 時 2019年10月5日(土)10時~12時
 アメリカのキリスト教内における福音派に焦点をあてたお話
しでした。
 西ヨーロッパでは宗教改革後、キリスト教は様々な教派に
分かれました。
●フランス・スペイン・アイルランド等 → カトリック
●ドイツ・北欧等 → ルター派(プロテスタント)
●スイス・オランダ・スコットランド等 → 長老派・改革派
●イギリス → イギリス国教会 等々
 米国には上記の人々が移住してきており、教派を超えて福音派(活動的な雰囲気)が構成されています。
 この福音派の道徳・価値観は、聖書に忠実というよりは伝統的な信仰やライフスタイルを変えたくないとするもので、もともと穏健な政治的立場を取っていた由です。
 白人福音派は2016年の大統領選挙で実に81%の人がトランプに投票したそうです。
 それは2015年の連邦最高裁が同性婚の権利を認め、中絶を制限する州法を違憲としたことで、これを当時のオバマ大統領が歓迎し、そしてこの方針をヒラリー・クリントンが継承することがほぼ明らかだったことによるものだとか。
 さて、それでは来年の大統領選挙は白人福音派が再びトランプに投票するのでしょうか。
 今のところ福音派がトランプを支持しない理由が見当たらないとのことですが・・・・・
2019/10/04のBlog
[ 15:39 ] [ 生活・社会 ]
日 時 2019年10月4日(金)10時~11時30分
 かつて阪神淡路大震災や東北大震災を経験し、30年以内
には南海トラフ地震が発生すると言われている昨今、これら
の災害をいかに乗り越えるかの講座がありました。
 まず防災の基本は災害を知り、己を知ることが、(1)災害を
知る<どのような状況下でどのように発生するか>、(2)己を
知る<自分や家族の状態や災害リスクを知る>、(3)対策を
立てる<予防対策>等々だそうです。
 そして防災の原点ですが、①自分がケガをしないこと、②自分から行動を起こすことだとか。
 また地域の防災力を上げるためには、防災教育が必須である由です。
 そのためには各々が使命感を持つことで、実際に公助には時間的・人数的に限界があるからです。
 さて地域防災力の担い手ですが、行政の他に「小・中・高校」「消防団・公民館」「社協・医療・福祉団体」「民生委員・ボランティア・地元企業」等が考えられ、これらと連携を取る中で自ら行動し、助け合うことが重要で、いわゆる自助・共助・の取組みが望まれる由です。
 なお日本は現在高齢化社会で、今大きな災害が起きると多くの高齢者が犠牲になることが考えられるわけで、それは「身体能力の低下」「判断能力の低下」「コミュニティ力の低下」等により、自力で避難行動をとることが困難だからです。
 要は危機意識を持って災害トレーニングを行い、自分に何が出来るかを考えましょうとのことでした。
2019/09/29のBlog
[ 14:10 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年9月28日(土)14時~15時30分
 「百舌鳥・古市古墳群」がユネスコの世界遺産に登録されたこと
により、この古墳群の被葬者等について講演がありました。
 古墳時代は倭国が形成された時代で、前方後円墳をはじめと
する古墳により身分秩序が表示されていました。
 「百舌鳥・古市古墳群」は4世紀末に成立した河内政権の古墳で
講演内容は5世紀を中心とした倭国王他のお話しです。
 ひと口に河内政権と言ってもどのような政権だったのでしょうか。
 たとえば、倭国の大和王権が奈良から河内に進出してきたもの、いやそうではなくて王族か他の勢力によるクーデタで王権が交替したもの・・・・・等々考えられます。
 記紀(古事記・日本書紀)が言う、仲哀天皇と神功皇后の子・後の応神天皇と、仲哀天皇と大仲姫の子・香坂王、忍熊王との皇位継承争いをどのように見るかも興味深いところです。
 さて河内政権の王統譜ですが、応神→仁徳→履中→反正→允恭→安康→雄略・・・と続きます。
 この古墳群の一番大きな古墳は大仙古墳で、宮内庁によれば仁徳天皇陵とされています。
 一方 大仙古墳から造出された須恵器等から推測して、この古墳は5世紀中葉のものと思われ、その頃に没した天皇は允恭(453年または454年没)であるので、大仙古墳は允恭墓とも言えるとか。
 そのように考えていくと応神墓は津堂城山古墳、仁徳墓は仲津山古墳・・・ということになる由です。
 古代は記紀によって記述が異なる部分もあり、外野席としましては興味津々と言ったところです。

2019/09/28のBlog
[ 01:09 ] [ 政治・経済 ]
日 時 2019年9月27日(金)10時~11時30分
 令和の時代を迎え、これからの日本の政治経済についての
講座がありました。
 令和時代の問題点と言えば何と言っても少子高齢化と人口の
減少でしょう。
 すなわち令和4年頃から団塊の世代が75才以上の後期高齢
者になりはじめ、その3年後くらいにはピークに達します。
 前期高齢者に比べ、後期高齢者は医療費にしろ介護費にしろ
5倍はかかると言われており、これに対する財政問題をどうするかがあります。
 一方 令和35年前後には日本の人口は1億人を割ると予想されており、そうなれば造りて(供給)も買い手(需要)も減ってきますので、経済に大きな影響が起こり得ます。
 この人口減に対し、外国人(労働者)の移住(移民)増が起こりますが、現在の位置付けは働き手不足に対応するもののようです。
 表面化はまだしていませんが、なにしろ外国人移民は、アメリカ、ドイツについで日本は世界第3位になってきてるそうです。
 また世界の金融は、アメリカは利下げ・減税を、欧州でも利下げ観測です。
 すなわち、世界の景気にかげりが見えてきていると言えそうです。
 平成の時代に少子高齢化に対し、有効な手を打てていなかったのは、痛手になるのではとのことでした。
2019/09/26のBlog
[ 18:36 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 2019年9月26日(木)13時30分~16時
 ルネサンスの巨匠・レオナルド・ダ・ヴィンチの絵に「岩窟の聖母」
がありますが、これが何と2枚あり、しかも構図もほとんど同じで
ある由です。
 そこでレオナルドの没後500年となる今年、その謎解きを楽し
もうとする講座がありました。
 1枚はパリのルーブル美術館に、あと1枚はロンドンのナショナル・
ギャラリーにあるとか。(写真左はパリ版、右がロンドン版)
 どちらの絵にも聖母マリアとキリスト、洗礼者ヨハネと天使が岩窟を背景に描かれています。
 若干の違いは、天使の右手や視線(表情)で、その他色調や植物等も挙げられます。
 絵の元々の注文主はイタリア・ミラノのサン・フランチェスコ・グランデ聖堂の司祭長だそうです。
 注文主の制作希望は、下記だったようです。
 ●中央パネル:聖母とイエス、天使と予言者を描くこと。
 ●左右パネル:唱歌・奏楽天使(左右2人ずつ)を描くこと。
 なお、天使を描いた左右パネル2枚は、ナショナル・ギャラリーにのみ所蔵されているそうです。
 レオナルドが注文を受けて描き、グランデ聖堂に設置されたのは、研究者によれば現ロンドン版であり、レオナルドが最初に描き始めたのはパリ版だそうで、何らかの事情(信徒側はパリ版に不満で、後にロンドン版を描いた?料金係争?等々)で、最終的に納品したのがロンドン版であろうとのこと・・・・・
2019/09/22のBlog
[ 07:54 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 2019年9月21日(土)10時~12時
 アメリカのノーベル賞作家・ヘミングウエイのパリ時代の話し
が中心の講座がありました。
 彼は1899年にアメリカで生まれ、第一次世界大戦の北イタ
リア戦線で重症を負い、戦後はフリー記者をつとめました。
 そして特派員としてパリ(1921~28)に渡った頃から、本格的
に小説を書き始めたそうです。
 その後の主な経過は、1929年「武器よさらば」、1940年
「誰がために鐘は鳴る」、1952年「老人と海」等を次々と執筆し、1954年「ノーベル賞受賞(受賞式は体調不良で欠席)」、1961年「猟銃自死」・・・・・です。
 パリではいろんな人の知遇を得ますが、中でも小説修行時代の師がユダヤ系アメリカ人のガートルード・スタインと言われています。
 この頃のパリは芸術家のメッカで、世界中から芸術家(例:ピカソ、シャガール、藤田等々)が集まり、芸術実験が行われていました。
 師のスタインは、パリ・モダニズム芸術運動の推進者でしたので、そのサロンにはマチスやコクトー等も集まり、ヘミングウエイも参加していましたから、そこでいろいろと影響を受けたようです。
 スタインは「言葉で絵を描く」「楽譜で物語を書く」等、ジャンル越境を行っており、ヘミングウエイもパリで出会ったセザンヌの絵(人間の知覚に忠実)のように小説に着手していったとのことでした。
2019/09/20のBlog
[ 19:07 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 2019年9月20日(金)13時30分~15時
 地域で活動されている2人組(ヴォーカル・ギター)のラテン
ミュージシャンによるなつかしのラテン音楽を聴いてきました。
 ラテン音楽は中南米発祥の音楽ですが、結構多種多様で
たとえばカリブ系(キューバ他)はルンバやマンボ、ブラジル系
はサンバやボサノヴァ、そしてアルゼンチン系はタンゴ等と
なっています。
 今回はまず「美しい空」を意味する「シェーリト・リンド」から
スタートでした。
 そして「キエレメ・ムーチョ(もっと愛して)」の後は、「たぶん・たぶん・たぶん」を意味する「キサス・キサス・キサス」で、その内容は恋人にいろんな事について問いかけるが、相手はいつも「たぶん」としか答えてくれないというものです。
 続いて「キエンセラ(だれかしら)」「ベサメ・ムーチョ(わかれの歌)」の後に、妻を亡くした悲しみを歌ったおなじみの「ある恋の物語」の演奏がありました。
 また往年のアントニオ古賀のオハコであった「その名も富士山」、サイモン&ガーファンクルによって大ヒットした「コンドルは飛んでいく」も披露されました。
 最後はギターの伴奏で、「青い山脈(若く明るい歌声で・・・)」と「川の流れのように(知らず知らず歩いて来た・・・)」を観客全員で歌いお開きとなりました。