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2019/04/13のBlog
[ 17:03 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年4月13日(土)13時30分~15時
 古墳時代の中国や朝鮮半島との交易には瀬戸内海の海路が
重要な役割を果たしていた由にて、その中心である阪神地域に
ついて解説をしていただきました。
 海外交流を時代別に見てみますと・・・
・弥生時代(~3世紀)⇒漢との外交・交易
・古墳時代前期(~4世紀前半)⇒魏・晋、朝鮮との外交・交易
・古墳時代前~中期(~5世紀)⇒伽耶(朝鮮半島)との交流
・古墳時代中~後期(~6世紀)⇒中国南朝、百済・新羅との交流

これを古墳の展開と照らし合わせますと・・・
・古墳時代前期⇒神戸市東部を中心に展開(処女塚古墳等)
・古墳時代中期前半⇒大型古墳なし
・古墳時代中期後半・後期⇒芦屋(金津山)、西宮(津門)等
 なお阪神間には、猪名乃浦・六児乃泊・務古水門等の地名
が見え、「浦」「泊」「水門」等「港」を現す語が入っていること
から、交易に重要な役割をはたしていたことが伺えます。
 よってこの辺には海路を司る豪族が居たと思われる由です。
2019/04/11のBlog
[ 14:52 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 2019年4月11日(木)10時~11時30分
 阪神間ゆかりの作家から今回は長く苦楽園に住み(30年間)
どん底の生活を送りながら作家活動を続けた「黒岩重吾」につ
いてのお話しでした。
 彼は1924年に大阪市此花区に生まれ、同志社大学を卒業
して證券会社に勤めたり、株ブローカーなどをしていましたが、
全身マヒ等により思うような生活ができませんでした。
 その後執筆活動に入り、1961年の長編小説「背徳のメス」が
直木賞を受賞し、一躍社会派ミステリーの第一人者に躍り出ました。
 しかし彼はほどなく古代史ロマンに転身していきます。
 その理由は、第一に青少年時代の遊び場が百舌鳥古墳群周辺(仁徳天皇陵等)であったこと。
 第二にドライブで訪れた橿原神宮(神武天皇を祀る)において啓示とも受け取れる体験をしたこと。
 第三は昭和47年に高松塚古墳の壁画が発見されたこと・・・が一本の回路につながったからです。
 最初の古代史小説は「天の川の太陽」で、吉川英治文学賞を受賞するなど、高い評価を得ました。
 その内容は、大海人皇子(後の天武天皇)を主人公に、古代史最大の内戦と言われる壬申の乱に至るまでの10年余りを、朝鮮半島の情勢をからめながら描いている大作です。
 以後、「紅蓮の女王・小説推古女帝」「落日の王子・蘇我入鹿」「天翔ける白日・小説大津皇子」「聖徳太子・日の影の王子」など話題作を次々と発表していったとのことでした。
2019/04/09のBlog
[ 18:29 ] [ 環境・健康 ]
日 時 2019年4月9日(火)13時30分~15時
 生活習慣病とは、一般に加齢に伴って増える脳卒中・ガン・
心臓病・糖尿病・高血圧・歯周病・骨粗鬆症等々幅広く、それら
の発症予防には飲酒・喫煙・食生活・運動等が大きくかかわって
いると言われています。
 その生活習慣病についてのお話しでした。
 定期健診で生活習慣病と言われたら、まず動脈硬化の検査を
受けてくださいとのことです。
 また高血圧と言われたら、血圧を測定し、その原因を検査で確認して良い治療につなげます。
次に糖尿病と言われたら、採血をして状態を把握し、合併症も
確認することが大事で、特に眼科の受診を忘れないことです。
 そして脂質異常症と言われたら、動脈硬化や甲状腺の検査
を受けるとともに食事の改善をすすめ、それでもあまり変わら
ないようでしたら薬物治療に移行する由。
 最後にガンにならない生活習慣ですが、(1)適切な体重、
(2)運動や身体活動を増やす、(3)健康的な食事、(4)アル
コールを取りすぎない(さらに禁煙)等々でした。
2019/04/08のBlog
[ 18:33 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 2019年4月8日(月)10時30分~12時
 ロシアの大作曲家・チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」と
これまたドイツの大作曲家・ベートーヴェンのピアノソナタ第8番
「悲愴」をCDで聴き比べる機会がありました。
 前者は4楽章からなる19世紀後半を代表する曲で、コントラ
バスに始まり、コントラバスで終わるちょっとオシャレなものです
が、内容は表題が示すとおり、「悲愴」の情緒を強く表しています。
 第1楽章は、ゆるやかな序奏部と急速な主部からなるソナタ
形式です。
 第2楽章は、優美な曲風でした。
 第3楽章は、リズム的で活発な曲です。
 そして終楽章は、ごく穏やかな速度の悲痛な感じで、全体的には人生への恐怖や絶望等の情緒を表しているのだそうです。
 また後者は、ベートーヴェンのピアノソナタの中でも最も有名なもののひとつで、楽譜が出版された時に、その表紙に「大ソナタ悲愴」と印刷されていたとか。
 第1楽章は序奏付のソナタ形式で、「悲愴」というタイトルはこの序奏にちなむものとのことで、第2楽章は抒情的で気品があり、終楽章は軽やかながらも陰りのあるものでした。
 (写真は、チャイコフスキー博物館)
2019/03/28のBlog
[ 16:59 ] [ 音楽・美術 ]
日 時 2019年3月28日(木)13時30分~15時
 17世紀のオランダを代表する画家・フェルメールの作品が
6点も日本にやってきました。
 彼の絵画の魅力は独特の光の表現であったり、いわくあり
げな眼差しを交わす人物表現にあるのではと推察いたします。
 今回は展示作品を中心に解説をしていただきました。
 最初にご紹介いただいたのは若き日のフェルメールが描いた
宗教画「マルタとマリアの家のキリスト」で、働き者のマルタ(姉)
となまけ者のマリア(妹)、そしてキリストの3人が三角形の構図になっており、安定感があります。
 次に風俗画「取り持ち女」で、娼婦に客が言い寄っているところを取り持ち女が見ている絵ですが、もう一人こちらを見ている人が登場していて、これは我々鑑賞者へのナレーターである由。
 その次は「リュートを調弦する女」「手紙を書く女」で、前者は女性が調弦をしながら帰っていく恋人を見ているのではとのことで、これは画中の楽譜(この頃は恋人同士のプレゼントに使用)で推測できる由、また後者も女性が手紙を書いていますが、背後にかかっている絵からやはり恋人宛てであろうとのことでした。
 そして「恋文」ですが、この当時は丁度郵便制度が確立された時で、当然恋人同士がこれを使わない手はないということでしょう。
 また「手紙を書く婦人と召使い」(写真)ですが、フェルメール晩年の作品で、最高傑作であると言われており、召使いが意味ありげに窓を見ている姿は我々にいろんな想像を与えてくれますとのことでした。
2019/03/23のBlog
[ 17:43 ] [ 環境・健康 ]
日 時 2019年3月23日(土)13時30分~15時
 人生100年時代と言われる今日、健康寿命についていろ
いろとお話しをお伺いしてきました。
 ある調査によれば、平均寿命は毎年3カ月ずつ伸びてきた
由で、1840年に45才だった平均寿命が今や80才を超え、
このまま伸びれば100才すら超えることになります。
 いくら伸びると言いましても、やはり限界があるでしょうが
遺伝子の研究によれば115~120才位までは可能ではとの
見解もあるのだとか。
 ただいくら寿命が延びても、健康でなければ意味ありません。
 そこで比較的健康寿命が長い地域をピックアップしてその理由を探ってみますと、次のようでした。
 すなわち「要介護状態」の発生リスクには、(1)運動の実施、(2)笑わない人は健康感が悪い、(3)役割(世話役)を担って社会参加、(4)多様なつながり、(5)配食サービスより会食を、(6)趣味の会へ参加等々で対応することが肝要なようです。
 また、どのような町が高齢者にとって幸福で健康な町なのでしょうか。
 たとえば、(1)場所やお金・人手を提供、(2)施設準備や専門職の育成、(3)知恵の支援等々が考えられ、システムを高齢化に対応させ、高齢者もまた社会参加して社会を支える側にまわれるようなやさしい町づくりの推進が必要であるとのことでした。
2019/03/19のBlog
[ 19:28 ] [ 文学・宗教 ]
日 時 2019年3月19日(火)13時30分~15時
 万葉集において「藤」を詠んだ歌は27首ある由にて、
それらの中から代表的なものをご教示いただきました。
 「ふじ」は「藤」で「吹き散る」の意味があり、マメ科の
蔓性落葉低木です。
 藤の出てくる一番古い書物は古事記の中巻・応仁条
だそうで、藤には霊力があるという話しがあるとのこと。
 また佐賀県に「藤津郡」という所がありますが、これは
日本武尊がクマソ退治の時に舟を藤の木につないだという伝説からきている由。
 その他明石市にも「藤江」という地名があり、これは「播磨国風土記」に出てくるとのこと。
 さて本論の万葉集からは、まず防人の歌のひとつで「藤波の 花は盛りに なりにけり 奈良の都を 思ほすや君」(ここ大宰府の藤の花が今満開になりましたが、奈良の都も満開のはずで、あなたの都の邸宅を思い出されることでしょう)がありました。
 そして山部赤人の歌は「恋しけば 形見にせむと 我がやどに 植えし藤波 今咲きにけり」(恋しいあなたを思って私の家の庭に植えた藤が今咲いてきました)です。
 また「ほととぎす 来鳴きとよもす 岡辺なる 藤波見には 君は来じとや」(ほととぎすがやって来て鳴くここの見事な藤をあなたは見にこないのでしょうか)と藤にかこつけて誘っている歌です。
 その他、上記の短歌とは別に長歌についてもご披露いただきました。
2019/03/14のBlog
[ 16:26 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年3月14日(木)13時30分~15時
 無形文化財の翁舞についてのお話しです。
 「隣忠見聞集」(能楽史料)に「幸太夫はいつ頃よりか小鼓と
なる、是今の幸家なり」とあり、能楽家・幸家(神戸市摩耶山
上野村)が翁舞を行っていたようです。
 その昔、孝謙天皇の頃に干ばつ時に幸家が翁舞で雨を降ら
せた功により、「王」の字を賜り、その後は「幸王太夫」と呼ば
れるようになった由です。
この翁舞は明治時代までは広く行われていたようで、
「西摂大鑑」(明治44年刊)によれば、「翁面 俗に雨乞い
の面といふ・・中略・・幸王太夫は薪の能に出勤」とあり。
 特に神戸北区を中心に出向いていて、秋の祭礼に翁舞
を行ってもらった御礼に地元の人がお米を送った記録が
あり、それによれば現在の神戸電鉄沿線の西畑、屏風村
五社八幡、堀越、唐櫃等々の地名が見てとれました。
 なお翁舞は「舞う」と言わず「ふむ」と言うのだそうです。
2019/03/11のBlog
日 時 2019年3月11日(月)13時~15時30分
 古代ギリシャの英雄叙事詩「オデュッセイア」と日本の古典で
ある幸若舞「百合若大臣」に多くの類似点があるという議論が
あることから、これらについて解説をしていただきました。
 まず「オデュッセイア」の概要ですが、古代ギリシャの二大英
雄叙事詩のひとつで「イリアス」と並びホメロスの作とされてい
るものです。
 物語はトロイア戦争の後日談で、主人公・オデュッセウスは
木馬の計略により、トロイアを滅ぼした英雄です。
 しかし戦争後10年におよぶ放浪の末故郷に帰り、留守中に妻に言い寄っていた求婚者たちに報復するというものです。
 また「百合若大臣」の概要は、蒙古襲来の時に討伐軍の大将に任命された百合若大臣は遠征(海戦)で勝利を収め、その帰途に孤島で休息しますが、この時に部下に置き去りにされてしまいます。
 そして3年後に釣り人に救われて帰国し、新年の競射会で名乗りをあげて部下を処罰し、妻と再会し上京して父母とも再会するというものです。
 なお幸若舞とは、室町時代に流行した語りを伴う舞のことで、軍記ものが多いとのことです。
 これらの共通点は「流浪の英雄が帰国して復讐する」「クライマックスは弓の競射会において本人であることを実証する」等の内容があるとのことでした。(類似性には賛否両論がある由)
2019/03/08のBlog
[ 18:41 ] [ 歴史・考古 ]
日 時 2019年3月8日(金)14時~15時30分
 1945年・第2次世界大戦の敗戦を日本陸軍の指導者達は
どのように迎えたのでしょうか。
 今回は8月15日未明に自ら命を絶った陸軍大臣・阿南惟幾
について考えるというセミナーでした。
 阿南惟幾の略歴は・・・
 ・1887年:東京に生まれる。
 ・1905年:陸軍士官学校を卒業。
 ・1918年:陸軍大学校を卒業。(その後、シベリア出兵に従軍・フランス留学)
 ・1934年:東京陸軍幼年学校長(~1936年)
 ・1942年:第2方面軍司令官として中国・東南アジアに派遣。(~1944年)
 そして1945年(昭和20年)に陸軍大臣に就任(4/5)、御前会議(6/8)、沖縄戦終結(6/23)、広島・長崎に原爆投下(8/6・8/9)、玉音放送(8/15)と続き、その未明に自決しました。
 その前日(8/14)の御前会議で日本は降伏を決定(ポツダム宣言を受託)しましたが、阿南の義弟・竹下中佐ら若い将校はこれに反対でした。(阿南は政府の人間でしたので、板ばさみになります。)
 陸軍(若い将校)は近衛師団を中心にひそかにクーデターを計画し、竹下は阿南の説得にかかりますが、阿南はすでに自刃を決意していたので、竹下はくしくもこれに立ち会うことになったとのこと。
 なお辞世は「大君ノ深キ恵ニ浴シ身ハ言ヒ残スベキ片言モナシ」です。(クーデターは中止になる)