貴族の住まい・庶民の住まい

日 時 平成30年9月7日(金)13時〜14時30分
 平安時代の貴族と庶民の住宅事情についてご教示賜りました。
 現在 京町屋は道路に面して軒が連なり直接入口があります。
 しかし、平安時代の初期にはこの形式の住宅はなく、貴族の
寝殿造は築地塀で囲まれているし、庶民の家も塀で囲まれて
敷地の中に建っていたそうで、前述のようになるのは平安時代
後期頃からとのこと。
 まず貴族住宅の型式である寝殿造のことですが、中央に南面
して寝殿を建て、その左右背後に対屋を設け、寝殿と対屋は廊下(渡殿)で連絡されています。
 また寝殿の南庭を隔てて池を作り、池には中島を築き、池に臨んで釣殿を設けます。
 邸の四方に築垣を設けて、東西に門を開くようになっています。
 寝殿は基本的に主人と家族の限られた私的な住居空間で、客人はよほど親しい者以外はここには入れないことになっている由。
 さて一方庶民の住宅はと言いますと、広さは前述の貴族の邸宅の32分の1を基本としており、道路側は築地塀で囲まれていましたので門を開くことが出来ず、その中に小道を作り、その小道に面して入口が造られていたとのことです。(現在の京町屋とは基本的に異なる)
 またその位置ですが、貴族の邸宅は平安京の北部に集中していたのに対して、庶民階級の住宅は南部、特に五条〜七条界隈に集中していたとのことでした。