平安前期の仏像

日 時 平成30年6月12日(火)14時〜15時30分
 平安京に都が移され、政治の世界では桓武天皇〜平城天皇〜
嵯峨天皇へと新しい国家が確立し始めます。
 また、最澄や空海らが新しい仏教を唐から学び、仏の世界観も
新たな展開を見せ始めました。
 その新しい風が吹く平安時代前期にはどのような仏像が造られ
信仰されたのでしょうか。
 この時代の仏像についてお話しを伺いました。
 この時代(弘仁・貞観)に多く造られたのは、「如来」と「菩薩」だそうで、前者は真如(真実)の国(世界)からやって来た尊い御方のことで、お釈迦さまが出家をして悟りを開いたところをイメージしている由です。
 また後者は悟りの境地を求めての御方で、お釈迦さまが出家する前をイメージしているとのこと。
 なおこの時代は天変地異がかなり勃発したようで、主なものは、隕石の落下(861)、富士山噴火(864)、地震と津波の発生(869)、鳥海山噴火(871)、開聞岳噴火(874)等々があり、早良親王の祟りとも言われて、より信仰が重要視されたのではないのでしょうか。
 当時の仏像をいくつか紹介していただきましたが、重文では薬師如来立像(孝恩寺):医療のプロ、千手観音立像(大報恩寺):変幻自在、十一面観音坐像(擽野寺):エキゾチック・・・等々。
 また国宝では薬師如来坐像(新薬師寺):眼の病に霊験あらたか、釈迦如来立像(神護寺):医師・薬剤師の免許を持つ、阿弥陀如来坐像(清凉寺):平安王朝の美男子(源融か)がモデル・・・等々でした。