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FCCブログ 土木のゆかいな仲間たち
記事一覧イベント一覧
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2011/06/20のBlog
[ 08:40 ] [ FCC全体会議 ]
今年度第2回FCC全体定例会議の開催を以下のとおりお知らせします。

お時間の許す限りご参加いただき、FCCメンバーの皆さんのご意見をいただきたいと思います。

いよいよ「どぼくカフェ」も始動!
皆さんと楽しく企画できたらと思っております。

【第2回FCC全体定例会議】

議題:

 ・第1回どぼくカフェの詳細について

 ・「土木の日連絡会議」の準備(6/28)について

日時:

 6月21日(火)18時~

場所:

 鹿島建設株式会社関西支店9階
 (部屋は未定。張り紙で案内します)
 (大阪市中央区城見2-2-22 マルイトOBPビル9階)
 ※添付ファイルをご参照ください。

2011/06/14のBlog
[ 13:10 ] [ 情報発信 ]
今年のFCCも楽しみなイベントを企画中!
詳細決まり次第、このブログでアップします。

こうご期待!

1.どぼくカフェ
第1回 土木マニア・コラボ(仮称) (場所、日時は未定/7~8月を目途) 

ダムマニアと異種のマニア(ジャンクションマニア等)による土木の魅力を語る会

第2回 大阪ブリッジツアー(仮称) (場所、日時は未定/9~10月を目途)

 橋マニアと橋屋(専門家)ともに大阪の橋を船で巡るツアー

第3回 土木ガール会(仮称) (場所、日時は未定/2~4月を目途に実施)

 土木を目指す女子学生、土木を職業にするキャリアウーマン等による、女性の視点から見た土木の魅力とは?



2.フォーラム・広域版どぼくカフェ
with Dam Night in kansai (仮称) (11~12月を目途に実施)

 多方面で活躍するダムマニアとダム屋(専門家)を中心に、ダムの魅力を語る会

詳細決まり次第、このブログでアップします。

こうご期待!
2011/05/10のBlog
[ 17:59 ] [ FCC全体会議 ]
今年度第1回全体定例会議を下記のとおり開催します。
今年度最初の会議となりますので, FCCメンバーの皆さんにおかれましては,出席よろしくお願いします。

 ■日時:平成23年5月17日(火) 18:00~  ■場所:鹿島建設関西支店 9階プレゼンテーションルーム
 ■議題:平成23年度の活動計画
 ・どぼくカフェ、フォーラムの企画について
 ・「土木の日連絡会議」の主催について など


 ※鹿島建設関西支店 大阪市中央区城見2-2-22 マルイトOBPビル
 (JR京橋駅,京阪京橋駅から徒歩すぐ)

2010/11/10のBlog
11月5日に京都造形芸術大学で行いましたフォーラムが無事終了しました.「土木への気づき」を大テーマに芸術を取り上げ,普段我々が足を踏み入れる機会も少ない芸大での開催と,どれだけの人が興味を持っていただけるか不安でした(事前受付者は26名でした.ほぼ土木関係者です).

ふたを開けてみると,京都造形芸術大学,京都精華大学から17名の学生を含む,46名の参加者を得,盛会となりました.普段土木と関わりのない学生さんに多く参加していただけたことは,とても嬉しく思います.

パネリストからの話題提供,およびディスカッションを通じて感じたことは,一般の人に土木に気づいてもらうためには,「ダイナミックに変わりつつある様子」を感じてもらうことに尽きるようです.いかに伝えていくか.大きな課題であるとともに,ひとつの方向性が明らかとなったような気がします.

芸術を専門とするパネリストらも,このような異種格闘技戦のような試みに興味を持っていただけたようで,次もまたやってみたいですね,という話もでています.私もコーディネータという立場でありながら,少し話過ぎました.もう少しうまく運営できたかな,と反省していますが,一般の人に伝えたい土木の話もたくさんあるんですよね.

フォーラムを通じ,私自身この他にも色々と気づくことがありました.ぼちぼちブログに書いてみます.
2010/11/02のBlog
[ 09:19 ] [ FCCフォーラム ]
FCCフォーラム2010 「現代土木は芸術の対象になりうるか?」を今週金曜日に開催しますが,会場となる京都造形芸術大学は,たくさんの建物の集合体であり,かつ瓜生山の斜面にあります.このため,フォーラム会場となる「人間館実習棟(NC) 302教室」へたどり着くのに苦労される方もおられるかと思いますので,京都造形芸大の入り口である「大階段」下から会場までのアクセスをまとめました.

推奨ルートと簡単ルートの2つをお知らせしますが,芸大の雰囲気を満喫するのであれば,推奨ルートをお勧めします!色々な学生さんの作品やギャラリーを横目に見つつ歩くと,フォーラムへの期待感も盛り上がるのでは?
2010/10/25のBlog
イベント一覧のところでもご案内しているように,11月5日に京都造形芸術大学でFCCフォーラム2010「現代土木は芸術の対象になりうるか?」を開催します(http://www.voluntary.jp/weblog/myblog/343/27213#27213).普段は土木関係のところを通じて広報しているのですが,今回は芸大ですることもあり,それっぽいポスターを作成してみました.ご覧あれ.そして是非ご参加ください.
2010/06/08のBlog
本日、菅内閣が発足しました。社会資本整備はどうなるか?あまり期待できそうもないですね。基本的には鳩山内閣の継続といった感じですね。【K】
2010/06/01のBlog
[ 21:18 ] [ どぼくカフェ ]
北天満サイエンスカフェは,2009年10月に誕生した,地域に密着した商店街が主催するユニークなサイエンスカフェです.ここも「どぼくカフェ」の有力な開催候補地と考えています.

まずは第1回のどぼくカフェをここで開催できるかどうか,打ち合わせに行ってきました.近くに大きな商店街もあり,比べると少し寂れた(失礼)感じがしますが,そのような危機感もあり,商店街会長さんが活性化も兼ねて大阪大学の先生と一緒にサイエンスカフェを立ち上げられたそうです.

普段は休日の昼間に路上でサイエンスカフェを開催されているそうですが,この4月から空き店舗を改装して,10 人程度が集える空間に整備されました.一面ガラス張りの空間なので,中で何かをやっている様子は外から丸見えです.商店街会長さんによると,警察へ申請して前の道路を一部サイエンスカフェ用に占有できるとのことで,そのスペースに椅子を並べれば10数人程度のオープンな催しをすることは可能です.そこでビールや軽食をつまみながら「どぼくカフェ」をすることも可能だし,軽食等をその商店街で調達すれば,お互いにハッピーですね.

まず第1 回として,ここをお借りして「どぼくカフェ」を立ち上げてみたいと思います.
[ 20:31 ] [ どぼくカフェ ]
どぼくカフェについて,考えていることを先日書きましたが,土木に関係する話題について,「土木と関係のない人」の目に触れるところで開催することが大事だと考えています.ですので,会場としては,ビルの一室を借りて開くような閉鎖的空間ではなく,人が行き来する横で開催するのが一番だと思っています.

そのような空間として,どぼくカフェの開催候補地の一つとして考えているのが京阪電車なにわ橋駅内にある,アートエリアB1です.駅の一角にあるので駅を利用する人の目に触れやすい,交通の便がよい,などの利点があります.北浜に行く機会があったので,ついでに寄ってみたところ,特にイベントが開かれていなかったせいもあり,シャッターが閉まっていて残念でしたが...
2010/05/30のBlog
[ 07:50 ] [ 大学教授のつぶやき。 ]
先日,「コンクリートから人へ」に関してつぶやいてみました.キャッチコピーがあまりに浅はかであることは別として,我々が次の次元に打って出るためには,このコピーを非難する,あるいは「コンクリート”と”人と」のように,小手先の改良案を提案することでもありません.これに取ってかわるキャッチコピーがあれば,言いわけですね.

土木関連企業として,まず皆さんはゼネコンを思い浮かべるでしょう.そのキャッチコピーを調べてみました.

大成建設「地図に残る仕事」
清水建設「人が創る人の場所」
鹿島建設「100年を作る会社」
竹中工務店「想いをかたちに」
大林組「知恵を、集めて、つくる。」
熊谷組「明日の地球と環境を考える」

他にもあるでしょうか.個人的にはやはり大成のがピカイチですねぇ.土木の魅力を感じます.みなさんはいかがでしょうか?

2010/05/28のBlog
[ 22:52 ] [ 大学教授のつぶやき。 ]
前田建設ファンタジー事業部(http://www.maeda.co.jp/fantasy/index.html)ってご存じですか?前田建設は準大手のゼネコンですが,その活動の一つにファンタジー事業部があります.
ファンタジー営業部では,アニメ,マンガ,ゲームといった空想世界に存在する,特徴ある建造物を当社が本当に受注し現状の技術および材料で建設するとしたらどうなるか,について工期,工費を含めまじめに検討し,公開されています.今までの実績として,マジンガーZの光子力研究所格納庫兼プール建設や銀河鉄道999の発着用高架橋建設などに取り組んでこられました.しばらく営業休止状態だったようですが...

この春より,事業部が復活したとのことです.で,検討物は,機動戦士ガンダムのジャブロー!私の年代ではストライクですね.楽しみにしています.
[ 21:46 ] [ 大学教授のつぶやき。 ]
ドボク・サミットという本をご存じでしょうか?ご存じの方はそうとう濃いマニアだと思いますが...ダムや工場,団地,ジャンクション,鉄塔,水門など,普段見られることを意識しない「土木的な」巨大建造物に魅せられた名物鑑賞者たちが一堂に集結し,2008年武蔵野美術大学で開催されたサミットを収録したものです.なかなか面白い!しかも素晴らしいのは,その鑑賞者の多くは土木専門家ではなく,一般の人ということです.彼らの視点は,逆に土木に関わる我々に新しい魅力を伝えてくれているように思います.まさに「土木への気づき」ですね.

どぼくカフェやフォーラムを通じ,マニアと言われる鑑賞者(自らをドボクエンターテナーと呼んでいる)たちの熱い話を聞いてみたいと思っています(既にマニアのひとりに内諾をいただいています!).
[ 15:45 ] [ どぼくカフェ ]
土木って空気みたいな存在で,普通の人はあまり意識しないですよね.意識するときは,何かトラブルが起きたときか,あるいは○○作業員が事件を起こしたと報道されるときか...

一方,土木に携わっている人は,土木は社会生活でこんなに重要な役割を果たしているのに,なぜ分かってもらえない?との不満を持っているのも事実です.ただ,じっとしていては何もはじまらないので,我々はサロンやフォーラムといった形で,一般の人との交流を深めようと活動してきました.

今年は,単に交流の機会をセットするだけでなく,自分たちから飛び込んでいこう!と,「どぼくカフェ」なる企画を立ち上げます.今までサロンとして活動していたものを,開催場所を駅構内であるとか,商店街といった,日常空間に押しかけ,まずはワイワイガヤガヤやってみよう,と思っています.名前はカフェとおしゃれ?ですが,できれば飲食込みで忌憚のない議論ができればと思っています.

現在第1回を企画中です.詳細が決まりましたら,またお知らせします.ご期待ください!
2010/05/26のBlog
[ 17:45 ] [ 大学教授のつぶやき。 ]
FCCの仲間たちには,以前メールで投げかけた話です.民主党政権となって,彼らのキャッチコピーとして「コンクリートから人へ」を掲げているのはご承知のことだと思います(参議院選挙に向けて,このコピーは使わないようですが).これに対し,「コンクリート」=「土木」のイメージが強いため,土木業界から強い反発が起こっていることもご存じの方もおられるかと思います.

さて,このあまりに単純なキャッチコピーに対し,業界からの非難はもっともなのですが,どちらかというと被害者的な視点による意見が多いような気がします.ただ,被害者であるという意識では,「コンクリートから人へ」の撤回を求める以上の意見は出にくいように思います.

そこで,「コンクリートから人へ」を霞ませるようなキャッチコピーを土木から発信できないものでしょうか?世界第一のコピーライターを雇い,一世一代のコピーを発信する...土木学会をはじめ,建設業界がその利益の数%でもコピーに投資すれば,生み出せないことはないような気がするのですが.

済みません.自分はノーアイデアで無責任極まるところですが,被害者意識では何も生み出せない,そう思った次第です.


今年度より代表幹事を務めさせていただきます高橋です.よろしくお願いします.FCCでは,今までにFCCフォーラム,FCCサロンを通じ,土木にまつわる話題を扱ってきました.今年度から,今まで以上に情報発信に力を入れるとともに,大テーマとして,「土木への気づき」を掲げ,活動する所存です.

「気づき」の重要性につきましては,昨年度のFCCフォーラムでも話題に挙がりました.我々の活動を振り返ってみましても,フォーラムやサロンに足を運んでいただける方は,既に土木に気づいてもらっている方であり,FCCの役目は既に終わっており,土木学会等にバトンタッチすればよいのかもしれません.まだ気づいていない方と交流するためには,我々が積極的に外へ出て行く以外,他にないと思いました.その意味で,今年度は今まで出て行かなかったようなところに出没し,様々な人たちと出会いながら,お互いのことに気づいていければいいな,と思っています.

よろしくお願いします.
2010/01/15のBlog
~橋下知事の下、市民の目線で、行政の常識を打破~

 平成20年2月、大阪府は財政非常事態を宣言し、都市基盤施設の維持管理予算もやむを得ず削減しています。一方、高度成長期以降に整備された道路などの社会資本は大量更新期を迎えています。アセットマネジメントの考え方に基づく、トータルコストの観点からは、戦略的な投資をすべきところですが、厳しい財政事情から、現状維持のための最低限の維持管理費だけを捻り出している状況です。
 
 そこで、将来世代への負担の先送りをできる限り避けるため、保有資産を有効活用して維持管理費に充当することとし、一定期間以上、本来事業の工事着手が見込まれない事業予定地を有効活用した貸付を開始しました。

 橋下知事の就任を機に、従来の行政の常識を捨て、市民の目線で見て「空き地」であれば活用し、1円でもムダを省こうという取り組みです。除草等の維持管理費がかかっていた用地を活用することで、府にとっては維持管理費はかからなくなる上、収入が入ります。

 国庫補助制度上の問題や借地料水準、事業計画との整合などの課題については、これまでに解決できた部分もありますが、現在取り組んでいる部分もあります。忌憚ない意見交換を今後の施策に反映させていきたいと考えています。

日 時:平成22年2月10日(水)18:30~
会 場:大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)5階 セミナー室2
(大阪市中央区大手前1-3-49 / TEL. 06-6910-8500
地下鉄・京阪天満橋駅下車①番出口から東へ350m)
※ ドーンセンターへのアクセス:http://www.dawncenter.or.jp/shisetsu/map.html 参照
参加費:無料(資料代含む) 定員:50名(申込先着順)
話題提供者:大阪府 都市整備部 用地室 財産管理グループ 山田 将義 氏
コーディネータ:大阪府都市整備部交通道路室 福永 良一(FCC副代表幹事)

 【FCCフォーラムは,土木学会認定のCPDプログラムです。

 申込フォームURL: http://www.fcc-kansai.com/category/forum_newからお願いします。
 問合せ先 及び 申込E-Mail: forum@fcc-kansai.com (@は小文字)

 申込フォームが不調の場合、直メールが確実です。メールで下記事項をお知らせください。
 ・・・・・お名前,ご所属,連絡先 TEL/FAX,連絡先 E-Mail</b>
2009/10/31のBlog
今年のフォーラムが2週間後に迫ってきました!

テーマはタイトルにある通り,【災害後の自助・共助】です.

一般市民のみなさんの目線を大切にしたフォーラムになるように,FCCメンバーみんなで時間をかけて企画してきました.

土曜の昼下がりの3時間,大阪梅田で開催します! ブログを見ていただいているみなさん,お時間があれば是非参加してみてください.

詳しい内容・申込先はこちらです.

2009/06/29のBlog
~豊かな社会づくりにむけて
 金子光宏,FCC副代表幹事(鹿島建設) 閉会ご挨拶

 本日、宇沢弘文先生にはお忙しい中特別講演をいただき、まことにありがとうございました。また、当FCCフォーラムにご参加してくださいました皆様、まことにありがとうございました。御礼申し上げます。

 宇沢先生の特別講演をお聞きして、少しだけ自分の思ったこと、感じたことを述べさせていただきたいと思います。

 まず、社会的共通資本についてのお話がありました。社会的共通資本は、自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本の3点からなっているということで、紹介をしていただきました。これらはすべて人間にとって大事なものであるというふうな定義づけをしていただきました。とりわけ、社会的共通資本の1つである社会的インフラストラクチャーに携わっている我々土木技術者としては、その役割、すなわち、専門的知見に基づき土木技術者の規律に従い、土木技術者としての気概を持ち、インフラ整備に貢献することが重要である、ということを感じました。

 次に、空海と満濃池についてのお話があったと思います。灌漑技術の歴史から、技術的知識、その社会的管理による古き良き土木をご紹介していただき、その管理運営について、いわゆるコモンズの考え方の必要性について改めて認識した次第でございます。

 それと、アメリカのTVAについてのお話があったと思います。フリードマンの市場原理主義という、儲け主義によって100年に一度の大恐慌が起こったというふうなご見解を紹介していただきました。その中で、工学については、金儲けで使うものではないよ、とのアドバイスもいただいきました。まさしくそのとおりだと思います。私たち土木技術者としては、やはり土木工学を学んだ以上、それを社会に還元するというか、貢献していかなければいけないと思っている次第でございます。

 特別講演の感想はこれまでといたしまして、次に、本フォーラムの企画について、FCCのメンバーの熱き想いを紹介したいと思います。

 フォーラムまでの約6カ月間、我々メンバーは土木技術者でありながら、宇沢先生の著書を読んで、月に2回程度みんなで集まって勉強会を行ってきました。土木技術者が経済を学ぶということとなったわけですけれども、宇沢先生の著書は、我々土木技術者にとっても、その本を読んでいるとすっと取り込めるような感じがいたしまして、言うならば取っつきやすかったのかな、というふうなのが感想です。その成果が今回の前座ではありますけども、リレートークという形であらわれたと思っております。

 私が勉強したなかで、宇沢先生の著書「社会的共通資本」の中から、豊かな社会とは何か、の定義について皆様にご紹介したいと思います。

 豊かな社会とは、すべての人がその先天的、後天的資質の能力等を十分に生かし、それぞれの持っている夢とアスピレーション、熱望、抱負ということなんですけども、それを最大限に実現できるような仕事に携わり、その私的、社会的貢献にふさわしい所得を得て、幸せで安定な家庭を営み、できるだけ多様な社会的接触を持ち、文化的水準の高い一生を送ることができるような社会ということです。

 これこそが我々がこれから追求していかなければいけない社会ではないでしょうか。

 最後に、今回のフォーラムを通じて、近年、社会的共通資本の中においてはさまざまな問題がこの日本社会に巻き起こっていると感じます。例えば自然環境では、地球温暖化の問題や森林破壊の問題、社会資本では道路整備の問題、制度資本では医師・病院不足等の医療問題や、学力低下、校内いじめ、暴力の低学年化等の教育問題、それと世界的同時景気減退というふうな金融問題等々があると思います。これらには何か共通するような課題が私はあるように思います。ぜひとも皆様もそれが何かをこれから考えていただきまして、それを解決して、豊かな社会づくりに貢献していっていただきたいなと、私自身思っております。

 以上をもちまして閉会のあいさつとさせていただきます。本日は誠にありがとうございました。


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質疑応答


~社会的共通資本としての株式会社

西田 
 日本の場合、特に大阪では、社会的共通資本をつくるにあたって、株式会社組織がその経営、運営にあたっているケースが非常に多いと思います。電気、ガス、鉄道などです。それから、国のほうも今、先生がおっしゃったとおり、民営化の流れの中で、この運営を株式会社に移行するという動きがあろうかと思います。私は、株式会社化により運営されることそのものがすべて悪であるということではないだろう、というのが先生のお考えではないかと思っております。もし仮にそうだとしますと、会社の経営者というのは何を一番念頭において株式会社を経営しないといけないのか。そのことについて先生のお考えを教えていただけませんでしょうか。

宇沢
 非常に大ざっぱな言い方ですが、企業はその組織形態を問わず、ある意味では非常に重要な社会的共通資本です。農業でなければ、どこかの会社に勤めて一生を過ごすわけです。そういう人たちが一生を人間らしく生きていけるような条件をつくるのが、企業の役割、社会的な責任だと思います。

 フリードマンの主張で最近よく引用されるのは、企業の社会的責任とはただ単に儲けることだとか、できるだけ株主へ配当を多くすることだとかです。しかし、何をやってもいいというのではなくて、もちろん会社ですからある程度利潤がないといけないのですが、儲けを多くするのが目的ではなく、その会社で働く人たちが人間らしく生きていけるような、そういう場をつくるのがやっぱり会社の役割ではないのでしょうか。そういう意味で、会社というのは非常に大事な社会的共通資本の1つだと考えてもいいと思います。

 大阪のことは、僕は本当に知らないのですが、おっしゃるとおり、もともと藩政時代から民営化の精神が貫かれているところですね。東京にいますと、逆に官僚組織です。今、一番問題になっているのは官僚的な支配です。それをどうするのか。私が社会的共通資本でいつも強調しているのは、官僚的な支配は決してやってはいけないということです。企業としては、ある程度儲けなければいけない。しかし、それが目的ではないということを強調しているのです。恐らく大阪は、そういう意味ではわりあいぴったりいくと思います。

 私の郷里は鳥取ですが、どちらかというと京都に近いです。京都・大阪の文化圏というか、歴史的にそういう感じのところです。特に、米子市は非常に商家が力を持っていて、お店屋さんがいろんな意味で町の中心になってきました。旧家と言われるような家が非常に重要な役割を果たしてきました。ところが、20年ぐらい前から、米子という町が完全に寂れてしまったんですね。町の真ん中から人がいなくなる。そういうところの古い商店は軒並み閉まってしまった。そして広い自動車道路ができて、郊外にとんでもない大きな店ができて、そこへみんな行ってしまう。何か寂しい感じがします。

 特に私の郷里では、男の子が2人いると、1人は教師、1人は医者にするというような、家訓のようなものが残っています。それは、できるだけ社会的に有用な仕事を子どもたちがやっていくということです。一番大事な仕事は教師と医者ですね。そういう想いがこの地域に残っています。

 そういう意味では徳島県もそうです。この2つの県は医者の数も多いし、人口当たりの医療費も結構多いのです。それなのに厚生省の人たちは、そういうのを抑制しなければならない、無駄だというのです。医療費抑制政策というのは、先ほどの市場原理主義を受けて、中曽根さんのところでスタートします。あのとき、日本は医者が多過ぎるということでしたが、とんでもない間違いです。もうそのときから、人口当たりの日本の医者の数は最低に近かったのです。いわゆる先進国の間では、日本とイギリスでした。イギリスはサッチャーによってです。それから国民所得当たりの医療費も、日本はずば抜けて少ないのです。ただ、パフォーマンスはどの統計基準をとっても世界最高に近い水準を挙げていました。医者の場合は株式会社というのはありませんが、それをほとんど民間の組織が担っていたわけです。ところが医療費抑制政策で、それが非常に難しくなっている。これは医療と学校教育に現に起きているケースです。両方に共通して見られるのは官僚支配です。そこを今おっしゃったわけです。ですから、そういう意味で、株式会社とか民間の病院も大事な社会的共通資本であるという認識を、やっぱり皆さん強く持ったほうがいいんじゃないでしょうか。


~シルクロードを介しての技術の伝播

堀内
 インフラというよりも、やや文化的なことに近いかもしれませんが質問させていただきます。先生は、遣唐使は仏教だけでなく、唐へ留学して優れた技術を学んだとおっしゃいました。私の知る限り、唐はトルファン系、トルコ系の民族で、その当時、役人の登用は科挙という試験を行っていました。この試験には数学や理科といった自然科学の試験が一切なく、詩を書く能力、文学のセンスだけで登用されていました。ということは、理系の学問を軽視する国だったのですが、こういった国の技術が優れていたというのは、シルクロードがありましたので、イスラム帝国やヨーロッパのフランク王国から人が入ってきて、外部の人間が技術をもたらしていたんじゃないかと思います。このことについて、先生はどのようにお考えでしょうか。

宇沢
 おっしゃるような面があると思います。当時の長安、シルクロードには、いろんな人種の人が集まって、結構華やかな生き様をしていたのでしょう。そのときにやはりシルクロードをとおして、特にペルシャとか、そういうところの技術が非常に尊重されたのではないでしょうか。

 遣唐使が唐に入ると、西域から来た人たちと非常に交わりがあって、そういう人たちの技術とかを学んで帰ってきたというふうに言われています。恐らく中国の唐は、いわゆる非常に官僚支配的な国でしたから、特に科挙という試験なんか見てみますと、本当につまらないことで決めているわけです。それは、ある意味では唐の崩壊につながっていったんじゃないのでしょうか。ちょっとそのあたりの事情は余り詳しくないので、印象です。


~社会的共通資本を支える公共交通,そして都市づくり

土井
 今日先生にお話しいただきました社会的共通資本を生かすためには、交通の果たす役割はものすごく大きいものがあると思います。ただ、特に、公共交通を中心にして、便益よりも採算性で評価をするという風潮が最近はすごく強いと思っております。それに対して、公的なお金が入らないと、なかなか公共交通は維持できていかないと考えています。特に、道路特会のお金と公共交通の維持について、あるいは社会的共通資本を支える交通というものはどうあるべきかみたいなことに対して、先生のご意見が伺えたらいいなと思います。

宇沢
 交通のことは、本当はもっと中心にしてお話しすべきことだったと思います。このレジュメにも書いてありますが、実はフランスのストラスブールの話をしようと思っていたのです。ストラスブールは人口が25万人、80平方キロメートルぐらいの、わりあい小さな都市です。そこで周辺の、確か20ぐらいの市町村が一緒になって広域自治体というのをつくっています。それが交通とか道路とか、それらの計画を総合的にやっています。その組織が実は交通税を徴収する権限が与えられていて、そして交通体系、すべてを含めて総合的に計画して、実行に移す権限も与えられているのです。ストラスブールが1つの代表例です。もともとストラスブールは非常に歴史の古いまちで、中世の古い建物がたくさんあり、街路も非常に狭いまちです。それにもかかわらず、今から40年ぐらい前にストラスブールでも、ドゴールの政策の一番の柱として、一家に必ず1台自家用車を持つようにするということが行われました。それで、ルノーにてこ入れして自動車産業に資金を投入し、同時に、フランス中の古い町に自動車を入れさせました。ストラスブールではそれによって、60年代の終わりから70年代になって大変な混乱が起きました。そのとき市長選挙があって、保守党の候補者は地下鉄をつくろうとしました。それに対して、社会党の候補は女性のトロットマンさんで、彼女はまちの中心から自動車を全部締め出して、そして自然とバスのプランをうまくつくろうとしました。そのトロットマンさんが圧倒的な勝利で市長になられてから、まちの中心から自動車を締め出して、自然のループをつくるなど、見事な計画をつくりました。そのときトロットマンさんは、強制的に計画をつくるんじゃなくて、それぞれの町に行って、根気よく市民を説得し、あるいは意見を聞いたりして、それらをうまくまとめて、自然のループを中心とした町に変えていきました。フランスのことですから、皆さんだいたい自動車で、かなり離れたところから通勤しているわけです。そこで、何カ所かに自動車を置いて、一日中市電とかバスが無料で使えるような券を発行しました。そのような非常にきめの細かい政策が実行された結果、ストラスブールの市街地の土地の値段が上がりました。そういった政策により、まちは非常に活性化して、バブルなんかじゃなくて、副効果が出てきたわけです。

 こういう考え方を最初に大きく打ち出したのは、ジェーン・ジェイコブスというアメリカの都市の専門家です。彼女は、アメリカの大都市が死んでしまったと訴え、「アメリカの大都市の死と生」という有名な本を書いています。タイトルに死のほうが最初に来るのは、戦後、アメリカ的な都市計画を乱暴に実行に移したことへの批判からです。ジェイコブスの主張は、20世紀の初め、アメリカの大都市は非常に魅力的だったということから始まります。そのときのアメリカは隅から隅まで路面電車が計画されていました。私もその後、アメリカの幾つかの都市の路面電車の地図を図書館で調べましたが、本当に20世紀の初めは、アメリカのほとんどの都市で非常にすばらしい路面電車がありました。それがだいたい戦争前後、特に、戦後になくなっていきました。フォードとかジェネラルモータースという自動車会社が、それまで市電を運用していた会社をどんどん買収したのです。そして、路面電車のサービスをものすごく悪くして、次から次へと路面電車をつぶしていきました。そこで、ジェーン・ジェイコブスはアメリカの大都市は死んだといったわけです。

 ところがアメリカ中を歩いてみると、まだすばらしい都市が残っているということに彼女は気づきました。都市というのはいわゆる町のことです。ジェイコブスはそれを調べ上げて、共通の特徴を打ち出しました。それは「ジェーン・ジェイコブスの4大原則」と呼ばれています。第1は、再開発をしたり、新しい都市を計画するときは、決して幅の広い真っ直ぐな道をつくってはいけない、というものです。必ず道の幅は狭くて、曲がっていて、1ブロックが短い。それが魅力的な町に共通したものだったのです。2番目は、ゾーニングをしてはいけない、というものです。ここは文教地区、ここは工場、ここは商業というふうに分けてはいけない。都市は、そこに住んでいる人たちの内発的な動機によって決まり、むしろ混在したほうがいいということです。3番目は、都市を再開発するときは、古い建物を大事に残しておく、ということです。アメリカではそのころよく1ブロックをダイナマイトで爆破するような乱暴なことをしていたのですが、それは絶対やってはいけない。古い建物をできるだけ残しておくということです。飲み屋でもレストランでも、建物を新しくすると味も落ちて値段も高くなる。新しいアイディアは古い家から生まれる、という有名な言葉を残しています。新しい家からは決して新しいアイディアは生まれない。4番目は、人口密度はできるだけ高いほうがいいということです。

 それに同感した多くの都市計画者は、世界中にジェイコブス的な町をつくっています。例外は日本です。ちょうどその頃、私は建設省から頼まれて、筑波と千里のニュータウンをレビューする委員会に入っていたのですが、日本ではみんな計画どおりに作られて、その結果、人間が住むような町になっていませんでした。千里ニュータウンはまだ大阪の中心に近いので救いがあるのですが、筑波は東京の中心から全く離れたところに研究都市をつくったものだから、人間的な生活を営むということが非常に難しい状況だそうです。
~フィデュシュアリー、人間にとって大事なものを預かって管理する責任

岡村
 今日いただいたプリントで、1ページ目の左の真ん中あたりちょっと下に「フィデュシュアリーの原則」と書かれています。このフィデュシュアリーの原則についてもう少し詳しく教えていただけたらありがたいと思います。

宇沢
 「フィデュシュアリー」というのは、例えば学校なら学校、病院なら病院を経営していく、そのときに、人間が生きていく、あるいは社会が成立していくのに非常に大事なものを、皆さんから預かって管理しているというものをフィデュシュアリーといいます。単なる委任とかを超えて、非常に大事なものを預かって管理している、というときの管理責任が非常に重いという意味の言葉です。日本語にはうまい言葉が見あたらなくて、フィデュシュアリーという言葉をよく使っています。


~社会的共通資本と入会,コモンズ


 私の専門は経済学で、主に交通を研究しています。交通の場合、土木学と経済学の両方の知識が要求される分野かと思います。社会的共通資本ということを考える上で根本的な考え方として、「パレート最適」が経済学では大事だと思います。しかし、先生が今おっしゃったフリードマン教授のすべて市場に任せるというのでは、本当にパレート最適が達成できるのかどうかというのは非常に疑問に思います。土木学では、費用便益分析が提示されて、これは経済学者にも受け入れられて、費用便益分析でパレート最適を達成するんだという1つの社会的共通資本に対する土木学からの解答があると思うのです。これに対して経済学としては、こういった費用便益分析やパレート最適を社会的共通資本に生かすためにはどうにしたらよいのか。このことを、先生はどのようにお考えでしょうか。

宇沢
 僕は「パレート最適」の意図をよく理解できないのです。それを、市場を通じての配分が最適だ、というようによく使いますよね。僕は、それは、第1に私的な生産要素とか、私的なものを中心にしていると思いますね。社会的共通資本のように、何かを社会全体の共通の財産として守るということは排除されているんですよ。

 その一番いい例が、社会的共通資本の一番古典的な例としての森林の「入会(いりあい)」にあります。入会というのは、昔から長い世代を経て、ある山の近くに住んでいる部落の人たちが何百年と守ってきたものなんですね。それは分割して私有するというようなものじゃないのです。実は明治の初め、明治9年でしたか、入会とか、わけのわからないものは全部非合法化して、公有か、あるいは個人所有か、という制度ができました。それが、日本がそれまで守ってきた入会を壊してくのですね。そして小繋をはじめとして、悲惨な事件が起きていくわけです。

 空海は高野山をひらきますが、その高野山には今でも「総有制」というのが残っています。総有制というのは、そこに住む人たちみんなの財産だという意識です。みんなで守るというのが今でもはっきりした制度として残っています。けど、ほかの小さな入会はどんどんつぶれていきました。その一番代表的なものが小繋の入会です。

 世界中には、もともと「コモンズ」という入会的な制度がたくさんあります。それは水の管理が主なもので、だいたい中近東に多い。あちらでは水の蒸発が非常に高いから、ほとんど全部地下水の管理です。それがコモンズとして、村の人たちが共通して守っている制度につながります。日本の農村もそういう面が多分にありました。さっきの空海の例もそうですけど、水田耕作ですから、水をみんなでどうやってうまく管理していくかが大切で、それを中心にコモンズができ上がったのです。

 マーガレット・マッキーンという人がいて、だいぶ前に東大に留学しました。そのときに小繋事件のことを聞いて、盛岡に行きました。ちょうど木原啓吉さんという朝日新聞の記者に出会い、そこで案内してもらって、戒能先生のグループにコンタクトを持ちました。小繋は、ある名主の名前にしておいたのですが、その名主が亡くなって、次の世代で全部売っちゃうんですね。そうすると、村がやっていけなくなる。それを戒能先生が教室を挙げて、法律的なアドバイザーとなりました。中には何十年も住み込んで、一生を捧げた人もいます。そういうことにヒントを得て、マーガレット・マッキーンが今から10何年前に、小繋とか、結とかいったいろんな名前があって、特に、中近東は本当にわけのわからない名前がおおいのですが、それを全部一緒に総称して「コモンズ」としました。大きな学会を立ち上げています。それは、フリードマンやサッチャーたちの民営化というのを真っ向から否定する考え方です。

 日本では、沿岸漁業の入会があります。これは明治33年から漁業法で法的な地位を与えられて、日本漁業の中心だったのですが、やっぱり高度成長で沿岸が荒れて、そういう漁業のコモンズがやっていけなくなっています。日本の森林の入会と、それからさっきの空海のため池の灌漑、それからこの漁業の入会というのは、マッキーンさんのつくった学会に行くと、よく引用されるケースです。


~寄合と官僚支配

森栗
 入会を保障するのは、みんなで話し合う「寄合(よりあい)」があったからだと考えています。先生のご指摘の社会的共通資本を守る、官僚支配に任さず、私的支配に海蝕されない、そのためにはどうしたらいいか。きっと寄合的なものが必要だと思うのですが、どうして日本ではそういう社会的共通資本をみんなで守るような話し合いができないのか。フランスやドイツはできているのに、どうして日本はできないのか、このことについて教えていただけないでしょうか。昔、寄合があったのに、どうしてできないのか。このことを教えていただきたいと思います。

宇沢
 私の印象で言えば、アメリカの日本占領時代に、入会とかそういうものを廃止して、アメリカ型の個人責任でやっていくという、きわめて個人主義的な思想がいろんな面で支配的になってきたからではないでしょうか。

 また、今、民営化というと、どうしても官僚支配型になってしまっています。例えば、小泉・竹中の医療、金融、教育民営化などは、改革、効率性という名のもとに、何をやったかというと、そういう職業に従事している人たちの生きるすべを失うような強引なことを実行したわけです。そして同時に、官僚的な支配を徹底的に強めたわけですね。

 成田の調停をして一応片づいたのですが、ただ、あそこには大勢の農民、かつての学生、いわゆる支援という人が30年以上もあそこに住みついて、農民と一緒に生活していたんですね。調停と同時にそういう人たちを切り捨てることになるので、三里塚農社というものを立ち上げました。農業の農に、神社の社です。それで農社を立ち上げるということをやったんですが、農水省が猛烈に反対しました。農業基本法に触れるというので、だめだったんです。


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~空海の志。社会的共通資本としての満濃池とコモンズの原点。

 もうひとつ、川に関するシビルエンジニアリングという題でお話します。私としては印象深い空海の話です。空海はご存じのように、古代日本の最高のシビルエンジニアと言われています。それは、空海が讃岐の「満濃池」の大修復をしたことに由来します。

 空海は讃岐で生まれて、若くして優秀でした。確か830年ぐらいですか、31歳ぐらいのときに留学僧になって中国の長安に行きます。その当時、遣唐使について留学僧が何人か行く。そういう人たちは20年くらい中国にいて、単に仏教の勉強をするだけではなくて、中国の社会、制度、技術を学んで帰ってくるという役割を担っていました。空海は2年で帰ってきます。そして、そのときに詫び状を朝廷に出している。いかにも空海らしく、自分は学ぶべきものはすべて学んだというふうに書いています。実は、空海は長安にいたときに法顕という人の本を読んで、そして日本に帰ってきて間もなく満濃池の大修復に従事するのです。その法顕は、唐宋時代4世紀から5世紀の中国の高僧で、インドに仏教の勉強に行くわけですが、足を伸ばしてスリランカに行って滞在します。そして、スリランカでの体験を書物に詳しく記しています。このスリランカは年に2回モンスーンがあって、そしてその後、全く雨が降らない。そのころのスリランカはシンハリ王朝です。スリランカはもともと紀元前3世紀ごろから大体紀元10世紀にわたって幾つかの王国ができましたが、世界最高の水利文明を誇っていました。その中心が灌漑用のため池です。当時、スリランカの人が住んでいるところは高地でした。ですので、年に2回モンスーンで降った雨をどうやってためておくかということで、全国網の目のように見事な灌漑用のため池のシステムをつくっていました。巨大なため池から小さなため池まで、うまく計画して、そして構造的にも非常によいものです。今でもわずかですが残っています。そのようなすばらしい構造をもった灌漑用のため池のシステムをつくったわけです。アヌラーダプラが都でした。1,000年にわたって都だったところですけど、そこは古代世界で最も美しい都と言われています。そこでは、樹木がたくさんで、緑が豊かで、そして水がうまく配水されるようになっている。単に農業用水だけじゃなくて、街路樹から個人の家の庭まで配水していたというふうに言われています。

 これからは私の推測ですが、空海はそれを読んだと思います。自分の故郷の讃岐と全く同じなのですね。讃岐は年に1回ですけど、雨が降って、あとはほとんど降らない。しかもスリランカと同じように高地で、そして、あるところで非常に急な崖になって、なかなか水が貯められないような状況です。そこで、満濃池という大きなため池を、周りが20キロぐらいある日本最大のため池ですけど、それをつくった。でも間もなくして、7世紀にできたが、壊れてしまって全然使えなくなった。そこへ空海が帰ってきて、大修復の事業を成功するわけです。そのとき空海は朝廷に願い出て、「別当」という職をもらいます。そして、別当として故郷に帰ります。それは工事の総監督です。もう既に、空海の名声は非常に高く、周辺の農民3,000人とか記録に残っていますが、日夜を徹して非常に短時間に大修復を成功するわけです。これが、その後、多少壊れることもありましたが、その時々に修復されて現在も使われています。

 空海は、単に技術的あるいは構造的な面だけでなくて、どういうルールで大勢の農民が満濃池を使うかということについて、非常に詳しいルールを作って残しています。それは、例えば水を、働き手のいない家とか、病気の人とか、あるいは年寄りとか、そういう非常に条件の悪いところから先に配るというルール、そういうものです。それから、それぞれの田んぼに水を配るのですが、そのときに仏さんに供える線香を使ったんですね。線香が焼け尽くされるまで、ある1つの田んぼに水を配るわけです。今でもこれは使われていて、線香水といいます。こういうようなルールです。要するに、満濃池というのは大切な社会的共通資本ということです。それをみんなが力を合わせてつくって、そしてまた、それを維持していくための非常に厳しいルールを残しています。そのルールをどう作ったらいいかというときに、貧しい人、弱い人、あるいは年取った人、そういう人たちを絶えず優先していく。コモンズとして管理、維持していく。このことは今に残っていて、現在でも讃岐、四国では、空海、弘法大師の遺徳というのを、土地の人たちは非常に深く感じています。空海はそれから日本中を歩いて、特に、灌漑用のため池を中心に大きな足跡を残していくわけですね。

 私はエジプトのナイル川の昔の使い方というのはよくわかりませんけど、多分、同じようにコモンズ、社会的共通資本として、みんなの財産として大切に使ったのだと思います。ある特定のダムを造って近代化を図ろうというようなことよりも、農民たちがすべて安心して、公平に豊かに生活できるようにナイル川の水を使うという気持ちが恐らく中心になっていたと思います。

 空海の場合、そういう意味で、日本のコモンズの原点、社会的共通資本としての灌漑用のため池、あるいはもっと広く社会的に重要な施設とか自然環境を、どうやって維持していくかということについて、技術的な面だけでなくて、そういった社会的な面についても非常に大きな足跡を残したと思います。私は社会的共通資本というものを考えるときに、いつも空海の業績というか、志というのをいつも心に留めています。


~TVA。社会的共通資本としてのニューディール政策と現在の大恐慌。

 水の話題に関連して、アメリカのTVA(テネシー・バレー・オーソリティー)の話をちょっと入れたいと思います。

 今、100年に一度という大変な大恐慌が世界を襲っています。日本はまだ被害が少ないほうですが、やがて日本もかなり深刻な形で巻き込まれていくと思われます。この一番の根源的な原因は、1970年代からの市場原理主義という考え方にあり、それがアメリカの政治、経済、行政、金融を支配してきました。その考え方を唱えたのは、ミルトン・フリードマンという経済学者です。彼は、社会的共通資本という特別なものは一切否定して、すべてを儲けの対象として考えます。社会的共通資本という大事なものをみんなで守っていくということではなくて、フリードマンは、いわゆる競争的、資本主義的な社会、経済を強引な形で主張し続けました。私もシカゴ大学でフリードマンと8年ぐらい前後して一緒にいましたけど、フリードマンの強烈な、アクの強い生き方にほとほと閉口しました。

 彼は、市場原理主義のなかで、人生の最大の目的は儲けることだといっています。倫理的、社会的、文化的、そういうことは、儲かるかもうからないで決まっていくといっています。すべてを民営化して、規制を取っ払って、できるだけ儲けが大きくなる機会をつくっていこうというのがフリードマンの考え方です。とてもアカデミックな論文にはなりませんから、フリードマンは日常的に、機会があるごとに、そのメッセージを広めていきました。

 そのフリードマンが一番焦点を置いたのが、ルーズベルト大統領のニューディール政策を否定して、全く元に戻してしまうということだったのです。1929年の大恐慌では、株式市場で10月から12月にかけて2度大きな暴落がありました。そしてその後とうとう回復することなく、ルーズベルトが大統領になってニューディール政策を打ち出すまで、アメリカの経済は惨憺たるあり様だったんですね。

 そのときに大恐慌を起こした一番の原因は、株式市場でのバブルの形成でした。銀行がそれを煽っていたわけですね。10%ぐらいの証拠金で株式の売買ができるということで、大変なブーム、すなわちバブルが起こったわけです。その1929年の株式暴落は金融恐慌だったわけですけど、その当時の支配的な考え方は、アーヴィング・フィッシャーという経済学者、イエールの教授が中心になってつくられていました。大統領は共和党のフーバー大統領でした。そして、1929年10月から33年3月までの3年半ほどの間に、フーバー大統領はアーヴィング・フィッシャーのアドバイスを受けて公共支出を減らし、そして増税までしたんですね。株式暴落は大変な事態なのですが、市場に規制を設けてはいけないというのが彼らの一貫した主張でした。結局、ルーズベルトが大統領になったときには、国民所得がこの間に大体半分以下になって、それから金融機関が1万件近く倒産しました。そして、失業率が農村を除くと37.5%という状況が3年以上も続いたわけですね。

 そこでルーズベルトが大統領になって最初の閣議で、法務長官のカミイングスがこういう発言をしました。今度のことはアメリカに対する公然たる戦争行為だと。そして、アメリカには対敵取引法というのがあるんですけど、それを適用すべきだと言いました。これはトレーディング・ウイズ・エネミーズ・アクトといって、議会の審議を経ないで大統領のディレクティブ、通達ですべての事を進めることができるものです。

 その最初にとったディレクティブが銀行法の改正でした。それは銀行業務と証券業務を完全に切り離して、それぞれ別々に規制するものです。問題は、今度のバブルの金融恐慌もそうですが、銀行がほかに何か金融会社を作って証券業務をやることにありました。銀行というのはみんなの預金を集めて、それをもとに貸し出すわけです。銀行は必ずどういう人から預金を集めているかという意識もあるし、それから、どういう企業、どういう融資をするかということも、一つひとつの企業やプロジェクトで慎重に審査して、そして見守っているわけです。ところが、証券は必ずしもそうでない。特に最近のインターネットを使った証券では、全く中身がわからないものを皆さん売ったり買ったりするわけです。

 これは金融工学の専門家が非常に複雑なことをしてやっています。その金融工学の一番基礎になっているのが、確率論に関する伊藤清先生の理論です。伊藤清先生は10日ほど前に亡くなられました。伊藤先生は非常にすぐれた数学者ですけど、それがそういう形で作られて、ウォールストリートで一番有名な日本人は伊藤清というふうに言われています。

 その点で少し脱線になりますけども、実は私、向坊隆という先生に非常に親しくしていただいております。原子力工学の専門家で、東大総長もされた方ですけど、向坊先生は、あるときこういうことを言われたんですね。当時、工学部の卒業生が金融工学を使えるということで、銀行や証券会社に就職しました。工学は、人々の生活が豊かに安定していくような、そして同時に、自然環境が豊かに維持できるような、そういう社会的な願いを心に秘めてその技術的な知識を使うのだと。儲かるかもうからないとか、金儲けという、あさましいことのために使う、これほど嘆かわしいことはないというようなことを二度ほどおっしゃっていました。たまたまその頃、経済学部では大銀行に就職する学生が圧倒的に多かったんですね。そして私の同僚なんかは、よくこう言っていました。自分のゼミの学生はみんな大銀行に就職する。大銀行に就職すると、年間の給料が多いだけでなくて、定年になってもどこかに二次就職ができる。そうすると一生を通じて生涯所得を最大にできる。非常に賢明だということを繰り返し主張していた。そういう経済学部の教授がいました。向坊先生は、それを非常に嘆かわしいこととしておっしゃっていた。私にはそのことが今でも非常に印象深く残っています。

 ニューディール政策には、実はもう1つ柱がありました。それがTVAです。ミシシッピー川の下流にテネシーバレーという広大な地域があります。南部の州を5つぐらいカバーしていて、そこで地域開発を政府の責任で実行します。連邦政府、地方政府も資金を出します。ダムを造り、道路を造り、そして、電力、工場、あるいは町を、基礎をつくるということに膨大な予算を使いました。地域開発を社会的共通資本として考えて、政府が中心になって実行に移していくといったことです。

 その一方で、同時に金融、銀行の放漫な、無責任な、反社会的な行為を厳しく取り締まります。実は、銀行は単なる企業ではない。非常に責任の重い、社会的共通資本としての銀行です。つまり、社会経済が円滑に機能するために金融は大事な役割を果たす。そういう社会的な責任というか、それを銀行員は意識することが大事だというのが出発点です。

 この2つを通して、当時はそういう言葉はありませんでしたが、社会的共通資本を重点的に整備したのがニューディール政策だったんですね。

 特に、テネシーバレーの開発は、1943年になって連邦最高裁判所が違憲の判決を下します。それは本来、民間のやるべきことを政府がやったという理由です。それは民間の企業活動のチャンスを奪ったというのが違憲判決の趣旨だったんですね。そこでTVAは組織を大幅に変更して、しかし実質的に南部の一番の基盤としてテネシーバレーの開発を続けていったわけです。

 それをフリードマンが中心になって、ニューディール政策を全部もとに戻すと主張したわけです。銀行と証券の垣根も取り払うと。それが今度の深刻な金融バブル崩壊の一番大きな原因です。それから、もう1つは地域開発です。つまり、シビルエンジニアリングにかかわることは、シビルではなくて、プライベートな形で行う、というのがフリードマンの強い主張でした。フリードマンはさらにもう1つ、軍隊までプライベート、民営化させようとしました。それまでドラフトという徴兵制度だったのを、ニクソン大統領のときだったかな、徴兵制度の見直しの委員会の委員長になって、傭兵制度に変えていったわけです。そういうことが、アメリカ社会の基幹を壊してきたわけですね。

 そして、フリードマンは執拗にその考えを広めていきます。最初に引っかかったのがレーガン、それからサッチャー、それから日本の中曽根さん。いずれも公共的な営為はできるだけなくして、すべてを民営化するということです。民営化してうまくいくためには、儲けるようにしなきゃいけない。それで規制を取っ払っていきます。特に深刻なのは、医療、それから教育を儲けの対象にしたということがアメリカ社会の崩壊につながっていったのではないかと思っています。


~人間が人間らしく生きていく。それが社会的共通資本のこころ。

 これまでにお話ししてきた、そういう意味で、シビルエンジニアリング、土木工学というのは、人間が人間らしく生きていくための条件をフィジカルな形で準備するものです。それに対して、社会的共通資本の基本的考え方は、もちろんそれを含むのですが、もっと教育とか医療、金融などを中心にして、社会が円滑に機能して、特に一人ひとりの人にとって大事な、あるいは社会にとって重要な役割を果たすものを、所有関係は問わないで、みんなで共通の財産として大事に守って次の世代に伝えていくというものです。

(拍手)


配布資料: 宇沢弘文:「社会的共通資本と土木」(土木学会誌,2008年1月号掲載)


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「社会的共通資本と土木」
 東京大学名誉教授 宇沢弘文 氏


~社会的共通資本とは

 社会的共通資本というのは、先ほどご紹介がありましたが、1つの国、あるいは地域、そこに住むすべての人たちの人間的尊厳が守られ、魂の自立が保たれ、そして市民的権利を最大限に享受することができるような、そういう条件をつくり出す、その一番中心にあります。

 社会的共通資本は、英語で「ソーシャル・コモン・キャピタル」 Social Common Capital です。私がつくった言葉ですが、これまでの経済学にあまり出てこない言葉です。

 具体的には、まず、「自然環境」。大気、山、川、湖、沼、湿地帯、それから海、そういったいわゆる自然環境があります。その中には土地も入っています。それから、森林のすべての生き物、植物、動物、そういったものも含まれている、普通の自然環境です。

 それから2番目が、先ほどからお話に出ている「社会資本」です。ただ、日本で社会資本という言葉、これを英語に直すと「ソーシャル・キャピタル」 Social Capital となります。英語でソーシャル・キャピタルと言うと、インフラとは全く違ったものを意味します。ある一つの社会でのお互いの信頼関係とか、あるいはコミュニケーションの手段、言葉ですね。それから、一人ひとりがもっている信念とか志。そういった形にならないけれど、人間の社会を円滑に、そして一人ひとりが人間らしく生きていくことができるような無形のものを指します。そこで、私は、これを日本語で書くときは「社会的インフラストラクチャー」と書きます。道路、橋、それから公共的な交通機関、あるいは電気、水道、ガス、上下水道といった、いわゆる社会基盤と言われるものです。ソーシャル・インフラストラクチャー、あるいは簡単にインフラという言葉を使わせていただいています。

 それから、社会的共通資本でもう1つ大事なものがあります。それは「制度資本」です。学校、病院、それからさまざまな制度です。銀行もそうです。そして、出版、報道といったようなものも含めて、いわゆる制度資本です。これは非常に大事な役割を果たすものです。ただ、どうやってこれを維持していくかということが非常に大事になります。このことは後で詳しく触れたいと思います。

 大体この3つのカテゴリーになります。オーバーラップしていますし、これだけではありません。つまり、社会にとって非常に大事なもの、あるいは一人ひとりの人間にとって大切なものを、所有関係は問わないで、みんなの共通の財産として大事に守っていこうというのが社会的共通資本の出発点です。ただ、これだけですと非常に漠然として、なかなかつかみどころがない。特に、自然環境は、経済学ではマル経も近経も資本としては扱わないというかなり厳しい伝統があります。そういう意味では、なかなか、特に日本の経済学者の間では余り理解していただけていないのが現状です。

 それから、先ほどの病院、銀行、学校、そういうものは普通、資本の中に入れないのです。公共投資といっても、そういったものは入らない。しかし、それは社会的共通資本としては非常に大事な役割を果たすものであって、社会の中核とも言えるものです。

 この社会的共通資本、ソーシャル・コモン・キャピタルという英語を最近は使っています。最初は、「ソーシャル・オーバーヘッド・キャピタル」。日本語に訳すと「社会的間接資本」と訳されています。この言葉を使っていました。この言葉は、1958年に「低開発国の経済発展」という本のなかで出ました。書いた人はアルバート・ハーシュマンというMITの教授です。その当時、発展途上国という言葉は使っていませんでしたので、低開発国という言葉を使っていますが、彼はその低開発国の経済発展には重要なものがあると言っています。それは、まず教育とか医療、あるいは銀行といった社会的な制度、それに、道路、橋、公共的な交通機関、上下水道、電気その他、いわゆる社会的インフラストラクチャーが含まれます。彼は、病院とか、医療制度とか、教育制度、それから銀行も入れたわけですね。そういう意味では、当時としては非常に画期的な概念で、戦後の後進国の経済発展に対して基本的なストラテジーを与えた書物です。

 ところが、それには自然環境が入っていない。それで数年前、ケンブリッジ・ユニバーシティー・プレス(Cambridge University Press)から本を出したときに、編集担当者から何か別の言葉を使ってほしいと言われました。それで、ソーシャル・コモン・キャピタル。社会的共通資本をそのまま英語に直したところ、非常に落ちつきがよくなりました。今はそのソーシャル・コモン・キャピタルという言葉で、この概念が外国でかなり広く使われています。ソーシャル・オーバーヘッド・キャピタルというと余り魅力がないというのでしょうか。オーバーヘッドというのは、もともと会計学の言葉です。本社経費とか、間接経費とかになるので、それを入れるということで余り評判がよくなかったのです。コモン・キャピタル、社会にとって共通の財産、として扱っていく。それから同時に、大事なものであるということも強調しています。そうすると、なかなか経済学の枠組みには入りにくいという面もあるのですけど、今日は工学、特に土木工学とか水工学の方々がいらっしゃるので、比較的理解していただけるだろうと思っています。

 この土木工学ですが、日本語で土木工学というとちょっと何か狭い感じがします。英語では「シビルエンジニアリング」 Civil Engineering ですね。これを明治の初めに「土木」と訳したわけです。その内容はそれから変わっていますけど、土木という言葉はかなり制約的だと思います。もとのシビルエンジニアリング、そのシビルというのはもともとローマを念頭に置いていたのですね。ローマは古代世界で最大の繁都です。最強の軍隊だけでなくて、行政的なシステムもそうでした。特に、土木事業といいますか、道路とか水路とかをローマ帝国全体につくって、それらをローマの繁栄の一番の基礎にしたという意味です。そういうことで、シビルとは、社会のすべての人たちに、ある意味では共通の大切なものという意味になります。また、市民というような意味もありますし、いろいろな形で使われています。基本的には、社会が1つの社会としてまとまっていくために非常に重要な役割を果たすもの、というような意味がシビルという言葉にはあります。先ほど専門の方々とお話ししていて、皆さんそういう意識を非常に強く持っていらっしゃる。ところが、土木工学と言うと最近、特にいろんな意味で批判がある。ですから、私は、本当は「シビル工学」と言ったほうがわかりやすいんじゃないかと思います。


~ナイル川。社会的共通資本としての川。

 この中で、やはり一番中心なのは川の問題です。水に関連しているのですが、そのことからお話を始めたいと思っております。

 今から9,000年ぐらい前でしょうか。農業が興って世界中に広がり、いくつかの文明の中心ができました。それはすべて、雨が余り多くない大きな川のほとりにできました。ですから、アマゾンのように森林が繁茂するというのではなくて、エジプトのナイル川の河口とか、それから黄河、インダス川とか、そういう大きな川のほとりです。チグリス・ユーフラテス川が一番の代表です。比較的乾燥していて、そこで大きな規模の灌漑工事をして、そして大きな人口を支える農業が可能になるところで、いわゆる人類の文明がおこるわけです。一番代表的なものが、チグリス・ユーフラテス川、今のバクダッドを中心としたところです。それからエジプトのナイル川とか、黄河もその中に入ります。そういうところで一番重要なのは、やはり土木工事だったわけですね。川は季節的に氾濫します。もともと1日は地球が太陽の周りで自転するのでわかる。けれど、1カ月、あるいは1年という概念、これをどうやって古代の人たちが気づくようになったのか。それは、古代の世界では季節というのは必ず3つあったのです。種まきの季節と、それから収穫の季節、そして休む季節と、それら3つの季節に分かれていた。それを予測するのが非常に難しかった。洪水が来る前に種をまくと大変なことになるというので、洪水を予測する。そして、1年という季節がわかる。そして、そこから月に分かれて、というのが、メソポタミア、今のバグダッドのあたりで始まったのです。

 このように、水というのは人の生活と非常に重要な関わりを持っている。特に川です。古代の農業では、水をどういうふうにしてうまくためて、うまく利用するかというのが非常に大きな問題だったわけです。その一番の代表がナイル川です。やはり1年に一度氾濫する。ナイル川の場合には、氾濫して農地が全部水浸しになる。そこでまた次の年に新しく測量する。そしてまた農民が農耕に携わる、というのが非常に大きな問題だったわけですね。それで土地を測り直します。数学の幾何学は英語ではジオメトリー Geometry といいます。ジオ geo というのは土地、メトリ metry というのは測る。文字どおり言うと測地学というのが幾何の原点でもあるわけですね。

 そのナイル川。5,000年間、エジプトの母と言われて大事に守られてきたのがナイル川です。私は社会的共通資本として川というときに、ナイル川が一番の典型として思い浮かびます。そのナイル川で1960年代に大きな問題が起きました。それはアスワンハイダムです。ナイル川の河口から1,000キロぐらい上ったところにあります。そこは、古代エジプトの歴史によく出てくる寺院のいわば文化の中心でもありました。宗教というのは文化と同一といいますか、文化と宗教というのは切り離せない言葉です。そういうナイル川で1960年代に入って、巨大なダムを建設するという計画がでました。当時、アメリカとソ連が、いわゆる冷戦のまっただ中です。そして、ナセル大統領が自分の政治的威信をかけてアスワンハイダムを建設します。幅が確か4キロぐらいだったでしょうか。当時は110万キロワットぐらいの発電力だったと思います。エジプトとしては国家の命運をかけた大事業だったんですね。

 ところがアメリカが、確か10億ドルだったか借款を申し出て決まったんですけど、ナセル大統領がアメリカのベトナム戦争を厳しく批判した。そこでアメリカが借款を中止したんですね。ダレスが国務長官のときです。それで大変な問題になった。そこにソビエトがかわりに資金を出すという、当時としては非常に緊張した事件がありました。

 そして、アスワンハイダムを建設して、ほぼでき上がったところで大きな問題が起こりました。それは先ほど言いましたように、ナイル川は毎年氾濫して、上流から非常に豊かな、有機物をたくさん含んだ水を運んでくる。そして、その水が人工的な灌漑水路も何もない広大な土地に氾濫するわけですね。そして氾濫が鎮まって、種をまく、収穫する、そして、また氾濫するという規則的な繰り返しをしてきたわけですね。

 ところが、上流にダムをつくったので、そういう有機物を含んだ水が来なくなった。しかも灌漑水路もないわけです。そこでエジプト政府は大変な費用をかけて灌漑水路を人工的につくっていくということを始めたのです。しかし、水の蒸発が計算したよりもずっと多く、最初予定した電力も3分の1ぐらいしかでない。さらに、今までは化学肥料を使わないで毎年耕作できたのですが、化学肥料をつくらなきゃいけない。そのための電力も足りないという状況になった。

 それから毎年乾燥してしまう。そうすると地下水が低下して、地下から塩分が出てきて白くなってしまう。農地としては使えないような状態です。その上、毎年洪水があったときには、あの地域は非常に怖い伝染病、ツツガムシの一種の繁殖地だったのですが、その卵が洪水で流されてしまって余りひどいことにはならなかった。正確には幼虫が食べる虫の卵だそうです。けれど、いずれにせよそういうことで、ナイル川が危険な地域になってしまった。今、スリランカとナイル川地域が世界で一番伝染病が多い地域だと思います。さらに、ナイル川の河口は地中海で一番豊かな漁場、プランクトンがたくさんあって,魚が育つと言われていました。それもだめになってしまったという、悲惨なことになっている。

 ところが、ナセル大統領が政治的威信をかけてやった仕事です。だれも批判しないという状況になった。この話を、私は、社会的共通資本としての川を壊してしまうことの及ぼす被害というのは、いろんな意味で非常に大きいという例としてお話ししています。


特別講演 後半へ
FCCフォーラム 趣旨説明(リレートーク)
 宮本仁志, FCC代表幹事(神戸大学)
 福井賢一郎, FCCメンバー(阪急電鉄)
 田中耕司, FCCメンバー(建設技術研究所)
 本田豊, FCC副代表幹事(兵庫県)

宮本 これから25分程度、FCCで宇沢先生をお呼びした趣旨を説明したく存じます。我々が宇沢先生に対して、先生がお書きになっているいろんな著書を読んで我々なりに思っていることをオムニバス形式で紹介し、趣旨説明といたします。


~宇沢弘文先生にご講演をお願いするに至ったFCC活動の経緯
 宮本仁志, FCC代表幹事(神戸大学)

 まず、去年からの活動の経緯です。昨年11月30日、梅田にて、「あなたのまわりの電車・バスが消えていく? 公共交通による地域再生を通して“公共”を考える」という題目で、FCCフォーラムを開催しました。いま、近畿圏にある交通機関、特に公共交通機関が経済的に困窮した状態になっています。しかし実は、問題はその公共交通機関が消えてしまうというだけでなく、“公共”そのものの考え方が消えてしまうのではないかという危機感からのフォーラム開催でした。

 その直後にあった12月のFCC活動において、宇沢先生の「社会的共通資本」という話題が出てきました。これはまさしく公共のことを考えるということで、そのとき、できれば宇沢先生にお話しいただきたいという話になりました。主に話題に出たのが、「社会的共通資本」、「自動車の社会的費用」、「「成田」とは何か」などです。

 明けて今年1月には、宇沢先生が土木学会誌にご寄稿されています。その原稿がお手元にございますA3の資料です。「社会的共通資本と土木」ということで、特に、歴史的な観点から、昔の土木構造物についていろいろとご意見をいただいている内容です。

 その後4~8月にかけてFCC分科会の中で、社会的共通資本の話題を2回ほど取り上げました。そして8月に、やはり宇沢先生をぜひお呼びし、お話を聞きたいということで、ご講演の依頼を差し上げた次第でございます。これが全体的な経緯です。
 ここからは、このようなFCC活動を通して、それぞれが宇沢先生にぜひこういうところが聞いてみたいというようなことを、宇沢先生にお話し申し上げることにいたします。


~水道料金の社会的費用、流域での合意形成と社会的共通資本、そしてコモンズ
 宮本仁志, FCC代表幹事(神戸大学)

 私の専門は水工学、河川工学です。宇沢先生のご著作をお読みして、やはり私なりにいろいろと思うところがございます。「自動車の社会的費用」との関連では、同じようなことが水道料金にも言えると思っています。同様のことはいろんな方がおっしゃっていると思います。水道料金というのは大体、1トン200円ぐらいです。一方、ペットボトルは同じように1トンに直すと、大体20万円します。私が子供の頃は、スポーツをした後など、当時はペットボトルがございませんでしたので、水道水をゴクゴクと飲むわけですね。今は私もペットボトルを買っていまして、このように200円で飲めていたものが今は20万円かかっている。こういう日々の水の消費量というのは、大体、日本では1人1日300リットル使われているようです。実は、国際的には1人1日50リットルの安全な水にアクセスできれば最低限人間らしい生活が保障されるということです。そのほかに、水は経済的な価値を有する経済財であるということも言われているようです。それで、この表を見ていただくと、今、地球全体ではこのように多くの地域で、そういう最低限の水にアクセスできない状態になっているようです。それにもかかわらず、我々は200円の水ということでまさに湯水のように水を使う。しかし、実はこれは、ものすごく投資されているわけですね。公共投資されて安全な水道水となり、その上で200円ということなのですが、それを湯水のように我々は使っている。このことをどのように考えていけばいいのか、という話が1つ目に思ったことです。これは「自動車の社会的費用」というのを私なりに水道水の社会的費用というような形に焼き直してみた話です。

 もう1つは「「成田」とは何か」です。この本の最終章、「徳政をもって一新を発せ」という章からの抜粋です。「…政府が"公益事業だ国益だ"といって,国民を"犠牲ないしは私権の制限の対象"としてしか見ない態度を,根本的に改める必要がある… たとえ一歩遅れても,二歩遅れても、丁寧に合意を形成しながら進むべき時代が、もう来ているといっても過言ではないと思います…」。現在もやはり、合意形成がキーワードになっていると思います。ここに示すのは琵琶湖・淀川流域です。昨日、一昨日も新聞の1面か2面に載っていたと思いますが、この流域でも合意形成が問題となっています。国土交通省近畿地方整備局という整備主体、淀川の流域委員会、それから地元知事。それぞれに正義があると思いますが、それぞれの立場で主張されていて合意形成になかなか到達しないところがあると思います。地方分権ということもあるのですが、私としては流域の治水に関する上下流問題などをどのような枠組みで解決するのか、がものすごく気になっているところです。そういったところを、宇沢先生の社会的共通資本、それと、それを制度化するコモンズの思想、このコモンズと社会的共通資本という枠組みで考えたら何かヒントが得られるのではないかと思っています。今日はFCCとしてもそうですが、個人的にも社会的共通資本のお話が聞けるのを大変うれしく思っています。


~企業における地球環境問題、環境アカウンタビリティー
 福井賢一郎, FCCメンバー(阪急電鉄)

 私は、大学で土木工学の専攻を出てから鉄道会社に入社し、現在、鉄道の代表である都市交通の企画部門に長く携わっています。最近、仕事の中で地球環境、環境会計という言葉を非常によく耳にします。今、なぜ企業が取り組むのが地球環境なのか。例えば、いろんな企業で「地球環境に取り組んでいる企業です」というようなCMが行われています。その中で、環境会計という言葉について少し勉強したことをお話ししたいと思います。

 環境会計に関して勉強した本の中に、アカウンタビリティーという言葉がありました。アカウンタビリティーは日本語では「説明責任」です。土木の世界でもおなじみの言葉かと思うのですが、特に、財務会計の世界でアカウンタビリティーという言葉が非常によく使われるようです。なぜ財務会計の世界で企業が説明責任を持つのか。それは、企業は株主からお金を預かって、大胆に言えば、それを増やしてお返しするということをやる集合体です。ですので、そういう株主との間で受託、委託の関係が成り立つときに、その両者の間で説明責任があると、そういう説明がなされます。

 実は、環境においても環境アカウンタビリティーが存在するといったことが本に書いてあります。これは非常におもしろい話だなと、私は個人的に興味を持っています。なぜ環境に対してアカウンタビリティーがあるのかと言いますと、地球環境、地球資源というのが有限であることに根本があります。限りある地球の資源を使って、最大限に儲けますという活動をする企業は、地球人全体から地球環境の使い方の委任を受けているということです。その委任を受けて最大限に活用して儲けるという活動をしている限りにおいて、有効活用であるとか、妥当な活用であるとか、それから適切な活用であるとか、地球環境に十分に配慮しているとか、そういうことに対して、当然、地球人全体に対して説明の責任があるということです。そのような理念が、環境会計の本において第1に示されていたわけです。

 環境会計というキーワードが語られるとき、企業のCMや環境報告書などもそうなのでしょうが、PRとか、それでいくら儲かるのかなど、そういう側面にスポットが当てられることが実務的には多いかと思います。ただ、先ほど申し上げたような、環境に対するアカウンタビリティーは当然持つべきなのです、という理念が共有されるのであれば、もしくは、それは当然の義務という考え方を企業がもつのであれば、それを背景に制度化することも容易だろうと思います。そうすると、地球環境に対する社会の対応というのも非常によりよいものになるのではないでしょうか。そのような感想を持っているところに、たまたま同じタイミングで宇沢先生の「社会的共通資本」という本をFCCで読ませていただく機会がございました。どの程度、この2つの話がラップするのかというのが、私にはわからないのですけれども、その両者に同時に触れたときに、社会的共通資本という言葉に非常に深く関心を持った次第でございます。

 本日、私の考えがどこまであっているのかということも含めて、宇沢先生には勉強させていただきたいと思います。また、皆様からも重要なご示唆をいただければと思っております。最後までどうぞよろしくお願いいたします。ありがとうございます。

~土木技術者、職業的専門家としての想い、そして期待されること
 田中耕司, FCCメンバー(建設技術研究所)

 先ほど福井のほうから環境会計の話が出たと思います。私のほうからは余り難しい話ではなくて、皆さん、ここにお集まりの方々それぞれの、個人的な技術者としての想い、我々が今どういう環境にあってどんな背景の中で今生きているのかということ、そういったものを宇沢先生の前で、少し概念的な話も引っくるめまして話させていただきたいと思います。

 土木に携わる人たちの現状をいいます。今、大体500万人の就労人口があるようです。ただ、この500万人というのは、国の制度により登録している企業、あるいは行政、そういった方々の人数でございます。それ以外にも実は、電機メーカー、機械メーカーなどにおいて、いろんな方が実際に土木に携わっているので、多分500万人以上になり、800万人とかそういった人口をもつ業界でございます。

 最近の公共事業の削減と景気の低迷、そういったことを背景にして、やっぱり業界が徐々に冷え始めているというふうな感じを受けます。それと、昨今、新聞記事等で汚職だとか談合問題など、暗いニュースが時たまニュースやワイドショーを騒がすといったことがあります。そういった中で、我々、ここにお集まりの皆様、さらにはここにお集まりじゃない技術者の方、みな何か心の中にわだかまりを持ちながら、個人的には「おれは元気だ」という方もいらっしゃるかも知れませんが、やっぱりみんなで元気を出さないといけない、という想いがあるかと思います。

 我々はそれなりの技術というものを1つ盾にして、いろいろ生きてきています。私も同じように思っています。何かをつくり上げることに生きがいを感じてきました。そういうことを1つひとつ仕事にしながら、仕事に楽しみを覚えながら今までやってきたわけです。さらに、一人ひとりがやっていくということなのですが、土木構造物は当然明治からの我々の先輩の英知の結晶だということと、その恩恵を実は国民の方々は知らず知らずのうちに受けてきているということが挙げられます。また、公益というなかで非常に多くの社会資本をつくり上げてきたという自信もございます。

 それとは逆に、自然破壊、公害といった負の面も認めなきゃいけないところだと思います。そういった負の部分もありますが、社会基盤整備、あるいは社会資本整備というところを下支えとして役に立ってきたと思います。それと、個人の満足度や組織の満足度、あと、社会の満足度、国家の満足度というものを満たしてきたのではないだろうかというところがございます。

 それと、人的資源ということでは、我々土木に身を置く者としては、土木技術を身につけて人の役に立ちたいという想いは今も昔も変わらないだろうと思います。そういった中で我々が豊かな社会、生活を支えるため、あるいはつくり上げていくため、我々に何が求められて、我々は何をすべきか、というところが大切だというふうに想っております。また、そういうことを創造していくのは、まさに我々人間であり、土木技術者だというところが普段想っていることでございます。

 そういう想いがありまして、宇沢先生の「社会的共通資本」を読ませていただきました。最初のほうに「社会的共通資本は、決して国家統治機構の一部として官僚的に管理されたり、また利潤追求の対象として、市場的な条件によって左右されてはならない」という文章がございます。その後にある、「一方で、職業的専門家によって、専門的知見に基づき、職業的規範に従って管理、維持されなければならない」という言葉に、私は個人的な技術者としての誇りと言いましょうか、自信と言いましょうか、まさにこれに、特に後半の部分に共感を覚えております。一方、前半の部分というのは非常に複雑な気持ちで普段みております。

 私は、今、土木の人的資源というのは非常に多様で器用だというふうに思っております。そこで、宇沢先生にぜひ、そんな我々に期待するものは何かというものをご教示いただければというふうに思っているわけです。この後のご講演、貴重なお話を聞かせていただけることを期待しております。よろしくお願いいたします。

~LRT、公共(パブリック)の概念、そして将来にわたる人間中心のまちづくり
 本田豊, FCC副代表幹事(兵庫県)

 私は宇沢先生の「自動車の社会的費用」に共感し大きな影響を受けた者として、今回のフォーラムでは企画段階から宇沢先生のお話を誰よりも楽しみにしていた1人です。

 私はこの10年来継続して、公共交通の中でもLRT(次世代型の路面電車システム)に関わってまいりました。もはやライフワークです。平成7年の阪神・淡路大震災の時、神戸復興のためにLRTを入れて復興しようという提案をしたことを最初に、平成11年には職場で「ひょうごLRT整備基本構想」に携わってまいりました。

 私が今日までこういった形でLRTを追いかけることになった原点は、実は、ヨーロッパに行ったときに、ドイツのフライブルクあるいはフランスのストラスブール等でみたLRTです。向こうの多くの都市では、市内の中心部に自動車の走らないトランジットモールがあります。そこでは、人々はカフェテラスでお茶を楽しんだり、新聞を読んだり、あるいは、子どもたちも皆、笑顔いっぱいで自由奔放に街路を走り回る、というような姿が見られました。カランカランというやさしい警笛が街角に響きますと、ゆっくり走るLRTの接近に気づいた方々が皆、道を譲るというような光景が見られます。とにかく驚きましたのは、平日にもかかわらず、自動車を気にすることもなく、楽しそうに街を歩いている人たちがかなり多かったということで、たいへん印象に残っています。そして、そのうち3分の1ぐらいはお年寄り、という記憶がございます。

 それ以来、カルチャーショックというのでしょうか、私はまちづくりに携わる土木屋として、自動車に占領されてしまった日本の都市で、どうすればこのようなLRTを生かした人間中心のまちづくりができるのかということを考え、さまざまな形で活動してまいりました。FCCメンバーとしては、平成15年10月、16年1月、18年2月の第3回,5回,14回の各FCCサロンにおいて、いずれも「どうしてきでないLRT」というタイトルで、なぜ日本でLRTができないのか、あるいはどうすれば日本でLRTができるのかというようなことを何度も取り上げました。さらに、昨秋のFCCフォーラムでは、「公共交通による地域再生を通じて『公共』を考える」と題して、公共交通と公共の関わりについて取り上げてまいりました。

 私も土木屋の1人です。その土木屋とは、プライベートを捨てて社会のために働く、非常に崇高な職業の1つではないかと考えているところです。ところが、急速に日本の社会全体が、成果主義だとか、あるいはプライベート重視になってきている中では、もしかしたら土木屋というのは変わり者扱い、特別視されてきているのかもしれません。そんな中、私は日本の社会において、「公共(Public)」という概念や意識がだんだんなくなってきているのではないかということを少し心配しております。まちづくりにおいても、本来なくてはならないパブリックの概念がどんどん衰退してきているのではないかと思っています。

 一方、この「公共(Public)」の概念というのがしっかり浸透しているのがヨーロッパです。ヨーロッパでは都市再生の合い言葉が「持続可能なまちづくり」となっており、その中で最上位の政策目標が「市民生活の質の向上(Quality of Life)」であると聞いております。そして、その持続可能なまちづくりを実現するツールとしての象徴がLRTなのではないかと思っています。

 これまで経済成長優先のまちづくりをしてきた日本でも、そろそろヨーロッパ型で人間中心の、将来にわたって持続可能なまちづくりへの転換の時期に来ているのではないかと考えております。私といたしましては、そんな想いで、今後も引き続きFCC活動に取り組んでいきたいと考えているところです。

 宇沢先生の著書には、LRTをはじめとする公共交通も、社会的共通資本の重要な構成要素だと謳われています。私にとっては長年の夢でありました本日の宇沢先生のご講演を、改めて社会的共通資本について熱い想いを持って、しっかりと学ばせていただければと思っております。宇沢先生、本日はどうぞよろしくお願い申し上げます。


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2009/06/28のBlog
~土木の原点。社会的インフラストラクチャーをきちっと創り、守り、そして伝えていく。
 小河保之 土木学会関西支部 支部長 (大阪府副知事) ご挨拶

 本日、ご講演いただきます宇沢弘文先生におかれましては、本当にお忙しい中を東京からおいでいただきまして、ありがとうございます。私が大阪府で道路を担当しているときに先生がちょうど「自動車の社会的費用」という本を出されました。そのとき読んで、非常に感銘を受けたことが印象に残っています。経済的な用語が多くて難しい先生だと思ったのですが、先ほど話させてもらったら、いろいろなことを非常にわかりやすくしゃべっていただきまして、感激しているところでございます。

 このFCCは、産・学・官協働の土木学会の中で、土木という枠を離れていろいろな分野の方,市民の方と話をするという、関西支部だけの取り組みでございます。本日、そういうFCC活動の中で、宇沢先生のご講演が聞けるということは非常に的を得たことだと思っております。

 いま私は大阪府の副知事をしております。この1年の間に橋下徹知事に替わりまして、いろいろと大阪府も変わっていっております。個別のいろんな施策については、さまざまな議論がございますけれども、一番大きい変わり方は、物事を従来の延長上では絶対考えていかない、枠にとらわれないということです。まさにこのFCCと同じような感覚ですが、違った観点からものを考えてみる、議論してみるということで、府庁内部が非常に活性化しております。そういった意味で、大阪府は変わっていくのかなと思っています。

 私は技術系なので、私の担当についてはやっぱりきちっと議論しています。特に、社会基盤整備の関連では、いわゆる土木、公共事業という言葉が最近いろんな形で逆風になっております。事業の仕方、途中で利権が絡んだりと、いろいろな問題が起こっているのも事実です。しかしながら我々は、やはりプライドを持ってというのは大げさかもしれませんが、私たちの生活が現在、このように裕福で非常に文化的な生活が送れているのは、先人がきちっと社会基盤を整備してきてくれたからでございます。今まで、きちっとしたものをしっかりと創ってきているからこそ、我々がその恩恵を受けているということです。したがって、我々もそれをきちっと維持管理して、後世に引き継いでいかなければならないという想いがあります。庁内でもいろいろ議論しています。その原点は、私たち土木というのは、やっぱりいいものをきちっと創って、残して、管理していくということだと考えています。

 宇沢先生の社会的共通資本の考え方では、やはり自然環境、それから社会的インフラ、そしてもう1つは制度資本とのことです。最後のものは医療とか学校とか、ちょっとここは非常に新しい概念だと思います。この社会的共通資本といった意味でも、我々がやっている社会的インフラというものをきちっと創り、守り、伝えていかなければならないなと思っております。

 技術屋として、我々はやっぱり「コンストラクション」、ものを作っていく、その喜びというのは当然持っていなきゃならない。しかしそれ以上に、「クリエーション」、創造していくことが大切になります。これは、いろんな制度をつくったり、いろんなやり方をしたり、そういうクリエーションの喜びをもっと見つけようということです。土木行政もどんどん地域へ出ていく、現場の、地域の人たちといろいろ接することをやってきております。

 最後になりましたが、この講演が実り多いものとなりますことを祈念いたしまして、私の開会の挨拶とさせていただきます。宇沢先生、本日はどうもありがとうございます。


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社会的共通資本と土木
~明日の社会資本のあり方を考える~
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タグ:公共,社会資本整備

[日時] : 2008年11月25日(火)14:00~16:00
[場所] : ニューオオサカホテル 淀の間
[参加費] : 無料
[参加者数]: 70名

【企画の趣旨】
 わたしたち土木技術者は、橋を架け、川を治め、大地を整え、また都市を計画・整備して、みんなが気持よく日々暮らしていくための「社会資本」を整備してきました。しかし、現代日本の表面上にみる物質的な豊かさとは裏腹に、みんなの暮らし向きは精神的、文化的、また環境的に豊かになってきたといえるのでしょうか?

 わたしたち土木技術者がつくる「社会資本」は、公(おおやけ)や私(わたくし)のものではなく、その中庸にある「公共」(一人ひとりのものだけどみんなのもの)の機能を支える社会装置の一つです。大気や河川・森林などの自然、医療や金融・法律などの制度とあわせ、これらの社会装置は、日本を代表する経済学者 宇沢弘文東京大学名誉教授によって「社会的共通資本」と呼ばれており、わたしたちの社会には必要不可欠な装置だと思われます。それでは,この「社会的共通資本」という包括的概念はどのように考えだされ、また、わたしたちの整備する「社会資本」、さらには「公共」と具体的にどう関連するのでしょう?

 今年度のFCCフォーラムでは、宇沢弘文東京大学名誉教授をお招きし、宇沢先生が提唱されている「社会的共通資本」の考え方について、土木や社会資本整備との関連性を踏まえてご講演いただきます。「社会的共通資本」という大きな枠組を通して,現代の社会資本や公共のあり方に対してのご意見・ご批評をうかがえるものと思います。FCCでは、それを通して、わたしたち土木技術者が明日の社会基盤整備や公共のあり方を考える一日にしたいと考え、企画を進めてきました。


【コーディネータ】
宮本 仁志(FCC代表幹事,神戸大学大学院工学研究科市民工学専攻 准教授)


【プログラム】 
(司会) 高橋良和 (FCC副代表幹事,京都大学防災研究所 准教授)

開会挨拶:
 小河保之 (土木学会関西支部 支部長,大阪府副知事)

フォーラム趣旨説明:
 宮本仁志 (FCC代表幹事,神戸大学)
 福井賢一郎 (FCCメンバー,阪急電鉄)
 田中耕司 (FCCメンバー,建設技術研究所)
 本田豊 (FCC副代表幹事,兵庫県)

特別講演:「社会的共通資本と土木」
 宇沢弘文氏(東京大学名誉教授,同志社大学社会的共通資本研究センター長)


質疑応答:

閉会挨拶:
 金子光宏(FCC副代表幹事,鹿島建設)
 

【当日の内容】
 ※ 上記プログラムのリンクにて、下記のPDFファイルにてご覧いただけます.
2009/03/23のBlog
[ 01:44 ] [ 一言・二言 ]
21日,22日と二夜連続でフジテレビ開局50周年記念ドラマ特別企画として「黒部の太陽」が放映されました。ご覧になりましたか。

「黒部の太陽」というと,原作が単行本文庫本で出版されていますが,土木技術者に限らず,日本の近代史の中でも感動の1冊だと思っています。

原作を読んだときも,とにかく涙が止まらなかったのですが,今回のドラマも非常に良かったと思います。思わず涙が止まらなくなるシーンがたくさんあり,久しぶりに目が腫れるほどでした。

今回のドラマ化に対しては,いろいろなところで記事として取り上げられていますが,特に制作プロデューサーに対する「開局50周年記念のドラマに土木を取り上げるのはなぜですか」は,ぜひご覧いただきたいと思います。
一般紙が「『黒部の太陽』また昇る 世紀の難工事、40年ぶり映像化」として取り上げたのも,すごいことだと思います。

ドラマの中身を見れば,黒部第四ダムを造った当時の土木屋の夢やロマンとともに,171名という尊い犠牲のもとに初めてできたという命がけのプロジェクトだったことが今さらながらにわかります。

今の我々土木屋にそんな心意気があるのかと問われれば,果たしてどれほどの土木技術者が首を縦に振るのかはわかりませんが,少なくとも「公共」のために頑張っているという志は変わっていないのではないでしょうか。

2009/03/16のBlog
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突然の災害から人々を守る社会心理学のアプローチ
- 防災ゲームによるリスク・コミュニケーション -
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タグ:災害,土木技術者

[話題提供] : 京都大学防災研究所 准教授 矢守 克也 氏
[コーディネーター]: 神戸大学大学院 准教授 宮本仁志(FCC代表幹事)
[日時] : 平成21年1月27日(火) 18:30~20:10
[場所] : 大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)5階 セミナー室2
[参加費] : 無料
[参加者] : 20名


【企画の趣旨】

 この夏、兵庫県神戸市、石川県金沢市、東京都豊島区、大阪府枚方市・寝屋川市、愛知県岡崎市、栃木県鹿沼市など全国各地において、短時間に、しかも突発的に、集中豪雨が発生しました。「ゲリラ豪雨」とマスコミに呼称されるこの突発的集中豪雨によって川や下水道などが増水し、神戸、豊島、鹿沼では人が亡くなる事態にまでいたりました。まさしく、突然に自然が牙をむき、猛然と人間社会に襲いかかるような水害であったと考えられます。

 神戸の都賀川を例にとると、そこは河川管理者である行政と、水辺利用者である沿川市民の協働によって河川空間が整備され、様々な親水活動や環境学習のフィールドとして利用されています。この夏の都賀川の水難事故の背景には、地球規模の気候変動や都市域のヒートアイランド現象、市街化された流域での短時間の出水特性など、自然科学的な要素がクローズアップされていますが、その一方で、平水時、河川において親水活動を行うときの危機意識のもちかたなど、社会心理学的要素も大きく介在するように思われます.その意味で、この夏、頻発した突発的出水による水難事故は、市民や河川管理者に対して、都市域の河川空間整備に関してこれまでに想定されていなかった新たな諸課題を投げかけているようです。

 このような水害に限らず、震災をはじめ突発的な災害が各地で頻発しています。地域の社会資本整備を担当するわたしたち土木技術者は、今後たびかさなることも懸念されるこれら突発的な災害に対して、どのような意識をもって対応していけばよいのでしょうか? また、ひとりの市民として、普段からどのような心構えで日々の生活を送っていけばよいのでしょうか?

 今回のFCCサロンは、社会心理学をバックボーンにして防災に関する諸課題を精力的に研究されています矢守克也氏をお招きし、社会心理学の立場からひろく矢守先生のご研究をご紹介いただきました。サロンでは、防災に対する参加的なアプローチとして提案されている、防災ゲーム「クロスロード」を参加者とともに行い、みなさまには楽しみながら、社会心理学的観点からの防災を学んでいただきました。


【当日の内容】

 今回のサロンでは、矢守克也先生の考案された防災ゲーム<クロスロード>(今回は簡易version)の例題を、サロン講演中に2~3取り上げ、参加者とともにデモンストレーションしました。<クロスロード>は、災害時に必ず遭遇する答えのない様々な問題に対して、社会心理学のアプローチで問題解決の糸口を可視化する、コミュニケーション支援のツールだと考えられます。答えのない問題として、このたびは、1)地震発生時の自治体職員の選択(即時出勤/自宅待機)、2)地震時の消防隊員の判断(指令順守/とっさの緊急対応)、3)避難所での共同生活(周囲との協調/個人・家族を優先)、といった例題がだされました。(実際の問題は、簡単な状況付きの文章問題になっています。)

 これらの2者択一の問題について、参加者はそれぞれ、yes・noに意味づけられた青・赤のカードをもち、みな一斉に、どちらかをあげて自身の判断を示します。何人かの参加者は、その場で選択の理由をゲームに参加するみんなに説明し、ディスカッションに入っていきます。今回はデモンストレーションでしたので、議論に移る前までを体験しました。これらの例題にみられるように、災害時には答えのでない、ジレンマやコンフリクトを伴う判断を断行しなければならない状況に多く遭遇します。

 <クロスロード>は、阪神・淡路大震災の実話をもとに、最初に神戸編が編纂されたそうです。その後、このようなジレンマやコンフリクトを伴う問題は他にもいろいろあるということで、「市民編」、「要擁護者編」、「感染症編」、「東海地震編」などが、現在作成されているようです。<クロスロード>は、このような答えのない問題に対し、マニュアルで対応するのではなく、【その場その場でみんなで正解を作る】ための能力向上を目指した手法であるとのことです。いざというときの究極の判断のために、こういった防災ゲームで能力を高め、多様な視点や価値観への気づきと、それを踏まえた合意形成を誘導します。さらに、このような答えのない諸課題を【自分たちの問題に対して適用し、クロスロード方式で問題解決の糸口を学ぶ】活動も始まっているようです。

 よく考えてみると、わたしたちの整備する社会資本は、合意を形成しながら進めていく課題が多く、必然的にジレンマやコンフリクトが伴います。このたびの社会心理学を基軸に展開されたサロンの内容は、そういった意味でも、防災のみならず土木の様々な仕事を進めていくうえで、参加者の方々に多くのヒントを与えたものと考えられます。 (なお、会告に示していました都賀川の話題は、矢守先生にはご用意いただいていたのですが、残念ながら時間上の都合で今回は省略されております。)




当日の内容はPDFで参照できます。
2008/12/22のBlog
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誰にでもできる情報発信を学ぼう
 -今こそ必要なWEBによる土木分野の情報発信-
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タグ:情報発信,土木技術者,WEB

[話題提供] : NPO法人 コミュニティリンク 代表理事 細谷 崇
[コーディネーター]: 兵庫県阪神南県民局西宮土木事務所 本田 豊(FCC副代表幹事)
[日時] : 平成20年7月18日(金) 18:30~20:10
[場所] : アプローズタワー13階 会議室14
[定員] : 50名
[参加費] : 無料


【企画の趣旨】
私たちの情報入手・情報発信の手段として,今まで主力だったマスメディア媒体(新聞・雑誌・ラジオ・テレビ)のシェアが減少している一方で,インターネットネット市場はダントツで成長しています。

広告費の数字を見ればわかるように,ネット市場は今後も益々成長していくでしょう。

 新聞 9,986億円 3.8%減
 雑誌 3,887億円 1.5%減
 ラジオ 1,744億円 1.9%減
 テレビ 2兆 161億円 1.2%減
 インターネット 3,630億円 29.3%増
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・㈱電通「2006年広告費調査」より

しかし…,情報発信でインターネット(WEB)を使えば有効だということはわかっていても,いざWEBで情報発信といわれても,自分ではとても無理…という人が多いのではないでしょうか。
WEBを使った情報発信って,いったいどうしたらいいの?自分には難しいのでは…。

第23回FCCサロンでは,WEBによる情報発信の種類(ホームページ・ブログ・SNS など)と,それぞれの違い,情報発信の方法などを理解していただき,ご自分にあった情報発信を効果的に実践していただくための参考にしていただければと思います。

今回は,WEBによる情報発信を数多く手がけるNPOとしてご活躍のパソコン活用隊(現・NPO法人コミュニティリンク)・細谷崇理事長を講師にお迎えして,WEBによる情報発信の基礎から応用まで具体的なお話をいただき,皆さんからの質疑応答も交えながら,楽しく学んでいただきたいと思います。


【当日の内容】
参加者数: 13名(講演者を含む)

0.プログラム

第23回FCCサロンでは,下記のような流れでお話をいただきました。

 (1)情報発信の種類とその違い
 (2)情報発信の主流 Movable Type と具体的事例
 (3)情報発信にもPDCAサイクル
 (4)情報発信に便利なツール

1.情報発信の種類とその違い

現在,インターネット上では主に
 ① ホームページを使った情報発信
 ② ブログを使った情報発信
 ③ SNSを使った情報発信
が行われている。このほか,最近ではポッドキャストネットラジオといったツールもある。
これらの情報発信には,それぞれ違いがあり,メリット・デメリットがある。
ホームページは,企業の顔として正式な情報発信媒体として使われている。利点はデザインやレイアウトで自由度があること,欠点は専門知識が必要で専用ソフトも必要。最初はプロに外注することが多い。
ブログは,団体の活動・情報の発信の場として使われている。時事問題や専門的な話題も発信されている。ホームページに比べて,個人の情報発信のイメージが強い。欠点はデザインやデザインが決まってしまっているので自由度はないが,利点は専門知識が必要ないために利用度が爆発的に増えた。また,初期構築費もかからないし,更新作業が簡単なため外注する必要がない。
SNSは会員向けの情報発信の場であるが,今やMixiなどは会員数が多くなりすぎてしまった。紹介制,会員制のために,全く知らない人との情報共有は発生しない。
そのほか,ポッドキャストやネットラジオ等のインターネット経由の配信システムツールが存在する。

2.情報発信の主流 Movable Type と具体的事例

現在の情報発信の主流は,ホームページ+ブログによる組合せ。ホームページで公式な発表,会社概要,事業内容,地図などが発信され,ブログで日々の活動内容,現場の状況,人の顔が見える情報発信が行われている。ブログの活用によって,社長と社員の距離,社員と学生の距離が近くなる。
近年は,デザインやレイアウトの自由度が高いホームページと更新が簡単なブログの利点をそれぞれうまく組み合わせた「Movable Type」というツールが出てきた。スピード,作業効率,コミュニケーションなどを重視する企業が「Movable Type」を活用して情報発信するようになっている。ベネトン・ジャパンはスピードを重視する企業の事例で,「Movable Type」を導入後はショッピングサイトの更新が劇的に速くなった。劇団四季は作業効率を重視する企業の事例で,「Movable Type」を導入後は複数のページの更新がブログ感覚で一度に行えるようになった。ソニー損保はコミュニケーションを重視する企業の事例で,「Movable Type」を導入後は最新のお客様の声がより速く社内に届くようになり,双方向のコミュニケーションツールとして役立っている。
「Movable Type」はインターネットさえあれば,自宅でも簡単に作業することができる。
特に中小企業では,ホームページの立ち上げの予算は確保されても,更新の費用が確保されていないことが多く,そういった場合に「Movable Type」は非常に有効となる。

3.情報発信にもPDCAサイクル

情報発信にもPDCAサイクルは必須であり,例えばアクセス数の目標をたてることも大切となる。
ホームページは作ったら終わりというのではなく,育てていくことが大切。アクセス解析によって評価を行い,問題点があれば改善していく流れが大切。

4.情報発信に便利なツール

例えば,「Yahoo! JAPAN 関連検索ワードサーチ」は検索されるキーワードがわかるサイトであるが,今何が多く知ろうとされているのかが探れる。検索エンジンの最適化を図るためのSEO対策(検索エンジン対策)にも力を入れることが大切。
ホームページは,検索したときに1ページ目に挙がってくることが大切で,2ページ目以降はなかなか見てもらえないことが多い。また,情報の多さがアクセス数につながってくる。アクセス数の多いサイトは,外部からリンクが張られていることが多い。
ブログでは,トラックバック機能を使うと,アクセス数が増えていく。




当日の内容はPDFで参照できます。
2008/10/27のBlog
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森と人との共存への道
 -みんなの財産である『森林』を知って、次世代へ引き継ごう!-
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タグ:環境

[話題提供] : 兵庫県立農林水産技術総合センター 山瀬 敬太郎 主任研究員
[コーディネーター]: 兵庫県農政環境部農林水産局治山課 上田 直樹
[日時] : 平成20年9月19日(金)18:30~20:30
[場所] : エル・おおさか(大阪府立労働センター)
[定員] : 50名
[参加費] : 無料


【企画の趣旨】
 生活環境の変化に伴い、人々の暮らしと森林のかかわりが薄れ、現在では多くの森林が放置され、荒廃した状態となっています。そこで、森林機能の維持や増進、里山林の研究を行うとともに、多くの関係者に森林の大切さを普及している山瀬主任研究員に、森林の役割や現状、そして次世代へ豊かな森林を引き継ぐために今後取り組むべき維持管理などについて講演していただきました。
 また、その上で、我々がこれから取り組むべき行動について議論しました。

【当日の内容】
参加者数:20名(講演者を含む)

1.森林の現状とこれからの管理(講演)

 1)森林の現状
 ○ほとんどの森林は人間により、一度は手を加えられており、維持管理の具合により植生遷移は大きく変化するものである。
 ○理想的な森林の遷移は「草本群落」→「低木群落」→「雑木林・夏緑樹林」→「照葉樹林」と考えられる。
 ○生活環境の変化に加えて、国産材の自給率の推移が減少により、人間と森林との関わりは極めて少なくなり、放置された森林が増加している。
 ○放置された森林は生物多様性が損なわれ、特定の種しか生息しない森林となり、理想的な森林の遷移がなされない。
 ○森林には個々の土があり、その土の中に在来種の種子(埋土種子)が埋もれており、森林が再生される能力を秘めている状態にある。
 ○埋土種子は水の流れ等により、谷部に集中する傾向にあるが、谷部は土壌水分が多いため発芽率は低い。
 ○飛来種子による生物多様性も期待されるが、種子の拡散には長い月日を必要とし、京都-大阪間(40km)を種子が移動するには、約1500年も要する。
 ○動物による被害も近年増加しており、兵庫県をはじめとする多くの都道府県では鹿による植生被害が顕著になっている。
 
2)森林管理の手法について
 ○1つ目の手法として「環境高林管理」があり、これは落葉広葉樹の高木から構成される樹林を目指し、次の維持管理を行う。
密生している照葉樹の伐採
埋土種子の成長を妨げる林床を覆っているシダ類の刈り取り
 ○環境高林管理の特徴として、次のことが挙げられる。
植物の生物多様性が実現
埋土種子の復活による生態系が確保
維持管理が比較的容易なため、ボランティアによる里山林管理が可能
 ○二つ目の手法として「萌芽更新法」があり、これは一定規模に成長した樹木を伐採し、その切り株部から生える萌芽再生力を活かして、樹木を再生させる手法である。
 ○萌芽更新法の特徴として、次のことが挙げられる。
構成割合が高い林齢の樹木に対して、萌芽更新させることにより、森林の林齢構成の平準化が実現
日照条件が改善することにより、下層植生が繁茂し土砂流出が抑制される。このことにより、防災機能も向上
○同じ樹種であっても、各地域による特徴があることから、遺伝子の攪乱にも十分に配慮しなければならない。

2.意見交換会(討議)

 以下に、意見交換時に出てきた質問・応答の一部をあげる。
 ○森林には維持管理が必要なことはわかったが、どのくらいの森林がそのような手入れを必要としているのか?
 →日本に人間が全く手を加えていない原生林はほとんど残っていないので、非常に多くの森林を手入れするべきである。
 ○森林には水源涵養機能があるが、森林を整備する場合としない場合とではどの程度の差が生じるのか?
 →正確に計測することは非常に困難であり、森林により大きく異なることが予測される。しかし、便益算定時などでは約1割の違いにより想定している。
 ○森林の管理という面では、林業の再生も重要な課題であると思われるがどのような取り組みをしているのか?
 →林業の再生のために、様々な取り組みを実施しているが、一例としては搬出までの低コストが実現するためにも木材供給センターや林道などの基盤整備にも取り組んでいる。




当日の内容はPDFで参照できます。
2008/10/24のBlog
[ 12:11 ] [ 大学教授のつぶやき。 ]
先日,地震工学に関する世界大会が中国であり,オリンピック熱冷めやらぬ北京に行ってきました.8月には四川省に地震被害調査に行きましたので,今年で2回目,生まれて2回目の中国になります.

さて,会議の合間に,中国科学技術博物館へ行ってきました.目的は写真のものを見に行くためです.これは何だか分かりますか?これは西暦132年,張衡という人が発明した地震計(地動儀)です.壺の八方で龍が玉を咥えていて,地震を感じるとその方向の玉が落ちるという仕組みです.当時1000キロも離れたところで発生した地震を感震し,人々を驚かせたといいます.残念ながらオリジナルのものは失われており,中国科学技術博物館のものもレプリカの1つです.どうせレプリカ見るなら本場で見よう,と思って行きました.

地動儀のレプリカは世界中にあるのですが,そのレプリカの一つ,河南省南陽市にあるものが,四川省大地震を発生したことを伝えていたそうです.ほんまかいな???たしか南陽は張衡の出身地ですよねぇ.今のご時世,科学者たるもの,何事も疑ってかかる必要があるようで...

2008/10/12のBlog
[ 17:25 ] [ まちづくり ]
鉄道やバスなどの”公共”交通は、社会の中でいろいろな役割を担っています。

・たくさんの人を運べます
 (だから環境にもやさしいし、渋滞緩和にも役立ちます)
・誰でも乗れます
 (クルマに乗れない人の貴重な足です)
・社会教育の場でもあります
 (席をゆずったり、マナーを守ったり、社会のルールを自然と学ぶことができます)

とはいってもバスはややこしいし、高いし・・・と思って、しばらく乗ってないなという方も多いと思います。
そこで、公共交通を使いながら、地域の資源を体験するイベントを私が所属するNPOで行っています。
宣伝になりますが、私が関係している団体で枚方市をフィールドにしてスタンプラリーを10月25日(9時、岡東中央公園(京阪枚方市駅徒歩3分)に開催します。
今回は、枚方市東部の穂谷地区をフィールドにして、芋掘り体験(有料)などもできます。
また、10月25日に予定が入っていない方は、是非おいで下さい。
結構楽しい1日になると思います。
申込は、jimukyoku@hirakata-kankyou.netあてに名前を連絡してください。
また、詳しいことは以下のホームページをご覧下さい。
http://www.voluntary.jp/weblog/myblog/418?LIST=5